誰ソ彼ソ
―――アレは売ってしまおう。
彼は軽やかに笑う。
そうして良い酒を揃えようじゃないかと口遊む。
薄闇の降りる時分、治井はやや駆け足に道を行く。
―――餞だな。ならば酒器は用意しよう。
彼は口上の如く告げる。
飄々と、けれども未だ時折遠くを見るまなこ。
袴裾の衣音が、まるでよく響く街並みのなんと暗いことだろう。
うしなうは瞬く間。一も数えぬ間であると、疾うに治井は知っている。
知っていたのだ。
―――まったく。変わりゃしないんだから。
彼は呆れたのだろうか。
しかしどうして嬉しげに手を叩き、返す手で采を振る。
無論、治井に否はない。残る家財から見つけた線香を、せめてと包んで目指すは浅草十二階。
影も残らぬ、あの場所に待ち合わせ。
あれから更に忙しなく火が過ぎた。浮かびかける月がもう、丸い。
柔らかな黄を帯びた月を見上げ、彼が思うのは。
うしなうことを知るくせ、どうして己は肝心要に躊躇うのかという自問。
疑念、怯懦、哀憫、保身。
過去の己を顧みれば答えは次々と挙がる。
けれどあの日、あの時に。そんなものは一つもなかった。
手を伸ばすことに躊躇う理由は一つもなかったのだ。
敢えて言うならば、安堵が足を鈍らせた。
悔いることばかり得手となる。
しかし此度は一つだけ、治井は己が正しかったと揺らぐことなく断じる。
狭間の、青い月。
異彩の中天に輝く月を振り返らず駆け出したこと。
『あちら』は、確かに空恐ろしい姿であった。
だというのに。
どうしてだろう、あの月は。無性に美しく思えたのだ。
にゃぁお。
猫の声。見渡せば。
遠くにぽつぽつ、か細くも灯りが見える。
まだ浅草は復興とは程遠い有り様だ。
それでも。
―――あぁ、これこそが浅草の灯だ。
彼が愛した浅草はここにある。
治井の足は、いつの間にか疎かになっていた。
足を止めても時は進む。
―――急ごう、皆が待っている。
PLゆのみより
三日間、皆様、ありがとうございました。
皆様の素敵な個性、台詞回し、立ち振る舞い。
そして丁寧に作られた、素晴らしい舞台。
とても楽しい卓でした。
【誰ソ彼ソ】
最後のお話の内容を参考に、足跡を残させていただきました。
一滴たりとも皆様の魅力は表現できていないので、
偶然にもこちらをご覧になってしまった方は、
この蛇足によって皆様への印象を持つことだけは、どうかお止めください。
文才がなくとも書こうと思うくらい、素敵な卓でしたということを。
何卒ご理解いただけますようお願い申し上げます。
このページへのコメント
後日談ページの作成有難う御座います!
なにぶん、後日談を作成するのは初めてなので、他のPLの方々を見本にしつつ、猶予を5日程いただきたいと思います…。(´-`)