6-36 甘甘新婚さん


「ただいま」
玄関を開けるとまず嗅覚が刺激される。
夕飯の香りと、清潔に片づけられた「我が家」の臭い。
「おかえりなさーい」
次に聴覚。柔らかい声と、ぱたぱたと響くスリッパの歩行音。
すぐにリビングに通じるドアが開いた。
にっこりと、零れるようなほほえみをたたえた妻の顔を見るだけで
視界を光が満たしているような錯覚に囚われる。
今日のエプロンはパステルイエロー。控えめなフリル付き。
先週末に購入するときには「ちょっとデザインが可愛らしすぎるかしら?」
と不安そうだったが、全くもってそんなことはないと断言しよう。
店で合わせてみた時よりも、生活感というアクセントが妻の美しさを
いっそう引き立てている。これこそホームタウンデシジョン!
視覚を幸せ色で満たしている間に靴を脱ぎ、妻に促されるまま
リビングに向かいつつ、背広を預け鞄を置く。
そして、妻のほっそりした指先が私の首元に伸びてくる。
しゅるり、とネクタイが外され、首元のボタンが二つ外された。
「今日もおつかれさまでした」
そういいながら妻の指先がのびる先は、一瞬前までカラーに隠されていた、
左側の首筋。
そこについたうっすら赤い二つの徴を、触れるか触れないかという
微妙なタッチで撫で上げる。
「・・・ちゃんと残ってる。うれしい」
余りにも繊細な触覚への刺激と、恥じらうような、媚びるような顔で
見上げてくる妻の姿にあてられ、いとおしさがこみ上げてくる。
思い切り抱きしめようと両の腕を上げた瞬間、するりと妻の腕が
私の胴にからみつき、きゅ、っと抱きしめられた。
「だ、め。『お帰りなさい』の後で、あなたに抱きつくのはわたしの権利よ」
胸元にすり寄る甘美な感触を堪能していると、背中で組み合わされていた
妻の指先が、二回、私の背中を叩いた。
「・・・あなたの権利も、行使して下さいな」
妻のささやくような言葉に全力で応えるべく、私は妻のおとがいに
手を添えつつ、そっと顔を寄せる。
「帰ってきたよ。愛する君のところに」
そしてついに、妻の唇を味わい、味覚までも充足させることで、
私達の『帰宅の儀式』は完了するのだった。


2009年10月28日(水) 19:37:51 Modified by amae_girl




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