PINKちゃんねる-エロパロ&文章創作板「依存スレッド」まとめページです since2009/05/10

作者:4-263氏

 閉ざされた告解室ですすり泣く女の金色の髪の毛を見下ろながら、ロイドはうんざりとした気持ちで彼女の話を聞いていた。
「主よ、私は罪深い女です。既婚の身でありながら行きずりの男と関係してしまいました」
「悔い改めなさい。神は貴女を許されます」
 はて、この女にこの台詞を何度言っただろうか。ロイドは顔が見えないのを良いことに思い切り眉間に皺を寄せる。
 いくら神の懐が広かろうが、この女の淫蕩ぶりには神もほとほと愛想がつきたのではあるまいか。ロイドは毎回悔い改めよ、と言っているのだ。悔いも改めもしないならば、懺悔になんら意味はない。
 女は男好きのする垂れ気味の丸い目に涙を浮かべて、紅を差した唇を震わせる。
「ああ、ありがとうございます」
 なかなかの女優ぶりである。

 女らしい体つきを隠そうともしないすみれ色のエプロンドレスを纏った後ろ姿を見送る。
 美しいがそれが災いしたのか、もしくは生来の男好きなのか、奉公先の旦那に手を付けられ、奥方に追い出されたのだという。
 その奥方に冴えない靴屋のもとへ嫁がされ、日々浮気に励んでいるようだ。
 懺悔をするのは構わない。神の許しを得る、などと大それたことを考えてはいないが、罪悪感に押し潰される前に誰かに話してしまうのは有効だろう。
 ――あれは不毛過ぎやしないか
 ロイドは内心呟く。全て話してさめざめと泣き、その後すっきりしたと言わんばかりに勇み足で男のもとへ行くのだ。
 ホールに鎮座する偶像を見上げる。偶像はロイドを無感情に見下ろした。「あんたのせいであんな下らない話をえんえんと聞くはめになった」ロイドは鼻を鳴らす。

 不意に背後で忍び笑いが聞こえた。
「ミセス・シンシアはまた不貞行為か。実にお盛んなことだ」
 白髪混じりの髪を撫でつけた男が、ベンチに身体を伸ばして笑っている。ロイドはそれには答えず挨拶を交わした。
「アシュレイ卿、お久しぶりです」
「なに、ミセス・シンシアに比べられたら私でなくても久しいだろうがね」
 芝居がかった口調でそう言うとアシュレイ卿は懐を探った。シガレットを一本取り出して、ロイドの方へ示す。
「一服どうだね」
「いえ、結構です」
 アシュレイ卿は片眉を跳ね上げ、「とっておきだ」と家紋の入ったヒップフラスコをロイドへ傾けた。
 ロイドが苦笑して首を振るとアシュレイ卿はさもつまらなそうに肩を竦める。
「聖職者という奴は実に理解しがたい人種だな。君は少しミセス・シンシアを見習うといい」
 この気障で芝居がかった男が、ロイドは苦手であった。だがそれに反してアシュレイ卿はロイドを気に入っているらしく、時折尋ねてきては二、三、話をしていく。尤も、この男が何を思ってロイドに話しかけているのか、本当のところは分かったものではないのだが。
「生き物ならば欲望に忠実でありたいじゃないか。そうだろう。ミセス・シンシアを見たまえ。実にいきいきと活力に満ちている。半ば死んだような君とは大違いだ」
「神に全てを捧げるのも悪くはありません」
 ふ、とアシュレイ卿は笑い、マッチを擦るとシガレットに火をつける。燐の臭いがつんと鼻孔を刺激した。
「神、か。その無闇に大きな青銅の像に何の意味があるというんだ。人を満たすことが出来るのは、酒と煙草と阿片だけだ。しかしそれすらまやかしにすぎないがね」
 ロイドはアシュレイ卿の挑戦的な瞳を見返した。ホールの透明な空気に紫煙が揺らぐ。
「貴方はマテリアリストなのですか」
「いいや、リアリストさ」
 アシュレイ卿は立ち上がるとゆっくりとした口調でロイドに語り掛けた。
「君はただの神職者ではないね。たまに、人間のような目をする。いや、獣かもしれんな。君は、その獣のような目で一体何を欲しているのだろうね。……待て、当ててみせよう」
 顎に手を当てて考える素振りを見せるアシュレイ卿を遮るようにロイドは静かに声をあげた。
「アシュレイ卿、私もやることがありますのでこのあたりで失礼いたします」
「迷える子羊の他愛ない話を聞くのが君の仕事だろう」
 わざと聞こえないふりをして、ロイドは早足で教会の外へ向かう。背後でアシュレイ卿が問い掛けた。
「実のところ、君は神を信じているのかね」
 ロイドは一瞬足を止め、何も答えられずに教会の扉を開ける。白い陽光が急に目を刺し、ロイドは軽い目眩を覚えた。

「ロイドさん」
 白いウィンプル――修道女帽子をひらひらさせながらクロエが駆け寄ってくる。小さな子供達がクロエを追って走ってきた。
 クロエの手にはバスケットが抱えられていて、中には狐色のクッキーが入っている。
「ロイドさんもお一ついかがですか」
 赤毛の少年が手を振り上げた。
「俺も食べたい!!」
 クロエはその少年の額をつつく。
「だめ。ティミーはもう食べたでしょ」
 ちぇ、と頬を膨らませるティミーに「余ったら食べていいよ」と笑いかけ、クロエはロイドに向き直る。
「色々な形に切り抜いてみたんです。これが犬でこっちが猫」
「見て、神父様!あたしのはうさぎなの!」
 亜麻色の髪の少女は嬉しそうにクッキーをロイドの方へ差し出す。ロイドは「いいね、可愛いなあ」と少女の頭を撫でた。
「おや、これは花かい?可愛いね」
 バスケットの中のクッキーを指し示すと、クロエは困ったように首を傾げた。
「ライオン、です」
「……ライオン?」
「はい。この間のサーカスの一団が連れていた大きな猫です」
「いや、それは分かるけれど」
 どうしてそれを作ったのだろうか。そういえば、あのライオンをクロエは随分気にしていた。
「ふさふさで、好きなんです。ライオン」
「そうかい」
 ロイドは再びバスケットへ視線を落とす。そしてはたと視線を止めた。
「これは?」
 他とは明らかに違う、歪んだ造形。目を細めて見れば、ガーゴイルのような醜悪な生き物にも見える。
 クロエはぱっと頬を赤らめた。
「あ、それは、私が食べるんです」
 失敗作なのだろうか。もしくは、切れ端を固めて焼いたのかもしれない。
 何かの形?と問うとクロエは渋々といった様子で口を開いた。
「ロイドさん……です」
「……は?」
「でも、失敗してしまって……ぐちゃぐちゃに」
 その言葉にロイドは安堵した。クロエの目にロイドはあのような醜怪な化け物に見えている、というわけではないらしい。
 ロイドは誰にも聞こえないようにクロエに囁く。
「好きなの?」
「え?」
「私のこと。ライオンも私も、好きだからクッキーの形にしたんだろう」
 クロエは真っ赤な顔で口を開けたまま呆けていた。ロイドは何でもない顔をしてバスケットへ手を伸ばす。
「では、私は犬を貰おうかな」
「神父様、僕と一緒だね!」
「ずるい!あたしも神父様とおんなじのが良かった!」
 きゃいきゃいと騒ぐ子供達の声にやっと正気に戻ったのか、クロエはロイドの背後へ目を止め、バスケットを差し出す。
「お一ついかがですか」
「なるほど美味しそうだ。私は猫を頂こう」
 いつからそこにいたのか、アシュレイ卿はクッキーを一口かじる。
「君が欲しいのは可愛いお人形だったのか。気がつかなかったよ。君も存外子供っぽいことだな」
 それだけ囁いて、アシュレイ卿は踵を返す。
 クロエはロイドに不思議そうな視線を送ってきた。それに曖昧な笑みを返し、ロイドはその後ろ姿を見送った。




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