最終更新: fugal_tokyo 2011年05月03日(火) 15:13:06履歴
六本木は、明治時代〜昭和初期にかけて麻布区の一地域で、戦後、麻布区から港区になったが住居表示実施前は「麻布六本木町」という町名であった。 行政区分や警察署・郵便局の管轄も、六本木は麻布管内となっている。
六本木近辺の軍事施設は太平洋戦争終戦に伴い日本の占領にあたった連合国軍に接収される。そのため外国人向けの商店や飲食店が多く集まるようになる。また1950年代にはテレビ局が開局し、芸能人の出入りする店も次第に知られるようになった。1960年代後半からは、外国人向けの飲食店や若者向けのディスコがいくつかオープンし、東京を代表する夜の遊び場として有名になった。1980年代後半のバブル経済期にはディスコだけで数十軒が立ち並ぶようになり活況を呈したが、その後バブル経済の崩壊とともに多くの店が閉店した。
2007年現在、平日は昼夜を問わずサラリーマンやOLの姿が目立ちオフィス街であるが、六本木一丁目にはスペイン大使館、スウェーデン大使館などの外国公館や、六本木七丁目の米軍施設(ヘリポート、星条旗新聞社ほか)などがあり外国人の姿も目立つ。また週末の金・土曜夜になるとバーやクラブ、キャバクラなどが林立する繁華街の様相を呈する。クラブ目当ての若者や外国人のほか、キャバクラ嬢や外国人の客引きが街頭に出ている姿が見られる。また傷害事件やカジノ賭博・麻薬密売等の違法行為も存在し、時折検挙等により明るみに出ることがある[1]。また新宿歌舞伎町などと同様に暴力団同士の抗争も垣間見られる。
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