最終更新: izon_matome 2009年05月11日(月) 20:00:40履歴
作者:◆ou.3Y1vhqc氏
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――
―――
――――
満開の桜が優しく揺れ、花びらが舞う。
この町に越してきた時も、新学期と共に綺麗な桜の花びらが咲き乱れていた。
――大切な人からの贈り物である私の宝物、熊の目覚まし時計を見る。
針は6時を指している。
「ふぁ〜あっ…。」
大きな欠伸をし、両手を上にあげて背筋を伸ばす。
窓から入ってくる朝陽が気持ちいい。
ベッドから降りて、窓から外を眺めると綺麗な桜の木が見える。
その桜の木に朝陽が射して、よりいっそう花びらが明るいピンクになっている。
ある程度、景色を楽しむとまたベッドに戻る。
寝るためではなく、ベッドに置いてる携帯取りにいくために。
「ふふっ…おはよう。」
携帯を開くと、優しく笑う大好きな人の笑顔。
少し眺めた後、携帯の画面にキスをする。
張本人にしたいのだが目の前にすると、恥ずかしくて体が硬直してしまう。
携帯でも顔が熱くなるのに…考えただけでも熱がでる。
名残惜しいが携帯を閉じ、机に置く。
「早くしなきゃ…」
クローゼットから制服を取り出してベッドに放り投げる。
そう…私にはあの人と過ごす時間が少ないのだ。
早くしないとタイムリミットがきてしまう。
素早く制服に着替えて一階に降りる。
その足でリビングに入ると冷蔵庫から牛乳を取り出す。
コップ一杯に注ぎ込んで、一気に飲み干す。
洗面所にむかうと顔を洗い歯磨きをし終わると寝癖を整える。
最近お母さんに化粧の仕方も教わった。
学校なので、あまり派手にできないが、薄化粧のほうがあの人には好評だった。
「…よしっと……忘れ物ないかな…」
最近独り言が多い。
お母さんは仕事で忙しくて五時には家を出ていってしまう。
帰ってくるのも22時を過ぎてることが多い。
この町に引っ越してきたので職場が遠くなってしまったのだ。
「よし、大丈夫!」
リビングに戻り、お母さんが作ってくれた弁当を掴むと玄関にむかう。
靴を履き、玄関を開けると風に吹かれて甘い桜の匂いが嗅覚を刺激する。
「いってきま〜す。」
誰もいない家に声をかけて玄関の扉を開ける。
――外に出るとまだ少し肌寒いが1ヶ月前と比べると全然違う。
「やっぱりまだ寒いなぁ…早く行こっと。」
これからむかう場所は学校ではない…目的地は自宅前の道路を挟んだ一軒家。
そこに住んでいるある人を今から起こしに行くのだ。
――「おじゃましま〜す。」
その人の家の扉を鍵で開けて中に入る。
一人じゃ寂しいからいつでも遊びに来て良いとのことで鍵を渡されているのだ。
そのまま二階に直行する。
二階の一室の前に立つと扉に耳をつける。
なにも聞こえない…まだ寝ているみたいだ。
音が鳴らないように、ゆっくりと扉を開けて中にはいると。
私が大好きな匂いが部屋一面に広がっている。
ベッドに目を向けると、山のように膨れている。
もちろんベッドの中には持ち主が潜んでいる訳で頭まで布団を被って寝ているようだ。
バレないように、そ〜っと忍び足でベッドに近づき、恐る恐る布団をめくる。
するとかわいい寝顔が姿を現した。
「ん、う〜ん…」
眩しそうに唸るが目を覚ます気配が無い。
「…」
一年前からこの人は一緒に寝てくれなくなった。
理由を聞くともう中学2年生だかららしい。
――その夜私は大泣きしたのを覚えている。
寂しくて、悲しくて…この感情をどこに持っていけばいいか分からない…ただ、ワガママを言うと見捨てられそうで怖かったのだ。
少し前まで私のワガママはあの人なら何でも受け止めてくれると勘違いしていた。
優しさに甘えていたのだ。
一度あの人とケンカしたことがある…私のワガママが発端なのだが話がでかくなってしまい最終的に「バカ!!もうこない!絶交だからね!!」
と言ってしまったのだ。
言った直後、後悔したが意地になっていたため謝れなかった。
「そっか、それじゃ今日でお別れだね、さようなら。」
この言葉を聞いた瞬間頭が真っ白になった。
なにがなんだか分からず、空返事で「うん」と言って部屋を後にしてしまった…部屋の扉が閉まった瞬間、頭に「さようなら」の言葉が再生される…
この時初めて捨てられる危機感を感じた。
泣きながら「ごめんなさい」と謝ると許してくれたが、それからあまりワガママは言わなくなった。
――「…なにしてるの?」
「へ!?」
いきなり声をかけられて変な声がでてしまった。
さっきまで寝ていたのにいつの間にかおめめがパッチリだ…イロイロしようと思っていたが無理だった…
――「お、おはよう…お兄ちゃん」
――「お、おはよう凪ちゃん…」
大好きな、大好きな、お兄ちゃんのお目覚め。
◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇ ◇ ◇
「ふぁ〜あッ……もうこんな時間か…」
時計を見ると6時30分。
寝たのが3時…寝不足で頭がクラクラする。
「もう、お兄ちゃんまた夜更かししたでしょ〜、ったく、本当に体壊すよ?。」
凪が呆れたように溜め息を吐く。
まぁ夜更かししているのは事実なので、しかたがない。
「そだね、もう少し早く寝るよ、朝飯は?もう食べたの?」
恭子さんが朝早い時凪は家で食べることになっている。
おもに俺か姉が作るのだが最近料理を覚えだした凪がよく作ってくれるようになった。
「まだだけど……それよりお兄ちゃん…。」
「ん?どうしたの?」
モジモジしている…これは凪の癖で、俺に対してなにか甘え発言をする予兆なのだ。
「……抱っこ。」
両手を差し出して甘えるような声を出す。
少し前にワガママを言わないと約束したが、凪の中で俺に甘えることはワガママに入らないらしい…。
「はいはい、これでいい?」
凪が膝に座りやすいようにベッドに腰を掛ける。
失礼しますと言うと膝の上に座る…礼儀正しいのだがその座り方に問題があるのだ。
「凪ちゃん…せめてイスに座るように座ってくれない?」
恥ずかしいことに、凪は真っ正面から抱きついてくるのだ。
「それ抱っこじゃないでしょ?…それにお兄ちゃんの顔見えないもん。」
小学生の時の凪なら大丈夫なのだがもう中学三年、さすがにイロイロ困ることがある。
首筋に鼻を押し当てているため、鼻息が当たってこそばゆい。
それにスカートを履いてるので、生足の感触がパジャマ越しでもわかる…
「でも…来年から高校生だよ?みんなに笑われるよ?」
我慢をしているが俺も男なので気まずいことになる前に止めたいのだ。
「べつに笑われてもいい……」
まいった…凪相手に説得はあまり通用しないようだ。
「それじゃ…高校生になったら強制的に終了だからね。」
「えっなんで!?嫌だよ?ねぇ、嫌だからね!?」
恭子さんから受け継いだ二重の目が見開くと少し怖い。
「ダメ〜はい、この話終わり、ご飯食べよう。」
凪をベッドに座らせて立ち上がる。
それと同時に抱っこも終了になる。
「あっお兄ちゃん!?ちょっと待ってよ!!高校生になったら本当に終わりなの!?」
「うん、終わり。先に下に降りて朝飯作ってるからお姉ちゃん起こしてきてね〜。」
凪に姉を任せて一階のリビングに向かう。
リビングの扉を開けると少し冷たい風がパジャマの隙間を通っていく。
正面の窓を見ると窓が半開している。
母が仕事に行く前に開けたのだろう、心地よい風に乗って桜の匂いが部屋に充満する。
「今日は食パンでいっか…」
朝食はいつも米なのだが、寝不足もあって米を洗うのが、めんどくさい。
姉が起きてくれば料理を作ってくれるのだが、最近姉と凪に料理は頼りっぱなしなので、朝飯ぐらいは作らなければ。
「なんか一人で料理するの久しぶりだなぁ…」
俺が料理をする時は常に母か姉か凪がいる。
このリビングで三日に一度は恭子さんと凪が夕食を一緒に食べにくる。
あまり恭子さんも凪も家族と変わりなくなってきた。
今が一番幸せなのかもしれない…。
「よしっできた!俺的料理完成!」
テーブルの上に料理がならぶ…料理と言っても食パンの上に卵とベーコンが乗っているだけなのだが…。
俺と姉にはコーヒー、凪には野菜ジュースを入れてテーブルにおく。
――「それにしても、お姉ちゃんと凪ちゃんなにしてるんだ?まだ寝てるのか?」
作り終えてふと気が付く…まだ姉と凪が二階から降りてこないのだ。
「お〜い!パン焼けたよ〜!?冷めるから早く降りてきて〜!」
リビングから出て一階の廊下から二階の姉部屋にむかって声をかける。
「…」
返事がまったく無い…凪が起こしに行けばすぐに下に降りてくるはずなのだが…俺が起こしに行くと布団の中に引きずり込もうとするので、なかなかベッドから出てくれないのだ。
「ったく、しょーがないなぁ〜。」
エプロンを階段の手すりに掛けて二階に上がる、姉は朝に弱く低血圧なので、すぐにベッドから出ないのだ。
――「…あれ?凪ちゃん?」
姉の部屋に向かうために俺の部屋の前を通ると、扉が開いており、ベッドが盛り上がっている。
「凪ちゃん?寝てるの?学校行かなきゃダメだよ。」
なぜ俺のベッドに潜り込んでいるのかわからないが、今寝たら学校に遅刻してしまう。
「こらこら、寝たらだめでしょ〜が…」
容赦なく布団を捲り上げる。
さぼりは許さない。
――「……どうしたの?」
布団を捲り上げると、小さく丸まって、声を殺して泣いている凪がいた…
「なにかあったの?凪ちゃん大丈夫?」
背中をさすりながら抱き寄せると、大粒の涙を流しながらしがみついてきた。
「ヒック…お兄ちゃん…ウゥ…私…お兄ちゃんと…ヒック…」
途切れ途切れにしか聞こえないのでなにを言ってるのかわからないが、なんとなく言いたいことはわかる。
「あぁ〜わかったから…もう言わないから、ほら早く下に降りよう…あと化粧なおさなきゃ…すごいことになってるよ?」
涙やら鼻水やらで綺麗な顔が台無しになっている。
「…うん……抱っこ…」
話をちゃんと聞いていたのだろうか…首に腕を絡めてくる…早く料理を食べなきゃ、マジで遅刻してしまう…
「また今度してあげるから…本当に遅刻するから先に下に降りてて、お姉ちゃん起こして俺も降りるから。」
渋る凪を一階に向かわせる。
「ふぅ、後はお姉ちゃんか…」
家族の中で母の次にやんちゃな姉を起こしに行く…まぁ三人しか家族はいないのだが、凪と恭子さんを合わせても、母のやんちゃぶりは群を抜いている。
その母の血を受け継いだ姉を今から起こしに行くのだ。
――「お姉ちゃ〜ん?もう起きてくださいよ〜」
コンコンとノックをする…返事は無し。
「お姉ちゃん、入るね?」
姉の返事は無いが扉を開ける。
ベッドに近づくと、幸せそうな顔で抱き枕を抱きしめ、気持ち良さそう眠る姉の寝顔があった。
「なんの夢みてるんだ…えらい幸せそうな顔しているけど…」
ニヤニヤしながら抱き枕にキスしている…
幸せそうな顔を見ていると起こし辛いのだがそうも言ってられない…
「お〜い、起きてくれ〜、朝飯できたよ〜?」
「ん〜うるさい…。」
うるさいとは何事だ…所々はだけているが寒くないのか、お腹むき出しでもにやけている。
しょうがないので強行手段で行くことにする…。
「よいしょっと………ほら、こちょこちょ〜」
「やひゃははははは!?、ひ〜ひひひひ、やめてぇ〜起きるから〜」
姉のお腹に体重をかけないように馬乗りなり、わき腹をくすぐる。
「ほら〜こちょこちょ〜」
「あっははははっ、止めなさッ、きゃはははは!、起きますからぁ〜っ」
脇から手を離す。
物凄く疲れた顔をしており、ぐったりしている。
寝汗ではない汗のせいで肌にパジャマがへばりついている。
「起きるって言ったのになんで止めないのよ!?オシッコ漏らしかけたじゃない!」
「いつも起きないから少し長くしました。早く下に降りてきてね。」
姉を解放してベッドから降りようとする……が姉に足を掴まれた。
「ふふっ……さんざん私の体で遊んだんだから、お返ししなきゃね。」
「お兄ちゃんもお姉ちゃんも…朝から暴れすぎ、近所迷惑になるよ?」
「「すいませんでした。」」
姉に捕まった後、20分近く布団の中に引きずり込まれて、もみくちゃにされた…凪が見に来なければもっと長くやられていただろう…。
「もうお兄ちゃんが作った料理、冷めてるよ?」
「あぁ〜そうだ!料理作ってたんだ!」
料理のことをすっかり忘れてた…姉を睨むが、そそくさとシャワーを浴びに風呂場に逃げてしまった。
「まぁ、いいか…早く食べて、行かなきゃ…大学生初日に遅刻するわけには行かないからね。」
そう…俺は姉と同じ大学を受験して晴れて今年から大学生なのだ。
姉も一年留年したので俺と一緒に行くことになっている。
やはりあの一年は大きかったみたいだ…姉に謝り倒したが、「勇と大学行けるなんて夢みたい!」とあまり気にしていないようだった。
「ほら、お兄ちゃんも着替えて、パジャマのまま行くの?」
凪に指摘されてパジャマのままだと初めて気がついた。
「それじゃ、着替えてくるから、リビングで待っててくれる?」
「うん、わかった…それじゃ、お兄ちゃんが作ったやつ暖め直すね。」
そう言うと凪は姉の部屋から出ていき、リビングに向かった。
服を着替えて、リビングに降りる、姉もお風呂から出てきてイスに座っている。
「勇は遅いなぁ〜待ちくたびれてお腹空いたよ。」
さも早起きしたみたいに話す姉に少しムッときたが、反論すればまた長引く…。
「すいませんね、それじゃ〜ご飯食べよっか?」
「うん、それじゃ、いただきます。」
――凪が二年前に越してきてこの生活か始まった…始めはどうなるかと不安だったがみんな仲良く今まで過ごしてこれた。
姉も凪も一緒に買い物に行ったりと仲の良い友達感覚で接しているみたいだ。
俺も二年たてば少しは成長できたかもしれない。
成長できたか父に聞いてみたいところだ…
父の夢はあの日以来一度も見ていないが、父との約束は今でも守っている。
隙間だっていつの間にか綺麗に埋まっていた。
――「勇…もうすぐお父さんの命日だから…お墓参りいかなきゃね。」
そう…もうすぐ父の命日なのだ…人生が一変した日、いろいろな物を失った日でもあり、たくさんの物を得た日でもある。
「うん、大学生になったこともお父さんに報告しなきゃいけないしね。」
――なによりこの新しく新鮮で楽しい日常を父に報告したくてたまらなかった。
←関連作品-心の隙間
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満開の桜が優しく揺れ、花びらが舞う。
この町に越してきた時も、新学期と共に綺麗な桜の花びらが咲き乱れていた。
――大切な人からの贈り物である私の宝物、熊の目覚まし時計を見る。
針は6時を指している。
「ふぁ〜あっ…。」
大きな欠伸をし、両手を上にあげて背筋を伸ばす。
窓から入ってくる朝陽が気持ちいい。
ベッドから降りて、窓から外を眺めると綺麗な桜の木が見える。
その桜の木に朝陽が射して、よりいっそう花びらが明るいピンクになっている。
ある程度、景色を楽しむとまたベッドに戻る。
寝るためではなく、ベッドに置いてる携帯取りにいくために。
「ふふっ…おはよう。」
携帯を開くと、優しく笑う大好きな人の笑顔。
少し眺めた後、携帯の画面にキスをする。
張本人にしたいのだが目の前にすると、恥ずかしくて体が硬直してしまう。
携帯でも顔が熱くなるのに…考えただけでも熱がでる。
名残惜しいが携帯を閉じ、机に置く。
「早くしなきゃ…」
クローゼットから制服を取り出してベッドに放り投げる。
そう…私にはあの人と過ごす時間が少ないのだ。
早くしないとタイムリミットがきてしまう。
素早く制服に着替えて一階に降りる。
その足でリビングに入ると冷蔵庫から牛乳を取り出す。
コップ一杯に注ぎ込んで、一気に飲み干す。
洗面所にむかうと顔を洗い歯磨きをし終わると寝癖を整える。
最近お母さんに化粧の仕方も教わった。
学校なので、あまり派手にできないが、薄化粧のほうがあの人には好評だった。
「…よしっと……忘れ物ないかな…」
最近独り言が多い。
お母さんは仕事で忙しくて五時には家を出ていってしまう。
帰ってくるのも22時を過ぎてることが多い。
この町に引っ越してきたので職場が遠くなってしまったのだ。
「よし、大丈夫!」
リビングに戻り、お母さんが作ってくれた弁当を掴むと玄関にむかう。
靴を履き、玄関を開けると風に吹かれて甘い桜の匂いが嗅覚を刺激する。
「いってきま〜す。」
誰もいない家に声をかけて玄関の扉を開ける。
――外に出るとまだ少し肌寒いが1ヶ月前と比べると全然違う。
「やっぱりまだ寒いなぁ…早く行こっと。」
これからむかう場所は学校ではない…目的地は自宅前の道路を挟んだ一軒家。
そこに住んでいるある人を今から起こしに行くのだ。
――「おじゃましま〜す。」
その人の家の扉を鍵で開けて中に入る。
一人じゃ寂しいからいつでも遊びに来て良いとのことで鍵を渡されているのだ。
そのまま二階に直行する。
二階の一室の前に立つと扉に耳をつける。
なにも聞こえない…まだ寝ているみたいだ。
音が鳴らないように、ゆっくりと扉を開けて中にはいると。
私が大好きな匂いが部屋一面に広がっている。
ベッドに目を向けると、山のように膨れている。
もちろんベッドの中には持ち主が潜んでいる訳で頭まで布団を被って寝ているようだ。
バレないように、そ〜っと忍び足でベッドに近づき、恐る恐る布団をめくる。
するとかわいい寝顔が姿を現した。
「ん、う〜ん…」
眩しそうに唸るが目を覚ます気配が無い。
「…」
一年前からこの人は一緒に寝てくれなくなった。
理由を聞くともう中学2年生だかららしい。
――その夜私は大泣きしたのを覚えている。
寂しくて、悲しくて…この感情をどこに持っていけばいいか分からない…ただ、ワガママを言うと見捨てられそうで怖かったのだ。
少し前まで私のワガママはあの人なら何でも受け止めてくれると勘違いしていた。
優しさに甘えていたのだ。
一度あの人とケンカしたことがある…私のワガママが発端なのだが話がでかくなってしまい最終的に「バカ!!もうこない!絶交だからね!!」
と言ってしまったのだ。
言った直後、後悔したが意地になっていたため謝れなかった。
「そっか、それじゃ今日でお別れだね、さようなら。」
この言葉を聞いた瞬間頭が真っ白になった。
なにがなんだか分からず、空返事で「うん」と言って部屋を後にしてしまった…部屋の扉が閉まった瞬間、頭に「さようなら」の言葉が再生される…
この時初めて捨てられる危機感を感じた。
泣きながら「ごめんなさい」と謝ると許してくれたが、それからあまりワガママは言わなくなった。
――「…なにしてるの?」
「へ!?」
いきなり声をかけられて変な声がでてしまった。
さっきまで寝ていたのにいつの間にかおめめがパッチリだ…イロイロしようと思っていたが無理だった…
――「お、おはよう…お兄ちゃん」
――「お、おはよう凪ちゃん…」
大好きな、大好きな、お兄ちゃんのお目覚め。
◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇ ◇ ◇
「ふぁ〜あッ……もうこんな時間か…」
時計を見ると6時30分。
寝たのが3時…寝不足で頭がクラクラする。
「もう、お兄ちゃんまた夜更かししたでしょ〜、ったく、本当に体壊すよ?。」
凪が呆れたように溜め息を吐く。
まぁ夜更かししているのは事実なので、しかたがない。
「そだね、もう少し早く寝るよ、朝飯は?もう食べたの?」
恭子さんが朝早い時凪は家で食べることになっている。
おもに俺か姉が作るのだが最近料理を覚えだした凪がよく作ってくれるようになった。
「まだだけど……それよりお兄ちゃん…。」
「ん?どうしたの?」
モジモジしている…これは凪の癖で、俺に対してなにか甘え発言をする予兆なのだ。
「……抱っこ。」
両手を差し出して甘えるような声を出す。
少し前にワガママを言わないと約束したが、凪の中で俺に甘えることはワガママに入らないらしい…。
「はいはい、これでいい?」
凪が膝に座りやすいようにベッドに腰を掛ける。
失礼しますと言うと膝の上に座る…礼儀正しいのだがその座り方に問題があるのだ。
「凪ちゃん…せめてイスに座るように座ってくれない?」
恥ずかしいことに、凪は真っ正面から抱きついてくるのだ。
「それ抱っこじゃないでしょ?…それにお兄ちゃんの顔見えないもん。」
小学生の時の凪なら大丈夫なのだがもう中学三年、さすがにイロイロ困ることがある。
首筋に鼻を押し当てているため、鼻息が当たってこそばゆい。
それにスカートを履いてるので、生足の感触がパジャマ越しでもわかる…
「でも…来年から高校生だよ?みんなに笑われるよ?」
我慢をしているが俺も男なので気まずいことになる前に止めたいのだ。
「べつに笑われてもいい……」
まいった…凪相手に説得はあまり通用しないようだ。
「それじゃ…高校生になったら強制的に終了だからね。」
「えっなんで!?嫌だよ?ねぇ、嫌だからね!?」
恭子さんから受け継いだ二重の目が見開くと少し怖い。
「ダメ〜はい、この話終わり、ご飯食べよう。」
凪をベッドに座らせて立ち上がる。
それと同時に抱っこも終了になる。
「あっお兄ちゃん!?ちょっと待ってよ!!高校生になったら本当に終わりなの!?」
「うん、終わり。先に下に降りて朝飯作ってるからお姉ちゃん起こしてきてね〜。」
凪に姉を任せて一階のリビングに向かう。
リビングの扉を開けると少し冷たい風がパジャマの隙間を通っていく。
正面の窓を見ると窓が半開している。
母が仕事に行く前に開けたのだろう、心地よい風に乗って桜の匂いが部屋に充満する。
「今日は食パンでいっか…」
朝食はいつも米なのだが、寝不足もあって米を洗うのが、めんどくさい。
姉が起きてくれば料理を作ってくれるのだが、最近姉と凪に料理は頼りっぱなしなので、朝飯ぐらいは作らなければ。
「なんか一人で料理するの久しぶりだなぁ…」
俺が料理をする時は常に母か姉か凪がいる。
このリビングで三日に一度は恭子さんと凪が夕食を一緒に食べにくる。
あまり恭子さんも凪も家族と変わりなくなってきた。
今が一番幸せなのかもしれない…。
「よしっできた!俺的料理完成!」
テーブルの上に料理がならぶ…料理と言っても食パンの上に卵とベーコンが乗っているだけなのだが…。
俺と姉にはコーヒー、凪には野菜ジュースを入れてテーブルにおく。
――「それにしても、お姉ちゃんと凪ちゃんなにしてるんだ?まだ寝てるのか?」
作り終えてふと気が付く…まだ姉と凪が二階から降りてこないのだ。
「お〜い!パン焼けたよ〜!?冷めるから早く降りてきて〜!」
リビングから出て一階の廊下から二階の姉部屋にむかって声をかける。
「…」
返事がまったく無い…凪が起こしに行けばすぐに下に降りてくるはずなのだが…俺が起こしに行くと布団の中に引きずり込もうとするので、なかなかベッドから出てくれないのだ。
「ったく、しょーがないなぁ〜。」
エプロンを階段の手すりに掛けて二階に上がる、姉は朝に弱く低血圧なので、すぐにベッドから出ないのだ。
――「…あれ?凪ちゃん?」
姉の部屋に向かうために俺の部屋の前を通ると、扉が開いており、ベッドが盛り上がっている。
「凪ちゃん?寝てるの?学校行かなきゃダメだよ。」
なぜ俺のベッドに潜り込んでいるのかわからないが、今寝たら学校に遅刻してしまう。
「こらこら、寝たらだめでしょ〜が…」
容赦なく布団を捲り上げる。
さぼりは許さない。
――「……どうしたの?」
布団を捲り上げると、小さく丸まって、声を殺して泣いている凪がいた…
「なにかあったの?凪ちゃん大丈夫?」
背中をさすりながら抱き寄せると、大粒の涙を流しながらしがみついてきた。
「ヒック…お兄ちゃん…ウゥ…私…お兄ちゃんと…ヒック…」
途切れ途切れにしか聞こえないのでなにを言ってるのかわからないが、なんとなく言いたいことはわかる。
「あぁ〜わかったから…もう言わないから、ほら早く下に降りよう…あと化粧なおさなきゃ…すごいことになってるよ?」
涙やら鼻水やらで綺麗な顔が台無しになっている。
「…うん……抱っこ…」
話をちゃんと聞いていたのだろうか…首に腕を絡めてくる…早く料理を食べなきゃ、マジで遅刻してしまう…
「また今度してあげるから…本当に遅刻するから先に下に降りてて、お姉ちゃん起こして俺も降りるから。」
渋る凪を一階に向かわせる。
「ふぅ、後はお姉ちゃんか…」
家族の中で母の次にやんちゃな姉を起こしに行く…まぁ三人しか家族はいないのだが、凪と恭子さんを合わせても、母のやんちゃぶりは群を抜いている。
その母の血を受け継いだ姉を今から起こしに行くのだ。
――「お姉ちゃ〜ん?もう起きてくださいよ〜」
コンコンとノックをする…返事は無し。
「お姉ちゃん、入るね?」
姉の返事は無いが扉を開ける。
ベッドに近づくと、幸せそうな顔で抱き枕を抱きしめ、気持ち良さそう眠る姉の寝顔があった。
「なんの夢みてるんだ…えらい幸せそうな顔しているけど…」
ニヤニヤしながら抱き枕にキスしている…
幸せそうな顔を見ていると起こし辛いのだがそうも言ってられない…
「お〜い、起きてくれ〜、朝飯できたよ〜?」
「ん〜うるさい…。」
うるさいとは何事だ…所々はだけているが寒くないのか、お腹むき出しでもにやけている。
しょうがないので強行手段で行くことにする…。
「よいしょっと………ほら、こちょこちょ〜」
「やひゃははははは!?、ひ〜ひひひひ、やめてぇ〜起きるから〜」
姉のお腹に体重をかけないように馬乗りなり、わき腹をくすぐる。
「ほら〜こちょこちょ〜」
「あっははははっ、止めなさッ、きゃはははは!、起きますからぁ〜っ」
脇から手を離す。
物凄く疲れた顔をしており、ぐったりしている。
寝汗ではない汗のせいで肌にパジャマがへばりついている。
「起きるって言ったのになんで止めないのよ!?オシッコ漏らしかけたじゃない!」
「いつも起きないから少し長くしました。早く下に降りてきてね。」
姉を解放してベッドから降りようとする……が姉に足を掴まれた。
「ふふっ……さんざん私の体で遊んだんだから、お返ししなきゃね。」
「お兄ちゃんもお姉ちゃんも…朝から暴れすぎ、近所迷惑になるよ?」
「「すいませんでした。」」
姉に捕まった後、20分近く布団の中に引きずり込まれて、もみくちゃにされた…凪が見に来なければもっと長くやられていただろう…。
「もうお兄ちゃんが作った料理、冷めてるよ?」
「あぁ〜そうだ!料理作ってたんだ!」
料理のことをすっかり忘れてた…姉を睨むが、そそくさとシャワーを浴びに風呂場に逃げてしまった。
「まぁ、いいか…早く食べて、行かなきゃ…大学生初日に遅刻するわけには行かないからね。」
そう…俺は姉と同じ大学を受験して晴れて今年から大学生なのだ。
姉も一年留年したので俺と一緒に行くことになっている。
やはりあの一年は大きかったみたいだ…姉に謝り倒したが、「勇と大学行けるなんて夢みたい!」とあまり気にしていないようだった。
「ほら、お兄ちゃんも着替えて、パジャマのまま行くの?」
凪に指摘されてパジャマのままだと初めて気がついた。
「それじゃ、着替えてくるから、リビングで待っててくれる?」
「うん、わかった…それじゃ、お兄ちゃんが作ったやつ暖め直すね。」
そう言うと凪は姉の部屋から出ていき、リビングに向かった。
服を着替えて、リビングに降りる、姉もお風呂から出てきてイスに座っている。
「勇は遅いなぁ〜待ちくたびれてお腹空いたよ。」
さも早起きしたみたいに話す姉に少しムッときたが、反論すればまた長引く…。
「すいませんね、それじゃ〜ご飯食べよっか?」
「うん、それじゃ、いただきます。」
――凪が二年前に越してきてこの生活か始まった…始めはどうなるかと不安だったがみんな仲良く今まで過ごしてこれた。
姉も凪も一緒に買い物に行ったりと仲の良い友達感覚で接しているみたいだ。
俺も二年たてば少しは成長できたかもしれない。
成長できたか父に聞いてみたいところだ…
父の夢はあの日以来一度も見ていないが、父との約束は今でも守っている。
隙間だっていつの間にか綺麗に埋まっていた。
――「勇…もうすぐお父さんの命日だから…お墓参りいかなきゃね。」
そう…もうすぐ父の命日なのだ…人生が一変した日、いろいろな物を失った日でもあり、たくさんの物を得た日でもある。
「うん、大学生になったこともお父さんに報告しなきゃいけないしね。」
――なによりこの新しく新鮮で楽しい日常を父に報告したくてたまらなかった。
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