私がここに着任したのはどれくらい前の事だったろう。
 あの日の事はよく覚えてる。
 晩ごはんにチキンカレーを食べた。
 すごく美味しかった。
 私がこれまでに食べてきたカレーの中で一番美味しかった。
 まるで昨日のことのように。なんてよく言うけど、でも昨日じゃない。
 だって、昨日の晩ごはんは……えっと……なんだっけ?
 あ、そうだ。金曜日だからカレーだ。
 あの日とかぶっちゃったけど、昨日もカレーだったっぽい。
 確か海鮮カレーだったような気がする。
 味は……覚えてない。どうでもいい。
 美味しかったかもしれないし、美味しくなかったかもしれない。
 だからなに?って感じ。

 昨日食べたカレーの味と一緒。私がここに来た日の日付なんて覚えてない。
 一年前だったかもしれないし、半年前だったかもしれない。
 それが何月何日だったかなんてどうでもいい。
 ひょっとしたら。もしもこんなことにならなかったら。
 あの日は記念日になったかもしれないけど。
 そうはならなかった。

 だってあの日は、時雨と初めて会った日だから。

 私と時雨がこの鎮守府に着任した日。
 時雨ならもしかしたら何月何日か覚えてるかも。覚えていてくれてるかも。
 聞いてみたい。
 日付なんてどうでもいいけど、それをきっかけに時雨とお話がしたい。
 また前みたいに二人で空を見上げてのんびりしながら。
 私が喋って。
 時雨が黙って隣に座ってて。
 それはお話って言うのかわからないけど。
 喋るのに疲れたら黙って空を見上げる。
 時雨の隣だとなんだかすごく落ち着いた。
 沈黙が嫌じゃなかった。
 気まずさもなかった。

 その楽しみを知ったのも、私が着任した日だった。
 よく覚えてる。
 鮮明に思い出せる。
 忘れることなんてきっとできない。

 でもやっぱり、それが何月何日かって聞かれたら、

「覚えてないっぽい」

 としか答えられない。

「貴女が着任した日ですよ。よく思い出してみて下さい」
「覚えてないっぽい」
「そうですか」

 私の前に座ってる白衣を着た女の人がクリップボードに何か書き込んでる。
 何を書いてるのかわからないけど、良い顔はしてないから良くないことを書いてるっぽい。
 っていうか、本人の前でそんな顔をするなんてお医者さん失格だなって思う。

「じゃぁ、次の質問。貴女がここに着任する前は何をしていましたか?」

 私と話す時だけ急に笑顔で優しい口調になるのが嘘っぽくてなんか嫌。
 頭にベタベタ貼られたテープとコードも邪魔っくさくて嫌。
 早く終わらないかな……

「知ってるんでしょ?第2艦隊第4水雷戦隊の第2駆逐隊にいたのよ。あっちこっち転戦したわ。あのミッドウェー海戦も攻略部隊に――」
「それは駆逐艦夕立のお話ですね。貴女は、何をしていましたか?」

 あれ?夕立だから私のお話で合ってるんじゃ?

「どういう意味?」

 私が質問するとお医者さんの他に三人居た技術屋さんみたいな人達がざわってなった。
 小声で何かヒソヒソ話してる。
 嫌な感じ。

「そう……じゃぁ次はとても大事な質問だから、よく考えてから答えてくれる?」
「なに?」

 急に真顔になって何を勿体ぶってるんだろう。早く終わって欲しいのに。
 女のお医者さんは何かを言いかけて、やめて。また言いかけて、やめて。
 つばを飲み込んで、じっと私の目を見て、そしてようやく口を開いた。


「貴女、自分の名前、覚えてる?」


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