多人数で神話を創る試み『ゆらぎの神話』の、徹底した用語解説を主眼に置いて作成します。蒐集に於いて一番えげつないサイトです。

物語り

記述

メクセトと魔女 4章(1)

 人は振り子。
 暁と黄昏を、そして栄華と衰退を行き来する振り子。
 全てを支配するのはラプラスの竜か、それともシュレディンガーの猫か?
 確かなことは、その後の物語は歴史や伝承の語るとおりだということ。
 圧倒的な力を誇る神々との戦いにメクセトは敗れ、そして捕らえられた。
 形ばかりの裁判による判決は処刑による死。
 敗者は運命を選べない、とかつて彼は自ら嘯いたが、それは自身も例外ではなかった。
 
 
 かつてその地にはハイダル・マリクと呼ばれた都市国家があり、メクセトという男の宮殿があった。
 だが、今、更地になったその場所にあるのは広大な処刑場だった。
 そこで処刑されるのはただ一人、かつて地上を統べた男……そして神に叛いた男。
 刑場に集まった群衆の王であった男だった。
 勝者のみが敗者を裁くことが許されるというのなら、その罪は突き詰めれば戦いに敗れたこと……そしてその罰は同じ人間の手による処刑。
 刑場に集まった群衆は、かつて自らもその戦いに熱狂したというのにそれを忘れたかのように、否、そうすることで自らの行為を忘れようとするかのごとく、罪人が姿を現す前から口々に男を詰った。
 それは王であった男にとって限りなく惨めなことのはずだった。
 だが、刑場に引き出された男は俯くことなく堂々と真正面を見据えて、そしてその顔には薄笑いすら浮かべていた。
 堂々たる体躯の隅々に再生防止のための魔術刺青をされ、腕には幾重もの呪術縄が巻き付いて食い込み、その肌には体を弱らせるための拷問の跡が生々しく残り、未だ鮮血を滲ませていた。
 だというのに、その顔には苦痛の表情はなく、口々に自らを罵る群衆にも怯む態度を見せず、目の前に迫る確実なる死の運命にも恐怖すら見せていなかった。この期に及んでも尚、彼は王だったのだ。
 だが、それを認めないようにするためか、人々はそんな男に罵声を浴びせ、石もて投げ打つ。
 石つぶての雨は容赦なく彼を打ち据えたが、彼はまるでそれらを雨粒程にしか感じていないのかその表情を変えない。
 やがて、彼は処刑台に跪かされ、処刑吏は彼に末期の水を勧めたが「いらぬ」と彼は答えた。
 神官が現れ、彼に懺悔を求めたが「せぬ」と彼は答える。
 神官はその言葉に眉を顰め、「最期の言葉は?」と聞いたが「ない」と彼は言った。
 やがて処刑は始まった。
 足の小指から始まり、両手の指、両の瞳と、処刑は彼が苦しむように行われたが、彼は呻き声一つあげず、また表情一つ変えない。その顔には全てを嘲笑するかのごとく笑みがあった。
 やがて、手足も切り落とされ、芋虫のようになった彼はついにその首を切り落とされることになった。
 その時になり、彼は突然顔を上げた。
 そしてその口には歯もなく、既に舌も切り落とされたというのに、人々は確かに聞いたのだ、あの高笑いを……
 それはメクセトを知る人ならば誰もが知る、彼の高笑いに他ならなかった。
「最高だ、お前ら!」
 続いて聞こえたその声に人々は驚愕する。
「余はお前らを愛しているぞ!」
 そして、その首は斬り落とされた。
 この目的だけのために神より授かった【神々の斧】によって……それで切られた物は何人の手をもってすら再生できない、その神具によって……
 メクセトの首は宙を舞い、そして地を跳ね、それきり動かなくなった。

メクセトと魔女 4章(2)

 群衆の中から一人の少女が飛び出したのはその時だった。
 彼女は刑場の柵を超え、静止する兵士たちを押しのけ、そして地面に転がったメクセトの首をその手に抱え上げた。
 彼女が覗き込んだその顔には既に双眸は無く、鼻も無く、唇すら削がれていた。だというのに、その顔は笑っていた。彼女の記憶に残る、あの日と同じ笑顔がそこにはあった。
「馬鹿よ……馬鹿よ、貴方」
 少女は自分の声が震えていることに気付いた。
 ……あれだけ憎んでいたのに……あれだけ「殺してやる」と誓っていたのに……あれだけ死を願っていたのに……今はただこの人の死が心に痛い……この人が私を変えてしまったから……
「馬鹿!、馬鹿!、馬鹿ァ!」
 彼女はメクセトの首を抱いて泣きじゃくった。
 もう人目も何も関係がなかった。
 ただ感情の赴くままに泣いた。
「おい、娘」その彼女に処刑吏は横柄な口調で咎める様に言う。「その首をこちらによこせ」
「嫌よ」
 少女は俯き、メクセトの首をその胸に抱いたまま答える。その声には怒りすら篭っていた。
 不幸にも処刑吏はそのことに気付かなかった。
「絶対に嫌」
「もう一度言うぞ、痛い目に遭う前に……」
「煩い!」
 怒ったように少女が手をかざすと、鋭い閃光が一瞬煌き、次の瞬間には処刑吏は灰になって消し飛んだ。
「『魔女』だ!」
 その光景に呆然としていた群衆の一人が叫んだ。
「メクセトの囲っていた『魔女』だ!」
「噂は本当だったのか!?」
「恐ろしい……忌まわしい」
 人々は口々に囁き合い、やがてそのうちの一人が「忌まわしい『キュトスの姉妹』め!」とその手にした石を彼女に投げた。
 石は彼女の額に当たり、彼女の額から一筋の赤い血が流れた。
 やがて、一人、また一人と人々はその手に石を取り、彼女に向けて投げ始める。
 石つぶての雨の中、「何よ、貴方達……」と少女は呟くように言った。
「貴方達だって熱狂したじゃない……『被創造物が創造主より解き放たれるのだ』という言葉に酔いしれたじゃない……この人を二度と引けない所まで追い詰めたじゃない!」
 彼女の言葉に恥じ入るところがあったからか、一瞬群衆は黙った。
「貴方達だって同罪じゃない!この人を責める権利なんてないじゃない!」
「黙れ『魔女』!」
 再び石つぶての雨が降る。
「お前達が俺達を唆したんだ!。騙したんだ!。裏切らせたんだ!」
 「そうだ、そうだ」と人々は彼女に罵声と石つぶてを浴びせた。
 もちろん彼女の言うところも少しは分かっていたに違いない。だが、己が罪を認めぬようにするためには、そうするしかなかったのだ。しかし、その人の脆さが彼女には分からなかった。
「許せない……貴方達許せない」
 彼女はゆっくりとその俯けていた顔を上げる。
 美しい顔を怒りに歪め、血塗れのその顔は正に彼らが心の中に思い描き、恐れていた『キュトスの姉妹』に他ならなかった。
「無くなればいいのよ……こんな世界、無くなれば良いのよ!」
 彼女はゆっくりとその右手を上げた。
 突然、空が曇り、地面がゆっくりと、しかし確実に震え始めた。
 人々には何が起きたか分からなかった。だが、恐ろしいことがこれから起きるのだ、ということは察することができた。
 もし、かなり高度な魔力を持った人間がいたのならば、空から、いやもっと高い場所から純粋な破壊の力が、まるで滴り落ちるように地面を目指して迫っていることに気付いたはずだ。
 それは世界を滅ぼすに、いや掻き消してしまうに足りる力だった。
 メクセトが生前彼女に教えた魔法……『きっとお前は使わない』と自信を持って言った魔法……彼自身、例えその身が敗北に繋がろうとも決して使わなかった魔法……全てを台無しにしてしまう魔法。
 しかし、彼女は一時の感情に任せてそれを使おうとしていた。
「無くなっちゃえ!。全部無くなっちゃえ!」

メクセトと魔女 4章(3)

 彼女の叫びと共に、ゆっくりと、だが確実に空が裂け始めていた。
 空に現れた、闇より深い漆黒の点。
 それはゆっくりとその数を増やし、やがて点が線になり、面となってその領域を増やそうとしていた。
 そして、その闇の最中から、明らかに禍々しい何かが、滴り落ちる樹液のように地面を目指して降下しようとしている。
 だが、人々はその空の変化に気付かなかった。否、正確にはその変化を見ることが出来なかったのだ。
 なぜなら空の変化と共に地面の揺れは一層激しいものとなり、人々はその場に立っていられなくなっていたからだ。
 だが、群衆に紛れていた、黒衣を纏った幾つかの人影はその揺れをものともせず、天上を見上げていた。
 それら……いや、彼女達には天から滴り落ちようとしている『それ』の正体と、これから起きる事態が分かっていたのだ。
 『それ』は、力へと具象化する前の、巨大な魔力の塊、この世界を構成する一つだった。
「いかん、ダーシェンカ!」
 彼女達の一人、ヘリステラが慌てた様に傍らにいる同じ格好をした女に言った。
「分かっています!。カタルマリーナ!、サンズ!」
 女が言うと、同じように群衆の中に立っていた二つの人影が、刑場で何かを受け止めようとするように右手を上げる少女に跳躍し、そして懐から何かを取り出すと、それを彼女に目掛けて投げつけた。
 それは拘束紐と彼女達から呼ばれる縄だった。
 正確には物質ではなく幾重もの魔法を練り上げて作られたそれは、素早く彼女を包み込んで拘束し、呪詛に似た声で詠唱される彼女の呪文を止める。だが、空から滴り落ちようとする『それ』を止める事はできない。
「駄目か!?。妹達、力を貸してくれ!」
 ヘリステラは妹達から魔力を集め、それを力に練り上げて『それ』にぶつける。
 力の衝突の末、『それ』は僅かに消耗したが、地上への落下を止めようとはしなかった。
「駄目ですわ。やっぱり消えない」
 蒼い顔をして、天を見上げたままダーシェンカは言う。
 今や、『それ』は大気を震わせながら地へと接触しようとしていた。『それ』が地に触れ、力へと具現化した時、世界は掻き消されるのだ。
「いや、今『発動』しなければ良い!。サンズ、『』だ、ムランカとあれを『扉』で飛ばせ」
「はい、それで目的地はどこに?」
 サンズと呼ばれた黒衣の女がヘリステラに聞くと、ヘリステラは天上を見上げたまま言った。
星見の塔の【虚空の間?】、この前作った部屋だ!」
「あの部屋……ですか?」
 それの意味する所を知っているサンズは一瞬躊躇する。
「そうだ、他に方法はない。早く!」
 慌てたようにサンズが呪文を詠唱すると、ムランカの足元の空間に僅かな歪が発生し、それは目に見える歪みになって彼女と、そしてそれを飲み込んだ。
 やがて地面の震えが止まり、 空は何事も無かったようにその蒼さを取り戻す。
「間に合ったようですわね」
「そうだな……」
 群衆と処刑吏達が大地の震えが収まったことに気付き、恐る恐る顔を上げた時、そこにはあの『キュトスの姉妹』である少女の姿はなく、ただ処刑されたばかりのメクセトのバラバラになった身体だけがあった。
 しかし、処刑吏達がいくら探しても、その頭部だけは見つけることができなかった。
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