SS・秘密のとびらの続きになります。



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それから、一ヶ月ほどが経過したある晩。
バーランド宮の執務室に、夜着にナイトガウンのピアニィと軽装のアルの姿があった。
―――以前のような、柱の如き書類の山は既にない。夜半を過ぎた広い室内に、ランプの明かりだけが揺らめいていた。
「…で、えと、ここにこう指を置くと……」
淡い光に照らされた鏡板に、ピアニィの細い指が踊る。――小さく、歯車の回る音がして、鏡板が扉の如く開いた。
「大したもんだな、音もしないなんて……指の動き、もう一回見せてもらってもいいか?」
子供のように目を輝かせ、熱心に頼むアルの姿が愛しくて、ピアニィはくすりと微笑む。
「いいですよ、じゃあ…えと、手を……」
小さく囁いて、アルの手を取り――ピアニィは自分の手を重ねて、鏡板の上を滑らせる。
数度繰り返して、完全に習得したアルが満足するまで開閉を繰り返したあとで――ふたりはようやく隠し部屋に入る。
「―――に、しても…本当に狭い部屋だな。どうやって入れたんだろうな、これ」
部屋の大きさに対して、半分以上を占めるソファに目をやって、アルは小さく呟いた。
人ひとりがやっと通れる扉に対して、明らかにソファのほうが大きい。よく見れば座面も広くしっかりした造りで、人が横になるのが前提に作ってあるようだった。
「多分、部品で持って来て、この部屋で組み立てたんだと思いますけど…」
この部屋の、ソファ(というより寝椅子)以外唯一の家具であるサイドテーブルにランプを置いて、ピアニィも小さく首をひねる。
「―――確か、ここは姫さんのおふくろさん一族の避暑地だったよな? 避暑地で仮眠取るほど仕事するか?」
腕を組み、思案しながらアルは広い座面に腰をおろす。その隣に腰掛けて、ピアニィは今度は首を横に振る。
「大体のお仕事は、済ませてきているはずですし…そもそも執務室自体、あんまり使われてなかったみたいです」
「じゃあ、なんだってこんな部屋作ったんだろうな。寝るぐらいしかすることないだろ…」
「そうですよね…寝るくらいにしか、使えない部屋なんて…」
ふたりで、同じ内容の言葉を口にした後で――全く同じタイミングで、口を閉じる。
入口に秘密の鍵をかけた、寝ることしか出来ない――逆に言えば、寝るためだけの部屋に、ふたりきり。
おそらくは、そのために作られたであろう部屋だということに思い当たって…ふたりの間に微妙な沈黙が降りた。
「………そういえば、一ヶ月前にも、こんなことがあったな」
苦笑交じりに沈黙を破ったアルの言葉に、ピアニィが頬を染める。
「そうですね…あの時は、あたしがちょっと、その…変な勘違いをしちゃって……」
「―――勘違い、ねえ……」
くすり、と笑って。背もたれに肘を置き、身体ごとピアニィのほうに向き直って―――アルは追求を開始した。
「何をどう、変な勘違いしたんだか――教えてくれるか? 俺は『起こしに来た』って言っただけなのにな」
楽しそうな笑顔で――けれど、声だけは真面目に、アルは顔を伏せてしまったピアニィに声をかけた。
「えぇと、あぅう…その、えっと………っ」
しばらくまごまごと、合わせた指をいじっていたピアニィが――ちらりとアルの顔を見上げ、その笑顔に気づく。
「―――…い、いじわる…っ」
頬を染め、上目遣いに軽く睨みながら囁くピアニィに、息を吐くように笑いながら――アルは体を倒し、顔を近づける。
―――その時、アルが肘を置いた背もたれの一部が、かちりと沈んだ。
「――うわっ…!?」
「きゃ…っ」
バランスを崩し、ピアニィを押し倒すように巻き込みながら、アルは寝椅子の座面に倒れこむ。
同時に、奥の壁――執務室と同じ意匠の施された飾り鏡板が、音もなく開いた。
「………隠し部屋の奥に、隠し通路かよ…」
慌てて身を起こしたピアニィと共に、新たな通路を見て、アルは呆然と呟いた。その袖を、ピアニィがくいと引く。
「―――どこに通じてるか、確かめてみましょう。明かり取ってきます」
そう言うとアルの腕をすり抜け、ピアニィはランプを取りに立ち上がる。――先程までの甘い空気はすっかり吹っ飛んでしまった。
しかし――
「―――俺が先行する。姫さんは足元が見えるように、できるだけ高くランプを持っててくれ」
時ならぬ迷宮探索に、アルの気分もしっかり戦闘モードに移行している。ピアニィは素直に頷くと、アルの背中について高くランプを掲げた。

壁の中を繰り抜いているらしい通路は、比較的短く――また思うほどに汚れてもいなかった。
罠や怪物の類はない――当然とも思うが、この城がアヴェルシア王家の物である以上、油断はならないとアルは思っていた。
しかしそういった危険もなく、あっさりと通路は終点を迎える。行き止まりの壁を押すと、星明りと夜風が通路に吹き込んだ。
「ここ……裏庭ですね」
アルの後ろについて出て来たピアニィが、周囲をきょろきょろと見回す。確かにそこは、バーランド宮の裏庭の隅だった。
「あっちが厨房で…なるほど、こういう作りになってんのか」
城を振り返り、自分達の通ってきた道を思い浮かべて、アルは小さく頷く。あたりを見回していたピアニィが、アルを呼んだ。
「アル、あっち……扉がありますよ」
それは確かに、扉としか呼びようのない物だった。大人が腰をかがめたくらいの大きさの板戸に、妙に頑丈な取っ手がついている。
「……壁に穴があいたのを、塞いだとか…?」
「――いや、これは…最初から扉として作られたもんだな。蝶番が石に埋め込んであるし、飾りまでついてやがる」
アルの指が、板戸についた金属を差した。それは薄汚れてはいるが、鳥籠を模した意匠のノッカーだった。
頑丈そうな取っ手を押し引きしても、扉は開かない。その上に開いた小さな鍵穴が、特殊な形状をしているのを見てアルは溜息をついた。
「こりゃ、鍵がないと無理だな…部屋に戻るぞ、姫さん」
「え、もうですか…?」
夜の裏庭、という非日常の風景を楽しんでいたピアニィは、不満げな声を上げる。
星は明るく、確かに美しい光景ではあったが――アルは小さく苦笑した。
「――楽しいのは判るけどな。この季節にその格好じゃ、風邪引くぞ」
季節は晩秋、ピアニィの服装は薄手の夜着にナイトガウンである。思い出したように身を震わせるピアニィの手を引き、アルは出て来た通路へ戻る。
「………こっちからだと開かないとか、ないですよね…?」
不安げにぽつりと呟くピアニィに小さな笑いを返し、アルは壁の一部と化したスイッチに手を触れる。――そこには扉と同じ、鳥籠の意匠の飾り鋲が打ち込まれていた。
入口と同じく、音もなく開いた壁を前に、アルはピアニィに片手を差し出した。
「ランプ貸してくれ。今度は俺が持つから、姫さんは先歩け。――腕、疲れただろ」

通ってきた道を逆順に辿り、通路側からは押しただけで開く扉を潜り抜け、ピアニィは隠し部屋に戻ってきた。
背後で、アルが持っていたランプを壁の燭台置きにかけた音がする。
「――ふふ。なんだか、今日は…」
楽しかったですね、と言葉を続けて振り返る、その直前に。ピアニィは、背後からアルに抱きすくめられていた。
肩口と腰に回された腕が熱い。ナイトガウンと夜着の下の肌を探るように、アルの指がじりじりと動く。
「…ア、アル……っ…!」
抱きしめられたまま、振り返ろうと首をめぐらせたその時に、耳元の敏感な皮膚をアルの唇が掠める。
そのまま、耳を食むように繰り返される口付けと、ナイトガウンの下を探る指の動きに、ピアニィの口から甘い吐息が溢れ出た。
「あぁ、っ……や、アル…っ、ダメ…こんな、ところ、で…っ!」
ふるふると首を振ると、アルの手の動きが止まる。最後に一度、音を立てて口付けてから、耳元に囁きが降りた。
「―――姫さんが、我慢できるんなら……部屋に戻ってもいいけど、な」
そう言って笑う、アルの吐息だけで――肌が火照る。震える足から、力が抜けていく。
上げかけた声を喉の奥に押し殺し、背後のアルに体を預けて。ピアニィは首だけを後ろに向けて――潤んだ目で、上目遣いにアルを睨んだ。
「―――アルの、いじわるっ…」
その反応に、楽しそうに笑って――アルは艶めいた囁きごと、ピアニィの唇を優しく奪った。

冷たい床に、音もなくナイトガウンと薄い夜着を落とし、アルは愛しい少女を寝椅子に横たえる。
「……姫さん? どうした?」 
裸身を隠すように身をよじるピアニィに、不審を感じて問い掛けると――腕の中の少女は、頬を染め翡翠の瞳を伏せたまま囁いた。
「だ、だって……なんだか、いけない事してるみたいで…」
恥ずかしそうに、華奢な腕で胸元を隠す姿に微笑を返して。濃色の座面に流れる花色の滝のような長い髪を、指で掬い上げる。
「かもな。だけど、たまにはこういうのも――悪くない」
指に絡むピアニィの髪に、細い肩に、戸惑うように震える唇に――のしかかるようにして口付ける。
舌を絡めると、ピアニィの身を護るように交差した腕がほどけ、アルの首元に優しく巻きつく。
「ん……ふ…ぅん……っ」
キスの隙間に、切なげな声を上げるピアニィの身体を腕の中に抱きしめ肌を重ねる。
熱い肌と、柔らかな口腔を十分に味わってから唇を離し、そのまま顔を下ろして――なだらかな線を描く鎖骨に唇を這わせる。
抱きしめた腕を解き、形良い乳房を掌全体で転がすと、アルの指に小さく固い蕾が触れる。
その蕾を指でつまみ、弾く動きに敏感に反応して、ピアニィが切なく身を仰け反らせた。
「ひあ、あん、っ…や、そんな…しちゃ、もぉ…っ」
翡翠色の潤んだ視線が、アルの目に限界の近いことを訴えている。その瞳に小さな笑顔だけを返して――
待ちきれぬように、びくびくと跳ねる細い腰を両手で掴むと、脚を開かせる。
身を震わせ、小さく息を呑むピアニィの顔に、もう一度薄く微笑んで…アルは、開かせた脚の内腿に軽く口付けた。
「―――あ、んっ……」
ごく軽い、小さな刺激に――それでもピアニィの口から甘い声が零れ出る。
内腿全体に繰り返される、軽く触れるだけのキスに、喘ぎを抑えるようにピアニィは唇を噛む。
けれど。ただ軽いばかりの刺激の繰り返しに、ピアニィの声が、身体が焦れたように震えた。
「…や、あぁぁっ…アル、もぅ…っ、いじわる、しないでぇ……っ」
アルの腕の中でふるふると首を振り、ピアニィは今までに無いほどの切ない声を上げる。目の端には涙が光り、息は荒い。
何よりも、アルがまだ一度も触れていないはずの――ピアニィの秘唇が既に薔薇色に充血し、露に濡れてひくひくと震えている。
ピアニィの全てが、アルを『欲しい』と誘っている、その姿に――満足げな微笑がアルの口元に浮かぶ。
「ああ、わかってるよ……ピアニィ」
囁いて。既に態勢の整っていた自身を、アルはピアニィの中心に勢いよく突き入れた。
「――っ、あ、ぁあああ…っ! アル、あるぅ…っ…、も、あぁ…っ、ふあああぁぁ…んっ!」
挿入の刺激だけでピアニィが絶頂に達し、甘く高らかな叫び声を上げる。ひくひくと震えてアルを締め付ける内壁に歯を食いしばって耐え――わざとゆっくり、音を立てるようにして動き始めた。
「凄いな……触ってないはずなのに、こんなに――」
「や、ああっ、いわない、でぇっ…、だって、アル、が……や、ああぁん…っ!」
アルが腰を動かすたびに響く、淫らに濡れた音と、囁きに――ピアニィは顔を羞恥に染めて、弱々しく首を振る。
一度達しているせいで敏感になっているのか、軽く腰を揺らすだけでピアニィの背中が大きく跳ねた。
「ひ、やあぁぁん! だめぇ…も、ぉ…っ! アル、あるぅ…っ!」
上気した肌に汗が伝い、アルの背に回した指が爪を立てる。いつもよりずっと激しく、乱れるピアニィに優しく口付けて――
「―――こんなピアニィが見られるなら…もっと早く来るんだった、な」
くすりと笑って、囁きを落とし――細い腰を抱いて自身の腰に引き付ける。
そのまま強く、早く貫くように腰を動かしてゆくと、ピアニィの嬌声が半オクターブ上がる。
「ひゃうぅっ、ふ、あああぁぁぁん! い、ああ、アル、あ、ああぁ―――――――っ!!」
「――…ピアニィ…っ、――く、うぅっ…!」
甘い絶叫をあげて、弓なりに背を逸らして、受け容れた陽物を全身で引き絞るように――ピアニィが果てる。
その刺激に身を任せ、同時にアルも――滾る熱をピアニィの中に放った。
「――――――っは、あぁ、っ……あ、る…」
震えながら、大きく息を吐きながら、ピアニィはそのまま―――意識を手放した。

眠りにたゆたうピアニィの唇に、やわらかく温かい何かが優しく触れる。
薄く目を開けると、まず最初に赤銅色の髪が飛び込んできた。――間違いようの無い、愛しい人の髪の色。
「――よぉ、やっと起きたな」
温かい感触が離れ、目の前でアルが優しく笑う。…一ヶ月前の出来事を繰り返したような構図に、ピアニィは小さく微笑んだ。
「………今度はほんとに、キスで起こしてくれたんです、ね…」
まどろみの中から浮き上がるように、ピアニィは自身の状態を理解する――寝椅子に横たわり、ナイトガウンが掛けられている。目の前にアルがいるのは、彼が床に座って寝椅子の座面に肘をついているから、だということも。
そのアルが――ピアニィの囁きに、楽しげに口角を上げた。
「――『今度は』って、一ヶ月前にもそうして欲しかった、って事か?」
「えぅ、え、えと、それはっ………」
思わぬ方向からの追求に狼狽するピアニィを、アルはくすくすと笑いながら見ている。それに気づいて――ピアニィは恋人を軽く睨んだ。
「………なんだか、今日はずっと――アルがいじわるです…」
苦笑するアルの手が、子供のように唇を尖らせて拗ねる少女の髪を撫でる。
「ごめんな、悪かった。…まあ、一ヶ月待たされた分だけ、ちょっとな」
一ヶ月前。隠し部屋の存在を知り、開け方を教えると約束したものの、なかなか機会が取れずにいた。
執務室に行こうと申し出た時の、アルの嬉しそうな表情を思い出して――ピアニィにも笑顔が戻る。
「もう……子供みたいなんだから」
ピアニィは小さく声を上げて笑うと、ナイトガウンを裸身に羽織りながら身を起こす。アルの手を引いて、空いた座面に座らせてから――その耳元に、そっと囁いた。
「――――もう一度キスしてくれたら、許してあげます…よ?」
悪戯っぽい言葉と裏腹に、その頬は紅く。――そんな少女の姿に、優しい微笑を返して…腕の中に抱き寄せて。
「……一度だけで、いいのか? ピアニィ」
唇が重なる直前に囁くと、ピアニィの顔が更に紅く染まった――。






〜後記〜
いやもうなんというか、リミッター外れっぱなしでゴメンナサイ。
時系列的にはこの辺でいいのかな、と迷いつつ。

で、実は、こっそり執務室の隣はナヴァール様の寝室だったりするという設定(笑)

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