「ぶひー、ノエルちゃんも、僕ちんのお嫁さんにしてあげるからねぇ。ぶひっぶひー」
丸々と太った男は、興奮に鼻息を荒くしてそう宣言すると、ノエルを監禁部屋から引きずり出した。
「連中は乱暴ものだから、どこへ連れて行かれるかわかったもんじゃないからねぇ、僕ちんが保護してあげる」
乱暴に腕を掴まれて引きずるようにボートの中の廊下を連れて行かれる。
逃亡防止に服を奪われ、晒された肌を舐めるように見る男の視線のおぞましさに、足がすくんで逆らえない。
「ぶひー、それでさぁ、ノエルちゃん? まだおちんちん挿入れてないって本当? ぶひっ、ぶひーっ」
鼻息荒く尋ねる男の、ズボンの股間が目に見えて勃起している。
知識の薄いノエルにも、自分がこれから何をされるのか薄っすらと理解してしまう濃い獣欲。
「…………わかり、ません」
「ぶひひっ、恥ずかしがってるノエルちゃんもかわいいぶひっ! お部屋に戻ったら確かてあげるからねぇ」
男はべろりと舌舐めずりをしてニンマリ笑うと、廊下の扉の一つで足を止める。
「ただいまぁ、百花ちゃ……ぶひ」
片手で掴んだノエルの腕を引っ張りながら部屋の扉を開けた。
突然出てきた、安否を気にしていた後輩、友人の名前にノエルが驚いて顔を上げる。
その直後、銃声が響いた。
きーーーーーん、と耳鳴りがする。
「あ……?」
地面に投げ出されていたノエルは、よろめきながら立ち上がった。
べっとりと身体の半分に血がはりついているのに気付いて、呆然と血に濡れた手を見て、周囲を見る。
たった今まで自分を引きずって意気揚々と歩いていた男が床に倒れて動かなくなっている。
「ももかさん……。ももか、さん……?」
銃声の直前に聞いた名前が頭に閃いて、部屋の中を見た。
そこには百花がいた。
全裸で、乱雑に解かれた髪の毛は、背中や肩にかかっている。
だらりと垂らした手の片方に、拳銃を握ったまま、ぺたんと座っている。
「百花さん!」
ノエルが呼びかけると、百花は呆然としたままの顔を上げた。
耳が聞こえないのかうつろな目のままで、しかしその口は、たしかにノエルの名前を口にする。
ノエルはまっすぐに駆け寄って、百花を抱きしめた。
堰を切ったようにぽろぽろと泣き出した少女の背を撫でて、声が止むまで胸に抱きしめた。
「(百花さんを、逃がしてあげないと)」
自分が抱いた願いが、実現不可能なものだと理解しながらも、ノエルは百花の手を引いて立ち上がった。
百花はひどい状態だった。歩くことも難しいだろう。
自分の扱いが、どれほど丁重だったかを理解すると共に痛ましさに胸を刺される。
拳銃の扱い方はノエルも事件の中で教わっている。なんとか、これを使って逃げる方法を探さないと。
廊下を駆けてくる足音に、背筋が冷える。
「百花ちゃん、拳銃、借ります……」
震える手で百花の手をほどき、拳銃を握る。
扉に向けて銃口を向けて、足音の主がやってくるのを待つ。
「…………銃声を聞いて、もしかしたらと思ったら。ずいぶん遅くなっちゃったけど、助けに来たよ」
扉の向こうから現れたのは、ノエルの知る限り一番この場で頼りになる知人。
どんな事件も解決する、天才美少女名探偵だった。
救出のスキを伺ってボートまで追ってきたという彼女は、普段ではありえないくらいの無茶をしている。
そんなことをおくびにも出さずに、天才美少女名探偵は自信満々にこう提案した。
「ちょうど今、ボートの中で騒動が起きてるんだ。今ならまだ、ここから脱出できるよ」
ノエルはこくんとうなずくと、銃を捨てて彼女の手を取った。
(折り畳み内著:天国と地獄様)