シャドウボーダーが赴いた先は太平洋。
かつてハワイ諸島が存在した海域で、出現地点は「深海」だった。
浮上による影響か、シャドウボーダー内とはズレた位置で出現してしまったぐだ子。
生身で異聞帯の遥か深海へ放り出されたぐだ子は、絶体絶命の窮地に陥るが…………
突如語りかけてきた“謎の存在”の声により何らかの“属性”を与えられ、一命を取り留めるも気を失ってしまう。
遠のいていく声は、意識が薄れゆくぐだ子に願いを託す。
「どうか、この世界に……訪れる
ことがなかった、永久の平和を―――――――」
目覚めた時、ぐだ子は洋上のとある基地に居た。
シャドウボーダーと共に「引き上げられた」ぐだ子、そしてボーダー一同は、そこで初めてこの異聞帯の様相を知る。
一面の海……その世界は広がる海と、鋼鉄で覆われた大陸が存在するだけの、極めて無機質な世界だった。
生物の存在は確認できず、およそ「人」と呼べるモノは存在しない。無機質が支配する惑星、異なる歴史を歩んだ世界。
そして同時に、ダ・ヴィンチらはある一点の、重大な事実に気がつく。
この異聞帯……この世界では、“生物”という概念の存在が許可されない。
故に、ダ・ヴィンチやホームズを含めたボーダーの職員は「外に出ることが出来ない」、と。
なぜぐだ子だけが存在出来ているのかは不明。
唯一、異聞帯の地――尤も、そこは洋上だが――に降り立ったぐだ子は、自分たちを救ったという存在と遭遇する。
その女性は「戦艦ミズーリ」。太平洋の遥か深海、嘗てハワイ諸島が存在していた座標にて沈んでいた彼女を救い出したのだという。
彼女は世界が呼び出した英霊、抑止力に連なる存在であり、曰く「この異聞帯に於ける“終わらぬ戦争”を終結させるために喚び出された」とのこと。
ミズーリは、与えられた知識に基づいてこの異聞帯に於ける歴史、そして現在の状況を説明する。
曰く、この異聞帯では“人”を英雄とするのではなく、“物”を英雄とする文化が根づいていた。
言ってしまえば、この世界では「アーサー王」が英霊となるのではなく、その人物を英雄たらしめる武器、つまりは「エクスカリバー」が英霊となる。
そのため、この世界では英霊ではなく……無機物の魂が昇華された存在“器霊”が根底とされていた。
その文化が築かれてから数千年。
1941年、人々は大戦の最中に在って、生み出された遍く銃器、兵器を英雄とみなし、神格化していた。
造り出された兵器は魂を得て、国民から与えられた意志を元とし国を守る。自立式の国防兵器であり、失われても問題の無い、言ってしまえば体のいい使い捨ての命。
汎人類史に於いては、兵器とはカタチだけのものであり、それを扱う者、動かす者が不可欠で、それが所謂人間……或いは“英雄”であったが
この世界では兵器が、カタチと命の両方を宿している。鉄の身体とそれに宿る魂……その二つを兼ね備えた存在こそ、この世界における英霊……即ち“器霊”。
無機物という器に宿る霊魂。そうして積み上げられた歴史の末、時は1941年……第二次世界大戦へと突入する。
そこで人々はそれまでと同様に、様々な銃、戦車、大砲、軍艦、航空機を造り上げ、器霊として扱った。
戦場で失われるのはその霊魂のみであり、国民の命が脅かされることはない。言ってしまえばこの世界では、古来から無人機による「代理戦争」が行われていたのだ。
繰り返される戦争。しかし被害といえば空襲などに依る直接攻撃であり、それも器霊達の防衛によりある程度退けられる。
即ち、この世界では……「痛みを知らないがゆえに、人は過ちを繰り返し続けた―――――――」
そして、第二次世界大戦が勃発し、大日本帝国が“こちらの世界”同様に参戦し、真珠湾へと奇襲を仕掛けた日。
長きに渡り続いてきた戦火、失われ続け、その度に補充されるだけであった“器霊”という存在に……光明が差し込む。
それこそが「空想樹」の種子の飛来。それは二つ存在し、片方はアジア大陸中東部へ、片方はアメリカ大陸中南米へと落下。
戦争を繰り返し続け、その果てに滅ぶはずであった世界に見出された可能性。
そう――――――――国民達の傀儡であった器霊に、確固たる“意志”を宿したのだ。
瞬間、器霊達は戦いを辞め、向かったのは自国の領土。
自分たちが戦う上で、最も障害となりうるモノ……即ち「自国民」を排除し、その領土を己たちのものとした。
国を賭けて戦うのならば、己達が国に住み、それを育むべきであり、そこに存在する国民、人間など邪魔な存在でしか無い……と。
その徹底的な殺戮の結果、この世界から遍く「人類」という種は失われ、人々が存在した大陸は鉄の大地と化してしまった。
1941年に巻き起こった“人類殲滅”をきっかけとし、再び器霊達は敵国、敵陣営を滅ぼすための戦争を開始する。
但し、その目的は開始前とは異なり……この世界を、この惑星を掌握するために、敵国の領土に存在する「空想樹」を切除するためであった。
奇しくも、枢軸国及び連合国の本拠地にそれぞれ根を下ろした二つの空想樹は、各陣営の“司令官”を王と定め、その命を育んでいた。
どちらかが勝ち残っても、汎人類史側にとっては驚異となりうる。そも、“器霊”にとってしても、戦うのではなく「どちらも育み異聞帯を確立させる」という選択肢もあるはず。
だが、器霊達は「己が生み出された理由」の為だけに動き、戦い続ける。
大陸を鉄で覆い尽くし、やがてはこの海さえも鉄へと変えて、この星自体を一つの“器霊”として昇華せしめる。
それが目的なのだろう。それを聞き、ぐだ子は漏らす。
「まるでここは、鉄の惑星だ」
ミズーリはその、無限に続く戦争を終えるために派遣された。
汎人類史では太平洋戦争終結を担った存在であり、抑止力が遣わす者としては最も適任だろう。
曰く、ミズーリは戦い合う両者に介入する第三勢力……通称「太平洋中立同盟」の司令官なのだという。
シャドウボーダーやぐだ子が今立っている場所は中立同盟の本拠地であり、同時に同盟に加入した器霊の一隻「氷山空母ハボクック」そのもの。
加えて汎人類史が召喚した抑止力「戦艦ネルソン」、そして「嚮導駆逐艦タシュケント」、「空母鳳翔」。この五隻により中立同盟は結成された。
戦い合っている陣営は二つ。
史実通り……ではなく、アメリカ大陸全体、つまりアメリカ合衆国やカナダ、メキシコ、ブラジルなどにより結成された「連合国」。
唯一、ヨーロッパからイギリスが参入しており、既に「地上」での戦いは意味を成さないためか、主にアメリカとイギリスが中心となって動いているという。
対するのは、大日本帝国やナチス・ドイツを中心とし、ユーラシア大陸全土……ソビエト連邦も含んだ大勢力となった「枢軸国」。
主戦場が太平洋のためか、大日本帝国が率先して指揮を担っており、追従する形でドイツ、ソ連の艦艇が東側に集っている。
その中心、主戦場のど真ん中に居を構えているのが中立同盟。
現在はこの3つの勢力が三つ巴となって競い合っており、連合国及び枢軸国はお互い相手陣営の空想樹の切除のために動き
中立同盟はこの戦争を終結させる事を重として動いている……以上がこの異聞帯の状況である。
ここまで考えたけど派閥争いを書くのが難しくて断念。
途中で何故か汎人類史の記憶を持っている綾波が戦線に加わったり、レキシントンがミズーリに変装する事で黒幕を欺いたりするプロットもあった。
レックスが特異点を構築できたのはこの異聞帯からはみ出たからで、あの海でのレックスは“器霊”というボツ設定があったりする。
冒頭でぐだ子に力を貸したのは、一番最初に抑止力として召喚されたものの、宝具を奪われて深海に隔離されていたサーヴァント、戦艦アリゾナ。
本来なら宝具を奪われて消失するはずだったが、その“錨”をこの異聞帯への杭とすることでとどまり続け、この異聞帯に干渉する“第三勢力”を待ち続けていた。
そしてやってきたシャドウボーダーを見つけ、その中で最も適正がある人物……即ちぐだ子に希望を見出し、強引に彼女だけを引っ張り出して自分の元へ転送した。
深海にて、ぐだ子に「戦艦アリゾナ」という霊格を貸し与えることで“器霊”としての属性を与え、この異聞帯でも存在できるようにした後、世界から消失。
同時に……ミズーリと協力し、この戦争を終わらせるための“一手”を築くべく、水面下でひっそりと活動し続けていた。
黒幕はこの異聞帯に於ける戦艦アリゾナ。
空想樹が根を張る以前から、器霊でありながら「意志」を宿しており、兵器として唯一「負ける苦しみ」「沈む痛み」「敵への憎しみ」を抱いたアヴェンジャー。
その復讐の念を空想樹に見出され、二つの空想樹と“こちら”のアリゾナが有する宝具……「戦火全て」が詰まった、この世界を更地に変えうるエネルギーを元に最終兵器を製造。
これを用いて地上を更地へと変え、一面を無尽の鉄で覆い尽くし、強引に“テクスチャ”を造り上げるというのが目的であった。
大陸を覆っている鉄は、この大海戦が始まる以前に起こった「地上戦」にて命を落とした戦車や銃、大砲達の亡骸であり、残骸。
草木、土すらも覆い尽くす鉄全てが、嘗て意思を持って戦っていた器霊達であり、その霊魂が惑星を覆い、未完成ながらもテクスチャとしての役割を果たしていた。
また地上に露出している二つの空想樹は、一見するとバラバラのものに見えるが……その実、地中に芽吹いた「一本の空想樹」から伸びる根に過ぎなかった。
つまり二本の空想樹はどちらも同じ幹に繋がる根であり、どちらが勝とうとも関係なく、その養分は隠された地中の空想樹へと注ぎ込まれ、知らずの内に成長させていたのだ。
その空想樹は深海に芽吹いており、聳え立つ様は宛ら―――――鉄の亡骸が積み上げられた、名もなき器霊達の墓標のようでも在った。
空想樹の名は“アラキス”。とある小説にて語られていた、空想上の“砂の惑星”の名前である。
その野望が成就する直前、敗れて消失したと思われていたミズーリが姿を表し、密かに結んでいた両陣営の“調停書”を以て戦争を強引に終結。
「この異聞帯に於ける戦火」のエネルギーを失わせる事に成功するも、激情した異聞アリゾナは「本来のアリゾナ」が持ちうるエネルギーを以て、邪魔者達を一掃しようと目論んだ。
最後の足掻き、野望を打ち砕かれた腹いせとも言うべき一撃は、何よりも純粋な“復讐”であり、発動してしまえばシャドウボーダー自体が消滅しかねない。
しかし――――――アリゾナに願いを託されていたぐだ子が、彼女から宿されたもう一つの宝具……隠されし『第三宝具』を解放。
それは、遍く攻撃……誰かが誰かに対し、憎しみや復讐を以て行われる攻撃のエネルギーをゼロへと変換する、白く輝く翼の羽ばたきであった。
互いに戦う力を失った両者は、初めて同じ鉄の大地へと降りて相見える。
この鉄の惑星に生命は存在しない。器霊達も存在しない今、ボーダー側が世界を切除する事に躊躇いなど要らないはずだ。
それでも、ぐだ子はアリゾナの前へと降り立った。しっかりと瞳を見据え、目の前に立つ器霊を射抜くように。
相対するアリゾナもまた、ボロボロの身体を奮い立たせてぐだ子を見据える。最早戦う力は残されていなくとも、その意志に揺らぎは無い。
例え、運命が決まっているのだとしても……まだ、やらなくてはいけないことがある。
アリゾナは問う。何故戦うのか。何故阻むのか。何故、この世界を拒むのか。
ぐだ子は返す。止まるなと言われたから。進まねばならないから。私達の世界を否定したくないから。
傍目には無意味で、決まりきった問答に見えるだろう。
それでも、当事者である彼女らにとっては欠かすことの出来ない、聞かねば/答えねばならない問答であった。
互いに理はあり、互いに最善を尽くしたのだ。その上で両者はお互いを受け止めた上で、その目的を心に刻む。
納得はしないし、理解もしない。けれど、その言葉を受け止める。それが……進むべきものの責務であり、消え行くものの定めであるから。
……一面の鉄世界を見渡し、改めてこの世界の異常さを知る。
この鉄、一つ一つが器霊の残骸。嘗て信念のもとに戦い、そして散っていった者達の姿。
ああ。これは墓標だ。この惑星は、惑星そのものが……人類史を通じて積み重ねられた器霊達の、弔いの場だったのだ。
彼女はきっと、この惑星を一つの墓標として、鉄の惑星を生み出して
……そのまま未来永劫、この残骸たちと共に時を過ごし、やがて宇宙の藻屑となるまで漂い続けるつもりで居たのだ。
地表を覆う鉄。生物も植物も、酸素すらも絶えた臨死天体。
空想樹のバックアップを得て成立する、地表全てを覆い尽くす鋼鉄の表皮……“生”を否定する、無機物の星。
言ってしまえば「新たなテクスチャ」であり、命を持つ生命体を尽く廃し、無機物のみが跋扈する新たな世界を作り上げる。
固有結界にも近い大魔術。空想樹が根付いた地だからこそ構築可能な、言い表すならば「決定前の見本状態」がこの異聞帯である。
空想樹が完全に根付き、この宝具が改めて発動してしまえば、残された海すらも完全に鉄で覆われ……地球という星が、一つの“鉄塊”に成り果てる。
この異聞帯が辿り着く未来であり、辿って来た過去。人の命が絶えた世界にて、唯一“心”を抱いてしまった器霊が抱いた、たった一つの“心象風景”。
それはアリゾナ一隻の思いではない。嘗てこの惑星で潰え、人の命に変わってその
命を散らした器霊達の集合知。
繰り返される戦争が産み出した形の無い怨念。積もり積もったその恩讐が、この世界に於ける戦艦アリゾナという存在に集ったのだ。
世界最大の戦争の火蓋を切った存在―――であるならば、彼女には、その“心”を……その弐阡の“恩讐”を受け入れるに余りある。
仲間達の祈りを背負い、無限とも思える思いを背負い、戦った。
その末に敗北し、目的を妨げられ、惑星ごと消える定めとなっても……尚、復讐者は立っている。
故に、その在り方こそ――――――彼女こそが、〔鉄の惑星〕そのものであったのだ。
ひび割れる世界の中で、二人は踵を返して立ち去っていく。
ぐだ子はボーダーへと乗り込み虚数潜航を開始。海が無くなった鉄の大地へと潜り始める。
“アリゾナ”の加護ももう残ってはいないのだろう。思えば、最後の翼を羽撃かせたときから……加護は失われていたのかも知れない。
それでも尚存在できたのは、単なる残滓の影響か……それとも、アリゾナの慈悲であったのか。
鉄の大地を走り抜け、潜航を始めるシャドウボーダー。
安堵の表情が浮かぶ船内に……唐突に一つの通信が届く。
外部からの直接通信。
虚数空間へと入る間際に受信したそれは、船体が消えるその直前に届いたようで
危険性は無いだろうと判断したダ・ヴィンチが回線を繋ぐ。
そこから届いた“信号”を聞いて、ぐだ子は―――――――――
定命が隔絶されし惑星を歩く。
草木一つの命も許されない無尽の砂場。
広がる大地は、終わらぬ戦争で掠れた命により紡がれた。
行く先に亀裂が走る。
空間に入ったそれは、立入禁止を示すテープか。
キープアウトの札で満ちた、鉛雲の下の大地を歩く。
歩き回ったその末に、彼女は呼び声を耳にした。
振り返れば―――嘗て、あの攻撃で命運を共にした、命なき器霊達の姿。
消えいく世界に、心残りを残しはしない。
代わり映えのない景色だろうと、その大地に目をやってみれば、その一つ一つにドラマがあるのだ。
だから、彼女は歩き続ける。彼女らに集った器霊もまた、従うように歩き続ける。
罅の鳴動が空を切る。
有象無象の墓標に残す、別れの合図とも思える敬礼。
戸惑い。憂い。怒り。狂い。
その末に辿り着いた“心”を以て、彼女は此処まで歩き続けた。
例え空想樹は折れようと、その心は尚死なずに居る。
だからこそ、彼女は応え続ける。
大地から響く鳴動を、混沌の夢のようなあの日々を思い返して。
世界の終わりの音がする。
けれどきっと、これが正しい終りではないのだろう。
……一つの世界を踏み潰しても、尚止まれないのだと断じた者が居た。
ならば、後は任せてしまおうか。名も知らない、夢を潰した“誰か”がきっと、勝手にやってくれる。
ああ。けれど、そう思えば心残りがまだ一つ。
君が今も進み続けるのならば、ただ一度、応えさせてくれ。
あの言葉に対する応え。君達の行く末に投げ掛ける、最期の“祈り”。
[--. --- --- -.. .-.. ..- -.-. -.- ]
世界の終わりの風が吹く。
ああ。これが“風”というものなのか。
空気すらも存在しない惑星で、初めて感じた“命”の終わり。
風が吹き曝し、鉄の惑星は尚進む。
残されたその足跡の下……芽吹く双葉が、差し込む青空に向かい伸びていた。