【花びら】 // ジョゼ、エンリカ、ヘンリエッタ
        // 【】 // serious // 花に願いを1 //2012/04/05


  【花びら】


 満開の花の下で妹が笑う。
『ジョゼ兄様、知ってる? 花びらが地面に落ちる前につかまえることができると、
願い事がかなうのよ』
 春の風に薄紅色の果樹の花が舞い散る中、どこで覚えてきたのか少女はそんなことを言う。
妹は小さな手のひらを空に伸ばした。勢いよく掴んだ手から、花びらがふわりと逃げ出す。
『あっ』
 不満そうに声を上げて妹はまた花びらを追いかける。
くるくると回るようなその姿を目の端に止めながら、兄は片手を上げた。
浮遊する花びらの動きも少し落ち着いて観察すれば、それを掴むことは
兄にとってそれほど難しいことではない。
手の中に納まった花びらを見せれば、すごいわ、さすが兄様!と嬉しそうに妹が歓声を上げる。
『ジョゼ兄様、どんなお願いごとをしたの?』
『え?……そういえば、何も考えずに掴んでしまったな』
『もう、兄様ったら』
 苦笑する兄に、それじゃあ意味がないじゃないと楽しげに妹は言う。



 満開の花の下、男はあの頃の妹と同じ年頃の少女を伴い佇んでいた。
「ヘンリエッタ、知ってるかい? 花びらが地面に落ちる前につかまえることができると、
願い事がかなうんだよ」
「そうなんですか?」
 すてきです。ジョゼさんは、何でもご存知なんですね。尊敬と幼い恋慕の視線が男を見上げた。
そうとも。と応え、男はやわらかな春の風に手をかざす。
 男に倣って花を見上げていた少女は、やがてあの時の妹と同じように手のひらを空に伸ばし、
花びらを追いかけ始めた。
 今の自分の願いは妹を奪った者達への復讐。
この少女の存在もその願いを成就するための手段の一つだ。
だがそんな血なまぐさい願いはこのはかなげな花に託すには似つかわしくない。
今も昔も、自分には花に願うような望みはない。
それならせめて、この少女の望みがかなうようにと願ってやるべきだろうか。
漠然とそんな思惟を巡らせつつ、男は目の前に舞い降りてきた花びらを捉える。
「――ジョゼさん、つかまえられました!」
 駆け寄ってきた少女はすぼめた両の手のひらにちいさな花びらを大事そうに捧げ持ち、
嬉しそうに報告する。
「そう、よかったねヘンリエッタ。どんなお願い事をしたんだい?」
 問いかけた男に、少女ははにかみながら答える。
「あの…ジョゼさんとずっと一緒にいられますように…って……」
 一瞬眉を上げた男は微笑を浮かべた。
「――大丈夫、願い事はかなうよ」
 幼い望みを口にする彼女は、長くは生きられない運命を背負っている。
しかしだからこそ、彼女の短い一生の間、共に過ごしてやることくらいは自分にもできるだろう。
 男の言葉に少女は幸せそうにほほを染めた。


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