PINKちゃんねる-エロパロ&文章創作板「依存スレッド」まとめページです since2009/05/10

作者:wkz◆5bXzwvtu.E氏


 杜守(ともり)さんのベッドに潜り込む。なんだかいたたま
れないほど恥ずかしいのだが、恥ずかしいのと一緒に浮かれる
ほど嬉しいのも本当だ。結果としてわたしはうつむいて口の中
でお邪魔しますとかなんとか、ごにょごにょと言い訳じみたこ
とをつぶやく挙動不審者になってしまう。

 ひんやりしたタオル地のシーツが気持ちよい。杜守さんはす
でに大の字になっている。その身長は180と少し。わたしは152
cm。ベッドのサイズには余裕があるし、腕の下側にすっぽり入
るのには適当な大きさだ。

「窮屈じゃない?」
「いえいえ、そんな」

 杜守さんはずるずると枕をこっちへと送ってよこす。このベッ
ドには枕が3つもあるのだ。その枕の位置を調整して、わたしの
頭をひょいと乗せる。ひろった動物を扱うような無造作なやり
方だけど、わたしの身体に一気に緊張が走る。ま、ま、まくら
はともかく。枕と布団の境目、わたしの首の後ろに杜守さんの
腕があるんですけれど。

「高さ平気??」
 これって腕枕の一種なのではないか。一種であるというか、
そのものであると思う。腕! 腕枕! 滅多にないシチュエー
ションにわたしは舞い上がってしまい、がくがくと頷く。
 もしわたしのおなかにメーターがついていたら、そのメータ
ーの針はぐんぐんと回転して真っ赤に示された領域で直立不動
になってしまっただろう。もしわたしにしっぽがあったら、びっ
くりして股の間に挟み込もうとするのと、嬉しくって千切れる
ほど振るのをいっぺんにやろうとして、目も当てられないほど
大惨事になっただろう。

「役得な感じだな、俺」
 杜守さんはそんなことを言ってくれる。嬉しい。嬉しいのだ
けれど、わたしは本当にダメ女子であって、客観的に見ても役
得と云うよりは誰得な話だ。
「そ、そうですか?」
 その証拠にわたしの口はぼそぼそと冴えない台詞しか喋って
くれない。我が事ながら、本当にがっかりしちゃうような意気
地の無さだ。

 杜守さんと一緒に寝るのは初めてではない。2回はしちゃっ
たわけだけど、寝るだけならその10倍くらいはしている。ちっ
とも威張れることではない。それは、つまりわたしがそれだけ
「情緒不安定」になっていると云うことだ。

 つい最近まで、杜守さんがいない杜守さんの家の中で、一日
中泣いていることもあった。自分のお荷物っぷりにほとほと愛
想が尽きて、ぐったりしてやる気もなくなり、それがこの先ず
ーっと続くのかと思うと、終わらないという恐怖がわたしをど
ろりとした暗闇のほこらに置き去りにした。

 わたしは確かなものを一つも持っていない。別に、財産が欲
しい訳じゃない。もっとずっとくだらないものでも良い。自分
が自信を持って自慢できさえすれば。あののび太君でさえ綾取
りに掛けてはすごい才能を持っていたのに(昼寝もすごかった)。
わたしはのび太君ほども確かなものがない。いや、彼はなんだ
かんだで主人公なのだ。友人も沢山いる。わたしの友人ジャン
ルは壊滅的だ。

 わたしが「情緒不安定」になっていると、杜守さんはたまに
ここに泊めてくれる。「情緒不安定」でも絶対ここに泊めてく
れないこともある。その差はよく判らない。わたしが本格的に
めそめそしていると泊めてくれないような気がしてるが、本当
にへこんでいると泊めてくれるような気もしている。よく判ら
ない。
 杜守さんのベッドに入ると、不思議によく眠れる。夢も見な
いでぐっすり朝まで。おまけに、ちゃんと目が覚めるし、目が
覚めた後はリセットされたみたいに普通の気分になれる。杜守
さんのベッドは霊験あらたかな神域なのだ。

 ごそりと身じろぎの気配。杜守さんの寝返りだ。
 わたしの中の暗い考えがぱっと霧散する。杜守さんの腕が頬
の下にある。その体温を感じる。
 体温ってすごいのです。
 他人の体温にこんな威力があると云うことを、わたしはこの
家で初めて知ったような気がする。同じベッドの中に他人が居
て、その体温を感じる。言葉にしてしまうと「暖かい」でしか
ないけれど、この「暖かい」は春の陽気とか、ぬくい布団とか
とはまったく違う。全然似ても似つかない。
 あまり大きな声では言えないが、わたしだって処女ではない。
だからまったく経験がないはずでもないのだが、杜守さんの体
温を感じるたびに、狼狽えてしまう。
 それくらい「他人の体温」って直接的だ。

 考えるとか悩むとか迷うとか、落ち込むとかへこむとかルー
プするとか、そういった一切合切を飛び越えて、ややもすると
思考も心も飛び越えて、身体と魂を安心させてしまう。こんな
凄いものを凄いと思わなかった過去のわたしは本当に何も考え
ていなかったんじゃないだろうか。
 わたしはおずおずと横を向く。杜守さんの横顔が見える。わ
ずかな動きだけど、その動きをするだけでわたしは滑稽なくら
いどきどきしてしまう。大事な家主がもし眠りにつく直前のあ
のふわふわした世界を彷徨っているのなら、邪魔したくはない。

「ん? どした?」
 杜守さんは片目を開くとこちらを見る。

「暑いか? 今年は冷夏だって云うけど」
 いえ、そんなことはなくて。冷房の効いた部屋は心地よいし、
むしろ杜守さんが暖かくてそれは幸せなんです、というような
意味の「大丈夫です」というつぶやきをこぼす。ああ、何でこ
ういう風に云っちゃうんだろう。

「そか。うむ」
 杜守さんはそう言うと、安心したように大きく息をする。わ
たしはその杜守さんに5cm近づく。杜守さんにも異論がないよ
うなので、もう5cm。それで杜守さんとわたしの間には距離が
無くなる。

 肌が、触れてしまう。

 杜守さんは月並みだけど暖かくて、しっかりとそこにいて。
もちろんしがみつくなんてとてもではないけれど出来ないわた
しは、ベッドの中で背伸びをするような姿勢で、ちょっと胸を
反らせたりして、さり気なく杜守さんの脇腹のあたりに身体を
くっつけたりしてみる。

 心臓が全力運転だ。
 脳みそが書き換えられていくのが判る。こんな状態で情緒不
安定なんか落ち込めるはずがない。暖かい鼓動を頬と胸、杜守
さんに触れている場所で感じる。強制的に落ち着かせられてし
まう。暴力的にリラックスさせられてしまう。圧倒的に和まさ
れてしまう。
 安心してしまう。安心させられてしまう。

 ――涙が出そうだ。わたしがどんなにお金を積み上げてでも
(実際にはお金無いんだけど)欲しかった安心が、体温と鼓動
だけで溢れるほどに生産されてこぼれ落ちてゆく。杜守さんの
ベッドにはいるたびに、その有無を云わせないほどの甘やかさ
に、半分泣きそうになる。

「甘えたいの?」
「ちょこっと」
「そっか」
 杜守さんがごそごそと腕の位置を調整してくれる。

 わたしは覚悟を決めて、身を寄せる。頬の下、杜守さんの腕。
肘の内側の皮膚の薄い部分、静脈が透けて見えるその部分にそっ
と唇をつける。わたしは今、どうしようもないほどてんぱって
居る気がする。でも、この天国みたいなベッドの恩返しなんて、
相当ダメな女子で有るところのわたしには、一種類くらいしか
思いつかない。
 みっともない粗品なんだけど、どうか受け取って欲しい。

 ぺろっ。ぺろっ。
 犬にしたって不器用な仕草で肘の内側を舐める。それをしな
がら、じわじわと杜守さんにくっつく。シてくれちゃって良い
です、むしろシちゃってくださいの合図。ううう。こんなのじゃ
アピールが足りないっぽい。そろそろと布団の中で隠密前進を
するように右手を進めていく。腕に力なんてまったく入らない。
それどころか、咎められるかと思うと膝から力が抜けそうだ。
 やっとたどり着いた杜守さんの首筋。自分の手のひらがしっ
とり濡れてる気がする。汗でべたべただったら子供みたいで格
好悪い。でも思い切って、指先で杜守さんの首筋をなぞる。杜
守さんの腕の内側にキス。何度も、何度も。わたしが杜守さん
にお返しできるなんてえっちくらいしかないのです。

「もしもし」
 杜守さんの声。聞こえないふりをしてキスを続ける。ハーフ
パンツからむき出しの、色気に欠ける太ももなんかも絡めたり
して、むやみやたらにキスしまくる。

「もしもーし」
 キスする場所が腕って云うのも相当に臆病な話だけれど、う
うん、これはまずは手始めで、ここから徐々に全身に。覚悟を
決めたらやるのが筋っていうものです。

「えいっ」
 後頭部を叩かれた。

「はい……」
「眞埜(まの)さんなんか、無理してるでしょ」
「そんなことないです……」
「しないですからね」
 はっきりと釘を刺される。

「なんか難しいこと色々考えながらしようとしてたでしょ」
 見透かされている。でも、それじゃ、わたしは本当にお荷物
だ。確かに色々考えてたけれど、不純な気持ちは全然無いので
す。わたしは本当に相当ダメな女子でお荷物家出娘なので、家
賃代わりにもならないのは判ってるけれどえっちくらいはしな
いといけないと思うのです。

「そういう考えが良くない」
 わたしの身体はセメントを流し込まれたように硬直する。
 うっすらと考えてたことが一気に現実味を帯びる。そうなの
だった。わたしの身体はめりはりにかけるにょろにょろなのだっ
た。こんな身体に欲情しないと云われてしまえば、それはそれ
までで。そもそもえっちでお返しになるのは気持ちがよいから
だと思われ、わたしといやらしい事をしても気持ち良くなれな
い可能性だって高く、それではお返しにはならないのではない
か。
 いや、もっとそれ以前に哀れみで面倒を見ている家出女にべ
たべたとくっつかれて迷惑なのでは無かろうか。気のない女が
ベッドの中で身体をまさぐってきたりして、それは立場を置き
換えてみたらげーと云うような話なのではないか。つまり、そ
れは、その。

 ――迷惑。

 その言葉がぽこりと暗い海に浮かぶ泡のように意識されたと
たん、わたしは半ば以上絶息したようになる。身体は硬直して
いるのに力が入らず、体温が一機に5度以上下がったような気
分になる。気が付くとわたしの手のひらが、引き裂けるほどに
シーツをぎゅっと握っている。

 目の前が暗くなる。視界が暗くなって、暖かくなったかと思
うと、それは杜守さんの手のひらだと判る。両目の上に当てら
れた杜守さんの手のひら。その腕がわたしの胴に回されて、引
き寄せられる。小柄なわたしは、まるで手荷物のように引き寄
せられる。墜落しかけたわたしの気持ちは、動転して静止する。

「はいはい。リセット、リセット」
 杜守さんは犬にでもそうするかのように自分の懐にわたしの
背中を抱き寄せる。横向きに寝ている杜守さん、スプーンのよ
うに重ねられるわたし。杜守さんの声が、頭の上からふってく
る。

「俺もね。男なのでえろえろなことは好きです。大好きです。
でもねー、流石に恩返しとか家賃代わりとか、そういう気持ち
でするのは、萎える」
 杜守さんの言葉にせいで、身体が真っ赤に燃える。ああ、す
みません、ごめんなさい。そんな風に思わせてしまうとは思っ
ていなかった。だからわたしはダメなんだ。いや、ダメよりも
もっと悪い。

 醜い。わたしは醜い。
 ――自分が世話になっているから、その恩をセックス程度の
ことでチャラにしようとしていたのだ。云われてみるとそれは
まさにその通りで、わたしは自分の狡さ、卑小さのせいで消え
入りたいような気持ちに襲われる。

「そんなこと気にしないで良いんだよ。ちゃんと約束したでしょ
う。しばらくの間は自分の家だと思ってくつろいで良いから」
 約束? ――約束って何だろう? わたしは杜守さんと約束
なんてした覚えはない。

「……あのネットカフェで家に誘ったとき、したよね。べっこ
り凹んで、凹みまくって鼻水垂らして顔ぐしゅぐしゅにしてた
時に。当面面倒を見るから、気持ちをリセットしてうちに住む
って」
 そんな約束、してない。そんな優しい約束してくれた人なん
て、今までに居たことない。わたしはそんな約束をもらえるほ
ど華のある女子じゃないのです。
「約束って色んな形で行われるでしょ? 書面で、契約で、メ
ールで、約款で。口頭で、文書で、色んな言葉で。時には『テ
ィッシュをとってあげる』なんて形で交わす約束もあるんだよ」
 わたしは今度こそ、本格的に溢れてきた涙を抑えることが出
来ない。だってそんな優しいことを云われるほど良い子でも佳
い女でもないのだ。わたしという存在は。鼻の奥がわさびでも
塗りたくったようになり、口が変な風にひしゃげてしまう。

「そもそもさ」
 杜守さんの声のトーンがわずかに明るく、茶化すようになる。
「男はえろえろ好きだから、それぞれそれなりにこだわりがあ
るんだよ。『恩返しに来た娘が馴れないお返しをする』なんて
のがツボの人もいるかもしれないけど、そういうのは個人的に
はちょっと今ひとつでさ。かたっくるしい事言うのも何だけど、
えろは好きな人とが良くない?」

 それは違う。それだけはすごく誤解だ。
 好きじゃないなんて誤解だ。そんなのは嘘なのだ。わたしは、
杜守さんのことをかなりすごく大変困ってしまうほど、――な
のだ。その部分は本当なのだ。わたしはその誤解を解こうと反
論しようとしたが、涙で詰まった鼻はわたしに反逆してぐしゅ
ぐしゅと水っぽい音しか出してくれない。

「えろはさー。えろえろーな気分の時に、えろえろーな気分の
相手と、それ以外のことは考えられないほど溺れてやるものだ
よ。
 さっきのだって、好きな相手以外とやっちゃダメとか云う道
徳じみたことを云うつもりはなくてさ。えろって弱点丸出しな
行為でしょ? 性癖も精神的な弱さもばれちゃうような距離感
でやるものでしょ。
 さらけ出してしまうものだから、ゆだねられる相手とじゃな
いと『一番気持ちよく』はなれないよ。相手とつながることし
か考えられないようなとき、打算が無くなったときに、発情し
ちゃって、もうえっちのことしか考えられないような気分です
るものだよ」

 杜守さんの話は、難しい。
 わたしは処女ではなくて、その初回は割と打算的に、下手を
するとその場のノリで捨ててしまったような気がする。それを
責めている言葉なのかとも思うけれど、そうとも聞こえない。
 何枚かまとめたティッシュを取ってくれる杜守さんの大きな
手。
 判らないけれど、嫌われてはいないような気がする。なのに、
杜守さんはダメだという。『なにかの代わりにえっちをしちゃ
ダメ』ということなのだろうか。そんな意味のようだけど、ち
ょっと違うような気もする。

 でも、杜守さんの声は優しくて、温められた背中は穏やかで。
わたしは髪の毛を触ってくれる杜守さんの指先を感じて眠りに
落ちた。眠りにつく直前まで、わたしの鼻は無様にぐずぐずと
鳴っていたけど。


 目が覚めたとき、あまりにも暖かくて、居心地が良くて布団
の中で無意識に身体中をくねらせてしまった。わたしは本当に
ダメな女子です。寝乱れた姿は他人には見せられませぬ。
 意識がはっきりすると、杜守さんの大きなベッドにいるのが
理解される。杜守さんの姿はない。仕事に行ってしまったらし
い。杜守さんは、朝のお出かけに関しては非常にクールだ。

 起き出して、台所へと向かう。9時半だった。自分でもびっ
くりの早起き(8時間は寝てて、早起きも何もないが)。やっ
ぱり杜守さんのベッドは霊験あらたかなのだった。

 冷蔵庫の中を見る。
 とりあえず、冷やした麦茶をグラスに注いで、ほっとする。
本日は流石の杜守さんも昼食は用意してない。してあったらま
たへこんでしまうところだった。
 麦茶を飲んだら洗濯。洗濯は好きだ。家事の中では一番好き
かもしれない。洗濯機に放り込むだけと云えば、それだけなの
だが、干すのが好きだ。特に夏の洗濯物はぱりぱりして、取り
込みが楽しい。
 本日は早起きしたので、掃除をする。杜守さんもわたしも、
ものを散らかすような性癖はないので、整頓は簡単だ。掃除機
を掛けて、拭き掃除をする。わたしは、自分でも落ち込むのだ
が、要領が悪い。手早く作業を進めることが出来ない。お昼過
ぎになって4時間たったけれど、まだ拭き掃除が半分という所
だった。

 今日はなんとしても、ガスレンジまでやっつけよう。
 なんて、思う。だって、身体で恩返しが出来ないダメ女なの
だし。掃除くらいしないと、本当に愛想を尽かされてしまう。

 そこまで考えると、昨晩のやりとりが思い出される。
 強い羞恥心と罪悪感。
 やってしまった。今までのわたしだって「相当にダメな女子」
で「お荷物」だったけれど、昨晩のあれは無い。目も当てられ
ない。こうして一晩明けてみれば、よく判る。

 わたしは、杜守さんの好意に値段をつけようとしたのだ。
 あのどん底の地獄から救出してくれた杜守さん。その好意っ
ておそらく奇跡に近いもの。わたしは奇跡に値段をつけようと
した。こんなダメ女の身体で。きっと3千円くらい。足下が崩
れて崖から落ちるような気分で立ち尽くす、じわーっと涙が
湧いてくる。我ながら酷いことをする。わたしは、杜守さんを
侮辱した。赦されないようなやり方で。

 申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、それでも、と思う。
 そんなに、嫌われてはない、と思いたい。

――それ以外のことは考えられないほど溺れてやるものだよ。
 そんな杜守さんの言葉が思い出される。だとすれば、前にやっ
た2回はやはり、義理という訳じゃないだろうけれど、わたしが
ここに居続ける言い訳を作ってくれたという意味合いが大きかっ
たのだろう。確かに身体を重ねてわたしは落ち着けたと思う。
でも、嫌いならそれさえもやってくれないはずだ。杜守さんは
優しい人だけど、同時に随分クールな人だとも思う。

――発情しちゃって、もうえっちのことしか考えられないよう
なときにやるものだよ。そうも言っていたっけ。思い出すと、
腰の奥が熱くなって、むず痒いようなくすぐったいような衝動
が滲み起きてくる。

 もしかしたら。
 本当にもしかしたら。

 わたしがあんな卑屈でずるい事を考えないで、ちゃんと発情
できてたら、杜守さんと身体を重ねられたのだろうか。杜守さ
んの暖かさと、しっかりした確かさが欲しくて、甘えたくてじゃ
れたくて、それ以外何も考えられないほどに発情していたら、
杜守さんはわたしを抱いてくれたのだろうか。
 その想像はわたしの中で麻薬的に膨らむ。

 「そんな風」になってしまった自分。それを抱いてくれる腕、
暖かさ、杜守さんのベッド、甘える、押さえつけられて、求め
られる。氾濫する感触に溺れかけて、わたしはわたしの身体を
抱きしめてぶるっと震える。

 どうしよう。そんなことされたい。絶対されたい。
 そんなことをしてもらえるなら、どんな対価でも払ってしま
いそう。

 でもその一方で、わたしの心の中の乾いて冷静な部分が「ダ
メ女子のわたしにそんな価値はない。杜守さんのあれは社交辞
令」なんて冷めた思考を投げかけてくる。その意見には説得力
があって、そのとおりだとわたしの90%くらいは簡単に同意し
てしまう。

 でも、残りの10%のわたしは動物的なのだ。
 下着の下がじんじんと熱を持って、もうぬかるんだようにお
漏らしをしかけている。そんな風に滅多になることのないわた
しはびっくりしてしまうけれど、それこそが10%の動物的わた
しの主張なのだ。
 それは「それ以外考えられない」くらいに脳の中までピンク
色に染まりたいわたし。そんなわたしなら抱いてくれるって、
そんなわたしを食べてくれるって、もしそんなことが現実に起
こるのならば、その愉悦はいかほどのものだろう。

「ううっ」
 ホットパンツの上から軽くなぞる。

 軟らかい感触。それは自分の身体の一部なのに引いてしまう
ほど卑猥で甘やかな器官だった。ホットパンツのちょっと硬め
の布地を通しても判るほど、とろけた感触。暖めたゼリーのよ
うに、下着をかみしめて指から逃げるほどのぬかるんでいる。

 指が埋まる。
 ぐちゅぐちゅとかき回す音が耳ではなく、身体の内側を通っ
て聞こえる。こんな事をしていたら下着もホットパンツも汚れ
てしまうのは判っているけれど、指が止まらない。こわばって
固いホットパンツの布地がざらりとこすれるのさえ、歯が浮く
ほどの刺激なのだ。

 わたしの頭の中には言葉が回っている。
 ――発情。
 ――えっちなことしか考えられないくらい。
 そんな風になって、そんな風にとろとろになって、杜守さん
の処へいけるなら。

 胸の中が燃えている。血の温度が一桁上がったように、肺の
中の空気まで熱くて、呼吸が荒くなる。口を開けて空気を取り
入れるたびに、じんわりとしびれて勝手に動いてしまう舌が踊
り、だらしなく甘い声が漏れてしまうのが抑えられない。
 知らない。こんなにえっちで気持ちの良い自慰を、わたしは
知らない。フローリングの床の上で膝立ちになった腰は、空中
の何かにこすりつけるように勝手に動く。そのたびに食い込ん
だ下着とホットパンツの布地がこすれて、もどかしいような痺
れるような刺激を送り込んでくる。わたしの自慢できないよう
なサイズの胸の中心部も、疼痛を感じるほどに咎ってブラの裏
地を擦り立てている。

 発情してる自分。
 誰も居ない台所でおかしくなったように腰を振っている自分。
 そんな自分が意識されているのに、どきどきも身体の疼きも
止まる気配がない。杜守さんのことを思うと、はしたない甘え
声が唇から漏れ出すのも止められない。

 だって、いっぱい発情したら……。
 したら……。
 杜守さんが抱いてくれるかもしれない。

 どうやって? 疑問が浮かんだとたんにドミノのように暴走
する連想。どうやって発情を知らせるの? 杜守さんに抱きつ
くの? キスするの? それくらいでは伝わらないのは判って
る。
 どろどろになった下着を見せるの? 見せている自分、ずり
降ろした下着におびただしい粘液、とろりと糸を引いてこぼれ
る蜜。広げてみせる? 杜守さんにこすりつける?
 それとも、杜守さんにご奉仕するの? しゃぶりたてるの?
膨らみきった先端を唇でぬるぬるにして、張り切った傘も、先
端の小穴も舌先でほじるように、丁寧に丁寧に、しつこいくら
いに愛情を込めてご奉仕するの?

 淫らな妄想に鼓動が加速する。わたしの口からは、吐息とも
喘ぎ声ともつかない糖度の高い音が断続的に漏れだしている。
わたしはこんなにえっちな女子だったんだ。そんな認識も頭の
中のいやらしくて気持ちよくて、そのくせ憧れてしまうほど幸
せな妄想に塗りつぶされていく。

 ――でも、そんな意思表示じゃやっぱり伝わらないよ。
 え?
 ――本当に欲しいなら、云わなきゃ。

 脳内を駆け巡る自分自身の声。そうだ。ちゃんと、云わなき
ゃ。いつも思ってることを云えてない。そのせいで杜守さんに
気を遣わせて、余計な手間を掛けさせて……だからちゃんと云
わなきゃ。なにを? それは、だって。つまり、はっきりと。

 発情してるって。

 下着の内側がとろとろですって。杜守さんにくっつきたくて
気が狂いそうですって。わたしはえっちな女子になってしまっ
て、えろえろです。身体が疼いて頭の中がおかしくなりそうで
す。だから、ほんの少しで良いからぎゅっとしてください、ぎ
ゅっとしてくれるだけで疼き狂ったあそこが壊れちゃうくらい
気持ちよくなってしまうから。

 恥ずかしくて仕方ないけれど、わたしは、わたしがそんな台
詞を杜守さんに告げるのを想像しただけで簡単に限界を超えて
しまう。

「〜〜〜ッ!!」
 身体の中をほとんど固まりともいえる気持ちの良さが駆け回
る。尾てい骨で発生した気の狂うようなむずがゆさが背骨に沿っ
て脳に到着、そこで派手に爆発して、意識の中をとろりとした
粘液性の幸福感でたっぷりと水浸しにしてしまう。

 フローリングの床の上にうつぶせにばったりと倒れているわ
たし。
 相当情けない格好だけど、そんなことは気にすることも出来
ない。ひんやりした床が気持ち良いことしか感じられない。
 頭の中にある思考らしい思考は「やってしまった」というこ
と。
 何をやってしまったのかとか、それがよいことなのか悪いこ
となのかとかは考えられない。ただぽつんと「やってしまった」
という単語が脳内に浮かんでいる感じ。もう一つ判るのは、今
の変態じみたえっちくさくて恥ずかしい自慰で、脳内の傍観者
と動物の割合が9:1から8:2くらいになってしまったということ
だけだった。


「どうぞ」
「いただきまーっす」
 わたしの勧めで杜守さんが箸を持ち上げる。本日は金曜日。
杜守さんの部屋に泊まってから一週間近くが過ぎていた。
 今週のわたしは、いろいろがんばった。我ながらびっくりし
ている。今日は(もちろん杜守さんは知らないが)わたしが勝
手に設定したテスト的な位置づけの夕食なのだ。わたしは自分
の食事をするのもそこそこに、ちらちらと杜守さんを様子を観
察してしまう。

 夕食のメニューは、回鍋肉ともやしのおひたし、絹さやの味
噌汁、それからだし巻き卵だ。先日のリベンジと云うことにな
る。
 実を言えば、今週のお昼ご飯は、4回ほど回鍋肉を食べてい
る。こっそり作って練習したのだ。
 ネットで調べて知ったのだけれど、料理――少なくとも家庭
で作るような料理は、センスではなくて場数だという。場数と
丁寧さ。センスがあれば少ない練習で上手になれる。要領が良
ければ、「どこの丁寧さを削除してはいけないか」が判る。ど
ちらも短時間で美味しい食事を作るには重要なポイント。でも、
けして必須ではないと云われていた。場数をつんで、ちゃんと
手順を守れば、料理はきちんと美味しくなるって。

 だから、たぶん杜守さんみたいには美味しくできてないと思
うのだけれど、前回よりもちゃんとしているはず。

 お肉は1回軽く湯通しして、その後下味をつける。キャベツは
先にかるく茹でる。茹でるときに塩とサラダ油を入れると、き
れいな色合いになる。このとき茹ですぎないように注意する。
茹ですぎると、後で炒めた時の追加加熱で、ボリュームが無く
なってションボリした感じになる。こういう注意点を1個ずつ
気が付くために必要なのが「場数」。
 かといって、茹ですぎないように気をつけると、キャベツの
白い芯の部分がほとんど生になってしまったりする。加熱の具
合が均一に行かないのだ。それを防ぐためには、材料を切る時
点で大体同じ大きさに、しかも、固い部分は火が通りやすいよ
うに薄めに切る必要がある。これが「丁寧さ」。

「たくさん頑張ったね」
 杜守さんは微笑む。ううう、やっぱりばれてしまうのか。練
習していたこともお見通しなのだろう。でも、褒めて貰った。
わたしは嬉しくなる。
「美味しい、ですか」
「うん、美味いよ。おかわりもらえる?」
 わたしはご飯をよそいながら、顔が崩れるのを止められない。
自分でもにこにこしちゃっているのが判る。嬉しい。料理を褒
められた程度でこんなに嬉しいのか。それとも杜守さんだから
嬉しいのだろうか。判らないけれど、こんなに嬉しいとは――
家事をがんばってしまう女子の気持ちもわかってしまう。

 にやけてしまうわたし。しかしお茶碗を渡したわたしの顔は、
その喜びとは裏腹に緊張をしてしまう。
 褒められたのは、嬉しい。けれど、褒められたと云うことは
「美味しいと云ってもらえたら体当たり」すると決めていた作
戦がGOサインということだった。頬が熱くなるのを我慢して、
冷静に、落ち着いてと自分に言い聞かせる。
 いや、でも落ち着いてなんかいられようはずもない。出来る
ことなら逃げ出したいような臆病な気持ちがわき起こる。ここ
で逃げてどうするのだ。なんて理知的なつっこみはわたしの中
には一切ない。わたしはダメ女子なのだ。いままでの基本方針
はいつでも全軍撤退だった。

 だけど、今週のわたしはちょっと違う。
 わたしはうつむいて食事をしながら、太ももをぎゅっとこす
り合わせる。それだけで身体の底に澱のように沈殿していたむ
ず痒さがほんの少し癒されて、甘い感触がわき上がる。――今
週のわたしは動物なのだ。
 詳しく説明するのも恥ずかしいが、今わたしの脳内は傍観者
と動物の割合が3:7くらい。先週の比率から云えばまさに大逆
転。「怖いならいっそ撤退を」なんて理性的な台詞はもちろん
聞こえているけれど、それより「発情して甘えちゃいたい」ほ
うが強くなっている。自分でもどうかと思うのだけれど、わた
しはえろえろになっているのだ。
 我ながらびっくり。そうか、頭の中がえっちな妄想でいっぱ
いってこういうことを言うのか……と自分でも感心してしまう。

 それでも、料理がうまくいかなかったら、今週は見送ろうと
思っていた。動物なのは良いけれど、動物である自分に甘える
のは本末転倒だ。わたしはダメな女子でお荷物だけど、杜守さ
んを「ダメな女子程度でOKな人」にはしたくない。たとえ、
ダメな女子でも、進歩しそうなダメ女子くらいになっていない
と、申し訳が立たない。
 そう思って回鍋肉の練習をしたけれど、美味しいって云われ
てしまった。……男の人ってご飯をすごい勢いで食べる。気持
ちよいくらいにぺろりと食べてしまった杜守さん。お世辞じゃ
なくて、上達したと云ってくれたと思いたい。

「今週の仕事は、いかがでしたか……?」
「終わったよ。今週も盛りだくさんだったねー」
 やっぱり待ったなしらしい。
「じゃ、その。エビスでも出しましょうか? 持っていきます
よ」
 どきどきする。変な顔になっているんじゃないかと気が気で
ない。杜守さんはこちらの思惑に気がついてるのかどうか判ら
ない、いつもの屈託のなさで、ごちそうさま、ありがとう、じゃ
部屋に引き上げてるわーなどと告げて立ち上がる。

 へ、へ、部屋に引き上げているそうですよ? わたしは急い
で食器をまとめるとキッチンでざっくりと洗う。一人っきりの
台所で変に緊張しているわたし。自覚症状があるけれど焦って
いるのだ。多分。恥ずかしながら逃げだしたい臆病な気持ちを
打ち消すために、逆にそわそわしてしまっている。
 ロフトに引き返すと、乏しい衣料品をカラーボックスから引
き出す。薄手の面積小さめのパンツ。白いシャツ。……そんな
物しかないのですが勘弁してください。

 着替えるときに、下半身がぬるりと滑る。ううう。この一週
間で急速に変態度が増してしまった動物であるところのわたし
は、期待だけでもう下着を汚してしまっているらしい。3時間
前にお風呂に入ったばかりだというのにとろとろと身体の内側
が潤っているのが判る。
 リップを付けて髪の毛をとかして、完成。早い。身だしなみ
なんて何にもしてないのと同じタイムだ。だけど、半引きこも
りの生活をしていたわたし的には、これがいま出来る精一杯。

 こんこん。
 ノックをして、杜守さんの部屋に入るわたし。杜守さんはパ
ソコンのディスプレイにウィンドゥを出してTVのニュースなん
て眺めてる。そっと近づいて、デスクの上にグラスを置くと、
杜守さんと視線が合う。
「ど、どぞ」
 わたしは勇気を出してお酌なんてしてみる。は、は、恥ずか
しい。この白いシャツは杜守さんにもらったものなので、太も
もの上半分は隠れてるけれど、その下はいきなりパンツです。
どう思われているのかと考えただけで、叫びながら逃げ出した
い。

「さんきゅー。……休日前ってのはいいよな。俺、休日よりも
休前日の仕事明けの方が好きかもしんないなー」
 杜守さんはそんなことを云いながらビールをごくごく飲んで
る。間を置いちゃいけない。そうだ、どーぶつで良いのだ。勢
いに任せちゃって良いのだ。色々考えてしまうのも、わたしの
良くないクセなのだ。いけ、云ってしまえ。

「杜守さん、あの」
「ほい?」
 勢いに任せて切り出すわたし。
「りょ、料理の、その」
「うん、練習したんだよね?」
「はい、その、それで」
 ここで間違えちゃいけない。「ご褒美が欲しい」なんて云っ
ちゃいけない。だってわたしがここで面倒を見て貰っているの
だから。せめてもの分担として家事をやるなんてのは至極当た
り前のことで恩返しにもなっていない。そんなことの対価を要
求するなんて恥知らず。ううん、それ以前に、それは不純な気
持ちだ。「えっちの時はえっちに溺れて」って杜守さんは言っ
てたではないか。

 もし、してもらえるのなら。お情けやご褒美じゃないほうが
良い。もし、させてもらえるのならば。頭の中がとろとろに蕩
けたわたしでご奉仕したい。何かの代替えじゃなく、それこそ
それ以外考えられなくなるくらい、杜守さん無しでは過ごせな
くなるくらい、溺れてみたい。

「ううう――発情、しちゃってます」
 うつむいたままで云うわたし。あぅう。声が裏返ってる。口
が勝手にわなわなして、ぱくぱくして、視線を床に落としたま
ま、上げられない。杜守さんのこと、見られない。

「あ、え。えーっと」
「あたまのなか、えっちな事でいっぱいです……」
 恥ずかしい。恥ずかしくて、頬が熱くて、冷房の効いた部屋
なのに、全身が茹で上がったようになっている。でも、動物化
しちゃったわたしはオーバーサイズなYシャツの裾をそろそろ
とまくり上げる。がくがくしそうな指先で、自分から見せるよ
うに。情けないくらいお粗末な脚を見せてしまう。

「今週は、毎日2回ずつオナニーしてて、でも、一回もいって
ないです。毎回、ちゃんとぎりぎりで我慢して……我慢しなが
ら、と、と……杜守さんの名前を何十回も呼んで……ました」
 云う、云っちゃう。その台詞は今週いっぱい頭の中にこびり
つくほど繰り返し続けてきた言葉。それを杜守さんに告白して
しまう。我慢し続けたいやらしい行為を告げるのは、言いしれ
ないほどの背徳的な開放感があって恥ずかしいのは本当なのに、
一度始めてしまった粗相のように言葉が止まらない。

「――したいです。杜守さんに溺れても、い、良いですか?」
 わたしは、もう、半分以上溺れちゃっていた。




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