ジャンとジョゼ //ジャン,ジョゼ
 //クラエソの日記作者さん // ,Vignette/,General,Death/11202Byte /Text// 2004-02-02


ジャンとジョゼ


「すまん、ジョゼ、待たせたな」

「それほどでもないよ、」

ジャンはさほど広くない店内を見渡すと客が自分達以外にいないことを確認した



薄暗いバーの店内に、 Diana KrallKの「`S Wonderful」が流れている

ジャンはコートを脱ぐと軽くたたんでマスターに預けた。

「ヒルシャーが急ぎで報告書を持ってきたからな、見ないわけにはいかなかった。」



マスターは琥珀色が揺れる瓶をジョゼに差し出す

「そういえば彼はここ数日エリア内分析で泊り込みだったな」

ジョゼは瓶を受け取ると栓を抜く



ジョゼの目の下に「くま」を見つけたジャンはジョゼから瓶をもぎ取ると、

ジョゼのグラスにウイスキーを注ぐ

「ああ、お前にも苦労をかける」

「・・・・兄さん」

ジャンがマスターに向かって目配せをする、

マスターは吹き終わったグラスを後ろの棚に置くと、横のプレーヤーからCDを止め、

クローズドの札を持って外に出た、どうやらこういうことは度々あるらしい。



「俺に話があるらしいな、ジョゼ」

「ああ、兄さん」



「ここのマスターは課長の古いなじみだ、多少は喋っても部外には漏れない、安心しろ」

ジョゼはそれを聞くと真顔でおどける

「それじゃあ益々迂闊な事は喋れないな」

「フフ、まあそういうな、人払いまでしてくれたんだ」

ジャンは苦笑して付け合せのチーズを齧る、昼から彼は何も口にしていなかった。





しばらく沈黙が流れた、

ジャンは静かに待っている、



ジョゼは、グラスを下ろすとぼそりと口を開いた

「兄さん、ヘンリエッタの寿命を知りたい」

「担当直後に渡したヘンリエッタの資料にあるはずだ、」

ジョゼの目が細められる、

「資料には現段階の技術では約10年とあった、」



「ああ」



「兄さん、本当のところを教えて欲しい、ヘンリエッタは後何年生きられる?」

ジョゼの両手が拳を握った、



「2年、」

眉も動かさずに言う



「・・・やはり・・・」

ジョゼがうつむく、拳はいつしかグラスを握っていた



「気づいていたのか?」



「共和国派制圧のタイムスケジュールが10年なのに対し、割り振られている

 担当官が2年から3年でその役目を交代する形になっている、」

 ジョゼは低く答えた

「担当官とはいえ、状況によって役割の交代はありうる」

 ジャンはグラスを軽く煽る

 

「現状の運用が義体の情報収集を基準に合わせているのを見ればその可能性に行き着く。

  安定した情報収集にパートの交代は本来無意味だ」

ジョゼの視線がジャンの横顔を静かに焼くように見つめる



「フッ、いつかは気づくと思っていたが・・」



「理由を知りたい」



「長くなるぞ、知ったところで、お前に出来ることは無い」

ジャンは突き放すように言い放つ



「知らずにはいられないんだ!」



「知ったら、覚悟してもらう、任務をやり遂げると」



「頼むよ」

ジャンは胸ポケットからシガレットを抜くとライターで火をつける、

ひとつ息を吐くと、ジョゼが注視する中、とうとうと語り始めた



「本題に入る前に何故少女を義体化するか?だが、まず義体の順応性の高さは神経や脳が

 若い少年少女が有利だこれはわかるな?、」



「ああ」



「生身の体を100パーセントとするならば、義体を同じくらいに使いこなすのに、

 神経が衰えた大人や老人では無理が出る、もちろん日常生活には十分だろうが、少年少女

 の順応力には適わない、一瞬が生死を分ける戦闘用ではその差は致命的だ」



「・・・・」



「そして次に何故女子を主にするかだが、問題は成長にある」



「成長?」



「義体に最適な思春期の体は特に男子の成長が目覚しい、生身ならば身長は何十センチも伸

 びるし骨格もがっしりと変わる、しかし、義体になると一切成長は無い、そこが問題だ」

「何故?」



「幻肢という現象がある、例えば事故で無くしたはずの指が動かせるような感覚を持ったり、

 無いはずの腕に痛みやかゆみが起こったりする、まだ理由が完全には解明されていない現象だ、

 義体の場合は、脳は成長しているつもりでホルモンを作り、成長したはずのサイズで体を動か

 そうとする、しかし、実際には義体は成長しない。

 そしてそれは全身を失ったに等しい義体では本来の生身のサイズの成長=全身の感覚のズレと

 なって現れる。」



「成長が激しい男子ではそのずれが義体を十分に動かせないほど著しい・・・・」



「そういうことだ、女子の方が比較的その差は低い、今の技術では少女を義体化候補とせざるを

 得ない理由だ」





沈黙が再びとばりを下ろす、

ジャンはグラスに口をつけたまま動かない、



薄暗い明かりが二人に淡い影をぼんやりと刻む





次にジョゼが口を開いたとき、その声には意外なほど何の感情も見せていなかった。

「ヘンリエッタの寿命の理由は?」

「脳の成長だ」



「脳?」



「義体の脳は必ず生身だ、そして生身である以上それは成長し大きくなる、

 そう、自然ならば脳を収めている頭蓋のサイズも大きくなる訳だが・・」



「肝心の義体の頭蓋は成長しない」



「義体の頭蓋の構造は本来の物と大分異なっている、頭蓋のサイズはそのままに脳が幾分か成長した

 場合、それは頭蓋が脳を圧迫し頭痛から始まり・視力低下・最悪の場合血管破裂、そして脳内出血

 へと事態は進行する、13歳のサイズならば15歳から16歳で脳血管に過剰な負担をかけるほど

 内圧が上がる、そのため義体医師は成長を止める手段を開発した」



「それが「薬」」



「そうだ、だから脳の成長を止めるためにも「薬」が使われる、そして、その代償が、記憶力の低下、

 味覚障害、眩暈等等、」



「兄さん、まだ手はある筈だ・・例えば頭蓋のパーツの交換は不可能では無いだろう」

ジャンはかぶりをふる、

「無理だ、頭蓋を交換するなら全身のバランスを考慮し、全てのパーツのサイズを計算しなおして

 交換を考えなければならない、それが義体技師と医師の共通の見解だ、そんな大換装は、残った

 わずかな生身の部分にどれだけのダメージを与えるか・・・

 戦闘用義体は生身とのトータルバランスをも計算した芸術品なんだ」



「・・・くっ!」

弟のもらしたうめきに、ジャンは眉を曇らせる。





「リコも・・・兄さんのリコの寿命もそうなのか?」



「リコはヘンリエッタと違って、生身にダメージを負って義体化したわけでは無い、従って義体化する

 プロセスで使われた「薬」の量は相対して少ない、しかしそれも寿命になって現れるのは数ヶ月の違

 いだろう」





ジョゼは既に何も見ていなかった、ただテーブルに顔を伏せ、拳を握りながら絞るように声を出す

「どの道救いはないのか?、兄さん、僕の妹だ!妹なんだよ!」

「違う!彼女は道具だ、道具に情を入れるな」



ジョゼは立ち上がり低く、しかし火を吐くようにうめく

「道具じゃない!、道具なんかじゃ無い!」



ジャンも立ち上がりジョゼのすがるような視線を一蹴する

「道具だ!」



「妹だ!妹なんだ!・・・・妹なんだよ・・・」





ジャンはいきなりジョゼの胸倉を掴むと、低く、そして諭すように声を荒げる

「ジョゼ!、いいか、ここまで聞いたら覚悟を決めろ!、彼女は死ぬ!、極めて短い命で!

 しかしお前が仕事を投げ出すことは俺が許さない!、いいか!忘れるな!、何のために俺達が公社にい

 るのか!」



「復讐だ」

ジョゼは視線をそらすと、それだけを言った



「そうだ」

ジャンはまだ胸倉を離さない

「復讐だ、わかっているよ兄さん」



「それを、忘れるな」

ジャンは手を離すと、脱力したジョゼを椅子へと座らせた



「・・・・」

ジョゼはうつむいたまま、動かない、



「ジョゼ、お前は俺のたった一人の弟だ、いつまでもそんな顔をしているのを見たくない、

 なあ、道具に情をかけてもお前が不幸になるだけだ、」

 

「俺が・・ヘンリエッタに出来ることは、何だろう?」



「何も知らないふりをしながら仕事に専念しろ、誰にも言うな、顔にも出すな、そして

 成果を出せ、」



「うう・・・・兄さん・・・」



ジャンは正面を見据えたまま、グラスを手に取った

「・・・」

ジャンがマスターに視線を向けると、年代物のプレーヤーにシガレットを挟んだ指を向けた

マスターはうなずくとジャケットを選び、慎重な手つきで、CDをトレイに滑らせる



ルイ・サッチモの「 La VIE En Rose」が静かに薄暗い店の中を、ほのかに照らすように流れた







「ヘンリエッタ・・・ウゥ・・」





兄は、ただ弟の慟哭する背中を何時までも見守りつづけていた

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