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gunsringergirl_ss2 2009年06月06日(土) 00:54:55履歴
【足跡】//トリエラ、ヒルシャー、クラエス
//【】//Humor,//2009/01/25
【足跡】
その日、ローマ近郊は一面の銀世界だった。
「クラエス、雪だよ」
光の反射で早朝とは思えないほど明るい外の様子に、トリエラは寝間着のまま窓の外をのぞき込んだ。
「……本当だ。寒いはずだわ」
ベッドの中から顔だけそちらに向けたクラエスが応える。
「今日は午前中の予定は特になかったし、皆で雪だるまでも作るかな」
「……元気ね」
「クラエスは行かない?」
「…気が向いたらね」
「そう? じゃあ、朝食の前にちょっと外の様子を確認してくるよ」
手早く着替えを済ませ、コートに手袋を突っ込んでマフラーを二重に巻く。
足取り軽く外へ向かう学級委員長に、ルームメイトは気だるげに行ってらっしゃいと声を掛けた。
寮の外へ踏み出せば、ロングブーツはボスッと中程まで埋まる。
雪の感触を楽しみながら、少女はつもったばかりの真っ白なキャンバスに自分の足跡を付けていった。
一番乗りで新雪を踏み歩くというのは何とも言えず良い気分で、偵察の目的もどこへやら、
綿帽子をかぶった木々の間を抜けながら、トリエラは白く装いを変えた敷地内の散歩を満喫していた。
気の向くまま散策を続けることしばし。不意に目の前の視界が広がる。
職員用の駐車場だ。昨夜から停めてある当直職員の車が、所々で白い小山になっている。
あれを帰る時に掘り出すのは結構手間だろうなと思いつつ、少女が視線を巡らすと、
一面真っ白な広場の中で地味に色彩を主張する見慣れた一台のドイツ車があった。
「……ヒルシャーさん、もう来たんだ」
呟いた少女の声は半ば呆れている。
雪を全くかぶっていないところを見ると朝になってから到着したのだろうが、
時刻はまだ始業時間の一時間半も前である。
天候が不順であれば、通勤に時間が掛かるのは当然予想される。
だから遅れないように早めに家を出ようというのはいかにも真面目なドイツ人らしいが、
これだけ早い時間に到着するためには一体何時に自宅を出発したのか。
持ち主の人となりを表現する際に、真面目の上に罵倒の言葉を付けたくなる人間がいても無理からぬ事であろう。
運転席からは点々と足跡が続いている。無論それは車の持ち主のものだ。
トリエラは何の気なしに車に近付き、足跡に沿って歩き出した。
「 あれ?」
数歩進んだ所で少女は立ち止まる。振り返り、自分と担当官のつけた足跡を見やった。
存外、歩幅が違う。
あれだけ身長差があるのだから当たり前のことなのだが、今までさほど意識していなかったその事実に、
少女の中にちょっとした好奇心がわいた。
隣にあいた足跡に、自分の右足を重ねてみる。
新しい雪を崩すこともなく、雪穴の中にすぽんと自分の足が入った。やはり足のサイズも担当官の方が一回り大きい。
続いて左足を次の穴に入れる。少女にとっては大きめに一歩踏み出した形だ。
斜めになったブーツの背で足跡のかかと側が少し崩れる。
雪を崩さないようにするにはどうしたらいいだろう?
引き抜いた右足を浮かせて次の足形に狙いを定め、軽く跳ねてみる。 着地。うん、今度は崩れない。
新しい遊びを思い付いた子供のように、トリエラは雪に残された足形をひょいひょいとたどり始めた。
段々と一定の間隔で並んだ歩幅にもなれて、下を向いたまま軽くステップを踏むように進んで行く。
と。
雪とそれを踏みしめた靴跡だけの白い画面に、いきなりグレーの色彩が現れた。
思わず急停止して顔を上げれば、鼻の先に見覚えのあるコート。
「……前を向いて歩かないとぶつかるぞ」
聞きなれた声にもう一段階顔を上げれば。
「おはよう、トリエラ」
「! ヒルシャーさん」
そこには足跡の主が立っていた。自分のしていたことを見られたのだろうか。慌てる少女に男が言う。
「何か考え事でもしていたのか?下を向いたまま歩いていると危ないぞ」
相も変わらず見当違いの心配をする担当官に、トリエラはいつもの不機嫌そうな顔と慇懃な物言いで返答する。
「すみません、不注意でした」
「気を付けなさい。 それより、こんな早朝にどうしたんだ?」
「……雪の状態を確認しようと思っただけです。でも、もう寮に帰ります」
「そうか。戻ったら、風邪を引かないように温かくするんだぞ」
「はい。では失礼します」
くるりと担当官に背を向けたトリエラの顔は赤い。本人にもその自覚はある。
別に、恥ずかしい訳じゃないわよ。いつも通りの鈍さに腹が立っているだけ。
あれのどこが考え事をしながら歩いているように見えるのかしら。 いや、そうじゃなくて。
これはきっと、寒い中を歩いて来たせい。そう、別に動揺なんかしてないんだから。
金の二つ髪を揺らし、少女は先程までよりも荒い歩調でざすざすと雪中行軍を開始する。
男は目を細めて少女の後ろ姿を見送ると、彼女のつけた足跡を追いながら
建物に向かって歩き出した。
<< Das Ende >>
BGM // チャイコフスキー “くるみ割り人形”より『お茶の踊り』
//【】//Humor,//2009/01/25
【足跡】
その日、ローマ近郊は一面の銀世界だった。
「クラエス、雪だよ」
光の反射で早朝とは思えないほど明るい外の様子に、トリエラは寝間着のまま窓の外をのぞき込んだ。
「……本当だ。寒いはずだわ」
ベッドの中から顔だけそちらに向けたクラエスが応える。
「今日は午前中の予定は特になかったし、皆で雪だるまでも作るかな」
「……元気ね」
「クラエスは行かない?」
「…気が向いたらね」
「そう? じゃあ、朝食の前にちょっと外の様子を確認してくるよ」
手早く着替えを済ませ、コートに手袋を突っ込んでマフラーを二重に巻く。
足取り軽く外へ向かう学級委員長に、ルームメイトは気だるげに行ってらっしゃいと声を掛けた。
寮の外へ踏み出せば、ロングブーツはボスッと中程まで埋まる。
雪の感触を楽しみながら、少女はつもったばかりの真っ白なキャンバスに自分の足跡を付けていった。
一番乗りで新雪を踏み歩くというのは何とも言えず良い気分で、偵察の目的もどこへやら、
綿帽子をかぶった木々の間を抜けながら、トリエラは白く装いを変えた敷地内の散歩を満喫していた。
気の向くまま散策を続けることしばし。不意に目の前の視界が広がる。
あれを帰る時に掘り出すのは結構手間だろうなと思いつつ、少女が視線を巡らすと、
一面真っ白な広場の中で地味に色彩を主張する見慣れた一台のドイツ車があった。
「……ヒルシャーさん、もう来たんだ」
呟いた少女の声は半ば呆れている。
雪を全くかぶっていないところを見ると朝になってから到着したのだろうが、
時刻はまだ始業時間の一時間半も前である。
天候が不順であれば、通勤に時間が掛かるのは当然予想される。
だから遅れないように早めに家を出ようというのはいかにも真面目なドイツ人らしいが、
これだけ早い時間に到着するためには一体何時に自宅を出発したのか。
持ち主の人となりを表現する際に、真面目の上に罵倒の言葉を付けたくなる人間がいても無理からぬ事であろう。
運転席からは点々と足跡が続いている。無論それは車の持ち主のものだ。
トリエラは何の気なしに車に近付き、足跡に沿って歩き出した。
「
数歩進んだ所で少女は立ち止まる。振り返り、自分と担当官のつけた足跡を見やった。
存外、歩幅が違う。
あれだけ身長差があるのだから当たり前のことなのだが、今までさほど意識していなかったその事実に、
少女の中にちょっとした好奇心がわいた。
隣にあいた足跡に、自分の右足を重ねてみる。
新しい雪を崩すこともなく、雪穴の中にすぽんと自分の足が入った。やはり足のサイズも担当官の方が一回り大きい。
続いて左足を次の穴に入れる。少女にとっては大きめに一歩踏み出した形だ。
斜めになったブーツの背で足跡のかかと側が少し崩れる。
雪を崩さないようにするにはどうしたらいいだろう?
引き抜いた右足を浮かせて次の足形に狙いを定め、軽く跳ねてみる。
新しい遊びを思い付いた子供のように、トリエラは雪に残された足形をひょいひょいとたどり始めた。
段々と一定の間隔で並んだ歩幅にもなれて、下を向いたまま軽くステップを踏むように進んで行く。
雪とそれを踏みしめた靴跡だけの白い画面に、いきなりグレーの色彩が現れた。
思わず急停止して顔を上げれば、鼻の先に見覚えのあるコート。
「……前を向いて歩かないとぶつかるぞ」
聞きなれた声にもう一段階顔を上げれば。
「おはよう、トリエラ」
「! ヒルシャーさん」
そこには足跡の主が立っていた。自分のしていたことを見られたのだろうか。慌てる少女に男が言う。
「何か考え事でもしていたのか?下を向いたまま歩いていると危ないぞ」
相も変わらず見当違いの心配をする担当官に、トリエラはいつもの不機嫌そうな顔と慇懃な物言いで返答する。
「すみません、不注意でした」
「気を付けなさい。
「……雪の状態を確認しようと思っただけです。でも、もう寮に帰ります」
「そうか。戻ったら、風邪を引かないように温かくするんだぞ」
「はい。では失礼します」
くるりと担当官に背を向けたトリエラの顔は赤い。本人にもその自覚はある。
あれのどこが考え事をしながら歩いているように見えるのかしら。
これはきっと、寒い中を歩いて来たせい。そう、別に動揺なんかしてないんだから。
金の二つ髪を揺らし、少女は先程までよりも荒い歩調でざすざすと雪中行軍を開始する。
男は目を細めて少女の後ろ姿を見送ると、彼女のつけた足跡を追いながら
建物に向かって歩き出した。
<< Das Ende >>
BGM // チャイコフスキー “くるみ割り人形”より『お茶の踊り』
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