クトゥルフ神話TRPGやろうずWiki

キルステン探偵事務所

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ウェストミンスター

ロンドン

拝啓

霜寒の候、貴殿ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。お礼の手紙が遅くなってしまったことをお許しください。
あれからというもの私はやり直す覚悟を決めて、現在はエジプト文化財の返還を「正当な」手段から求めるために一から学んでいるところです。
今回の一連の事件が「アヌビスの呪い」による仕業でないかと報じられたことで、帝国の中からも文化財を返還すべきだという声が上がっている様子。
墓荒らしどもの悪事はやがて世間に公表されることでしょう。王の魂が母なる大地に還るのも時間の問題。
侵略者であるとこの国の人々に諦め、力で解決することしか頭になかった私が救われたのは紛れもなくあなた方のお力添えがあったからこそ。
あなた方には感謝してもしきれません。あの夜起こった不思議な出来事は墓までもっていく覚悟でございます。

大英博物館はコレクションが少なくなり、寂しい思いをされるかもしれません。
…もしあなた方が望むなら、一度カイロ考古学博物館へお越しください。
長い呪縛から解き放たれた彼らの魂、その誇り高き魂を今一度この目で確かめていただきたいのです。
宝はその国にあってこそ、その価値を高めるものだときっと改めて感じていただけることでしょう。

敬具

――それは違うよ、アーレン。

「……」

遠きカイロからの便りを読んでいたわたくしの脳裏に、ふと穏やかな男性の声が蘇る。
――当時はまだ婚約者だった、わたくしの旦那様だ。

――何が違うのです?　エジプト人など、乱暴で強欲でマナーもなっていない、文化レベルの低い無教養な野蛮人だとお父様が言っていましたわ。

続いて、世間知らずで生意気で、気位ばかり高い小娘の声も。
――ブレア家に嫁ぐ前、視野が全く狭かった頃のわたくしだ。

――成り上がりとはいえ、貴方は栄えある大英帝国の貴族に叙せられたのです。僻地の野蛮人達に理解を示すなど、恥と自覚なさった方がよろしくてよ。

多くの没落貴族がそうであったように、わたくしの両親や兄達は家名と血筋に異様なほど誇りを持ち、成り上がりや外国人達を見下す事で、みじめな自分の境遇を少しでも忘れようとしていた。
そしてそんな両親達の影響を娘のわたくしが受けないはずもなく。婚約が決まった頃のわたくしは、それはもう鼻持ちならない、高慢な貴族の『御令嬢』だった。

――そうかね?　でも私は、そうは思わないね。

そんな小娘の主張を、穏やかにだが断固として認めなかったのが夫だ。
エジプトとの貿易商人として富を得た夫は、長い異国との関わりによってその地への理解を深め、そして愛情を深めていた。

――英国人が彼らを無教養の野蛮人だと言うのは、英国人の尺度でしか彼らを見ないからだ。
――……英国人の、尺度?
――ああ。英国人には英国人の誇りと文化があるように、エジプト……いや、全ての国にはそれぞれの、誇りと文化がある。まずはそれを認めない限り、君は一生視野の狭い人間のままだろうね。
――……っ。

視野が狭い。
穏やかにだがはっきりそう言われたわたくしは、多分ただ夫の無礼に苛立ち、むくれただけだった。
僅かにでも旦那様の言葉を理解し、自らの視野を広げたと自覚できたのは、それから随分後の事だから。

――……アーレン、君ならきっと違う存在を理解できるよ。だって君はとても好奇心旺盛で、優しくて、そして勇気のある娘だから。

そんなむくれるだけの小娘に、夫はまるで予言でもするように言って、そしてそっと笑ったのだ。

――君といつか、私が愛するエジプトの地へ行きたい。……かの地の文化、文明、風土……そして人。……それを君が良きものと思ってくれたなら、私はとても嬉しい。

そんな事あるものか、と、その時思った私に言ってやりたい。
……旦那様が愛した土地から訪れた異邦人は……ファエズさんは、旦那様の言う通り、彼らなりの良き文化と教養、そして誇りを持った方だったと。

あの人を助け、黒幕の片棒を担いだ。
それは間違いなく犯罪で、英国人としてあるまじき行為だったのだろうけれど……多分私は一生後悔しない。

「……一度カイロ博物館に……ですか。……そういえば、結局旦那様と二人エジプトを訪れるという予定は、果たせなくなってしまったのですわよね……」

ファエズさんの精神的な落ち着きと覚悟を感じる文面を辿りながら、わたくしはそっと亡き夫との約束を思い、そしてこれからの事を考える。
かの地に、夫と二人で行く事はもうできない。
――だが、夫とではなく、友達と共にならば、かの地を訪れる事はできる。

「……キンバリーさん、ドリトルさん、バーンズさん……ふふ。皆さんと共にならば、きっと楽しい旅になるに違いありませんわね」

それはきっと、わたくしが天に召されて夫に再会した時の、良いお土産話になる事だろう。

「かの地では、平穏無事な旅となるでしょうか?　……いいえ、ならないかもしれませんわね。だってわたくし達ですもの。そうなった時を考えると恐怖に身が竦みますけれど……何故か胸が高鳴ります。……血が騒ぐ、というのはこういう事を言うのでしょうか?　……ふふふ、いけませんわねぇ。貴婦人たるもの、エレガントに余裕を持って振る舞わなくてはなりませんのに。……ふふ……ふふふ」

わたくしは手紙を畳み――そして傍らの皮ケースに鎮座する、メイドが手入れを済ませてくれたショットガンに微笑みかけた。


かの地で待つのは良き出会いか、それとも再びの怪奇か。
……後者であっても構わない、などとは考えてはいない……はずなのだけど。

三日間セッションとても楽しませていただきました。新たな展開だったらしいENDに至れたのは、ひとえにKPさんと他PLさん達の心が広かったからだよな、と思いつつ、我キャラの無謀を思い出し土下座します。このエレガントヒャッハーの行動を許して下さった皆様、本当にありがとうございました!!