二人の写真 // トリエラ,ヒルシャー
 //,Vignette,/Romance/ 14299Byte/ Text// 2005-09-30




『二人の写真』



 トリエラは仕事から帰ってきたところで、ヘンリエッタに呼び止められた。



「あの、トリエラ。これあげる。」



そういって、エッタから手渡されたものは一枚の写真だった。

公社の中庭らしい場所で、ヒルシャーとトリエラとが向かい合って写っている。

仕事へ行く途中らしく、トリエラはコート姿で肩からケース(中身はショットガン)

を下げている。そして、トリエラは少し膨れた様子でうつむいている。

視線は横の下のほうを向いている。

それに対するヒルシャーも少し硬い表情をしてトリエラに向かって話しかけているようだ。



受け取ったトリエラはちょっとばかりヘンリエッタに抗議した。



「ちょっとぉ、エッタ。こんな変な写真いつ撮ったのよ」

「でも、普段あんまりトリエラって写真を撮らせてくれないんだもん」

「だからって、こんなところを写真に撮らなくてもいいじゃない。

普通写真ってさあ、もっと記念になるようなところで、にっこりしているんじゃない?」

「でも、トリエラは、

『日記は事件ばかりじゃない』って言ってたよね。

だったら写真もこんな日常の記録でもいいんじゃないかなぁ」

と、そこへ、担当官たちが通りかかった。

トリエラは慌てて渡された写真をコートのポケットにしまい込んだ。



 部屋に戻ると、クラエスはまだ、日課から帰っていなかった。

身仕舞いをした後、トリエラは、コートのポケットから写真を取り出し手にとって眺めた。



 なーんか私仏頂面しちゃってるなぁ・・・。

と、トリエラは思わず苦笑した。

 そういえば、私ヒルシャーさんの写真って初めてだ。

 先日の作戦のあと、ヒルシャーさんは感極まったのか、

無言で私を抱きしめてくれた。私はヒルシャーのぬくもりに包まれて、

私とヒルシャーさんとの距離が一気に縮まったような気がした。

条件付けによる感情、フラテッロ(兄妹)としての親近感以上の想いが育まれているような気がしたんだ。



 あれから、トリエラはなんだかよくぼんやり彼のことを考えるようになった。

ヒルシャーに対して向き合うのがなんだか気恥ずかしかったりする。

でも、・・・。



 「ヘンリエッタには文句を言っちゃたけど、これって、私の大切なものになりそうね。

二人で写真を撮ってもらうってシチュエーションはまずありえないし。」

と独り言を言った。



 以前は、「ヒルシャーに対して私の役割を演じたらいいんだろう」

などと、悩んだりした。私の態度がいつも彼に対してそっけなくて冷たかったからか、彼もしばらく悩んでいたようだったが・・・。

 役割なんて堅苦しいこと考えなくていい。互いに相手のことを信頼し、大切に思っていることがわかったんだから。



 トリエラがいすに座ってぼんやりと物思いにふけっていたらクラエスが帰ってきた。

「ただいま、あれ、それ何の写真?」

トリエラはクラエスが入ってきたときに慌てて手にしていた写真を机に伏せたが、

クラエスは目敏《ざと》く見つけたようだ。トリエラが一瞬ギクッとした態度に何かを感じたのだろう。



 「エッタがたまたま写真を撮ったみたいなの」

と、トリエラは仕方なくクラエスに見せた。クラエスは写真を手に取ると、

「ふーん、よく撮れてはいるね。まあ、大切にするんだね。」

と、いつも他人の行動には冷静なクラエスは一言平凡な感想を述べたのみ。

でも、トリエラは「そっ、そう?」といって、素早くクラエスから取り戻した。

そして、飾るわけにもいかないなと思って、結局コートのポケットに入れた。



 数日後、トリエラは、テロリストのアジト制圧作戦に参加した。

手ごわい相手だったが、ヒルシャーとの連係プレイがものをいって

敵は沈黙した。





トリエラが、ミラノから帰ってきたとき、今日も無事に終わってよかった。

と、ほっとした。



何気にコートのうちポケットを探ったとき、

大変なことに気づいた。

 ・・・あの写真がない。

 今日は写真なんか一回も見ていない。

パダーニャのアジトに突入したときに落としたのか?

コートのうちポケットから物が落ちるってまずないことだ。

うーん、そういえば、公社のミラノ支局で待機しているときに

一回手にとってみたっけ。ヒルシャーさんが部屋に入ってきたので、慌てて隠したけど。

部屋の簡易ベッドの枕の下に押し込んだかも??

あれを誰かに見られたらまずい。当然私たちの存在は世間には秘密事項だから、

外部の人間の目に触れるのはまずい。

さらに、公社の人間でも最悪だ。



 トリエラは困って2課のオフィスのヒルシャーの元を訪ねた。

オフィスの中では話せないので、廊下に出て、ヒルシャーに尋ねる。

「あの。ミラノでお仕事ってないでしょうか? 今日の後始末とか・・・。」

「いや、特には予定はないが・・・。それに、後始末は、他の課員の仕事だよ。」

「ふう・・・。そうですか。それじゃあ、私用でミラノへ出かけるわけには行きませんか」

「私用でか・・・。休暇はたまっているので出かけるのは構わないが、

君たちを一人で出すわけには行かないからな。」

「私、一人で行けますけど」

「そういうわけにはいかないよ。私も予定を確認しないとな。で、何時がいいんだ?」

「出来れば明日にでも・・・。」

「それは急だなぁ。ま、明日は急用はないから一緒に行ってもいいぞ」

トリエラはほっとした。

「そ、そうですか。ありがとうございます。」

「ところで何か事情があるのかい? プリシッラに良いブティックでも教えてもらったのか?」

「そっ、そんなんじゃありません。ただ・・・。」

「ただって、何かミラノに行きたい理由があるんだろう?」

「えぇ・・・。」

と、トリエラは口ごもった。

「おいおい、君と私とはフラテッロだろ。隠し事は無しだ。」

しようがないな。

「実は、今日の作戦前に待機していた公社の部屋で忘れ物をしてしまったらしいんです。」

「忘れ物か。それなら向こうの人間に連絡して送ってもらえばいい。

出かけるには及ばないぞ。」

「いや、そういうわけにはいきません」

「遠慮は要らないさ。身内なんだから。で、何を忘れたんだ?」

「そ、それは、・・・言えません」

「言えない、か。でも、大事なものなんだろう」

少しヒルシャーは思案した。



 (ふーむ。一体何なんだ?忘れてくるような持ち物はなかったと思うが。

 言えないってことは、よっぽど人には見られたくないってことか?)

「よーし分かった。明日は休暇ということにしてミラノへ出かけよう。」

 二人してのミラノ行きとなった。

 あらかじめ連絡してなかったのでミラノ支局では怪しまれたが、

忘れ物をしたといって、昨日使った部屋に入ることが出来た。

 ヒルシャーをドアの外に待たせて(ここでも一問答あったが、)トリエラは部屋に入った。

部屋の簡易ベッド枕の下を探ったが何もない。ソファやテーブルの周囲を捜しても結局例の写真は見つからなかった。

 部屋から出てきたトリエラに、

「探し物は見つかったのか」と、

ヒルシャーが声をかけた。トリエラはしおれた様子で答える。

「本当に申し訳ありません、私の勘違いだったみたいです。」

「何か大事なものをなくしちゃったのかい?」

「ええ、まぁ・・・。」



ヒルシャーは彼女を元気付けないといけないと考えた。

「大事なものが見つからないのは残念だけど、そうがっかりするな。ええと、そうだな、とりあえず食事にしよう。」

「はい・・・。」



日帰りのため、食事をそそくさと済ますと二人は機内の人となった。

食事中も帰りの飛行機の中でも二人はぎごちない時間を過ごした。

ヒルシャーもうっかり声をかけられない。





結局、失せものは見つからないまま公社に戻った。





 夜になってトリエラが部屋で黄昏ていると、コンコンとノックの音。

「プリシッラだけど、トリエラ居るぅ?」

「はい、どうぞ」

「へへっ、ちょっとお邪魔するよ」

「あのぅ、何か・・・。」

「トリエラって、落し物してない?」

「えっ」

「これなんだけど」

と、プリシッラは、手にしていた封筒から一枚の写真をさっと取り出した。



「そ、それは・・・」

と、トリエラは真っ赤になった。

「ほーら、やっぱりトリエラのだったのね。ミラノ支局の事務の女の子から忘れ物らしいって速達で届いたのよ」

「あのう、他に誰か見てませんか?」

「大丈夫、私しか見ていないから。それにしてもいきなり休暇でミラノ行きがこういう理由だったとはね」

「ええ・・・。部屋に飾るわけにもいかなくてポケットに入れてたら忘れちゃったんです。」

「もう、なくさないようにするのよ」

「ヒルシャーさんには黙っててください」

「了解!。じゃね」

プリシッラはトリエラに写真を返すと、去っていった。





(さあてと。黙っててねって言われても朴念仁のヒルシャーさんを刺激するためにはこれを利用しない手はないわね。どうせ、エッタちゃんが撮った写真なんだから、ネガを借りちゃおう。)

 数日後、公社の昼休み。プリシッラが封筒を手にヒルシャーの元へやってきた。

「ヒルシャーさん。何も言わずにこれ100ユーロで買いません?」

「えっ、100ユーロだって? それはいったいなんだ?」

「そうですねぇ。ヒルシャーさんにとってはプライベートなものなんですけど」

「おいおい、ゆすりかい」

「まあね。これが出回ったらヒルシャーさんは恥ずかしいかも」

「物を確認しないでものを買うわけにはいかんよ」

「100ユーロなんて安いもんですよぉ。」

と、プリシッラは封筒を開けると一枚の写真をヒルシャーに見せた。

「うっ、これは」

 写真には、金髪をツインテールにまとめた女の子とヒルシャーとが向き合っているところが写し出されている。「へっへっ。ナイスなツーショットですね」

「わかった。買うよ」

「そうこなくっちゃ。」

「この写真は一体どうして手に入れたんだ。」

「それは秘密です。」

「プリシッラ!」

プリシッラちゃんは100ユーロせしめると足早に逃げていった。

後を追えずヒルシャーは写真を握り締めたまま立ちつくした。



 ヒルシャーは考えた。先日トリエラがなくしたものはこれだったのではないか?

ずいぶん大切なものらしかったが、二人の写真だったとはな。

 早速ヒルシャーはトリエラを尋ねて義体棟のトリエラ&クラエスの相部屋を訪ねた。

「う、うぉっほん。ヒルシャーだ。トリエラはいるか?」

「はい、どうぞ入ってください」

二人は、部屋のテーブルに着いた。



「トリエラ、これなんだが、探し物はこれかい?」

「まぁ、一体どうしてそれをヒルシャーさんが持っているんです?」

「君がこの写真をそんなに大事なものと思ってくれたとは・・・」

「ちょ、ちょっと待ってください。私の忘れ物はこれだったんです」

と、トリエラは、プリシッラから返して貰った自分の写真を取り出した。

「同じ写真じゃないか」

「私はミラノから帰った後、プリシッラさんから忘れ物が届いたといって渡してもらったんです。

ヒルシャーさんはその写真をどうして手に入れたんですか?」

「実はプリシッラから渡されたんだ(・・・売りつけられたんだ)。プリシッラは一体どうしたんだろう」

「これってそもそもヘンリエッタが撮った写真なんです。プリシッラさんはネガを借りたんじゃないでしょうか」

「プリシッラもやってくれるじゃないか」

「ええ・・・。でも、その写真はヒルシャーさんが持っていてください」

「えっ」

「もう、ばれちゃいましたから言いますけど、私この写真大切にします。だからヒルシャーさんも・・・。」

「ああ、わかった。大切にするよ。でも、今度は二人で笑顔で写真に納まるようにしないとな」

「はい、ヒルシャーさん」

と、ほんのり赤面するトリエラ。

そして、・・・。

 ベッドの上には固まった二人を見てあきれているクラエスがいたが、

二人だけの世界へ没入していくトリエラ&ヒルシャーだった。





<了>

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

Wiki内検索

編集にはIDが必要です