Gunslinger Girl 〜或いは、別れる兄妹の話〜 // オリジナルキャラクタ
        // コタツ // オリジナル設定あり // 2010/02/06〜2010/02/07



Gunslinger Girl 〜或いは、別れる兄妹の話〜


 イヴは走っていた。
「――」
 まだ未成長な足を、懸命に身長より長く伸ばして、走っていた。
 ペースは一定。足が地に着くと同時に、自分の短めな金髪が規制的に揺れるのを感じる。
 ……あと、ちょっとで休憩!
 残り数十メートルで、前半のノルマも達成だ。その後、休憩が入る。
 ……よし。
 背筋はしっかり伸びている。身体を適度にリラックスしている。体力もまだ少しだけ余力がある。
 なら、行けるはずだ。
「……!」
 地を蹴る左足に、力を入れた。
 姿勢はやや前傾気味。冷たい冬の空気を、全力で突っ切る。
 視界脇から単調に続いていた緑の並木と灰色の舗道が途切れ、広場に出た。
 減速。停止。
 膝に手をつき、肩で呼吸をする。火照った体を、冬の寒さがジャージの隙間から入って来た。
「アベル、さん……」
「ああ、もういいぞ」
 イヴが呼びかけると、ベンチに座っていたスーツ姿の男、アベルが頷いた。
「五分間休憩。その後ランニング五周な。ほら、水飲んどけ」
 と、ペットボトルを投げ渡される。イヴはそれを受け取るや否や、キャップを捩じ切って水を含んだ。渇いた口腔を、冷たい水が潤す。
「……はぁ」
 ボトルの口から唇を離し、一息つく。
 ふと、イヴは横から視線を感じた。それも、普段から感じ慣れた視線だ。
「あ、あの、アベルさん? どうかしましたか?」
「あ? ああ、スマン。少し考えごとをな……」
 視線を脇に逸らし、アベルは頬を掻いた。
「考えごと?」
「ん、ちょっとな……」
 曖昧な返答に、イヴは眉をひそめた。
 ……やっぱり、あのことかな。
 思い当たることが、一つあった。一番可能性があるとしたら、それだろう。
「あ、あの……」
 口を開け、発音する。しかし、
『――! ――!』
 唐突に、音が鳴った。
 バイヴレータを伴う電子音。携帯のコールだ。
「はい、もしもし。アベルです……」
 誰からのコールだろうか。
 阿呆のように開けた口を閉じ、黙って電話が終わるのを待つ。
「はい……はい、解りました。失礼します」
 パタン、と携帯を閉じ、アベルはイヴを見た。
「急な仕事が入った。今日のトレーニングはここまでにする。全く、クリスマスイブだというのに、公社も野暮なことをするもんだ」
 演技過剰気味に言うアベルに、イヴはそうですね、と曖昧に頷いた。
「ああ、ちなみにランニングの残りはまた今度に繰り越しだ。計十五週だな」
「ぇ……」
 顔が引き攣ったのが自分でも分かった。
「なんだ、ランニングは嫌いか?」
 はい、とイヴは首肯する。
「つまらないので嫌いです。……まあ、アベルさんがやれっていうなら、別の話ですが……」
「よし、なら『やれ』」
「え? あ、その……ハイ……」
「いや、冗談だからな?」
 少し呆れたようにアベルは溜め息をつく。
「まったく、薬はこういうところで融通が利かんから困る」
「アベルさんの、いじわる……」
「いやいや、俺は仮にも公益法人『社会福祉公社』の一社員。意地悪だなんてとんでもない」
 無論嘘だが、とアベルは演技をやめ、自嘲気味に笑った。
「さあ行こう。時間が無い。昼食は車の中で摂るぞ。ほら、早く車に乗れ」
「は、はい!」
 ボトルに残った水を一気に呷る。その時にちらりと見えたローマの空は、青かった。
 ……でも、なんか寂しいな。
 ボトルをゴミ箱に捨てると、イヴは急いでアベルの後を追った。



 イヴの担当官が変わるらしい。
 それを聞いたとき、イヴは愕然とした。
 福祉公社から、声がかかったそうだ。一期生のイヴはもうそろそろで終わる。だから、新しく二期生を担当しないか、と。
 つまりそれはアベルの実力が認められた、と言うことであり、同時にそれはイヴとアベルの今生の別れを意味する。
 その話は、まだ噂の域を越えていない。しかし、さっきのアベルの反応からして、本当のことなのだろう。実際にイヴは以前、アベルが二期生と一緒に歩いているのを見たことすらあった。
 嫌だ、とイヴは思う。今まで頑張って、みんなから“兄妹《フラテッロ》”と呼ばれるほどの関係を築き上げたのに、なんで、どうして、と。
 ……ダメ。ダメよ。
 頭を振り、思い直す。これは最愛の兄の出世だ。自分がわがままを言って良いものでは無い。
 ……でも……。
 しかし、どうせ忘れてしまうことだと思い、諦めようとしても、余計にそれがイヴの胸を締め付けた。
「……」
 はぁ、と自己嫌悪気味に溜め息を吐く。外とは違い、車内だと息は白くならなかった。
「――近々、五共和国派《パダーニャ》とその相互援助組織との交渉があるらしい。今回はそれを台無しにして、五共和国派の信用を削ぐことが最終的な目的となる。
 五共和国派の殲滅か、交渉材料の一つである機密情報の奪取。どちらでも好きなほうを選んで良いそうだ。
 場所はこの先にある屋敷の後。敵の人数は少なくない上に、五共和国派は独立運動にしろ何にしろ、色々と過激な組織だ。細心の注意をするように。なにかあったら通信機で俺に連絡すること。以上。いいな?」」
「はぁ、諒解です。――ちなみに、二課の所長さんは、何て言ってましたか?」
「『非戦闘員は出しゃばるな』。どうだ? 身に沁みる言葉だろう?」
 そうですね、と苦笑気味に返す。
 しゃくり、と昼食の最後の一口をかじり終え、また次のリンゴに手を伸ばそうとする。
「あれ? もう無い……」
 紙袋の中を見るが、パンやバナナぐらいしか無い。
「どうした?」
「あ、いえ、もうリンゴ、全部食べちゃって……」
「他があるだろう。パンとかバナナとか」
 はい、と答えたが、その手は一向に紙袋へ伸びない。
「……お前、リンゴが好きなのか」
「えっと、はい、すっごく甘くてジューシーで、ちょっと酸味があるところなんかが特に。あっ、あと、なんか食べると頭が良くなる気がするんです」
「」
「へ? なにがです?」
 いや、何でもない、と答えるアベルの声は、何故かいつもより低い。
「お前、好きな動物とかいるか?」
「心理テストですか?」
「ん、そうだな。好きな動物からそいつの性格を当てる」
「わ、面白そうですね、それ。えっと、動物はヘビさんが好きです。あの細長い身体が特に。ああ、でも太くて長いのもなかなか。あ、あと、なんかリンゴ食べさせてくれるようなイメージが――ってアベルさん、頭抱えてどうしたんですか?」
「ああいや、ちょっと失楽園と創世記の第三章を思い出してな……」
「ふうん。――それで、テストの結果はどうですか?」
 前傾姿勢で運転席のアベルの顔を覗き込む。
「聞くまでも無いだろ」
 彼は無表情に言った。
「蛇は『狡猾』だ」



 町外れの森の中。そこに、屋敷はあった。
「屋敷って言うより廃墟って感じですね……うわ、壁なんてもうボロボロ……」
 ずっしりと重みのあるヴァイオリンケースを片手に、イヴは屋敷、否、廃墟の部屋を見回した。
 白かったであろう壁は茶や灰色に変色し、木でできた一部の床は、歩くたびに低く叫び声を上げる。
 ……ホントにこんなところに機密情報があるのかなぁ。
 一息ついて、また機密情報の入ったディスクを探すべく、黙々とタンスを漁りだす。
 ふと、アベルが口を開いた。
「……綺麗だな」
「ここがですか?」
 ああ、そうだ、とアベルは頷いた。
「もしくは美しいと形容しても良い。森の中の棄てられた屋敷――実にロマンがあって良いじゃないか」
「……アベルさんって、案外ロマンチストですよね」
 かもしれないな、と楽しげにロマンチストは小さく笑った。
「まあ、子供には解らん話か。大人になれば解るさ」
「わ、私もう十二です!子供じゃないですよぅ!」
「まだクマさんのカボチャパンツをはいてる奴が何を言うんだ」
「な、なななんでそんなこと知ってるんですかぁっ!?」
 アベルの方に振り向いた。顔がリンゴのように真っ赤になっているのが、自分でも分かる。
「まあ気にするな。年相応の選択だろう」
「〜〜っ、もう、いいです!」
 バン、とタンスを閉める。その衝撃からか、怒りに任せて閉めたわけでも無いのに、タンスの中から木の折れる音がした。
「私は他のところ探してきます!」
 言い捨てるようにして、イヴは足早に扉に向かった。
「あ、おい! イヴ――」
 アベルが珍しく、驚いたように叫んだ。謝ろうと言うのだろうか。
 ……謝ろうとしても、簡単には赦さないんですから……!
 隠すように顔を下にやり、更に足を速める。
 しかしアベルが発した言葉は、
「――危ない! 避けろ!」
 イヴの予想していたものとは全く違うものだった。
「――え……?」
 直後、衝撃で激しく頭部が揺れた。
 ……ぁ。
 視界に白が走った。
 意識がどんどん薄れていく。白はどんどん広がっていく。
 体勢も崩れて床に伏し、そして、イヴは意識を手放した。



 目が覚める。
 ……頭、痛い……。
 妙な頭痛を感じながら、イヴは座っていた椅子から立とうとした。
 「あれ……?」
 立てない。否、そもそも動けない。見ると、イヴの四肢は縄で縛られていた。
 ……ああ、そっか。私、確か部屋から出ようとして……。
 そして、何者かによる不意打ちで、気絶した。
「おっ、やっと起きたかい」
 隣の方から、男の声がした。
「おはようお嬢ちゃん。寝覚めはどうだい?」
 別の男の声。見ると、そこには四人の男たちがテーブルを囲い、トランプゲームで楽しんでいた。
 その中の一際背の高いがっしりとした体格の大男が、席を立ち、こちらに歩み寄ってきた。
「……アベルさんはどこなの」
 あえて質問には答えず、刺々しい口調で問う。それに大男は肩をすくめた。
「あの男だったら逃げたよ。お嬢ちゃんを置いてスタコラサッサ、ってな」
 薄情な奴だよなぁ、と大男。
「お嬢ちゃんもあいつの仲間なんだろう? 何か知ってたら、おじちゃん教えてくれないかい?」
「アンタなんかに話すことは無い」
 ふい、とそっぽを向く。
「ハハハ、マルクのやつ、あんな女の子に振られてるぜ」
「うるせぇ黙ってろ」
「放っておいてやれよ。あのくらいの歳の子になると、扱い辛くなるんだ」
「おっ、経験者は語る、ですか」
「そうそう、この間なんて、最近膨らんできた胸を拝まんと風呂を覗こうとしたらスタンガンで逆折檻されてなぁ……」
 ハハハ、と大男の仲間たちは笑う。
 ……縄の強度は……。
 軽く引っ張って確かめる。固い。相当強い力で引き千切らない限り、解くのは不可能だろう。
「なあ、嬢ちゃん。どうしても教えてくれないのかい?」
「例え知ってても五共和国派になんて話さない」
 そうかい、と溜め息とともに大男は呟いた。
「どうする? 話してくれないっぽいけど」
「どうするもこうするも、尋問するしか無いんじゃないですか?」
 だよなぁ、と大男は鞭を取り出す。
「さて、ちょっとばかしイタイ目見てもらおうか」
「気をつけろよ、最近女の子を殺しに使う組織があるらしいからな」
 仲間の冗談混じりの忠告に、大男はハと鼻で笑い、鞭を一閃した。
「――っ」
 小気味の良い音が響き、熱を帯びた痛みがイヴを襲った。
「どうだい? これでちょっとは話す気になれたかい?」
「……セイウチのケツにドタマ突っ込んでおっ死になさい」
 大男のこめかみに、青筋が走った。
「……そうかい、解った。それならこっちにも考えがあるぞ、っと!」
 風を切る音の直後、快音。
「おい、マルクが怒ったぞ。止めるか?」
「放っておけ。怒らせた嬢ちゃんが悪い」
 仲間たちが相談する中、鞭が空を切る音が何度も、幾度も、何回も鳴る。
 ……我慢。ガマン。がまん……。
 思考と痛覚を切り離す。心頭滅却火もまた涼し。痛くないと思えば痛くなくなる。ひたすら我慢して、機を狙う。
「オラッ! まだまだァッ!」
 大分大男の振りが大きくなっている。まだだ。まだ決定的な隙は出て来ない。
「これで、最後だ!」
 鞭を大きく振りかぶり、振り下ろす。
 ……今だ!
 ぐ、と四肢に力を入れ、縄を引き千切った。そして、
「……!」
 前傾姿勢になり、次の瞬間、頭突く。
「かッ――」
 鳩尾に入ったらしく、大男はうずくまった。
「あっ、マルク! おい!」
 仲間が叫んだ。
 イヴは部屋を見回す。
 ……ヴァイオリンケースは!?
 あった。部屋の隅にある机の上だ。
「このっ……舐めやがって!」
 仲間たちが拳銃で撃ってくる。
 着弾。イヴに穴を開ける。しかし、イヴは駆け、素早くずっしりと重みのあるケースを手に取った。そして、
「やっ……!」
 ケースを、大男目掛けて投擲。
 ケースは直線状に宙を走り、それは大男の顔を殴打した。その反動で中に入っていた物が飛び出す。
「……」
 飛び出したずっしりと重みのあるそれを、イヴは空中で掴み取り、構える。構えたそれは、
「な……!?」
 短機関銃、いわゆるサブマシンガンだ。
『――!』
 安全装置を外し、薙ぐように発砲。凶器が重奏した轟音を奏で、大男の身体を穿った。一人目。
 そのまま大男の仲間に方向を変え、掃射する。しかし、大男の仲間たちは机などの物陰に隠れた。
「が……!?」
 二人目。物陰に隠れ遅れた者を撃ち殺した。他の者は机やソファの裏に隠れたようだ。
 イヴも机を倒し、裏に隠れる。相手はショットガン一人に、拳銃一人だ。
『――! ――!』『――!』
 敵からの発砲。それに対し、こちらも応射する。
『……! ……!』
 と、サブマシンガンから弾が出なくなった。
 ……弾切れ!?
 残りの弾は全てケースの中だ。とてもじゃないが、この状況ではリロードできないだろう。
 舌打ちし、サブマシンガンを捨てる。不意打ちで二人を戦闘不能にするまではできたが、やはり劣勢なことに変わりは無い。相手の武器を奪うか、最悪、徒手空拳で挑まなければならないだろう。
「喰らいやがれ!」
 と、何かがこちらに投げ込まれた。イヴの目の前に、赤い、小さなスプレーのようなものがこちらに弧を描いて落ちてくる。
 手榴弾だ。それも、恐らくイタリア産の、OTO M35型手榴弾。
 OTO M35型手榴弾《赤い悪魔》は点火動作が不安定なため、時折爆発しない。更には後々気まぐれを起こし、突然爆発することがあるためかなり危険だ。
 ……床に着く前に距離を取らないと!
 赤い悪魔は地面にぶつけて爆発させるタイプのものだ。その前にある程度距離を取れば、爆死は免れる。しかし、この身動きの取れない中、距離は取れそうにない。だからイヴは、
「――」
 躊躇無く、手榴弾に手を伸ばした。
 ……間に合え――!
 狙いは机の向こう側。掴み取り、大きく振りかぶって、
「――!」
 投げ返した。
 手榴弾は銃撃戦の中、綺麗に弧を描き、敵の頭上を通過する。
 着弾、爆発、轟音。
「ぐぁ……っ」
 偶然にも、否、不幸なことにも爆破に巻き込まれたらしい。これで、三人目。
「畜生……畜生っ! 畜生ぉぉおぉお――っ!」
 残った一人が狂気に駆られたのか、拳銃を乱射する。方向はイヴの方に向いてはいるが、しかし狙いは定かではない。
 ……行ける!
 イヴは素早く立ち上がり、捨て身同然の特攻をした。
「……っ」
 転がるようにして、何とか落ちていたショットガンを拾い、立ち上がって片手で標準を定め、
『――!』
 撃った。
 轟音。それが残った一人の身体を穿ち、抉り、削り、穴を開けた。
「はぁ……」
 引き金から指を離す。鉄っぽい臭いと、硝煙の臭いが室内を支配した。
 ……やっちゃった。
 どんどん床に広がる赤と、四つの死体を見て、自己嫌悪気味に長い溜め息をついた。
 放り投げられたままのケースから通信機を取り出し、アベルに繋ぐ。
「……こちらイヴです。えと、すみません、監禁状態から脱出するために少し殺っちゃいました……」
『こちらアベル。銃声なら外にも聞こえたよ……まったく、コードでちゃんと警告しただろう』
「コード?」
『また薬の副作用か? 綺麗だな、って言っただろう。敵が近くにいるって意味だ。それを忘れた上に敵に直行して気絶とは……』
「す、すみません……」
 ぺこりと頭を下げる。
『……まあ、いい。こういう風にコードを忘れると、後々酷い目を見る。この任務が終わったらまた覚え直しだな』
「はい……」
『さて、今回リスクは極力避けたかったんだが……もういい。所長の言う通り、今回俺はでしゃばらないが、敵は総数六人。一人で殺れるか?』
「え? 四人じゃないんですか?」
 と、そこで扉が軋む音が聞こえた。
 素早く構え、発砲。扉にいくつもの風穴が空いた。
 ぎい、と静かに扉が開き、それにもたれていた死体がゴロンと床に転がった。
 一気に扉のところ、恐らく、更にもう一人がいるところまで距離を詰める。
『――! ――!』
「――っ」
 二つの銃声。それらの元となった銃弾は、確かにイヴの身体を穿った。しかし、
「――!」
 それら全てを無視し、イヴは男の腕を取った。
 身体を捌き、自分のの右腕を相手の右胸部下から摺り上げて、右脇下に振り入れた上に上腕部を密着。左手を引き付けて相手の右腕を抱え、背負い上げて、
「せいっ!」
 投げた。一本背負い。その衝撃から、敵が持っていた拳銃も床に落ちる。
 完全に無力化させたうつ伏せ状態の敵の背を足で押さえ、ショットガンの銃口を頭に押し付けた。
「すみません、今一人殺って、もう一人は無力化に成功しました」
『そうか。さすが我が妹だ』
 ありがとうございます、とイヴは事務的に答える。
『とりあえず、作戦は全滅の方向で。しっかり殺っておけよ? でないと、二課の所長にまたどやされるぞ。――と、それと、この任務終わったら、少し話したいことがあるんだが、いいか?』
「はい、分かりました。それでは、失礼します」
 ぴ、と通信機を切り、ケースの中に放り投げた。
「……何なんだよ、テメェは」
 銃口の延長線上から、唸るような声がした。
「見て判らないの?」
「外見はちっさい女の子だな。外見は。だが、小僧っ子ならともかく、普通、女の子がショットガンをぶっ放すか? 否――ぶっ放せるか?」
 死を覚悟しているのか、それともすでに諦めているのか、男は饒舌だ。
「ショットガンを撃つときには、反動がくる。それこそ、十代前半の女の子の筋力じゃあ耐え切れない、相当な反動が、な。本当にテメェが“しがない一人の女の子”なんだとしたら、テメェの腕は――吹っ飛んでただろうさ」
 眉間に更に深く皺を寄せ、
「本当に――何なんだよ、テメェは」
「さあ、ね……。人間以外の何か、なんじゃないかな?」
「人間以外の、何か? ……成程。お前、公社の義体か?」
「それに答える義理は無いよ」
 それじゃあ、とトリガーを引こうと力を入れたとき、
 ――『とりあえず、作戦は殲滅の方向で。しっかり殺っておけよ? でないと、二課の所長にまたどやされるぞ』。
 脳裏に浮かぶ、アベルの言葉。
 ――『と、それと、この任務終わったら、少し話したいことがあるんだが、いいか?』
 ……もし、この任務を失敗したら、アベルさんと別かれなくても、済むんじゃないのかな。
 そんな思考が、頭を過ぎった。
「……っ」
 頭が痛い。体が重い。
 ……何してるのよ、私は……。
 こうしたい。でも、そうできない。
 ……さっさと殺しなさいよ!
 こうしなければならない。でも、そうしたくない。
 ……早くコイツを殺して、アベルさんに褒めて貰って……!
「……おい、テメェ。どうしたんだ? 撃たねえのか?」
「うる、っさい……!」
 ついにイヴは、自分の得物を床に叩きつけ、叫んだ。
「いいわよ、もう! あんたなんて、殺す価値も無い! さっさとどっか行きなさいよ!」
 頭がガンガンする。息が荒い。
 ……ホント、どうしちゃったのよ、私は……。
「……はぁ」
 男が去った後、ヴァイオリンケースを拾い、溜め息をついた。
 心なしか、さっきよりも頭痛は酷いものになっていたが、なぜだか、体は少し軽くなった気がした。
 通信機をつなげる。
「すみません、アベルさん……一人殺り損ねました」



「はい。これで良し、と」
 そう言うと、初老の女医は包帯を巻き終えたイヴの腕を軽くポンと叩いた。イヴの身体には、あちらこちらに包帯が巻かれていた。
 周囲は、やたらと白の多い。壁は勿論、ベッドや棚まで白い。
 社会福祉公社の、診察室だ。
「ありがとうございます」
「何、礼には及ばんさね。それより、あんたはもっと自分の身体を心配しな」
 机上の書類を片付けながら、女医は言う。
「前にも話した通り、元々一期生の義体は、脳に直接影響を及ぼす薬の投与量が多いさね。勿論、治療に使う薬もその中に入る。あんまり傷増やしてると――早死にするよ」
「……考えときます」
 曖昧に笑って、もう一度イヴは一礼すると、診察室を出て行った。
「はぁ……」
 溜め息をつき、アベルの待つホールへ向かう。
 公社は、秘密諜報機関だ。主に、五共和国派のような反国家的人物、組織の暗殺、捜査、内偵、殲滅などをする、いわゆる公安組織。無論、その実態は世間に知られておらず、しっかりと表では社会福祉の事業も行っている。
 イヴはその公社で戦闘任務につく、義体と呼ばれるものだった。有体に言ってしまえば、戦闘用途のサイボーグだ。
 腕力は常人の数倍。身体の八割は人工物に置き換えられており、対弾性能まである。
「お帰り、イヴ」
 ホールではアベルが待っていた。
「只今戻りました。――すみません。任務、失敗しちゃって……」
「気にするな、って昨日から言ってるだろう。誰にでも失敗はあるさ」
「はい……」
 尚も沈んだ表情のイヴに、アベルも呆れたような顔になる。しかし、彼は何かを思い付いたのか、そうだ、と呟いた。
「そう言えば話したいことがあるんだった」
 ……ああ、あの話か。
 きっと、担当官変更を告げられるのだろう。
 一種、諦念にも似たもの抱きながら、イヴはアベルの次の言葉を待った。
「――はい、これ」
 がそごそと彼が鞄から取り出し、イヴに渡したのは少し大きめの、綺麗なリボンや包装用紙でラッピングされた箱だった。
「……? えっと、これ、何です?」
「まあ、良いから開けて見ろよ」
 言われた通り、リボンを解き、包装用紙を剥がす。そして、箱を開けると、
「わ……」
 ぬいぐるみ。それも、リンゴを中心にとぐろを巻いている蛇のだ。
「Merry Christmas,Eve.――それだけだ。よし、それじゃあ帰るか」
「――え?」
 と、さっさと出て行こうとするアベルに、思わず素っ頓狂な声を上げた。
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って下さいアベルさん! 話って、それだけなんですか!?」
「うん? そうだが、何か問題でもあるのか?」
「え……そ、それじゃあ、私の担当官変更の話は?」
「ああ、あの話な。デマに決まってるだろう」
「じゃあ、それじゃあ、この間二期生の子と一緒に歩いてたのは!?」
 質問攻めにするイヴに、お前そんなところまで見てたのか、と呆れたようにアベルは溜め息をつく。
「お前のクリスマスプレゼントを何にすれば良いか分からなくてな。ちょっと相談に乗ってもらってたんだ」
 結局、決まらずにぬいぐるみ、っていう方向性で終わったんだけどな、とアベル。
 ……それじゃあ、公園での『考えごと』も私のプレゼントを決めあぐねてたからで……。
 はあ、と吐息とともに顔が真っ赤になった。途端に、何故かここから逃げ出して穴に潜り込みたい衝動に駆られる。
「まあ、そんなわけで――Merry Christmas,Eve?」
 疑問系なのは、こちらにも言わせるためだろう、だから、
「Christmas,Abel allegro.――アベルさん、ここ、英国じゃなくてイタリアです」
 恥ずかしさ混じりに、指摘すると、そう言えばそうだったな、とアベルは苦笑する。
「Christmas,Eve allegro.」
「Christmas,Abel allegro.」
 言い合い、そして、二人は微笑した。まだ何となく恥ずかしかったが、さっきのとは少し違った恥ずかしさだった。
「それで、人形の名前は何にするんだ?」
「へ? 決めないとダメなんですか?」
「いや、駄目って訳じゃないが、元来女の子はぬいぐるみの一つ一つに名前をつける、と聞いたことがあるんだが」
「……本っ当に、アベルさんってロマンチストさんですよね」
「否、微妙に何か違うんじゃないか?」
 苦笑するアベル。
「えっと、それじゃあ、マリアとイエスから名前を取って――マリエス!」
「ヨセフはどうしたんだ? 可哀想だろう、父親が」
 むう、と考え込むイヴ。
「えっと、じゃあ――マリヨセス!」
「成程、ヨセフのヨセとイエスのエスを取って、母音が来るからセがエも兼ねてヨセスか。……しかし、なんでマリアだけ二文字なんだ?」
 そりゃ勿論、と微笑みながらイヴは言った。

「――女は強いですから」



 疲労を吐き出すように吐息し、アベルは自室の椅子に座った。
 ……半分以上、バレてたか。
 失敗だったな、とアベルは思った。担当官変更の話、あれは本当のことだ。
 実際は、公園で悩んでいたのも担当官変更の話だったし、二期生の子と歩いてたのも、担当する子の下見だ。プレゼントの相談は、ついでみたいなものだった。『話したいこと』というのも、元々は担当官変更の話をするためだった。
 ……けど、まさか任務失敗で担当官変更の話を無かったことにされるとはなぁ……。
 昨日かかってきた電話を思い出し、苦笑する。確かに、これを彼女が故意にやったとしたのなら、本当に彼女は“狡猾”で、女は“強い”のかもしれない。
 ……それにしても、ロマンチスト、ね。 
 イヴの言っていたことだ。それに対しアベルは、確かにあっているかもしれないな、と思う。
 本当は、あのホールで最後のクリスマスプレゼントを渡し、担当官変更の話をして、別れようとしていた。ロマンチストと呼ばれずして、なんと呼ばれようか。
「まったく、とんだ大馬鹿野郎だな、俺は……」
 ……担当官変更の話も、無くなって当然か。
 口元の苦笑の色が濃くなる。
「ま、何はともあれ、俺もまだイヴといたかったしな……」
 彼女は今頃、義体寮に着いた頃合だろうか、と予測を立てる。
 さて、書類仕事でもやるか、とアベルは立ち上がり、机の上を見た。そこには、

 “始末書”

「………………」
 ふう、と一息ついて、アベルは電話に手を伸ばし、ダイアルする。
「イヴか? 三分以内にジャージに着替えて外に出ろ。――公園でランニング十五週だ」







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