最終更新: gunsringergirl_ss2 2009年06月06日(土) 00:42:53履歴
【シュトレン】//ヒルシャー、トリエラ
//【】// Humor,//ナタレシリーズ1、アドベント//2008/12/05
【シュトレン】
その日のヒルシャーは定時に帰宅の途についた。
几帳面なドイツ人らしく自分のなすべき仕事はきっちりと規定時間内に終える彼は、
帰る間際に他人の雑事を押し付けられずにさえ済めば、随分と早く帰宅することができる。
自宅に戻った途端に鳴った呼び出し音に、男はコートを着たまま携帯電話を取り出した。
「Pront ? / もしもし?」
「Hallo,hier spricht mich. Ist Viktor da? / もしもし。私よ、ヴィクトル」
通話器の向こう側から聞こえてきたドイツ語に、男は安堵と警戒がないまぜになった表情を浮かべた。
「Ahc Mutter... / ああ、母さん…」
使用言語を母国語に切り替えて男は電話に応える。
「久しぶりだね。どうしたの?」
「どうしたのじゃないでしょう、ヴィクトル。あなた、今年のクリスマスこそは帰って来るんでしょうね」
確認と言うよりは脅しに近い口調で男の母親は言う。
「いや。帰らないよ」
やはりその話かと思いながらも男はきっぱりと答えた。
「まあ、何を言っているの。クリスマスは家族と一緒に過ごすものでしょう。
去年だってその前だって、当直だとか言って帰ってこなかったのに。
まだ一ヶ月もあるんだから、今年こそは誰かに代わってもらいなさい」
そんなに毎年貧乏くじばかり引いて。本当にあなたは人が良いんだからと続ける母親の言葉を男は遮る。
「クリスマスは予定があるんだ」
「予定? 何年も会っていない家族とクリスマスを過ごすよりも、大切な予定なの?」
勿論だ。大切な『妹』 むしろ『娘』だろうという見解が大勢を占めるのだが と共にクリスマスを祝う、
それ以上に大切な予定など今の彼には存在しない。
諸事情から事実をそのまま伝えるわけにはいかないので、無難な表現で男は自分の予定を伝える。
「身寄りのない子供と、家族の代わりにクリスマスを一緒に過ごすんだ」
「……まあ」
詰問口調だった母親の声が変わる。彼女は基本的に善良な人なのだ。
「それも仕事の関係なの?」
「ああ」
「そう、それは良い事ね。それなら仕方がないわ。 良い仕事に就いたわね、ヴィクトル」
穏やかな母の言葉に複雑な思いで、男はうんと頷いた。
「 だから今年もクリスマスには帰れない」
「分かったわ。……それで、どんな子供達なの?大勢いるのかしら」
「いや、それ程人数はいないよ。施設で暮らす、十代前半の可愛い女の子達なんだ」
「そうなの。 ああそれじゃあ、その子達にプレゼントを送るわね」
「え?」
良いことを思い付いたというように言う母親の言葉に、男は慌てる。
「いや、いいよ母さん。そんなことはしなくても」
「何を言ってるの、せっかくのクリスマスなのに」
「いや。高価な贈り物はまずいんだ。公的機関だし、特定の施設だけに手厚い対応をするのは
秩序を乱すことになるだろう」
“秩序が在らねばならない”を国民性とするドイツ人に、この説得は有効だった。
母親は受話器の向こうで重々しく頷いた。
「……そうね、それはもっともだわ。じゃあシュトレンとアドベント(待降節)カレンダーにしましょう。
10個もあればきっと足りるわよね」
「え? いや送ると言ったって、僕の自宅の住所は知らないはずだろう。
……まさか調べたの?」
「いいえ。連絡さえ取れるようにしてあれば、それ以上干渉はしないと約束したもの。
でも『社会福祉公社』宛に送れば、部署なん分からなくても届くでしょう?
イタリアのお役所に勤めているドイツ人なんて、それ程多くもないでしょうから」
「待ってくれ母さん、そう簡単な話では 」
「週末のアドベントに間に合うように、明日中には届けるわ。子供達によろしくね」
うきうきと軽やかな声でそう告げた電話は、彼が次の言葉を口にする前にぷつんと切れた。
再度連絡しようにも、母がすでに電話の側にいないことは容易に想像がつく。
取り残されたヒルシャーは電話を手にしたまま頭を抱えるしかなかった。
翌日。出勤と同時に、事の次第を報告すべくヒルシャーは多忙なリーダーを探し回った。
昨夜の内にメールで一応報告はしてあるのだが、おそらくは雑務と見なされ、確認されるのは今日の最後だろう。
しかし普段は課室に威圧感を与えながら席で仕事をしているリーダー・ジャンが、こんな時に限ってつかまらない。
それでは課長にと思えばこちらも出張中とのことで本部にいない。
さすがに部長に報告するような内容ではなし、さりとてメール一本で放っておくのもまずい。
やきもきしながらその日は勤務を終え、ようやくリーダーとの面会を果たしたのは更に翌日。
呼び出しをくらった課長の部屋で、小包の置かれた机を前にしての事だった。
「ヴィクトル・ヒルシャー」
不機嫌極まりない声でジャンは目の前のドイツ人のフルネームを呼ぶ。
「つい先刻、ヴィクトル・ハルトマン宛の小包が届けられた。
公社にはハルトマンなる人物は存在しないはずだが、これかどういうことかお前は説明できるか?」
遅かったか。
内心深々とため息をつきながら、かつてヴィクトル・ハルトマンを名乗っていた男はリーダーの質問に答えた。
「申し訳ありません。母です」
男の言葉にリーダーは軽く眉を上げ、課長は苦笑した。
「 『例の』母君か」
過去を捨て、公社の用意した偽りの身分ヴィクトル・ヒルシャーとして生活する彼は、本来ならば
家族に連絡などできる立場ではない。
だが彼の母親は大変に愛情深い女性であった。
息子がしでかした職務上の不始末 書類を偽造し重要証人である少女を国外へ拉致したそれは、
不始末どころかもはや犯罪なのだが については、犯罪被害者を救いたいという
人道上の義心に基づいて行ったものであると理解してくれている。
しかしその一方で、もし息子が半年も連絡を怠れば、心配のあまりドイツ中の探偵社に行方捜しを依頼しかねない
行動力と財力を持ち合わせた女性なのである。
何事にも全力投球、ともすればやりすぎのこのドイツ人気質を、男が再三に渡って説明したこと。
そして実際に連絡を禁じられてきっかり半年目のその日に、20社の探偵社から見積もりを取り寄せて依頼の検討を始めた
彼女の行動力が確認された事。 これらの事情により、ヒルシャーは母親との連絡を許可されているのであった。
無論会話の内容は逐一報告することが義務付けられており、それは昨夜の内にジャンに送ったメールですませてある。
それをヒルシャーが言い出す前に、ジャンは一層不機嫌になった声で質問を再開した。
「ならばこの中身も見当がつくはずだな。何が入っている」
「おそらくシュトレンと待降節カレンダーが10個…いえ、11個づつ入っているかと」
「シュトレン?」
「ドイツのクリスマス菓子です。果物や木の実を入れて焼き締めた菓子パンで、
クリスマス4週間前の待降節からクリスマスまで薄切りにして少しずつ食べていきます。
待降節カレンダーは、12月に入ると毎日小さな扉を開いていくものです」
扉の中にはクリスマスにちなんだ絵や小さな菓子が入っているんです、と生真面目なドイツ人が説明する。
「 ふん。ではこれは義体とお前の分というわけか」
「……そうです」
問われた男は居心地が悪そうに頷く。三十男が母親から菓子を送られてくると言うのは、やはりどうにも体裁が悪い。
ゴホンと咳払いをして男は上司に確認を取る。
「中身がシュトレンとカレンダーならば、義体達に配ってやってもよろしいでしょうか」
無言でにらむジャンに替わり、課長が鷹揚に片手を振った。
「まあその程度ならばかまわんだろう。だが今後はこんな事がないように、きちっと対応しておくんだな」
「はい、ありがとうございます」
上司に感謝の意を示すと机に置かれた荷物を抱え上げ、リーダーに何か追い打ちをかけられる前に
男はそそくさとその場を退室した。
その日、いつものように自室でルームメイトと共にお茶を飲んでいたトリエラは、突然担当官の訪問を受けた。
封を切り送り状が剥がされた小包を抱えてきた彼は、ひとしきり故郷におけるクリスマスの風習を説明すると、
義体全員に配ってやってくれとその荷物を置いていった。
学級委員長的立場にある彼女は、担当官が立ち去ると、さっそく仲間に菓子パンとカレンダーを配りに出かけた。
嬉しそうに礼を言う者、無関心に受け取る者、興味津々でカレンダーの扉を二,三個いっぺんに開く者と、
反応は様々だったがひとまずは無事全員に手渡すことができ、少女は自室に戻る。
「……さて、と」
カレンダーを枕元に置くとすっかり冷めてしまった紅茶を淹れ直し、トリエラは自分の分として手元に残して置いた
菓子パンの封を開けた。
外側に粉砂糖をふるった手作りらしいそのパンを担当官に言われた通りに薄く切り、ひょいと口に入れてみる。
「 あ」
おいしい。 こうばしい香りが口の中に広がり、少女は思わず微笑んだ。
紅茶とケーキには幸せの魔法がかかっている。
不器用なサンタクロースが運んできた少し気の早いプレゼントにも、どうやらその魔法はかかっていたようだった。
≪ Das Ende ≫
BGM // Lアンダーソン 『そりすべり』
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//【】// Humor,//ナタレシリーズ1、アドベント//2008/12/05
【シュトレン】
その日のヒルシャーは定時に帰宅の途についた。
几帳面なドイツ人らしく自分のなすべき仕事はきっちりと規定時間内に終える彼は、
帰る間際に他人の雑事を押し付けられずにさえ済めば、随分と早く帰宅することができる。
自宅に戻った途端に鳴った呼び出し音に、男はコートを着たまま携帯電話を取り出した。
「Pront ? / もしもし?」
「Hallo,hier spricht mich. Ist Viktor da? / もしもし。私よ、ヴィクトル」
通話器の向こう側から聞こえてきたドイツ語に、男は安堵と警戒がないまぜになった表情を浮かべた。
「Ahc Mutter... / ああ、母さん…」
使用言語を母国語に切り替えて男は電話に応える。
「久しぶりだね。どうしたの?」
「どうしたのじゃないでしょう、ヴィクトル。あなた、今年のクリスマスこそは帰って来るんでしょうね」
確認と言うよりは脅しに近い口調で男の母親は言う。
「いや。帰らないよ」
やはりその話かと思いながらも男はきっぱりと答えた。
「まあ、何を言っているの。クリスマスは家族と一緒に過ごすものでしょう。
去年だってその前だって、当直だとか言って帰ってこなかったのに。
まだ一ヶ月もあるんだから、今年こそは誰かに代わってもらいなさい」
そんなに毎年貧乏くじばかり引いて。本当にあなたは人が良いんだからと続ける母親の言葉を男は遮る。
「クリスマスは予定があるんだ」
「予定? 何年も会っていない家族とクリスマスを過ごすよりも、大切な予定なの?」
勿論だ。大切な『妹』
それ以上に大切な予定など今の彼には存在しない。
諸事情から事実をそのまま伝えるわけにはいかないので、無難な表現で男は自分の予定を伝える。
「身寄りのない子供と、家族の代わりにクリスマスを一緒に過ごすんだ」
「……まあ」
詰問口調だった母親の声が変わる。彼女は基本的に善良な人なのだ。
「それも仕事の関係なの?」
「ああ」
「そう、それは良い事ね。それなら仕方がないわ。
穏やかな母の言葉に複雑な思いで、男はうんと頷いた。
「
「分かったわ。……それで、どんな子供達なの?大勢いるのかしら」
「いや、それ程人数はいないよ。施設で暮らす、十代前半の可愛い女の子達なんだ」
「そうなの。
「え?」
良いことを思い付いたというように言う母親の言葉に、男は慌てる。
「いや、いいよ母さん。そんなことはしなくても」
「何を言ってるの、せっかくのクリスマスなのに」
「いや。高価な贈り物はまずいんだ。公的機関だし、特定の施設だけに手厚い対応をするのは
秩序を乱すことになるだろう」
“秩序が在らねばならない”を国民性とするドイツ人に、この説得は有効だった。
母親は受話器の向こうで重々しく頷いた。
「……そうね、それはもっともだわ。じゃあシュトレンとアドベント(待降節)カレンダーにしましょう。
10個もあればきっと足りるわよね」
「え? いや送ると言ったって、僕の自宅の住所は知らないはずだろう。
……まさか調べたの?」
「いいえ。連絡さえ取れるようにしてあれば、それ以上干渉はしないと約束したもの。
でも『社会福祉公社』宛に送れば、部署なん分からなくても届くでしょう?
イタリアのお役所に勤めているドイツ人なんて、それ程多くもないでしょうから」
「待ってくれ母さん、そう簡単な話では
「週末のアドベントに間に合うように、明日中には届けるわ。子供達によろしくね」
うきうきと軽やかな声でそう告げた電話は、彼が次の言葉を口にする前にぷつんと切れた。
再度連絡しようにも、母がすでに電話の側にいないことは容易に想像がつく。
取り残されたヒルシャーは電話を手にしたまま頭を抱えるしかなかった。
翌日。出勤と同時に、事の次第を報告すべくヒルシャーは多忙なリーダーを探し回った。
昨夜の内にメールで一応報告はしてあるのだが、おそらくは雑務と見なされ、確認されるのは今日の最後だろう。
しかし普段は課室に威圧感を与えながら席で仕事をしているリーダー・ジャンが、こんな時に限ってつかまらない。
それでは課長にと思えばこちらも出張中とのことで本部にいない。
さすがに部長に報告するような内容ではなし、さりとてメール一本で放っておくのもまずい。
やきもきしながらその日は勤務を終え、ようやくリーダーとの面会を果たしたのは更に翌日。
呼び出しをくらった課長の部屋で、小包の置かれた机を前にしての事だった。
「ヴィクトル・ヒルシャー」
不機嫌極まりない声でジャンは目の前のドイツ人のフルネームを呼ぶ。
「つい先刻、ヴィクトル・ハルトマン宛の小包が届けられた。
公社にはハルトマンなる人物は存在しないはずだが、これかどういうことかお前は説明できるか?」
遅かったか。
内心深々とため息をつきながら、かつてヴィクトル・ハルトマンを名乗っていた男はリーダーの質問に答えた。
「申し訳ありません。母です」
男の言葉にリーダーは軽く眉を上げ、課長は苦笑した。
「
過去を捨て、公社の用意した偽りの身分ヴィクトル・ヒルシャーとして生活する彼は、本来ならば
家族に連絡などできる立場ではない。
だが彼の母親は大変に愛情深い女性であった。
息子がしでかした職務上の不始末
不始末どころかもはや犯罪なのだが
人道上の義心に基づいて行ったものであると理解してくれている。
しかしその一方で、もし息子が半年も連絡を怠れば、心配のあまりドイツ中の探偵社に行方捜しを依頼しかねない
行動力と財力を持ち合わせた女性なのである。
何事にも全力投球、ともすればやりすぎのこのドイツ人気質を、男が再三に渡って説明したこと。
そして実際に連絡を禁じられてきっかり半年目のその日に、20社の探偵社から見積もりを取り寄せて依頼の検討を始めた
彼女の行動力が確認された事。
無論会話の内容は逐一報告することが義務付けられており、それは昨夜の内にジャンに送ったメールですませてある。
それをヒルシャーが言い出す前に、ジャンは一層不機嫌になった声で質問を再開した。
「ならばこの中身も見当がつくはずだな。何が入っている」
「おそらくシュトレンと待降節カレンダーが10個…いえ、11個づつ入っているかと」
「シュトレン?」
「ドイツのクリスマス菓子です。果物や木の実を入れて焼き締めた菓子パンで、
クリスマス4週間前の待降節からクリスマスまで薄切りにして少しずつ食べていきます。
待降節カレンダーは、12月に入ると毎日小さな扉を開いていくものです」
扉の中にはクリスマスにちなんだ絵や小さな菓子が入っているんです、と生真面目なドイツ人が説明する。
「
「……そうです」
問われた男は居心地が悪そうに頷く。三十男が母親から菓子を送られてくると言うのは、やはりどうにも体裁が悪い。
ゴホンと咳払いをして男は上司に確認を取る。
「中身がシュトレンとカレンダーならば、義体達に配ってやってもよろしいでしょうか」
無言でにらむジャンに替わり、課長が鷹揚に片手を振った。
「まあその程度ならばかまわんだろう。だが今後はこんな事がないように、きちっと対応しておくんだな」
「はい、ありがとうございます」
上司に感謝の意を示すと机に置かれた荷物を抱え上げ、リーダーに何か追い打ちをかけられる前に
男はそそくさとその場を退室した。
その日、いつものように自室でルームメイトと共にお茶を飲んでいたトリエラは、突然担当官の訪問を受けた。
封を切り送り状が剥がされた小包を抱えてきた彼は、ひとしきり故郷におけるクリスマスの風習を説明すると、
義体全員に配ってやってくれとその荷物を置いていった。
学級委員長的立場にある彼女は、担当官が立ち去ると、さっそく仲間に菓子パンとカレンダーを配りに出かけた。
嬉しそうに礼を言う者、無関心に受け取る者、興味津々でカレンダーの扉を二,三個いっぺんに開く者と、
反応は様々だったがひとまずは無事全員に手渡すことができ、少女は自室に戻る。
「……さて、と」
カレンダーを枕元に置くとすっかり冷めてしまった紅茶を淹れ直し、トリエラは自分の分として手元に残して置いた
菓子パンの封を開けた。
外側に粉砂糖をふるった手作りらしいそのパンを担当官に言われた通りに薄く切り、ひょいと口に入れてみる。
「
おいしい。 こうばしい香りが口の中に広がり、少女は思わず微笑んだ。
不器用なサンタクロースが運んできた少し気の早いプレゼントにも、どうやらその魔法はかかっていたようだった。
≪ Das Ende ≫
BGM // Lアンダーソン 『そりすべり』
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