仲間と共に死闘の末ズィー=ガディンを倒し、決意を胸にガウ・ラの起動を止めに内部に入った紫雲統夜とカティア・グリニャールは、同行したアル=ヴァンに諭され彼と彼の機体・・・ラフトクランズを残しガウ・ラから際どいタイミングで脱出した。
炎を上げ崩壊していくガウ・ラの中枢部。
この戦いに参加した戦士達は、万感の思いでその光景を見つめていた。
その中でもとりわけカティア、テニア、メルアの思いはひとしおであったろう。
宇宙の漆黒に赤々と映える光は、長年囚われの身であったカティア達3人にとって、これまでの悪夢の終わりを告げる暁光であると言えた。
B・ブリガンディのコックピットの中で、瞬く事を忘れたようにその赤光を瞳に映しながら、カティアの目から一筋の涙が零れ落ちた。
次いでぽろぽろと止め処なく、煌く雫が彼女の目から頬を伝わり落ちる。
複座の前に座っていた統夜は、背面のその様子に気配で気付き、声をかけた。
「・・・泣いているのか?カティア・・・」
「・・・統夜・・・。何故だか分からないけど・・・涙が・・・止まらないの・・・止まらないのよ・・・」
理由など言わなくても、統夜にはカティアの涙の意味が分かる気がした。
彼女らの・・・特にメインでサブパイロットを勤めてもらっていたカティアの苦悩は、1年余りの間に交わした言葉を通してある程度理解していた。
カティアは、長期に渡る人権を無視した実験体生活の所為で、どこか人生を諦めているような運命論で物を言う娘だった。
最近はあまりそれを感じさせるような事はなくなっていたが、心のどこかにはずっと澱のように滞積していたのだろう。
それが簡単に払拭できるようなものではないという事は、統夜にも分かっている。
そんな奥で滞っていた心の奔流が、今堰を切って溢れ出しているのだろう。
泣く事で押し流せるのなら、それで彼女の胸の痞え(つかえ)が軽くなるのなら、いくらでも泣けばいいと統夜は思った。
それでもただはらはらと涙を零し頬を濡らすカティアの姿を見ていると、居たたまれなくなってくる。
涙を拭って抱きしめてやりたい、統夜はそんな衝動に駆られた。
しかし、上下型の複座の下からでは、間にある自身のシートの背もたれが邪魔だった。
少しの躊躇の後、統夜は言った。
「カティア、・・・その、こっちの席に来ないか?」
「・・・え・・・?」
「嫌なら、いいんだけど・・・」
「そ、そんな事・・・」
当然メインシートに二人も座れるスペースは無い。
必然的に統夜の膝の上という事になるが、好きな人と至近距離で触れ合えるそれが、嫌なわけはない。
ただ、その体勢はおのずと少し前にあったあるエピソードを想起させる。
カティアは涙を拭うとおずおずと腰を上げ、統夜の席の前に立ち、ややもじもじしながら「いいの?」と訊いた。
「ほら。」
そう言うと、統夜はカティアの手を掴みぐいと自分の方へ引き寄せた。
「・・・きゃッ」
統夜の少し強引とも言える行動に、バランスを崩し自身の平衡感覚を見失ったカティアが我に返ると、彼女の体は統夜の膝の上と腕の中に横向きですっぽり収まってしまっていた。
途端にカティアの顔に血が上り、外にまで聞こえてしまうのではないかと思えるほどに心臓の拍動音が高まる。
おもむろに統夜は腕に力を込め、カティアを包み込むようにぎゅっと抱きしめた。
丁度統夜の心臓の上にカティアの体が押し付けられる格好になり、僅かに彼の鼓動と温もりが安心感と共に体を通して伝わってきた。
「・・・統夜・・・ありがとう・・・」
何も言わなくても、統夜の心配りを察したカティアは自分からも彼の胸に体を預けた。
さっきまでやるかたなかった心が、じんわりと温まってゆくのを感じた。

ややあって、カティアが「あっ」と小声で叫んだ。
「・・・あの、統夜、通信モニターの方、サウンドONLYに切り替えてもいい?」
「・・・え?」
「・・・だ、だって、もし今通信が入ってきて、この姿見られちゃったら恥ずかしいし・・・。」
「え、でも余計に勘ぐられたりしないか?」
「で、でも見られるよりはマシよ。」
「そんなもんか?・・・分かったよ。」
統夜はカティアに提案された通り、通信モードを切り替えた。
また少しの沈黙が流れ、カティアがまた口火を切る。
「・・・それから・・・もしかして、あの時の話、聞いてた?」
「・・・え?あの時って・・・?」
「3人一緒にサブパイロットシートに乗り込んだ時の事よ。」
あの時カティアは、窮屈さに漠然と“2人ずつに分かれればよかったのに”とこぼしてしまい、テニアに“だったら統夜の膝の上がよかったのか”と切り返されて、必要以上に慌ててしまった。
その際統夜は、会話の内容は判別できてないような事を言っていたが、この状況はそのままあれに当て嵌まる。
「ああ、あの時の事か。そりゃ・・・すぐ後ろで喋ってるんだから、なんとなく自分が引き合いに出されてるんだって事は分かったよ。
 あ、でも別にあれを思い出したわけじゃないぞ?俺は・・・その・・・カティアが泣くから・・・」
「いいの、動機なんて。だってとても嬉しいんだもの、今あの時の期待が叶ってる。」
そう言ってカティアは悪戯っぽくふふと微笑んで、嬉しそうに統夜の胸に体重を預けた。
統夜も彼女の体を抱きしめる腕に、少し力を込める。
「なんだか不思議。さっきまであなたと一緒なら死んでしまってもいいって本気で思っていたのに・・・、今は統夜の腕の中で幸せを感じている私がいる・・・」
そこまで言って、何かに気付いたようにカティアは顔を曇らせた。
「・・・私は現金なのね・・・、統夜を残してくれたアル=ヴァンさんに感謝してる・・・。突然2人で生きられる可能性が目の前に広がった時、・・・私は生きたいと思ってしまったもの・・・」
「・・・カティア・・・」
「・・・アル=ヴァンさんを残してきた事、その・・・後悔・・・してない・・・?」
それはお互いの胸に引っかかる、永遠に答えの出せそうにない問いだった。
「・・・後悔はしてない、・・・いや、してはいけないんだと思う。それが自己欺瞞だとしても、あの人の志は無下にしちゃならないんだ・・・」
自分に言い聞かせるように統夜は言った。
「それに、・・・カティアはさ、自分が生きてる事を現象としてしか認識していなかっただろ?だから死ぬ覚悟の俺に付いて行くと言ってくれたのかと思ってた。
 でも、ちゃんと“生きたい”っていう感情が芽生えてたんだな・・・。・・・以前俺が言った事だから、今の聞いて嬉しかったよ。
 それに気付かないまま道連れにしなくて本当によかった、ってそう思うんだ・・・。」
「・・・そんなの・・・ずるいわよ・・・」
カティアは顔を上げて、潤んだ目で統夜の目を見た。
「統夜は・・・ずるいわよ・・・」
「・・・そうかな・・・、・・・そう・・・かもしれないな・・・」
2人の顔がゆっくり近づき、軽く唇が重なった。
「・・・あなたが好き・・・」
今度はカティアの方から軽く触れ合うようにキスをする。
カティアの“好き”という言葉が統夜の耳朶を打った。
「・・・俺はあの人に誓いを立てたんだ。だから、これからもずっと君を守るよ・・・」
そう言って、統夜が唇を寄せようとすると、カティアが軽く頭を引いた。
「・・・違う・・・、ちゃんと言って、あなたの気持ちを・・・」
「・・・そうか、ゴメン。」
つい照れくささから核心の言葉をずらしてしまった自分に苦笑いしながら、統夜は言い直す。
「・・・カティア、君が・・・好きだ・・・」
その言葉を言い終わるか終わらないかのタイミングで、統夜はカティアに口付けをした。
初めて聞く統夜からの“好き”という言葉に、カティアの胸もまた大きく鼓動を打つ。
寄せては返す波のような高揚感に身を委ねていると、知らず2人の口付けの深度は増していった。
その時、何かの映像が2人の頭の中へ断続的に飛び込んできた。
サイトロンが時折見せる予測未来の類のようでもあったが、それが何かだったのかはこの時のカティアにはよく分からなかった。
(・・・人、だった・・・?誰かに似て・・・)
しかし、それを反芻して解答を導き出す前に、現実に引き戻される。
「・・・ん、んん・・・・・・ッ!」
突然口の中に現れた異質な存在に、カティアは一瞬身を強張らせた。
異質な・・・すぐにそれは統夜の舌だという事に気付いたが、驚きからか無意識に唇を離し体を引こうとした。
「・・・と、とう・・・ゃ、んんっ・・・・・・ふ・・・」
逃がさないとばかりにカティアの後頭部に手を当てて彼女の頭を引き寄せ、再び唇を奪う統夜。
再びの意外な強引さに、何度か瞼をしばたたかせたものの、今度はカティアもそのまま陶然とそれを受け入れた。
深く浅く、たどたどしくも互いの舌と唇を味わい、唾液を絡ませていく。
統夜が深く舌を差し入れる度に、カティアの背筋に電撃のようなものが何度も走った。
(・・・すごい。好きな人とするキスが、こんなに身も心も蕩けそうになるものだったなんて・・・。
 ・・・も、もし、これで統夜と・・・つ、繋がる事ができたら、私一体どんな事になるんだろう・・・)
頭のどこかではしたないと考えつつも、カティアはそんな想像に思いを馳せてしまっていた。
すると、いきなりカティアの服の胸の開いた部分から、統夜はつと手を滑り込ませてきた。
「!・・・そ、そん・・・」
自分の心を読まれたのだろうか?驚愕するカティアをよそに、統夜の手はそのまま邪魔だとばかりに服を脇へずらして彼女の胸をはだけさせてしまった。
形のいい乳房の片方が、勢いよく飛び出し外気に晒される。
そのまま、統夜の手はカティアの片胸全体を撫でるように揉みしだき始めた。
これまでに味わった事の無い刺激に、カティアの体がびくんと跳ねた。
「・・・は、・・・ん、んん、そんなダメよ・・・ッ・・・ダメ・・・んむ・・・」
諌めようと口を開こうとすると、キスで唇を塞がれてしまう。
いつもはモラリストな統夜なのに何か様子が変だと、カティアは直感で思った。
異様な陶酔感に飲まれて、現状が頭から飛んでしまっている様に見える。
しかし、それを深く分析するより前に、カティアの理性が警鐘を鳴らす。
さすがに機体の周りに人がいる状態で、こんな状況はやはり非常にまずい。
「・・・とぅ、や・・・・・・はぅ、ん・・・・・・こんなとこで・・・ちょっ、・・・んあっ」
何とかして統夜を正気に戻そうとカティアはもがくのだが、唇を塞がれている為漏れ出す声もほとんど言葉にならず、依然自分の胸を他ならぬ統夜にまさぐられる愛撫の気持ちよさに、跳ね除けようとする手にも力が入らない。
その時、コックピット内に間延びした呑気な声が飛び込んできた。
「統夜さん、カティアさん、名残惜しいというのは分かりますけど、そろそろナデシコに戻ってきて下さ〜い。もうあなた達だけですよ〜。」
その言葉に、統夜ははっと我に返る。現状をにわかに理解するのに、少しの時間を要した。
「・・・え?・・・あ、な、何?・・・そ、そうか。ゴメン、俺・・・」
「・・・?ゴメン??」
ユリカの不思議そうな声が返ってくる。
「い、いえこっちの事です。すみません、了解です。」
カティアはその間に、そそくさと服を直す。
サウンドONLYにしておいてよかった・・・。
そう思った途端、すかさずルリのツッコミが入った。
「・・・どうしてサウンドONLYになってるんですか?」


・・・・・・結局、ナデシコに戻った後、“何やってたんだ?”“ゴメンて何だ?”という各所からの冷やかし込みの質問攻めの猛攻に、主に統夜が晒される事になった。
果たして、通信モードを切り替えてマシだったのかどうか・・・、統夜はそう思わずにはいられなかった。

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