Cosa Nostra 第二章 そう深刻でもない現実





 社会福祉公社本部にこっそり忍び帰った後(彼女たちの外出は“実地訓練”の名目で登録されていた)、トリエラは怪我の修復のために数日間の休暇を取ることに決めた。担当官不在の間の訓練メニューとして彼女は、毎日の精密射撃、ブリーチングとクリアリング、そしてCQCを双子に課した。そして、少なくとも1日2時間は身体調整に費やし、消費熱量が2,500kcalを越えないよう、やりすぎに注意することも。

「分かったわ」 チェレスティーナが平淡に答えた。

「了解」 カテリーナが、チェレスティーナよりはのんびりした調子ではあるが、無感情という点ではいい勝負の声音で返事した。姉妹は、勝手に借りたケヴラーとフェイスマスクをこっそり戻すため、装備課に向かって走り去った。

 3人組の規律違反の夜遊びに移動手段提供という形で付き合わされたヒルシャーが、トリエラの頭上に優しく手を置いた。
「ようやく彼女たちの手綱を握れるようになってきたみたいだな」 相棒の担当官として手腕に感銘を受けながら彼が言った。6ヶ月前、トリエラが組んだ双子の基礎トレーニングの項目は、ラップ走とモンキーバー渡りのみで構成されていたのだ。それが今や、毎週のラップ走、ラップスイミング、ボクシング、フェンシング、クラヴ・マガとムエタイ(チェレスティーナは前者を好み、カテリーナは後者を好む)、それに付随して変化する筋力と耐久力の調整、それらすべてを消化するほどに強化されていた。

「そうでもありません」 トリエラが疲労を滲ませて答えた。「ここまで厳しくして欲しがったのは、あの子たちの方ですから」

「あのカジノでの一件のせいでか?」 相棒を寮の方へ先導しつつ、ヒルシャーが推測を述べた。

 トリエラが断言する。「ええ。あれから彼女たちは訓練の勢いを緩めません。そして時々、すごい剣幕で怒り出すんです。何の前触れもなく、いきなりですよ!」 一呼吸置き、悲しげに溜息をついた。「ときどき2人で喧嘩もしますし。喧嘩といってもただの口論じゃなく、実際に手が出るんです。自分たちが正しい方向に向かってると分かれば落ち着くみたいですけど、でも今夜みたいに行き止まりにぶち当たると、いつももっと怒りますし。私にはどうしたらいいのか分かりません」

 ヒルシャーはその問題についてしばし考え、「可能な限り僕が助けられたらとは思うんだが」と、すまなそうに言った。「僕は君ほどあの双子のことを知らないからな。彼女たちとうまくやるのにどうすればいいのか、確かなことは何も言えない。解決策が何もないというわけじゃなく、担当官同士の助言なんて毎回だいたいこんなものだってだけだ。担当官といっても、条件付けを統制する権限がない君には特に難しい問題だな」

「私は手っ取り早い解決方法を探しているのではなくて、何でもいいから事態を好転させてくれる材料はないかと模索しているんです」 トリエラが担当官の目を懇願するように見つめた。

「それなら」 ヒルシャーが答えた。「2人と話す時間を設けてみればいいんじゃないか?」

 トリエラが目をぐるりと回した。「私がそうしてみようと考えなかったとでも?」 辛辣に吐き捨てる。「それなら、言ってみますよ。両親を殺した男を取り逃がしたからって怒るんじゃない、とでも」

「僕に当たったって仕方ないだろう、トリエラ」 怒ったというよりもむしろ傷ついたといった響きのヒルシャーの答え。「君がアドバイスを求めたから、僕は案を出しだけのことだ」

 彼らはしばし無言で、月明かりの下、義体棟に面した中庭を歩いた。クラエスの野菜畑の隣も通り過ぎる。トリエラのルームメイトが植えた茄子は既に芽吹き、もう幅広の緑の葉を広げており、紫色の花さえも開かせようとしていた。

「君の方はどうなんだ?」 静寂を破り、ヒルシャーが口火を切った。「最近の調子は?」

 トリエラは謝罪から入ろうか迷い、答えを躊躇った。「私は大丈夫です」 迷った挙句、いかにも現実味がない答えになってしまった。「ただ、疲れてます。あの子たちは最近手に負えないし、パスクァーレの捕り物に一役買うのも別に、私にとって楽しいことではありませんでしたし」

「それで、記憶の方は?」

「問題ありません」 彼女はぶっきらぼうに答えた。一番嫌いな話題だった。

 ヒルシャーが相棒の肩を掴み、彼女を安心させるように言った。「確かに、問題はなさそうに見えるな」
 彼らは既にトリエラの部屋の前に着いていたが、扉の前で止まったままだった。

 トリエラが緊張した様子でそわそわし始めた。「ヒルシャーさん」と、切り出す。「私、さっきは――」

「謝る必要ないよ」 ヒルシャーが彼女の謝罪を遮った。「君は膨大なストレスを抱えている。それは僕にも分かっている。以前、同じような問題を僕にも抱えさせただろう。その頃のことは覚えているよな?」

 トリエラは赤面しつつ微笑み、「はい」と、静かに答えた。彼女は両腕を担当官の腰に回し、その顔を彼のスーツに押し付けて、コロンの香りを味わうように吸い込んだ。そして、寂しげに微笑んで囁いた。「おやすみなさい、ヒルシャーさん」

 ヒルシャーは屈んで相棒の頭上にキスを落とし、「おやすみ、トリエラ」と返してから、踵を返し、帰途に着いた。トリエラは歩き去る彼後姿をしばらく見つめ、それから自室のドアを開いた。

 その動作を終えた瞬間、彼女の顔面が覆われ、視界が奪われ、口と鼻孔が何かふわふわした物体で塞がれたことで、呼吸も詰まった。しかしながら、彼女は驚かなかった。驚く代わりに、その場に凍り付いて純然たる憤怒に震えた。ホイップクリームで満たされたパイ皿が彼女の顔面から滑り落ち、床でがらがらとやかましい音を立てた。

 双子が抑えきれずに笑い出した。「独創性って点ではいまいちね」 チェレスティーナが爆笑の合間に言葉を紡いだ。

「それでもやっぱ面白いじゃん!」 カテリーナが嬉々として話をまとめた。姉妹は、トリエラが彼女たちの首根っこを掴もうと闇雲に腕を伸ばすのを難なくすり抜け、ドアの外に出ていった。笑い声が廊下の彼方に遠ざかり、やがて聞こえなくなる。

「クラエス!!」 目と鼻からホイップクリームを拭き取りつつ、トリエラが怒鳴った。

「何よ?」 黒髪の本の虫がベッドの上段に座り直し、自分が怒鳴られているのが信じられないといった調子で叫び返した。「私は一切関与してな――」 そこで彼女は双子が置き土産にしていった抱腹絶倒の光景に思わず絶句し、湧き上がる爆笑の衝動と必死に戦う羽目になった。トリエラは呆れて目をぐるりと回し、ルームメイトが落ち着くまで待ってやることにした。

 しばらく笑って冷静さを取り戻した後、クラエスは途切れた言葉を最初からやり直した。「私――私は一切関与してないわ」 まだ息は切れ切れだったが。

「2人を部屋に入れたでしょ!」

「それはもちろん、入れたわ」 クラエスは威厳をもって防御した。「私は戦士としては誰にも何もしてあげられないけど、接待主としてなら役割を果たせるもの。家族のために稼ぎに出てる夫が留守の間に客をもてなすのは、よき妻の務めよ」

 トリエラは苛立ってぶつぶつと不満を漏らした。当初の怒りは既に、クラエスに対するおなじみの恨み節に取って代わっていた。彼女は、使ってくださいとばかりにテーブルに鎮座するタオルに手を伸ばしかけたが、しかし寸でのところで手を止め、「さあ、早く手に取りなさいよ!」とでも言いたげに眉を顰めつつ頷くクラエスの方を懐疑的に一瞥した。それから注意深くタオルを拾い上げ、ブービートラップが仕掛けられていないことを確認すると、それを使って、顔に残るホイップクリームを拭い取った。

 クリームの下に隠されていたトリエラの顔の状態を見て取るなり、クラエスが僅かに驚愕した。
「これはまた」 彼女が言った。「派手にやられたわね」

「こんなのどうってことない」 トリエラがぴしゃりと言い放った。「話題を変えないで」

 話を続ける前に、クラエスがトリエラの切り傷や痣を、本当に大したことはないのかと不審がりつつ見つめた。
「あなたがあの子たちに悪戯されるのを好きだってこと、私たちの間では公然でしょ」と、彼女が言う。

 トリエラは顔を拭いつつ、クラエスが何を言っているのか疑問に思いながらベッドの上段を見上げた。

「分かった分かった。“好き”っていうのは多分当てはまらないわ」 クラエスが失点を認めた。「でも、“息抜きになる”っていうのには当てはまってるでしょ」

「角を曲がるたびにパイが飛んでくるかもしれないって心配しながら生活するのが息抜き?」 トリエラが挑戦的に突っかかった。「それとも、またペイントボールの斉射を心配すればいいの?」

「もしくは、巨大なエアーキャノン砲とかね」 クラエスが思い出し笑いをしながら付け加えた。その悪戯が一番面白かったのだ。「認めてあげなきゃよ。復讐に駆られた2人の小さなモンスターたち、カテリーナとチェレスティーナは、驚くほど周囲に順応してるってことを」

「2人とも境界性社会病質者だよ」 トリエラが洗濯かごにタオルを投げ入れながら反論した。

「そうかもね。でも、たちのいい、陽気な社会病質者じゃない」

 その部分についてトリエラは反論する言葉を持たず、無言で髪を下ろしてブラシで整え始めた。なんとなくヒルシャーを騙してしまったような気がして、自分自身に対して暗然とする気持ちが抑えられなかった――少し誇張が過ぎたかもしれない、と。それでもトリエラが双子について彼へ説明したことは、ある程度の範囲においては全て真実だったのだが。しかしながら彼女は、カジノ・レジオの事件以降も双子のユーモアは健在であることをヒルシャーに伝えなかった。それが気に病むところだった。

 実際、あの大失態以来、カテリーナとチェレスティーナは社会福祉公社にいい意味ですっかり馴染み、他の義体たちとも急速に親しくなっていった。加えて、自分たちの限界を超えるかの如く訓練に打ち込んだことにより、彼女たちの機転とアドリブへの意欲を高く評価する二課長のお気に入りの座にも素早く納まっていた。確かに公共物と自らの安全を完全無視する傾向にはあったが、公安や軍との共同作戦においては、課長が袖に忍ばせ持つ切り札として、最後の手段にもなり得ていた。数ヶ月前のヴェニスでジャコモ・ダンテの企みを阻止できたのは、彼女たちの奔走によるところも大きかったのだ。

「あの子たち、明日ビアンキ先生の診療よね?」 クラエスが思い出させるように友人に言った。会話の内容を、不毛な論争から実際問題に転換したかったというのもある。

「確かに。ただの心理検診だけど」

「パスするかしら?」

「は!」 トリエラが冷笑した。「あの子たちはいつも合格するよ。それに比べて私は……」







 カテリーナが落ち着かない様子で前後左右に椅子を揺らし、繰り返しシートを上げたり下げたりしていた。その隣で、チェレスティーナは我慢強く静かに、椅子の背もたれに体を預けて、両手を膝の上に品よく納めていた。

 ビアンキ医師がクリップボードから顔を上げた。通常、彼は義体の検診は一人ずつ行うが、アルヴィーゼ姉妹に関しては、緊密な仲の双子であるということで、2人で1人の扱いをしていた。
「君さえよければ、カテリーナ」 彼が誘いかけるように言った。「立ち上がって、歩き回っていいよ。君がエネルギーを持て余しているかどうかは僕にも分かるからね」
 公社の人間は皆、随分前に双子を見分ける方法を確立していた。大方は外見ではなく、彼女たちの振る舞いの癖によるものだ。

 カテリーナはまるで、ずっと待っていた招待状を受け取ったように、熱意を込めて椅子から飛び降りた。「ありがと、先生!」と、オフィス内の散策を始めつつ彼女が言う。チェレスティーナが呆れて目玉をぐるりと回した。

 医師はカテリーナに笑いかけてから、姉の方に最初の質問を投げかけた。「訓練はどんな調子だい?」

「順調といっても差し支えありませんわ」 チェレスティーナが丁寧に答えた。

「本当にシビアなスケジュールを組んでるんだね」 彼はクリップボードに留めたトリエラのメモ書きに目を落としつつ、思ったことを素直に口にした。

「ええ、そうですね」 チェレスティーナが頷いた。

「うちのお姫様がビシバシやってくれちゃってるからさあ」 カテリーナが、壁に山ほどかけられた額入りの学位や証明書の方に体を向けつつ、首だけで振り返って言った。

 隣の監視室では、作戦二課の平課員が数人集まっていた。普段通り、オリガ、ジョルジョ、アマデオ、アルフォンソがカードで勝負している。プリシッラだけは監視窓に張り付き、チェレスティーナの愛嬌とカテリーナの率直さに感心しながらにこにこ笑っていた。

 カテリーナの発言を受けて、ジョルジョが手元のカードから目を離し、プリシッラの隣で双子を監視しているトリエラの方を見遣った。
「すげえなトリエラ、お前がそんなにシゴキ魔だったなんて俺は知らなかったぜ」 あくまで冗談めかした言葉の響き。

「うるさいです、ジョルジョさん」 トリエラがぶっきらぼうに返した。

 ビアンキ医師が手元のカルテに何か書き込んだ。「なるほど……」と、瞑想的に呟く。(同時に、隣室のトリエラがしかめっ面になった。)
「それで、趣味の方はどうだい?」 医師が尋ねた。「2人とも、自由時間に何か楽しめることを見つけられた?」

「わたしはアーチェリーを嗜んでいます」 チェレスティーナが答えた。

「それは面白そうだね」 ビアンキが激励するように言った。

(隣室ではトリエラが、「あの弓、いくらしたと思ってるのよ」などと、ぶつぶつ不満を漏らしていた。課長は正式には彼女に給料を支払っていなかったが、彼女が暫定的な担当官としての役割をこなす毎に報酬を与えてはいた。)

「君の方はどう、カテリーナ?」 医師が尋ねた。

 カテリーナはこのことについてしばし考え、やがて答えた。「あたしの方は、花火製造術を勉強してるよ」 (同時に、隣室のトリエラがあんぐりと口を開けた。それについて、彼女は何も知らなかった。)

「それは…… 許可が下りないんじゃないかな」 ビアンキ医師が言った。

「大丈夫ですわ、先生」 チェレスティーナが保証した。「わたしたちは、危険に対してとても敏感ですもの」

「だから試しの打ち上げは野外射撃場でやってるんだ」 カテリーナが割り込んだ。「姫がそこでしかやらせてくれないからさあ」
 ごつん!というくぐもった音がマジックミラーの向こう側から響いてきた。ビアンキと双子は一瞬鏡の方に目をやり、それから再びお互いに注目を向け合った。

(大成功) カテリーナが姉に語りかけた。

(優秀なお医者様との面談ってほんと楽しい) チェレスティーナが満足げに応えた。

 検診はその後も数分続き、ビアンキ医師が集めたデータに満足したところでお開きになった。この時点で彼は、足労に対し礼を言い、さよならを告げてから、次回の検診の前に2人が請け負っている任務への幸運を祈った。姉妹がビアンキのオフィスを出るにつれ、監視室にたむろしていた平課員たちも散り散りになり、トリエラ一人が居残った。間もなく、医師がトリエラの元にやって来た。

「あの子たちは嘘をついています」 医師が入室してきてすぐにトリエラが言った。彼がトリエラに浴びせるであろう叱責を先手回避できればと願っていた。「どの部分が嘘でどの分が本当かは思い出せませんが、それでもほぼ全体に渡って嘘っぱちです」

「落ち着きなさい、トリエラ」 ビアンキが笑った。「そんなのとっくに分かってるよ。僕は担当官としての君を採点してるんじゃなくて、彼女たちの健康のためにデータを集めてるだけだ」

「それで?」 期待を込めて尋ねた。「何か不適当なものは見当たりましたか?」

「まったく何も問題なかった、本当に。2人が公社にいい居場所を見つけたような印象を受けたよ。誰にも怪我させない限り、悪戯にも害はない。効果的なストレスのはけ口になっているようだしね」

「厚顔無恥な態度についてはどうなんです?」 トリエラが詰め寄った。「それに、病的な嘘つき癖については?」

 医師は少しの間考えた。「そうだね」と、言い置いてから、「厚顔って意味ではカテリーナの方がそれに近い。でも彼女は、悪くとも、大人の周囲でとても自然に解放的な振る舞いをしている。きっと2人が厚かましい態度を取るのは君に対してだけなんじゃんじゃないかと思うんだが、その場合は、君ら3人が協力して解決していくべき問題になってくるね。嘘をつくことに関しては、君の言う通り、確かに彼女たちは病的だと思うよ。でも、2人とも真実を伝える必要がある時を理解しているようにも思う。これがもし完全な心理学査定だったら、僕はもっと正直さに重点を置いただろうけどね」

「分かりました」 トリエラが溜息をついた。「ありがとうございました、ドットーレ」

「どういたしまして。何か発見があったら僕に知らせてくれるね?」

 トリエラが同意すると、ビアンキが部屋の外を見るように促した。双子が廊下で彼女を待っていた。

「また来月お会い致しましょう、先生!」 ビアンキが歩き去るのを目で追いながら、チェレスティーナが可愛らしく言った。彼が聴力範囲外に出ると、姉妹がトリエラに向き直った。

「あのパイどうだった?」 カテリーナが悪戯っぽく尋ねた。

「射撃場に行きなさい」 トリエラがきっぱりと命令した。「今すぐ」

 双子がくすくすと笑いながら歩き去った。トリエラはその後姿が消えるまで眺めた。彼女は、姉妹の魂が憎悪に燃え盛り、その目が何も映さなくなったあの日のことを思い出していた。そして、6ヶ月前にもそうしたように、双子の現在の幸福が本物なのか不自然なものなのかを判断しようとした。姉妹が復讐の探求に中毒になっているのは確かだ。それからトリエラは、昨夜の2人の笑い声を思い出した。思い出しつつ、こぼれる笑みをそのままに、トリエラは自室への帰途へ着いた。よき妻が今頃、お茶を用意して待ってくれているだろう。





→Cosa Nostra 第三章 格闘、花、一点集中

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