ベルクシーレを臨む街道添いの、小さな宿屋。その一室で。
「アル。あたしが…ボタン外してあげますね」
くすり、と笑いながら。ピアニィはアルの背後に回り、背中に並んだボタンに手をかける。
小さく細い指が、丁寧に動き背中を降りていく――その感触に、アルは強く唇を噛んだ。
程なくして、背中に風が当たる感触とともに、動いていた指が止まる。
「……はい、もう脱げますよ。修道服、破いちゃダメですからね?」
ピアニィの言葉とほぼ同時にアルは立ち上がり、着せられていた修道服ほか一切の衣服を脱ぎ捨てる。
一糸まとわぬ姿で立つアルの正面で――ピアニィは不満げに唇を尖らせた。
「―――やっぱり、女の子のアルのほうが、スタイルが良い…なんだか、ずるいですよぅ…」
…そう。アルはいま、女の姿になっている。

『グラスウェルズ国内を移動するなら、しっかり変装しないと』という、ナーシアの詭弁と…『ナヴァールから届いた』という、例の秘薬。
そのおかげで、アルはなりたくもない女の体に変身し、シスター姿で――同じくシスターの服を着たピアニィとともに移動をしていた。
『薬はひとつしかないから、変装できているうちにできるだけ距離を稼がないと』という意見と、アル自身の思惑も手伝って、ベルクシーレは目の前だ。
そして、今日は薬の効き目の切れる三日目。やっとこの体から解放される、と――アルは大きく溜息をついた。

「…姫さん、悪ぃが先に風呂使うぞ。体が元に戻るまで、出てこねえからな」
「はい、わかりました」
いつもより半オクターブは高い――女性の声で不機嫌に言うアルに、落ちていた服を片付けながらピアニィは笑顔を返す。
しっかり鍛えられてはいるが細身の、完璧に均整の取れたプロポーションが、備え付けの浴室に消えていった。
「…………ちょっと、もったいないかも」
扉が閉まるのを見て、ピアニィは――アル本人に聴かれたら、全身全霊で嫌がること間違いなしな内容を呟いた。
女性になったアルは、綺麗なのに。本人だけは決してその事実を認めようとしない。
浴室の扉に背を向けて服を片付けながら、ピアニィはもう一度『もったいないなぁ』と呟いた。

――同じ扉に、内側から背を預けて。小さな浴室の中で、アルがもう一度ため息をつこうとした、そのときに。
瞬間――吸った息が吐けなくなり、体が内から膨れ上がるような錯覚を覚える。
「――――く、っ…!!」
その感覚をやり過ごす為に、アルはきつく奥歯を噛み締める。握った拳が、みしみしと音を立てた。
ややあって――息のつまるような膨張感が収まると、アルは安堵の吐息をつく。
曇った鏡に映るのは、見慣れた男の姿の自分。それを確認して――先程より苦い溜息が無意識のうちに口から溢れた。
「……………ったく…なんてもの送ってきやがるんだよ、旦那も…」
愚痴を言う先は、はるかノルドグラムに向けて旅をしているはずの竜人である。
頭が良すぎて何を考えているか見当もつかない仲間に向けて、アルは思いつく限りの罵倒の言葉を頭に並べながら軽くシャワーを浴びた。
…ナーシアについては、もはや諦めの境地にあった。自分をからかい、玩具にすることにかけては実の姉妹かそれ以上に性質の悪いのがあの女だ、と。
悪態と旅路の埃と、女言葉をしゃべらされた為のいやな汗を洗い流し、流れ落ちる湯を止める。
ほっと息をつき、油断しきっていたアルを…心の内から、酷いざわめきが襲った。
「……………っ……!!」
それは、欲情。たった一人の愛しい少女への。呼吸が荒く浅くなり、心と体の両方がピアニィを欲しいと叫びだそうとしている。
全身の血が熱く巡り、触れてもいないのに陽物が熱く硬く立ち上がる。壁に手をつき、鍛え上げた精神でなんとか身体の暴走を押さえ込もうとする。
「……ピア…ニィ…っ、くっそぉ……ナーシアの、奴っ…!!」
食いしばった歯の奥から、低い声が溢れ出す。―――それは、まぎれも無い呪いの言葉だった。
…アルが女性化してからというもの、『同性同士なんだから』とナーシアはふたりをわざと同室に寝かせ、その反応をからかい続けていた。
またピアニィはピアニィで――女性化したアルが気に入りなのと、同性という気安さもあってか、やたらとアルの身体に触れてくるようになっていて。
身体は女でも、心は男のままで。結果――この三日というもの、発散することもできない熱をアルは身の内に抱え込み続けていた。
それが今、爆発したのだと、理解は出来ても――その理解は事態の改善には一向に役立たない。むしろ、この三日間の記憶が鮮やかに甦ってきて――
…ややあって。荒い呼吸が落ち着き、壁についた手が静かに離れる。伏せられたままの顔、その口元には―――薄い笑みが浮かんでいた。


アルの脱ぎ捨てた修道服を畳んでベッドに置き、丁寧にしわを伸ばす。同じ修道服姿でかいがいしく立ち働くピアニィの背後で、静かに扉の開く音がした。
「あ、アル…――――――っ!」
振り向き、恋人の名を呼びかけて――ピアニィは瞬時に赤面し、顔を再び反転させた。
そういえば着替えを持って入らなかったから、当然といえば当然だが―――予告なくアルの裸を眼にしてしまい、ピアニィの鼓動は一気に跳ね上がる。
「…なんて顔してんだよ。さっきまでは、正面から見てたじゃねえか」
くすくすと、笑みを含む声がすぐ後ろから聞こえる。とても振り向くことができず、ピアニィは子供のように首を何度も横に振った。
「―――だ、だって、さっきは…女の子の身体で…」
「身体が男でも女でも、俺に代わりねえってのは、姫さんが言ったんだぞ? それなのに態度が違うのは、納得いかねえな」
背後からアルの腕が伸びてきて、恥ずかしさに顔を上げられないままのピアニィを抱きしめる。服の上からも、肌の熱さが伝わってきて。
――今見た光景が、ピアニィの脳裏で鮮やかに再生される。細身ではあるが鍛え上げた、無駄のない身体。胸に走る大きな傷痕と、数え切れない無数の小さな傷。
…そして。自分の背中に当たる熱さと硬さに、先ほど見たものを思い出し――ピアニィはますます顔を俯けた。
「………や、あの、アル…、は、離して…っ」
「―――この三日。散々こんな風に抱きついてくれたよな。それに―――」
蚊の鳴くような懇願を、聞かなかったのか、あえて無視したのか。アルは抱きすくめた腕を緩め、ピアニィの胸元をまさぐった。
「―――――っ、や、ふあぁんっ、アル、やめて…っ」
「…胸も散々触ったよな。さわり心地が良い、とかって。覚えてるよな?」
「ん、あん、ひゃうぅっ、ごめん、なさい…っ」
やや激しい胸への愛撫に、喘ぎと謝罪が同時に零れ落ちる。けれどアルの腕は、緩まない。
「止めろって、言ったよな。―――もう遅い」
囁いた唇が耳朶を食み、うなじへ降りる。先ほどとちょうど反対に、アルの手がピアニィの背中に並んだボタンにかかった。
―――片手は胸を愛撫し、もう片方の手だけで器用にボタンを外していく。黒い修道服が割れ、眩しいほどの白い素肌が現れる。
「……っ、あ、やぁ、ふあぁん…っ」
後ろからうなじに、首筋にキスを落とすと、ピアニィの身体が大きく震えた。その勢いではだけた修道服を掴むと、一気に下まで引き下ろす。
足元に布が絡みつき、下着姿のピアニィがバランスを崩す。細い腰を片腕だけで支えると、アルは少女をベッドの上に横たえた。
「―――――……や、アル、あんまり……見ないで…」
脅えたように身を竦める、華奢で儚げな肢体。透き通るように白いその肌が、羞恥と興奮でかすかに紅色に染まっている。
形良い胸と細い腰を最低限のラインで覆うのは、光沢ある白い絹の一揃い。清楚な印象の中に、飾られた黒いレースが艶を添える。
こちらも細い足は、腿の半ばまで黒いニーソックスに覆われている。ご丁寧に聖印の形の透かしが入ったそれを支えるものは、下着と同じ白絹に黒のレースの――
「…………ガーターベルト、か。ずいぶんと色っぽいものつけてるんだな?」
楽しげな笑みを含んだ言葉に、ピアニィの顔にますます血が昇る。
「………っ、だ、だって、つけてないと―――っ、あんっ、や、あぁ…っ、ん……っ」
ピアニィの言葉が終わらぬうちに、アルの手が磁器を思わせる肌の上を滑る。たおやかな肢体が、アルの腕の中で大きく跳ねた。
優しい愛撫の隙間に動く指が、絹の下着を外してゆく。―――下着だけを。
「――――――っ、やぁ…っ、アル、これ……っ、恥ずかしい、よぅっ…」
頬を紅色に染めたピアニィが、自分の姿――裸身に、ガーターベルトとニーソックスだけ――に気づき、身をよじって隠そうとする。
「…だから、いいんだよ。――ホラ」
くすりと笑って、アルの手が閉じ合わされようとした腿の隙間に伸びる。その奥の花唇にたどり着いた指が淫らな水音を立て、ピアニィはひときわ大きな声をあげた。
「…っ、やあぁっ、あ……んっ! アルぅっ、や、ふぁあっ、ああぁぁんっ…!!」
「――もう、こんなにしてるんだな。…期待してたか?」
「や、ああんっ、そんな…ことっ、ひゃううぅぅんっ…やぁ、あああぁぁぁ……っ!!」
蠢く指に、囁く声に――ピアニィの瞳に涙が滲む。黒絹に包まれた脚が折れんばかりに張り詰め、一瞬の後にくたりと弛緩した。
「……ふぁ、ぁ………ぅ、ん………アルぅ…………っ」
泣きじゃくるような声で名を呼びながら、ピアニィは震える腕で自分にのしかかる恋人を抱きしめる。
華奢な体を抱き返し、片手で脚を開かせて身を入れ――愛しい恋人の、震える唇に深く口付けて。――絡めた舌の間から、アルの名を呼ぶ吐息が零れた。
「――――――もう、欲しい…か?」
「……―――ッ…………」
唇を離して囁くと、腕の中のピアニィが顔をさらに紅くして俯く。―――アルの背に回った腕に、力がこもる。
「…素直だな。だけど、俺だって、もう――お前が欲しい」
小さく、息を吐くように笑い、ピアニィの額に軽く口付けて。痛いほどに張り詰めた陽物を、待ちわびて濡れきった花唇へと突き入れた。
「―――――っ、あ、っん、やあぁっ、あるぅっ、ぁああん…っ! ふぁう、あああぁぁ……っ!!」
「…………っ、ピアニィ……っ!」
甘く濡れたソプラノが、忘我の声をあげるのを聞きながら――アルは奥歯を噛み締めて、迸り出そうな熱を堪える。きつい締め付けから逃れるように腰を動かすと、たおやかな身体がガクガクと震えた。
「ひゃううぅんっ、やぁ、アルっ…! ふぁ、そんな、はげし、よぉ…っ!! や、もぉ、こわれ、ちゃ…あぁっ!!」
「………言ったろ…俺だって、もう……っ! っく、ピアニィ…お前が、ずっと……っ」
掠れた声で、熱に浮かされたように囁いて。絹の手触りの脚を掴み、引き寄せて貫く。――甘く震える声が、さらに一段高く響いた。
「―――っ、ぁ、あるぅっ、もぉ、や、だめぇっ、やぁぁあっ、ああああぁぁぁん………っ…!!」
「―――――――っ、ピアニィ…っ、く、うぅ…ッ!!」
甘い絶叫と、低い唸り。滾る熱をピアニィの内に解き放って、アルは大きく息をつく。背中からするりと、細い腕が滑り降りた。
「……は、っ…………ふぁ、ぁ………あ、る………」
浅く荒い呼吸を繰り返し、時折身を震わせて――くったりと横たわるピアニィの手を取り、アルは細い指に口付けた。
「……ピアニィ―――」
囁いて指を絡め――身を重ねて、震える唇にもキスを落とす。腰を掴んで軽く揺するだけで、ピアニィの内に収めた陽物が硬さを取り戻した。
「―――――…っ! やぁ、あんっ、アル…だ、だめっ、そんなに…したら、また―――ん、あぁっ…!」
自分の内で、熱く震えるものの感覚に――ピアニィの華奢な肢体が跳ね、甘い声が溢れる。
「ああ、だから――今度はもっと、ゆっくり…な」
耳元に囁いた、言葉どおりに――アルの手が優しくゆっくりと、ピアニィの身体の上を滑る。張りのある形良い膨らみが、アルの指の形に添った。
「…あっ、は、あぁっ……あ、ん、ふぅ…っ!」
ただ触れるだけの愛撫にも、細い背中が跳ねる。一度絶頂に達したばかりの身体は、既に限界を超える快楽に震えていた。
絡めた指に力がこもり、胸に触れていた掌が滑って腰骨の辺りまで撫で下ろす。――ピアニィの背中を、激しい戦慄が駆けた。
「―――…あ、ぁっ!! や、あんっ、ダメ、そこ…っ、ああぁ…んっ!」
「…っ、どうした、ピアニィ――辛いのか?」
激しく腰が震え、結合部からは淫猥な水音が溢れ出す。様子の違う恋人の顔を、アルが覗き込む。頬を染め、涙をこぼしながら――ピアニィは首を横に振った。
「……ちがぅ…のぉっ…、ぁん……そこ、凄く…っ…」
「――――気持ち、いい?」
「ぅん……凄い…イイよぉっ…」
蕩けるような、甘い声音で。続きをねだるように首元にしがみつくピアニィに――アルは知らず、生唾を飲み込んでいた。
「……だったら。触りながら動いたら、どうなるんだろうな」
「――――――っ、あ、ふぁあああんっ! やぁっ、アルぅっ!! いいの…っ、あ、ぁん…っ!!」
囁きとともに――腰周りを撫で擦りながら、華奢な身体を突き上げる。激しい快感に、アルにしがみつくこともできず、仰け反ったピアニィの手がシーツを掴む。
貫くごとに誘うように揺れる乳房を掴み、先端の尖りを指の間に摘む。悲鳴じみた喘ぎが一段高くなり、熱い柔肉が陽物を締め付けた。
「ひあぁああぁん…っ! アルぅっ、もうダメっ、きちゃう、きちゃうよぉぉ…っ!! やああぁぁぁ…っ!!」
「―――――ぐ…っ、俺、も…っ! ピアニィ……!」
ともに絶頂に達しようとする瞬間に―――唇が重なる。互いの中に溶け合うような口付けに、忘我の悲鳴が飲み込まれて―――
「…………っは、ぁっ…………あ、る…」
キスが外れた、その瞬間。ピアニィは小さく微笑んで――そのまま眠りに落ちた。


――――淡い、朝の光の中で。ピアニィが目を開くと、薄暗い部屋の中に愛しい人の影が見えた。
「………目が覚めたか? おはよう、ピアニィ」
優しい笑みとともに、アルの声が響く。ぼんやりと霞みがかった視界が、急速に晴れていく。
「――――――…っ、お、お…おはようございます………」
いっそシーツに顔を埋めてしまいたくなるほどの恥ずかしさで、顔どころか全身が熱くなり、返した挨拶が小さく消える。
「大丈夫か? ほら、起きろ――」
そのピアニィの様子を、起きあがれないものと解釈して――アルの手が背中に回り、ベッドの上に半身を起こす。肌に触れる感触に、ますます顔が赤くなった。
「あ、ありがと…ございま…す……」
「…………あのな姫さん、どうしたんだよ急に。そんなに紅くなるような――」
顔を伏せっぱなしのピアニィに、不審げな声がかけられ――途中で止まるあたりに自覚が見える。
ちらり、と上がった視線がアルを捉え、すぐに外れて。
「だ、だって、あの――なんだか凄く、その……久しぶりにアルに会ったような気がして……嬉しくて……」
紅く染まった顔で。かすかに震える声で。―――裸身にシーツだけを巻いた姿で。今度はアルの顔に、瞬時に紅く血が昇る。
「――――――……………っ、だ、だから、…んな事を、そんなカッコ…で…っ」
「…え? アル、どうか――」
慌てて逸らしたアルの顔を、ピアニィが追いかけるように覗き込む。過ぎるほどに近づいた顔に、互いが気づき――
「…………」
「―――……っ」
息が重なるほどに近くで、視線が交わる。鼓動が耳元に鳴り響く――
「―――――――起きてる? アル、ピアニィ」
軽いノックとともに、部屋の扉からナーシアが声をかける。唇が重なる寸前でふたりは我に返り、慌てて距離を取った。
「―――っ、あ、あぁ、起きてる…」
「………お、おはようございます、ナーシアさん…っ」
ぎこちない返事に、ノックが止み――大きなため息が扉の向こうから聞こえてくる。
「起きてるなら、いい。もうすぐ出発だから、そのつもりで支度していて。――ピアニィ、着るのはもとの装備でいいから」
「は、はい…っ」
「―――お前は何をどこまで把握してんだよっ!?」
あまりにも冷静な声にピアニィは赤面し、アルは怒鳴り散らして――そんなことなどお構いなしとばかりに、ナーシアの気配が消える。
「……あの…アル、あたし――」
「…わかってる。外に出てるから…」
頷き、立ち上がりかけたアルの手を――ピアニィがそっと握る。
「…………姫さん?」
「――ここまで、ありがとう…アル。ここから先も、あと少し――――」
顔を上げたピアニィの、翡翠の瞳に強い意志が宿る。力強く頷き、小さな手を握り返して――
「……あぁ。こっから先が、正念場だ――お前は、俺が護る」
「――はい…っ」
優しい笑みと、掌と――唇が重なる。


―――いざ、ベルクシーレへ。



一応トラベリングデイズ、コレが最後だったりします(笑)
リミッター、何それ美味しいの?

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