【愛の布教活動】 //プリシッラ、アマデオ、オリガ
        //General,Humor,// バレンタイン//2010/02/19



   【愛の布教活動】


 朝から街全体が浮き立ったような空気を醸し出す2月14日、愛の守護聖人
聖ヴァレンティノを讃える日。
「おおプリシッラ、我が愛しの堕天使よ!どうかこのプレゼントを受け取ってくれ」
 愛の伝道師は出勤してきた二課創設期からの顔馴染みに声をかけた。
男が差し出したハートマークでデザインされた包装に、
若い女性課員はけらけらと明るい笑い声をあげながらそれを受け取る。
「何なに?この大きさと軽さはジュエリー?」
「残念、定番の『Baci(=Kisses)』だ」
「一番ちっさい箱じゃないのよ〜」
 イタリアのバレンタインデーには付き物のチョコレートの名を聞いて、
わざとらしく唇を尖らせ貢ぎ物を不服とする愛の堕天使に、ダイエット中なんだろ?とアマデオは応える。
気ぃ使ってるのかイヤミなのかビミョーなところよね〜。文句をたれながらも楽しそうにプリシッラは包みを開けた。
箱から取り出したチョコレートには、それぞれ愛のメッセージが添えられている。
「えっとお……『誰もが心の奥に隠している宝物…それを見つけられるのはキスだけさ』?」
 メッセージを読み上げる堕天使を陽気な伝道師が口説く。
「おー、いいねぇ。俺にもおまえの宝物を見つけさせてくれよプリシッラ」
「あたしのキスはそんなにお安くないわよ」
 軽く返す若い女性課員にイタリア男は大形に両手を開いて嘆いて見せた。
「つれない事を言いなさんな。同じ愛の守護聖人に仕える同志じゃないか」
「しょうがないなあ、それじゃ特別に赦してやろう」
「グラッツィエ!ん〜〜」
 堕天使のお許しをいただいて、愛の伝道師はやわらかな頬に軽くキスをする。
朝っぱらから廊下でじゃれあうそんな同僚達を、同期のロシア人が呆れたように見遣る。
「仲良いねぇあんたたち」
「んん?」
 堕天使を放し大柄な女性課員を振り返った愛の伝道師は、
ジャケットから新たなハート模様の小箱を取り出した。
「おおオリガ!ボルガの流れのごとく深く豊かなその胸に、俺の愛を受け止めてくれ!」
「アンタ女なら誰でもいいんかいっ」
 いい女は口説くのが礼儀とばかりに貢ぎ物を差し出したイタリア男の後ろ頭を、
愛の堕天使が思い切り良く張り倒す。
「痛ェっ!!」
「ば〜か。女心を傷付けた慰謝料は後できっちりいただくからね。今度の休みは覚悟しなさいよ」
 しっかりおごってもらうからね!と魅力的なウィンクを投げて立ち去る愛の堕天使を笑って見送りながら、
伝道師は後頭部を撫でる。
「まーた容赦なくはたいてくれたなあ、プリシッラのやつ」
「こんな日にプレゼントを贈っておきながら、目の前で他の女を口説いたりするからだよ」
 一途に情深く愛を捧げる事を美徳とする北の国から来た女は、自業自得だとイタリア男をながめやった。
「いやいや、この痛みが愛されてる証ってもんだよ」
「言ってなよ。大体、このチョコレートはこの間仕事を手伝ってやった時の礼のつもりだろ?
はなっからそう言っておけば痛い目に遭わなくてすむのにさ」
「何をおっしゃるオリガさん。愛の伝道師アマデオ様は、いつだって世界中の女性に平等に愛を注いでいるんだぜ?」
 芝居がかった仕草で胸に手を当てて見せるアマデオにオリガはやれやれと苦笑いを浮かべる。
「ホントにイタリア男ってのはしょうがないね」
「人生は愛と歌と美味い飯でできてるのさ。   まーあの堕天使さんは公社の天使さんたちに夢中で、
しがない愛の伝道師なんか本気で相手にしてくれないがなー」
「今はそうだろうけどね」
 陽気なアマデオの言葉にオリガの表情がわずかに揺れる。
 今はそれでもいい。けれどいつか天使たちが空の国に帰ってしまったら、
地上に残された堕天使はきっとひどく傷つき泣くだろう。
 その時にはこの陽気な愛の伝道師が、あの優しい堕天使を少しでも救ってくれるんだろうか   
 一瞬そんな思いが過り、オリガは自分の思考が可笑しくなる。
 実際のところは恋に生きるイタリア男がどこまで本気で彼女を口説いているのか分からないし、
プリシッラが悪友を恋人に昇格させる気になるかどうかもあやしいところだ。
 朝から晩まで愛の言葉が飛び交うこの国の空気に毒されたかねえ。
   ま、せいぜい頑張って布教活動に励みなさいよ」
 言いながら大柄なロシア人は書類ケースで男の頭をはたく。
ついさっき強打された場所に新たな追撃を受けた愛の伝道師は、情けない悲鳴を上げて頭を抱え込むのだった。


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