「顔」  // ラバロ、クラエス
          // 蘇芳 ◆Ecz190JxdQ // Serious //2011/09/24




「最近のお前を見て不安になってきた」
主語を抜いた文。
事実関係が明確に伝わらない。誤解を招く。
報告書に書いたら上官からの叱責は免れないだろう。
しかも俺はわざと主語を抜いたのだから。
不安なのは俺だ。
クラエスの未来以上に、俺の精神が心配なのだ。
俺は普通の感情を持った冷血な凡人なのだ。

クラエスはどう足掻いても、数年間公社の中で生きて、死ぬ。
だが俺は違う。
俺はクラエスが死んだ後も生き続ける…クラエスを義体にした罪を背負って。
クラエスの腹に刺さったナイフ、クラエスが俺を守るために仲間に向けた銃口、クラエスが俺の命令のために雨の中打ち続けたせいで凹みだらけになった空き缶。
クラエスの申し訳なさそうな顔、血を流しているのに痛みに歪まない顔、俺が一言無愛想に話しかけるだけで和らぐ顔。
そしてそのどの顔とも違う、釣りに行ったときの顔。
もう耐えられない。

だから、俺は逃げる。
命がけで公社を脱走する。
公社は俺を殺しに来るが、担当官の単独外出そのものは問題ない行為だから、初動は遅れるだろう。
だから、俺はこの事実を公表したい。
クラエスを残して逝くことへの贖罪として。

俺はクラエスにいいところを見せようと、さも釣りの経験者のような顔をした。
けれど、俺が知っている釣りは木の枝に糸を括り付けた竿で、今夜の晩飯を釣る釣りだ。
リールのあるような、売られている竿を持つのはクラエスと釣りに行くために初めて買った。
いつものように必死に本で使い方を学んだのだ。

戦争が終わり、軍人だった父は腑抜けになり、毎日釣りをして過ごした。
俺はそれにつき合わされ、ひたすら退屈をしていた。
けれど、父が死んで気付いた。
あんな退屈な時間でも、誰かと、父と、過ごせたことは喜びであったと。
だから、クラエスにもそんな喜びを与えたかった。

その狙いは成功していたはずだ。
釣りの時のクラエスは、いつも見せない表情を見せた。
普段は小食なクラエスが、釣り上げた魚を二匹も食べた。
演習では誰より失敗を恐れるクラエスが、魚の引きに負けて転んだ時は笑った。
銃を扱う時には俺の指示をひたすら待つクラエスが、釣りの時には自分でポイントを探しあてた。

だから俺は耐えられなくなった。
本当のクラエスは、銃を握るクラエスなんかじゃない。
それどころか、本を抱え穏やかに微笑むクラエスですらない。
釣りをして、転んで、火を起こして、走り回るクラエスが本当のクラエスだ。
義体化でしかその生活を与えられないなんて、俺はもう自分の無力さに耐えられない。

だが、最後の会話はラバロ教官として話そう。
無力な男クラウディオ=ラバロとしてではなく、軍人ラバロ大尉として。
そしてクラエスに眼鏡を託そう。
釣りに行った時のあのクラエスに戻れないまでも、せめて義体になる前のクラエスに戻れるように。

クラエス、俺はお前に謝らない。
その代り俺は俺にできることをする。
いつかお前がまた眼鏡を外して釣りに行けるようになるために。






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