5-529 503続き

頭をかきむしりながら俺は自室に舞い戻り、頭に引っかかったワイシャツに悪戦苦闘している美夜子を、あまり顔を向けないようにしながら助けた。(だって前向いたらこのアホの下着が丸見えになるし・・・)
「えへー。ありがとーりっくん。やっぱりホントは、りっくん優しいんだね〜」
「う、うるさい」

満面の笑顔を正面から向けられて、何だか恥ずかしくなった俺はそっぽを向いて適当に返す。
どうしてここまで無邪気な笑顔を作れるんだろうなぁ、こいつは。
「ところで、何でこんな時間に起こしに来てんだよ」
「えー、だって、そろそろ準備しないと学校に遅刻しちゃうよ?」

まさかとは思ったが・・・やはりこのアホ勘違いしてたか・・・。
「あのな、美夜子。忘れてるみたいだから教えてやるが、今日は学校は創立記念日で休みだぞ?」
「ふぇ?」

そう。今日うちの高校は創立記念日で嬉しいお休みなのだ。
天然が多分に入っているコイツの事だ、忘れるんじゃあないかと思いはしたが、ドンピシャかよ・・・。
「・・・・・・」
「理解したか?」
「・・・もー、だめだなーりっくんは。勘違いしてちゃいけないよ?」
「オマエだオマエ!何自然に人がやったみたいに言ってやがる!」
「むー、こういう時は男の子が女の子の顔を立てる物だよ!?」
「謂れのない間違いと責任を負う義理はないわぁぁぁ!!」

という訳で、こんなのがせっかくのんびり出来る筈の休日の始まりとなったのだった。なんでこーなるの。




「ねーねーりっくん、遊ぼうよ〜」

あの後一旦自分の家に戻り、私服に着替えてから再度、美夜子は俺の部屋に入ってきた。
だが正直、今日は体が嫌というまで惰眠を貪ろうとした俺からすれば、俺の体をゆさゆさと揺さぶるこいつの事を鬱陶しいと思う節が無きにしも非ずなワケで・・・。
「喧しい。こちとら昨日遅くまでゲームやってて眠いんだ。一人で遊べ。」
「あそぼー、あそぼーったら〜」
「蒲団引っ張るな、口を閉じろ、出来れば今すぐ帰れ」
「むー、幼馴染にそんな事言うなんてヒドイよ!」
「眠たがってる幼馴染を叩き起こすのはひどくないってか」

多少邪険に扱って追い返そうとはするものの、主人に懐き過ぎてる犬みたいにこいつはしつこく構ってもらおうとするのをやめない。
眠いからもう一眠りしようって時にこいつは・・・。
「とにかく俺は寝る。邪魔すんな」
「じゃああたしも一緒に・・・」
「ベッドに入ってきたら数日間クチきかねーからな」
「むむむー!!!なにさ、りっくんのれーけつ人間!あたしの事蔑ろにしてそんなに楽しいかー!」
「ただ今睡眠中です。反応が出来ません。御用の方はこのセリフの後に三弁回ってワンとないたら」
「よーし。いち…に…さん…ワ」
「人間として終わっています」
「・・・・・・うわーん!りっくんのばかー!」

目を涙で潤ませながら、美夜子は走り去った。因みに窓から。
これは俺とあいつの家が屋根伝いに繋がっているからで、昔からしょっちゅうあいつはここからおれの部屋に入ってくる。
流石に泣かしたのは罪悪感が生まれるが、このくらい言わないとあいつには効果がないのだ。
それでも明日の朝には綺麗さっぱり忘れているから良いかな、とも思ってしまう。幼馴染故の弊害とでも言うべきか・・・。
とにかくようやく静かな時間を取り戻した俺は、ベッドに入り込んで安息の時を過ごすのだった。




「ん、ん〜・・・今何時だ?」

どの位時間が経ったのか、自然に目が覚めた俺は、寝惚け眼を擦りながら時計を確認しようとした。
だがそれより早く、俺に向けてかけられた声が一つ。
「もう2時過ぎだよ。りっくんたらお寝坊さんにも程があるよ〜」
「もうそんな時間かよ。ちっとばかり寝過ぎたな・・・って、ん?」
「おはよ〜りっくん」
「お前・・・。また来たのかよ」

俺の体感時間で言うとついさっき離れたばかりの美夜子が、そこにいた。
「来たよ〜。今度こそあそぼ、りっくん」
「・・・やだ、めんどい」

確かに眠気は取れたが、せっかくの平日休みなのだ、もっとのんびり過ごしたかった。
だが、その時俺はまだ気付かなかった。美夜子がやけに自信ありげな眼付をしている事に。
「ふっふっふ。そんな事が言えるのかな〜りっくんは?」
「は?」
「てりゃー!これを見ろー!」

と言って美夜子は、勢いよく懐から何かの紙切れを取り出した。
俺は手渡されたそれをまじまじと見つめる。
「何だこりゃ?・・・『みっちゃんのいうことなんでもひとつききます券』???」
「ぬふふ〜。さっきお部屋の掃除してた時に偶然見つけたのだ〜」
「こりゃ一体・・・ん?下に名前が・・・『おくりぬし りょーいち』・・・俺か?」
「あたしはりっくん以外に良一ってなまえの男の子は知らないよ」
「こんなのいつ・・・あっ!」

そうだ、思い出した。子供のころ、つっても詳しい年代は覚えてないが、美夜子の誕生日に、子供の身で金のかかったものは買って送れないからって、代わりにこいつを作って渡したんだっけ。
どれだけ懐かしいものを保管してたんだこいつは・・・。
「という訳で、全然構ってくれないりっくんに、今日それを使う事にしました〜」
「使う事にって・・・こんなんもう期限切れだろう。一体いつのだと・・・」
「りっくん、それの裏まだ見てないでしょ?」
「裏?」

言われて紙を引っくり返して見ると、そこにはこうあった。
『しようきげんはありません みっちゃんのすきなときにつかってください』

「・・・・・・マジかよ」

もしタイムマシンがあったら、これを書いてる最中の俺の所に行って引っ叩きたい気分に駆られたが、時すでに遅し。
「えへ〜。という訳でりっくん、命令です。今日一日、あたしの言う事に文句も拒否もしないこと♪」
「・・・・・・・・・マジかよ」

そーゆーわけで、おれの休日からは"のんびり"の"の"の字も消えうせたのであった。・・・神は死んだ。




「じゃあまずは〜、おやつタイムといきましょー」
「って、こんだけの菓子をどっから持ってきやがった」

机の上にはいつの間にか、菓子やらジュースやらが山と置かれている。
「いいからいいから。それじゃりっくん、食べさせて」
「は?」
「だから〜、りっくんがあたしにこのお菓子を食べさせるの。まずはそこのポテチがいいな」
「てめぇ・・・」

されど逆らう事は出来ない。券を作って渡したのは紛れもない俺自身なのだから。今更無しなんて言ったらこいつが本気で泣いてしまう。
溜息を吐きつつ、袋からポテトチップを一枚つまみあげ、美夜子のとこにもっていく。
「ほれ、口開けろ」
「あーんもう、違うよりっくん。そーゆー時に言う言葉があるじゃない」
「・・・それってまさか」
「勿論、"あーん"だよ」
「・・・言うのか?」
「言って♪」

花が咲いたような笑みで言いやがってコイツは・・・。されど例の券をちらつかされてはやるしかない。
「あ、あーん」
「あーん♪」
パクッ
「うん、おいしー。ん?りっくんどーしたの、顔赤いよ?」
「・・・恥ずかしいんだよ、こんな真似をしちまって」
「まーまーいいじゃない。それじゃ次はねー」
「ちょいまち、まだ食わせる気か?」
「当たり前だよー。次はねー、そこのチョコクッキーが食べたいな」

さも当然とばかりにのたまいます美夜子さん。
こっちの羞恥もちっとは考えてくれ・・・。
しかしどうしようもあるはずなく、俺は二度目の"あーん"をやることになった。恥ずい・・・。
「うん、これもおいしーね。それじゃ次のめーれーです。このジュースを・・・」
といって美夜子は今度は、ペットボトルのジュースを持ち上げる。
これも飲ませる気か。
「分かったよ、ほら貸せ」
「ううん、違うよ。これは一緒に飲むの」


      • えーと、今何か理解できない言葉を聞いた気がするな。
きっと聞き間違いだ。うん、そう違いない。
だから俺はもう一回美夜子に聞き直した。聞き間違いであってくれと願いながら。
「あーと、スマン。もう一回言ってもらえるか?」
「だからー、このジュースはりっくんとあたしの二人で飲むの〜」

事実だったよコンチクショウorz
しかも美夜子さんや、なに何処からともなく取り出したストローを2本ペットの口に差し込んでやがりますかあんたは。
マジか。本気と書いてマジなのか。
「ちょっ、おま!そんな事までやれってか!?」
「えー、だってりっくんが何でもお願い聞くってあれに書いたんだよ?」
「それはそうだが・・・。いくらなんでも限度がだな・・・」
「・・・そんなに、あたしのお願い聞くのいや?」

うぐっ!!
こいつ・・・今にも泣きそうな顔して上目づかいで、かつ雨の日に道端に捨てられた子犬のようなオーラを纏って言ってくるかよ。
反則すぎだろこれ!
「ねえ、いや?りっくん」
「うぐぅぅぅ・・・」

ダメだ。目を逸らせない。情に向けて直に働きかけるこの空気には勝てる気がしない。というかこの状況で断りでもしたら完璧な冷血野郎になってしまう。
俺も甘いよな・・・。
「・・・分かった、やるよ。だから泣くなよ、な?」
「わーい。りっくんのそういう優しいところ大好き!」

と言って喜々としてペットボトルを差し出してくる美夜子。おい、さっきまでの涙はどこに行きやがりましたか?
「じゃありっくん、反対側銜えて」
「ん」
「それじゃのもー」

もう反抗するのを諦めたおれは大人しくストローを口に銜える。
そして静かに中のジュースを吸い上げた。
美夜子のストローにもジュースが上っていってるのが見えた。
      • ホントに俺達、今二人で一つのジュース飲んでんだな。

それから数秒経って、お互い口をストローから離す。
自分の顔が今どうなってんのか、鏡がなくても分かる。真っ赤になっている以外ありえないだろうから。
ふと、ちらりと美夜子の方を見てみる。どうせまたいつもの笑い顔でも浮かべてるかと思った。が。
「・・・・・・」
「み、美夜子?」

なんとこいつもこいつで赤面していた。俺のベッドの中に下着で入って来ようが平然としてるあの美夜子が、今の一回で顔を赤らめていたのだ。
「え、えへへ〜。何だかちょっと恥ずかしいね、こういうのって」

その口調も間違いなく照れているそれだ。珍しいとしか言いようがなかった。
「だったら最初から止しときゃいいじゃねーか」
「うん・・・でもね、それと同じくらい嬉しかったよ。りっくんとまるで恋人みたいなことが出来て」
「え、美夜子・・・」
「・・・え、えーとほら!りっくん、はやく次のお菓子!」
「わ、分かったよ!」

とっさに誤魔化されたが、俺は今間違いなく惚けてしまってた。
何故ならその時の美夜子の顔は、今までに見たことないくらい、自分でも
何故だか分からないくらい、綺麗にみえたから。
2009年06月19日(金) 21:15:39 Modified by amae_girl




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