レイウォール王都ノルドグラムに向かう仲間を見送って、自分たちもベルクシーレへ向かうために歩き出した時…アルはふと、隣を歩くナーシアに声をかけた。
「ナーシア。お前のとこの、あの魔導師…」
「…カテナの事?」
黒衣の少女の返答に頷き、アルはかすかに眉を寄せる。
「そのカテナだけど…まさか、『あの』カテナなのか?」
「―――本人に確認したことはないから、未確定。だけど、情報とは一致する」
「まあ、それなら色々納得できるけどな。まさかなぁ…」
「………えーと、話が全然見えないんだけど。こっちにもわかるように会話してくれないかなぁ」
曖昧な言い回しだけで会話する二人に、苛立った声でアンソンが割り込む。
ちらりと視線だけを背後の青年に流して、ナーシアはこれ以上なく呆れた声を出した。
「…アンソン、うるさい。子供みたいなこと言わないで」
「いやっ、だけどさぁ…」
ぐだぐだと文句を言うアンソンに苦笑しながらも、ピアニィはアルに向き合って疑問を口にする。
「………でも、そのカテナさんがどうかしたんですか」
どこから話したものかと思案げに首をひねって、アルはひとつの街の名をあげた。
「…ルーパスディルって、わかるよな」
「フェリタニアの南西にある街ですよね。傭兵部隊“狼の牙”の皆さんが拠点にしている…」
資料を丸飲みしたような、百点満点の答えに頷いて――アルは先行するナーシアを追って足を動かしながら言葉を続けた。
「そうだ。ルーパスディルは五年前までは別の傭兵部隊の拠点だった」
「それって――《アヴェルシアの服属》の事か」
グラスウェルズの騎士であるアンソンにとっては、愉快ならざる名前を――苦渋の表情で口にする。振り向くことなく大またで歩きながら、アルは顎を引くように頷いた。
「ああ。“黄金の狼”って名前のその傭兵部隊は、その頃も今も――最強の傭兵の一つに数えられてる。“黄金の狼”を味方につけたら負けなし、って曰くがあったくらいだ」
「―――残っている資料によれば、依頼完遂率はほぼ十割。依頼者を裏切ったことも、統制を失うこともなく、当時はほぼアヴェルシア王家のお抱え傭兵部隊として駐屯していた」
背を向けたままで淡々と告げるナーシアに、アンソンが目を見張る。
「く、詳しいね、ナーシア」
「仕事で関わることがあったから、資料を読んだだけ。――アル、続きを」
頷いて――アルは一瞬だけ、ピアニィを振り返った。
「――ああ。“黄金の狼”は五年前、《アヴェルシアの服属》の時に前線に出て壊滅、隊長は行方不明。生き延びた副隊長が中心になって結成したのが、“狼の牙”だ」
「壊滅って――最強じゃなかったのか?」
「確か、ノルベルトさん――ですよね?その人が知っているのでは…」
“狼の牙”の隊長の名前を挙げるピアニィに、アルは小さく首を横に振った。
「そのノルベルトが何も言わないままなんでな、詳しいことはわからねえままだ。かつての依頼者の悪口を広めるようなおしゃべりは傭兵向きじゃないしな」
「――資料から類推されるのは、前線で協力するはずだった竜炎騎士団との食い違い。もちろんこれも定かではないけど」
先ほど同様に淡々と、ナーシアが補足した内容に――ピアニィの顔が見る見る曇ってゆく。
父の、そしてピアニィ自身の祖国であるレイウォールと、母の祖国アヴェルシア――その狭間で、犠牲になったものの話だと思えば無理からぬことだった。
「――――で、その傭兵団の話とカテナがどう関わってくるのさ?」
そういった空気を全く読まずに、アンソンは明るく疑問を口にして首をひねる。振り返り小さく溜息をついて、ナーシアは資料の内容を低い声で暗誦した。
「………資料によれば。行方不明になった“黄金の狼”の隊長は魔術師の女性で、銀髪のエルダナーン。武器に魔導銃を所持しているけど、主な戦力は召還魔法――」
「え、それって―――じゃあ、まさか……」
絶句するアンソンに、アルはちらりと振り返り――頷いた。
「…隊長の名前は、カテナ・アウレア。もっとも俺も名前しか知らねえから、間違い無く本人だとは言い切れないが」
「――――でも、アヴェルシアの傭兵だった人が、何でグラスウェルズの騎士団に………?」
大きな目を見開いて呆然とするピアニィに、ナーシアは小さく肩をすくめた。
「そこまでは知らない、プライベートだから。…それに、今も言った通り完全に確定したわけでもない」
「……まあ、ここまで来たら九分九厘って感じだけどな。それに、そうだとしたら色々納得が行く。さっきの戦いで、俺の攻撃からナーシアを迷いなく庇った事とかな」
―――先ほどの戦いの中で、魔術師でありエルダナーンのカテナは、ナーシアを護る為…アルの斬撃に躊躇なく身を晒した。
元傭兵、それも部隊長という立場であったなら、その決断と胆力に合点が行く。傭兵は、守るべきものの優先順位を常に頭に置いているものだ。
「『ナーシアを護る』って優先順位を、しっかり叩き込んでなけりゃあんな真似は出来ない。魔術師が庇いに入るなんて真似――」
言いかけて。アルは振り返り、半眼にした琥珀の視線をピアニィに注いだ。
「…………ああ、いや、いたなもう一人。準備もないのにとんでもない真似しでかしたのが」
「――――あぅ。だ、だって、あれは、その…とっさに…っ」
頬を赤く染めて、まごまごと言葉を探すピアニィに―――アルは大きく溜息をついた。
「―――――わかってる。だけどな、二度とあんな真似はしてくれるなよ? 今度やったらただじゃすまねえからな」
「………は、はいぃ……」
不機嫌に――けれど、どこか嬉しそうに釘をさすアルと、縮こまるピアニィの姿に。
「……………えーと。これは、なにがあったって聞いた方が良いのかな…?」
アンソンは眉間に皺を寄せ、盛大に首をひねる。その隣に、すっかり足の止まった三人を迎えに戻ったナーシアが立った。
「――――アレを触るとたぶん、あなたが一番痛い思いをする。それでも聞きたければ止めないけど」
珍しいナーシアの忠告に、アンソンは目を見張りながらも頷いた。
「………やめときます」
「それが賢明。―――そっち二人。早く動かないと、休息場所につけないから」
「あ、はいっ」
ピアニィが慌てて返事をし、アルと二人で駆け寄ってくる。


ベルクシーレへの旅は―――まだ始まったばかり。





トラベリング・デイズ第一作、カテナ隊長話です。
アルピィ分が薄目なのはご勘弁を。カテナさん、名前出すだけで全部もって行くんだもん…!!(笑)

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