無題(おさる)/(イラスト)//トリエラ、ヒルシャー
        //【観察】//Humor,//CC名無したん //2009/07/21

   【観察】


「トリエラ、そこの資料を取ってくれ」
「はい」
 ホテルの備え付けのデスクに座り調査資料を確認している担当官に声をかけられ、
トリエラはサイドテーブルに置かれていたファイルを取り上げた。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう」
 少女に礼を言いヒルシャーはファイルを受け取る。
 しかつめらしい顔でページを開く担当官の背後に立ったトリエラは、何の気なしに
腰掛けた長身のドイツ人の後姿を見やった。
すると普段は下から見上げているばかりで目にすることがない担当官の頭頂部を、ちょうど見下ろす形になる。
 ちょっとした好奇心で暗褐色の髪の分け目だのつむじの向きだのを観察していた少女だったが、
ふとあるものが目に止まり、あ、と小さく声を上げた。男がいぶかしげに振り返る。
「どうした?」
「ヒルシャーさん、白髪がありますよ」
「え? まさか。いくらなんでも、まだそんな歳じゃないぞ」
「ほら、ここに一本だけ」
 髪をひと房つまみ上げた少女に、三十路に入った男は動揺しつつも懐疑的な言葉を口にする。
「見間違いじゃないのか」
「本当ですよ。ほら」
 選り分けた髪の一本を、少女は遠慮なくぷつんと抜き取る。
「痛っ?!」
「あ、すみません。でもほら、白髪でしょう?」
 傷付きやすい男心に容赦のない現実を提示する少女に、担当官はいささかうらめしげな視線を向ける。
「……色々と心労が多いせいだよ」
「苦労性ですからね、ヒルシャーさんは。ストレスは溜め込むと健康に悪いですよ」
 男の一番の心労の素はしゃあしゃあとそんなことを言ってのける。
「ヒルシャーさんは髪の色が濃いから、目立ちますよね。ジャンさんみたいな
ブロンドだったらあっても分からないんでしょうけど。―――あるのかな?」
「……それは絶対、本人の前で口にするんじゃないぞ」
「男性でも気になるものなんですか?」
「それは当然、気になるさ。微妙な年齢なんだから」
「へえ」
 やや不機嫌そうな男の様子を知ってか知らずか、少女は興味深々で担当官の頭を覗き込み、
他にはもうありませんかね?などと言いながら、また暗褐色の髪をかき分け始めた。
さわさわと軽やかな音がする。
 子供みたいな事をするんじゃないと制止するつもりだったヒルシャーだったが、
存外、頭皮にかかる軽い刺激が心地よい。なんとなく声をかけ損ね、顔の向きを正面に戻すと
デスクの前に備え付けられた鏡が目に入る。
 鏡の中では、少女がなにやら楽しそうに自分の髪をいじっていた。
猿のノミとりのようだなあと思いつつ、このスキンシップ方法が動物の社会で果たす役割をつらつらと思い出す。
確かにこの心地よさなら、安心感や連帯感をもたらすコミュニケーション手段になりうるだろう。
 やはり人間も動物の内なのだなと妙に納得し、男は少女に見咎められぬようにそっと微笑した。


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