APP版の不良道wikiです。mobage版廃止の為設立しました。

昼夜を問わず、人の群れが行き交う街『東京』。
話し声や車の音、街に溢れる様々な音。
しかしその喧噪さえも届かないほどの路地裏に、その男は居た。

満身創痍のその男は煤汚れた建物の壁に背中を預け、携帯電話を取り出した。
血と泥で汚れた指先で発信を選択し、相手に繋がるのを待つ。
しかし、どれだけ待っても虚しくコール音が響くのみ。
男にとって、その音は焦燥感と苛立ちを煽るものでしかなかった。

「畜生…なんで繋がらねぇんだァ!」

怒りと焦りが入り混じった声を上げ、手に持った携帯電話を握り締める。
その液晶画面には、夥しい数の発信履歴が映し出されていた。
名前は全て同じ、『指示』と登録されている相手だった。

どこで計画が狂った?
鬼崎って野郎を潰したところまでは順調だった。
大吾さんの弟連中も、俺の手足になって十分な働きを見せた。
だが本格的な侵攻を開始した辺りから、東京の奴らの抵抗が激しくなった。
そんなモノは問題じゃねぇと思ってたし、実際何度も連中の防衛網をブチ抜いてやった。

それらは全て、この電話で連絡を取り合ってた『指示』を出してくる奴の作戦に沿ったモンだった。
直接連絡を取られる事を嫌う大吾さんが、俺と連絡を取るために間に置いた舎弟の一人。
どんな時でも、そいつから大吾さんの作戦が『指示』されてくる、ハズだった…。

「なのに…なんで出ねぇんだよォォ!?」

最初はくだらねぇミスだと思ってた。
本格的な侵攻作戦の初っ端に、猟吾がやられたと聞いた。
仕方ねぇと思った。アイツは以前と比べてまるでやる気が無くなってやがったからな。
だが立て続けに騰吾、健吾も倒されたと連絡が入った。
そこからだ。こっちの作戦が上手くいかなくなったのは。
なんだかんだで、大吾さんの弟たちは侵攻作戦の要所を押さえる役目を与えられてたからな。

だがそんな程度の事でこの作戦を中止するわけにはいかなかった。
何よりも、大吾さんの期待を裏切る真似なんて出来るわけがなかった。
劣勢になってからは俺についてきてた奴らも一人、また一人と離脱していった。
だが俺は一人になろうと戦い続けた。戦って、戦って…そして。

「…そして…このザマかよ…畜生…!」

携帯電話の液晶に、繋がらないまま通話が終了した画面が映し出される。
『暴虐の虎』の二つ名を持つその男、八重樫銀虎はそれを虚ろな目で見つめていた。

『俺には直接連絡すんじゃねぇぞ。こっちは忙しいんだ』

大吾に言われたその言葉を思い出す。
だが、窮地に立たされた上に与えられた連絡手段が途絶えた今、八重樫にはその命令を守り通す余裕は無かった。

「大丈夫だ…。大吾さんに直接連絡を取ればなんとかしてくれる。
俺は一番の舎弟だったんだ。仕方ねぇ野郎だ、って笑って許してくれるさ」

禁忌とされた連絡先への発信ボタンを押し、繋がるのを待つ。
その時、彼の潜む路地裏の袋小路に近づく足音が聞こえた。
痛む身体を壁に預け、なんとか立ち上がり近づいてくる相手を迎え撃つ準備を整える。

誰だ…?いや、誰でも構やしねぇ…いつも通り叩き潰すだけだ…!

滲む脂汗を拭い、己を鼓舞する。
だが闇の向こうから現れた相手の顔を見た瞬間、八重樫の思考が止まった。

「よぉ、銀虎…死んでもらいに来たぜ」
「…豹真…?」

そこに立っていたのは、よく知った人物だった。
狩房豹真。八重樫と同じく大吾の舎弟の一人であり、常に自分と対立を繰り返してきた男。
死んでもらいに来た、とはどういうことだ?
状況が理解できない八重樫は、その一瞬完全に無防備になっていた。

次の瞬間、八重樫の腹部に強い衝撃と、焼け付くような痛みが走った。
そこに突き立てられたのは、鈍い光を放つナイフ。
僅かな間をおいて、温かい液体が滴り始める。

「お前が死ねばよぉ…大吾さんに目ぇかけてもらえるのは俺だけになるんだ…」

サングラス越しに、正気を失ったかのような狩房の目が見えた。
そこにあるのは完全な狂気。自らが生み出した闇に呑み込まれた者の目だった。

膝から力が抜ける。
ナイフの鈍い輝きが、妙にギラついて見える。
まるで狩房の歪んだ野望を象徴するかのように。

八重樫の手から滑り落ちた携帯電話から無感情で機械的な声が流れ始めた。

『お客様のお掛けになった電話番号は、ただいま電波の届かないところにおられるか…』




「…いいんですか?放っておいて」

国産の高級車を運転するその男は、後部座席に座る人物にそう声をかけた。
ダッシュボードには、着信を示す点滅を繰り返す携帯電話が置かれている。
発信者は全て『八重樫』と表示されていた。

「用の済んだ道具はさっさと処分する。そんだけだ。気にしてんじゃねぇよ」
後部座席のアームレストに肘をつき、気だるげに夜の街を一瞥するその男。
獅子神大吾はその問いかけに対し、吐き捨てるようにそう返した。

エンジン音すら聞こえない車内に、重い沈黙が訪れる。
それに耐えかねたのか、運転していた男が口を開いた。

「それにしても驚きました。…その、八重樫さんがここまで追い詰められるとは…」

この男もまた大吾の舎弟の一人である。それ故に八重樫の実力は知り尽くしていた。
その八重樫が侵攻作戦の指揮を執ったにもかかわらず、事実上の敗北を喫したことに驚きを禁じ得なかったのだ。
しかし大吾の返答はその驚きをも上回るほどに冷淡で、そっけない物だった。

「そうか?俺に言わせりゃ、思ったよりも粘ったってところだ。
あいつにしちゃよく頑張った方だが、まぁ予定通りって事だ」
「…最初から、この作戦は失敗が前提だった、と?」

懐から煙草を取り出し、火を点ける。
肺の隅々にまで染み込ませた煙を吐き出しながら、大吾は薄く笑いながらこう答えた。

「考えてもみろ。俺の弟達はおろか、常盤や北條すらも掌握に失敗した街だぞ?
銀虎一人でどうこうなるもんじゃねぇって事くらいわかるだろ」
「それは…確かにそうですが…」

ならば何故、こんな騒ぎを画策したのか。
そう言葉を続けようとした運転席の男の思考を先読みしたように、大吾は言葉を重ねた。

「今回の計画はただのテストだ。…俺が本格的にこの街を手に入れ、より上のステージで地位を確立するためのな。
それに本職の連中にもいいアピールになる。これだけの規模の計画を軽く実行に移せる、俺の価値を見せつける為さ。
まぁ、成功すりゃあ銀虎にキャバ嬢のひとりでも宛がうつもりだったが…その手間も省けたってもんだ」

車の窓を僅かに開け、車内に充満した煙草の煙を排気する。
音も無く走る車は遂に郊外に抜け、薄暗く人気の無い一本道に差し掛かった。
窓から差し込まれる冷たい空気が、大吾と運転する男の思考を引き締める。

その時、車の進路上にライトに照らされた人影が見えた。
道の中央で、まるで車の行く手を阻むかのように立っている。
男の左右にすり抜けられるだけの幅は無い。運転手の男はブレーキを踏み込もうとした…。

「このまま、真っ直ぐ行け」
「…え?」

後部座席から、愉悦に満ちた声が聞こえた。
何かの間違いかと思ったが、しかし紛れもなくそれは大吾の声であり、その命令はこう告げていた。
『目の前の男を轢け』と。

「…ですが…」
「良いから行け。…アクセルベタ踏みだ」

運転席の男は心臓を掴まれたかのような感覚に陥っていた。
逆らうわけにはいかない。魂の奥底にまで刻まれた大吾への服従心が、人間としての道徳心を押し殺した。
立ちはだかる男が、猛スピードで眼前に迫る。

「…っ!うわあぁぁぁぁ!」

人に命令されて、他者を死に至らしめる事の出来る人間など、そう多くは無い。
運転席の男は大吾の命令にも、己の本能にも逆らうことが出来なかった。
直前でブレーキを踏み込み、急停車を試みたのだ。

しかしそのタイミングはあまりにも遅すぎた。
派手なスキール音を響かせて車はハーフスピン状態になり、立ち塞がる男が立っていた場所を薙ぎ払う形で停車した。

「っ…はぁ…はぁ…大吾さん、申し訳…ありません…」
「なぁに、構やしねぇさ…お前が『人間』だってことがよくわかったからな」
「だけど…あの男はなんなんですか…人間じゃ、ない…!」

スピンして止まった車のブレーキ痕は、確かにその男の立っていた場所を通過したことを物語っていた。
だがその男は、車が突っ込んでくる前と全く変わらぬ位置で、こちらを睨みつけていたのだ。

「…ボンネットが微かにへこんでやがるな。それにその部位に、わずかだが足跡が残っている。
あの野郎はこの車を飛び越えたらしいな…。ま、奴ならその程度の曲芸は軽くやってのけるだろうな」

大吾のその言葉に、運転席の男は耳を疑った。
あの一瞬、自分は恐怖で目を瞑ってしまい何が起こったのか確認することが出来なかった。
だが後部座席に座るこの男は、コントロールを失った車の中に居ながら目の前で起こった出来事を正確に観察していたというのか。
しかもその観察対象は、自身が轢き殺させようとしていた相手なのだ。
恐怖に怯える『人間』である彼に対し、大吾はすでにその域を超えているのかもしれない。

車のドアを開け、視線を片時も逸らさないその男の下へ大吾は近付いて行った。
男の顔やその風体には見覚えがある。ある意味、彼にとって天敵と呼べる存在の男だった。

「前方不注意だな。罰金は高くつくぞ?」

その男は一切の隙を見せない鋭い目つきでそう呟いた。
南雲頼。公安機関のトップエリートであり、犯罪行為に対して一切の容赦をしない男。
更に南雲は、超武闘派組織『断罪者』の一員でもあった。その事から『双面の男』とも呼ばれているという。

「悪ぃな…ウチのは運転がヘタクソでよ。勘弁してくれや」

悪びれずにそう言ってのける大吾を前に、南雲は眉一つ動かさなかった。
酷薄な笑みを浮かべる大吾と南雲は、しばらくの間視線をぶつけ合う。
運転席の男は、その様子を遠目から見ている事しかできなかった。

「…今回の『事件』…八重樫と貴様の繋がりを証明できるものを見つけることは出来なかった…。
貴様がこの事件の裏で糸を引いているのは分かり切っていたが…」
「そいつは残念だったな。ご苦労さん」

一見すると表情に変化がないように見える南雲だったが、その顔には僅かに悔しさが滲み出ていた。
それを嘲笑うかのようにおどけた口調であしらう大吾。
両者の間に、再び緊張が走る。

その時だった。
大吾の携帯電話から着信音が鳴り始めたのだ。

「…出ないのか?」

電話に出る素振りを見せない大吾に、南雲はそう促した。
肩をすくめながらその申し出に、大吾は携帯のモニターに目を落とした。
そこに映し出された発信者の名前と番号を目にし、大吾は口の端を釣り上げて笑った。

何かを叩き付ける音が響き渡る。
一瞬前まで携帯電話であったそれは、樹脂と金属の破片と化していた。

「間違い電話だ。ま、気にするなよ」

砕けた携帯電話の残骸を足蹴にしながら、大吾は南雲にそう言った。
足がつく真似はしないということか、と、南雲は心の中で歯噛みした。
南雲は八重樫の素性や過去を鑑みるに、本当の首謀者は獅子神大吾以外に無いと確信した。

だが、大吾の身辺調査や電話会社から提供された通話履歴を確認したが、大吾が八重樫へ直接連絡を取った痕跡は皆無だった。
それもそのはず、大吾は八重樫への指示を出す際に『複数人に渡って』連絡を伝達させていたからだ。
南雲はその裏が取れず、大吾への強制捜査が出来ないままでいたのだった。

今叩き壊した携帯電話にしてもそうだ。
例え回収して受信履歴を解析したとしても『事件が起こった後、八重樫から初めてかけられた電話』という結果が出るだけだろう。
事件にかかわる会話がなされていない以上、事件に結び付ける証拠として成立しない。
これはそれを見越しての『挑発行為』だった。

「…話はもう終わりかい?それなら失礼させてもらうぜ」

踵を返し、車へ向かう大吾。
その背中に南雲は決意を込めた声でこう言った。

「逃げ切ったと思うな。今度は必ず貴様を捕える。枕を高くして眠れるのも、今の内だけだと思え…」

その言葉を受け、大吾は満足そうな笑みを浮かべて車に乗り込む。
『百獣の皇』獅子神大吾を乗せた車は、そのまま闇を切り裂いて郊外に消えた。




その夜、都内のとある路地裏で不良同士による傷害事件が発生した。
加害者及び被害者の詳細は不明。
現場で発見された男性は、路地裏の奥で倒れているところを発見された。
現場には激しく争った形跡が残っており、この路地裏で乱闘となった模様。
男性は意識不明の重体、そのすぐ傍で男性の指紋が付いた刃物が見つかっている。
またその刃物に重体の男性の物とは違う血液が付着していおり、同一の血液による血痕がその場に残されていた。
血痕から想定される血液の量は、成人男性と仮定すると致死量を超えているとの報告あり。

関連性は不明だが、この事件以降東京近郊を騒がせていた多数の傷害事件の報告が一切途絶えたという。


『獰猛なる蹂躙者 完』

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