主に哀咲のTRPG(CoC)用wiki。ほぼ身内様向け。「そこのレディ、ティータイムの御供にクトゥルフ神話は如何かな」

概要

製作:哀咲
プレイ時間:テキストオンセ 3時間前後
傾向:RP

シナリオ名:はちじゅうはちやとわたぐものひに


使用に関して:
改変、リプレイ等公開自由。制作者もしくはwikiのURLを明記してください。


シナリオ



<あらすじ>
セミが鳴き、雨の日々が時折過ぎて、
ただ差し込める日差しに目の前が霞むような、
高く高く登ってゆく、雲の夏の始まった日。


<キャラシについて>
特に指定はない。
人柄として推奨できるのは、「忘れそうな人がいる」「忘れてしまった人がいる」、という状態の探索者。


<舞台>
晴れた夏の日の、近所。


<推奨人数>
一人


<友好NPC>
PCに合わせて設定する、もしくは設定を構成する。
元探索者であればキャラクターシートを参照してもよい。
年齢は問わないが、進行上のベースとして「幼年期」かつ男子の姿を取る為、女性を設定する場合は文章に注意すること。

忘れられた人-何かがあって、何かがおこって、貴方の記憶から消えて行った人。


<その他事項>
KPCを用いたタイマン式ではあるが、敵対的な行動を取らないため、ソロプレイの方が形式としては近いと思われる。



<拝啓、祭りの日は>
近くの神社が、縁日の日を迎えたらしい。
夏も佳境に差し掛かってもなお、激しい暑さに締め付けられた貴方は、汗を土に零しながら、
その縁日から来る騒がしく、けれども不快ではない、胸の温もりに近い何かに、いつもならきっと避けていくはずなのに、足を向けた。

緑に囲まれた神社の鳥居をくぐれば、ふわっと、風に汗が消える。踏み出しただけなのに、
別の世界にいるように爽やかで涼やかなその縁日の屋台の群れを眺める。夜食を此処で買ってしまうのもいいかもしれない。
もう少しで日も落ち切って、もっと涼やかな祭りになるのだろう。
甘いものも、ごはんも、子供たちが楽しむ掬い遊びや、大人が本気になって打ち込む射撃も、ここにはある。
時折思い出したかのように子供がかけていって、騒がしさを連れてくる。
手にはたくさんの水風船や、金魚の入った袋を持って、昔の自分を見ている気分になれたなら、よかったのに。
真っ直ぐと神社の中を進んでいた貴方の脚の向く先には、本殿が現れようとしている。
ただ、登り切る最後の一段を邪魔したいように、何処か見覚えのあるような子供が少し、落ち込んだ様子で何もない手の平を眺めている。(0/1)

子供に自分から声をかけてもいいし、横を素通りするのもいい。今どき、下手に子供に声をかけたら何が起こっても文句が言えないのだから。
それでも、最上に昇り詰めた貴方を見上げ、少年はビー玉のような目で縋って、貴方の脚に触れる。
子供の要求がすぐわかるほど、多くの人間は相手を理解し得ない。
少年はまるで口を利きたくない、利けないかのように口を一文字に閉じたまま、
先に行ってしまおうとする貴方の脚にしがみついて、行かないでと主張するように全体重をかける。

貴方には見覚えがある、だがその「見覚え」が、そこらの近所の子供だから、とか仕事先の誰かの子供だとか、
そういった適当な理由をつけることができない、自らの「記憶」の朧げな可能性程度のものであると理解してよい。
何処で見たことがあるのか? 見たことなどないのだろう。
何処かで会ったことがあるのか? 会ったことなどないのだろう。(0/1d2)
それでも子供の必死な眼が、貴方をその場に射止めるまでそこまでの時間は要しないはずだ。
子供は、特別に貴方に何かを要求するわけではないが、祭りの喧騒から少し離れた神社の隅、手水舎の水の音が聞こえる日陰へ探索者を誘導する。
蝉の騒がしさも、水の音で和らぐ、木々の影のなかにぽつりと置かれた古めかしいベンチが、この話の唯一の舞台となる。


<こんな夢を見た>
ベンチに座ると、子供は縁日の屋台を遠目にしつつ、ようやく言葉を探し始める。
「急にごめんなさい」
と、引き留めたことを詫びる言葉から入ることにしたその子は、続ける。
「あなたは、僕のことを知っている?」

〇子供の質問について
「知っているか?」という質問にどう答えるかはそれぞれだが、KP側で提示できるものは「見覚えはあるが、知らない」というもの一つだけだ。
知っていると安易に答えれば子供に「教えて」とせがまれて困るのは探索者である。素直に知らないのだと言い聞かせたほうが良い。

知らないのだと理解すると子供は、そうなんだと口にしつつ、知っていたかのような哀愁を見せる。
とても子供のする顔ではない。子供のする顔ではないのだ。(0/1)
その横顔を見た探索者は<アイデア>ロールをすることができる。
成功した場合、その溜息を零す横顔が記憶の端に引っかかるようにして瞼に焼き付く
。覚えている?いや、覚えていると表現するのは違う。忘れている?
……焼き付いているからこそ判別がつかない……妥当な言葉をあてるのは難しいのだろう。(0/1)
「僕は、……歩いてきたんだ」
少年のそんな言葉に首を傾げれば、つられたように少年も首を落とす。
「ずっと、ずっと、……歩いてきた。気が付いたらここにいたよ。……かみさまが、ここで一度お別れだって、手を離したの」
「そしたら、あなたがちょうど来た。ぼくは、……」
このような発言を繰り返す少年に探索者が不信感を覚えたり、逆に不遇をいたわったりするなどとあらゆることが考えられる。
それを遮るようにして少年の腹の音を鳴らすと良い。
少しだけ恥ずかしそうに赤くした頬を抑え、少年は「…おなかすいた……?なんで……?」と不思議そうに呟く。

空腹に関する発言に対し<心理学>:本当に不思議に思っているらしい。歩いてきたのなら腹など減って当然のはずだが。
<目星>:恥ずかしがったりするさまは本当にただの子供だ。服装は小奇麗だが、手や頬には擦り傷や砂汚れが目立つ。
<医学>:少年の身体について目に見える病的な異常はない。
<精神分析>:特別な精神疾患を抱えているようには思えず、大人びているという表現で収まる精神年齢だろうと推測できる。

少年に何か買い与えるのは良い行動だろう。少年は疑うことなく、礼を言い、与えられたものを受け取る。
何かを与えずとも話は可能だが度々重なる空腹を訴える音を気に留めないことができるのだろうか。
もしも少年に選択権を与えたのなら、少年は雲のようだと言って綿飴を選ぶ。


<入道雲がいずれできる空の下>
何か食べるものを与えたからと言って特別事態が好転するわけでもなく、探索者は少年の言葉を待つばかりだろう。
何らかのアクションを行う可能性もある(警察や神社の管理人に連絡など)が、
表示では通常なのにも関わらず電話は繋がらず、境内や社務所にも人影はない。
遠巻きに縁日の騒がしさは聞こえてきて、人はいるはずなのに、人と接触することができなくなっている。
その事実に気づくか否かは探索者の警戒心の問題だろう。
「ぼくは……どうしてかみさまとお別れしたんだろう」
その答えを貴方は知らない。
ただ、推測できることとして「一度お別れ」ということはそのかみさまとやらは迎えに来るつもりがあるということだろう。
<アイデア>などの技能に成功した場合、「一度別れなければならない理由がある」とも考えつく。
これらのことを伝えれば少年は、詳細に言えば依り代となる誰かの元の性格に合わせて一喜一憂し、納得を示す。
少なくとも、「迎えがあるはずだ」ということはお互いにとって良い情報だろう。
ただ、少年はそれでも何か引っかかっているかのような暗い表情で考える。
「僕は、ずっとかみさまと一緒だった」
「一度お別れしなければならない理由って、何だろう」
自分の安否というよりかは、そのかみさまを心配する文言のように聴こえるはずだ。

もし探索者から意図的に聞き出すことがあるとする。その為に必要な情報として以下をKPには提示する。

・「かみさま」とはずっと一緒だった。(気づいたときには手を引かれていた)
・遠くに山が見える野道を歩いていた。
・「かみさま」は女の人のように見える。
・ここに来たのはいつだか定かではなく、かみさまに「一度お別れだ」と言われた。
・お別れの前例はない為、戸惑っている。
・少なくとも自分は人間(だと思われる)。
・他の人間とは接点はないはず。
・歩いている間に空腹を感じることはなかった。
・ここについて別れなければいけないと言われたときに、「衝撃」を感じた。
・「衝撃」は痛いというようなものというよりかは風などで押し出されたような感覚である。

ある程度聞き出すことができればまた新たな疑問が浮かぶだろう。
例えばかみさまは女神であるとか、空腹を感じなかったという人外的な何か。
少年を一口に否定することは簡単だろうが、少年の動作は本当にそれらが真実であるように振舞っている。(0/1)
その中でも特に、「名前」について触れられることがあった場合は少年は目に見えた動揺を見せる。

〇名前について

・かみさまからは名前で呼ばれていたはずだ。
・靄がかかったかのように名前が思い出せない。
・かみさまから名前をもらったわけではなく、自身の本来の名前がそうであると教えられた。
・どうして忘れているのかもわからない。

その動揺のさまは専門的な知識がなくとも精神にかなりの負担がかかっていると理解できるだろう。
泣いたりすることはないが、歯痒そうで苦しそうに唇を噛む。

「……そうだ。思い出せない、だから、気が付いた、……貴方に僕のことを知っているかと、訊いた……」

<心理学>や他相応と見られる対応:精神年齢が少しずつ上昇しているように感じられるだろう。

「名前が思い出せない。それがどういうことか僕にはわからない。
だけど、手が離れて気が付いて、ここに立っていた時。貴方と目が合った時。僕は咄嗟に貴方に問いかけることにした」
食べ終わった残骸をベンチの空いたスペースに置いた少年は、まるで人が変わったかのように貴方を見るだろう。
「神様は、この世に無意味はないと言っていた。何事でも所縁があるものだと。
だから貴方が僕の目の前に立った。僕も貴方の前に立った。きっと何かがある。そうでなければ、おかしい」

<目星>:少年の瞳の色が少しずつ抜けて行き、血の赤を映していることに気が付く。(1/1d2)

瞬きを数度繰り返した少年の瞳はこんなに色の薄いものだったろうか。ふと貴方は思う。
「衝撃……押し出された風。……悪い気配のものではなかった。ここにいる理由はきっと、
僕に何かしらの選択をさせる為か、いや……神が、庇護下に置くことを難しく思い、緊急処置としてここに置いた?」
「僕は、結局迎えが来るまでここにいなければならない。神は何かを考え、一度離れなければならないとした。
貴方との所縁を座標を打ち付ける杭にしてこの空間に置いた。こうすると、結構自然。どうだろう」
少年は何か、あきらめに近いようなものを混ぜた微笑みを見せる。

「この空間がおかしいと、薄々気が付いてはいなかったか?」

そう、貴方に問いかける。
全ては陽炎に呑まれそうなほど、遠くにある気さえする。


<進まなければならぬ。>
少年に諭されてなお、周囲の異質さに目を向けない気概がある者ならいっそすでに何かをつかんでいるのだろう。
諭され、その異質さを再度理解した場合は(0/1)。
声もどんちゃん騒がしいと思っていた縁日の影は遠く、神社の社務所に人の出入りはなく、
ただその鳥居をくぐった瞬間から触れている、独特の空気―――冷気が突き刺さるように暑さを消していく。
赤い目を隠すこともせず、少年は、いやもはや青年と呼ぶべきだろう雰囲気を持つ、不思議な姿は真っ直ぐと貴方を見ている。
「もう少し、付き合ってくれるだろうか。もう少しで、たぶん、きっと、貴方の知っている俺になれる」
酷く、頭が重い。
風が木々を揺らして、木陰は少しの容崩れをするが、暑さはだいたい背筋の冷汗となって誤魔化されている。
少なくともほとんどの探索者に「赤い目の青年」の知り合いなどいないだろう。

「俺は……少なくとも貴方の世界で生きる人間じゃない。それはわかる。悲しいけど」

少しずつ風が強くなっていく。
「だけど。俺のいた世界でも名前は必要で、あっていいもので、何より存在の証明だ」
空が少し、暗くなったような気がする。
「忘れているなんてことは、普通あり得ない。……そうだよな?」
「だからきっと名前はあって、神もそう呼んでいて、だけど何かが俺に名前を忘れさせている」
「その名前を忘れさせている何かが、俺の存在が都合が悪くって、何かをしようとして。
神はその対処の為に俺をここに避難させた。それでもし名前を思い出せたならきっと。そう言うことなんだと思う」
青年の微笑みは、木陰の薄暗さに負けてはっきりとした輪郭すら取れないほどであるが、貴方は彼を「知っている」のだろう。
思い出せるのだろう。(1/1d4)
思い出したとして。名前を教えたとしよう。それはこの青年の為となるのか?もしくは破滅のものになるのか?そこまでの判断は貴方にはつけられない。
ただ、目の前の青年がどう生きていたか、そんな光景が脳裏に走って、もっと無邪気に笑っていたはずのその頬がこけているような気がして、貴方は言葉に詰まる。

「この世界で俺がどうやって終わったのかは知らない。貴方の記憶でどう終わったのかも知らない。
どう振舞ったのかも忘れたよ。でも、きっと……もっといい顔してただろう?」

いつの間にか、姿も変わって、目線が同じぐらいになっていることに気が付くころには、きっと。
『   』。
目のまえの存在の名前を、貴方は思い出している。底に沈んでいた形が浮かんで、色を持って照らしている。

「俺は進まないといけなかった。人間は、楽園にいたら魂はゼロになる。
生まれ変わろうと歩き続ければ前の人生なんて忘れてる。でも俺は、……普通の人間のような終わり方をしなかった。
それだけ。そのほんの少しで、神に出会って、"前世"を思い出して、別のところに行こうとしてる。
気がする。たぶん、少しずつ忘れるはずの前世を、俺は名前を忘れて終わったから、そのまま、何も消えることもなくて。……」

「歩こうって言われて手を引かれて、歩いた。あの山の向こうにある海に向かって。
それが本当にいいことかは俺は、分からない。また生まれ変わるのがいいことか、分からない。
何よりも、名前がわからないことが辛いから、そんなこと考えてないんだ」

「でもさ」

そういう青年の微笑みは、いつかの日の光景と重なって、貴方の頬を伝う何かになる。

「やっぱ、俺の名前を呼んでくれる人の期待には応えたいもんだろ?」


<アマルテイアの角を笛に出来たのなら>
叶わないものを夢見るのは時間の概念を考える生物の特権であり、悲痛な願望の果てでもあるのだろう。
探索者には二つ選択の余地があるだろう。

・名前を教える

・名前を教えない

ある程度の逸脱はRPの内容とKPの判断に任せるが、NPCが名前を知るか否かがカギとなる。


〇名前を教える
名前とは、この世全ての物証の証明とも言える。価値とも言える。大事なものに与える一つの形でもある。
思い出した、海の中からゆっくりと顔を出したかのようなたった少しの言葉を口にする。

『   』。

君の名前はこうだった。
今もそう在りたいと願うのなら教えるべきなんだろう。それが、来世のない道と言えど。
名前がわからない恐怖を貴方は知らないのだろう。知りたくもないのだろう。
ならせめて、教えられるものは教えるべきだ。
いつか自分に降り注ぐかもしれない、そんなとき目の前の彼がもしかしたら、名前を教えてくれるかもしれない。
青年は、あは、と人間らしい感嘆を漏らして笑った。風にそよぐ髪は昔よりずいぶんと長くなっていた。
「ありがと。……ほんとに、ありがとな。また、忘れてたみたいだ。
ごめんな、何度もさ。また、忘れたら訊きに来るかもしれないけど。そんときはよろしく」
記憶と同じ素振りで随分と背の伸びた彼はベンチから腰を上げた。
「俺ね、たぶん、あんたと同じ世界に生きることはないだろうけど。
逢えるかもしれないし、もしあんたが死んだら迎えに来てやってもいいよ。どうする?」
そんな問いかけを投げかけた彼は、最後に見た姿と同じほどに大きくなっていた。
ただ、目が赤く、髪も少し色素を失ったかのように見える。……血の気がないというのが、人間らしいのだろうか。
その問いかけにどうこたえても青年は笑う。
「そっか。わかった。……」
満足そうに日向に出た彼は光で一層、白く見える。風が、先ほどまで彼が座っていたスペースに食べたものの残骸を転がす音がして。
「俺、還るな。世話なったよ。……元気でな」
眩しい光の先に、人の影があるような気がして。影は、彼に手を伸ばしている。
行くなと言いたい気持ちがあるだろうか。行ってしまうと思う気持ちがあるだろうか。けれど眩しい輝きにそれらは口ごもる。
『また、いつか。』
遠く、木霊に紛れた淀んだ声が聞こえて、ばちんと何かが弾けたような音がした。
またいつか。
それは別れではなく、未来への希望予測の言葉。縁日の賑わいが近づいてきて、子供たちが目の前を走り抜ける。
それを追いかける親だろう姿の手には大きな綿飴の詰まっているのだろう袋があって。
蝉の鳴き声が強く響く。
涙とも、冷汗とも違う、本当の汗がぽたりと地面に染みをつくる頃、ようやっと貴方は立ち上がった。
『   』。
かの名前を少しだけ繰り返して、日向に踏み出す。ねばりつくような湿気と熱気が夏を思い出させてくれる。
足元に立ち昇る揺らぎが、この世にある少しの幻の気配のように思えるのだろう。
暑い、夏の日が始まった、出来事だった。


〇名前を教えない
名前とは、この世全ての物証の証明とも言える。価値とも言える。大事なものに与える一つの形でもある。
思い出した、海の中からゆっくりと顔を出したかのようなたった少しの言葉を、言い淀んだ。
名前を与えてしまったら、君はきっとどこかに還るんだろう。いや、忘れられずにまだ「生きてしまう」んじゃないだろうか。
忘れて、産まれなおす。そんな簡単で当然で、自然の考えの一部を、たった一瞬の感情で壊してしまうのは善くない。きっと。
彼の目の赤が薄らいでいく。これでいい。きっと。
君は「君」のままで、忘れてまっさらになって、またこの世界に何かしらとして生まれてきて、自分と巡り合わなくてもいい、きっと幸せになってくれたら。
どこまでが貴方を由来とする思いなのか、混沌として胸の内に答えを見つけ出すことは出来ない。
ただ、名前を教えてくれない貴方の、答え渋るその感情を理解した青年が一つ頷いて、笑うのだ。
「あんたは優しい。ほんとに。我儘言ってごめん」
せめて彼の不安そうなその表情を和らげることが出来たのなら。手が宙を彷徨った。それを握る彼の手は、酷く冷たい。
「そう、忘れて生まれて。生きて。……死んで。あんたが俺にそう望んでくれるのなら、このまま忘れて還るのもいい。
それだけの恩がきっとあるし、あんたの気持ちは優しいから」
ふわりと少しだけ流れていた風がぴたりとやんで、遠巻きになっていた世界の音が戻って来る。
「……もしかしたら、あんたの近くで生まれるかもね。もしかしたら、血縁かもしれない。
それともどこか遠い異国で、会えないかもしれないな。でも、きっと」
冷たい手の平が滑るように落ちて、彼は立ち上がり、眩しい日向の景色に溶けるように輪郭を無くしていく。
『また、いつか。』
遠く、木霊に紛れた淀んだ声が聞こえて、ばちんと何かが弾けたような音がした。
またいつか。
それは別れではなく、未来への希望予測の言葉。子供たちが目の前を走り抜ける。
それを追いかける親だろう姿の手には大きな綿飴の詰まっているのだろう袋があって。
蝉の鳴き声が強く響く。蝉の鳴き声が強く響く。
涙とも、冷汗とも違う、本当の汗がぽたりと地面に染みをつくる頃、ようやっと貴方は立ち上がった。
『   』。
かの名前を少しだけ繰り返して、日向に踏み出す。ねばりつくような湿気と熱気が夏を思い出させてくれる。
足元に立ち昇る揺らぎが、この世にある少しの幻の気配のように思えるのだろう。
暑い、夏の日が始まった、出来事だった。



<生命回帰>

「善き牧人」 名前を教えた場合のEND
名前を教えた:1d8
風:1d4
永久の轍:POW対抗時に一度だけPOWを+1にする


「原初の海」 名前を教えなかった場合のEND
名前を教えない:1d8
母:1d4
忘却の水面:CON対抗時に一度だけCONを+1にする



共通報酬
『   』:一度だけ<回避>技能に+15%、代わりにSAN-1d3+1
この報酬はPLの意向で受け取り拒否可。



<その他事項>
時系列・背景として「ディスコルディア」の「時臣」がこのKPCのベースデザインとなっている。
ディスコルディアの世観では牧人の理想郷「アルカディア」のイメージをベースに、
人間の生まれ変わりを回帰機構としてくみ上げた場合、「名前」の有る無しで存在の補正力が変わる、…気がする。

名前を教えた場合、その人は理想郷の案内人としてそのまま轍を歩き続け、
名前をそのまま忘れたら、その人は最初に戻って何処かで産声を上げる。

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