雪だるま // リコ、エッタ、ジャン
        // 蘇芳 ◆Ecz190JxdQ // General //2011/11/14



「早く雪が降らないかな」
「どうして?」
「だって、私、雪に触ったことないもん」
その後、ヘンリエッタは困ったような顔で黙り込んだ。
私とヘンリエッタが一緒に暮らすようになった、少し後の話だ。

私は公社に来るまで病院にいた。
だから、いろんなことを知らない。
やったことないことも、見たことないことも、食べたことないものも、いっぱいある。
初めてのことは全部嬉しくて、嬉しいから友達に話したくて、友達がいることも嬉しくて。
それでいっぱいおしゃべりしようとすると、みんな困った顔になっちゃう。
だんだん、その理由は私にもわかるようになった。
それは、私が病院にずっといたのは「普通」じゃないから。

病院での生活が「普通」じゃないことは知っていた。
だけど、義体だって「普通」じゃないから。
条件付けとか、体にいろいろ入ってるとか。
きっと、みんな「普通」じゃないことに慣れてると思った。
「普通」じゃない私の話を聞いてもみんな平気だと思ったのに。
この部屋に来たばかりのヘンリエッタは、「普通」じゃない話を私がすると黙ってしまう。
うつむいて、黙って、そのまま止まっちゃう。
だから、私は怖かった。
ヘンリエッタと友達になれないんじゃないか、って。
友達と同じ部屋で寝る、ってずっと憧れていたから。
どうしてもヘンリエッタと友達になりたかった。

ビアンキ先生のカウンセリングでも私は「ヘンリエッタと友達になりたい」って相談した。
先生は笑って、「二人とも知ってるけど、二人とも好きなことを話せばいいんだよ」って教えてくれた。
相手が知らないことを話すより、二人とも知ってるけど大好きなことのほうがいいんだって。

でも、それはとっても難しかった。
ヘンリエッタは可愛い洋服が好きで、ジョゼさんにいっぱい買ってもらってる。
私はズボンしかないし、洋服を選ぶのが楽しいって気持ちはわからない。
ヘンリエッタも訓練は頑張ってるけど、私みたいに「動くのが楽しい」って思わないみたい。
なかなか二人とも大好きなことってみつからなかった。

初めて二人で「楽しい」って思えたのは、雪だった。
ヘンリエッタは小さな雪だるまを作って、訓練でダメにした洋服のはじっこを雪だるまのマフラーにしてた。
私も雪だるまの作り方を教えてもらって、一緒に作った。
その後ジャンさんが来て、「リコは雪の中での行動は初めてだから訓練が必要だ」って、ヘンリエッタと三人で射撃訓練場に行った。
ついたら、ジャンさんは怒ったような顔で、でも優しく、「まずは走り回って体を温めてこい」って言った。
雪の中で、ヘンリエッタと初めてした鬼ごっこ、楽しかったな。
いっぱい転んだし、寒かったけど、楽しかった。
ジャンさんは「訓練だ」って言ってたのに、結局銃は出さなかった。
鬼ごっこのあとは訓練用の壁や平均台でアスレチックみたいに遊んだ。
ヘンリエッタが初めて笑ってくれた。

あの雪の日、私たちは友達になったんだ。
ヘンリエッタ、今日は、また雪だよ。
私たち、今日で死ぬかもしれないんだって。
死んじゃったらもう会えないんだよ。
ねえ、だから、ちょっとだけ思い出して。
小さな雪だるま。
鬼ごっこ。
また一緒に遊ぼうよ。


後ろからついてくるヘンリエッタの足音を感じながら、私はやっぱり言えなかった。
ヘンリエッタ。
私の友達。
私の名前は憶えてるのに、私と遊んだことは忘れちゃってる。
でも今でも大切な友達。
アンジェの時は、忘れちゃうのはちょっとずつだったのに、ヘンリエッタは全部いっぺんで、だからアンジェの時より辛かったよ。
でも仕方ないよね。
お仕事できなくなっちゃったら、私だって困るもん。

ねえ、これが終わったら一緒に雪だるま作ろうね。
そうしたら、もう一度友達になれるよね。






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