8月の伊豆基地だった。
 正面ゲート前で、涼しげな私服姿のタスク・シングウジ。時計を頻繁にのぞき、にやけている。あからさまに人待ち顔。

「お待たせ……あら、あなたは浴衣じゃないの?」

 声の主はレオナ・ガーシュタイン。何と浴衣姿だった。藍色ベースの、どちらかといえば控えめなデザインの浴衣だったが……

「……は……」

目にしたタスクは、口を開けっ放しで言葉がない。

「な、なによ、その反応は」

 頬を染めてレオナの抗議。タスクの反応は、やや不甲斐ないとは言えるけど、情状酌量の余地がないでもない。控えめなデザインがむしろ、整った白貌にブロンドというレオナの姿を引き立てて、目にする者の言葉を失わせる絶景だった。

「まあ、レオナ。男の子で浴衣着て来るのは、むしろ少ないと思うわよ」

 レオナを送りに来たクスハが言葉を添える。彼女は制服姿のまま。

「そうねえ、私、日本のお祭りはあまり経験ないけど、ティーンズ誌で『お祭りの浴衣は女の子の特権!』なんてフレーズを見たことあるわ」

 いたずらっぽくほほ笑みながら、リオが続ける。彼女は私服姿だった。

「いや、いい! すごくいい! ダントツ! バツグンだよレオナちゃん!」
「ばか、ちょっと、声が大きいわよ」

 バースト気味のタスクの賛辞に、まんざらでもない様子のレオナ。
 今日は二人の休日で、伊豆基地近くで夏祭りがあったのだ。この機会、逃してなるものかといった気迫で、レオナにデートを申し込んだタスク。彼の勢いにとまどいながら承諾したレオナだった。

「さ、花火も一緒に見るなら、早めに出たほうがいいわよ」
「ありがとう。でも残念だわ。皆で行けたら良かったのだけど……」

 クスハは当直で、リオは別の用件があるとの事。特にクスハときては、レオナのために実家から自分の浴衣を取り寄せて貸してくれたのに。自分たちだけで遊びに出るのが、少々申し訳なくも感じるレオナだった。

「気にしない気にしない。日本のお祭りを楽しんで来てね」

 クスハとリオの笑顔に見送られ、二人はゲートを後にした。


 お祭りの神社は、高名というほどではないが、古風で由緒正し気な社だった。軽妙な祭囃子に露店の並ぶ境内、人通りのにぎやかさが二人の心を浮き立たせる。
 生け簀の金魚に驚嘆するレオナ。知識として知らないわけではなかったけど、実際に見る金魚のカラフルなこと。それを見ていたタスクが金魚すくいに挑戦した。妖しい手さばきですくい紙(ポイと言うらしい)に細工をしようとしたタスク。彼の手口に精通しつつあるレオナが、微笑み顔で耳をつねって押しとどめる。ぶつぶつ言いながら正規のポイでひょいひょいと3匹ほどすくい取るタスク。ズルしないでそれだけすくえれば、十分じゃないの。苦笑いのレオナだった。
 すくった金魚はビニール袋に入れて、うやうやしくレオナに贈られた。

「レオナちゃん、何か食べる?」

 タスクの誘いに

「えっ……あの、私はいいわ」

レオナが、やや困惑気味の表情で断った。

「遠慮してる? ひょっとしてダイエットとか? お祭りは羽目を外したほうが楽しいぜ?」
「……」

 レオナの表情が暗くなる。……ひょっとしてまずい事言ったかな、オレ?
辺りを見渡すレオナ。

「……露店ばかりなのね。どこか、普通のお店はないかしら?」
「……いや、まあ、お祭りだからねえ。レオナちゃん、露店が気に入らないの?」
「……気に入らないってわけじゃないけど……その、不衛生じゃない?」
「い、いや、そんな事はないと思うよ?」
「……でも……」

 微かに二人のテンションが下がった。
 タスクの胸に、レオナがいわゆる「お嬢様」育ちであることが思い起こされ、場違いな所に誘いだしてしまったのかも、そんな思いが湧いた。
 レオナの浴衣姿を撮らせてくれと数人の男子が申し込んできた。カップル相手にナンパまがいの事を……。しかし、好意的に取れば、それだけレオナの浴衣姿がエクセレントだという事ではある。やや、キツイ調子でタスクは断った。彼の腹の立て方に、戸惑うレオナ。どうしたのだろう? いつものタスクなら、相手を笑わせながら諦めさせるような……そんな話術を駆使したはず。
 二人の間の不協和音が増幅される。
 そこから先は、奇妙な空回りとすれ違いが繰り返されるばかりだった。お互いに、相手に楽しんで欲しいという気持ちはあるのだが。折角のデートなのに……。折角のお祭りなのに……。

「そういう事じゃないって言ってるでしょ!」
「なら、なんだって言うんだよ! ああ、俺が悪かったよ、こんな所に連れ出して。舞浜の超有名なテーマパークの方が良かったんだろ!」
「! タスクのばかぁっ!」

 些細なことから始まった言い争いの末に、彼に金魚のビニール袋を投げつけ、レオナはそこから駆け出してしまった。

『どうして……こうなっちゃうのよ。ケンカなんかしたくないのに……。折角、二人で……』

 情けなさに打ちしおれ、境内の石垣に腰を下ろしてため息をつくレオナ。気持ちも沈んでいたし、そして実際おなかも空いていた。辺りを見渡してみるが、やはりあるのは露店だけ。普段は人が集まらない場所なのだろう。

『コンビニもないのね……』

「ようっ! 彼女っ! イカしてるねえっ!」
「!」

 突然声をかけられて驚くレオナ。振り向くと、露店の店番の青年だった。顔が赤いのは、照れているというより……少々酒が入っているらしい。

「どうだい? うちのタコ焼き食べてかないかい? キミにだったらサービスしちゃうぜ?」
「……いえ、あの、私は……」
「おお? 俺の焼いたタコ焼きは嫌だってぇ? そう言わずに一つ食べてみなよ、見た目と味は別モンだって?」

 答えに窮して固まってしまうレオナ。何でこうなるのよ、もう。まるで、さっきと同じパターンじゃない。

 レオナは問題の「誘因」に気付いていない。自分の容姿が、辺りの耳目を十分以上に引きつけてしまうこと。そして彼女の無意識の立ち振る舞いが、隠しようもなく貴族的な高貴さを感じさせること。特に後者は、場合によっては相手に劣等感を感じさせたりもする。
 その時

「ほら、清三さんや。そこまでにしとき」
「なんだよぉ、おい、いい所に……っと! オヤっさん!」

 脇から割って入った、のんびりとした声の主に、青年が背筋を伸ばして直立した。助け船を出してくれたのは温厚そうな初老の露店売りだった。

「サービスもいいけど、好意が相手の重荷になっちゃいけないよ」
「はい……そうでした。すんません」

 ひたすらかしこまる青年。

「……ごめんなさい。気持ちはありがたいのですけど……その」

 思わず言葉を漏らしたレオナだったが、後が続かない。「それ」を言ってしまうと、かえって彼らの職業を侮辱してしまうような気がして。だが老人が自然な様子で語りかけた。

「お嬢ちゃん、コロニー育ちかい?」
「えっ! その……はい。わかりますか?」
「ああ、ひょっとしてと思ってね。……まあコロニーの人たちは、場合によっちゃあたしらよりデリケートだからね。きちんと仕切られたお店でないと不安だという方は、結構多いもんですよ。……あれ?」

 レオナの瞳が潤んでいた。うれしかったのだ。はっきりそれを言うのははばかられると、一種の葛藤に捕らわれていた。それを地球の、普通の人に理解してもらえた……。ある意味「許された」ような気がしたのだ。
 屋台そばの縁台に腰掛けて、レオナは老人に昔の体験を話し始めていた。

「……ほう、屋台でそんな目にねえ」
「……はい、その、そんな事の方が珍しい事なのだと、理屈ではわかっているのですが……」
「うん、うん。体で『怖い』と感じちゃったら、なかなかねえ」
「……はい……」

 以前、初めて地球に降りた時の事だった。市場の屋台で食べたもので、ひどい食あたりをしてしまったのだ。それ以来、一種の「嫌地球病」にかかってしまった。調整されていない空気は不潔だ。
むき出しの地面は微生物の温床だ。コロニーの青少年の何割かは、必ず経過する一種の「麻疹(はしか)」のような精神状態である。成長するに従って、コロニーの人工的な環境の方がむしろ不自然なものなのだということに気付き、自分の中で相対化されていくものなのだけど。しかし老人の言葉通り、屋台に対する不信感は一種肉体的な拒絶反応になって、レオナの心に残ったのだった。

「……ほう、一緒に来た彼とねえ」
「ええ……そんなつもりもないのに、ケンカをしてしまって……」

 いつしか老人に、タスクとの事まで話していた。

「……うーん……しかし、話を聞いていると、ちょっと遠慮しすぎじゃないかと思うけどねえ」
「遠慮……ですか?」

 老人の、のんびりして抑揚の乏しい話し方は、なぜか素直に耳に入ってくる。一言で言えば「飾らない言葉」というのだろうか。

「お嬢ちゃんが、あたしらの前で、『屋台は怖いの』てえ事を言えなかったのは、まあ、相手を思いやっての事なんだろうけど、それをその、恋人にまでするこたあ、ないんじゃないかねぇ」
「……その……恋人なんて……そんな……」
「ははは、気の回しすぎかい。……しかし、お嬢ちゃんにも事情があったように、彼にも事情があったかもしれねえよ。まあしかし、そいつを包み隠さず打ち明け合わないと、お互いの距離は縮まらないと思うなぁ」
「……」

 タスクに会わなきゃ。そして謝らなくちゃいけない。彼を信用して、最初から打ち明ければよかったのに。いてもたってもいられない気持ちになって、レオナは立ち上がった。

「ありがとうございました、色々と」
「ああ、何、あたしが勝手にお節介したもんさね」

 深々とお辞儀し、立ち去りかける。と、思いついたようにレオナは屋台の前に立ち

「あの……一つもらえませんか?」
「あ? ああ、いいよいいよ。お嬢ちゃんにだったらサービスするよ」
「いえ、あの、買いたいんです。自分で……」
「……そうだね。その方がいいかもね」

 屋台で食べ物を買うのは、人生で二度目の事だった。再び老人に深々と頭を下げて、レオナはタスクを探しに人込みの方へと駆け去った。
 老人はタバコに火をつける。

「……いいねえ、若い人は……」

 煙とともに、しみじみと吐き出した言葉は、どこか楽しげだった。


 露店の雑踏の中でバンダナを目印にタスクを探す。と……少し開けた場所に人だかりができているのが見えた。近づくと、何か不穏な調子の声が聞こえる。人垣を透かしてのぞくとそこには

『!? タスク!』

 タスクが三人のガラの悪い男にからまれていた。いや……からまれているのは彼の背後に縮まっている少女らしい。

「なんでおめえが出しゃばんだよ、あ?」
「うぜえんだよこのチビが!」

 タスクは、『どうもすいませんねー』といった笑いを男達に向けながら、後ろ手に女の子に『早く逃げて』とサインを送っている。……事情はおおよそ見当がついた。あの娘がチンピラにからまれた所に、助けに割って入ったのだろう。
 男たちはタスクを身長だけで見て、完全になめ切っている。それが更に態度を嵩に着たものにしていた。周りに集まった観衆も薄情なもので、誰も直接その場に関わろうとしない。
 タスクの後ろで固まっていた娘が駆け出した。追おうとした男をタスクが遮る。激高した男が、タスクの腹の辺りを蹴り上げた。

『危ない!』

「お巡りさーん! こっち! こっちですっ! 女の子がからまれてますーっ!」

 レオナが叫んだ。無論近くに巡査などはいない。男たちが一瞬ひるんで辺りを見渡した時

「おぐっ!」

 一人目が腹を押さえてうずくまった。

「がっ!」

 二人目が股間を抑えて飛び上がった。

「て、てめえこの!」

 声だけでかいが、三人目は既にタスクの反撃に腰が引けていた。平手で手加減した目つぶしを入れるタスク。そして後はかまわず、人込みをかき分けて逃げ去った。

『あっ……タスク! ちょっと……』

 レオナはタスクの後を追う。しかし境内の裏手まで追って、見失ってしまった。

「はっ……はっ……はっ……」

 息を切らして立ちすくむ彼女の肩を、背後から誰かがたたいた。

「あっ……」

 振り替えると、申し訳なさそうな笑顔を浮かべたタスクがそこにいた。

「……ありがと、レオナちゃん。声が聞こえたよ」
「ううん……無事でよかったわ」
「うん……」

 二人の間に一時、間が落ちる。

「あ、レオナちゃん、これ」

 タスクが差しだしたのは金魚が入ったビニール袋。

「あ、これ……」
「屋台の兄ちゃんが見ていてさ、新しいビニール袋くれたから」

 ……よかった。こんな小さな生き物でも命はあるんだもの。癇癪にまかせて投げ出すなんて。なんて事をやったのだろう。金魚が三匹、何事もなかったかのような顔で泳いでいる。それを見るレオナの目が、再び潤みかけた。

「タスク……ちょっと来て」
「え?」

 怪訝な顔のタスクの手を引き、人目の少ない所に場所を移す。

「レオナちゃん……?」

 深呼吸するレオナ。

「いい……見ててね……私には、一大事なの」

 老人の屋台で買ったチョコバナナをにらみ、覚悟を決めて……

パクッ

クチュクチュ

ゴックン

「……」
「……えと……レオナさん?」
「はあ……」
「……」
「美味しかった……」

 しみじみと安堵した、レオナの笑顔。表情に、?マークをちりばめるタスク。レオナは自分の屋台恐怖を、彼に打ち明けた。

「そうか……なんだよぉ。そう言ってくれればさあ」

 タスクの声が明るい。

「ウフッ、どうしてくれた?」

 レオナの声も、それにつられて明るくなる。

「えーっとね……お弁当持参でくるとか」
「あはは……バスケットにお弁当入れて? ピクニックみたいなお祭りね」

 二人いっしょに笑いあう。その声に、お互いの胸が暖かくなっていく……

「あはは……でも、さ」
「なに?」

 タスク、レオナの耳元に口を寄せて

「ちょっとエッチっぽかった」
「!」

 言われて手元のチョコバナナを見る。自分の姿を第三者視点で見ると、これはかなり……

「ばっ! ばかっ!」

 思わず頬を染めるレオナだった。


 それから、二人で屋台の焼きそばを食べた。お約束通り、ラムネの飲み方にとまどうレオナ。

「舌でね、中のビー玉を動かすんだよ」
「……ビー玉って?」
「ほら、この、中のガラス玉」

 おなかの調子は変わらないし、胸焼けすらしない。何となく先ほどの老人の笑顔が思い出された。大げさな言い方だけど、「地球」に認められたような気持ちになる彼女だった。――ある意味、正しいと言えるのかもしれない。日本のお祭りは、八百万の神の直会(なおらい)の場でもあるのだから。
 すっかり気持ちがほぐれた二人は、屋台遊びをやってみる。射的にむきになり、輪投げでようやく景品をゲットしたレオナ。パッケージと中身の落差に、怒るよりも笑いだしてしまった。

「あはははは……! これ、こんなののフィギュアを、この間リュウセイ君の部屋で見たわよ」
「……えっ! あの! 伝説の邪神をあいつが!」

 辺りが薄暗くなって来た頃、花火見物にいいポジションをと、二人は高台に登りだした。

「あっ……」
「どうしたの、レオナちゃん」
「……ちょっと、足が……」

 見ると、草履型のサンダルの「緒」の部分に当たる所にマメができて、それがつぶれている。タスクは彼女をお姫さまだっこして、近くにあった小さな祠に運んだ。板張りの縁台に座らせて、彼女の足を自分の膝の上に置く。

「……ちょっと待ってて。キズバン持ってきてたから……」
「……用意がいいわね。相変わらず」

 ……タスクの指が、レオナの足を這う。傷を手当てするための、思わせぶりなところのない動きなのだが……、彼の指の感触に、息苦しくなるような思いが、レオナの胸に盛り上がってきた。思わず、自分の足の上に身をかがめている彼の背に、抱きついていた……
 レオナの手の上に、タスクの手が重ねられた。少し冷たい彼女の手。彼の手から温かさがしみ込んでくる……
 首を傾けあって、二人の唇が触れ合った。

「……あっ」
「ダメ……?」

タスクの舌の感触に、びっくりしたようにレオナの方から身を引いてしまった。

「ダメ……じゃ、ない……けど」
「……」

 タスクは体を彼女に向け膝の上に抱き上げた。もう一度、キスをする。

びくん

 彼女の体を走る、声を上げないままのとまどいを察して、タスクは再びキスを解いた。

「……さっきのラムネを飲んだときの、思い出して」
「……うん……」

 三度目のキス。二人の舌がぎこちなくからみあう。お互いを気にしながら、お互いにとって特別な相手と思いながら、一歩を踏み出せないでいた二人。――次第に、力が抜けてきて、お互いの舌の熱さに酔いしれた……

ドン……

 その時、花火の一発目の音が響いた。

「あっ……」

 思わず唇を放したタスクに

「……ばかっ……今は……私だけ、見て……」
「……うん……」

 レオナは地上で花火を見るのは初めてのはずだった。それもデートの目的だったのだが……彼女の言葉が最優先だ。タスクはもう、他の事を考えるのをやめた。花火は上がり、消えてしまう。しかし「今」という時も、花火そのままのはずだから……

 空が明るく、暗く映える。遠く、重く響く炸裂音。うす明かりの中に、レオナの白い肌がこぼれる。震えるような、高く甘い声……

「あっ……あっ……ああ〜〜っ……」
「レオナ……レオナちゃん……」

うわごとのように彼女を呼び、キスの雨をふらせるタスク。首筋から、胸元へ。そして浅黒い彼の腕が、淫蕩な蛇のように彼女の股間に伸びていく。

「ああ〜〜っ! だめ……だめぇっ!」

 思わず彼の体を突き放すレオナ。

「……はっ……はっ……レオナ……ちゃん?」
「……はっ……はっ……へ……変よ……私の体……。こんなに……感じちゃうなんて……。あなた……また、何か、手品を……」

 安堵の笑みを浮かべるタスク。再び彼女の体に身を寄せる。

「ふふふ……種も、仕掛けも、ございます」
「……ほ、ほら、やっぱり」
「一つは……レオナちゃんが人並み以上に感じやすい事」

 さわさわと、タスクの指が彼女の背筋をなで上げた。

「あああぁ〜〜〜っ! ……う、うそ……そんな……私……」
「そしてもう一つは……オレが、レオナちゃんを、可愛がりたい、気持ち良くしたいと思ってる。それだけでございます」

 タスクの唇が落ちた所は、彼女の白い内もも。熱く口付け、舌先でなぞり、次第に彼女の秘奥に進んでいく……

「そんな……そんなのって……ああ〜〜っ! だめ……だめぇっ……そこ……きたな……あああ〜〜〜っ!!」

 彼の唇が彼女の秘唇に触れた。そのまま、唇で柔らかくもみ、震わせ、思いのままに愛撫する。
 彼女はもう、何も考えられない。始めて知る、秘所への口唇愛撫。彼女の慎ましい自慰経験からは、それは「異常」としか思えない快感だった。
 自分の体を、例えようもない波が走る。花火の音が、まるで太鼓のよう。身を揉むような甘美な旋律。タスクの髪をつかみ、鳴き、哀願し、そして……

ドン! ドン、ドンドン、ドドドン!

「ああ〜〜〜〜っ!! 飛んじゃう……とんじゃうぅぅ〜〜っ!! はあぁあ〜〜〜っ!!」

 花火の音に煽られるように身を反らし、レオナは絶頂に押し流された。

「はっ……はっ……はっ……」

 飛びかけた意識が戻ってくると、目の前にタスクの優しい笑顔があった。
 彼の首に手をかけて、瞳で訴える。最後まで、して、と。笑顔が微かに緊張し、彼はレオナの足の間に体を入れた。

「ふっ……!」
「うっ……!」

 タスクは自分の先端に抵抗を感じた。大丈夫か? レオナちゃん、苦しそうだ……。と、その時、彼女の指が、彼の耳をつねった。

「いてっ!」
「……ここでやめたら……一生うらんでやるから……」

 微笑みながらささやくレオナ。痛みをこらえながらの笑顔なのは、一目瞭然だった。しかしもう、タスクは躊躇しなかった。
 自分のモノに体重をかける。……そして急に抵抗が緩んで、彼は熱い肉壁に包まれた。

「うっくう……」
「はっ……はっ……はっ……」

 大きく口で息をするレオナ。タスクも唇を噛んでこらえる。高ぶりきった分身は、今にも果ててしまいそうだった。

「はっ……はあっ……はくぅっ」
「……タスク……何か、言って……」

 タスクの背に回した腕に、痛いほど力が込められる。

「……レオナ……ちゃん。ごめん、何言っていいのか……」
「……何でもいい……あなたの声を聞いてると……安心するから……」

 花火の明滅に合わせて、辺りの景色は揺らぐかのよう。音に負けないように、タスクはしゃべり続けた。……自分でも覚えていない事を。
 レオナの腕から、次第に力が抜けてきた。頬と頬を合わせる距離だった二人の顔が、唇と唇が触れあう距離になってきた。ついばみ、まさぐり、そして貪るようにキスを交わす。

「はぁっ……!」

 レオナの声が変わった。声音に痛みだけではない、何かの感情が混じる。

「……次の休みには海に行こう。……一日取れなかったら、プールでもいい。……何なら基地内のお風呂でもいいよ? レオナちゃんが水着着てくれたら、さ……」
「……タスク……変……」
「レオナちゃん?」
「私の中……熱いの……熱くて、しびれるみたいで……。さっき……あなたが、口でしてくれた時みたいに……」

 タスクの分身にも、彼女の内側の変化が感じられた。熱く潤んで、痛いほどのきつさが弱まっている……
 思い切って、少し動いてみる。

「はあっ!」
「痛い?」

 若干の間。

「……痛くは、ない、わ……」

 どこかぼうっとした彼女の声。それに勇気づけられて、タスクは次第に動きを大きくする……

「あっ……あっ……あっ……」
「はっ……はっ……はっ……レオナ……ちゃん……オレ……もう……」
「タスク……たすくっ……出して……いいの……我慢……しないでっ……」

 彼女の声が、タスクの最後の抑制を押し流してしまう。

「あっ……! あっ……! レオナァっ……! オレ……はあぁぁっ!」
「タスク……たすくぅっ……わたし……飛んじゃう……あああぁぁ〜〜〜っ!!」

 かろうじて残った理性が、タスクの最後のストロークを「引き」にした。彼女の体の上に、高ぶりの果てを解き放つ。経験した事のない強烈な射精感だった。

「……はあ……」
「ごめん、レオナちゃん。借り物だったんだよね……それ」

 事の後、クスハから借りた浴衣の惨状に、慌てる二人。

「……仕方ないわよ。連帯責任ね……。知り合いのクリーニング屋さんがいるから、頼んでみるわ」

 彼女の身支度がようやく終わった。ポケットライトで照らして、状態を確認する。

「変じゃない……?」
「……大丈夫……と思う」

 気が付くと、花火の音が消えていた。若干ふらつく彼女を支えて、祠から坂道に出る。

「……花火……見れなかったね……」

 タスクの言葉に

「仕方ないわよ。また、一緒に見る機会が、きっとあるわ……」

レオナの答え。
 ……きっとそうだ。日食や月食の類じゃないんだから。……いや……でも……

「レオナちゃん。おぶさって!」
「えっ! なに?」
「まだ、間に合うかも知れないから!」

 レオナを背負って、坂道を駆け上がるタスク。今日の花火は、やっぱり今日しか見られないのだから……
 高台の頂上に出た。タスクの息が荒い。空は緞帳のように一面の濃紺。……とその時

「あっ……!」

 大きな光の大輪が咲いた。一拍遅れて音が響く。

ドン……! ドン、ドンドン、ドドドドド、パラパラパラッ……

 間に合った……。その日、最後の仕掛け花火に間に合った……
 甲高い音を立て、火花がよじれて散っていく。自分の背におぶさったレオナが、息をのむのがわかった。
 宇宙空間で曳光弾を使い、似たような催しはできる時代だ。しかし、これほど繊細で手の込んだ花火を見るのは、レオナにとって初めての事だった。
 その日の締めくくりの仕掛けは長く続いた。全ての光の演舞が終わり──ひときわ大きな尺の菊花が上がった。

ドンッ……

 ──遠い河原の河川敷からかすかに拍手と歓声が聞こえてくる。締めくくりにふさわしい仕掛けだった……
 二人はしばらく余韻を噛みしめるように、高台の上に立っていた。

「……みんなで来ればよかったなあ……」

 タスクがつぶやく。基本的に独占欲の強い性格ではない。本当に心動かされる物は、誰かと共有したいと思う方だ。

「うん……リオとリョウト君は休みだったけど、彼のご実家に一緒に行く予定だったから……」

 レオナの言葉に、かすかにタスクの心に影がさした。
 自分が彼女の一家を訪ねて「お嬢さんを下さいっ!」ってな事をやる時があるのだろうか? 考えてみると、ひどくそれは、非現実的な事に思える……
 と、レオナがタスクの首筋に頬を預け、つぶやいた。

「……タスク……私ね……」
「うん……」
「小さい頃は、自分の道筋は、一つだけだったの」
「うん?」
「自分の将来は、階段を上っていく事とそっくりで、階段の頂上には、マイヤー様やお父様がいる……そんな道筋……」

 タスクの心にさした影を察したのだろうか。彼女の話は唐突だが、時宜を得てもいた。

「うん……今は……違うの?」
「フフフ……今はね……ぐちゃぐちゃ。一週間先の事も、どうなるか予想がつかないわ……」
「ははは……そうかもね」

 コロニー統合軍のエリートの座を、放り出してしまった彼女ではあった。それでもガーシュタイン家の息女であるという、身分が変わったわけではないのだが。
 レオナがゆっくりと、タスクの首筋に頬ずりする……

「でもね……わくわくするの。まるでわからない明日がくるのが……わくわくして、楽しみなの」
「うん……」
「タスク……ずっと、一緒にいてね……」
「……約束するよ。オレ、ずっとレオナちゃんのそばから、離れない……」

 レオナの言葉はタスクの心の勲章だった。そしてそれは、後に伝説となる戦役を戦い抜く、勇気と決意の源だった。

 明かりのない高台の頂上に、しばし二人は佇んでいた……

−END−




〈後日談〉

「ご免なさいね……長々と借りてしまって。うっかり汚してしまって、クリーニングに出していたから……」

 クスハに浴衣を返すレオナ。後ろめたさに表情が硬い。念入りにチェックして、まずは完全に汚れはないと確信するのだが……借り物を汚してしまった事は、それ自体で申し訳ない事だった。

「大丈夫。気にしないで。もう少し借りていてもよかったのよ?」

 クスハがニコニコしながら浴衣を受け取る。

「……これでレオナも、私たちの仲間入りねっ。ふふっ」

 そう微笑みかけて、彼女は立ち去った。

『え……。ええええええ〜〜〜〜っ!! 今のは……どういう……!!』

 のけ反りながら硬直するレオナ。

『いやいやいや。別に、意味深な話じゃなくて、私が屋台で物を食べられるようになった事かも。
きっとそう。あの人(タスク)は口が軽いから……きっとどこかでしゃべってしまったのね!』

 必死で自分を納得させるレオナだったが……

『……タスクに確かめてみる? ……いや、……それは……やめた方がいいような……』

 結局それ以上、追求しない事にした彼女だった。


〈さらに後日談〉

 タスクがレオナに贈った金魚は、コロニーにある彼女の実家に送られた。
 そして子孫の代まで大切に飼われ、「救世の英雄たちに縁(ゆかり)の金魚」と、コロニー・エルピスの名物となったという……

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