無題(書き込みだらけの本)// ベルナルド、ぺトラ、サンドロ、ラバロ
        //蘇芳 ◆EYkgEnmnSE // general // 2013/01/26




俺は馬鹿だった。
俺は賢いつもりになっていた。

同じミスを二回するのは馬鹿だ。
他人のミスに学べないのは馬鹿だ。
仕事ではそう教わってきた。

そして、命さえあれば取り返せないミスはない、と親父は言った。
最悪のミスってのはうっかり死んじまう事だと。

だから、俺はラウーロにはならないようにしようと思った。
ヤツの逆を行こうとした。

エルザは狂いそうな程ラウーロを愛してた。
ビーチェは別に俺を愛してなかった。

エルザは死を義体なりに重く考えた、だから心中は最終手段として意味があった。
ビーチェは死の意味すら分かっていない、リコ並みに。

エルザは五共和国派との争いではなく、個人的感情のため死んだ。
ビーチェは鐘楼の戦いに大きく貢献し、トリエラをはじめ沢山の命を救って死んだ。

だが、今となっては俺が正しかったとは思えなくなった。

狂う程人を愛したり憎んだり、死を恐れたり死が怖くない程の何かを見つけたり。
それが人間だ。

俺は、ビーチェから人間である事を奪った。
エルザは馬鹿で無駄で腹が立つぐらい、人間だった。

二人とも表情は乏しかったが、エルザはラウーロの写真と銃にこだわってた。
ビーチェにはそんなもんはなかった。



義体が人間でも辛いだけかもしれない。
でも、俺が人間である事を奪っていい筈はなかったんだ。
いくらそれでビーチェが楽になるとしても。
医者の安楽死だって医者が患者に聞かずにやったら犯罪だ。


こんなもん、読まなきゃ良かった。
俺がした事はビーチェを人間からロボットに変える行為だって事を、何十年も前の人間が暴いてやがる。
あの野郎…逝く前に小説なんか渡しやがって、こんな重荷を俺に託してたのか。
クソッタレ。





本に挟まれた、しわくちゃの荒れた文字のメモ。
多分、日記帳の1ページ。
私は「エルザ」は知らないけれど、この人の辛さはなんとなくわかる気がする。

この本は、アイザック・アシモフの「われはロボット」。
ロボット三原則の載った有名な作品。
三原則…人間の命令に従う、人を殺さない、自殺しない。
人に命令されても人を殺しちゃいけないってところは条件付けとは違う。
でも、どこかが条件づけに似ているかもしれない。
そして…このメモの筆者はおそらく、ベルナルドさん、ビーチェの担当官だった人。


本の中も、メモとは明らかに違う筆跡の書き込みだらけだ。
「自殺は人間らしさなのか」とか、「死の恐怖や痛みへの以外の自己を守る動機付けは何か?」とか。
小説の中身は宇宙とロボットが満載の典型的なSF。
小説より、書き込みに私は引き込まれた。

「封印されたトラウマを、その事件の小道具が蘇らせ得るなら、クラエスとの《約束》にも小道具が有効か?」

クラエス?
この本の本来の持ち主はクラエスに深く関わる人物だったのだろうか。

「おい、ペトラ、何を読んでるんだ?
こんないい天気なのに」
「サンドロ、この本、書き込みだらけだよ。
クラエスに関係ある今は生きてない誰かが、ベルナルドさんに託した本みたい」
「クラエスに関係ある今は生きてない誰かってそりゃあ…」
「サンドロ、知ってるの?」
「知らない事になってる」
「聞いたら困る?」
「ああ、困る」
「じゃあ、キスしてくれたら聞かない」
「お前なぁ…」



ベルナルドさん。
ビーチェは幸せだったと思うよ。
こんなにあなたに思われていたんだから。
愛は分からなくても、なんとなく温かさは感じてたはず。
最期、ビーチェはトリエラを守った。
それは命令じゃないよね、トリエラも義体だもの。
温かさを知らなかったら、そんな事できなかった。
だから、大丈夫。
そんなに自分を責めないで。



クラエスを大切に思い、ベルナルドさんにこの本を託した誰かへ。
今、私はサンドロを愛してます。
私は死にたくないけど、サンドロのためなら死も怖くない。
サンドロの命令に逆らう事も、サンドロにクソッタレって叫ぶ事もできます。
幸せです。
だから、安心してください。

あなたのクラエスも、ピアノとハーブと読書を愛して、それらがあるこの船を愛してます。
船の暮らしを守るため私の分まで実験に協力してくれてます。
私はもう実験に協力できない体で、あなたのクラエスの負担を増やしてしまってごめんなさい。
クラエスを、義体を、愛してくれてありがとう。



この手紙は、いつか、誰か読むのかな。
案外サンドロだったりしてね。
ねぇ、サンドロ。
私はサンドロを愛してるよ。
今幸せだから、私は幽霊にはなれないね。
それじゃあ死んじゃったらもうサンドロの側にはいられないね。
行き先は天国か地獄かわかんないけど、とにかくどっちかに行っちゃう。
だから、また誰かを愛して。
恋でも恋じゃなくてもいいから。
それが私の新しい幸せになるんだよ。




下にはヘタクソな落書き。
ロングヘアの女の隣で、女の子を肩車する男。
まさか、俺とロッサーナとビアンカじゃないだろうな?
お前、本当絵がヘタクソだな…いつか的に貼ってたジャコモも酷かったもんな。
こんな本の間に遺言なんか遺しやがって。
俺は小説はあんまり読まないんだよ、知ってるだろうが。
仕事で映画マニアをやる事になってよかったよ。
たまにはあの「クソッタレ」上司にも感謝してやらないとな。

俺も元気だよ。
恋人はいないけどさ…その、息子っtつーか弟みたいなヤツはいるかな。
アイツがジークフリートをやる時は、お前の写真も連れていってやるからな。
待ってろよ。




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