主に哀咲のTRPG(CoC)用wiki。ほぼ身内様向け。「そこのレディ、ティータイムの御供にクトゥルフ神話は如何かな」

概要

際涯の抜錨(はたてのばつびょう)
制作:哀咲
【ポットラックパーティー企画】#ポットラックパーティー企画 / 七秘 様・Y's 様 (企画アカウント:TrpgPp):参加作品
テーマ内容:深海・海底に対する恐怖心、未知・未踏領域への恐怖心、穏やかな理想郷、楽園の伝説、心情に基づく最後への選択





シナリオ



<あらすじ>
まるでそこに留めるための錨が本当に外れたように、ふわふわと浮力に負けて帰ろうにも遠く、遠く。
真っ暗、いや、ほんのすこしだけ、青く、世界が広がって見えた―――。


<キャラシについて>
継続推奨。技能については必須なものはない。


<舞台>
追憶のセメタリー


<推奨人数>
一人


<友好>
追憶の終雪-NPCであり、データは存在しない。要素としてはヨグ=ソトースの権能が入る。


<その他事項>
制作には六版を使用。七版にて当シナリオを利用する場合にはある程度の改変を前提とする。
RP重視であり、継続を続けた探索者を引き留めるか、追憶に送るかの選択を問う。
また、生還ENDルートにおいても、場合によっては精神的ダメージを負った状態となる可能性がある。



<海の果たてで>

『ねえ、そろそろ起きてよ』

そんな声で、目を覚ました。いや、ただ「気が付いた」というべきだろうか。
少なくともその場所はとても現実的ではなく、感覚も薄く、ぼんやりとしている。
その薄暗いような仄明るいというような、何処からか差し込む僅かな光源の中、
目を瞬いた自分は膝を抱えて小さくなって、どことなくふわふわとした心地の良い処にいた。
座っているはずなのに、地や床に付いているような感触がない。
それでも自分が下だと認識している方へ手を伸ばし、そこをなぞってみれば、
指の合間を潜り抜けて甲へぽつぽつ降り積もる感触。雪のように柔らかなそれを握りしめた。
手にできた皺すらもすり抜けて落ちるのは白砂だった。

『あ、起きた。おはよう』

そういえば、声がしている。
その声の主を探そうと顔を上げても、姿を見つけることは叶わない。少し赤が失われているような色味だったが、
白砂を根城に、座り込んだ自分を隠してしまいそうなほどの背の高い茎たちが花弁を抱えてそこに点在していた。
花の名前を特定できるほど目はしっかりしていなかったが、
それでも暗い天井を縁取るように紫の小さくも星のような花がゆらゆらと笑っている。

『いいでしょ。ここまで綺麗に整えるのには父様とかの力も少し借りたけれど、四苦八苦作ったんだ』

作った?父様?

『そうだよ。この広くて狭いような、静かな底を任されたから、少しでも綺麗に、
もし父様たちが来てもよろこんで貰えるようにね。
君は、なんでか知らないけど落っこちてきたから、何処かでなにかあった?それとも夢の産物?』

背の高い花は、くすくすと笑うように身をくゆらせて、泡を作っていた。泡――。

『…ここは、何処かで何処でも無い、未来が閉じたときに、間違っても他の時空へ飛ばされないように
"力在るもの"が落とされる、そうだなぁ、吐き出される場所。
ひとの知啓にて未だ開かぬ残された神秘の世界。墓場だね。
父様がここを任せてくれたのはいずれ自らがここへ落ちてしまうとき、せめて安らかにと、たぶんそういうことで……』

墓場―――。

『…あぁ、ごめんね?君には関係ないのにね。流石に君にここは似合わないし、ずっと置いておくこともできないから、できれば』

その声の主が、不思議と姿は見えないのに、上を指差したような気がした。

『お帰りはあちらですってね。どんな時空から弾き出されても受け止められるように接続してるから、
ちょっと変なもの見えるかもだけどそれは気にしないでさ。昇ってみてよ。
……あぁ、もし途中でやだなぁーとか思って、もういいやって、そういう気持ちになってそれでいいって、
本当の本当に思うなら、止めないよ。そのときは君の魂を受け入れてあげる。何かの縁なら、そうすべきだもの』

そういうものなんだろうか。

『何処かの誰かさん、君の世界は別に終わってもないし、君自身がなにかに縛られて硬質化した魂というわけでもない、
たぶん……まだ、普通のひと。此処に来るにはまだ早いと思うけど、錨が重たいのなら、下ろしたくもなるでしょ。
ほんとは水面の上へ帰ってほしいけど。それは人それぞれだしね。』

確かに今の自分は、何かに繋がれてここにどうにかいるような、そんな気がする。

『あ。それは俺がやったことだよ、意識が醒めてない状態で変なところに流れていかれたら困るし。
責任取れないし。それじゃあ、抜錨!』

重たくここに置いてくれていた何かが、白砂から離れた。見えてもいないのに、
ここに留めていた錘が自分の中へ戻っていくような、そんな感覚が背筋を走る。
待って、まだ何もわかってはいないのに。それでも抜けて行く錨は酷く無情に仕舞われる。

『たぶん、君が諦めてここまでまた落ちてこない限りは、もう会わないはずだけど。
またね、って言わせて。行ってらっしゃい、シャングリ・ラへ』

手を振られたような気がした。それは友人と別れるときの軽い気持ちの仕草で。
それにしては持ち上がるからだがあまりにも軽すぎて、花が造った泡に紛れてしまいそうなほど、
自分というものがそこには重要でないと、知らされる。白い砂だけが、いやにはっきりと僅かな光を持っていて、
そこが特別であると真摯に語っているからでもあろう。
ふわふわと何処から来るのか定かでない浮力に持ち上がっていく。やがて勝手に流れて上を見てしまった。
真っ暗、深淵、暗黒、闇、遥か古来の、
光を持たなかった頃のひとにはあまりにも手に負えぬ恐怖を産んだものがそこら中に敷き詰められて、
自分の居場所すらわからなくなりそうだった。(1/1d6)


<立ち昇る>
後を追ってくるように泡だけが僅かな白という色を持って立ち昇って来る。泡とは、何か。
それを詳細に化学的に理解していなかったとしても、水の中から発生するものという理解はすぐにできるはずだ。
白砂から離れて、声の主の気配もなく、ただ泡と共に上と思わしき方向へ昇るだけ。
その上も正しく上とは限らないだろう。夢だからとそれを許容するだろうか。
時折、底から離れてしまったのか小さな花弁が泡に混じって昇っていく。
泡が蛍のように原理の定かでない灯を持ち、どうにか自分の周囲、それこそ手が届く程度の小さな世界が薄らに照らされていた。
何もない。
手を動かせば、何かを掻き分けるような重たいものが腕に力をかけてくるし、そもそも何かに阻害されているように動きは鈍い。
<アイデア>に成功してしまえば、夢の中であろうとも、この光景の中に自分が置かれている状況に忌避を覚える。できれば逃げ出したいと願うだろう。

口を開くことはできるし、開いた瞬間に自らの呼気が泡を発し、暗闇の先に往く。
自分の生命の素を手放しても苦しい思いはしない。
だが、口の中に入って来るどうしようもない液体のそれの味を理解せざるを得ない。
しょっぱい。
暗くて、しょっぱくて、何かの水の中で。
そんなことを理解すまいと単語だけを頭の中に飛ばしながら、ただ浮力に任せていれば、
ふとジェットコースターが頂点から滑り落ちた時のような、力を、身体全体にかかる空気たちの力をぎしぎしと感じ始めた。
ぎゅっ、ぎゅっと押し付けられているのに、覚束ない足元。嘲笑うような泡の灯火。
ある程度の教養を持つ人間なら、悟る。

此処は海の底なのかもしれない。

夢物語のようで、確かに夢なのだと信じたい、それにそうでなければ素体で海に還ることの叶わぬ人間など、
そんな深みにいけば一瞬で潰されるはずのような場所に、いるのかもしれない。
そういえば、あの声は「抜錨」と言ったし、ああ、そう思えば海であるということはむしろ当然だった。
何か不思議な力で海の底にやってきてしまって、声の主の何かで持ちこたえていた体が、
地上に帰るにあたってついにダメージを受け始めた。そんな、納得が腑に落ちてきた。
明晰夢は、案外、これから自分が取るだろう何かを察したり、不自然な光景を認めることができるが―――、
まさかこんなにも「死」を思うことになるなんて。(1/1d4)

※この時点で「死」を否定せず、自らまた海底に堕ちるという選択も可能。その場合はA分岐とする。詳細はEND分岐に関する項目へ。

まだ夢だと思う、願う、祈る、生きる。
上を目指す限り、泡はともに立ち昇る。まるで自らの道を探す探照灯のように。
泡は次第に、探索者の意識する方向へ光を投射するようになり、自分の身長ほどの先なら見通すこともできるようになるだろう。
時折何処からかやってきたイカかタコのような生物が突然現れた光に驚いたのか、敵かと夜闇に紛れて逃げていく。
光が示す僅かな景色の中には、白い何かが上から降り注いでいる。
<地質学>や<博物学>を利用すれば、それが「マリンスノー」と呼ばれる浅海からの沈殿物であるとわかるはずだし、
その名称を知らずとも自然の光景として受け入れている。
ただ、その当然の沈殿が、ここが深い場所だとさらに知らしめるが。
ここまで来たら、白砂の城から迷い出でた花弁が頬を掠めることもなくなって、戻るのも、昇るのも、何処か難しいと思ってしまう。
周囲を注意深く観察する、<目星>-20などを成功させれば、何か巨大なものが泡の光の投射でようやく見える。


<終わる間際に>
一度その影を目につければ、縁取りを施されたかのようにはっきりと輪郭をもってその形が見える。
三角に近い下部分、上辺は平らな板を乗せたような形だ。その上に載っているものは全て黒々とした鉄の塊だろう。
随分とぼろぼろで何か溶けたような、何とも言えない姿だが、鉄の部分は下手な建物よりも大きい。
本体から剥がれたがまだ残る塗装のかけらだろうか揺蕩う何かが張り付いている、
何よりも目に焼き付くのはぽっかりと空いた巨大な口のような、岩のような。
それが「何」とはうまく言葉にはできない。ただ、海に沈んで時が長いのか、それは海洋のものに浸食され、
見る人によればまるで化物のようなというべき見た目を作り出している。
物言わぬものなのに、その大きな口が、何かを否定するような気持ちをこみ上げさせた。(1/1d3)
近づいて周囲を見回ることもできなくはない。その存在はどうにも吐き気に近いものを生み出してこちらを否定してくるのに、
僅かにできた影は寂し気にぽっかりとあいた口を隠すようにかかっている。
見てほしくはないのだが、どうしても隠せないものがそこにさらけ出されているようだ。

しばらく眺めたと判断された場合、以下を挿入する。眺めずに昇ることを継続した場合は当項を飛ばして次項へ。

〇シャングリラよりあなたへ
巨大な黒い影がふと、揺れた。それは眩暈にも似たもので、容赦なく視界を歪ませる。
泡のような何かが大量に押し寄せて全てを流してしまうように視界を埋め、やがてその波は終える。
眩しい。
太陽の光が降り注いでいる。今までいた場所との明暗に眼がついていけずにぐらついてちかちかとする。
ピントも合わず、ただぼうっと上を見上げている自分をどうにもできない。
さざ波と、遠くからの海鳥だろうか。鳥の鳴き声がするぐらいで、静かな世界。少しの風がちょうどいい。
その静かで穏やかな海を劈くエンジン音が不快だ。
見上げている自分の眼は、今の今まで不安定にぼんやりとしか世界を映さなかったのに、
そのエンジンには嫌にはっきりと反応した。青い空と、雲の隙間から何か黒くて十字のような形のものがやってきている。
ただ、飛行機が飛んできたというだけのこと。
なのに、どうして、こんなに、絶望にも似た気持ちが走る?それは本当に必要で、実際の感情なのか?
黒い影が少しの上下運動をして、何かを胎から落とす。

嗚呼。「終わり」だ。

目が閉じて、ごぽごぽと激しい気泡の音が耳を包んで、重たい体をなぞるように肌の上を滑って先へ行ってしまう感覚に追われるように目を醒ます。
自分はそう、違う。ここにいる自分にそんな記憶も感情もない。
空を見上げて「終わり」だ、と思ったことなど―――。
失うのだ、など。
なにもない、ただ、みらいはない。

いつの間にか、ぽっかりと口を開いていたはずの怪物めいた姿は霧散し、何もない空間が続いているだけだ。
そこに何かがあったと思わせるだけの少しの泡沫が弱々しく上へ昇り、力尽きていった。


※この時点で「終わり」を否定せず、自らまた海底に堕ちるという選択も可能。その場合はB分岐とする。詳細はEND分岐に関する項目へ。


まだ、此処は深い場所だ。まだ夢だと思う、願う、祈る、生きる。
上を目指す限り、泡はともに立ち昇る。まるで自らの道を探す探照灯のように。


<クジラの夢>
少しだけ、視界が明るくなっていく気がする。本当に、気がするだけだが。少しだけ軋んでいた節が楽になり、手足を包む錘が溶けていく。
何処かから現れては驚いて逃げていく海洋生物が増えてくる感覚がほんの少し、気の迷い程度にある。
少しだけ種類も増えて、泡とは別の光があると思えばそれはアンコウの提灯で。
見慣れないだろうその顔があと少しというところまで迫ってきてまるで黒光りする昆虫や、
蜈蚣を前にしたときのような反応を海の中でしてしまうかもしれなかった。
あとどれくらい昇り詰めれば、よいのだろう。
そもそも、昇り詰めて何があるのかということを訊いていなかった。
でも自ら後戻りするには水は冷たくて音もなくて、あまりにも寂しくて。
戸惑うなかでも泡は照らし出す。
<博物学>、<地質学>などを使えばアンコウなどが生息する深度は「漸深層(海面下1000〜4000m)」であると学術として知っているだろう。
太陽光も届かず、海底火山などのエネルギーも得られず、圧倒的なまでの熱量が不足した世界でありながら、
「深海」と思うと真っ先に思い浮かぶだろう奇妙な魚の生息地だ。
周囲を注意深く観察する、<目星>-10などを成功させれば、何か巨大なものが泡の光の投射で見える。

それはぽろぽろと雪を体から零しながら力なくただ、地球という母に引き寄せられている巨大な身体であった。
ここまで来るのにどれほどの時間を要したのかもわからないが、ところどころが欠けているようにも見えて、途中でついばまれたのだろうと察する。
崩壊を始めている身体に、この暗闇では種類を特定することは難しいが、それはクジラだろう。
見る機会も多くはないが、なんとなく知っていた形と同じであることに感動に似た何かを感じるかもしれない。
だが、生き物の死体であることには、変わりはない。(0/1)

しばらく眺めたと判断された場合、以下を挿入する。眺めずに昇ることを継続した場合は当項を飛ばして次項へ。

〇ユメ
巨大な身体がふと、揺れた。それは眩暈にも似たもので、容赦なく視界を歪ませる。
泡のような何かが大量に押し寄せて全てを流してしまうように視界を埋め、やがてその波は終える。
明度はたいして変わりはしなかったが、頭上からゆらめく光が降り注ぐ海の中。
食事を終えて満足に深く潜航しようとヒレを動かしていた。
重たい体ではあったが、自由であった。それは敵対生物が多くはないことが一番の理由だが、
この体は世界を渡るには十分な力もあって、海の中なら大抵何処にでも辿り着ける。
真ん中の線を越えようとも極地に赴こうとも思わなかったが、
やろうと思えばできるんじゃないかなという軽くてふわふわした気持ちが胸にある。
水をかいて、温かな光を置いて静かな世界へ赴く。少しゆっくりしたかった。


クジラは当然のように水をかいて進んでいく。だが、それは探索者の意識からすれば、
自ら真っ暗闇に突っ込んでいく所業で、あまりにも「無謀」で、「恐怖」である。
クジラはそんなことも、当たり前ではあるが気にすることなどなく、
自らの本能に刻まれた生命力のデータに従い、出来る範囲で自由に海を渡るだけのことだ。


尾びれ近くに魚が集い、後を追う。よくは知らないけれど、こうすると魚たちは安心して回遊できるらしい。
ご飯も一緒だから仲間のような、そんな気がしている。
けれどそれも振り切っていく。ごめんね、ちょっとひとりにしてほしい。気まぐれだからすぐ戻るよ。
油断。
何かが突然身体に突き刺さった。なに、なになになになに?!体を捻っても、くっついただろうソレの姿はよく見えない。
でも自分と同じような機構を持った生物だ。
深海に近づいた場所で、突き刺さったものが抜けずに、深く深く肉を割く。
シャチだろうがサメだろうがどうでもいい、ただこんなことは多くはないから、とても慌てていた。
痛い。他の魚もいない。血が出る。肉が削がれる。自分と同じクジラも近くにはいなかった。
せめて、鳴き声をあげて、もしも近くにいるのだとすれば、逃げてと。願う。
自分も食べるものだから、この行為に否定することはできない。
自分のような巨体を相手取る必死さも、理由があって、やらなければならないのだろうということも。
ただ、それでも。
なんで自分なのか!なんで痛い思いをしなきゃいけないのか!なんでこんなところで!ひとりぼっちで!
暴れても暴れても、敵は必死に食いついてきて。やがて、ヒレも血にまみれる。
ああ。
何年、何十年、生きたのだったっけ。
こんなに、一瞬で。
あっさりと、でも―――死んでも尚、皆とともに生きることは知ってるよ。だから。
寂しくは、…。ないだろうけれど。……なんで、自分だったの。

はっ、と目を瞬く。色味の変わらない世界で、自分の視線の先を頽れていくクジラだったもの。深く深く落ちていく。
その身にはすでに深海魚たちがたむろし始めていて、確かに寂しくはないのだろうけれど。
それでも、残った眼球が何かを訴えるように見ていた。
何故自分にこんなことが起こったのか。
何故、身を捧げることがこんなに「むなしく」あるのかを。
魚たちは突然降って来た餌の塊に飛びつく。当然だ、貴重な貴重な食料にありつけているのだ。
少しでも多く取り込みたいだろう。後からきた魚を追い払うような動作もしている。
その取り巻きを背負いながら、クジラは深く深く落ちて行った。(1/1d4)

※この時点で「むなしさ」を否定できず、自らまた海底に堕ちるという選択も可能。その場合はC分岐とする。詳細はEND分岐に関する項目へ。

まだ、此処は深い場所だ。まだ夢だと思う、願う、祈る、生きる。
上を目指す限り、泡はともに立ち昇る。まるで自らの道を探す探照灯のように。


<自由の境界線>
指先が一定の場所を越えた瞬間だ。
それは急に降り掛かった。力もだいぶ軽減され、行動も楽になって来たばかりだというのに。
今は必要のないのに、喉が締め付けられたように締まって呼吸器が悲鳴を上げている。
何が起こっているのか、泡は教えてはくれない。力が抜けそうになって、さっきのクジラのように、―――。
息が苦しいという現実的な感覚に流れてもいない冷汗に背筋が凍る。青ざめたように震えが走る。
息ができないのはつまり死ぬのだから。そう代わりないのだ。
締まっていく喉に抗えず、眩暈が容赦なく視界を歪ませる。
泡のような何かが大量に押し寄せて全てを流してしまうように視界を埋め、やがてその波は終える。

〇自由とは
四角くて白い空間。海の中から一転した室内に辺りを見回すが、
身体にまとわりつく重みは変わらず、ただ見えているものが違うだけだと悟った。
誰かが椅子に腰かけていた。その誰かのさらに奥では、誰かが言葉を口にしている。音は、届かなかった。
腰かけた人物は、諭すようにゆっくりと首を左右に振った。誰かはさらに言葉を続けようとした様子だったが、
左右に振られた首を見て、歯を食いしばり、拳を握って憤りを露わにしつつ、
その足元にあった床下収納の扉のようなものの取手を握って持ち上げた。
何か一言、別れだろうかを告げて、その小さな戸に飛び込んでいく。
どういう構造かはっきりはしないが、そこがただの床下などではないことは分かっていた。
椅子に腰かけた人物は変わり映えのない天井を見上げて、気の張っていた肩を崩したが、思い出したように手を伸ばして、何かを拾い上げた。
分厚い本だろうか。それを片腕に抱いて、腰かけ直した。
瞬間、視界が激しく揺れる。それが自分側の感覚ではなくその空間のモノだと分かるのは傍観者のような立場故だろうか。
何かがこの空間を、いや空き箱かを、潰そうと上から上から圧力をかけてくる。
ぱらぱらと耐え切れなくなった天井が悲鳴をあげて、崩れ始める。
それを頬に受けながらも、その人物は動かなかった。
いや、飛び込んでいかなかったことを思えば、動けないというべきなのか。
受け入れるにしても、こんな恐怖を与えられて平然としていることが恐ろしく思う。
ばきり。(1d3/1d6)

ついにやってきた限界点に箱が四方から瓦解し、黒い影のような、手のような、巨大なものが白を潰しきる。
自分の視界がまた海の中へ戻されている。幸いにも潰されることを免れた人影は、白い壁だった破片と共に海に放り込まれた。
白い箱の中ではずっと閉じられていた瞼が持ち上がり、抱えていた本を手放す。
水に浸されてもその厚さを守っていた本は、あっさりとページを海に開け放ち、溶けていき、
ふふ、と穏やかでいたずらに成功したような笑みを浮かべた人影は沈んでいく。
いや。
足だけではあったが、水をかいて、自ら深くへ。
深く。
きっと、此処が何処だか分っているひとだった。

「ああ、……眠れることが……こんなに……」

そんなつぶやきが、水に籠った耳がとらえた最後だった。

※この時点で「自由」を理解して、自らまた海底に堕ちるという選択も可能。その場合はD分岐とする。詳細はEND分岐に関する項目へ。

此処を越えたら、もう、暗くて冷たいだけではない場所に辿り着く。
もう夢とは思わない、願う、祈る、生きる。
上を目指す限り、泡はともに立ち昇る。まるで自らの道を探す探照灯のように。
苦しさはまだ変わっちゃいない。だけど目の前に境界線がある。
心のどこかでそう断じて、手を伸ばす自分が居る。自分は錨を抜いたのだから。
指先がこつん、と何かに触れたような気がした。
今までずっと灯りとしてともに来た泡たちがその壁にぶち当たって砕けて水に戻っていく。少しずつ暗く、暗く。
堅いけれど。
これを越えて深くに行ってしまったらもう帰れない、そんなような壁だけれど。
死も終わりもむなしさも最期に得る自由も。
そんなことよりも。
目指したい理想がある。


<理想郷へ>
どんなことよりも。いや、ただそれが嫌だったから。何よりも優先されるものだから。
理由はどうあれ、境界線までやってきた。ともにやってきた泡はこの壁を越えられず弾けて消える。
この壁を乗り越えれば、きっと。そんな気持ちが心を焦らせた。
ただ、どうすればいい?

『それじゃあ、抜錨!』

確かそんな言葉を最初に聴いた覚えがある。そしてその抜かれた錨は、どこへ戻ったのか。
まだ、自分の中に納まっているのだろうか。ここまで来て今さら底などに戻れるものか。
……いや、ここを越えたら、戻れない。
あの声に、問われている気がした。

『まだ、息をする?』

そんな風に。
求められるのはただ、それのこたえ。泡も錨も必要のない太陽の下の地面の上、今の自分にとっては理想郷へ行くのなら、
ここには戻って来るな、君に此処は相応しくないよと言われているような気がした。(0/1)
終わったと思うときもある。終わった後どうなるのかと考えてむなしくもなる。
ただ、それは眠るのと同じようなことでもあって、それは世界も何も自分すらも関係のなくなる、圧倒的なまでの自由だ。
一つの人生をかけた答えを訊こう。

※海底に堕ちるという選択も可能。その場合はD分岐と見なす。詳細はEND分岐に関する項目へ。

まだ、息をする。
まだ、終わらない。
まだ、得るものがある。
まだ、自由には足りない。

壁を探り探りで確認していた手にずしりという重みが走った。鎖のようなものだ。
引き寄せると小さな小さな錨がぶら下がっている。これで船一隻は到底泊められはしないだろう。
……自分という人間には良いサイズかもしれない。
この錨がもっと大きくなるころには、自分ももしかすれば、……あの白砂の底で眠りたいと思うのかも、
などと思うよりも先に錨はいやに手に馴染んですっぽりと収まり、鈍器のように構えることができた。
この形はつるはしにも似ていなくはない。
じゃあ、やってやろう。

〇壁を壊す(錨を使わず戦闘技能の応用などでも可)
ぱりん、と薄い硝子を割ってしまったかのような軽い音がいやにはっきりと聞こえた。
そこを基点として圧力と衝撃で罅が連鎖し、止まらなくなっていく。僅かに残った泡が壁の上へ昇って、見えなくなっていく。
透明なかけらが泡の光をわずかに反射してきらきらと海の中を照らす。
何もなかった。
ただ、広く、底も見えず、果ても分からず、何処まで行ってもこうなのではないかという不安が募る。
暗い場所への原始的な恐怖を、脳髄に叩き込まれているような。それを知的なもので上塗りして誤魔化しているような。
これを何と呼ぶのかは自分次第でしかない。

そして境界線を越えた。

じゃらじゃらと鎖が音を立てて何処に繋がっているのか定かではないが、体から離れて落ちていく。
遠く。遠く。深く。深く。小さくなって、暗くなって、見得なくなって、黒い穴のような底だけを見下ろした。
まだきっと実際の海としたら、海面は遠いはずなのに、自分の周りは随分明るくなったものだ。
薄い層を越えた先にはずっとずっと生命で溢れ始め、色とりどりで多種多様な姿が人間という存在に驚き、それぞれの行動をしている。
きらきらと沈んでいく雪のような硝子を見送って、上を見上げた。
光を見上げた。
昇る。
昇って―――。

眩しさに眼がくらんだ。

ぴっ、ぴっ、と規則正しく刻まれる音が、鼓膜を直接叩いた。その振動を理解した瞬間に、はっと目が現実の光景を映し出した。
白い天井を見上げている。体はだるく、起き上がりたくはないが、痛みはなかった。
病院だと理解するのにそう時間はいらない。
何があったのかも記憶にない。ナースコールでもして、担当医やら誰かを呼べば少なくともどういう状況で、
今ここに寝かされているかの概要ぐらいは聞けるだろう。

それは今でなくてもいい。とりあえずだるさに任せて泥のように眠ってもいい。
錨を切り離した今、海に沈むことはないだろうし、あの声も「お帰りはあちら」だと言って上を指さしたのだから、
正しく自分は自分の生きている世界にいる。
木々に遮られながらも部屋まで届く日光が穏やかで暖かった。



※End分岐と見なす。詳細はEND分岐に関する項目へ。



<回想>
END分岐について記述する。

・END A 「船出は遠く」 分岐点Aで沈む
生還
報酬:SAN +1d3
死への一歩:「暗闇(穴などの類を含む)」もしくは「海洋(に類するもの全般)」恐怖症1d6か月
 (恐怖対象と見なされるものを認識した瞬間SANC1/1d6)

『いやいやいや。確かに本当に思うなら、止めないよとは言ったけどね?』
浮かび上がってからすぐに白い砂に身体を投げた貴方に声は問いかける。
『流石に早すぎでしょ。君の本当に本当って一瞬すぎやしない?わかるよ、
辛かったり苦しかったり、ってのはわかるんだけどさ……その、ね?』
その声は何処か呆れていた。
『そんな簡単に投げ出せるような魂はお断り。ここだって無限大なわけじゃなくて、
丁寧に管理してるから、流石に無尽蔵に受け入れはできないよ。
お寺とか霊園もそうでしょ。だから、一存で悪いけど、帰ってもらうよ』
確かに、と少しくすりと笑える自分は一体。
『恨んでもいいよ。何か重たいものをくっつけたまま、無理矢理帰しちゃうからね。
でも、そんな簡単に投げ出せる魂があるとは思わないでよね。勘違いはしないこと。
そもそもここに来たことが偶然の産物、ただのゆめまぼろしだ』
声が冷えるたびに、少し、身体が締め付けられるように、刺さるように、水が冷たくなっていく。
『なにもなかったんだ。ゆめだったんだ。ふかいふかいあなに、しずんで……』
声が遠のく。
ぴぴぴ、というアラームに手探りで目覚ましを探して、なんとか止めた。
重たい体をひっくり返してうつ伏せになりながら呻く。何か嫌な夢を見た気がするが、まったく思い出せない。
ただ―――カーテンで朝日が遮られ、眠るのにちょうどいいはずの薄暗さが、心臓を締め付けた。


・END B 「白光」 分岐点Bで沈む
ロスト / 呪文の効果などで復活してしまう、神話生物、神格に利用されるなどの可能性を残された永眠。

終わりだ。
貴方もまた、あの白光にそれを悟る方だった。あれを受けて、まだ息をしている方が辛いのだと理解してしまった。
自分にもそんなようなことが、あった。
眩しさで目を殺されて、背中にとすんという僅かな衝撃を感じてようやく、ああ、底に戻って来たとわかる。
頬を撫でた葉だろうか、柔らかい感触がくすぐったい。掌に触れた細やかな砂粒がさらさらと気持ちが良い。
身体が軽いのに、この砂に引き込まれているように重たく、だるく、泥のように意識に絡む、何かの圧力に、酷く泣きたくなった。
力に、敗けたのだ。
悔しいとも、情けないとも、いくらでも言葉にはできる感情だろう。
でも、そうじゃない。
敗けたと確定するまで打ちのめされたのなら。
そのたった一つの敗北だろうと、それは、意識を捨てる理由にもなり得てしまった。
せめて、いたくないように。せめて、なにもみないように。せめて、


・END C 「虚言」 分岐点Cで沈む
ロスト / 生死にかかわる呪文の効果などで肉体を利用される可能性を残された魂のみの死。

クジラの夢は、嘘を吐いた。
「むなしい」とうそぶいた。自らの死体を糧にして生きる命がある限り、自らもまたともに生きると言い置いて、
それをむなしいと表現した―――自らの死体を糧にしたものがいたとして。
本当に心の底から糧にされてもよいと思う者だとしても。自らの死から逃れられない現実には、変わりはない。
すべては怒る燃料が尽きた燃え滓だ。激しく思っただろう。どうして自分なのかと。
どうして死ななければならないのかと。
むなしいということで、自分の死を美しくしたかっただけだ。本当は死にたくなんてない!
誰だって。生きてる限りは、それが個としてか群体としてかの区別はまた別として、死にたくはない。
それでも死に瀕してしまえば、仕方がない。
自分の心を慰める言葉を吐いたって、死を覆せはしないけれど、激しい憎悪にも似た烈火に魂すらくべるのよりかは、美しい。
背中にとすんという僅かな衝撃を感じてようやく、ああ、底に戻って来たとわかる。
頬を撫でた葉だろうか、柔らかい感触がくすぐったい。掌に触れた細やかな砂粒がさらさらと気持ちが良い。
もしも何かに復讐できたとしても、魂をくべたくないと思っている限り、自分は念願果たしたのちに、全てをなくして空虚になるだけだ。
ならば、魂だけは自分のまま。抱えて往こう。


・END D 「来たれ、汝甘き死の時よ」 分岐点Dで沈む
ロスト / 外界の一切の影響を受けないことを約束された、肉体と魂ともによる完全な死。

来たれ、汝甘き死の時よ。死の時、私の霊は蜜を味わうのだ。
穏やかな気持ちだ。こんなに無にも近しいほどの起伏の少ない、心の状態は、いつぶりか、もしくは初めましてか。
来るがよい、喜ばしい死の日よ。
ゆったりと眠気がやってくる。きらきらと何かが星のように光を反射して、
泡たちが弾ける流れ星のようになって、空と見間違う。
自分だけ取り残されるぐらいなら、死を夢想する。
独りで途方もなくただそこにいるだけなぞ、自由であるものか。
自由に―――魂よ、自由に。
僅かな戸惑いの気持ちがそらに伸ばした指先から抜けて行くような、
そんな気持ちを味わい、明かりを失った暗闇を枕に眼を瞑る。
静かだ。
嗚呼、しずかで―――、なんにも、邪魔されずに、ゆっくりと。
必要のなかった呼吸をするふりをしていた身体が、
やがて、最期の一息を深く長く吐き出すころに、白砂のベッドに横たわる。
最期。
残るのは聴覚だという。

『おやすみなさい』


・End 昇り切った
生還 / 理想郷は自らの現実である。まだ渚の迫る世界ではないのだから。

生還:1d8
抜錨:1d8
境界線:1d4
理想郷:1d4

事情を訊けば、砂浜にずぶ濡れの状態で倒れていたところを発見、収容されたらしい。
荷物などから個人の特定などは出来たため、もれなく家族友人類から「あんた何やってるの」という説教は免れない。腹を括ろう。
警察なども来訪するだろう。状況的に自殺か、事故か。ワンチャン事件。
だが自分にその手の記憶はないし、自殺などもってのほかだ。恐らくは事故だろう。
たまたまつながった何かに引っ張られた。
それを切り離して置いてゆくための時間が、現実で言う、自分の意識不明の時間だったというだけだ。
身体に異常はなく、意識がはっきりとして後遺症もないとなれば、病院からもすぐに開放される。
靴越しの地面の感触に少しだけむず痒さを感じていられるも、今のうちだと思えば、悪くはあるまい。


<補足>
END B、Cについては、自殺の類として処理され、肉体は引き取られることになるため、
現世で発生しうる神話的事象や、呪文などの効力の範囲内になりうるとして、「肉体」を利用される場合がある。
特にBについては、意識を閉ざした程度(考えることをやめた、というような認識)で錘を使って沈んでいるだけなので、
事によっては魂(意識=SAN)も引き上げられる可能性がある。
Dに関しては、上記のことが発生しうることのない自由のかたちとして「完全な死」という表現を用いる。


分岐点B事象:サラトガ(USS Saratoga, CV-3)、"爆撃機は空母シャングリラから発進"
分岐点C事象:鯨骨生物群集
分岐点D事象:拙作シナリオ「赦したまえ」

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