俺ロワ・トキワ荘にて行われているリレー小説企画の一つ、古生物バトルロワイヤルのまとめWikiです。

 荒涼とした平原に、静かな夜風が吹き抜ける。
 満天の星空の中心で、銀月が穏やかな光を放つ。
 ずぅん――と大地を揺らす音が、静寂の最中に響き渡った。
 喉を鳴らし、吐息を漏らし、ぎらついた瞳を煌めかせるのは、全長15メートルの巨獣だ。
 その名も名高き白亜の大帝。地上最強の肉食生物。
 巨大竜王――ティラノサウルス。
 地球の歴史上において、最強と讃えられる暴君竜が、月下にその姿を現していた。
「随分な殺気じゃねェか」
 文字通り、低く、唸るように。
 くつくつ、と笑い声を漏らしながら、ティラノサウルスは闇へと呟く。
 否、正確にはその奥に立つ、もう1体の獣に向けてだ。
 ごわごわとした体毛によって、全身がびっしりと覆われている。
 異様に長い鼻を挟むように、両サイドからせり出しているのは、これまた異様に長い牙だ。
 その名を、ケナガマンモスと言う。
 恐竜の時代よりも遥か遠い、氷河期の大地を生き抜いた、最重量級の哺乳類だった。
「俺の見たところじゃ、普段は、そこらの草でも食ってるんだろう?」
 草食動物の割には、えらく殺る気に満ちてるじゃないか、と。
 毛むくじゃらの奥から吹きつける、刺すような気迫を受け止めながら、暴君はマンモスへと問うた。
 今までに見たことのない相手だが、牙の配置や、推測される顎の大きさからして、肉食というわけではなさそうだ。
 あれでは外敵を刺し殺すことはできても、獲物にかじりつくことはできない。
 しかし、そうした草食動物にしては、奴の放つ殺意は異常だ。
 来る者は拒み、されど自らに関せぬ者には、無暗に襲いかかることをしない奴らには、これほどの気配は似つかわしくない。
「……私の母は、肉食の獣によって殺された」
 重く、低く。
 ややあって、マンモスの小さな口が、ティラノサウルスの問いかけに答えた。
「昔、襲われた私を庇い、足を痛めてしまっていてな。サーベルタイガーの群れに目を付けられた」
「よくある話だ。さして珍しいことでもねえ」
 生存競争の場において、それは至極当たり前のことだ。
 マンモスの語る母の過去を、ティラノサウルスは一蹴する。
 子供が外敵に狙われることも、親が傷を負うことも。
 あるいはその傷が尾を引いて、抵抗もかなわず殺されることもだ。
 手を下した当人を恨みこそすれ、世界のシステムそのものに、怒りを覚えるのは道理とは言えない。
「私もそのつもりだった。大地の声を聞くその時までは」
 ティラノサウルスの反論に、されどマンモスはそう返すと、四肢を動かし姿勢を整える。
「今まさに思ったのだ。殺してよいと言うのであれば、」
 乗らせてもらうのも手ではないか、と。
 やや前掲気味のその踏み込みは、正面への突撃に備えてのものだ。
 角竜・トリケラトプスらを襲った際にも、何度か見覚えのある光景だった。
「お前が肉を食らう獣であるならば、悪いが、恨みを晴らさせてもらう」
「面白ぇ」
 それならば、と暴君もまた、マンモスの放つ殺意に応じる。
 奴の恨み言世迷言には、まるで理解も共感も持たない。
 それでも、殺されるわけにはいかない。何より己のプライドが、引き下がることを許さない。
 巨獣と巨竜――平原を舞台に向き合う両雄が、静かに闘志をぶつけ合う。
 闇夜に張り詰めたプレッシャーが、幾千万の刃となって、互いの身体に突き刺さる。
「――――――ッ!!」
 仕掛けたのは、双方同時だった。
 ティラノサウルスの筋肉が脈打ち。
 マンモスの体毛が風に揺れる。
 巨大な足を踏みしめて、双方が一直線に走り出す。
 ずしん、ずしん――と轟く響きは、まるで地震が起きたかのようだ。
 雑草ごと地面を掘り返し、暗黒を土色で濁しながら、竜と獣は激突する。
 どしん、と鳴り響く鈍い音。
 頭蓋を突き出したティラノサウルスが、マンモスの牙と激突した瞬間。
 文字通り大気が鳴動し、びりびりと草木を震わせた。
 ただの一撃で、この迫力だ。
 衝突の瞬間の衝撃は、音と空気の振動だけで、鳥すらも叩き落とすのではないかと錯覚させる。
「……!」
 真っ向勝負を制したのは、ケナガマンモスの方だった。
 互いに弾かれ合う同士だったが、僅かにティラノサウルスの方が、強くその身体を揺さぶられた。
 牙が刺さったわけではない。弓なりに大きくしなった牙は、構造上、竜には刺さり得ない。
 お互いの優劣を分けたのは、その重量の差にあった。
 ティラノサウルスの体重は、一般には5トンほどと言われている。
 対するマンモスの体重は、それを凌ぐ8トンだ。足が4本もある分、踏み込みの安定においても、マンモスの方が勝っている。
(これほどのモンだとはな)
 もちろん、ティラノサウルスにも、全く想定できなかった事態ではない。
 恐らくはその体格からして、この未知の毛玉の質量は、トリケラトプスとほぼ同等だろう。
 それでも、そのトリケラトプスと正面からぶつかった経験が、ティラノサウルスには全くなかったのだ。
 マンモスの曲がった牙と違い、角竜の頭部に並んだ角は、真っ直ぐ正面を向いていたからだ。
 あれを真っ向から突き刺された者が、無事で生きているはずもない。故に角竜との戦いは、側面から攻めるのが定石だった。
 トリケラトプスの凶器が、あの角だけではなかったとは。
 皮肉にも、体格以外には、まるで共通点のない敵を相手に、その事実を思い知らされる。
「――――――!!」
 咆哮と共に、巨獣が迫った。
 一瞬のティラノサウルスの怯みを、好機と見なしたマンモスが、追撃のために飛びこんできたのだ。
 冗談じゃない。これ以上あの突撃に、まともに付き合ってたまるか。
 暴君は自らの巨体を、マンモス目掛けて振り回す。
 標的を遥かに凌駕する、体長15メートルの巨躯――その背後に突き出した、丸太のような尻尾をぶつけるためだ。
「ッ!?」
 そしてマンモスはこの一撃を、まともに頭頂部に食らった。
 毛むくじゃらの巨獣の身体が、大きくよろめき大地を揺らした。
 ずずぅん、と響き渡る音と共に、一層盛大な土煙が上がる。
 一撃一撃の激突が、大地を裂くほどのインパクトを誇る。
 これが太古の昔に繰り広げられた、巨大生物同士の戦いの姿だ。
 キログラムなどでは計り知れない、文字通り天地を揺り動かす激戦なのだ。
(なんと……!?)
 そしてそれはマンモスにとっても、未知と言っていい領域だった。
 彼の暮らしていた氷河期には、これほど巨大な肉食獣は、ほとんどいないと言っていい。
 狼やあの剣歯虎共も、ここまで大きくはなかった。マンモスの戦ってきた相手は、常に自分より小さかった。
 ひょろひょろとぶら下がっている程度の尻尾――それをまさか武器として、顔面に叩きつけてくるとは。
 それが巨木のような質量を伴い、これほどに脳髄を揺り動かすとは、全く思ってもみなかったのだ。
「――――――ッ!!」
 竜の叫びが鼓膜を突き刺す。
 正面を向いた暴君が、轟然とその牙を剥く。
 真っ向からの突撃ではない。狙いはよろめいた身体の側面だ。
 駄目押しにその顔面を振り、マンモスの横っ腹を殴りつける。
 たまらず、マンモスの巨体は、爆音と共に横倒しになった。
 多様な恐竜達がひしめき合う時代、ティラノサウルスの王座を裏打ちしたのは、その圧倒的な顎のスケールだ。
 暴君竜の巨大な頭部は、ジュラ期の覇者・アロサウルスのそれを、一回りも凌ぐサイズを誇る。
 噛み砕く力も相当ながら、ティラノサウルスの頭部は、それ自体が最強の鈍器でもあるのだ。
「――――――!!」
 もはや遠慮も躊躇も要らない。倒れた獲物を倒すのに、それほどの時間は必要ない。
 唸りを上げるティラノサウルスは、遂にその大顎を開き、マンモスの首筋へと喰らいついた。
 ぶしゅう、と赤い血が噴き出す。
 茶色の土煙と混ざり合い、漆黒の夜へとぶちまけられる。
 最大咬合力、実に8トン。その強烈なプレッシャーは、同族の骨すらも粉砕する。
 最強の鈍器に秘められた牙が、今まさに最凶の魔剣と化す。
 刹那、悲鳴にも似た鳴き声が上がった。
 追い詰められたマンモスが、最後の抵抗を示してのたうち回った。
 さしものティラノサウルスも、これには一瞬振り払われる。
 しかし、重量が重量だ。たった一瞬程度では、マンモスの巨躯は立ち上がれない。
「――――――ッ!!」
 その隙を逃す暴君ではない。
 咆哮を伴った一撃は、再び獲物の首を捕えた。
 べきべきと嫌な破砕音が、大きなマンモスの耳へと届く。
 鮮血が首から噴き出すほどに、じわじわと意識が薄れていく。
 畜生、畜生、と声が上がった。
 死ねよ、死んでしまえよと、怨嗟の声がマンモスから漏れた。
 呪いの言葉を呟きながら、血風の吹き荒れる戦いは、静かに決着へと向かっていった。


【ケナガマンモス 死亡確認】
【備考:オス・若者 東アジア出身 サーベルタイガーの群れに母を殺された】




「たまらねぇな」
 滴り落ちる鮮血で、てらてらと牙を濡らしながら。
 舌先に広がる肉汁に、呟く声を躍らせながら。
 マンモスの死体を足で踏み、噛みちぎった肉を味わいながら、ティラノサウルスは勝利に酔う。
 腹が減ることはないというのは、なるほど本当のようだ。
 食べ始める前の空腹感も、食べ終えた後の満腹感も、どちらも今は感じられない。
 だとしても、ティラノサウルスの性分までは、微塵も塗り潰されてはいなかった。
 食事の喜びというものは、何も満腹を得ることだけではない。
 鈍重なティラノサウルスは、実は腐肉専門だったのではというのは、学説ですらない与太話だ。
 要するに、美味いのだ――直前まで確かに生きていた、ナマの肉というものは。
「食うために殺し合う必要はねぇ、とは言われたが……だからってこいつは、クク、やめられねぇな」
 くつくつと笑みを漏らしながら、ティラノサウルスは歩み始める。
 先ほどまで味わっていた一口を、一息に喉へと飲み込むと、次なる獲物を探し始める。
 黙って殺されるつもりはない。向かってくる者には容赦はしない。
 そして向かって来ない者を、そのまま放置するつもりもない。
 歩むなら最後の勝者となるまで、全てを殺す修羅の道だ。
 獲物を仕留める快感と、舌を震わす勝利の美酒――肉食獣の本能に従い、それらを存分に味わうだけだ。
 ずしん、ずしんと音を立てながら、地上最強の竜王は、夜の闇へと消えていった。


【一日目・黎明】
【アジア東部・華北平原】

【ティラノサウルス】
【状態】健康
【思考】全ての動物を皆殺しにし、その血肉を味わい尽くす
【備考】オス・中年 北アメリカ出身
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004:さよなら創世記
時系列順
006:それが私には楽しかったから
投下順
本編開始
ケナガマンモス
死亡
ティラノサウルス
000:[[]]

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