- サモナー
繰り返しの4日間で契約を結ぶ事になるサーヴァント。
未成熟な子供のような精神性、あまりに頼りない戦闘能力を見て取って、それでもなお聖杯戦争に勝利せんと共に戦うことを選ぶ。
はじめは契約上のものに過ぎず、歪だったその関係は、サモナーが確固たる自我を得て行き、また少しずつ対話を重ねることで信頼関係へと変わって行く。
掴みどころなんてない、眩しい何かにそれでも手を伸ばす。ひたすらに前向きにも映る、その在り方こそが眩しかった。
しかし、芳乃の死、或いは四夜の終わりを以て繰り返される聖杯戦争、はじめはサモナーの宝具によるものと思われたその真相を知る事で、芳乃の心は泥底へと沈んで行く。
だって、良い事なんて一つもなかった。
どんなに頑張っても、どんなに苦しくても。誰も認めてくれなかったし、誰も助けてくれなかった。
繰り返しの四日間。終わることのない聖杯戦争。それを、永遠に引き伸ばし続ける。それだけを願いとして、サモナーとの関係さえも断ち切り、世界は継続される。
―――ひとつだけ、許せないことがあった。
滝壺の奥、静寂に支配されるがらんどう。水底の月で、2つの影が対峙する。
聳えるは一本の樹。そこに咲く幾百、幾千の花は、集められた数多の可能性の色。
けれど、開ききった蕾は、あとはもう、花びらを散らすしかない。
「終わらせて良いはずがない。誰かに後ろ指を指されようと。誰が望まなかったとしても。私は、この四日間を繰り返し続ける」
「だって、あなたは……私なんかよりも、ずっとずっと苦しかった。ずっと、誰かに認めて欲しかった筈なんだ」
「ここでなら、続けられる。あなたは、誰かでいられる。それが本当のあなたで無くったって。誰でもなくなるよりはマシな筈です。この世界を作り出したのは私だったけれど」
「これは、貴方にとっての“願い”でもあった」
「偽物でも、作り物でも、何も失くなるよりはずっと良い。何も無い、ゼロよりは」
「―――それが正しくなくったって、構わない」
その言葉は、否定される。
他ならない、サモナー、みしゃぐち自身によって。
ずっと、正しいことを選んできた。それが本当に正しいのかなんて分からなくとも。正しいと思えることを選んできたのだ。
だから、また選ぶ。きっと、ただそれだけのこと。
極彩色の花びらが散る。すべてが、無色へと還っていく。
背中合わせの影が駆け出す。
四日間の先の五日目へ。ゼロの先へ。
瞼を開く。カーテンの隙間から、日の光が差してくる。
インターホンを鳴らす音。
どれだけ眠っていたのか、正確なところは分からないけれど、暫くは登校出来ていなかったはずだ。
お節介な誰かが、訪ねてくるくらいには。
軋むベッドから起き上がって、扉へ向かう。
その先に居るのが誰なのか、まだわからない。
知っている誰かかも知れないし、初めて見る顔かも知れない。
未来はまだ、誰にもわからないままだ。
- 弐號
自身の毛髪から作り出され、魔力を与える事で育ててきた使い魔。
共に暮らすうちに親愛の情を抱いたが、道具に過ぎぬモノに特別な感情を持つことは正しく無いと考えその想いを封じ、名前すら与えずに冷淡に接していた。
とは言えそれは本人の視点であり、弐號(イリス)からすれば割とダダ漏れだったらしい。
彼女に与えたいと願って与えられなかった赤い首輪は、常に引き出しの中に仕舞われていた。
- クラウス・アスタルティア
お父様。
実の父。敬愛し、彼に認められる事だけを目標として生きていた。
しかし、クラウスにとって芳乃はただの道具として作成したに過ぎず、魔術師としての才能に欠けることに気付いてからは、道具としての価値すら認めていなかった。処分することが無かったのも、魔術を学ぶ事を認めていたのも、気に掛ける価値すら見出だせなかったと言うだけの事。
自身の肉体の劣化が致命的な段階に至った事に伴い小聖杯の管理を任せるが、完成の段に至った段階で最早芳乃は不要であり、第五次聖杯戦争を目前として処分に乗り出す。
最後に娘に告げた言葉は、「お前を愛した事など、ただの一度も無かった」。
- 染伊八重
お母様。
幼少期を共に過ごした母。
生来身体が弱く、出産を機に更に体調を悪化させたが、最後までアスタルティア邸で暮らす事を望んだ。芳乃の中学入学を前にして死去。
娘に対しては、生きる為の必要最低限を与えたが、それ以上の何かを注ぐ事は無かった。
悪人では無いが、弱い人。
最期に娘に告げた言葉は、「アンタなんか産まなければ良かった」。
- 十影典河
母の死の直後に一度だけ出会った相手。
路傍にあった野良猫の死体を供養する姿は芳乃の心を動かしたが、殆ど言葉を交わす事すらなく別れる。高校入学時に再会するも、典河の側からは記憶されていなかった。
始まらなかった関係。初恋にもなれなかった何か。
イリスが典河にだけ懐かなかったのは、芳乃の魔力供給を受け続ける事で、その記憶と感情を感じ取っていた為だった。