人間が動物、獣人、モンスターなどに変身する描写(獣化)を含んだ小説を公開したり、作品を紹介したりするサイトです。

父は、私が物心ついた頃には既にいなかった。
私がある程度ものを自分で考えられるようになった頃には、家族は母だけだったし、母は私に父親がいない理由を語ったことは無かった。 もしかしたら聞けば教えてくれたのかもしれないが、聞くのが怖くて聞けずにいた。もし私に父がいない理由が悪いものであるなら、 その理由を聞いてしまうと父だけでなく母のことも嫌ってしまいそうで、怖かった。
私の家族は母だけ。それ以外の家族はいない。私はそう思って生きていた。生きていくしかなかった。
だから、どうすればいいのか分からなかった。
母が、私の前からいなくなった今、私はどうやって生きていけばいいのか分からなかった。

「まだ14歳なのに・・・」
「私たちに出来ることがあれば何でも言ってね」
「出来る限り協力するわ」
「レオナは我々の家族だからな」

喪に服した、顔も名も知らない大人たちが、引きつった笑顔で私に声をかけてきた。
でも、どんなに優しくしてくれても、私の失った心の隙間は埋まらなかった。埋められるはずが無い。 会った事も無い家族に何をされようが、母の代わりになどなるはずが無い。
結局私は、名ばかりの家族から若干の資金を援助してもらい、旅に出ることにした。 ポケモントレーナーになるという口実を盾にすれば反論してくる大人はいなかった。
別に、ポケモントレーナーとして成功しようとは考えていなかったから、ポケモンを集めるつもりは無かったし、 大会に出るつもりも無いからジムに行くことも無かった。でも、いつも私の胸を締め付ける黒いもやもやを振り切りたくて戦っているうちに、 気付けばそれなりに強くなっていた。
強くなると、それなりに強いと噂されるようになるし、そうするとバトルを申し込んでくるトレーナーも多くなっていく。でも、 迷惑な話だった。一人になりたくて始めた旅なのだから。誰かと関わって生きていくのは、もう嫌だった。
迷惑な話といえば、もう一つ。

「そう言えば、例の”化物狩り”、シンオウ地方でも最近やってるらしいな」
「あぁ・・・例のフュージョンだかいう変な能力者粛清してる活動だろ?確かにフュージョン使いと一緒に暮らすのは嫌だけど、 それを理由に暴れまわられるのは迷惑だよな」
「まったくだ。ほっとけばフュージョン使いなんて軍に派遣されて、戦争で勝手に死んでくれるのに」

何処かでこんな話を耳にした。最近耳にするようになった”化物狩り”という活動が、 私の旅するシンオウ地方でも行われるようになってきているらしい。
試しに新聞に目を通してみると、”化物狩り”の記事が一面に載っていたりする。勿論、否定的な内容で。だが、 活動自体には否定的であっても、よくよく見れば擁護するような締め方をする記事も少なくない。結局、 みんなフュージョン使いは嫌いと言うことだ。フュージョン使いと言うだけで迫害される現状。この時は、 自分がフュージョン使いでなくてよかったと思った。

「すみません、トレーナーの方ですか?」

私が喫茶店で、紅茶を飲みながら新聞に目を通していると、どこかから声が聞こえてきた。私にかけられた声じゃない。 気になって辺りを見渡してみると、小学校低学年ぐらいの小さな男の子がトレーナー風の2人の男に声をかけていた。

「そうだけど、何だい?」
「僕を、一緒に旅に連れて行ってくれませんか?」

男の子にそう言われて、2人の男は顔を見合わせた。

「君、年は幾つ?」
「8歳」
「家族は?」
「いない。ずっと孤児院で育ってきたから」
「・・・そっか、孤児院の人は、君が旅に出ること知ってるの?」
「孤児院の人、死んじゃったの」

男達は、また顔を見合わせた。戸惑う二人をよそに、男の子は話を続ける。

「僕、行くところが無いんです。だから、お願いします!何でもお手伝いします!足手まといには成りません!だから、お願いします! お願いします!」

男の子は必死の表情で、目に涙を浮かべながら2人の男に頼み込んだ。男達の表情が次々変わっていくのは端で見ていて面白かった。 まず驚いた表情を浮かべて、その次に戸惑う様子を浮かべ、最後に申し訳無さそうな表情になった時には、私にも答えは想像がついた。

「君・・・本当に申し訳ないけど、旅に連れて行くのは難しいんだ。大変な旅だし、危険もいっぱいある。君の事は気の毒に思うけど・・・ 他の人を当たってくれないかな?」

そう告げると、男達はそそくさと会計を済ませて店を出て行った。取り残された男の子は一人プルプル震えながら涙を拭いていた。・・・ さて、私も店を出ようかと思ったその時だった。

「・・・ぁぁぁああ!もうわやだ!何だよあいつ等!」

耳に突き刺さるような甲高く口汚い言葉。私は驚いて声の方を振り向いた。・・・間違いない。 さっきまで哀れな少年を見事なまでに演じていたあの男の子の声だった。

「連れてく気無いならさっさと断れや!こっち涙まで流してるしょや!あぁ、なんまムカつく!行く当て無いっつってんだから、 ちっとは気ぃ使えってな!」

・・・口に含んだ紅茶を噴出さないようにするので、精一杯です。助けてください。天国の母さん。人間って怖いよ。

「ホント、あんな奴等やられちまえ!・・・ったく。・・・ぁっ・・・!」

色々なものを耐えるのに必死で下を向いていたから分からなかったが、男の子の「・・・ぁっ・・・!」 はこっちを見ながら言ってたような気がする。そして、ひたひたと足音が近づいてくる。やがて、私のすぐ傍で足音は止まり、 すぅっと一呼吸置く音が聞こえると。

「すみません、トレーナーの方ですか?」
「違います。マスター!お愛想!」
「マテマテマテマテ待てこら!どう見たってトレーナーじゃねぇか!しかも喫茶店で『お愛想!』はねぇだろ!ていうか話聞けってこら!」
「いきなりフルスロットル!?」

私が席を立とうとすると、男の子は私の服をがっしり掴んできた。

「大丈夫!君なら他の人と一緒じゃなくても十分旅が出来る!ていうか、しろ!甘えるな!」
「小さいガキが一人で旅できるわけ無いべ!連れてけや!連れてかんと母性本能くすぐるぞ!」
「意味が分からないし、さっきから母性本能は逆撫でされまくってるぞ!?今更逆転は無理だから!」
「異議あり!まだ逆転できる!まだシンオーレは逆転できる!クチバになんか負けるなぁぁ!」
「もう試合は終わったでしょ!来年また2部で頑張ればいいんだから!・・・って何の話だぁぁぁ!」

大変なことになった。完全にペースをこの子に呑まれてる。シリアスな展開をぶち壊されている。 私は慌てて男の子に指を指しながら言い放つ。

「いい!?私は一人で旅がしたいの!あんたなんか連れてくつもりは無いし、私はあんたになんか同情しない! 一人ぼっちだからって悲劇の主人公気取ってんじゃないよ!」
「同情してもらうつもりはないし、主人公を気取ってなんかいない!・・・別に、誰かを頼ろうなんて思ってない。・・・思ってないけど・ ・・」
「けど、何よ?」
「思って・・・無いけど・・・」

急に男の子はしゅんとした表情で、俯いた。・・・まずい、流石にちょっと言い過ぎたかな・・・?

「・・・けど、手駒とお金は多いにこしたこと無いしょ?いざって時のために」

前言撤回。言い足りないようです。
・・・いや、それも撤回。もう何も話したくないです。

「マスター!お愛想!」
「だから、喫茶店でその言い方は・・・!」

喫茶店を出た私は、寒さ厳しい秋の空の下、町の外れへと向かった。

「あ、ちょっと待て、ねぇ・・・」

既に木々は紅葉し始め、アスファルトの上にもちらほらと落ち葉を見かける。遠くを見れば、テンガン山の麓は紅く、 山頂は白く染まっており、その美しさを増していた。

「あ、あれ?僕のセリフ無視してストーリーが進んでる!?ねぇ、ちょっと!?」

こうして美しい風景を見ていると、シンオウに来てよかったと思える。嫌なことなんか全部忘れて、嫌なものなんか全部見えない振りして、 この雄大な自然に溶け込みたい。

「忘れるな!見えない振りするな!溶け込むな!・・・あれ?何だかこれ、何かの標語っぽいぞ!押さない!駆けない!喋らない!お・か・ しを守りましょう!みたいな感じかよ!何だよ俺!じゃあさっきのは、わ・み・とを守りましょう!ってワミトって何だよ!ワミトって! 意味不明じゃねえか!・・・って何に突っ込んでるんだ僕は!?ていうか、僕を無視するな!ダメ、ゼッタイ!」

・・・しつこいので、やむを得ず少し相手をしてあげる。

「なんなのよ、一体。どうして私に構うのよ?」
「さっきの話、聞いてたしょ?僕の孤児院の人が死んじゃって、行く当て無いから旅に連れて行ってほしいんだ」
「無理だって言ってるでしょ?君の事を気の毒に思うほど私はお人よしじゃないし、そこまで頼み込むなら、 さっきの男2人のトレーナーでもいいでしょ?」
「だって、あの2人よりあんたの方が、強そうだし」
「・・・何処をどう見ればそうなるのよ。男2人と、女1人を比べて」
「分かるしょ。ポケモンを見れば」
「ポケモン?あんた私のポケモンなんか・・・」
「見えるよ?モンスターボールに入っていても、僕には」

男の子は、急に落ち着いた口調でそう言い放つ。すると、少し不敵な笑みを浮かべながら言葉を続けた。

「したっけ、言い当ててみっか?・・・左から・・・エンペルトと、レントラー・・・それと・・・なんだろう、鳥系だ・・・ 鳥ってあんま詳しくないんだよな・・・ムクナンチャラの一番進化した奴だべ、多分」

私はとっさに手でモンスターボールを隠した。エンペルト、レントラー、そしてムクホーク。・・・全て言い当てられた。

「珍しいね、3体しか持ち歩かないなんて。それだけ、その3体に自信が有るってこと?」
「いつ調べたの?ひょっとして私がバトルしてるとこ見たの・・・!?」
「言ったしょ?・・・見えるんよ、僕には。モンスターボールに入っているポケモンが、何なのか。そういう能力なんさ」

・・・子供のつく、悪い嘘だと思いたかったが、どうにも彼の言葉に嘘は感じられない。真実を語る口調なのだ。 かける言葉に迷っている私を見て、男の子は更に言葉を続ける。

「・・・物心ついた頃には、この能力が備わってた。物心ついた頃には、僕は孤児院にいた。・・・ちょっとは気味悪がられたりしたけど、 だからって周りから嫌われたりはしなかった。・・・嫌われはしなかった、けど・・・」

男の子の声がはたと止まる。そして何かを確認するようにあたりを見渡しながら喋り続ける。

「・・・物の価値って、見る人によって変わるもんでさ。僕はこの能力を大した能力だとは思ってない。けど、 周りが見たらそうでも無いらしくてさ。・・・欲しがるんよ。僕の能力を」
「・・・誰が・・・?」
「・・・こいつ等だよ!」

彼はそう叫ぶと同時に私の方に走りこんできた。瞬間に轟く、何かが炸裂する音。直ちに広がる、焦げる様な臭い。刹那、 異変を感じた私は、傍に駆け寄ってきた男の子をかばうようにその腕で抱き寄せた。そしてあたりを見渡す。・・・気配は、感じる。

「なんなの・・・!?」
「言ったしょ?・・・僕の能力を欲しがっている奴がいるって」

彼のその言葉につられるように、物陰から数人の男が飛び出してきた。手には拳銃が握られている。・・・震えていた。彼も、 彼を抱く私の腕も。

「さっき、孤児院の人亡くなったって言ってたよね?・・・原因は?」
「出血多量。あちこち撃たれてた」
「・・・そう」

直接彼の顔を見ていたわけではなかった。見てはいなかったが、私には彼の表情が分かった。強張っている。恐怖で、憤怒で、悲哀で。 その幼い顔を、複雑に歪ませているのが、見なくても分かっていた。

「その子供、こちらに引き渡してもらえないかな?」

突然、私の周りを囲んだ男たちの一人が声をかけてきた。

「・・・断ったら?」
「ここで、眠っていてもらうことになるだろうね」

男がそう答えている合間に、私の手は腰元のモンスターボールへと向かっていた。とっさに3つとも掴み、投げる体制を整える。

「悪いけど、まだ眠たくないの。遊び足りなくて、元気を余しているぐらいで」
「そりゃあ、悪い子だ。大人の言うことは、大人しく聞くものだよ?」
「大人?小さな子供をよってたかっていじめるような奴が大人?」
「いじめてるんじゃない。・・・これは、粛清だ!」

男の一人が、気が逸ったのか、狙いが定まらぬまま引き金を引き、再び激しい銃声が響く。私たち二人には、 その銃弾はかすりもしなかったが、その音だけで私たち2人の子供を萎縮させるには十分だった。

「もう一度、言う。そいつを渡せ」
「渡さない。あんたらみたいな、見るからの悪人に、ほいそれと渡したりするもんか」
「だろうな。・・・ならば・・・残念だが、お休みの時間だ」
「やめろ!」

私と、男の会話に割り込むように、男の子の声がこだました。

「・・・この女の人は、関係ない。僕が欲しいなら、僕と戦えばいい」

そう言うと、男の子はモンスターボールを取り出し、その場に投げ出した。すると、 そのモンスターボールの中から一匹のパチリスが姿を現す。

「そうだったな、お前も・・・化物らしく、俺達と戦って見せろよなぁ?」

・・・化物?
男の一人は確かにそう言った。慌てて私は男の子の方を確認した。すると彼は出したばかりのパチリスに手を伸ばし、 パチリスも彼の方を見上げている。しばらくして、パチリスの身体が光で包まれ始め、 やがて完全な光の玉となり彼の手の中へと吸い寄せられていく。
そこまで見ただけで、何が起ころうとしているのか、はっきりと理解した。今まで見たことは無いが、話にはその様子は聞いている。・・・ 人とポケモンの、願いが重なった時に生まれる奇跡。

「フュージョン!」

男の子はそう叫ぶと、自らの光る手を胸へと当てた。胸からあふれ出る光が、彼の身体を包み込んでいく。

「・・・これが・・・フュージョン・・・!」

彼の身体は光に包まれながら、大きく変化していく。彼の全身が白く柔らかな毛で包まれていき、手足は獣のそれへと変化していく。 お尻からは彼の身長以上に大きい、太く長い尻尾が伸びていった。顔は丸い形となり、頭の上からは青い耳が尖っている。
光が収まると、そこにいたのはさっきまでの男の子ではなかった。その姿はまさにパチリスだったが、違うのはその体躯。 明らかに手足が長い。人間のときと殆ど変わらない長さだった。それはまさに、人とポケモンが合い混じった、異形。

「パチリス獣人・・・!」

今の彼の姿は、まさにそう呼ぶに相応しいものだった。

「正体現しやがったな!化物め!」

私たちを取り囲んでいた男達は一斉にモンスターボールを放ち、武器を構えた。

「殺すなよ。奴の能力・・・モンスターボールを見て、中のポケモンを見分ける能力・・・研究機関に売り渡す、価値がある」

男達はじわじわと詰め寄りながら、パチリス獣人へと近づいていく。・・・多勢に無勢。仮に彼がどれほど強くても、結果は見えていた。 見えていたから、私には自分の怒りと焦りを制止する余裕さえなかった。気がつけば、 握っていた3体のモンスターボールをその場に投げつけていた。

「・・・どういうつもり?」

私の周りに、エンペルト、レントラー、ムクホークが出揃うと同時に、 私の目の前のパチリス獣人が私のほうをチラッと横目で身ながら問いかけてきた。

「何が?」
「言ったしょ?あんたは関係ないって」
「巻き込んでおいて今更それは無いんじゃない?・・・第一、こうなることを予測して、強いトレーナーを探していたんでしょ?」
「・・・だったら、僕のことを守ってくれるの?」
「絶対ヤダ」
「・・・そう言うと思った」

パチリス獣人は、少し目線を下げながら、吐き捨てるように呟いた。

「・・・けど、こいつ等には個人的にむかついた。だから、私の個人的な感情で、あんたと一緒に戦ってあげる」
「・・・あんた・・・」
「べ、別に勘違いしないでよね!?あ、あんたのことなんかなんとも想ったりしてないんだからっ!」
「ここでツンデレ!?随分余裕有るなオイ!」
「余裕なんか無いよ。無いけど・・・」
「けど?」
「・・・後ろ向きな気持ちでは、戦いたくないから」

負けるかもしれない。勝てないかもしれない。そんな気持ちで戦いたくはない。何のためだとしても、やるからには全力でやるしかない。

「おしゃべりは終わったかな?悪ガキめ」
「・・・おしゃべりの間、わざわざ待っててくださったの?律儀な方々」
「大人にも、事情はあってね」

私だって、彼等だって、馬鹿じゃない。互いに時間稼ぎを求めていたのは事実だった。お互いのポケモンに、暗黙のうちに状況を理解させ、 取るべき戦術を考えるため、時間は必要だった。また、彼等の場合人数も多く、武器も持っている。考えて使わなければ、 味方を巻き込みかねない。

「さぁ・・・大人しく捕まってもらおうか!」

一人の男の合図をきっかけに、数人の男たちがパチリス獣人目掛けて突撃してきた。彼は、その様子を冷静に確認し、 相手の攻撃をギリギリでかわしつつ、その大きな尻尾と、人間のときと変わらないリーチを持つ手足でなぎ払っていく。 とても8歳の子供とは思えないほど、戦いにこなれている。今までも、こういう局面を乗り越えてきたのだろうか。孤児院と言う、 居場所を失ってから、ずっと。

・・・きっと、彼は大丈夫だ。私はそう考え、改めて自分の目の前を見た。既に男たちのポケモン数匹に囲まれている。

「・・・レントラー、エンペルト、ムクホーク。小細工はいらない。あなたたちの強さを・・・思い知らせてきな!」

3匹のポケモン達はそれぞれ大きな声を上げ、目の前の敵に向かって突撃していく。・・・それだけでまずは、十分だった。 彼等のポケモンも、十分強かった。強かったが。

「なっ・・・なんだコイツのポケモン・・・強い・・・!?」

何も命令しなくても、相手のポケモンが次々倒されていく。

「皮肉だね。子供の手をひねるより、大人の手をひねる方が、こうも簡単なんて」
「この女・・・言わせておけば!」

男たちのポケモンが、改めて一斉に襲いかかろうとしたその時だった。不意に私のポケモン達がそわそわし始めると、 慌ててその場から飛びのいた。それと同時に、私の目の前が一瞬まぶしく光った。
初めは何が起きたのか分からなかったが、少しして激しい熱を肌で感じ、更に少しして目を開くと、 目の前の地面が焼け焦げていたことに気付いた。

「ダメですよ、女性にそんな口を利いちゃあ」

何処からか聞こえてきた、軽い口調の若い男の声。私が声の方を振り返ると何かを構えた男が、不敵な笑みを浮かべてこちらを見ていた。 よく見ると、彼の手元にあったのは、バズーカのような大きな銃砲だった。ただ、その形が少し変わっている。オレンジで彩られ、 銃口はリザードンを象っている。

「雇われ・・・どういうつもりだ。お前は呼んでないぞ」

男たちの一人に雇われと言われたその青年は、髪を掻き揚げながら答えた。

「美しい女性がいるのに、美しい男性がいないのは、寂しいことだなぁと思いましてね」
「貴様・・・あまりしゃしゃり出ると・・・」
「しゃしゃり出ると、何でしょう?何かなさるのですか?・・・貴方にそれが出来るとでも?」

青年は、それまでにこやかに細めていた目を僅かに開き、顔を少し下げて睨むように男たちの方を見た。その様子を見た男達は、 そのまま黙り込み何も言えなくなってしまう。すると男はまた笑顔に戻り言葉を続けた。

「ご安心下さい。貴方たちが何をしようが、我々の知ったことではありません。お互いに好き勝手やれることが、大事でしょうから」

その穏やかな口調とは裏腹に、彼の言葉には妙な威圧感が有った。ピリピリと辺りが張り詰める、他の人間には無い、 その内側からあふれ出す、確かな力。

「・・・戻っていいぞ。リザードン」

青年は不意に、手にしていたバズーカ砲に手を当てながらそう呟いた。すると彼のバズーカ砲が突然光だし、 その形がどんどん大きくなっていく。瞬く間にその姿はリザードンへと変化した。

「アレは・・・まさか・・・!?」

聞いた事がある。フュージョンとは別に、もう一つポケモンの奇跡と呼ばれる能力が存在することを。

「・・・スピアー、君の出番だ」

それは、自らのポケモンを武器や防具へと変身させる能力。純然たる、戦いのための力。

「・・・トランス」

今度は青年の出したスピアーが、光り輝きながら姿を変えていき、それはすぐにその名に相応しい鋭い槍へと変化した。

「美しい女性には・・・美しい戦いが必要だ」

青年は、槍へと変化したスピアーを手に取り、私の方をチラッと見ると、一瞬にこやかな笑顔を見せた。私が戸惑っていると青年は、一歩、 私へと歩み寄り、そして。
一瞬だった。
気付いた時には槍の先端が私の目の前まで迫っていたのだ。
私は何も出来ないままその場に立ち尽くし、思わず目を瞑ってしまった。生まれて初めて思った。
助けて・・・!

「・・・随分と懐いてるんだね。素晴らしい動きだ」
「・・・えっ・・・!?」

目を瞑ってしばらくしてから、青年の声が聞こえてきた。私には槍は当たっていない。私が慌てて目を開くと、 目の前には私より少し背の高いポケモンが立っていた。

「エンペルトッ!?」
「君を僕からかばおうとしたみたいだよ。・・・立派だね」

見ると、青年の構えた槍の先を、エンペルトがその両手でしっかりと受け止めていた。

「ポケモンが指示されなくてもトレーナーにとって最善の行動を取れる。トレーナーとポケモンの確かな信頼関係があってこそ、 実現しうるものだ」
「エンペルトが、私を守るために・・・!?」
「・・・そして、その強い絆が・・・奇跡を生む」

彼がそういうと、不意に私のエンペルトの身体が輝き始めた。見覚えのある、その光。

「これって・・・!?」
「君は、次に何をすべきかもう分かっているはずだ」
「私の・・・すべきこと・・・!」

彼の言葉に導かれるように、私の手は自然とエンペルトの方へと伸びていた。・・・エンペルトの身体に手をかざすと、 不思議と温かさを感じた。その温かさに導かれるかのように、私の口からは自然と一つの言葉が出てきた。

「・・・ト、トランス!」

その言葉に反応するように、エンペルトの身体から放たれる光は更に強さを増し、周りに広がっていく。そのまぶしい光の中で、 エンペルトの輪郭は、確かに歪み変わっていった。

大きく太い身体が途端に細く棒状へと変化していき、その先端にはそのままくちばしが残り、その姿は瞬く間に三叉の槍、 トライデントへと変身した。

「エンペルトが・・・!?」
「手に取るといい。エンペルトの意思が、君に伝わるはずだ」

私はトライデントと化したエンペルトに再び、恐る恐る手を伸ばす。・・・ポッチャマがポッタイシに進化した時のことを、 何となく思い出していた。姿の変わったパートナーにどう接すればいいのか、戸惑ったあの時のことを。
静かに手を伸ばしながら、そっと名を呼んだ。答えるように私の腕の中に飛び込んできた、あの時のことを。

「・・・エンペルト」

同じだった。姿は違っても、あの時と同じだった。そのトライデントは私の声に反応するようにひとつ輝くと、 まるで磁石のように私の手に吸い寄せられてきた。私は自分の指をそっと折りたたみ、そのトライデントを握った。
・・・不思議な感じだった。握った瞬間に、そのトライデントからあふれ出る、力強い生命力を感じたのだ。元はエンペルトなのだから、 当然といえば当然なのだが。だが、面影も殆ど無い武器と言う姿なのに、私の握る彼は、確かにエンペルトだと認識できた。 ずっと一緒にいたからだろうか。彼の呼吸が感じられるかのようだった。

「・・・つまりそれが、エンペルトと君の、奇跡って訳さ」

エンペルトの変化を見届けた青年が、私に諭すように声をかけてきた。・・・しかし、次の瞬間だった。私の目の前に再び、 あのスピアーの槍を向けてきた。私はとっさに握ったトライデントを動かして、彼の槍を弾き返した。自分でも驚くほど、自然な動きで。・・・ トライデントなんて、生まれてこの方触ったことなんて無いのに。

「・・・どうだい?そのトライデントの使い方、戦い方がイメージとして沸いてくるだろう?」
「・・・」
「エンペルトが、長く培ってきた戦いの経験と、君とエンペルトの絆、それ自体が君にとって最大の武器となる」
「貴方・・・一体何者?何が目的・・・!?」
「雇われ、貴様どういうつもりだ・・・?」

私が青年に問いかけようとした時、それよりも早く男たちの一人が青年に対して問いかけてきた。

「申し上げたでしょう?お互いに好き勝手やれることが、大事であると」
「・・・やはり、貴様等と我々と・・・組むのは間違いだったということか」
「僕らを嫌う、お上とであれば貴方たちの望む契約となったのでしょうが・・・結ぶ相手を間違えたようですね」

そういうと、青年は素早く懐から一丁の拳銃を取り出した。紛れも無く、ポケモンが変身していない本当の拳銃を。そのスライドには、 小さなエンブレムが描かれていた。青年は、少し小さな笑みを浮かべた後、すぐに鋭い表情へと変え、男たちを睨みながら大きな声で叫ぶ。

「陸軍第120地区軍警察所属、トウマ准尉である!速やかに所持している武器を捨て、その場で手を上げろ!」

青年の、トウマ准尉の声があたりに響き渡った。男たちの何人かは、自分の味方である筈の青年が軍の人間であることを告げ、 拳銃を向けてきたことに焦っていたが、多くの男達はそのことを想像していたのか、冷静な様子でトウマ准尉を睨み返した。

「・・・軍警察は所詮、内部を取り締まるための組織。我々表の犯罪者は、取り締まれないだろうが」
「勘違いしないでいただけますか。僕の目的は、貴方たちの捕捉でもなんでもない」
「だったら、何が目的だ?」
「貴方たちと同じですよ。フュージョン出来る人間を探しているんです。・・・もっとも、我々の仲間に誘うためですが」

青年はそう言うと、私のほうを見て微笑みかけてきた。
・・・って、あれ?そのタイミングで私のほう見たって事は・・・。

「っちょ、待って!私はフュージョン使いなんかじゃない!フュージョン使いは、あっちのパチリスの・・・!」
「君には素質が有る。フュージョン使いになる、素質がね。・・・それに、彼は・・・」

青年、トウマ准尉が何かを言いかけたとき、不意に後ろの方から男のうめき声が聞こえた。思わず振り返ると、 何人もの男たちが倒れており、その中心にはあのパチリス獣人が立っていた。

「思ったよりてこずるべや・・・久々だから、感覚鈍ったんかなぁ」

可愛らしい声、可愛らしい姿とは対照的なシンオウ弁丸出しの口調。改めてこのパチリス獣人が、あの少年であることを認識した。 少しダメージは受けている様子だったが、特別問題は無さそうだった。・・・ひょっとして、かなり強い?
なんてこと考えてたら、急に横にいたトウマ准尉が、パチリス獣人を見ながら声をかけた。

「気をつけてくれよ?君にもしものことがあったら、上に叱られるのは僕なんだ」
「ん、まぁ、大丈夫しょ。トウマならクビになっても、誰も困らないし」
「ちょっとまてまて。軍警察の若きホープ捕まえて、”いなくなっても困らない”なんてこと無いだろ?」
「おとり捜査かましておきながら、まともな追跡も出来ないヤツは必要ないべ」
「コラコラコラコラ。口が過ぎるぞシュウ。追跡できなかったわけじゃない。泳がせてただけだ」

・・・って、あれ?ものすごく親しげな会話してるってことは・・・。

「えー、と。お取り込みのところすみません」
「ん?どうかした?」
「ひょっとしてお二人、お知り合いだったりしちゃったりしちゃうのかなー、なんて」
「・・・勿論」

何故だろう。自分でもよく分からない。よく分からないが、この二人を今、ものすごくグーで殴りたい。
・・・折角なので、殴っとく。

「いてぇ!」
「ちょ、君!?突然何するの!?」

ゴツンという鈍い音と共に、目の前の2人が悲鳴を上げた。

「・・・何となく」
「何となく、で殴られてたまるかぁ!」
「しょーがないでしょ。殴りたくなったんだから」
「抑えろや!大体、急に殴ることないべ!?」
「だって、『いいわね、いくわよ!』って宣告した後攻撃しても仕方ないでしょ」
「まぁ、そうだね。君の言う通りだ。確かに・・・」

私の話を聞いていたトウマ准尉が、不意に後ろを振り返りながら、大きく足を振り上げた。
・・・気付かなかった。トウマ准尉が振り上げたその足が、彼の背後に忍び寄っていた敵にあたり、その敵が吹っ飛ぶまで、 私はその敵に気付けなかった。

「確かに、奇襲は常套手段。やられた側は文句を言う筋合いはないし、本来なら文句を言えない状態になっていてもおかしくないからね」

トウマ准尉がそう語りながら、ざっと辺りを見渡した。見れば、トウマ准尉の裏切りやパチリスの少年の攻撃でうろたえていた男たちが、 冷静さを取り戻し、再び攻撃の準備をしていた。さっきトウマ准尉が吹っ飛ばした男は、私たちの隙をつこうと先走ったのだろう。

「でも、襲う相手を選ばなきゃダメですよ。もし、僕でなく彼女を襲っていれば、 或いは彼女を人質に取れば一転して貴方達が優位に立ていたはずなのに」

トウマ准尉は笑みを浮かべながらも、鋭い視線で男たちに睨みをきかせていた。

「・・・カツヤ」
「何?」

トウマ准尉の呼びかけに、パチリス獣人が少年の声で答える。
・・・カツヤって言うのか、この子。今、初めて名前を聞いた。

「てこずるぐらいなら、本気を出してもいいんだよ」
「・・・あまり、こいつ等トランスで戦わせたくねんだよなぁ」

カツヤと呼ばれたパチリス獣人の手には、いつの間にかモンスターボールが二つ握られていた。 そしてそのまま二つのモンスターボールをその場に投げつけると、中から可愛らしいプラスルとマイナンが出てきた。
・・・確かに、可愛らしい姿だから、武器に変身させて戦うのは抵抗あるな・・・と思っていると、カツヤがボソッと一言呟いた。

「こいつ等使うと、手加減できんくて」

そしてカツヤは静かに手をプラスルとマイナンに向ける。すると2匹のポケモンから淡い光が放たれ始める。・・・ さっきの私のエンペルトみたいに。

「トランス!」

彼の呼びかけに答えるように、プラスルとマイナンは光を放ちながらその姿を変えていく。耳の部分はそのまま形を残して、 身体は細く紐のようになり、瞬く間にそれはヌンチャクの姿へと変化した。

「・・・何故ヌンチャク・・・」
「ヌンチャクなめんなや?戦い方のヴァリエーションは広いし、何よりパチリス、プラスル、マイナンによる電撃を伴った打撃。・・・ 相手がかわいそうなぐらいしょ」

そう語るパチリスの口元が笑っていた。

「まぁ、化物狩りに手加減は不要だべ」
「勘弁してくれ。下手に怪我でもされたら、始末書を書くのは僕なんだ」

トウマ准尉が弱った表情で頭を掻き毟った。・・・多分、前にも同じように始末書を書かされたことが有ったんだろう。その表情が、 リアルだ。

「・・・さて、と。どうする?」
「どうする・・・って何がですか?」

トウマ准尉の急な問いかけに、私は対応しきれずに問い返す。

「言ったろ?君にはフュージョンの素質があるって。・・・ フュージョンはポケモンとトレーナーの気持ちが一つになった時に生まれる奇跡。・・・そして、君たちのポケモンの気持ちはもう、 決まっているみたいだけど?」

私に向けられていたトウマ准尉の目線が、別の方へと向き、私もつられるようにその方向をみる。
瞬間、トウマ准尉の言いたいことが分かった。私の目線の先にいた、レントラーとムクホークはじっと私のほうを見つめ返している。 その目には確かな決意と力を感じた。

「・・・トウマ准尉」
「階級はいらないよ」
「じゃあ・・・トウマさん」
「なんだい?」
「・・・私が敵に突っ込んだら、そのサポートをお願いしてもいいですか?自分で戦うのには、慣れて無いので」
「あぁ、分かったよ。君のためなら」
「・・・レオナです」
「え?」
「私の名前」
「そうか・・・わかった。もう一度言おう。レオナのためなら、僕はサポートぐらいするさ」

トウマさんは少し格好を付けた表情で笑顔を見せた。・・・まだ若い人だけど、自分の戦いには自信を持っているのだろう。 曲がらない信念を、強く感じた。

「レントラー、ムクホーク。・・・私と一緒に、戦ってくれるのね?」

私は、共に旅を続けてきた友に改めて問いかけた。2匹のポケモンは力強く頷くと、その身体から光を放ち始めた。

「ありがとう。・・・行くよ!」

私が手にしたトライデントを一層強く握り締めると、そのトライデントがかすかに鼓動したのを感じた。

「分かってる。エンペルト・・・貴方もいっしょだから」

小声でトライデントに話しかけた。トライデントは、嬉しそうにきらりと光ったのを確認し、私の決意は一層固まった。 そして改めて男たちの方を見る。・・・不思議と、怖さがなくなっていた。今の私なら戦える、強い自信と信頼が満ち溢れている。 その決意に導かれるように、私は一つ呼吸を置くと一歩前へと踏み出し、男たちに駆け寄り始める。
私の動きについてくるように、レントラーが地を駆け、ムクホークが空を翔ける。私の脇を固めるように、 しっかりと寄り添うようについて来てくれている。男たちの構える銃も、怖くない。私には力がある。
ポケモンと共に戦うための、力が。

「フュージョン!」

走りながら、私はトライデントを持っていない方の手を前へと突き出しながら叫んだ。その瞬間、 私の傍をついて来ていたレントラーとムクホークの身体が光だし、球体となって私の手に吸い込まれていく。私は、 手に収まったその光を胸へと押し付け、同時に地面を蹴って高くジャンプした。空中を舞いながら、私の身体は光に包まれ、 その姿を大きく変えていく。
足には水色の毛が覆いはじめ、かかとがググっと伸びていき、まさにレントラーの後足そのものへと変化していく。だが、 脚のリーチは元の私のままで、太ももの辺りは足元とは違い、黒い毛がフサフサと伸びていき、お尻のほうまで覆い隠していく。 その毛が更に長くお尻から伸びると、先っぽでパァンと光が弾け、星のような飾りが出来る。レントラーの尻尾だ。
他の部位も光の中で徐々に毛が覆っていく。おなかの周りは足元と同じ水色の短い毛が生え、 胸元にはお尻と同じような長く艶やかな黒い毛が覆っていく。あのエンペルトのトライデントを握り締めた手も、形が若干変わっている。 黒い毛が生え、指先からは鋭い爪が伸び、肉球が手の平に出来ていた。私はその手の変化で、大切なトライデントを落としてしまわないように、 エンペルトの存在を確かめるように、一層強く握り締めた。

「ぐぅっ・・・!」

変化は私の身体を上昇し、私の顔の形まで変えていく。水色の短い毛が私の口元まで覆い始めると、それに呼応するように私の口先が、 そして鼻先が前へと突き出すように伸び始める。鼻の先は赤く色づき、私の耳にも水色の毛が多い、その形は丸く大きくなる。
見開いた私の目は金色に輝き、白目の部分は充血するかのように赤く染まっていく。鼻から上は黒い毛が伸びていき、 髪の毛と一体となり長いタテガミと化し、風になびく。
宙を舞う私の身体は、既に人のそれから大分変化していた。体躯は人間のものだが、その特徴はレントラーのものを色濃く反映した、 まさにレントラー獣人とでも言うべき姿。しかし、まだ変化は終わっていない。私の背中にはまだ、変化の光が残っていた。
私は身をよじらせて頭から男たちの群れへと落ちていく。・・・勿論自分の意思だ。手にしたトライデントを構え、 猛スピードで急降下する。そして地面に、男たちに接するギリギリのタイミング。
私の背中から、ぶわっと柔らかな羽毛が姿を現す。茶色くつやのある美しい翼が、私の背中に生えていた。 そして私がそれを力強く動かすと、私の身体はぐんと浮き上がり、男たちの間をかいくぐる様に突き進む。多分、男たちの目にも止まらぬ速さで。 そして、ほんの少しだけ男たちの群れから離れたところで、私はゆっくりと着地する。・・・だが、男達は誰も隙だらけの私を襲わない。

「・・・凄いね。初めてのフュージョン、その変身から僅か数秒で・・・ここまで出来るなんて」

トウマさんが感心してか呆れてか、驚いた表情で、すっかり姿の変わった私を見ていた。私がトウマさんの方を振り返ると、 足元には男たちが沢山倒れていた。

「これが・・・私の・・・私たちの力・・・私たちの姿・・・!」

私は手に持ったエンペルトのトライデントをじっと見つめた。輝く矛先に、私の・・・いや、レントラーの顔が映っていた。細い矛先では、 私の今の全身像を捉えることは出来ないが、今の私の姿は、羽の生えたレントラー・・・あえて言うなら、スフィンクスフォームだろうか。 レントラーの鋭く輝く瞳が、私を見つめていた。強い力と、意思を持った瞳が、見つめていた。

「くそ・・・化物め・・・!」

その声にはっと気付き、私は辺りを見渡す。徐々にではあるが、男たちとその手持ちのポケモンが私の周りに集まり距離を縮めてきていた。 ・・・そうか、この姿に変身した以上、彼等にとっては私も、化物なんだ。
狩るべき、対象なんだ。

「悪いけど・・・狩られるつもりは無い!」

私はタテガミと尻尾をなびかせながら、ゆっくりとトライデントを構える。男たちとの距離感を目で、肌で・・・そして、 ポケモンと融合して鋭敏になった耳や鼻で、しっかりと感じ取る。
・・・何と無く、この姿になってようやく、フュージョンが化物と言われる所以が判る気がした。 自分でも驚くほどに感覚がシャープだった。一つの瞬間瞬間が、まるで長く感じるように、私の周りのあらゆるものが、 遅く鈍く動いているように感じていた。それはつまり、周りが私を見れば早く鋭く動いているように感じるということだ。人では遠く及ばない、 圧倒的な力。ポケモンでは到底敵わない思考力と判断力。併せ持つそれは、力を持たないものからすれば、驚異なんだろう。
私は、右から突っ込んできた男を軽く後ろに踏み下がり余裕を持ってかわし、トライデントの柄で小突く。 そのまま後ろに踏み込んだ身体を宙に浮かせるために、静かに地面を蹴り、翼を動かす。ふわっと浮かび上がる瞬間、 人間の姿では感じることの無い”自力で飛ぶ感覚”に、鳥肌が立ちそうだった。・・・鳥ポケモンなだけに。
男たちの頭上を越え、空で構えていた何体かの鳥ポケモンをトライデントと手足を使い跳ね除けていく。 私が着地しようとする瞬間を狙って、攻撃を仕掛けようとした男を見つけ、足を軽く伸ばして蹴りつける。その全ての動作を、 私は流れるようにこなすことが出来た。

「化物め・・・!」

しかし、男たちもしぶとかった。というよりも人数が多い。倒しても倒してもキリが無かった。

「このままじゃ・・・押し切られる・・・!」

襲い掛かってくる敵を、トライデントでなぎ払う。私が大きなダメージを負うことは無かったが、徐々に私の体力は削がれていった。 トウマ准尉やカツヤくんのサポートにも限界がある。多勢に無勢。私たちが強くても、このままじゃどうすることも出来ずに負けてしまう。

「レオナ!」

不意に声をかけてきたのは、トウマ准尉だった。私は彼の方を振り返る。

「トウマさん。どうかしましたか?」
「このままじゃキリが無い。一気にケリを付けたい」
「・・・何かアイデアが?」
「あぁ、実はちょっと思いついてね。美しく、スマートで、相手を大きく傷つけることなく沈黙させられる、君だからこそ出来る方法が」
「そんな都合のいい方法が・・・」
「あるのさ」

トウマ准尉は不敵な笑みを浮かべながら、私に耳打ちをしてきた。話に耳を傾けて、彼の案を頭の中でシミュレートした。

「そんな都合よく、いきますか?」
「成否を考えたところで、状況は変わらないさ」
「・・・そう、ですね」

私はレントラーの顔で小さくため息をつく。トウマ准尉の案で、勝負を賭けるしかなさそうだった。

「わかりました。やってみます」
「OK。サポートはきっちりするから」
「はい」

トウマ准尉はそのまま私から距離を取り、私に襲い掛かろうとしていた敵を倒していく。私は一つ深呼吸をつき、 背中に力を入れて翼をはためかせ宙へと浮かび上がる。そして手にしていたトライデントに小さく語りかける。

「ちょっと無理させちゃうけど、我慢してね」

トライデントは無言で、一つきらりと輝いた。そのことを確認すると、私は再び翼をはためかせ、空中で静止する。 そして下にいる男たち目掛けてトライデントを投下する。同時に大きな声で叫ぶ。

「トランス解除!・・・そして、ハイドロポンプ!」

私の声を受けてトライデントは光を放ち、その形を変えていく。手足が伸びていき、しっかりとした身体つきをなし、 瞬く間にその姿はエンペルトのものへと変化した。
そしてエンペルトはそのまま落下を続けながら、下にいる男たち目掛けて大量の水を噴射した。空中で放たれた大量の水は、 空中で霧散しながら男たちに降り注ぐ。私はそのことをしっかり確認すると、エンペルトを追いかけるように急降下し、 翼で速度を調整しながらエンペルトと並んだ。そして彼に手を伸ばし、再び叫ぶ。

「トランス!」

空中で降下しながら、エンペルトはその身体を再びトライデントへと変え、それを私がキャッチする。私は降下を続けながら、 トライデントを持っていない方の手に力を込める。瞬間、小さく私の指先からかすかな電光がほとばしる。
忘れてはいけない。今の私は、体躯こそ人間と同じ2本足で立つ格好になっているが、その姿はレントラーそのもの。
つまり、私自身の能力はレントラー。
でんきタイプなのだ。

「トウマさん!カツヤ!逃げて!」

空から聞こえた私の声を確認すると、地上にいた2人は男たちを蹴散らしながら離れていく。・・・巻き込むわけには行かない。この、 大掛かりな攻撃に。

「レオナ!僕らは大丈夫だ!」
「はい!」

2人が十分な距離を取ったことを確認すると、私は片方の手にこめていた力を、一気に解放する。開いた私の手から、激しく放電し始める。 激しく、美しいその光を、私は再び手の中に凝縮させ、人差し指をゆっくりと立て、地面を指しながら、恐る恐る叫んだ。

「10万・・・ボルト!」

その瞬間に、私の手から溢れていた電光は更に輝きを増し、そのまま地面目掛けて勢いよく放たれた。 そして放たれたその電気は地面についた瞬間、男たちが大きな悲鳴を上げて倒れていった。

「・・・本当に、こんな漫画みたいな戦法、通じるんだ・・・」

イオンを含んだ水は電気を通しやすい。・・・エンペルトが放った大量の水は男たちの身体や地面、そこから霧散した空気中の水分が、 私の放った電気を素早く伝え、男たちを一斉にしびれさせたのだ。
私は沢山倒れこむ男たちの中から足場を探し、ゆっくりと着地する。一呼吸して、辺りを見渡す。 すると電撃を逃れた男たちとポケモン達がまだ僅かに残っていた。私は彼等の方を振り向き、レントラーの鋭い瞳を更に光らせて、 睨みつけながら意識して口の中の牙を見せるように大きく口を開きながら声を出した。

「まだ、闘いたいって言うなら、私は逃げも隠れもしない!電撃の餌食になりたければかかってきなさい!」

・・・ただでさえ威圧感のあるレントラーの顔で、そんなことを言われた男達とポケモン達は、倒れる仲間を置いて一目散に逃げていった。
結構、迫力有るのね、この姿って。

「レオナ!」

不意に、トウマ准尉の声がした。私はタテガミをかき上げながら声のほうを振り向いた。

「どう?僕の作戦上手くいっただろ?」
「えぇ、思いのほか」
「やっぱり、戦いはこうやって美しくなくちゃ」
「・・・いや、美しくは無かったと思いますが・・・」
「そんなことは無い。煌く光を放つ、レントラー獣人の姿。人々を畏怖させるに十分な美しさだった」

トウマ准尉は思い出すようにそう語る。・・・そんな美しいのかな?今の私の姿って。
・・・化物とまで呼ばれる、私の姿が。

「ま、それも俺がレオナに声をかけたからだべや?」

ふと気付くと、すぐ傍にパチリス獣人の姿をしたカツヤが立っていた。

「ま、それは確かにそうだな。・・・お礼は、そのうちする」
「あてにならんべ!そんなん!」

戦いから一段落して、トウマ准尉とカツヤはまた口論を始めた。私は一つため息をつきながら空を見上げた。
背中に生えたムクホークの翼が、かすかにうずいた。・・・私がなのか、ムクホークがなのかは分からないが、この翼はまだ、 空を飛ぶことを求めていた。

「あ、あの!」
「ん?あぁ、どうしたの?」
「その・・・この姿にもう少し慣れたくて・・・空、飛んでみたいんですけどいいですか?」
「いいけど・・・その前に聞かせて?」
「・・・何を、ですか?」
「僕達とともに来てくれるかどうか」

トウマ准尉は、急に真面目な表情をして語り始めた。

「今この社会には・・・今日の連中みたいにフュージョンを嫌う連中がものすごく沢山いる。でも、 それはきっと人々のフュージョンへの理解が足りていないからだと思ってるんだ。・・・だから、フュージョン使いもまた、 普通の人間であり化け物なんかでは無いことを理解してもらうため、軍は今フュージョン使いに声をかけて、 慈善事業に参加してもらっているんだ」
「フュージョンで・・・慈善事業?」
「うん。災害発生時の被災地での活動や、治安維持。ポケモンの能力と人の頭脳、 両方併せ持っているからこそ出来る仕事をしてもらっている。・・・一方で、 フュージョン使いを軍が管理して保護する意味も持ち合わせているんだ」
「・・・それを私に話したってことは・・・やっぱり・・・」
「・・・察してる通りだ。協力を、してほしい」

・・・私が、慈善事業か。・・・何だか実感は湧かなかった。
でも、家族を失い、居場所を失い、宛も無く旅していた私にとってそれは、或いは希望の光だった。私の力が、誰かの役に立てる。・・・ きっと母さんだって、喜んでくれるはずだ。

「・・・分かりました。私の力でよければ」
「そうか、ありがとう!」
「いえ、私が誰かの力になれるのであれば・・・それはいいことだと思うし」

私は、レントラーの顔で柔らかく笑顔を造って見せた。・・・この顔だから、うまく笑えたかどうかは分からないけど。

「でも、よかったよ。こんなことに巻き込んでしまって、怒っているかと思ったから」
「・・・その分は、さっき殴ったのでチャラにしますから」
「本当!?」
「それとも、まだ殴られたいですか?」

「ほら、背中の翼、慣らすんでしょ?さっさと飛んでけ。飛びたて。殴るな」

・・・トウマ准尉の顔が、笑顔のまま、怒りと焦りでプルプル震えてる。意外と面白いなこの人。

「ま、ポケモンの力はまだまだ引き出せてないし、俺が手ほどきしてやんよ」

横にいたパチリス獣人が憎たらしい口調で言葉を挟んできた。
・・・憎たらしいので、一発殴る。

「痛ぇ!・・・何すんだ!?」

パチリス獣人が私にやり返してこようとした瞬間、私は力強く地面を蹴って翼を大きく広げた。私の身体が風を捕まえて、 一気に空へと舞い上がる。
テンガン山の美しい姿を遠くに見ながら、私はタテガミを、尻尾を風に絡ませながら飛んでいく。青い毛並みが、 青空に吸い込まれていくような、心地よさがあった。

「これから・・・大変だな」

まさか、自分がフュージョン使いになるとは思ってなかった。そして軍の慈善活動に協力することも。・・・でも、自分のすべきことが、 ようやく見えてきた。
母さんがいなくなってから、見えなくなった私の未来。ただ闇雲に生きてきたけど、これからはやるべきことがしっかりとある。
新たな姿。新たな力。そして・・・地面で怒っている、新たな仲間。
母さん。母さんがいなくなってから私の周りは随分と静かだったけど、これからはまた、少し賑やかになりそうです。
・・・なんてことを思いながら、私の身体はシンオウの冷たい風を切りながら高く高く舞い上がっていった。

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