最終更新: izon_matome 2010年11月13日(土) 19:59:49履歴
作者:◆ou.3Y1vhqc氏
「クー、もういいぞ…」
「――わかった―」
俺の声に反応したクーは、男の胸ぐらから手を放し無表情のまま此方へと歩み寄ってきた。
クー手から解放された男は、人形の様にズルッと崩れ落ちていく。
「はぁ…無駄な時間を使わせやがって…」
地面に這いつくばった血だらけの男達を見下ろし呟く…が男達からの返答は無い。
気絶しているようだ。
「どうするよ、これから?」
「どうしますかね……困りました」
流石に何でも知ってるハロルドも手詰まりのようだ。
――目の前に倒れている二人……先ほど酒屋で情報屋の仲介になってやると言っていた男達なのだが、情報屋に連れていくどころか細い路上に連れ込みクーを拐おうとしたのだ。
クーの喉元にナイフを当て、「近づいたらこの女殺すぞ!」と喚き散らし、人質に取り逃げようとした。
だから、仕方なくクーに攻撃する許可をだしたのだが…。
まさか、あそこまでボコボコにするとは思わなかった。
まず、ナイフを素手で掴みクルッと半回転すると男の顎めがけて肘を叩きつけた。その時点で男の顎は不自然に歪み、その場に倒れ込む……と思ったのだが、そこから人間とは違うクーの無邪気さというか残酷さというか…。
個性と言えば受け入れやすいだろうか…。
倒れ込む寸前、男の腕を掴み、無理矢理立たせると、顔を鷲掴み壁に叩きつけたのだ。
血だらの男を片手で引きずるクーを見たもう一人の男は腰を抜かし、その場に座り込んでしまった。
それから数分…クーの手によって制裁を加えられた男二人は、地面に転がり空を見上げることなく地面に熱い接吻をしている。
少し可哀想だと思ったが、運が悪かったと悔いてもらうしか無いだろう。
死にはしないだろうから、その場に捨てて路上を後にした。
「また、振り出しに戻ったな…」
広場にある石の長椅子に腰を掛けため息を吐く。
俺に続き、クーとハロルドも隣に座る。
こう見れば俺達かなり怪しい集団なんじゃないだろうか?
白衣に身を包んだ男に高身長の美人。
フードで顔を隠した男に、妖精…。
ティエルはバレてないにしても、これだけ個性が強い見た目が揃うと、やたら人の目につく。
案の定先ほどから通り過ぎる者達からチラチラと横目で見られているのを感じる。
「――ライト――ライト―」
隣に座るクーがクイッと服を引っ張ってきた。
「んっ?どうしたんだ?」
「――あれ―なに?」
クーが広場の中央辺りに指を差した。
ハロルドもつられたようにクーが指差す場所へと視線を向ける。
「なんだ、あれ?」
まったく気がつかなかった……広場の中央にやたらデカイ木の建物が組み立てられている。
「誰か、位の高い人が演説でもするんじゃないでしょうか?」
「位の高い人?貴族とかか?」
「えぇ…しかし、かなり大きいですね…もしかしたら王族に当たる方かも知れませんね……てゆうか、あれじゃないですか?ゾグニ帝王が御結婚されるとかいう話があったじゃないですか」
「あぁ、そうだったな…そしたらゾグニ帝王が見れるのか?」
「多分、見れると思いますが…こんな町中に国王が姿を表すのでしょうか……」
確かに…国王が下町に降りてくる事はあまりないと思うのだが…。
「まぁ、他国の姫様が自国の王女になる訳ですから、民衆に姫様の姿を見せていたほうが多少なり民衆の不安は拭えるかも知れないですね…。どんな人が自分の国の王女になるのか、民からすればやはり気になる所ですよね」
「まぁ、不細工なら嫌だよな」
「はははっ、そうですね」
ハロルドと向かい合い、声をだして笑った。
些細な事だが、久しぶりに笑った気がする…。
ハロルド達を助ければ、また数ヶ月船に揺られる生活が始まるのだが、それは苦痛になることはないだろう。
ハロルドがいてメノウがいてアンナさんがいて俺達がいる……逆に楽しみなぐらいだ。
「ふぅ…何をにやけてんのよ?」
「おぉ、もう大丈夫なのか?」
カバンの中から顔をだしのは、酒屋で気分を悪くした妖精のティエルだ。
顔を見た感じ、顔色はよくなった気がする。
「元気満々よ!今ならクーにでも勝てるかもね!」
「ムー、――クーまけない――」
ティエルの安い挑発に対して、頬をプクーと膨らまし、ティエルを睨んでいる。
「ふふっ、ボコボコにしてやってもいいけど…そうねぇ…口喧嘩で勝負よ!」
「むっ――わかった―」
クーと殴り合いしたらティエルが1秒で再起不能になるからな…クーは空気を読むとかそんなこと考えてないかも知れないが、ティエルの口喧嘩に乗るつもりらしい。
「おい、おい…あんまり騒がないでくれよ?」
カバンの中から顔をだしてるティエルの頭を軽く撫でる。
「な、撫でんな!私はあんたより年上なんだからね!」
カバンから飛び出しそうな勢いで乗り出して睨み付けてくる。何処と無く頬が赤いのは病み上がりだからだろうか?
「口喧嘩はまた後にしてください。始まるようですよ?」
ハロルドがクーとティエルの間にスッと片手を差し入れ、もう片方の手で先ほどの高台に指差した。
他のベンチに座っていた者達が立ち上がり、中央へと歩き出した。
俺とハロルドも一応立ち上がり、高台に目を向ける。
城から繋がっているであろう、一本道から豪華な馬車が二台、高台に横付けされた。
馬車の周りにはバレン兵が何十人と囲んでいる。いや、何十人どころではない……馬車の後ろから列を成してゾロゾロと姿を現した。
何人かの騎馬兵の手には真っ赤な旗が持たれており、高々と掲げられている。
真っ赤な旗の真ん中にはバレン城らしき城が描かれており、鷹の絵も描かれている。
間違いなくバレン国の旗だ。
「あれは、多分バレンシア聖騎士団ですね」
「バレンシア聖騎士団?なんだそりゃ?」
隣にいたハロルドが知ったように口を開いた。
「えぇ…バレンは始め、バレンシアという名の国だったんですよ?」
「へぇ…なんで、バレンに変わったんだ?」
「古代兵器の開発に失敗して一度バレンは滅びたから、新しく国を作る際、バレンシアからバレンに変えたとか…まぁ、噂程度ですけどね」
「古代兵器の開発?なんか嫌な響きだな…」
「まぁ、兵器に良いことなんて一つもないですからね…そんな感じでバレン国になったんですが、その兵器開発の悲劇で唯一生き残ったのがバレンシア聖騎士団とゾグニ帝王だったそうです。だからバレンシアという名を歴史に刻む為に聖騎士団の名を残したんでしょう」
「ふ〜ん……一家に一台ハロルドだな」
本当にハロルドがいると、助かる。
知らない事なんてないんじゃないだろうか?
「誉め言葉として受け取りましょう。ありがとうございます」
わざわざ此方へ深々と頭を下げると、また高台へと目を向けた。
同じようにハロルドから目を離し、高台へと目を向けると、馬車の周りを取り囲んでいた兵達が高台の前へと並びだした。
それと同時に民衆のざわつきが消える。
誰もいなかった高台の上にはいつの間にか数人の人影が遠目でも確認できた。
皆が静まり返る中、数人の人影の中から一人が前へと踏み出した。
「お、おい…なんだ?」
人影が前へと踏み出した瞬間、多くの人々が膝まずき、地面へと頭をつけた。
すべての人では無い…浅黒い肌をした者だけが、神に祈りを捧げるかの如く高台の上にいる人物に頭を下げているのだ。
一目で分かること…それはバレンの人間だけが膝まずいていると言うことだ。
立っている者達はオドオドするだけで、何が起きているのか分からないらしい。
「あれが、ゾグニ帝王ですよ…」
ハロルドが俺の耳元で呟き、人影に指差す。
少し遠いので分かりにくいが、目を細めてどんな人間かたしかめてみる事にした。
帝王…と言われるだけあって、確かに雰囲気はある。
小太り…の域は越えているな……美味い物をたらふく食べてる腹を偉そうに突き出してるあたり、この国の王族と言うのも頷ける。
偉そうな無精髭に衣服も何やら豪華なモノのようだ……俺から見たらただ光っているだけなのだが…。
ゾグニ帝王が片手をスッと掲げると、膝まずいていた人間達は一度頭を地面へつけると、次々に立ち上がり出した。
ハロルドが言ってたように、やはり宗教色が強い国のようだ…。
「何か喋ってるな…」
ゾグニ帝王が民衆に向かって何かを話しているが、まったくゾグニ帝王の声が聞こえてこない…ゾグニ帝王の声を聞こうと皆が高台の前へと押し寄せている。
それをバレン聖騎士団が押し返す…。
「…こうも人が多いと近づく事は無理かも知れないですね…」
「まぁ、いいよ。こうなってくれたほうが逆に動きやすい」
今この町にいる殆どの者はこの大広場に集まっているだろう。
今なら他の場所を探るのに人目につきにくいはず。
ハロルドにまた酒場へと戻り情報を仕入れようと話しかけ、広場に背を向けた――。
その瞬間、地響きを引き起こすような歓喜の声が地面を伝い、身体全体を震えさせた。
何事かと、思い後ろを振り返る。
「な、なんだいきなり?」
高台の前に集る人だかりが高台の上に向かって手を上げ気絶しそうなほどの大声を張り上げている。
歓喜…いや狂気に近いほどだ。
クーも両手で耳を塞ぎ、眉間にシワを寄せている。
「なんでしょうか…少し近づいてみませんか?」
ハロルドにそう促され、仕方なく人混みのほうへと向かう。
クーは五月蝿いから近づくのがイヤらしい…その場に根を生やしたように動かなくなってしまったので、俺とハロルドの二人で様子を見に行く事にした。
人混みに近づくにつれ、民衆の声も大きくなっていく。
「何を興奮してんだコイツら…」
「なんでしょう………あっ…ゾグニ帝王の隣」
何かに気がついたのか、ハロルドが高台の上を指差した。
夕陽が逆光になり、二つの影が照らし出されている。
一つはこの国の王であるゾグニ帝王――。
そして、もう一つ……小さな影が夕陽を浴びてキラキラと輝いている――。
何故か分からない――心臓が激しく、勢いよく鼓動を刻んだ。
「…」
「あれが、女王になられる方なんでしょうか?此処からでは少し見にくい…で………」
ハロルドも気がついたのだろう……普段のにやけた顔が一瞬にして凍りついたのが分かった。
イヤ、多分俺はハロルドより酷い顔をしているに違いない。
目の前で起こっている現実に目を背けようにも、目が高台の上にいる小柄な女の子から離れてくれないのだ。
何度も頭で整理して、考えてみる……が、やはり麻痺しているようだ。
「な、なんでアイツがあんな場所に立ってんだよ…ハロルド…」
唖然とするハロルドに問いかけても返答が返ってくるはずかない。
流石のハロルドもこればっかりは理解できないのだろう。
高台に立つ小柄な女の子は、数分間民衆の前に立つとゆっくりと後ろへ下がっていった。
「ぁ……メ…」
それを見た俺は、何を考えたのだろうか?
多分後から考えても自分の行動に対して理解できないだろう…。
「メノウッ!!」
――自然と一歩前へ踏み出し、高台から消えていく少女に向かって大きく声を張り上げていた。
「ちょっ!?ライト、ダメです!」
慌てたようにハロルドが俺の口を押さえにかかる。
「今、メノウちゃんの名をだせば我々が危険に晒されます!」
瞬時に自分が犯した失態に気がついた俺は、ハロルドに向かって二度頷いた。
そうだ――今問題を起こす事は俺達の死を意味するのだ。
「幸い民衆の声にかき消されたので良かったですが…気を付けてくださいね」
我を失って声をあげてしまったが、今は何千人と居る人の声により俺の声は目の前にいる人間にすら聞こえていなかったようだ。
「あぁ、悪い…次からは気…を……?」
ふと、何かの視線を感じて再度高台に目を向けた――。
いつの間にか、後ろへ下がったはずのメノウがまた民衆の前へと姿を現していた。
しかし、何をするでもなくジーッと見ている。
そう……此方の方へと一直線に……。
「ヤバい…メノウに気づかれた」
隣にいるハロルドに小さく呟き、教える。
「えっ、無理ですって!此処に何千人いると思ってるんですか!?ライトを見つける事なんて不可能ですよ!」
不可能かどうかなんて知らないが、間違いなくメノウは俺の声を聞き、俺を見ている…。
「とにかく此処から離れよう……不自然にならない様に…」
そうハロルドに伝え、後ろへと下がる。
――ッ!!
「ライト、振り向いても…走ってもダメですからね…」
「ッ…分かってるよ…分かってる…」
――な―ッで!?まってラ―ッ―よッ!
メノウの悲痛な声が民衆の声に紛れてもなお、俺の心臓へと突き刺さる。
――私もつ―れ―ッ!良い子に―ッ―から、おい―ッ―ないで!
「メノウッ…ごめん…ごめん…」
まただ――また、俺は何もできない――。
目の前にして、何もできず背中を向けることしかできない……。
やだぁ―!―ッ―ラ―ト―ッ――!―――ッ―、――――――……
「……ッうぅ…」
――メノウの声が完全に聞こえなくなった瞬間、俺は膝から崩れ落ちその場へ力なく座り込んでしまった…。
ハロルドが話しかけてくる声も耳に入らず、頬を伝う涙すら拭えず、身体を震えさせる事しかできなかった。
――そう……子供が声を殺して泣くように、悔しさを隠すことなく小さく震える事しかできなかったのだ…。
◆◇◆†◆◇◆
「何の騒ぎかしら?」
クーが持つカバンから飛び出し、クーの頭の上へと飛び乗る。
高台の上で何やら騒いでいるようだ。
「クー、見える?」
確かエルフは視力が良かった気がする。
「にんげんの―こ――たお―れた―」
「人間の子が倒れた?高台から落ちたって事?」
「―ちがう――パタッ―て――たおれ―た―」
「あぁ、その場に倒れたって事ね…」
何かあったのだろうか?
ライト達は無事なのだろうか…?
まだ、二人とも戻ってきていない。
「ハロド――きた―」
クーが言うように、真っ正面からハロルドが此方の方へと走りよってきた。
「ティエル、あなたの力をかしてください!」
「わ、私の力?なにすんのよ?」
かなり切羽詰まった感じだ。
何か良からぬ事が起きたのだろうか?
それにライトが見当たらない。
「高台の上にいるドレスを着た少女が、この後バレン城へと連れられて行くはずです。何処に連れられて行くか、後を追って確かめてください!」
高台の少女?先ほどクーが倒れたって言った子の事だろうか?
「後を追えばいいのね?」
事情を聞いてる暇はなさそうだ。
クーの頭から飛び降り、羽根を使って空へ舞う。
「上手くいけばホーキンズ達も見つけられるかも知れません!我々は一度港へと戻りますので、お願いしますよ!」
「オッケー、任せときなさい!」
力一杯羽根を羽ばたかせ、高台へと向かった。
高台の上へと到着すると、真っ先に暑苦しいオッサンが目にはいった。一目で分かる…この男は欲にまみれている…。
その男から目を背け辺りを見渡すと、ドレス姿の少女が兵士達に抱き抱えられ馬車へと連れていかれる所だった。
栗色の髪に幼さが残る表情…胸元には綺麗なグリーンメノウが輝いている。間違いなくこの子だ。
それにこの女の子…ユードでも確か見たことがある。
よく、ホーキンズの家に女性とパンを買いにきていた子だ。
無表情で女性の後ろへ隠れていたから逆に印象的だったのを覚えている。
「てゆうか、船でライトからこの子の写真を見せられたような記憶が…あるような、無いような……まぁ、良いか。この子がメノウね」
昔の事は別にいい、今を生きる!それが私。
メノウが馬車の中へと運ばれるのを確認すると、その馬車の屋根にしがみついた。別に飛んで追いかけてもいいのだが、疲れるし、めんどくさい。
――数分後、私とメノウを乗せた馬車は走りだし、広場を後にした。
◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇ ◇ ◇
「いきましょうか、シュエットさん」
「――わかった―」
馬車と共に広場から出ていくティエルを見送ると、僕はシュエットさんと広場から直ぐ様離れる事にした。
長々とこの場所にいると危険があるかも知れない。それにライトも長い時間一人にすると危ないかも知れない。
正義感の強いライトはメノウちゃんを目の前にし、助けられなかった事が余程ショックだったようだ。
涙を流し、放心する彼は役に立たないと判断して広場へ戻ってきたのだが、彼はちゃんと港へ降ってくれたのだろうか?
少しの間冷静になる時間を与えれば、ライトの事だからすぐに立ち直ると思うが…。
「おい、白衣のおまえ」
「えっ、ッぐ!?」
――後ろを振り返った瞬間、顔に強い痛みと衝撃を感じ、勢いよく後ろへと倒れ込んだ。
「うっ、ぐぅッ…」
何をされたのだろうか?
意識が遠退きそうになるのをなんとか踏ん張り、視線を上にあげる。
「おまえ、ライトの家にいた男だな?」
綺麗な金色の髪に、細い瞳…その目には怒り色が燃えるように色づいている。
何故この町にいるのか理解し難いが、ライトが会わなくてよかった…。ライトがこの人と遭遇すれば、間違いなく三人を助け出すのに支障を来す。
そう…ライトの幼馴染みであり、ノクタール騎士のロゼス・ティーナ団長には――。
鎧などを身に付けていない所を見ると騎士団の任務などで来た訳ではなさそうだ…もしかしてライトを探しに来たのだろうか?
よく分からないが、彼女の手からは血が滴り落ちている。それを見て初めて殴られたと理解した。
「いきなり、なにするんですか?」
血がとまらない鼻を押さえ、よろめきながら立ち上がる。
「ふんっ、ライトは何処だ?」
顔色を変える事なく僕の方へと歩み寄ると、僕の胸ぐらを掴み、引き寄せられた。
「し、知りませんね…僕はただ、観光目てッ!?」
僕の言葉をすべて聞く前に、腹部へ彼女の膝がドスッと突き刺さる。
「うぷっ!」
胃から胃液が上がってくるのを我慢できず、そのまま嘔吐し、地面を汚す。
「お前の戯言に付き合うつもりはない…もう一度聞くぞ?ライトは何処だ!」
胸ぐらを掴む力が強くなった。
僕は彼女の怒りを知らない間に煽ってしまっているようだ…。
「ぐ、うぅッ…(どうしよう…振り払って逃げ…れないようですね…)」
彼女の後ろには人が来ない様に、ノクタール騎士団兵と思われる仲間が見張りをしている。
「くっ……(万事休す…ですか…)」
「―――ハロド―から―て―はなして―」
僕の胸ぐらを掴む彼女の手を掴み、睨み付けるのは先ほどまで黙って見ていたシュエットさんだった――。
僕の為に怒ってくれているのだろうか?
だとしたら、純粋に嬉しい。
だが…。
「シュエットさん…ダメです」
そう…ここで争い事を起こせばバレン兵も集まってくるかもしれない。
我々が捕まれば、ライト一人にすべてを任せる事になってしまうのだ…。
それだけは避けないと…。
「別にお前達はどうでもいい…何処へでもいくがいい…だがライトの居場所を吐いてから行け」
睨み返し、シュエットさんから腕を引き剥がした。
本当にライトの居場所を教えないと此処から離れられないようだ……。
「――ライト――こうげき―しても―いいって―いった―」
ボソッと一言呟くと、薙刀を力強く握りしめ、刃部分に巻かれてある布を取り外した。
ライトから攻撃の許可を貰ったということだろうか?
多分、男二人組を倒した時の事を言ってるのだろう……シュエットさんの中では一時的なモノでは無く、あのライトの言葉で人間に対する攻撃の解放を許されたと勘違いしているようだ。
「シュエットさん…ライトはそういった意味で言った訳ではy「気安くライトの名前を口にするな…」
ライトの名前を聞いた途端、彼女の目付きも変わった。
僕の言葉を遮り、腰の剣に手を掛けると、シュエットさんと対峙した。
「シュエットさん、あなたは逃げてください!」
人間では無いシュエットさんが負けるとは思えないが、こんな場所で薙刀なんて振り回せば、間違いなく僕達は捕まる…。
なんとか宥めようと試みたのだが、残念ながら僕の言葉が届く事はなかった――。
「ふっ!」
「――ッ―!」
一瞬――ほんの一瞬の出来事だった。
何が起きたか分からない程の速さで二人の影が重なったと思うと、片方の影が方膝を地面へつけた。
「――クー、つよい―つよい―」
無表情で此方へピースするシュエットさん――そう……膝をついて口から血を流すのは騎士団長のロゼス・ティーナだ。
「ぐ……おま…え…ッ」
喉元を押さえ苦しそうにシュエットさんを睨み付けるロゼス・ティーナ……彼女の喉元には赤い痣のような跡がくっきりとついていた。
「――あれ?―まだ―しゃべ―ってる――」
首を傾げ、彼女を見下ろすシュエットさん。
シュエットさんにしか当てはまらない無邪気な無表情と言えばいいのか……あの騎士団長、ロゼス・ティーナ相手にシュエットさんは遊んでいるのだ。
「ゴホッ、ゴホッ、喉を潰しにッ…くるとは…ッ…殺す気満々だな…銀髪」
体制を調えた彼女が立ち上がる。
まだ目から光が消えていない所を見ると、まだやる気らしい…。
本当に厄介な人と遭遇してしまった――。
「―なんかい―やっても―いっしょ――クーが―つよいつよい―」
本当に余裕なようだ…薙刀を地面へ突き刺し、今度は此方へ両手でピースして見せた。
「ほざけ!」
彼女は引き抜いた剣を構え、シュエットさん目掛けて踏み込んだ。
「――よゆう―」
シュエットさんへ剣が届く寸前、半身を後ろへ少しずらし避けると、薙刀を使わず彼女の腕を掴み、腹部へと蹴りを放った。
「がっ!?」
その蹴りが彼女へと直撃すると、数メートル後ろへ吹き飛び民家の壁へと激突した。
くの字になり、その場へと倒れ込む彼女に追い撃ちをかける為にシュエットさんが彼女に近寄る。
「―あやま―って―」
彼女を見下ろし、僕に謝るよう伝える。
僕の為に戦ってくれるシュエットさんに少し泣きそうになった。
「―はやく――クーに―あやまっ―て―」
……僕の為にとは少し違うようだ。
「グッ…くそ!おまえ本当に人間か…?」
壁に手を掛け立ち上がると、剣を杖にしてシュエットさんに問いかけた。
「――にんげん―ちがう―クーは――クー」
「……そうか」
シュエットさんの返答に少しの笑みを浮かべ、またも剣を構えた。
まだ、戦う気だ…。
今の戦いを見て明らかにシュエットさんの方が一枚上を行っていると素人目には思える。
シュエットさんも少し後ろへ下がり、構える事なく両手を広げた。シュエットさんなりの挑発なのだろう…どこからでも攻撃してこいといった態度で彼女の前に立ちふさがっている。
「行くぞ!」
「――いいよ―」
再度、凡人には見えない程の速さで、二つの影が重なった。
綺麗な銀と金が一瞬混ざると、一つの色が地面へと崩れ落ちる――。
「――クー、つよい―でしょ―?」
立っていたのは、やはりまったく髪の乱れを見せない“銀”だった――。
←前話に戻る
次話に進む→
「クー、もういいぞ…」
「――わかった―」
俺の声に反応したクーは、男の胸ぐらから手を放し無表情のまま此方へと歩み寄ってきた。
クー手から解放された男は、人形の様にズルッと崩れ落ちていく。
「はぁ…無駄な時間を使わせやがって…」
地面に這いつくばった血だらけの男達を見下ろし呟く…が男達からの返答は無い。
気絶しているようだ。
「どうするよ、これから?」
「どうしますかね……困りました」
流石に何でも知ってるハロルドも手詰まりのようだ。
――目の前に倒れている二人……先ほど酒屋で情報屋の仲介になってやると言っていた男達なのだが、情報屋に連れていくどころか細い路上に連れ込みクーを拐おうとしたのだ。
クーの喉元にナイフを当て、「近づいたらこの女殺すぞ!」と喚き散らし、人質に取り逃げようとした。
だから、仕方なくクーに攻撃する許可をだしたのだが…。
まさか、あそこまでボコボコにするとは思わなかった。
まず、ナイフを素手で掴みクルッと半回転すると男の顎めがけて肘を叩きつけた。その時点で男の顎は不自然に歪み、その場に倒れ込む……と思ったのだが、そこから人間とは違うクーの無邪気さというか残酷さというか…。
個性と言えば受け入れやすいだろうか…。
倒れ込む寸前、男の腕を掴み、無理矢理立たせると、顔を鷲掴み壁に叩きつけたのだ。
血だらの男を片手で引きずるクーを見たもう一人の男は腰を抜かし、その場に座り込んでしまった。
それから数分…クーの手によって制裁を加えられた男二人は、地面に転がり空を見上げることなく地面に熱い接吻をしている。
少し可哀想だと思ったが、運が悪かったと悔いてもらうしか無いだろう。
死にはしないだろうから、その場に捨てて路上を後にした。
「また、振り出しに戻ったな…」
広場にある石の長椅子に腰を掛けため息を吐く。
俺に続き、クーとハロルドも隣に座る。
こう見れば俺達かなり怪しい集団なんじゃないだろうか?
白衣に身を包んだ男に高身長の美人。
フードで顔を隠した男に、妖精…。
ティエルはバレてないにしても、これだけ個性が強い見た目が揃うと、やたら人の目につく。
案の定先ほどから通り過ぎる者達からチラチラと横目で見られているのを感じる。
「――ライト――ライト―」
隣に座るクーがクイッと服を引っ張ってきた。
「んっ?どうしたんだ?」
「――あれ―なに?」
クーが広場の中央辺りに指を差した。
ハロルドもつられたようにクーが指差す場所へと視線を向ける。
「なんだ、あれ?」
まったく気がつかなかった……広場の中央にやたらデカイ木の建物が組み立てられている。
「誰か、位の高い人が演説でもするんじゃないでしょうか?」
「位の高い人?貴族とかか?」
「えぇ…しかし、かなり大きいですね…もしかしたら王族に当たる方かも知れませんね……てゆうか、あれじゃないですか?ゾグニ帝王が御結婚されるとかいう話があったじゃないですか」
「あぁ、そうだったな…そしたらゾグニ帝王が見れるのか?」
「多分、見れると思いますが…こんな町中に国王が姿を表すのでしょうか……」
確かに…国王が下町に降りてくる事はあまりないと思うのだが…。
「まぁ、他国の姫様が自国の王女になる訳ですから、民衆に姫様の姿を見せていたほうが多少なり民衆の不安は拭えるかも知れないですね…。どんな人が自分の国の王女になるのか、民からすればやはり気になる所ですよね」
「まぁ、不細工なら嫌だよな」
「はははっ、そうですね」
ハロルドと向かい合い、声をだして笑った。
些細な事だが、久しぶりに笑った気がする…。
ハロルド達を助ければ、また数ヶ月船に揺られる生活が始まるのだが、それは苦痛になることはないだろう。
ハロルドがいてメノウがいてアンナさんがいて俺達がいる……逆に楽しみなぐらいだ。
「ふぅ…何をにやけてんのよ?」
「おぉ、もう大丈夫なのか?」
カバンの中から顔をだしのは、酒屋で気分を悪くした妖精のティエルだ。
顔を見た感じ、顔色はよくなった気がする。
「元気満々よ!今ならクーにでも勝てるかもね!」
「ムー、――クーまけない――」
ティエルの安い挑発に対して、頬をプクーと膨らまし、ティエルを睨んでいる。
「ふふっ、ボコボコにしてやってもいいけど…そうねぇ…口喧嘩で勝負よ!」
「むっ――わかった―」
クーと殴り合いしたらティエルが1秒で再起不能になるからな…クーは空気を読むとかそんなこと考えてないかも知れないが、ティエルの口喧嘩に乗るつもりらしい。
「おい、おい…あんまり騒がないでくれよ?」
カバンの中から顔をだしてるティエルの頭を軽く撫でる。
「な、撫でんな!私はあんたより年上なんだからね!」
カバンから飛び出しそうな勢いで乗り出して睨み付けてくる。何処と無く頬が赤いのは病み上がりだからだろうか?
「口喧嘩はまた後にしてください。始まるようですよ?」
ハロルドがクーとティエルの間にスッと片手を差し入れ、もう片方の手で先ほどの高台に指差した。
他のベンチに座っていた者達が立ち上がり、中央へと歩き出した。
俺とハロルドも一応立ち上がり、高台に目を向ける。
城から繋がっているであろう、一本道から豪華な馬車が二台、高台に横付けされた。
馬車の周りにはバレン兵が何十人と囲んでいる。いや、何十人どころではない……馬車の後ろから列を成してゾロゾロと姿を現した。
何人かの騎馬兵の手には真っ赤な旗が持たれており、高々と掲げられている。
真っ赤な旗の真ん中にはバレン城らしき城が描かれており、鷹の絵も描かれている。
間違いなくバレン国の旗だ。
「あれは、多分バレンシア聖騎士団ですね」
「バレンシア聖騎士団?なんだそりゃ?」
隣にいたハロルドが知ったように口を開いた。
「えぇ…バレンは始め、バレンシアという名の国だったんですよ?」
「へぇ…なんで、バレンに変わったんだ?」
「古代兵器の開発に失敗して一度バレンは滅びたから、新しく国を作る際、バレンシアからバレンに変えたとか…まぁ、噂程度ですけどね」
「古代兵器の開発?なんか嫌な響きだな…」
「まぁ、兵器に良いことなんて一つもないですからね…そんな感じでバレン国になったんですが、その兵器開発の悲劇で唯一生き残ったのがバレンシア聖騎士団とゾグニ帝王だったそうです。だからバレンシアという名を歴史に刻む為に聖騎士団の名を残したんでしょう」
「ふ〜ん……一家に一台ハロルドだな」
本当にハロルドがいると、助かる。
知らない事なんてないんじゃないだろうか?
「誉め言葉として受け取りましょう。ありがとうございます」
わざわざ此方へ深々と頭を下げると、また高台へと目を向けた。
同じようにハロルドから目を離し、高台へと目を向けると、馬車の周りを取り囲んでいた兵達が高台の前へと並びだした。
それと同時に民衆のざわつきが消える。
誰もいなかった高台の上にはいつの間にか数人の人影が遠目でも確認できた。
皆が静まり返る中、数人の人影の中から一人が前へと踏み出した。
「お、おい…なんだ?」
人影が前へと踏み出した瞬間、多くの人々が膝まずき、地面へと頭をつけた。
すべての人では無い…浅黒い肌をした者だけが、神に祈りを捧げるかの如く高台の上にいる人物に頭を下げているのだ。
一目で分かること…それはバレンの人間だけが膝まずいていると言うことだ。
立っている者達はオドオドするだけで、何が起きているのか分からないらしい。
「あれが、ゾグニ帝王ですよ…」
ハロルドが俺の耳元で呟き、人影に指差す。
少し遠いので分かりにくいが、目を細めてどんな人間かたしかめてみる事にした。
帝王…と言われるだけあって、確かに雰囲気はある。
小太り…の域は越えているな……美味い物をたらふく食べてる腹を偉そうに突き出してるあたり、この国の王族と言うのも頷ける。
偉そうな無精髭に衣服も何やら豪華なモノのようだ……俺から見たらただ光っているだけなのだが…。
ゾグニ帝王が片手をスッと掲げると、膝まずいていた人間達は一度頭を地面へつけると、次々に立ち上がり出した。
ハロルドが言ってたように、やはり宗教色が強い国のようだ…。
「何か喋ってるな…」
ゾグニ帝王が民衆に向かって何かを話しているが、まったくゾグニ帝王の声が聞こえてこない…ゾグニ帝王の声を聞こうと皆が高台の前へと押し寄せている。
それをバレン聖騎士団が押し返す…。
「…こうも人が多いと近づく事は無理かも知れないですね…」
「まぁ、いいよ。こうなってくれたほうが逆に動きやすい」
今この町にいる殆どの者はこの大広場に集まっているだろう。
今なら他の場所を探るのに人目につきにくいはず。
ハロルドにまた酒場へと戻り情報を仕入れようと話しかけ、広場に背を向けた――。
その瞬間、地響きを引き起こすような歓喜の声が地面を伝い、身体全体を震えさせた。
何事かと、思い後ろを振り返る。
「な、なんだいきなり?」
高台の前に集る人だかりが高台の上に向かって手を上げ気絶しそうなほどの大声を張り上げている。
歓喜…いや狂気に近いほどだ。
クーも両手で耳を塞ぎ、眉間にシワを寄せている。
「なんでしょうか…少し近づいてみませんか?」
ハロルドにそう促され、仕方なく人混みのほうへと向かう。
クーは五月蝿いから近づくのがイヤらしい…その場に根を生やしたように動かなくなってしまったので、俺とハロルドの二人で様子を見に行く事にした。
人混みに近づくにつれ、民衆の声も大きくなっていく。
「何を興奮してんだコイツら…」
「なんでしょう………あっ…ゾグニ帝王の隣」
何かに気がついたのか、ハロルドが高台の上を指差した。
夕陽が逆光になり、二つの影が照らし出されている。
一つはこの国の王であるゾグニ帝王――。
そして、もう一つ……小さな影が夕陽を浴びてキラキラと輝いている――。
何故か分からない――心臓が激しく、勢いよく鼓動を刻んだ。
「…」
「あれが、女王になられる方なんでしょうか?此処からでは少し見にくい…で………」
ハロルドも気がついたのだろう……普段のにやけた顔が一瞬にして凍りついたのが分かった。
イヤ、多分俺はハロルドより酷い顔をしているに違いない。
目の前で起こっている現実に目を背けようにも、目が高台の上にいる小柄な女の子から離れてくれないのだ。
何度も頭で整理して、考えてみる……が、やはり麻痺しているようだ。
「な、なんでアイツがあんな場所に立ってんだよ…ハロルド…」
唖然とするハロルドに問いかけても返答が返ってくるはずかない。
流石のハロルドもこればっかりは理解できないのだろう。
高台に立つ小柄な女の子は、数分間民衆の前に立つとゆっくりと後ろへ下がっていった。
「ぁ……メ…」
それを見た俺は、何を考えたのだろうか?
多分後から考えても自分の行動に対して理解できないだろう…。
「メノウッ!!」
――自然と一歩前へ踏み出し、高台から消えていく少女に向かって大きく声を張り上げていた。
「ちょっ!?ライト、ダメです!」
慌てたようにハロルドが俺の口を押さえにかかる。
「今、メノウちゃんの名をだせば我々が危険に晒されます!」
瞬時に自分が犯した失態に気がついた俺は、ハロルドに向かって二度頷いた。
そうだ――今問題を起こす事は俺達の死を意味するのだ。
「幸い民衆の声にかき消されたので良かったですが…気を付けてくださいね」
我を失って声をあげてしまったが、今は何千人と居る人の声により俺の声は目の前にいる人間にすら聞こえていなかったようだ。
「あぁ、悪い…次からは気…を……?」
ふと、何かの視線を感じて再度高台に目を向けた――。
いつの間にか、後ろへ下がったはずのメノウがまた民衆の前へと姿を現していた。
しかし、何をするでもなくジーッと見ている。
そう……此方の方へと一直線に……。
「ヤバい…メノウに気づかれた」
隣にいるハロルドに小さく呟き、教える。
「えっ、無理ですって!此処に何千人いると思ってるんですか!?ライトを見つける事なんて不可能ですよ!」
不可能かどうかなんて知らないが、間違いなくメノウは俺の声を聞き、俺を見ている…。
「とにかく此処から離れよう……不自然にならない様に…」
そうハロルドに伝え、後ろへと下がる。
――ッ!!
「ライト、振り向いても…走ってもダメですからね…」
「ッ…分かってるよ…分かってる…」
――な―ッで!?まってラ―ッ―よッ!
メノウの悲痛な声が民衆の声に紛れてもなお、俺の心臓へと突き刺さる。
――私もつ―れ―ッ!良い子に―ッ―から、おい―ッ―ないで!
「メノウッ…ごめん…ごめん…」
まただ――また、俺は何もできない――。
目の前にして、何もできず背中を向けることしかできない……。
やだぁ―!―ッ―ラ―ト―ッ――!―――ッ―、――――――……
「……ッうぅ…」
――メノウの声が完全に聞こえなくなった瞬間、俺は膝から崩れ落ちその場へ力なく座り込んでしまった…。
ハロルドが話しかけてくる声も耳に入らず、頬を伝う涙すら拭えず、身体を震えさせる事しかできなかった。
――そう……子供が声を殺して泣くように、悔しさを隠すことなく小さく震える事しかできなかったのだ…。
◆◇◆†◆◇◆
「何の騒ぎかしら?」
クーが持つカバンから飛び出し、クーの頭の上へと飛び乗る。
高台の上で何やら騒いでいるようだ。
「クー、見える?」
確かエルフは視力が良かった気がする。
「にんげんの―こ――たお―れた―」
「人間の子が倒れた?高台から落ちたって事?」
「―ちがう――パタッ―て――たおれ―た―」
「あぁ、その場に倒れたって事ね…」
何かあったのだろうか?
ライト達は無事なのだろうか…?
まだ、二人とも戻ってきていない。
「ハロド――きた―」
クーが言うように、真っ正面からハロルドが此方の方へと走りよってきた。
「ティエル、あなたの力をかしてください!」
「わ、私の力?なにすんのよ?」
かなり切羽詰まった感じだ。
何か良からぬ事が起きたのだろうか?
それにライトが見当たらない。
「高台の上にいるドレスを着た少女が、この後バレン城へと連れられて行くはずです。何処に連れられて行くか、後を追って確かめてください!」
高台の少女?先ほどクーが倒れたって言った子の事だろうか?
「後を追えばいいのね?」
事情を聞いてる暇はなさそうだ。
クーの頭から飛び降り、羽根を使って空へ舞う。
「上手くいけばホーキンズ達も見つけられるかも知れません!我々は一度港へと戻りますので、お願いしますよ!」
「オッケー、任せときなさい!」
力一杯羽根を羽ばたかせ、高台へと向かった。
高台の上へと到着すると、真っ先に暑苦しいオッサンが目にはいった。一目で分かる…この男は欲にまみれている…。
その男から目を背け辺りを見渡すと、ドレス姿の少女が兵士達に抱き抱えられ馬車へと連れていかれる所だった。
栗色の髪に幼さが残る表情…胸元には綺麗なグリーンメノウが輝いている。間違いなくこの子だ。
それにこの女の子…ユードでも確か見たことがある。
よく、ホーキンズの家に女性とパンを買いにきていた子だ。
無表情で女性の後ろへ隠れていたから逆に印象的だったのを覚えている。
「てゆうか、船でライトからこの子の写真を見せられたような記憶が…あるような、無いような……まぁ、良いか。この子がメノウね」
昔の事は別にいい、今を生きる!それが私。
メノウが馬車の中へと運ばれるのを確認すると、その馬車の屋根にしがみついた。別に飛んで追いかけてもいいのだが、疲れるし、めんどくさい。
――数分後、私とメノウを乗せた馬車は走りだし、広場を後にした。
◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇ ◇ ◇
「いきましょうか、シュエットさん」
「――わかった―」
馬車と共に広場から出ていくティエルを見送ると、僕はシュエットさんと広場から直ぐ様離れる事にした。
長々とこの場所にいると危険があるかも知れない。それにライトも長い時間一人にすると危ないかも知れない。
正義感の強いライトはメノウちゃんを目の前にし、助けられなかった事が余程ショックだったようだ。
涙を流し、放心する彼は役に立たないと判断して広場へ戻ってきたのだが、彼はちゃんと港へ降ってくれたのだろうか?
少しの間冷静になる時間を与えれば、ライトの事だからすぐに立ち直ると思うが…。
「おい、白衣のおまえ」
「えっ、ッぐ!?」
――後ろを振り返った瞬間、顔に強い痛みと衝撃を感じ、勢いよく後ろへと倒れ込んだ。
「うっ、ぐぅッ…」
何をされたのだろうか?
意識が遠退きそうになるのをなんとか踏ん張り、視線を上にあげる。
「おまえ、ライトの家にいた男だな?」
綺麗な金色の髪に、細い瞳…その目には怒り色が燃えるように色づいている。
何故この町にいるのか理解し難いが、ライトが会わなくてよかった…。ライトがこの人と遭遇すれば、間違いなく三人を助け出すのに支障を来す。
そう…ライトの幼馴染みであり、ノクタール騎士のロゼス・ティーナ団長には――。
鎧などを身に付けていない所を見ると騎士団の任務などで来た訳ではなさそうだ…もしかしてライトを探しに来たのだろうか?
よく分からないが、彼女の手からは血が滴り落ちている。それを見て初めて殴られたと理解した。
「いきなり、なにするんですか?」
血がとまらない鼻を押さえ、よろめきながら立ち上がる。
「ふんっ、ライトは何処だ?」
顔色を変える事なく僕の方へと歩み寄ると、僕の胸ぐらを掴み、引き寄せられた。
「し、知りませんね…僕はただ、観光目てッ!?」
僕の言葉をすべて聞く前に、腹部へ彼女の膝がドスッと突き刺さる。
「うぷっ!」
胃から胃液が上がってくるのを我慢できず、そのまま嘔吐し、地面を汚す。
「お前の戯言に付き合うつもりはない…もう一度聞くぞ?ライトは何処だ!」
胸ぐらを掴む力が強くなった。
僕は彼女の怒りを知らない間に煽ってしまっているようだ…。
「ぐ、うぅッ…(どうしよう…振り払って逃げ…れないようですね…)」
彼女の後ろには人が来ない様に、ノクタール騎士団兵と思われる仲間が見張りをしている。
「くっ……(万事休す…ですか…)」
「―――ハロド―から―て―はなして―」
僕の胸ぐらを掴む彼女の手を掴み、睨み付けるのは先ほどまで黙って見ていたシュエットさんだった――。
僕の為に怒ってくれているのだろうか?
だとしたら、純粋に嬉しい。
だが…。
「シュエットさん…ダメです」
そう…ここで争い事を起こせばバレン兵も集まってくるかもしれない。
我々が捕まれば、ライト一人にすべてを任せる事になってしまうのだ…。
それだけは避けないと…。
「別にお前達はどうでもいい…何処へでもいくがいい…だがライトの居場所を吐いてから行け」
睨み返し、シュエットさんから腕を引き剥がした。
本当にライトの居場所を教えないと此処から離れられないようだ……。
「――ライト――こうげき―しても―いいって―いった―」
ボソッと一言呟くと、薙刀を力強く握りしめ、刃部分に巻かれてある布を取り外した。
ライトから攻撃の許可を貰ったということだろうか?
多分、男二人組を倒した時の事を言ってるのだろう……シュエットさんの中では一時的なモノでは無く、あのライトの言葉で人間に対する攻撃の解放を許されたと勘違いしているようだ。
「シュエットさん…ライトはそういった意味で言った訳ではy「気安くライトの名前を口にするな…」
ライトの名前を聞いた途端、彼女の目付きも変わった。
僕の言葉を遮り、腰の剣に手を掛けると、シュエットさんと対峙した。
「シュエットさん、あなたは逃げてください!」
人間では無いシュエットさんが負けるとは思えないが、こんな場所で薙刀なんて振り回せば、間違いなく僕達は捕まる…。
なんとか宥めようと試みたのだが、残念ながら僕の言葉が届く事はなかった――。
「ふっ!」
「――ッ―!」
一瞬――ほんの一瞬の出来事だった。
何が起きたか分からない程の速さで二人の影が重なったと思うと、片方の影が方膝を地面へつけた。
「――クー、つよい―つよい―」
無表情で此方へピースするシュエットさん――そう……膝をついて口から血を流すのは騎士団長のロゼス・ティーナだ。
「ぐ……おま…え…ッ」
喉元を押さえ苦しそうにシュエットさんを睨み付けるロゼス・ティーナ……彼女の喉元には赤い痣のような跡がくっきりとついていた。
「――あれ?―まだ―しゃべ―ってる――」
首を傾げ、彼女を見下ろすシュエットさん。
シュエットさんにしか当てはまらない無邪気な無表情と言えばいいのか……あの騎士団長、ロゼス・ティーナ相手にシュエットさんは遊んでいるのだ。
「ゴホッ、ゴホッ、喉を潰しにッ…くるとは…ッ…殺す気満々だな…銀髪」
体制を調えた彼女が立ち上がる。
まだ目から光が消えていない所を見ると、まだやる気らしい…。
本当に厄介な人と遭遇してしまった――。
「―なんかい―やっても―いっしょ――クーが―つよいつよい―」
本当に余裕なようだ…薙刀を地面へ突き刺し、今度は此方へ両手でピースして見せた。
「ほざけ!」
彼女は引き抜いた剣を構え、シュエットさん目掛けて踏み込んだ。
「――よゆう―」
シュエットさんへ剣が届く寸前、半身を後ろへ少しずらし避けると、薙刀を使わず彼女の腕を掴み、腹部へと蹴りを放った。
「がっ!?」
その蹴りが彼女へと直撃すると、数メートル後ろへ吹き飛び民家の壁へと激突した。
くの字になり、その場へと倒れ込む彼女に追い撃ちをかける為にシュエットさんが彼女に近寄る。
「―あやま―って―」
彼女を見下ろし、僕に謝るよう伝える。
僕の為に戦ってくれるシュエットさんに少し泣きそうになった。
「―はやく――クーに―あやまっ―て―」
……僕の為にとは少し違うようだ。
「グッ…くそ!おまえ本当に人間か…?」
壁に手を掛け立ち上がると、剣を杖にしてシュエットさんに問いかけた。
「――にんげん―ちがう―クーは――クー」
「……そうか」
シュエットさんの返答に少しの笑みを浮かべ、またも剣を構えた。
まだ、戦う気だ…。
今の戦いを見て明らかにシュエットさんの方が一枚上を行っていると素人目には思える。
シュエットさんも少し後ろへ下がり、構える事なく両手を広げた。シュエットさんなりの挑発なのだろう…どこからでも攻撃してこいといった態度で彼女の前に立ちふさがっている。
「行くぞ!」
「――いいよ―」
再度、凡人には見えない程の速さで、二つの影が重なった。
綺麗な銀と金が一瞬混ざると、一つの色が地面へと崩れ落ちる――。
「――クー、つよい―でしょ―?」
立っていたのは、やはりまったく髪の乱れを見せない“銀”だった――。
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