PINKちゃんねる-エロパロ&文章創作板「依存スレッド」まとめページです since2009/05/10

作者:◆x/Dvsm4nBI氏

 その日の昼、俺は初めて悪意が眼に見えるものだということを知った。
 流石の俺も30人からの悪意の視線を受けたことは無いが、それを受けても
一応恋人である綺麗な長い黒髪を持つ美女…佐久耶は物憂げにはしているものの
それほど気にしている様子は無い。

「どうしたの?八代君。食べないんですか?」
「俺はむしろ佐久耶がいつもどおり食べているほうが驚きなんだが。」
「え、だって八代君がいますし…。」
 朝の事件は菖蒲が変りに日頃の俺の思いをぶちまけたせいか俺自身は冷静で
周りを見渡す余裕もある。特に女子の視線が厳しい。
 それにも気がつかないというのは…。

「佐久耶。もう手遅れだとは思うが空気を読めるようになれよ。」
「空気を読む…超能力か何か…ですか?」
「だめだな…どうしたもんか。」
「八代君、お困りでしたら私も手伝いますけど…」
 彼女は困ったように首をかしげている。羨ましいことにそもそも気づいていないらしい。
 本当に困った…これからどうするか。

「八代〜学食にご飯食べにいこ。」
「菖蒲か。見てのとおり弁当なんだが…。」
 考え込んできたときに教室におさげにメガネの見慣れた友人、菖蒲が入ってきた。
 地味な外見と違って表情が豊かでころころ変る。朝のことは吹っ切ったのかいつも通りだ。

「たまにはいいじゃない。二人で食べにいこ?」
「しかし、今離れるわけにはな…」
と眼で教室中を見ろと合図する。こいつなら分かるだろう。
 菖蒲は苦笑して納得したが、それまで黙っていた佐久耶が口を開いた。

「あの…菖蒲さん。ごめんなさい…人の恋人を連れて行こうとしないでもらえると…
 矢代君は私の恋人なので…」
 教室中の空気が凍るというのはこういうことを言うのだろうか。
 五秒ほど教室の喧騒が途絶えた。菖蒲は怒りを通り越して呆れ果て
俺も何も言えずに佐久耶を見つめる。冗談で言っている顔つきではない。

「八代…本当にこの人大丈夫なの?」
「流石に自信無くなってきたな。」
 菖蒲が何か気持ち悪いようなものを見たような声で呟く。
 今日のところは菖蒲に引いてもらい、昼食を再開したがあまりの視線の圧力に
味を感じることは出来なかった。


「それじゃ佐久耶、学級日誌返してくるから待っててくれ。」
「はい。お待ちしています。」
放課後、日誌を職員室に返すために廊下を歩きながら佐久耶について考える。
結局、昼食時も休み時間も朝の事件がなかったように佐久耶はいつも通りで、
人助けに恩を着せるのは主義でないはないから俺に対しては問題があるわけじゃないが
他ならぬ俺自身に同情が集まることによって、佐久耶が悪い立場に立たされているのは問題だ。
 そこまで考えて、あそこまでいわれても佐久耶を中心に考えてる自分に苦笑した。

「おい、佐久耶もど…ん?」
 日誌を返し教室に戻ると佐久耶がいなかった。先に帰ったかと少し考え、頭を振る。
鞄が机に放置されてあるということは…トイレか誰かに連れて行かれたか…。落ち着いて
携帯に電話する…繋がった!

「おい。もしもし!佐久耶どこだ?」
「ザーッ………何…………ざけて………やめ………」
ついに、実力行使まで…。会話から場所がわからないため、廊下の窓を調べつつ
女子トイレ前で電話を鳴らして音を確認。いないことを確かめ急いで屋上へと
駆け上がる…裏庭の女四人…あれか!!

「そこの三人!何をしている!」
「あ、犬塚君…」
 俺がついたとき佐久耶は、校舎の壁に追い詰められて問い詰められていた。
その暗いながらも綺麗な顔は怯えを浮かべている。俺が到着すると彼女は
すぐに俺の背中へと隠れた。決して触れないようにしながら。
 佐久耶を見ながらクラスメイトの女子三人は憎らしげに、また、ばつが悪そうにしている。

「犬塚君…朝の女の子じゃないけど見てるの辛すぎるのよ。もう…」
「すまない。俺のせいで。」
「何で謝るの!悪いのは全部その女じゃない!」
「俺も今の状態は望ましいわけではない。だが、こういう風に一人を攻撃するのは
 俺の顔に免じて勘弁してやって欲しい。頼む。」
そういって頭を下げるとさらに複雑そうな顔になったが自分たちも悪いと思っているのか
それとも言いたいことが判ってくれたのか去ってくれた。
だが、どうにかしないと守ろうとしてきた俺のせいで全員が敵に回るという皮肉なことに
なるという予感が消えない。


「佐久耶。大丈夫か?」
「うん少し怖かったですけど…ありがとう。」
そういって少し微笑む佐久耶は西に傾いた太陽の光を浴びて絵になっていたし、
ずっと見ていたかったが、意を決して一日考えてきた結論を佐久耶に話すことにした。

「やっぱり恋人はやめにしないか?」
「八代君も…私のことを嫌いになりましたか?当たり前ですよね…」
 佐久耶は悲しそうに少し眼をふせ、力なく呟く。

「俺は佐久耶を嫌いになどはならない。だが、佐久耶は俺のことが好きじゃないんだろ?」
「はい…でも、いつか好きになれるかもしれませんし…。」
「付き合って三ヶ月、俺なりに努力したつもりだ。だが、変っていない。これ以上
 変らないのなら、俺の存在は佐久耶にとって害にしかならない。」
「そんなこと…八代君のお陰でかなり助かってます。」
「友達という関係で行こう。それ以上の関係は佐久耶へのいらん敵意を増やすだけだ。」
 そう…相手が好きでないとわかっていながら付き合おうと考えた俺がまずかったんだ。
結局、大勢を傷つけただけに終わってしまった。しかし、佐久耶は涙を浮かべながら真剣に叫ぶ。

「他の人なんてどうでもいいじゃありませんか。他の人からどう思われるかで
 考えるなんてそんなの間違ってます!」
「佐久耶と初めて話した日に、佐久耶には普通の高校生活を送ってもらいたいと
 思っていたんだ。俺がいるとそれが出来なくなる。」
「いいんです…。八代君がいてくれたら…八代君だけで…八代君さえいてくれれば…。」
「友達に戻っても、今までどおりできる。」
 佐久耶が俺の手を両手で掴んだ。その両手から彼女の震えが伝わってくる。だが、
彼女は震えながらも泣きながらもしっかりと手をその両手を握る。

「お願いします…。私も…私も怖いけど…努力しますから…お願いですから私を捨てないで!!」
「………だめだ。一度恋人としては離れたほうがお互いのためだ。友人としては今までどおりだから
 心配するな。佐久耶を捨てるわけじゃない。今日は帰る。また明日な。」
 俺は心を鬼にして彼女の手を引き剥がし、久しぶりに一人で家への帰途に着いた。
 慣れていたはずの孤独からの寂しさと心の痛みが胸に刺さっていた俺は一志と菖蒲に
電話し、二人のために晩御飯を振舞った。
 次の日から佐久耶との関係がどうなるのか、このときは想像もできなかった。




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