※    ※    ※


重ねた唇の傍を、ピアニィの流した温かな涙が伝う。
そっと身を離しても、溢れる涙は止まることなく――小さくしゃくりあげながら、ピアニィはふるふると首を横に振った。
「や………ごめ、なさ……うれしい、のに…なみだ、止まらないの……っ」
ごしごしと、小さな手が紅く染まった頬を擦る。その背中を宥めるように軽く叩きながら、アルは小さく唇を噛み締めた。
言葉ひとつで、これほどに安堵し涙を流すということは――裏を返せば、それまでどれほどにピアニィが不安を抱いていたのか、ということでもある。
心の底から愛おしいと思える少女を、傷つけ揺らがせていた自分の未熟。それに憤り、握った拳に力が入る。
―――それを見透かしたように、アルの胸の中で、ピアニィが静かに顔をあげた。
「…アル。―――あたしもあなたを、愛しています。……世界中の誰よりも」
「―――ピアニィ……」
その瞳の端に残る涙を、口付けで掬い取って。愛するものを、互いの腕に固く抱きしめて――唇が再び重なる。今度は、深く。
「ん、ふ……っ、ん…………」
浅く荒い呼吸の隙間に、甘く濡れた喘ぎが混じる。絡めた指に力が入る。―――わずかに離れた唇の間に、どちらからともなく同じ言葉が降りた。

――――愛してる―――――

ひそやかな囁きを隠すように、幾度も唇が重なっては離れる。何度目かのキスの後、身を僅かに離して。ピアニィはそっと、潤んだ瞳でアルを見上げた。
「…今夜だけって、今だけだって言うのなら、お願いです……今夜はずっと、あたしを――愛して下さい……」
小さく囁いてうつむく細い肩を、アルの腕が抱きしめる。薄紅色の髪に顔を埋め、息を吐くように微笑んで――
「………最初っからそのつもりだった、って言ったら――軽蔑するか?」
「ううん――嬉しい」
小さく首を横に振って、ピアニィもまたアルの首元に顔を埋める。降りてきた沈黙は、重なる唇の間に消えていった。

―――しゅるり、と音を立ててピアニィの肢体を覆う薄絹が落ちる。
幾度も重ねたはずの肌を晒すのが、なぜか今日はとても恥ずかしくて――ピアニィは思わず、自分の身体を手で隠した。
「…どうした?」
訝るような顔で。ピアニィを腕に抱きしめながら、優しい声でアルが囁く。
「あ、あの、っ…なんだか、凄く―――ドキドキして…」
―――まるで、初めて抱かれた時のように。口には出せないその言葉を、読み取ったように――アルは今度は声をあげて笑うと、ピアニィの手を自分の胸に導いた。
「…俺もだ。胸から何か飛び出しそうに鳴ってる。――お前に、触れたくて」
「アル―――」
囁きは口付けに飲み込まれる。そのまま静かに、シーツの上に倒されて。
「…ん、ぁあっ、ふぁああん…っ!」
アルの手が、胸のふくらみに触れる。それだけで、ピアニィの口から甘く高らかな叫びが零れた。
「―――ピアニィ…」
熱く優しい囁きが、吐息が耳をくすぐる。胸元に降りたアルの頭を、ピアニィは夢中で掻き抱いた。
「あぁ…っ、アル、やぁっ、すごい、気持ちいぃっ…嬉しい、のっ……」
愛する人に触れられている、抱かれている、愛されている。その事実がピアニィの身体に、より深い快楽を与えていた。
アルの掌が指が、汗ばむ肌の上を滑り降りてゆく。しなる細い背を、腰を過ぎて――
「――んっ…ふ、や、ぁあああああっ……んっ!」
…比喩でなく。アルの指が花唇を貫いただけで絶頂に達し、ピアニィは一際高い声をあげた。びくびくと体が痙攣し、アルの肩を掴んだ手に力がこもる。
「―――大丈夫か? もし、辛いなら…」
浅く荒く、息を吐くピアニィの額の髪を、アルの手がかきあげる。気遣わしげな琥珀の瞳に、力なく微笑みを返した。
「だい、じょうぶ、です…アルが、愛して…くれるから、嬉しい、の…」
切れ切れに囁いた言葉に、顔を紅く染めて――アルが一瞬息を詰める。
「………んな、こと言われたら…手加減できなくなるぞ…?」
「ん………しないで、いい…です」
のしかかりながら囁き返すアルの首に、腕を回して。自ら膝を開き、愛しい人を招き入れる。
「――――愛してる。ピアニィ、お前のことを――」
囁きと口付けが、ピアニィの返事を飲み込んでゆく。自分でも驚くほどに濡れた花唇に、熱く強い脈動が触れた。
「――――――――っ…!!」
舌を絡めながら、貫かれる快楽に喉の奥で悲鳴をあげる。激しい動きに、手足に力が入り全身でアルにしがみつく。
「―――っ、は…っ、ふぁあああぅ、んっ、アルぅっ…! すごい、ん、ぁあっ、ひぁああぅ…っ!」
唇が離れ、意味をなさない言葉が溢れ出す。――ピアニィのあげる悲鳴に、アルが小さく奥歯を噛み締めた。
「――そんな、声…っ…耳元で…!」
「あぁ……んっ、やぁ、あぁん…っ! あ、るっ…アルっ、愛して、る―――」
ほどけそうな腕に力をこめ、抱きしめて囁く。返礼はキスと、腰に伝わる強い衝撃。
「―――――っ、はぁ…ぁあっ、やああぁっ、アル、もう、くるの…ッ!!」
「――――ピアニィ…っ!!」
絶叫が重なり、ピアニィの脳裏が白い灼熱に塗りつぶされていく。熱く弾ける熱を最奥に感じながら、ピアニィは意識を手放した。

それから、どれだけ身体を重ねたのか。
寸秒をも惜しむように、互いに『愛している』と囁きながら、飽きることなく求め合う。
それでもやがて、眠りは訪れて――――

…目を覚ましたピアニィが、違和感に瞼を開く。ここはファリストル城の、ナーシア達のギルドハウスで――
「…窓が、ないんだ…なんだか、変な感じ」
身を起こすにも気だるく、アルの腕から首だけをあげてあたりを見回し囁く。光のない部屋は、時の流れを忘れたようだった。
「…地下の部屋だからな。まあ、長居するわけでもねえし」
――突然隣から聞こえた声に、ピアニィは悲鳴を飲み込んだ。
「―――っ、あ、アル、起きてたんですか…っ!?」
「ああ。普段なら、とっくに起きて素振りしてる。あんまり外に出ないように、ってナーシアの奴に釘刺されたからな」
そう囁いて微笑んだアルの手が、ピアニィの頬に触れる。
「まだ、言ってねえよな。――おはよう、ピアニィ」
「―――おはようございます、アル…あたしの、愛しい人」
アルに引き寄せられる形で、唇が重なる。そのまま抱きしめられて、吐息が零れた。
…そして。抱きしめられたまま諸共に転がされ、ピアニィは驚きの悲鳴をあげる。
それでも、キスは外れない。仰向けになったピアニィをしっかり抱きしめ組み敷いたアルの手が、シーツの下で動き―――
「――――――………っ!! …っ、ん、ふ……!!」
重なった唇の隙間から、ピアニィの甘やかな悲鳴が溢れ出る。―――華奢な体が、びくりと大きく跳ねた。
「―――――…っ、あ、アル…っ、いきなり、起きて、そんな……んっ―――」
一度離れた唇を、囁きの途中でまた塞いで。―――柔らかに濡れた音だけが、薄暗い部屋を支配していく。

―――夜明けの光の届かない部屋に、もう一度だけ囁きが降りた。

※    ※    ※

「…お、おはようございます、ナーシア…さん」
「もう日が昇ってずいぶんになるけど。――――おはよう」
食堂兼用の広間に入ると、先に座ったナーシアがちろり、と視線を向けてくる。思わず、ピアニィは首を竦めた。
「日が入らねえから、調子が狂うんだよ。疲れもあるしな」
「うーん…じゃ、採光用の穴でも作ってみた方がいいかな? 今度検討するよ」
堂々と言い抜けたアルの前で、ミネアがお茶の準備をはじめる。柔かな香気が、室内に広がった。
「…どっちにしろ、荷物がつくのは今日の昼だから、それまでは休憩していていいけど。アンソンも動かないし」
溜息をついて言うナーシアに、紅茶の香りに目を細めていたピアニィが振り返った。
「―――え? アンソンさん、どうしたんですか…?」
「………あっち」
苦笑しながら、お茶を入れる手を止めてミネアが部屋の隅を指差す。――そこにいたのは。
「…………あ、アンソン……さん…?」
「―――――なんで、土下座の形で固まってるんだ…?」
部屋の隅で、土下座したままの形で気絶するアンソンの姿に、ピアニィとアルが絶句する。
「―――さぁ。私も知らない」
ミネアがサーブした紅茶を口元に運びながら、ナーシアは堂々と言い抜けた。


…ベルクシーレまで、あと少し。

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