在京米国大使通牒（一月八日付）内容
錦州方面に於ける最近の軍事行動に伴い一九三一年九月十八日以前存在したる南満洲に於ける支那共和国政府の最後に残存せる行政的権力は破壊せられたり米国政府は最近国際連盟に依り権限を付与せられたる中立委員会の事業が
日支間に現存する確執の終局的解決を容易ならしむべきことを依然確信す然し乍ら現下の状態並之に含まれたる自らの権利義務に鑑み米国政府は茲に日本帝国政府及び支那共和国政府の双方に対し米国政府は支那共和国の主権、独立又は
領土的若しくは行政的保全及び一般に門戸開放の名にて知らるる支那に関する国際的政策に関するものを含む米国又は其の人民の支那に於ける条約上の権利を侵害するが如き一切の事実上の状態の合法性を容認し得ざること及び日支両国政府
若しくは其の代理者の締結する一切の条約又は協定にして前記権利を侵害するものは之を承認する意思なきこと並日支両国及び米国が当事国たる一九二八年八月二十七日のパリ条約の約束及び義務に違反せる手段に依り成立せしめらるることあるべき
一切の状態、条約又は協定を承認するの意思なきことを通告するを以て其の責務と認むるものなり
米国大使通牒（一月八日付）に対する外相回答（一月十六日付）
（一月十六日発表）
以書翰啓上致候陳者本月八日付貴翰御来示の次第に付ては帝国政府に於いて最慎重なる考慮を相加え候
帝国政府は華府諸条約並に不戦条約の完全なる履行を確保せんことを期するものにして右帝国政府の努力に対しては常に米国政府の全幅の支持あるべきを確信したりしが今回改めて右確信の誤らざりしことを確かめ得たるは帝国政府の欣幸とする所に有之候
貴大使の特に言及せられたる所謂門戸開放の政策は曩に屢々言明せる如く帝国政府に於いて極東に関する政策の枢軸と認むる所なり唯だ憾むらくは支那全土に亙る不安定なる事態の為右政策の効果著しく滅殺せられ居る次第なるも帝国政府は其の力の及ぶ
限り満蒙に於いても支那本部に於けると同様に門戸開放の政策を維持せんことを期するものに有之候
帝国政府は貴翰中米国政府乃至米国人民の条約上の権利を侵害し若しくは一九二八年八月二十七日の条約に違反する手段に基づきて成立せる事項の合法性を認むることを得ずとの御申出を了承せり純理より論ずれば特定の場合手段の妥当ならざることが常に
必然的に結果を無効ならしむるや否やは疑問の余地あるべきも帝国政府に於いては素より何等妥当ならざる手段に訴えるの意思なきを以て実際上は斯くの如き問題は発生せざる義と思料致候
唯だ茲に一言致度は支那に関する諸条約の適用に付ては常に同国国情の変化に対して相当の考慮を加えるを要し殊に現下同国の不安紊乱の情況は華府条約の締結に際し当事国の会て予想せざりし所なる事に有之当時に於いても支那の国情不満足なりしは勿論
なるも現今の如く不和不統一を暴露せざりし次第なり固より之れが為め関係諸条約の拘束力乃至内容に何等影響ある次第に非ざるも条約の適用に当たりては必ずや現実の事態に即して之を行うを要するを以て前記の如き支那の国情は此の点に関し深甚なる
斟酌を必要とすべきやに思料せらるる次第に有之候
尚帝国政府は満蒙の行政当局に変更ありたるは全く該地方人民が必要已むを得ざるの処置として自ら之を行いたるに過ぎざる所以を指摘せんとするものに有之候今回の我軍軍事行動と性質を異にする戦時占領の場合に於いても普通地方官憲は其の職に留まるを
例とする処今次事件に際し満蒙に於ける支那官憲は大方逃亡又は辞職し其の結果政治機能の破壊を来したる次第にして帝国政府は支那国民のみが他国民と異なり民族自決の権能を缺き其の官憲の逃亡に際し自ら政権を組織して秩序の維持に任じ得ざるの
理由無きの信ずるものに有之候
帝国政府が満蒙に対し何等領土的企図を有せざるは改めて言明の必要なき処貴大使も御承知有之べき通り満蒙に於ける安寧福祉の維持並に該地方の一般通商に対する解放は帝国に取り最大の関心事たると共に至上の重要問題なり米国政府が極東問題の重要性を
看過せられざるの態度は従来も種々の機会に於いて之を明らかにせられたる所なるが現下帝国の存立に関する重大の時局に際し同政府が友好的精神を以て事態の正当なる認識を得るが為細心の注意を払われつつあるを知るは帝国政府の欣快とする所に有之候
以上の次第を本国政府に御伝達相成様貴大使に御依頼申進すると共に茲に重ねて閣下に向かって敬意を表し候
昭和七年一月十六日
参考文献
錦州方面に於ける最近の軍事行動に伴い一九三一年九月十八日以前存在したる南満洲に於ける支那共和国政府の最後に残存せる行政的権力は破壊せられたり米国政府は最近国際連盟に依り権限を付与せられたる中立委員会の事業が
日支間に現存する確執の終局的解決を容易ならしむべきことを依然確信す然し乍ら現下の状態並之に含まれたる自らの権利義務に鑑み米国政府は茲に日本帝国政府及び支那共和国政府の双方に対し米国政府は支那共和国の主権、独立又は
領土的若しくは行政的保全及び一般に門戸開放の名にて知らるる支那に関する国際的政策に関するものを含む米国又は其の人民の支那に於ける条約上の権利を侵害するが如き一切の事実上の状態の合法性を容認し得ざること及び日支両国政府
若しくは其の代理者の締結する一切の条約又は協定にして前記権利を侵害するものは之を承認する意思なきこと並日支両国及び米国が当事国たる一九二八年八月二十七日のパリ条約の約束及び義務に違反せる手段に依り成立せしめらるることあるべき
一切の状態、条約又は協定を承認するの意思なきことを通告するを以て其の責務と認むるものなり
米国大使通牒（一月八日付）に対する外相回答（一月十六日付）
（一月十六日発表）
以書翰啓上致候陳者本月八日付貴翰御来示の次第に付ては帝国政府に於いて最慎重なる考慮を相加え候
帝国政府は華府諸条約並に不戦条約の完全なる履行を確保せんことを期するものにして右帝国政府の努力に対しては常に米国政府の全幅の支持あるべきを確信したりしが今回改めて右確信の誤らざりしことを確かめ得たるは帝国政府の欣幸とする所に有之候
貴大使の特に言及せられたる所謂門戸開放の政策は曩に屢々言明せる如く帝国政府に於いて極東に関する政策の枢軸と認むる所なり唯だ憾むらくは支那全土に亙る不安定なる事態の為右政策の効果著しく滅殺せられ居る次第なるも帝国政府は其の力の及ぶ
限り満蒙に於いても支那本部に於けると同様に門戸開放の政策を維持せんことを期するものに有之候
帝国政府は貴翰中米国政府乃至米国人民の条約上の権利を侵害し若しくは一九二八年八月二十七日の条約に違反する手段に基づきて成立せる事項の合法性を認むることを得ずとの御申出を了承せり純理より論ずれば特定の場合手段の妥当ならざることが常に
必然的に結果を無効ならしむるや否やは疑問の余地あるべきも帝国政府に於いては素より何等妥当ならざる手段に訴えるの意思なきを以て実際上は斯くの如き問題は発生せざる義と思料致候
唯だ茲に一言致度は支那に関する諸条約の適用に付ては常に同国国情の変化に対して相当の考慮を加えるを要し殊に現下同国の不安紊乱の情況は華府条約の締結に際し当事国の会て予想せざりし所なる事に有之当時に於いても支那の国情不満足なりしは勿論
なるも現今の如く不和不統一を暴露せざりし次第なり固より之れが為め関係諸条約の拘束力乃至内容に何等影響ある次第に非ざるも条約の適用に当たりては必ずや現実の事態に即して之を行うを要するを以て前記の如き支那の国情は此の点に関し深甚なる
斟酌を必要とすべきやに思料せらるる次第に有之候
尚帝国政府は満蒙の行政当局に変更ありたるは全く該地方人民が必要已むを得ざるの処置として自ら之を行いたるに過ぎざる所以を指摘せんとするものに有之候今回の我軍軍事行動と性質を異にする戦時占領の場合に於いても普通地方官憲は其の職に留まるを
例とする処今次事件に際し満蒙に於ける支那官憲は大方逃亡又は辞職し其の結果政治機能の破壊を来したる次第にして帝国政府は支那国民のみが他国民と異なり民族自決の権能を缺き其の官憲の逃亡に際し自ら政権を組織して秩序の維持に任じ得ざるの
理由無きの信ずるものに有之候
帝国政府が満蒙に対し何等領土的企図を有せざるは改めて言明の必要なき処貴大使も御承知有之べき通り満蒙に於ける安寧福祉の維持並に該地方の一般通商に対する解放は帝国に取り最大の関心事たると共に至上の重要問題なり米国政府が極東問題の重要性を
看過せられざるの態度は従来も種々の機会に於いて之を明らかにせられたる所なるが現下帝国の存立に関する重大の時局に際し同政府が友好的精神を以て事態の正当なる認識を得るが為細心の注意を払われつつあるを知るは帝国政府の欣快とする所に有之候
以上の次第を本国政府に御伝達相成様貴大使に御依頼申進すると共に茲に重ねて閣下に向かって敬意を表し候
昭和七年一月十六日
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