FFシリーズ総合エロパロスレのまとめ

 ようやく苦痛と騒音から開放された。だが、そこに自由はなく、静けさだけが立ち込め
ていた。
 パンデモニウムの地下。
 カンテラの薄明かりの中、暗闇の雲は、冷たい鎖で吊るし上げられていた。
 足元の魔方陣が発する強力な魔力が、波動と浮遊能力を封じている。念入りなこと
に、二頭の触手らも猿轡をはめられた上、獣皮のベルトで固く縛りつけられていた。
「そろそろ答えてもいいはずだ。貴様……何故コスモスの者と接触した?」
 毒牙の如き悪意の視線を向けるのは、金色をまとった男──皇帝だ。
「あれほど人の計画を邪魔するなと言ったはずだ」
 長い棒状のものが空を走り、暗闇の雲の頬を打つ。
 細く削り出した鯨の髭に、二つ折りにした平革をつけた騎乗用の鞭だ。
 革の端には、薄い金属が刃のように仕込まれており、責め具としての威力を高められ
ていた。
「規律を乱す者には……罰を!」
 手にした鞭が、再び風切り音を立てた。
 無から生まれた身体ゆえ、傷から血は流れない。
 頬を、腹を、繰り返し殴打されても、暗闇の雲は、痛みに唇を震わすことすらもなく、
黙し続けた。
 皇帝の苛立ちは、振り下ろされる鞭の間隔と軌跡に、如実に現れていた。
「その程度にしておくのだな」
 よく通る、低い声色だった。
 地下室に現れたのは、漆黒の甲冑の男──ゴルベーザ。
「尋問にしては少し行き過ぎではないのか?」
「これは尋問ではない。拷問というのだ」
 一瞬の風鳴りと共に、皇帝の鞭が、ゴルベーザに向けられた。
「ひとつ、ここは私に任せてはくれないか? この手のことに関しては、少々覚えがある
のでな」
「ほう、何処かの道化のように、操りの術でも使おうというのか?」
 ゴルベーザは暗闇の雲に歩み寄ると、俯いた顎の下に指を伸ばし、面を上げさせた。
「楽器は、ただ打ち叩けばよいというものではない。……特に、女という楽器はな」
「……なるほど」
 皇帝は鞭を棚に戻し、暗闇の雲とゴルベーザに背を向けた。
「ゴルベーザよ、ここはお前に任せていくぞ。……私も暇ではない」
「ああ、承知した」
 遠ざかっていく足音を見送り、地下室に残ったゴルベーザは、暗闇の雲の方を向き
直った。
 魔方陣を指した指先が素早く動くと、怪しげな紫の光を放つ文様は消え、鈍色の髪
が浮力を取り戻した。
「余計なことをしよって」
 暗闇の雲は、ゆっくりと口を開いた。
「それだけ強がりを言えるようなら、心配は無用のようだな。傷は大丈夫か?」
「……左の薬棚の奥だ」
 目的の場所を、ゴルベーザに視線で示した。
「低い方のコバルト瓶の中だ。皇帝がそこに隠していった」
 鎖の錠前を外す鍵の在り処。
 薬品と責め具の並ぶ棚の奥、群青色のガラス瓶の中に、それは隠されていた。
「しかし、そなたも無茶をしたな」
 ゴルベーザは取り出した真鍮色の鍵を使い、暗闇の雲を開放した。
 抑えられていた魔力の反動で、一瞬、足元がふらついた。
「皇帝は、そなたを通じて自分の計画がコスモスの側に流れることを恐れていた」
「さあ。わしには関わりのない話だ」
「だが……何故そなたが、コスモスの者と?」
 急激に蘇る、熱と感情。
 衝動の記憶に、唇が疼いた。
「わしは、あの男と──」
 触手らの猿轡を外してやりながら、暗闇の雲は言葉を続けた。
「──少々、戯れていただけじゃ」
「暗闇の雲よ、そなたは……」
 ゴルベーザは一度言葉を溜め、その先を静かに続けた。
「その男に、特別な思いがあるのではないか?」
「くだらん……わしはただ、己の欲に従ったまでのこと……」
「では何故、そなたは危険を冒してまで、現にこうして罰を受けてまで敵陣の男に入れ
込むのだ?」
「……奴は獲物。我が欲を満たすための糧。それ以上のことなど、ありはせん……!」
 己自身の迷いを論破するかのように、暗闇の雲は、強く言葉を並べた。
「ならば、私がその男に代わり、そなたの欲を静めてやろう……」
 ゴルベーザは暗闇の雲の隣に立つと、暗幕の如く広げたマントの内側へ、導いた。
 暗幕は頭の先から全てを被い、地下室により濃い闇を作り上げた。
「代役がいれば、もうその男に用はない。そうではないか? 暗闇の雲よ」
 囁きが耳を抜けると同時に、ざわりと皮膚が震えた。
「……違う!」
 苦しい。
 何かが、胸の中で膨張していく。
「あの男でなくては嫌だ! あの男でなくては駄目なのだ!」
 ゴルベーザを振り払い、声を荒げて言い放った。
 巻き起こった感情の嵐は、鞭の傷よりも深い痛みを、暗闇の雲にもたらした。
「もうやめてくれ……胸が、胸が潰れてしまう……!」
 吐き出そうと、もがけばもがくほどに、渦巻く思いが身体の内側に食い込んでいく。
 息が詰まる。目蓋が熱い。また、涙が湧き上がってきた。
 一度きりのものと思っていた衝動は、気付かぬうちに、暗闇の雲の自我と肉体に、
深く長い根を這わせていたのだった。
「やはり……そなたの心には、愛が芽生えようとしているのか」
「何を言う。わしにそのような、愚かな感情が生まれるわけがない!」
 漆黒のガントレットに包まれた手が、戦慄く肩に重なった。
「恐れることはない。その苦しみこそ、愛の先触れなのだ」
 ゴルベーザの言葉は穏やかに、しかし確実に、暗闇の雲の心の内を解きほぐして
いった。
「少し、話を聞かせてはくれないか? 言葉にして吐き出せば、少しは気が楽になる
だろう」
 暗闇の雲は、頬に垂れた水滴を拭い払い、語り始めた。
 我が身に起きた変化のこと。
 赤い弓と剣を携えた、若く勇ましい男のこと。
「そうか、彼が……」
「知っておるのか?」
 ゴルベーザが頷いた。
「彼は、皇帝と同じ世界から選ばれた者だ。皇帝が警戒していたのは、そのせいかも
しれん」
 フリオニール。
 それが、暗闇の雲の胸に赤々と咲き誇る、棘のある花の種を植えた男の名だった。
「彼は、真っ直ぐな心をした良い男だ……よい選択をしたな、暗闇の雲よ」
 ゴルベーザに言われて、胸の奥が、微かにむず痒いような感覚を覚えた。
「尋問はもうよいだろう? わしは帰るぞ」
「行くのだな?」
「……ああ」
 何もかも曝け出した後だ、どうせ隠そうと無駄だった。
「では、これを持っていきたまえ」
 ゴルベーザは薬棚から小振りのガラス瓶を取り出すと、暗闇の雲に手渡した。
「彼は今頃、仲間達と月の渓谷を横断しているはずだ。次元が歪まぬうちに、早く後を
追うといい」
「……済まんな、ゴルベーザ」
 暗闇の雲は、受け取った小瓶を右の触手に咥えさせた。
「最後に、一つ頼みがある」
「ああ、何なりと言ってみるがいい」
「お前は、人間と同じ種族の者と聞いたが?」
「うむ、そうだな。多少の違いはあるが」
「……男の身体というものについて、少し教えてはくれぬか?」

 /////

ニア いいですとも!
   だめですとも!

 /////

 竜の首の如く太い腕を組みながら、漆黒の魔人は静かに含み笑いをするばかり
だった。
「大切なのは心だ。そなたに彼を思う心があれば、それで十分ではないか」
 余計な知識は、絆を遮る壁にもなりかねない。ゴルベーザはそう言葉を続けた。
「もっとも、私がそなたに後宮の技法を伝授しようにも、そなたの身体はあの男しか
受付けぬようだからな」
 触手らが、主をからかうように宙をくねっていた。
 暗闇の雲は、理由はわからなかったが、逆毛を撫でられる程度の苛立ちに似たもの
を感じていた。
「その瓶は傷薬だ、必要なら使うといい」
「ああ、世話をかけたな」
 ゴルベーザに一瞥を向けた後、暗闇の雲は、次元の隙間に身を隠した。

「全く、面倒なことに巻き込まれてしまったのう」
 暗闇の雲は、月面の礫砂漠を進んでいた。
 頬に当たる空気は冷たく、雪解けの渓流を遡っていくようだった。
 腕には、小瓶と薄浅葱色のマントを抱えている。皇帝に監禁された原因でもある、
フリオニールが残していったマント。
 最初こそ、気にも留めず放っていたが、徐々に情が募り、捨て切れず寝床の敷布に
使っていたものだ。
 肉体に篭った熱は、触手らの助けで晴らすことも出来るが、日ごと夜ごとに高まる
思いは、一人ではどうにも果たし難いものだった。
 血の匂い、汗の味、貫かれる熱と悦びが、今も思考の末端に、色濃く染みついて
いるのだ。
 あの銀の髪に触れたい。はしばみ色の瞳を見つめたい。一度意識すると、止めど
なく欲求が溢れていった。
 そんな時に、寝床でマントの端を持って包まると、またあの男に抱き締められて
いるようで、心が落ち着いた。
 浅い藍染のリネン布が、どうしてこれほど貴重で、いとおしいものに思えるのか。
それがゴルベーザの言う愛というものなのだろうか。
 だが、葛藤は行動によって掻き消された。
 僅かに感じる生命の気配を頼りに、何度も空間を飛び越えていく。
 やがて、虚空の中に微かな鼓動の余震を見つけた。
 数は、少なくとも二つ。三つか。
 意識を鼓動に集中させ、その中心へと急いだ。
 野営の火が見えるまで、相当な距離を進んだはずだが、暗闇の雲には、ほんの数分
のことのように思えた。
 岩壁に照り返す緋色の光が、二つのテントと、見張りらしい男の姿を浮かび上がらせ
ている。男はゴルベーザと同じように闇色の甲冑で全身を覆っていて、体格こそずっと
細身だったが、よく似た波動の匂いをしていた。
 しばし、様子を伺ってみると、男は火が弱まりかけているというのに、燃料の木切れ
を手に持ったまま、何もしないでいるようだった。
「……眠っておるようだな」
 暗闇の雲は、岩陰から身を乗り出し、そのまま鼓動の気配のするテントの方へと
向かった。
 右の触手がまず中を覗き、気配の主を探る。寝床は二つあったが、片方は空だった。
 もう一方の、人型に盛り上がった毛布の枕元には、珊瑚のように鮮やかな紅の剣が
置かれていた。
 ブラッドソード。フリオニールの剣。
 暗闇の雲は、一瞬で震えと発熱に襲われた。
 高ぶる感情、湧き上がる欲求が体内に爪を立てる。暴れる心を静めながら、テントに
忍び入った。
 布越しに差し込む星明りが、穏やかに眠る男の横顔を照らしていた。
 身を屈め、寝顔に手を伸ばす。指でなぞった唇は、少し乾いていて、固かった。
 肩までかかった毛布を除けると、首にはまだ、太い縄をかけたような痣や、触手らが
つけた小さな歯型が残っていた。
「フリオニール……」
 眩暈の如き悦楽も、苦い激情も、全てはこの男からの贈り物。
 噛み締めた唇が、徐々に潤み始めていた。
 壁際を向くフリオニールの背中に寄り添うと、肌着の裾に指を忍ばせ、自らが残した
傷跡を探る。未だ凹凸と肉質的な手触りを残す一筋の線に触れ、その周囲をゆっくり
とまさぐった。 
 呼吸に合わせて伸縮する肋の曲線を愛で、弛緩してなお明確な隆起を残す筋肉の
流れに目を細めた。
 肉の温もりを知る以前であれば、掌の下で静かに上下する腹部の柔らかさに、それ
を皮膚もろとも切り裂き、吹き上がる血と腸を弄ぶことしか考えつかなかっただろう。
 だが、今の暗闇の雲は、命を貪ることよりも、さらに素晴らしいことを知っていた。
 麻織物のズボンの腰紐を解き、その内側に指を進めていく。まだふくふくと柔らかい
それを手の中に収め、先端に向かって擦ってやった。
 次第に反応していくものをあやしながら、空いた手で髪を撫でていると、男にしては
長めの睫毛が小刻みに震え、フリオニールは大きく寝返りを打った。
「んんぅ……うぁ……、っ……!」
 緩慢に開いた視界に暗闇の雲の姿を捉え、驚きに声とも息とも取れぬ音を上げて
飛び起きた。
「なんじゃ、まだ眠っておればよいのに」
「……あんた! ……っ、どうして!?」
 かき寄せた毛布で股座を押さえながら、フリオニールは言った。
 視線が落ち着きなく揺れている。状況を掴めず戸惑っているようだった。
「わからんのか? お前に会いに来てやったのだぞ」
 そう言って、腕に抱えたマントを、フリオニールの胸に押し当てた。
「ほれ、忘れ物じゃ」
「わざわざ、そのために?」
「……まあ、それだけではないがな」
 左の触手が、フリオニールの右腕に絡みついた。
「お、おい……ちょっと」
 それを手繰り寄せていくように、暗闇の雲は、二人の間を詰めていった。 
 互いの吐息が、互いの頬に触れる距離。
「会いたかったぞ、フリオニール」
「……っ! よせっ!」
 擦り寄る触手らを退けながら、フリオニールが言った。
「ここじゃ駄目だ、仲間が……!」
「案ずることはない。表の見張りなら眠っておった」
「違うんだ、ティーダが……隣の奴がいないんだ。戻ってきて、こんなところ見つかっ
たら!」 
 肌着に掛けた手を押し返され、暗闇の雲は、苛立ちを感じずにはいられなかった。
 もう、あの時のように、我が身を抱いてはくれぬのか。
 搾り出すような問い掛けに、フリオニールは顔を向けもしなかった。
「……じゃあ、外、行こうか」
 暗闇の雲から受け取ったマントを肩に羽織ると、今度はフリオニールの方から手を
差し出した。
「その、話を聞くくらいだったら……付き合ってやるから」
「……ああ」
 暗闇の雲は、手を握り返し、二人は野営地を抜け出した。
 星空と青い惑星の光が、荒地を静かに照らしていた。
 温かくて、握りだこで少し硬い、フリオニールの手。
 他人に手を引かれて歩くのも悪くはなかった。
 肌が接しているのが嬉しくて、つい指を絡めてしまう。
「なあ……こんなところに居てもいいのか?」
「構わんさ。今更隠しても、どうにもならんことじゃからな」
 血流の温度が上がり始めているのが、掌から伝わってきた。
「可笑しいじゃろう? 無の化身たるわしが、くだらぬ感情に振り回され、よりによって
人間風情のお前なんぞに心底入れ込んでおる」
「そんな言い方じゃ、好かれてるんだか嫌われてるんだか、わからないじゃないか」
 フリオニールの足が止まる。振り返って暗闇の雲の方を向くと、その顔が急に険しく
なった。
「その顔……酷い怪我じゃないか!」
 皇帝の拷問でつけられた傷のことだ。
 テントの中の暗がりではわからなかったのだろう。頬に手を当てると、小指ほどの長さ
の裂傷が、はっきりと刻まれていた。
 フリオニールが慌てたのも仕方がない。人間であれば大変な重傷だ。
「じきに塞がる、気にするな」
「けど……」
 不安そうにするフリオニールの前に右の触手が飛び出し、口に咥えた細いガラス瓶を
差し出した。
「これは?」
「さあ、人から渡されたものでな。傷薬だとは言っていたが、わしにもよくわからん」
 ラベルの文字は古く、滲んで読み取ることが出来なかった。
 ガラス瓶を受け取ったフリオニールは、蓋を開け、その裏側を鼻に近付けた。
「いい香りだ……」
 澄み切った月面の空気に、花の香りが立ち上った。
「精油のようじゃのう」
 フリオニールは瓶の口に人差し指を当て、軽く傾けて中のものを指につけた。
 やや粘性のあるそれを、指の腹に伸ばしてみる。外気に触れると、より芳香が強く
なった。
「きっと、あんたのこと心配して渡してくれたんだ」
 暗闇の雲は、渡された瓶の蓋の匂いを確かめた。
 濃厚な香りが、鼻腔の内側に絡みつく。香料をたっぷり振りかけた、菓子のように甘い
匂いだ。
「むぅ、くらくらする匂いじゃ」
「消毒に酒精を使ってるんだよ。ほら、塗ってやるから」
 フリオニールはそう言って、指に取った精油を頬に塗りつけた。
「よしてくれ、くすぐったい……」
 傷に塗り込まれた精油は、一瞬ひやりとした感触を残して、後は匂いを振り撒きながら
ゆっくりと揮発していった。
 元から大した痛みがあったわけではないが、幾らか楽にはなったようだ。
「他に怪我はないか? ちょっと見せてくれ」
「もう十分じゃ、心配するでない」
「傷が残ったら困るだろ? あんたも一応、女なんだし」
 雌に生まれた覚えはないが、気遣いをされて悪い気はしなかった。
「……次は、わしの言うことを聞いてもらうからな」
 暗闇の雲は、仕方なく身体を任せることにした。
 近くの岩に自分のマントを掛け、そこに腰を下ろした。
「この方がやりやすいじゃろ?」
「ああ……こっちも酷いな、誰にやられたんだ?」
 胸の下や腹にも、皇帝の鞭が残した深い傷が残っていた。
 腹部の傷は頬よりも多く、小さいものはすでに塞がり始めていたが、まだ深い掻き傷が
数箇所に残っていた。
「気にするな。お前には関係のないことだ」
「……仲、悪そうだもんな。あんたのとこの陣営は」
 受け答えをしながらも、フリオニールは膝立ちの格好で、傷を一つずつ確かめるように、
念入りに手当てをしていった。
 指だけでは足りず、直接手に精油を垂らして、傷全体に塗り込んでいく。その動きは、
次第に傷だけでなく、周りの肌にも触れていく、愛戯めいたものに変化していった。
 時折、暗闇の雲を見上げる仕草も、何処か落ち着きがない。
「ほほぅ……話だけと言っていたのは、誰だったかのう?」
「っ! す、済まないっ!」
 左の触手が、引き戻そうとしたフリオニールの手を捕らえた。
「もう気は済んだじゃろう?」
 触手は胴をくねらせてフリオニールの前を横切り、精油の小瓶を取り返して戻ってきた。
 暗闇の雲は、瓶の蓋を戻し、足元の砂地に置いた。
「今度は、わしの番じゃ」
 少し下げた視線の先に、澄んだ褐色の瞳があった。
 夢にまで見た至宝。はしばみ色の二つの宝石。
「どうした、顔が赤いぞ?」
 浅く日に焼けた頬に手を当て、暗闇の雲は言った。
 皮膚から伝わる脈拍が速い。互いの心に、同じ熱が宿ったことを確信した。
 暗闇の雲は、フリオニールが身に着けた麻布の肌着を、押し退けるように脱がしていく。
 薄藍のマントが地面に落ち、逞しい裸体が星明りの下に晒された。
 露出した肩に両腕を乗せ、内側へと引き寄せる。火照った肌から立上る男の匂いと、
精油の香りが混じりあい、酷く情欲を掻き立てるものとなっていた。
「キスを、してはくれないか?」
 結わずに垂らした後ろ髪を撫でながら、暗闇の雲は、半ば懇願するように、行為を
求めた。
 これ以上押さえていたら、次は血生臭い別種の欲望に変異しかねない。危険な欲求
だった。
「なあ、フリオニール……」
「……わかった」
 フリオニールの手が、暗闇の雲の背中に伸びていく。
 触手の根元に指が当たると、心地良い痺れの予感は、一層強くなった。
 視界を閉ざし、甘き瞬間を待つ。
 耐え難き一瞬を経て、唇が触れると、その奥の粘膜が絡みあうほど、強く重ねあった。
 入り混じる吐息に、請い求める囁きが見え隠れする。既に亀裂は蜜を含み、じわりと
口を開き始めていた。
 願わくば、暗がりで震える熱帯びたもので、今すぐにでも貫いて欲しかった。
 右の触手がフリオニールに纏わりつき、行為を促そうと耳朶を噛む。もう一方は、
ほころび出した蕾の方へ、愛撫の手を導いていった。
 亀裂を探る指先が、火照った蜜の中に滑り込んだ。
「もうこんなに……」
「ああ。お前が恋しくて、口を開けて待っておるぞ」
 刺激を受け、熟れた木の実の殻が割れるように、その部分が広がっていった。

 /////

〜皇帝陛下の三分ファーマシー〜

基礎媚薬の作りかた

・エタノール(なければお好みのスピリッツで)にラミアの鱗、マンドラゴラを中心に
 ちょうごうしたハーブを漬け込みチンキを作る。
・出来上がったチンキにグリセリンと精製水を加え、香りづけにイランイランの精油
 を数滴垂らせば出来上がり。
 グリセリンを多めに加えてローションにするのもお勧めです。

「……というわけで、先日作ったものをこの棚に仕舞っておいたはずなんだが?」
「さあ、私の記憶にはありませんとも!」

 /////

 指を亀裂に押し当て、ゆっくりと粘膜を擦り上げていく。指先が、肉の隙間に埋もれた核
を弾いた。
「ううっ!」
 急所を弾かれる鋭い快感に、反射的に身体を屈めた。
「ここ、いいんだよな?」
「ああ……、お前の指は心地良い……もっと、奥に触れてはくれぬか?」
「んっ……わかった」
 左の手で暗闇の雲の背を撫でながら、フリオニールは言った。
 ゆっくりと穴に忍び入った中指が、時折前後に動きながら、内部の熟れ具合を確認して
いく。粘膜部を捏ねる度に、過剰な滴りが音を立ててあふれ出す。
「い、痛かったら、ちゃんと言うんだぞ?」
 この期に及んで、まだ気遣いを捨て切れぬらしい。
 その必要はない、と声を使わず口付けで伝えた。
 広がる快楽の細波に悶え、震える唇。それに答えるように、内部に進入した指は、より
大きな反復で動き始めた。
「もっとだ……っ! もっと! ああぁ……っ!」
 前回よりも快感の回りが速い。フリオニールの背中に爪を立て、暗闇の雲は、最初の
絶頂を迎えた。
「暗闇の……」
 力が抜け、上半身が崩れかかった。
 まだ、内部が疼いている。全身の感覚が、酷く過敏になっているようだった。
 姿勢を崩した身体をフリオニールが抱え、薄藍のマントの上に運んだ。
 仰向けに寝かされ、その体勢のまま、より激しい愛撫の雨に包まれた。
「うっ……! ううっ……!」
 胸の頂上を吸われる度に、突き出た核を摘まれる度に、暗闇の雲は、甘い電流に肢体
を震わせた。
 まだ生殖器を挿入されていないのに、視界が白くぼやけ、力が入らない。
「えぅっ!」
 二度目の絶頂を終え、ようやく亀裂から抜き取られた指の間には、泡を含んだ粘液が
細い糸を張っていた。
 蜜に濡れたフリオニールの指。
 暗闇の雲は、吸い寄せられるように起き上がり、その二番目に長い指を、口に含んだ。
 フリオニールは目を丸めて驚いたが、気にせずしゃぶりついた。
 己の体液の味を確かめたかったわけではない。長くて筋張ったその指が、どうにも美味
そうに見えたからだった。
 実際のところ、香油の香りと汗の塩気ばかりで、特別な美味というわけではなかったが、
張りのある筋と筋肉の歯ごたえや、唇に当たる硬い感触は、なかなか具合がよかった。
 特に抵抗もされなかったので、暫し舌を絡ませてみたり、奥の歯で緩く噛んだりもした。
 ふと上を見やると、フリオニールと目が合った。
 首の下まで紅潮させて、甘噛みされる自分の指を見つめていた。
「な、あっ……! ちょっ! お、おい!」
「んぅ……あぁ、済まぬ」
 別のもので濡れた指を手で隠しながら、フリオニールは言った。
「あんた、まだ俺のことを食う気でいるんじゃないだろうな?」
「ファファファ……そうかも知れんのう」
 触手らが、わざと前に出て牙を鳴らして見せた。
 初めての時に味わった、甘い血の味が恋しくなったのは確かだ。
 だが、本気で指に歯を立ててまで味わう気にはならなかった。
 血で飢えを満たすよりも心地良い、幸福と悦楽を与えてくれるものを、易々と手放すほど
愚かではない。
「っ……! 俺も、そろそろまずいな」
 荒々しく膨張した欲望の陰影が、星明りに照らされていた。
 自身も欲求にかき立てられ、理性の岸壁に追い詰められているのだろう。高ぶる心拍
からも、強い興奮と渇望が感じられた。
 暗闇の雲は、自ら左の膝を抱え上げ、受け入れやすいよう、その部分を広げて見せた。
 月面の風が火照りに触れ、穴の口が微かに震えた。
「来い、フリオニール……。わしは、もう待てぬぞ……」
 言葉で答える代わりに、フリオニールは暗闇の雲の耳朶にそっと口付けをし、続けて
はちきれんばかりに熱を持った器官を、粘膜の中心に突き立てた。
 待ち望んだ質量と熱が、初速の勢いのまま、最深部に達した。

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くもさまの性欲は食欲と紙一重の模様です

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「うあぅっ、あああぅっ!」
「ぐうぅ……っ!」
 威嚇する獣のように、互いに大きな呻きを上げた。
 両足を腰に絡みつけ、より深い結合を促す。触手らも、フリオニールの身体に巻きつき、
主とさらに密着させようと引き寄せていた。
 逞しい長身の体躯は決して軽くはなかったが、全身で感じる温もりそのものが、素晴らし
く心地良い愛撫に他ならなかった。
 脈打つ熱も、胸を圧迫する重さえも甘く、心を溶かしていく。
 暗闇の雲は、フリオニールの首筋に点々と残る情熱の痕跡に、再び色鮮やかな印を
飾っていった。
 肌に柔く歯を立てて、一重、二重と、赤い花びらを重ねていく。
 肩に伸びる幾本もの茎は、銀の髪と爪の傷跡。
「はぁ……んっ!」
 硬くかえしの膨らんだ器官が、ゆっくりと前後に動き始めた。
 引き絞られた内壁が、異物の温度を鮮明に感じ取っていく。
 フリオニールは文字通り浮き上がった腰を抱え、熱い楔を叩き込む。潤んだ粘膜の音
が、内部を貫く度に激しくなっていった。
 明らかに以前と違う、息詰まるような快感に身悶えした。
 まだ、達したくない。肌の触れ合う喜びを、もっと味わっていたい。
 絶頂へと駆け昇る恍惚よりも、二人の繋がりが途切れてしまうことが怖かった。
「うぅ……フリオニール……! フリオニール……っ!」
 名を呼ぶことにすら下腹が疼く。
 男の名に含まれる響きが、声帯を通して内側の奥深い部分を愛撫していくようだった。
 唇を繰り返し絡ませ、末端まで押し寄せる疼きを癒そうとするが、それだけでは欲求
の加速を抑えることは出来なかった。
 臍から下が独りでに蠢き、喰らいついて離れない。
「うぐっ……う、うおぉっ!」
「くっ、駄目だ……っ!」
 フリオニールも眉間に深い谷を刻み、苦痛に悶えるかの如き顔で鳴いている。小さな
牙と舌を晒し、唇の端からは滴が垂れていた。
「うぅ……! あおぅ! あおおおぉぉ……っ!!」
 殆ど雄叫びに等しい声を上げ、汗に濡れた背中を掻き毟りながら、暗闇の雲は、
三度目の絶頂に吹き飛ばされた。
 痙攣する肉筒の中では、身動きを封じられた器官が体液を漏らし、それでもなお
最奥を叩き続けていた。
「……あぁ、よせ……! もう、耐えられぬ……!」
 悦楽の痺れが止まらない。
 全身を支配する感覚は、余韻というには強烈過ぎるものだった。
「う……ぁ……、あっ……ん」
 二人の身体は、乱れたマントの上に潰れた。
 終わりのない快感の震えに、二人は、互いを抱き締めて耐えるしかなかった。

「うはぁ……すっげぇー!!」
「ティーダ、もう帰ろう」
 全身に纏った闇色の甲冑には不似合いな、柔和な声色の騎士──セシルは、
群青がかった漆黒の兜の下で遺憾の表情を示していることだろう。
「いいじゃないか、まだ気付かれてないし!」
 セシルの静止もろくに聞かず、ティーダは、台座の中央に収まった、半円形の結晶を
覗き込むのに夢中だった。
 記録用スフィアの向こうには、今まさに情熱の末に力尽きた二つの人影が映っていた。
「それに、ちゃんと録画してるから、後でセシルにも見せてやるッスよ」
「そうじゃなくて……!」
 最初にフリオニールの異変に気付いたのはティーダだった。
 野営地から消えた仲間を探していた二人は、テント前に残された足跡に気付いた。
 靴を履いた大人の足跡と、途切れ途切れで不明瞭な裸足の足跡だった。
 ティーダとセシルは足跡を追って、月の荒野へと向かった。
 小高い崖の向こうにフリオニールの姿を見つけた時、その傍らには、既に暗闇の雲が
いた。
 そして、窪地の陰に隠れた仲間の前で、フリオニールは裸身に黄金色の触手を巻き
つかせながら、銀髪の妖女と肌を重ね合わせたのだ。
 最初こそ、敵の幻術に惑わされているものとばかり思っていたが、囁きを交わし、
温もりを求め合う二人の親密さに、偽りの影は見当たらなかった。
 ティーダは、遠目とはいえ初めて目前で見た行為と、明らかになった仲間の秘密に
驚き凍りつく一方で、以前から燻ぶっていた疑問を解く、確実な証拠を手にしたことを
確信した。
「なあ、セシル」
「えっ?」
「少し前に、フリオニールがボロボロになって帰ってきたこと、あったよな?」
「……うん。あの時は大変だったね」
 その日、フリオニールは珍しく集合の時間を過ぎてから現れた。
 身体中に傷を負い、装備品も激しく破損した状態で、特に首筋に縄で縛られたような
赤い痣が残っていたのが、強く印象に残っていた。
 怪我の理由を聞くと、誤ってモルボルの巣に迷い込んだとフリオニールは説明した。
 だが、そもそもこの世界に現れる敵は、みなカオスが作り出したイミテーションの戦士
ばかりで、普通の魔物どころか、ハエの一匹さえも見かけることはなかったのだ。
 嘘をついてまで敗北を隠すような性格ではないフリオニールが、何故そのような言い訳
を口にしたのか、ティーダは、ささやかな疑いと違和感を感じていた。
「あれから、ちょっと様子もおかしかったし……どうも怪しかったんだよな」
 恋は人を変える。ティーダもセシルも、そのことをよく知っていた。
「でも、まさかあの、雲のおば……おねーさん? とあーいう関係になってたなんてさ……
フリオニールも意外と変わった趣味してるッスねー」
 疑問の解けた今は、ただ事の顛末を見届けたいという好奇心のままに、レンズ状の
結晶を覗き続けていた。
「ていうか、俺たちに内緒であんなことにそんなことまで……っ! これは一部始終を押さ
えて持ち帰るしかないッス!! 証拠映像ッス! 報道の義務ッス!」
「……もう、僕は帰るよ」
 諦めと呆れが半々の口調で、セシルは言った。
 それでもティーダは、振り向きもせずスフィアに夢中だった。
 レンズの向こうの人影が、徐々に動きを見せ始めていたからだ。
「うっし、音声感度最大っと……!」
 台座の縁にある目盛を滑らせると、砂の擦れるようなノイズ混じりの音声に、耳を
集中させた。
 今まではセシルの小言を拾わないよう、録音を切っていたのだ。
『少々、行き急いでしまったかのう……』
『……済まない。もう少し、持たせられればよかったんだが……』
 暗闇の雲が、フリオニールの髪に触れながら言った。
『お前のせいではない……わしのせいじゃ。気にするな』
 二人はティーダから見て、真正面から少し左に足を向けた格好で横たわっている。
隠し所を盗み見るには最適の構図だった。
 フリオニールから、ゆっくりと身体を離していく。白濁を滴らせた赤い花弁の中から、
まだ硬直の残る分身が引き抜かれていった。
 ティーダは、反射的に拡大の目盛を回していた。
(おっ! おお……っ!)
『う……うぅん』
 僅かに開いた口から体液の泡を吐き、ひくひくと震える亀裂の動きにつられるように、
ティーダ自身のものも、大きく脈打った。
 既にそれは硬く張り詰め、ジッパーを突き破らんという勢いで押し上げていた。
 ティーダは、近くから掻き集めた砂と小石でスフィアを固定し、空いた両手でようやく
それを開放させた。
(うっ、やば……ぐしょぐしょだぁ)
 湿った下着の前を広げ、丸々と膨れた胴体を引き抜くと、ぬらりとした頭部が飛び
出し、砂に涎を一筋たらした。
 元々、自己処理にタオルを一枚使うほど分泌量の多い体質だったが、今回は特に
酷い有様だった。
(第二ラウンドの前に、何とかしておいた方がよさそうッスね……)
 グローブを外した右手で、充血を抑えるように根元を掴み、左手でスフィアを構え直した。
 顎の下にグローブを置き、鼻先を押しつける。クッションの代わりにと、呼吸音が入ら
ないように、気休め程度の対処だった。
 スフィアのピントを合わせ直すと、ティーダは、自身の溜まった欲求を搾り出すことに
意識を傾けた。
 痛みすら感じるほど、十分に猛っている。時間はそれほど掛からないだろう。
『感じ過ぎるのだ。お前の熱に触れているだけで、意識が飛びそうになる』
『久しぶりだったからかもな……大丈夫か? 休むか?』
『うむ……』
 レンズの先では、上体を起こしたフリオニールに、暗闇の雲がしなだれかかっている。
赤や黄、黒の模様がレザーのパッチワークのように踊る青白い肌に、やや引き締まった
曲線の肢体。赤い瞳に魔性を漂わせる闇の化身の姿。
 だが、事後に漂うまどろみのせいだろうか、その表情は柔らかく、何処となく幼い少女
のようにも見えた。
(うーん……顔は結構美人かもしれないけど、ちょっと声が渋過ぎるよなぁ)
 暗闇の雲の、鉄色にも見える銀の髪を撫でながら、フリオニールは黄金の蛇のような
触手を腕に遊ばせていた。
『フリオニールよ。わしは、お前を……愛しておるのじゃろうか』
『えっ?!』
『人を求め、繋がることを欲し、その欲に苦しむ。それを愛と呼ぶそうだな』
(な、何で今更それを聞くんだ? 二人とも、もうそーいう関係なんだろ?)
『では、わしが抱いておるこの感情は……お前の身体を求めずにはいられぬ、この欲
は、愛と呼べるものなのじゃろうか?』
(え……じゃあ、好きかもわからない相手としてたってことッスか? えっ?)
 フリオニールも答えに詰まったのか、二人の間に、しばしの沈黙が立ち込めた。
『愛って言っても、色々あるんだ。例えば……家族とか、仲間とかさ。だから、抱き締め
たくなったり、キスしたくなったり……そういうのは、愛、っていう大きな感情の、ほんの
一部分なんだ』
(おー、のばらが何かいいこと言ったッス)
『では、お前は仲間ともキスをするのか?』
(ぶはっ!)
『っ!? 違う違う! キスをするのは、もっと……大切な人とだけ!』
『仲間よりも、わしのことが大切か?』
『そう……とは言い切れないけど。俺は、あんたのこと……好きだよ』
『好き。とは? それはどんな感情だ?』
 まるで子供のように、矢継ぎ早に尋ねる暗闇の雲。
『難しいな……俺も、あんたと……えっと……』
『フリオニール?』
 暗闇の雲ににじり寄られ、フリオニールはやや身体を引いた。
(そこはガツンと愛してる!って言っておかなきゃ! 女の子は、口先でモゴモゴ誤魔化
されるのが嫌いなんだって)
『……俺も、あんたが欲しくて、抱き締めたくて、キスしたくて、一緒に気持良くなりたくて
……だから、俺は、あんたが好き』
 そう言って、フリオニールは暗闇の雲の頬に手を当てた。
『これでいいだろ?』
『……うむ』
 暗闇の雲は安心したように頷いて、ゆっくりとフリオニールの肩に重心を預けた。
『わしも、お前が好きのようだ』
 愛撫と口付けを求め、より身体を近付けていく。フリオニールの脚を跨いだ拍子に、
濁った体液の線が内股を流れていった。
(うはぁ……エロいッスねぇ……)
 初々しい触れ合いでありながら、二人の間には濃密な雰囲気が満ちていた。
 互いの肩を抱き、ついばむような口付けを繰り返す下では、濡れた花弁が新たな蜜を
垂らし、頭を下げていた肉茎が、静かに力を取り戻し始めていた。
 それに気付いた暗闇の雲が、膨らみかけた幹に手を伸ばす。深紅の指がいとおしそう
に裏側を撫でると、フリオニールの分身は力強く脈打った。
(あぁー……っ! くっそー俺負けたかも……けど、ここの太さなら俺の勝ちだな!)
 ティーダは、自身の反り返るほどに膨張したものを掌に収め、張り出た頭部をドアノブ
のように回しながら確かめた。
 普段括れが隠れる位置まで包皮に覆われているため、膨張により露出した筋の部分
は特に敏感だった。
 体液で指を滑らせるようにして、胴体を扱く。スフィアの中で、暗闇の雲がフリオニール
にそうしているように。
『んぅ……』
 興奮を表すかの如く揺れる先細りの触手。その根元に、フリオニールの手が触れる。
猫の耳を掻くような指の動きに、暗闇の雲は鼻を鳴らした。
『ここは? 気持良い?』
『あぁ……心地良いぞ……』
 上向きに尻を突き出し、つま先の赤い爪は月面の砂を掻く。
『また……奥が、疼く……!』
 蜜を垂らし、収縮を繰り返す秘部の動きは、姿を隠しているはずのティーダに向かって、
同じ悦楽の場へと誘っている風にさえ思えた。
(こっからでもぜーんぶ丸見えッスよ。ほんと、見せつけてくれるッスねー)
『俺も、あんたが欲しい』
 囁きながら、長い髪を撫でるフリオニール。その手首には、目玉のついた方の触手が
ぐるぐると絡みついていた。
『この疼き、熱……もう、押さえられん……!』
 暗闇の雲は大きく膝を開き、フリオニールの腰の上を跨ぐ格好になっていた。
 蜜滴る花弁の真下には、何時でも貫ける状態となった得物が待ち構えていた。
(う……っ! 俺もっ、限界っ……!)
 快感を求めるままに、右手のスライドが早くなっていく。それでも、スフィアを持つ手は
離さなかった。
 刺激が腰から脳天を貫き、込み上げてきた吐息を喉に止まらせた。
 身を屈め、押し寄せる灼熱に身を委ねた。
 圧縮された熱が放たれ、先端の粘膜を焦がした。
 独りでに震え出す腰を抑えながら、ティーダは、暴発した欲望を必死に搾り出して
いった。
「ぅ……ぅっ……!」
 溢れ出た体液が、ぼたぼたと砂地に落下する音が聞こえた気がした。
 ティーダは、まだ快感の余韻に薄ぼやけた視界で、再びレンズの先に目を戻した。
 焦点が戻っても、二人の輪郭は完全に重なっていた。
 唇を重ね、固く抱き合っているところだった。 
『……このまま? それとも、横になるか?』
『お前の好きにせい。お前の脈打つものが味わえるのなら、わしは何をされても
構わんぞ』
(第二ラウンド開始ッス……!)
 ティーダは、二人の全員が写り込むようにスフィアを再調整した。
『さあ、早く……!』
 胸板に手を置き、暗闇の雲は強い欲求を込めた声で言った。
『じゃあ俺の方に、背中向けて』
『……こうか?』
 ゆらり、と暗闇の雲はその場で浮き上がり、身体を反転させてみせた。
 丸く形のよい膨らみから、脇腹、腰骨へと続く曲線が、星明りに白く浮かび上がる。
その艶やかさは、吐精を終えたばかりのティーダに、また新たな火照りを植えつける
のに十分なものだった。
『そう……、そのまま、こっちに』
 まだ半分浮遊している暗闇の雲を、フリオニールは膝立ちの格好で、自分の胸の中
に引き寄せていく。絡みついていた触手は身を解き、主の懐へと戻っていった。 
『……しかし、これではお前の顔が見えぬ』
 何をしてもいいとは言ったものの、暗闇の雲は不服そうだった。
(へぇ、意外と可愛いとこもあるんだな)
『けど、こういうのは嫌いじゃないだろ?』
 そう言って、フリオニールは背後から腕を回し、静かに頂きを包み込んだ。
 舌で首筋をくすぐりながら、黒い獣の手に掴まれているような模様のある右側の膨ら
みに指を沈め、押し上げるようにゆっくりと動かした。
『ん……っ、ううっ……!』
 フリオニールの指が敏感な部分をかすめ、中心部を摘む度に、暗闇の雲は快感に
喉を震わせ、上ずった声を上げた。
(背後から責めた後、バックに繋げるコンボか。なかなかやるッスね……!)
 胸への愛撫を続けながら、フリオニールは鼻先で髪に隠れた耳朶を探り、その輪郭
を唇で撫でた。
 耳元に吐息を受け、細い首を反らして鳴く暗闇の雲。
 膨らみを離れた手が、青白い太股に触れ、その奥へと沈み込んでいく。
『よ、よせっ! フリオニール……!』
 一際強く放たれた言葉に、秘部を弄る手が止まった。
(おおっと、焦らし過ぎて怒っちゃった?)
『……済まない、悪かった』
『もう十分じゃ。……十分、整っておる』
 引き戻した指先には、白濁混じりの愛液が絡んでいた。
『それに、お前も辛かろう』
 そう言って、暗闇の雲は上体を後ろへ捻り、フリオニールに眼差しを向けた。
 伸ばした腕を首に巻きつけ、引き寄せるように口付けを交わす。逞しい腕に抱きかかえ
られた肉体が、より艶かしい曲線を描き出していた。
『さあ、この甘き衝動を、共に……』
『ああ……』
 内側にフリオニールの膝が割って入る格好で、暗闇の雲の両脚が広げられていった。
 控えめながら鮮明な筋肉の線が浮かぶ、締りのよい内股の奥には、鮮やかな赤の
皮膚から露出した花弁が、余計な体毛に隠されることなく、襞の隅々にまでたっぷりと
蜜を含んだ様を晒していた。 
(……ゴクッ……!)
 半身は既に硬直し、新たな迸りに向けて透明なものをこぼしていた。
 スフィア独特のノイズ混じりではあったが、ティーダは、目前に映し出される、届くはず
のない性臭すら感じさせる妖女の艶姿に、脳幹を直接愛撫されているかのような、興奮
と視覚的快感を覚えずにはいられなかった。
 そんな陰に潜む観客の反応も知らず、二人は再び思いを遂げようとしていた。
 暗闇の雲は高々と屹立する肉茎に手を添え、自身の秘部へと導いた。
 二本の触手にも支えられ、脚を揃えて座るフリオニールの上に腰を落としていく。花芯
に沈み込む感触を味わうように、時間をかけて収めていった。
 内側から溢れる混濁液が、砂に落ちて黒い玉になった。
『遠慮は要らぬ……お前の思うままに……』
 そうフリオニールに囁くと、暗闇の雲は僅かに腰を浮かせ、身体を前傾させた。
 挿入の角度を変え、突き入れられたものをより深く飲み込もうとしている。その後を追う
ように、浅黒い身体が背中に覆いかぶさった。
 ぐっ、と二人の身体が同時に動き始めると、切なく震える懇願の声は、次第に悦楽の
悲鳴に塗り替えられていった。
 粘膜同士が絡み合う、ぐちゅぐちゅという柔肉の音が、レンズと台座の振動を通して
ティーダの耳元にも伝わってきた。
『あぁ……ん、う……ぅっ!』
 花芯を突かれながら、暗闇の雲は自分の唇をしきりに触っていた。
 火照った吐息を漏らし、時折、指の肉に歯を立てる。唇から手を離すと、唾液に濡れた
爪が、赤くぬらりと光っていた。
(口寂しそうッスね……うはぁ、そそるなぁ……)
 ティーダは、自分ならすぐにでも向き直させて、好きなだけ舌を吸わせてやるのに、と
歯痒く思った。
 分身を握る手にも力が篭る。唇を絡ませながら、蜜穴を思うままに貫く様を想像すると、
今にも精を漏らしそうだった。
 だが、肩越しに向けられる眼差しに気付かないほど、フリオニールも鈍感ではなかっ
たようだ。
『……どうしたんだ?』
 動きを止め、前のめりに崩れた身体に重なるフリオニール。
『何をしている……早く続けてくれ、まだ終わっておらんぞ』
『キス、したいんだろ?』
 触手の解けた腕が、被さった身体の下へと潜り込む。
 隙間で手が動き始めると、暗闇の雲は僅かに吐息を漏らした。
『ごめんな。少し、待ってて……』
 フリオニールは再び暗闇の雲を抱き起こすと、行為を中断されてぐずる妖女をなだめ
ながら、腰の上にしっかりと座らせた。
 二人の身長があまり離れていないせいか、目線の高さはほぼ同じか、暗闇の雲の
方が少し上だった。
 白磁の肌に頬を寄せ、鎖骨の端に唇を重ねた。
『これなら、寂しくないよな』
『あ、ああ』
 今度はフリオニールの方から、ガーネットのように深く赤い瞳を見つめていた。
(なーるほど、そういうことッスね)
 肩を寄せ、口付けを求める暗闇の雲。それに応えるフリオニール。
 熱心に唇を交わらせる一方で、褐色に焼けた男の手が、無防備に放り出された白い
脚に伸びていった。
『もう少し、膝を……上げて』
『っ……? こ、こう……か?』
 促されるままに、暗闇の雲は掌を膝裏に当てる。そこにフリオニールが自身の手を
添えた。
 両脚はさらに大きく広げられ、挿入が深まっていく。抱きかかえられた白い肢体は、
大蛇の如くうねった。
『どうだ?』
『ああ、いいぞ……。フフッ……奥で跳ねておる』
 特別手慣れた風には見えないものの、フリオニールの愛技は手堅く妖女の肉体を
攻め落としていく。元々の生真面目な性質がそうさせるのか。あるいは俗に言う天賦
の才に類するものなのか。
(サービスもいいけど、そろそろ辛くなってきたんじゃないスか?)
 ティーダは、自身の脈打つ欲望を抑えながら、最後の壁を超える瞬間を待っていた。
『あんた、俺の好きにしていいって言ったけど……。やっぱり、あんたが感じてくれない
と、俺も気持良くないからさ』
『……仕方のない奴じゃのう』
 首筋に積もる愛撫に身を任せながら、暗闇の雲は言った。
『わしがどんなにお前を感じてるか、口に出さねばわからんのか?』
 赤い爪の先が、二人の繋がった部分に触れ、露出した幹の根元をくすぐった。
『お前の熱くて硬いものが、わしの腹の中でどんな風に暴れているか、聞きたいという
のか?』
 フリオニールの手が、同じように結合部に伸びていく。指先が核に触れたのか、暗闇
の雲は瞬間的に身を縮めた。
『わかるよ……俺だって』
 このまま溶けて、一つに繋がってしまいたい。
 その言葉を聞き、暗闇の雲は目を細めた。
『……いくぞ』
 深い吐息と共に、律動が再開された。
『くぅっ……、うぅん! おぉぅん……!』
 揺すり上げられ、跳ねる赤と黒の果実。
 下品に垂れることなく、張りのある輪郭を保ったままに震える様に、ティーダは、目が
離せなくなった。
(それにしても、何でわざわざこっちに見せつけるみたいな格好でさ……まさか、俺が
ここに居るのバレてるとか!?)
 その時、スフィアの向こうから投げかけられる、赤い瞳の眼差しらしきものを感じた。
 ティーダは、自分の憶測に、首筋が一瞬冷たくなるのを感じた。
 だが、それだけで、燃え上がる劣情の火をもみ消すまでには至らなかった。
『おぅ……おぉん! あおぅん!』
 嗚咽か野獣の遠吠えを思わせる声を上げながら、暗闇の雲は快楽に喘いでいた。
 膝と膝の間は、左右の触手によって、腰の幅よりも大きく広げられている。その足元
を見ると、踵は完全に浮き上がり、僅かにつま先が地に触れているだけだった。
 フリオニールが身体を持ち上げているのではなく、逆に浮き上がろうとしている暗闇の
雲を、自身の体重と腕力で押さえつけているのだ。
 身悶える暗闇の雲を、フリオニールは何度も抱え直し、腕の中に引き戻していた。
(まさに昇天寸前ってわけッスね……、くぅ……っ!)
 ティーダの手の中で、もう一つの絶頂が弾けようとしていた。
 ゆっくりと頭部に向かって幹を扱くと、混濁した体液が、糸を引いて滴り落ちた。
 高ぶった肉茎を絞る右手の動きが、速度を上げ始めていた。
『あぁ……っ!』
 フリオニールは蜜穴を打ち貫く合間にも、仰け反る首筋にキスをし、胸に浮き出た突起
を、結合部からすくい取った蜜で濡らし、弄っていた。
『もっとだ、もっと、深く……! ああっ、熱い……!』
 今にも泣き崩れそうな表情を浮かべて、暗闇の雲は言い放った。
『さぁ……っ、いけっ! 貫けぇ!』
 突き上げる動きがさらに激しくなる。共に表情が歪んでいるのは、スフィアのノイズの
せいだけではないはずだ。
(おおっ! おおおお……っ!)
 ティーダは、スフィアの盤面を目に押し当てるように持ち、視界を乱れる坩堝で一杯に
した。
 内腿の奥まった部分からは、二人分の体液が、泉水の如く溢れ出ている。抜き挿しを
繰り返す剛直の動きに合わせて、薄い紅色をした花弁がしゃぶりつくように収縮していた。
『ぐぅっ! ぁう……ぅうん!』
 注がれる快感に、息を乱す暗闇の雲。
 二人の絶頂は間近に思えた。
『ひぁ……っ、あぅっ! ああっ!』
『暗闇の……!』
(い、イク……っ!)
『おぅっ! ぁおおおぉぉ……っ!!』
 一際強く、二人の身体が衝突した。
 それは、ティーダが二度目の精を放ったのと、同じ瞬間だった。
 咄嗟に掌で頭部を握ったが、それを押し破る勢いで、沸騰した濁流が飛び出した。
「ぁ……あぁ……っ!」
 脊髄を駆け昇るものに耐えられず、ティーダは、前屈みに身体を歪めた。
 限界まで膨張した切っ先から、熱の塊が次々と地面に吐き出されていく。眩暈にも
等しい快感に、背筋の震えが止まらなかった。
 ピントを引いた画面の中にも、絶頂に達し、震えながら崩れていく二つの影が映し出さ
れていた。
 繰り糸の切れた人形のように、暗闇の雲は男の腕の中に落ちていった。
 自身もまだ、快感に視線の定まらない目をしたまま、フリオニールは白い肌を薄っすら
と桃色に染めた妖女の身体を、耳元に何かを囁きながら、あるいは、唇で耳朶を擦りな
がら、抱き締めていた。
 二本の触手達も、フリオニールの肩に顎を乗せ、満足そうに頭を擦りつけている。交歓
の余韻は、まだしばらく続きそうだった。
(さて、そろそろ引き上げないと……)
 微かに去来する罪悪感の影を感じつつも、ティーダは、またとない収穫に口角を緩めず
にはいられなかった。
 容量は残り僅かになっていた。
 グローブと股のものを納め直し、スフィアの記録スイッチを切ろうとしたその時、暗闇の
雲が突然、フリオニールの腕を除けて立ち上がった。
 気泡が水面へ立ち上るように、身体が浮上する。鋼色の長髪が逆立ち、触手が鎌首を
上げて牙を鳴らしていた。
『おい、どうしたんだ?』
 フリオニールが声をかけるが、答えなかった。
『……そこにおるのか?』
 赤々と燃える敵意の目が、スフィアの向こうからティーダを射抜いた。
 息が喉の奥で凍りついた。
 情事を盗み見ていた自分の存在に、感付いたとしか考えられなかった。
「う、うわぁあっ!!」
 ティーダは、スフィアから押し迫るものに弾かれ、その場から逃げ出した。
 遠方で、小さな気配が遠ざかっていったが、そんなことは問題ではなかった。
 暗闇の雲が睨みつける虚空に、毒々しい気配が立ち込めていく。
 次第に形を成していく敵意の正体に気付き、フリオニールが暗闇の雲の前に立った。
「勘の鋭い奴だ」
 黄金の杖が、月面の砂を突く。
「皇帝……!」
 反射的に飛び出そうとしたフリオニールを、右の触手が遮った。
「ここはわしに任せろ。お前が出るまでもない」
 眩くも禍々しい、金色に身を包んだ地獄の王は、氷刃の如き視線を二人に向けた。
「何と見苦しい……謁見を受けるに相応しい姿ではないな」
「わざわざ後を追ってきよったくせに……」
 暗闇の雲は、岩に掛けたマントを羽織り直し、皇帝の方を向き直った。
「悪いが、今はお前の相手をしてやる気分ではない。大人しく去るがいい」
「くだらぬ芝居を続けるのはよせ。お前の役目は終わったのだ」
「何?」
 皇帝は口角に意味ありげな微笑を含ませて言った。
「この虫けらを惑わし、仲間の群れから引き離すのがお前の役目。忘れたわけではある
まい」
 全く身に覚えのない話だ。
「出鱈目を言うな!」
 そう叫んだのは、フリオニールの方だった。
「よせ、奴の言うことなど気にするな」
 最早、皇帝は自身の計画とは関係なく、暗闇の雲が気に食わなくて仕方がないと見え
た。
 自分の意に沿わぬもの全てを許せない、子供じみた支配欲。
 地下室での監禁、拷問も、結局は私的な憂さ晴らしに過ぎなかったのだ。
「ほう……よほどその虫けらが気に入ったようだな」
 皇帝は暗闇の雲に歩み寄っていくと、黄金の杖を喉元に向けた。
「やめろっ!」
「来るな! フリオニール!」
 鋭い装飾の先端が、肌に鈍く突き刺さった。
 左の触手が立ち上がり、皇帝に向かって威嚇した。
「まだあの薬が効いているようだな?」
「何のことだ……」
「ラミアの媚薬を持ち出したのはお前ではないのか?」
「媚薬?」
「心に潜む色欲を高め、肉体の感度を鋭敏にする魔性の滴。現にお前の身体から、その
匂いが漂っているではないか」
 心当たりがないわけではなかった。
 漆黒の魔人から手渡された、精油の小瓶。しかし、ゴルベーザが皇帝の片棒を担ぐとは
考えられなかった。
「言い忘れていたが……この化け物は見境のない色魔でな、誰構わず尻を向けるので我々
も手を焼やかされていたのだ」
 皇帝はそう言って、視線の先をフリオニールに向けた。
「野犬同然の貴様に相応しい、卑しい雌犬というわけだな」
「……っ!」
 フリオニールは怒りと戸惑いを噛み殺し、唇を硬くつぐんでいた。
「馬鹿馬鹿しい戯言じゃ」
 暗闇の雲は、杖の先を掴み、振り払った。
「お前が何を企んでいるのかは知らぬが、これ以上わしの邪魔をするなら──」
 漆黒の波動が、暗闇の雲の手に集中していく。
「──手加減はせぬぞ」
 赤く爆ぜる火花を見て、皇帝は眉をひそめた。
「同胞に牙を剥くというのか?」
「ああ」
 初めから仲間だと思ったこともなかったが、今や敵以外の何者でもない。
「愚かな化け物め……!」
 皇帝が杖を構えると、輝きの球が砲弾の如く放たれた。
 暗闇の雲は、光球をかわし、月面の下へと身を沈めた。
 地中から間合いを詰め、次に姿を現した時、皇帝の姿はすぐ鼻の先だった。
 例え目をつぶっていても、狙いを外す方が難しい距離だ。
 だが、敵を目前にしながら、皇帝が笑みを変えぬ訳に気付いた瞬間、暗闇の雲は、己の
戦術の失敗を悟った。
 足元にアメシスト色の光が走り、瞬く間に雷の紋章が展開していった。
「ああっ!」
 神経を貫く電撃が、身体の自由を奪った。
「暗闇の!」
 フリオニールの声が聞こえた。
 あの男のことだ、止めねば自分を助けに駆けつけてくるに違いない。
「寄るな! ……お前は、逃げろ! 早く!」
「この期に及んで、まだ敵を庇うのか!」
 皇帝の杖が、容赦なく振り下ろされた。
 傷付けられることなど、今更、恐ろしくもない。皇帝の注意を引きつけられるのならば、
むしろ都合がいいとさえ思った。
「色情に溺れた、汚らわしい化け物めが!」
 再び皇帝が杖を振り上げた。
 しかし、背後から飛来した赤い一閃が、黄金の象徴を弾き飛ばした。
 空に金属音を響かせ、先端から砂に突き刺さる杖。
 紋章の光が消え、暗闇の雲は、その場に膝を着いた。
「クッ……! 何が起こった!?」
 震える右手からは、赤いものが流れていた。
 暗闇の雲は、皇帝の視線が指す先を見た。
 そこにも、赤の色があった。
「お前に、彼女を傷つけさせはしない!」
 真紅に輝く、細身の剣を握り締め、フリオニールが前へと歩み出た。
 皇帝の血に触れ、ブラッドソードは刀身の色をより深くしたように見えた。
「救いの騎士を気取るつもりか?」 
 鮮血を滲ませた手を掲げると、黄金の杖が皇帝の手に戻った。
「哀れなものだな。魔物に魅入られ、骨の髄まで貪り食われるとも知らず」
「例え魔物でも、俺は……俺を愛してると言ってくれた人を、見捨てるなんて出来ない!」
「よせ、フリオニール! 馬鹿なことを言うな……!」
 立ち上がろうとしたが、脚に力が入らない。
「ここは俺が引き受ける。あんたは、先に逃げてくれ!」
「何故じゃ……何故そこまでわしを助けようとする!?」
 痛みにうずくまる暗闇の雲に、フリオニールが言い放った。
「俺も、あんたを愛してるんだ……愛する人も守れないで、皆の夢を叶えられるものか!」
 苦痛とは別の、温かい痛みが、胸を貫いた。
 皇帝の言う通りだ。
 哀れなほど愚かな、愛しい若造だ。
「おおおおぉっ!」
 フリオニールは紅の剣を構え、皇帝に向かって斬り掛かった。
 刃と柄が衝突し、閃光が煌めいた。
「逃げ惑うがいい!」
 皇帝の杖が宙を走る。光の円陣が現れ、数発の魔弾が放たれた。
 着弾と同時に爆風が吹き荒れ、間髪を置かずに、巻き上がった砂塵の向こうから真紅
の刃が襲い掛かった。
 直前で皇帝の杖に阻まれ、フリオニールの一閃が達することはなかったが、その剣圧
と衝撃は確実に到達し、死者の如く白い頬に、赤い痕跡を刻みつけた。
 喰らい合う剣と杖。互いに濃厚な血の臭いを漂わせ、その一方は、今にも死臭へと変わ
ろうとしていた。
「フリオニール!」
 暗闇の雲は、未だ自由にならぬ我が身に爪を立てた。
 自分はこのまま、力なき娘のように、名前を叫ぶことしか出来ないのか。
「そこまでだ……!」
 猛攻に膝を折ったフリオニールを、皇帝が制する形で、二人の動きが止まった。
「せいぜい地獄で後悔することだな」
 切っ先が、フリオニールの喉に向けられていた。
 全身の波動が、怒りと切なさに震え始めた。
 闇が渦巻き、赤黒い火花が散った。
 握り締めた拳に、闇の波動が膨れ上がっていく。溢れ出た魔力が体表で弾ける度に、
皮膚を裂くような痛みが走った。
 暗闇の雲は、その身に宿した無の力を、初めて他者を救うために使おうとしていた。
「退け! フリオニール!」
 暗闇の雲が叫ぶと同時に、天へと昇るような軌跡を描いて、ブラッドソードが皇帝の目前
を駆け抜けた。
「ぬうっ!?」
 皇帝が仰け反った瞬間をつき、フリオニールが叫んだ。
「今だっ!」
「うぅおおおおお!」
 全ての抑制を破り捨て、全身の魔力を解き放った。
 暴走寸前にまで増大した波動が、巨大な壁となって襲い掛かった。
 紫紺に輝く光の津波は、皇帝を飲み込んでなお月面を削り、渓谷を鳴動させた。
 暗黒の波動が過ぎ去った時、地に伏していたのは皇帝の方だった。
「おのれ……、化け物が……っ!」
 暗闇の雲は、皇帝に歩み寄っていった。
「この男は、わしの糧だ……」
 強引に肉体を奮い立たせ、爪先を砂に突き刺しながら進んていく。激しい憎悪の目を
向ける皇帝を、更に強烈な憤怒の目で見下ろした。
「血の一滴、骨の一欠けまでわしのもの……。誰であろうが、手を出す者は許さぬ……!」
 全ての魔力を解き放った影響か、全身が炎を飲み込んだように熱い。
 目の前が白く霞み始めても、暗闇の雲は、皇帝から視線を離さなかった。
「……勝負は預けておこう……」
 そう呟くように言い、皇帝は姿を消した。
 目の前が、完全に白く染まった。
 次に視界の色が戻った時、暗闇の雲は、男の腕に抱かれていた。
 大気に漂う精油と汗、新鮮な血の匂い。冷ややかな風の温度。
 そして、息を荒げ、何度も名前を呼ぶフリオニールの体温。
 朦朧とした意識に流れ込む数々の刺激が、暗闇の雲を包み込んでいた。
 浅い眠りの中にいるような感覚から、少しずつ降りてくる途中だった。
「おい、しっかりしろ! おい!」
「……声が大きいぞ。若造」
 脈でも診るつもりだったのか、フリオニールの手は、右の手首を掴んでいた。
「フフッ……お前の手は温かいな」
「温かいって、あんた、こんなに熱を出してるのに!」
「なに、少し休めば治る……それに、ここは風が冷たい。丁度良いじゃろう?」
 どうやら、肉体を維持するのに必要な魔力までも、攻撃に消費してしまったらしい。泥の
中に首まで浸かってるようで、全身の関節が重くて動かないのだ。
 左右の触手も、膝に掛けられたマントに包まってぐったりとしていた。
 彼らも力を使い果たしているのだ。
「済まんな。折角返しに来たのに、汚してしまって」
「大丈夫だ……こんなの、後で洗えばいいから」
 マントの端を握り締め、フリオニールは少し低く絞った声色で言った。
「どうした? 声が泣いておるぞ」
 喉の凹凸が、呼吸とは別のリズムで動いていた。
「もう、わしを守ろうとするな。わしは、お前が思うほど弱くはない」
 ただでさえ脆い生き物だというのに、フリオニールが暗闇の雲を想うほど、その身体は
傷付いていく。それも、自ら危険に身を晒すように。
 このいとおしく、不可解極まりない存在を、両腕を伸ばして抱き締めてやりたかった。
 褐色の肌に刻まれるのは、求め合う行為の痕跡だけで十分だ。
「……そうだな」
 険しく強張っていたフリオニールの表情から、ゆっくりと力が抜けていった。
「じゃあ、今の間だけは、あんたを守っていてもいいだろ?」
「仕方ないのう……」
 男の腕が、より強く暗闇の雲を抱き寄せる。退けようにも身体が動かない。
「フリオニール」
「何だ?」
「さっきの続きを。お前の唇が欲しい」
「……ああ」
 一呼吸おいて、唇と、未だ裸身の肌が重なった。
 フリオニールは何度も髪を撫でながら、抱擁と口付けを繰り返した。
 身体が繋がっていなくとも、寄り添い抱き合っているだけで、心が満たされた。
 幸い、常夜の月面は濃密な魔力に包まれている。失った力を回復するのに、そう長くは
かからないだろう。
 全身を支配していた高熱が鎮まり、徐々に手足の自由が戻ってきた。
 暗闇の雲は、まだ少し弱っている触手の頭を、左右の順に撫でてやると、フリオニール
の腕から抜け出した。
「行くのか?」
 後を追うように、フリオニールが立ち上がった。
「ここは、わしの居場所ではないからな。お前の居るべき場所も、ここではないだろう?」
 左の触手が、力なく宙を泳ぎ、岩陰に沈んでいた精油の小瓶を拾い上げてきた。
 暗闇の雲がそれを受け取ると、ぽてん、と力尽きて、そのまま垂れ下ってしまった。
「……大丈夫なのか?」
「気にするな、そのうち元に戻る」
 中身の真偽については、後日、ゴルベーザを問い詰めることにしよう。
「しばらくは、飢えずに済みそうだ……」
 つま先が地を離れ、身体が月面の風になびいた。
 まだ行くな、とでも言うように、フリオニールが腕を掴んだ。
 再び、二人の胸が重なり合った。
「もし、向こうで何かあったら……また、俺のところに来い。力になる」
「そんなことをして、今度はお前が疎まれてしまうではないか」
 二神が隔てた光と闇。その両端の、ほんの僅かに重なった場所に、二人は立っている
のだ。
「心配ないさ。こっちは皆仲がいいんだ、あんたのところと違ってね」
 そう言って、フリオニールは微笑んだ。
「……そうだな。気が向いたら、また会いに来てやってもいいぞ」
 別れの口付けを終え、暗闇の雲は、静かに身を翻した。
 いずれまた、身を焼くような飢えに駆られて、フリオニールの元を訪れることになるだろう。
 今のところ、感情は満たされ、幸福な状態にあった。
 それが、愛という感情が生み出す特有のものなのか、単に欲求が満たされただけなのか
は、まだわからない。
 だが、フリオニールに向けられる執着にも似た感情を、愛の一種と考えるのならば、
暗闇の雲は、間違いなくフリオニールを愛している。それだけは、断言することが出来た。
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