多人数で神話を創る試み『ゆらぎの神話』の、徹底した用語解説を主眼に置いて作成します。蒐集に於いて一番えげつないサイトです。

物語り

記述

メクセトと魔女 1章(1)

「嘘……こんなことありえない」
 少女の形をした彼女は大きく目を見開いて呟いた。
 それはあり得ない出来事のはずだった。そんなことはあってはならないはずだった。
 だが、彼女の目の前の出来事は紛れもなく真実だった。
「何で……どうして?」
「ふん、お前、『魔女』か」
 彼女の目の前で、舞い上がった土煙の中、軽く左手を挙げた男は不適にも口元を歪めて言う。
 その姿が彼女には限りなく邪悪なものに見えた。
 恐怖、という彼女にはあってはならない感情が彼女の中で鎌首をあげる。
「面白い手品だ、もう一度やって見せろ」
 彼女は絶叫し、もう一度同じことを……彼女の知る限りの最強の攻撃魔法による力の塊を男にぶつけた。
 だが、結果は同じだった。
 まるで同じ刻が繰り返されたかのように、男は再び軽く左手を挙げ、力の塊は脆い何かが砕かれたように四散して、大気の中へと消えていく。あとには砂埃だけが派手に舞うのみ。
「嘘……嘘……こんなわけ、ない」
 それは彼女の渾身の力のはずだった。
 これに直撃されて地上に存在する物質があるはずはないのである。
 だというのに、目の前の男は傷一つなく彼女の前に立ちはだかっていた。
「やれやれ興醒めだな。栄華を誇りし、『ハイダル・マリクの切り札』がこの程度とはな」
 男は肩を竦め、彼女はその場に思わず座り込みそうになる。
「何者なのよ……何なのよ、貴方?」
「余の名前なら既に知っておろう」座り込んだ彼女を見下すように笑みを浮かべながら男は言う。「余の名はメクセト。これより全てを統べる者だ」
 彼女は恐怖に再び絶叫し、そして知る限りの、ありったけの魔法を男に叩き込んだ。

メクセトと魔女 1章(2)

 全ての栄華に終わりがあるように、その都市国家にも終わりの刻が迫っていた。
 それは従属民族の走狗にしか過ぎなかったはずの一人の男によってもたらされようとしていた。
 その男の統べる叛徒は、従属民族によって構成された傭兵部隊の大軍を打ち倒し、虎の子の正規軍をも易々と打ち倒した。
 あらゆる力も、魔法も、知略も全てはその男の前では無力だった。
 男は正に『魔人』だった。
 故に、毒には毒を、魔には魔をと都市国家は最期の手段を講じたのだが……
 
 
 「おぉ、何ということだ」
 白亜と宝玉に彩られた宮廷の中、軍政官はその少女を前にして言った。
「人類を裏切る行為だと知りながら、かかる行為に及んだというのに……」
「遂に栄華を誇りしハイダル・マリクも終焉ということか……」
 絶望にざわめく群臣を前にして、ふん、と小馬鹿にするように少女は鼻を鳴らした。
「人類の至宝なんて言われているぐらいだから、どんな所かと思って来たら、とんだ張子の虎も良い所ね」
「何を言うか、小娘!」
「そうだ、畏れおおくも陛下の御前なるぞ!」
 彼らは口々に少女の無礼を責め立てたが、少女は怯むことなく「下が下なら上も上ね」と小馬鹿にした口調で言う。
「貴方達が同盟を求めるからわざわざ姉妹の代表として来たというのに、こんな無礼な態度をとる臣下を責めもしないなんてね」
「この娘の言う通りである」
 金色の玉座に腰を下ろした獅子の仮面の王は言った。
「娘よ、臣下に代わり、非礼を詫びよう」
「陛下……」
「良いのだ」
 そう言って、男は玉座から立ち上がり、少女の前まで歩み寄るとその足元に跪いた。
「陛下、なりませぬぞ、この小娘は……」
「良いのだ!」
 男は、文政官を一喝して制すると、「ハイダル・マリクが王である。援軍に感謝する」と跪いたまま言った。
「ま、及第点という所ね」
 くっ、と屈辱に身を震わせて耐える群臣を、悪戯っぽい流し目で見回しながら少女は言った。
「それじゃ本題、まず私達姉妹は貴方達人間とは同盟を結びません」
 「ふざけるな!」と軍政官の一人が身を乗り出して抗議する。
「かかる屈辱に耐え、『人類の裏切り者』の汚名を後世まで被る覚悟で同盟を結ぼうという我々の申し出を無下に断るというのか?」

メクセトと魔女 1章(3)

「まっ、当然よね。貴方達が私達姉妹にした迫害の数々を考えれば、そんな申し出受けるわけないじゃないの」
 軍政官の抗議をさらり流すようにして言う少女の言葉に、絶望と憤怒に彩られる宮廷。
 しかし、少女はその場の雰囲気に呑まれることなく平然とした様子で「人の話は最期まで聞きなさいよね」と言った。
「ただし、今回だけは貴方達に助力します。条件は一つ、以後私達姉妹に干渉しないこと。同盟を結ぼうとまで言った貴方達なんだから、このぐらいの条件は呑むでしょ」
 沈黙が宮廷を支配する。
 彼女達に干渉しないということは、ある意味同盟を結ぶよりも取り返しのつかない結末になるかもしれないことだった。
 だが、もし今、彼女達の助力がなければ、この都市国家に待ち受ける運命は確実な滅亡である。
「……願ってもいない条件。この王、しかと受け止めよう」
 沈黙を破り、少女に跪いたままの王が口を開いた。
 既にして、彼女達に同盟を申し入れたこと自体が『人類を裏切る』行為なのだ。これ以上、何の汚名を恐れる必要があろうか?。汚れるというのならば、どこまでも汚れてでも生き延びてやろうではないか。未来永劫、子々孫々に至るまで罵られてみせようではないか。その覚悟がこの王にはあった。
 その王の心を知ってか知らぬでか、「感心、感心」と少女は相も代わらず小馬鹿にした態度で言う。
「それでこそ、援軍に来た甲斐もあるってものね」
「一つ質問して良いかね?」年老いた軍政官が、恐る恐る口を開いた。「援軍というのは君一人なのかね?」
「えぇ、そうよ」
 当たり前のことのように少女は答えた。
「……それで勝てるのかね、あの男、メクセトに」
 わずかな沈黙の間をおいて軍政官は少女に尋ねる。
「愚問ね」
 少女は鼻を鳴らして言う。
「信頼していいのだな?」
「それも愚問だわ」
 自信ありげに少女は答えた。
 群臣たちは互いに顔を合わせ、ひそひそと何かを囁きあい、やがて一人の男が彼女の目の前に現れ、王と同じように少女に跪いて言った。
「私からも頼む、この国を、ハイダル・マリクを是非貴方の力で救っていただきたい」
「私からもお願いします」
「私からも……」
 どうやら、この男はかなりの有力者だったらしく、群臣達は次々に少女に跪いた。
「頼まれるまでもないわ、私を誰だと思っているわけ?。『キュトスの姉妹』の一人なんだから」
 少女はそう言って胸を反らした。
 「そう言えば……」と王は頭を上げて、少女に聞く。
「余はお前に名を尋ねていなかったな?。名はなんと申す」
「あぁ、それは答えられないわ。私が名前を教えるのは、私が心を許す相手だけなんだからね」
 そう言って、少女は身を翻して王宮を後にしようとする。
 目指すは、彼女の今回の敵にして、ハイダル・マリクの敵、メクセト。
「まぁ、大船に乗った気持ちで待ってなさい。そのメクセトとやらを見事退治してくるから」
 それが数時間前の出来事……

メクセトと魔女 1章(3)

 もはや、それは魔法にすらなっていなかった。
 出鱈目な呪文の詠唱と、出鱈目な力の解放。
 しかし、それでも尚、その力は地を抉り、土埃をあげ、確実に地上のあらゆる物質を破壊するに足りるはずの力だ。
 だというのに、土煙の晴れた後、男はそこで何事もなかったかのように悠然と腕を組んだまま立っていた。
 その体には、傷一つない。
「それで終わりか、手品師」
 言われて彼女は恐怖にその顔を引きつらせながらも何かをぶつぶつと呟いた。
「聞こえぬぞ。言いたいことがあれば余に聞こえるように言え」
「私は……私は……末妹とは言え『キュトスの姉妹』。神より分かれた者。神に等しき力を持つもの」彼女は震える手で魔法の用意をしながら言った。「貴方達人間とは違うの!。貴方達人間に負けるはずはないの!。こんなことあっちゃいけないの!!」
「お前の目の前にある余が真実だ。認めるがいい」
 男は一言の元に少女の世界に取り返しのつかない皹を入れる。
「認めない。こんなの認めない!」
 しかし、少女は砕けかけた世界にすがろうとして再び力を解放しようとした。
 残った全ての力を、その命すらも、出鱈目な呪文の詠唱に載せて少女は己が世界を繋ぎ止めようとする。しかし……
「もう、その手品は飽きたぞ」
 男は少女の目の前へ歩み寄り、そして彼女の手を掴んで呪文の詠唱を止める。
 「ひっ」と少女は息を呑み、そして座り込んだ。
「どうした、もう終わりか?」
 男の言葉に少女は声にならない嗚咽をあげて泣き叫んだ。
 少女の世界は、今、音を立てて崩壊したのだ。
 その少女の腕を掴んだまま男は彼女を見下ろしていたが、やがて開いている方の手を使って少女の顎を掴み、自分の方にその顔を向かせた。涙で顔をくしゃくしゃにした美しい顔がそこにはあった。
「ふぅむ……」
 その顔を値踏みするように眺めていた男は、「従事官!」と自分の背後に下がらせていた軍勢の中から一人の男を大声で呼んだ。
 やがて、「ただ今!」と軍勢の中から、一人の若い男が馬を走らせて姿を現せる。
「従事官、余は今宵のうちにハイダル・マリクを焼く」
 さも大したことではないかのように、静かな口調で男はそう宣言した。
 従事官も男の性格を分かっているのだろうか、「御意に」と当たり前の指令を受けたかのように頭を下げる。
「西門のみを残し他の門に兵を遍く配置せよ。未だハイダル・マリクに残る民や生き延びたい生存者は西門から逃がす。だが、西門以外からは蟻一匹逃すな」
「しかし、それでは……」
 王は西門より逃げてしまうのではないか?ということを従事官は心配した。
「安心しろ。あの王は都と運命を共にするであろう。そういう人物だ、あれは」
「しかし、臣下の中には王を無理矢理連れ出すものがいるかもしれません」
 「ならば西門に弓兵を伏せておけ」と男は指示を出す。
「いくら身をやつせども、その姿は遠目からでも分かろう。王の姿を見たと思うたのならば迷わず弓を射て、それを殺せ。それより……」
 男は、その時になって、ようやく掴んでいた少女の腕を離した。
 恐怖に怯え、少女は座り込んだまま男から後ずさった。
 しかし、その足を、その腕を、目に見えない鎖のような何かが縛り付けて少女の動きを拘束した。
「ハイダル・マリクを焼き払った後、余はそこに余の宮殿を造るぞ。余の後宮に部屋を一つ用意しておけ」
「……!!」
 少女は声にならない絶望の悲鳴をあげた。
 それは、男が彼女を蹂躙することを高らかに宣言したということを意味した。
「喜べ、魔女。お前を女として扱ってやる」
「こ、殺しなさい!」
 恐怖に怯えながらも、少女はそう言って男に最期の抵抗を試みる。
「人間に好きにされるぐらいなら、私は死を選ぶわ」
「余は勝者なるぞ。敗者に自らの運命を選ぶ権利などない」
 そう言って、男は、少女を舐めるように見回し、「楽しみだ」といやらしい笑顔を浮かべて言った。
「散らされた経験の無い乙女を、いかなる女に開花させるか……それが魔女ともなれば、考えるだけでも楽しみだ」
「く……ぅっ」
 少女は顔を背け、自らの不運を呪う。
 人間ならば、己が誇りを守るために舌を噛んで死を選ぶことも可能だろう。だが、彼女は『キュトスの魔女』である。そのようなことでは死ねぬし、傷口もすぐに癒える。癒えない傷は心の痕だけだ。
「それまで、この魔女は余の幕舎に置いておけ。兵には指一本触れさせるな」
「御意に、メクセト閣下」
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