5-695 無題



暑いからと開けた窓から真夏の太陽が容赦なく差し込んでいる。
夏。午後三時。コンビニで買ってきたアイスクリームが溶け始めている。
ちっとも涼しくならない部屋の中でぴこぴこ響くのは、真里が遊ぶ
携帯ゲーム機の音だ。
ベッドに寝転がりながら、恵一はゲームに夢中の真里をぼーっと見ている。
昼に遊びに来てからどこにも出かけたりせず、このせまい恵一の部屋の中で、
真里はひたすらゲームを続けている。自分で貸したものではあったけれど、
いちおうの彼氏が目の前にいるのにこれはちょっと失礼じゃないかと思う。
ごろんと仰向けになって天井を見つめる。
もっとこう、若い男女らしいデートの仕方ってもんがあるんじゃないかと
恵一が真剣に考え出したとき、ポケットの携帯が鳴った。
「お……と」
コールは三回だけで、恵一が携帯を開くとすぐに止んでしまった。
履歴に残ったのは知らない番号だ。
なんだよ、と思ったのもつかの間。ちょっと真里に意地悪してやろうと考えた。
「……もしもし」
携帯を耳にあてて、誰でもない誰かと話しているふり。
「あ、ひさしぶりー。どうだった?……うん。……うん。そっか、
 上手くやってるんだ。よかった」
しゃべりながら、ちらちらと真里に視線を送ってみる。
恵一の電話なんかまるで興味なさげに、ぴこぴことゲームを続けている。
ちょっとむかついた。
「……え、あえないかって?参ったなあ、来週は……ああ、ちょうど
 空いてるな。じゃあ公園で……うん、お昼ごろに。うん。うん。
 わかった。……じゃあね」


そのまま携帯を閉じて、また大の字になる。
目線だけ真里にうつして、なんでもないことのように言った。
「清水さんから電話でさ。隣のクラスの女の子なんだけど。来週遊ぶことになった」
「ふーん」
「参ったよなあ。服選ぶの手伝って欲しいんだって。
 そういうのって女の子同士で行くもんだよなあ」
「そうねー」
「……」
「あ、やられた」
ゲーム機からどかーんという爆発音が聞こえた。
頭を掻いてふん、と気合を入れ、またゲームを始めた真里に、思わず言ってしまった。
「マリ姉ってさあ」
「んー?」
「やきもち焼かないよね」
言ってから、しまった、と思った。
これじゃ、やきもち焼いてほしいみたいじゃないか。
いまさら気づいてももう後の祭り。ぽかんとした顔で恵一の顔を見た真里は、
みるみる楽しそうな笑みを浮かべて、くつくつと小さく笑った。
「あれあれえ。けーいちくん、やきもち焼いて欲しいんだあ」
「な……ち、違うよ!そういうんじゃなくて!!」
「あっはははっ!それじゃあ、昨日あたしじゃなくてクラスの女の子とお昼食べてたのも?
 最近やたら女の子と仲よさそうにしてるのも?ぜーんぶ、あたしに見てほしかったからなのねー」
小さく笑っていた真里はそのうち我慢できないというように、げらげらと笑いはじめた。
なんだか頭がかーっとなって、でも口にも出せないで、恵一はそのまま布団をかぶった。
恥ずかしい。これは恥ずかしい。


やっと笑いをおさえた真里が、布団をひっぺがした。
そのまま恵一の腕をひっつかみ、ほんの少し近づければ唇まで触れそうな
距離まで顔を近づけて、真里はにんまりと笑った。
「な、なんだよ……」
「拗ねるな拗ねるな、若者よ。さて、突然ですがここで意地悪クイズです」
「え?」
「さっき恵一の携帯にかかってきたコール。あれは、本当は清水さんじゃなくて
 誰からのコールだったのでしょう?」
…………
「まさか!?」
「ぴんぽーん!大正解♪恵一の一人芝居もバ・レ・バ・レ♪」
自慢げに自分の携帯を取り出し、手のひらでぷらぷらさせてみせた。
真里が好きなオーシャンブルーの携帯は、色だけ同じで形が変わっていた。
「やー、折角新しいのにしたからびっくりさせてやろうと思ってたけど、
 見事にひっかかってくれちゃって。かわいいやつめ」
「……」
「あたしは恵一のことならなーんでもお見通しなの。急に女の子と
 話すようになってるんだもん、すぐわかったわよ。
 やきもち焼いてほしいんだなーってことくらいはさ?」
「……くそ、もう知らねえ!マリ姉なんか知らねえ!」
「だーかーら、拗ねるんじゃないの!」
「ふざ……!?」


続きは口にできなかった。真里の唇が、恵一の唇に重なったからだ。
こつこつと、舌で恵一の歯をたたき、そのまま口中に侵入する。
涎を飲み込む音。息苦しくなってきたところでようやく解放してくれた。
「……マリ姉」
「あのね」
恵一の両肩に手を置いて、真里は怒ったような顔をした。
「恵一のことならなんでもお見通し。でもね、それで避けられ続けたあたしの
 気持ち、考えたことある?あたしがずーっと余裕ぶってられたと思う?」
「……」
「毎日顔を突き合わせてるのに、一週間もキスしてくれなかったよね。だから」
もう一度、真里は恵一の唇に自分のそれを重ねた。
背中に手を回し、二度と離すまいとしているかのように、思いっきり力を入れた。
「今日は、一週間分、かわいがってくれなきゃ許さないからね」
耳元で、そっとささやいた。
それは、恵一の力を奪うのに十分すぎるほど、艶っぽかった。


暑いからと開けた窓から真夏の太陽が容赦なく差し込んでいる。
外でセミがじわじわとすだく声が聞こえた。
冷房もなく暑苦しい部屋は、二人の男女の熱でますます暑くなった。
2009年06月19日(金) 21:38:29 Modified by amae_girl




スマートフォン版で見る