5-579 A sweet party2

部屋に入って来たのはメープルだった。手にはフルートが入っているカバンを下げている。
「いらっしゃい。お疲れ様」
「勇者様こそお疲れ様です。今日も一日大変だったでしょう?」
僕に向けられる優しい笑顔。正に惚れてまうやろー!な感覚に陥ってしまう。
「皆が頑張ってくれるから、大変じゃないよ。そういえばジェラートとショコラは?」
「あの二人ですか?まだ勇者様の御褒美争奪戦をやってますよ」
二人の名前を出した時、一瞬顔色が曇った気がするけど、気のせいかな。
「私はこっそり抜け出してきちゃいました。
だから勇者様の部屋に来れたんです」
頬を赤らめながら話すメープルは最高に可愛い。僕のクラスにもこんな可愛い女の子はいなかった。
思えば、この世界に呼び出されて一緒に旅をする事になったのはメープルが最初だった。
恐ろしい事だが、僕は最初メープルを無理矢理押し倒そうかと思った事がある。
強引に呼び出され自暴自棄になって、この際どうにでもなれとそんな愚かな行為を。
だけどその行為は結局僕の心の中で思うだけで終わった。
メープルのお陰だった。彼女の純粋な心と、彼女が奏でる優しい笛の音色に僕は助けられた。
そして今もメープルに助けられている。いつか僕が彼女を助けられる日がくるだろうか。
「勇者様、何ボーッとしてるんですか?」
「え?い、いや何でもないよ」
「うふふ、変な勇者様」
口元に手を当てて笑うなんて上品だなぁ。何だかこのままだとまたメープルに見とれてしまいそうだ。
「それフルートだよね?また演奏してくれるの?」
「はい、そのつもりで持ってきました」
カバンから分割されたフルートを手際よく組み立てると、僕に一礼して唄口に唇を添えた。
始まる演奏。その曲は僕を救ってくれた女神の旋律。
 
「ありがとう。今日も最高の演奏だったよ」
「ありがとうございます」
パチパチと拍手を送るとメープルは照れくさそうにペコリと頭を下げた。
メープルはフルートを手際よく分解して収納し終わると、もじもじしながら口を開いた。
「あ、あの勇者様。と、隣り座ってもいいですか?」
「うん、いいよ」
腰掛けていたベッドの隣りに一瞬目をやってメープルに笑って答えた。
そりゃあ断る理由なんか何もないよね。
「失礼します…」
静々とベッドに腰掛ける様子にちょっと違和感があった。

だって宿屋に着く前は勢いよく僕の腕をホールドしたのに、今はとても恥ずかしそうに隣りに座ってる。
「さっきと違って控え目だね?」
「だ、だってあの時はショコラちゃんに負けたくなかったですし。それに…」
「それに?」
「今は勇者様と二人きりですから…」
ちょっとだけ横向きで見つめられ、恥ずかしい一言。
ずるいよメープル。これで落ちない奴なんかいる訳ないじゃないか。
「あ、あの、もっと側に寄ってもいいですか?」
「うん、遠慮しなくていいよ」
メープルは少しずつ擦り寄ってきた。そして腕と腕がピタリと触れ合った。続いてキュロットスカートから覗く絢爛な太ももが触れ合う。
「よ、よければ…勇者様の方から抱き寄せてもらえると嬉しいです」
自暴自棄じゃなくてもメープルを押し倒したい衝動にかられる。皆気持ち分かるよね?
だけど、そこはグッと堪えた。メープルはきっとそんな事望んでいない。
「これでいい?」
グイッとメープルの肩を抱き寄せると、彼女の鼓動が大きく伝わってくる。きっと僕の鼓動も伝わってるんだろうな。
「は、ははははい!ううう嬉しいでっす!」
いくらなんでもパニクり過ぎじゃないかな。何とか落ち着かせなきゃ。
空いている手でパタついてるメープルの手をキュッと握った。
「きゃっ、あ、あの」
「ほら、落ち着いて」
メープルは一瞬驚いた様子だったけど、次第に落ち着きを取り戻していった。
そして指と指を絡ませ合う。その様はまるでダンスを楽しんでいるかのようだ。
「メープルってこうやって触れ合うの好きだよね」
「はい、とても落ち着きます。勇者様だから尚更ですよ」
「あはは、こんな僕のどこがいいのかな」
「勇者様じゃなきゃ駄目なんですよ。勇者様以外の男の人なんか考えられません」
「ありがとう。お世辞でも嬉しいもんだね」
「もう!お世辞じゃなくて、私の正直な気持ちなんですよ!」
「あ、ごめんごめん。そんなに怒らないでよ」
「許しませーん」
「許してよメープル〜」
「じゃあ…キスしてくれたら許してあげます」
「え?ま、参ったな…」
「…駄目ですか?確かに私はジェラートさんみたいに綺麗じゃないし、ショコラちゃんみたいに可愛くもないですけど…」
「そ、そんな事ないよ。メープルは可愛くてとても魅力的だって」
「じゃあ…」
メープルは目を閉じて、僕の答えを待っている。僕も男だ。覚悟を決めよう。

近かったメープルとの距離をさらに縮めていく。
甘い香りが鼻をくすぐった。そしてメープルの唇に到達しようとしたその時―
ドガーン!!!
「「ちょっと待ったぁー!!」」
凄まじい音と共にドアが吹き飛ばされてきた。驚いて何が起こったのか確認すると…。
ジェラートとショコラがいた。二人とも凄い形相だ。思わず裸足で逃げ出しちゃいそうだ!
「ちょっとメープル!何一人で勇者様といい雰囲気になってんの!」
「そうだそうだー!メープルちゃん抜け駆けは無しだよー!」
「あ、あはは…バレちゃいましたね」
メープルは眉を八の字にして残念そうに呟いた。確かにあとちょっとだったんだけどなぁ。
「ところで…二人ともいつまでそうしてるつもり?」
ジェラートがゆっくり穏やかな口調で話し掛けてきたが、目が鬼神の如く笑ってない。
気付けば僕とメープルは抱き締めあったままだ。
ああ、死亡フラグが立ってしまった。
だってジェラートは大剣にエネルギーチャージしてるし、ショコラは矢に滅殺の呪文をかけている。
甘い時間を過ごすのは命懸けなんだなぁ。もし生きてられたら二人のご機嫌とらないと。
「「勇者様のバカー!!」」
怒号と破壊音が宿屋に響いた。メープルぅ笑ってないで助けてよー。
2009年06月19日(金) 21:25:21 Modified by amae_girl




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