【付き添い】//一期All Chara
        //【】// Humor, //【トリエラの日記/パルフェ】担当官サイド//2008/08/27




    【付き添い】


「ジョゼさん、今度エッタを貸して下さいよっ。
アンジェの退院祝いに皆でパルフェを食べに連れていってやりたいんです」
 アンジェリカの退院が決まったと聞きつけて、ジョゼの所へやってきたプリシッラがそう言った。
明るく元気な女性課員の勢いに気圧されつつ、ジョゼはたずねる。
「みんなって、誰と誰をだい?」
「もちろん、アンジェとエッタと、リコ、トリエラ、クラエスの仲良し5人組ですよ」
「退院祝いは良いけれど、ヘンリエッタを一人で君に預けるわけにはいかないよ。
他の子もそうだけど、例え2課の課員だと言っても、一応、担当官である僕らも同行しないと……」
「分かってますって。だからまず、ジョゼさんの所にお願いに来たんじゃないですか」
 えへへと笑いながらプリシッラは言う。ジョゼは自分の担当する義体に甘い。
ヘンリエッタが喜びそうな企画ならば、まず反対することなく参加する。
だから始めに一番攻略しやすいジョゼの了承を取り付け、イベントを『決定事項』として伝えれば、
主賓のアンジェリカを担当するマルコー、学級委員長トリエラの担当官ヒルシャーも、
渋々ながらでも日程を合わせてくれるだろう。   どうやらそういう目論見らしい。
 さすが情報分析担当の課員だとジョゼは苦笑する。
「分かったよ、協力する。でも3人はそれで良いとして、リコとクラエスはどうやって連れ出す気だい? 
兄さんがそう簡単に了承するとは思えないけど」
「そう、それが一番の難関なんですよねえ」
 うんうんとプリシッラは頷く。
 ジョゼの兄、ジャンは仕事に厳しい冷厳冷徹な担当官だ。
ジャンが自分の義体であるリコを道具と見なし、そのように扱っていることは2課では周知の事実である。
そしてまた義体の中で唯一担当官がいないクラエスも、担当官のリーダーであるジャンの監督下に置かれている。
『仲間の退院祝いにパルフェを食べに行きたい』。そんな浮ついた理由で外出の同行を願っても、
冷たい視線で一瞥されて終わりだろう。
「ですからね」
 ずいっと身を乗り出して、愛の堕天使はちょっと悪童めいた笑いを浮かべた。
「そこんところも、ジョゼさんにちょっとご協力願えればな〜と思うんですけど」



 その日、ジャン・リコのフラテッロはちょっとした情報収集でローマ市内に外出していた。
 いつものごとく暴力的かつ速やかな尋問で情報収集を終え、公社への帰途についたジャンの携帯電話が鳴る。
不信げに番号を確認すれば、弟のジョゼからの着信だ。
『Pront ? / もしもし、兄さん?』
「ジョゼ。何だ?」
『仕事は終わった?』
「ああ」
『僕も今、外なんだ。これから1時間くらい、コーヒーでも飲みながらちょっと話ができないかな。
リコはヘンリエッタと一緒にお茶でも飲んでいればいいから。どうせ、後はもう公社に帰るだけだろう?』
「ふむ」
 ジャンは時計を確認する。
今日の事務仕事の残り具合からいえば、1時間程度なら時間を割いても問題はないだろう。
これが他の人間からならばふざけるなと低く静かに一蹴するところだが、他ならぬ実の弟の申し出だ。
「いいだろう。どこにいる?」
 ジョゼが指定してきた店は多種多様なドルチェ(デザート類)で人気の店だ。
あいつめ、また自分の義体を甘やかしているなと思いつつ、了承し目的地を変更する存外弟に甘いジャンだった。




 バイオリンケースを片手に持ったショートカットの少女を伴い店に入って来た強面の男を見つけ、
ジョゼは声をかける。
「兄さん、こっちだよ」
「ジョゼ」
 弟の姿を認め、一瞬、私的な雰囲気に和らぎかけたジャンの表情が、
周囲に予定外の人物の   しかも複数の   姿を目にして固まった。
「やあ、リコ。君はヘンリエッタ”たち”と一緒に、隣の丸テーブルで甘い物でも食べておいで」
「こんにちは、ジョゼさん。ありがとうございます。でも、ええと   
「兄さんは僕とこちらでコーヒーを飲んでいるから。ね、兄さん」
 にっこりと兄に微笑んで、通路を挟んだむこう側の大きな丸テーブルに、さっさと兄の義体を拉致するジョゼ。
こちら側に三つ並んだ二人席の一つには、ジャンが良く見知った顔が二人座っている。
「……ヒルシャー、マルコー。何故おまえ達がここにいる」
「義体同士の親睦を深めるためと言いますか……。
普段から良くコミュニケーションが取れていれば、合同作戦の際もより緊密な連携がはかれると思いますし」
「付き合いです」
 見るからに不機嫌なジャンに、生真面目に説明をするヒルシャーと投げやりに答えるマルコー。
「僕らの席はこっちだよ。兄さんはエスプレッソで良いかい?」
 少女達の席から戻ってきたジョゼが兄に席を示す。
強面のスーツ男が喫茶店の通路に仁王立ちしたままというのはいかにも目立つ。
言いたいことは山程あれど、諜報機関の人間として目立つことはできるだけ避けたい。
スパイの掟に従って、ジャンは無言で席に着いた。
 兄と向かい合って座った優男は、ウェイトレスに如才ない笑顔でコーヒーを注文する。
隠しきれない不機嫌なオーラを漂わせながら、ジャンは弟に尋ねた。
   それで。これはどういうことだ、ジョゼ」
「以前から噂に聞いていたここの名物パルフェを、ヘンリエッタに食べさせてやりたくてね。
でもさすがに一人で食べきれるような代物ではないらしいから、他の子も誘ったんだ」
 丁度アンジェリカも退院したことだしね、と主目的を微妙にそらしてジョゼは説明する。
「担当官でもない人間がいるが」
「プリシッラは非番なんだ」
 正確に言うと、同僚を拝み倒して有給をもぎ取ったのだ。
「ほら、女の子達が甘い物を食べに来るのに、いい年をした男がぞろぞろと
同じテーブルに付き添っているのも目立つだろう? だから店内での引率を頼んだんだよ」
「作戦活動でもないのに外で義体が一カ所に集まれば、何の集団かと周囲の憶測を呼ぶ危険が増す」
「それは大丈夫だよ。リコとヘンリエッタはバイオリンケース、アンジェリカはヴィオラケース、
トリエラはクラシックギターのケースを持っているじゃないか。クラエスはピアノ譜を持っているしね。
どこかの音楽学校の生徒同士にしか見えないよ」
 無論、ケースの中身は優雅な芸術とはほど遠い物騒な銃器類な訳なのだが。
「ああ成程、確かに変則ですが室内楽ができますね」
 感想を述べたドイツ人をジャンがじろりと睨む。
「……トリエラにはチェロのケースを持たせた方が、よりそれらしかったかもしれませんが」
 不器用なフォローとも下手な冗談ともつかないヒルシャーの発言を無視して、ジャンは弟に問う。
「クラエスが何故ここにいる。あれは俺の監督下にある義体だ」
「僕が課長に許可を取って連れ出したんだ」
「……相変わらず課長はジョゼに甘い」
 自分のことはすっぱりと棚に上げておいて低くうなるジャン。
しかしこれはジョゼが相手だからこの程度の反応で済んでいるのである。
 相手が企画者のプリシッラ辺りならば、
即座に店外へ連行されてドスの利いた声で尋問と訓告   気の弱い者なら失神しかねない恫喝   が下され、
次の格闘訓練で特別指導   いわゆる鉄拳制裁   を賜ること必至だ。
もちろん、これが他の担当官でもあまり反応は変わらない。
 あくまでも企画立案はジョゼの個人的理由からなるものである。
そう装うのがこのイベントの実行に際して一番安全かつ穏便で平和的な対策方法であろうという、
プリシッラの分析は正しい。
 不満はあれどもひとまずは運ばれてきたコーヒーを口にし、ジャンは弟のたわいもない世間話に耳を傾ける。
 その様子にようやく緊張を解いて新聞を広げるヒルシャーと、適当に雑誌をめくり始めるマルコー。
通路の反対側では笑いさざめく少女達の声がする。
「ああしておしゃべりをしていると、まるきり普通の女の子だな」
 自分と二人でいる時にはまずお目にかかれない娘の   もとい、『妹』の笑顔を
新聞紙の陰からそうっと観察しつつ、不器用なドイツ人が呟いた。
「まあな」
 無邪気な天使の微笑みに背中を向けて座ったまま、マルコーはおざなりに答える。
「たまには、こんな風に外で甘い物を食べさせるのも、いいのかもしれないな」
「そうかもな」
「君はどこか良い店を知っているかい?」
「さあな」
「……少しは真面目に相談に乗ってくれないか」
「相談? 雑談だろ、こんなのは」
「マルコー、僕はだな   
 張り合いのない生返事ばかりする同席者に、新聞を除けやや不快そうな声を上げたヒルシャーの動きが止まる。
    何だ、あれは」
「ああ?」
 振り返ったマルコーの視線の先には、ウェイトレスが重そうに運ぶ巨大なパルフェ。
「!?」
 バケツのごとく巨大なガラスの器にこれでもかとばかりにジェラートとフルーツソースが詰め込まれ、
更にその上には通常一人前として供される三角形のトルタ(ケーキ)が5、6個乗せられている。
 絶句する男達の前を素通りしたジェラート入りのガラスバケツは、そのまま彼らの『妹』達の席へと運ばれた。
きゃあっと可愛らしい歓声が上がる。
「……ジョゼ」
 低い声で弟の名を呼ぶジャン。せっかく収まっていた不機嫌のオーラが、おどろおどろしく立ちのぼる。
「……あれが名物“バケツパルフェ”なんだけど……本当に大きいな……」
 やや呆然として答えるジョゼ。噂には聞いていたものの、実物は彼の予想を遙かに上回っていたらしい。
「……何だ、ありゃ」
 ぼそりと嫌そうに呟くマルコー。甘い物は嫌いではないが、物には限度というものがあるだろう。
「……あれは全部食べきれるのか?」
 心配そうに言うヒルシャー。いかに女子供は甘味類が好きだとは言え、あの量は体に良くないのではないだろうか。
 四者四様の反応だったが、パルフェに対する認識は共通していた。すなわち、

   いくらなんでも、あれはデカ過ぎだろう!!

 である。
 あれを嬉しそうに食べる女共の気が知れない。
慄然とする男達の前で、みるみる内に上のトルタと飾りの果物類が姿を消してゆく。
 30センチはあろうかという長く細いスプーンで、
ざくざくとジェラートを掘り進んでいく5人の少女達と若い女性1名。
女の甘味に対する食欲のすさまじさを今更ながらに再確認し、
男達は居心地の悪い思いをしながらそれを遠巻きに眺めるしかない。

 だがさすがに15分もするとペースが少し落ちてきた。
ジェラートの量はバケツにあと半分と言ったところだが、一度に口に運ばれる量が減ってきている。
しかしヘンリエッタとプリシッラはまだ余裕がありそうだ。
 20分後。学級委員長がウェイトレスに人数分の紅茶を頼んでいる。
いい加減口が甘くなってきたのか、それとも腹が冷えてきたのか。
「ああ、あれは良い考えかも知れませんね。味覚も変わるし、おなかも暖まるでしょう」
 直接口には出さないが、さすがは私のトリエラと親バカ丸出しのヒルシャーに、ジョゼが疑問を差し挟む。
「いや……。確かに一時的には効果が高いと思うけど、まだジェラートが3分の1は残っているだろう? 
おなかが暖まるほど紅茶を飲んでしまったら、水分で満腹になってしまわないか」
 不吉なジョゼの言葉をよそに、白いティーカップとティーポットの援軍が到着して少女達の食欲が盛り返す。
   どうせ女共のことだ。なんだかんだ言っても、その内全部たいらげちまうさ」
 ちらりとだけ後方を見やって、マルコーはまた雑誌に目を戻した。
「それはそうなんだろうけど……」
 一方の少女達は、おしゃべりを続けながら紅茶と交互にパルフェを食べ続けている。
バケツの底に敷き詰められたコーンフレークがようやく姿を現し、
歯触りの違いも手伝って、またしてもざくざくとパルフェはその量を減らされてゆく。
 だが2杯目の紅茶が空になった頃から、また戦況が変化し始めた。
 ジョゼの予言通り、どうやら少女達の小さな胃が許容量の限界を迎えたようだ。
その上、4リットルのジェラートはほとんど姿を消したものの、
意外な伏兵コーンフレークが溶けたジェラートでふやけて体積を増している。
 さすがの少女達もしゃべる口調が段々と間遠くなり、言葉数が減ってきていた。
長いスプーンの先で何となくパルフェの残りをつつき回しているが、なかなかそれを口に運ぼうとしない。
ただ一人、ヘンリエッタが笑顔のまま、
激甘の液体を吸って膨らんだかつてコーンフレークだった物を嬉しそうに頬張っている。
「……無理して食べることはないと、声をかけてくるべきでしょうか」
「いやあ……うん……」
 何とも言いようのない表情をして口を濁すジョゼに変わって、投げやりなイタリア人が心配性なドイツ人に言う。
「やめとけ。目立たないように、強面の兄貴達がわざわざ席を外した意味が無くなる」
「それはそうだが……。あの子らの胃腸は生身なわけだし   
「全身が生身でも『鋼鉄の肝臓』を持ってる人間は山ほどいるだろ」
「そういう問題じゃないだろう、マルコー」
「放っとけって。それともヒルシャー、
おまえあいつらの代わりに、残りの“溶けたパルフェ”を食ってくるか?」
「う……」
 思わず言葉に詰まるヒルシャー。ジャンは腕組みをして座席に寄りかかったまま、終始無言だ。

 気まずい沈黙が男達の間を漂う中、しかし長く苦しい闘いにも終幕が訪れたようだ。
コーンフレークを全滅せしめた少女達が、そろって細く長いスプーンを皿に置いた。
巨大パルフェがテーブルに運ばれて40分。ようやく完食である。
 やれやれ、これでやっと自分たちも公社に帰れる。
不機嫌きわまりないリーダーと共に過ごす気詰まりなコーヒータイムを終え、男達が立ち上がろうとしたその時。
 紅茶を飲み終わったヘンリエッタがおもむろに立ち上がり、ガラスのバケツに両手をかける。
 何をするつもりなのかと見やった男達の視線の先で、
彼女はやおら重い器を持ち上げその中身   溶けたジェラートと甘いソースの混合物   
空のティーカップに移し入れた。
 唖然として担当官らが見つめる中、ガラスの器をテーブルに戻して椅子に腰掛け直したヘンリエッタは、
ティーカップの取っ手を華奢な指先でつまみ、とてもとても幸せそうな顔をして   
 それを一気にくーっと飲み干した。
 そしてひきつった男達の前で、さも満足げに一言。
「ごちそうさまでした!」


 その後、にこにこと満足そうな笑顔の少女が一人と、げんなりと消耗した顔の一団が喫茶店を出て行ったが、
店員が特に彼らの顔を記憶するという事はなかった。
 多種多様なドルチェをそろえているこの店では、子供をダシに甘味を食べに来るビジネスマンも珍しくない。
それに何より、巨大パルフェに挑んだ客がそんな表情で店を後にするのは、店員にとって日常茶飯事なのである。
 それよりも、彼らと入れ替わりに入ってきた常連客の方が問題だ。
まったくあの女子学生達ときたら、一番安いドルチェとおかわり自由のコーヒーだけで、
かしましくしゃべりながら毎日何時間もねばることねばること……。

 小憎らしいほどに晴れ渡った青空の元、ローマは今日も平和だった。



   ≪ Das Ende ≫   

     BGM // ファリャ 『火祭りの踊り』

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