この記事は、アリアンロッド・サガ ファンブック『Fellowship of Stone 竜輝石の仲間たち』の発売前に行われたカウントダウン企画の記録です。
その後の発表により矛盾のある箇所もあるかと思いますが、臨場感を優先してそのまま掲載しておりますことをご了承ください。
また、奇跡的に本文とかぶっている箇所については電波の賜物です(笑)
各章タイトルに使用しているキャラクター名のつづりは適当です。(ピアニィ様のみ判明したので直しました)
そのままだと大変長いので、各章タイトルの下の『+』マークをクリックして開いて御覧下さい。
Dyne〜少年の影 (アクロス3〜4巻、道中)
※ ※ ※
Zwei〜翼の記憶 (アクロス2巻、クライマックス直後)
※ ※ ※
Miria〜気に食わないアイツ (アクロス2巻、クライマックス直後)
※ ※ ※
Elza〜笑顔の記憶 (アクロス3巻、エンディング後)
※ ※ ※
Junger〜消えない微笑 (無印4巻、舞台裏)
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Cathena〜運命の連鎖 (無印4巻7話、エンディング後)
※ ※ ※
Zepa〜記憶のカケラ (無印4巻7話、エンディング後。カテナの続き)
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Anson〜戸惑うばかり (無印4巻8話、エンディング後)
※ ※ ※
Naxia〜それでも、君は (無印4巻8話、エンディング後。アンソンの続き)
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Gui〜竜の尾を踏むなかれ (デスマーチ2巻)
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Doran〜遥かなメモリー (デスマーチ2巻)
※ ※ ※
Marcel〜小休止 (デスマーチ2巻)
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Akina〜ポニーテールとリボン (デスマーチ2巻)
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Etude〜賑わしき子供たち
※ ※ ※
Benette〜竜輝石 (無印4巻エンディング後)
※ ※ ※
Navar〜果たされた約束 (無印4巻7話、エンディング後)
レイウォールを脱出したナヴァール一行は、追っ手を避けるため一昼夜不眠不休で行軍した後に、旧メルトランド領内で宿を取った。
女性三人・男性二人という構成上、男女に別れて一室づつ部屋を取る。王族であるステラには、窮屈ではあるが堪えて欲しいと言い含めての事だった――のだが。
「………起きない?」
「そーでやんす。宿とって、部屋に入ってから、すぐベッドに横になって――それっきり、目を覚まさないんでやんすよ」
夕食の席に、ステラの姿がないことを不審に思って問い掛けたナヴァールに、ベネットはそう答えた。
ちなみに、宿に入ったのは朝の事である。長い睡眠時間に、何かの後遺症かと一瞬考えるが―――
「まあ、状況が状況だからな。緊張が切れたんだろう。ざっと見ただけだが、体に異常があって目を覚まさないわけではないようだ」
特に心配した様子もなく――さっさと席につき、自分の分の食事を始めていたカテナは、そう請け負う。傭兵隊の隊長を務め、侍祭位も持つ彼女の見立てならばまちがいないと、ナヴァールも思うが――。
「……あとで、食事を持って起こしに行くとしますか。話して置きたい事もあるからな」
「うんうん、そうされると良いのじゃあ」
僅かに苦笑しながらのナヴァールの言葉に、ゼパが満足げに頷く。愛なのじゃ、と呟きながら、禿頭のネヴァーフはジョッキを傾けた。
和やかな歓談とともに夕食を終えると、ナヴァールは宿の者に頼んで食事の持ち込みを用意してもらう。
まだ飲み足りないと言うカテナとゼパ、それに『お邪魔はしないでやんす』と笑うベネットを階下に置いて、ナヴァールは食事の盆を提げて部屋の扉を叩いた。
「ステラ、食事を持って来たが…起きているかね?」
しばらく気配を探っても、動きはない。寝ているものと解釈して、ナヴァールは静かに部屋に入った。
…奥のベッドに、胸まで毛布をかけたステラがしっかりと熟睡している。
「…おやおや」
苦笑しながら近づいても、寝返りひとつする気配もない。
…彼の主君たるピアニィとステラは、あまり面差しに似たところのない姉妹だが、無防備な寝顔はよく似ていると思えた。ちなみにナヴァールが知るピアニィの寝顔は、激務に耐えかねての執務室でのうたた寝であるが。
とりあえずは、しばらく様子を見ることにして―――サイドテーブルに盆を置き、一歩離れたところに椅子を引いてそこにかける。
「ん………」
小さく声をあげたステラが、身じろぎする。匂いのもとを探したのか、ころりと顔が横を向き――
「………起きたようだな、ステラ」
「――――ナ、ナヴァールッ…!?」
ぼんやりとしていた翠玉の瞳が見開かれ、ステラは慌てた様子でベッドに半身を起こす。
「宿に着くなり、眠ってしまったそうだ。そろそろ食事が必要な頃かと思ってな――」
くすくすと笑うナヴァールに、食べ物の匂いで目を覚ますという子供のような失態を恥じて――ステラは毛布を口元まで引き上げた。
「い、意地が悪いな、ナヴァール…!!」
「なに、時間がたてば腹が空くのは、人として当然の道理だろう。まだ冷めてはいないはずだから、スープからゆっくり食べるといい」
ステラの抗議を気にすることもなく。ナヴァールは座っていた椅子を引き寄せ、ベッドの脇に据えた。
「……わかった、いただく…が、何故ナヴァールはそこにいるのだ」
「何故といわれれば、食べさせてやろうかと思って――かな」
「じ、自分で食べられる…ッ!!」
真っ赤になったステラがナヴァールの手から食事の盆を奪い取り、猛然と食べ始める。からかい甲斐のある人だ――などとナヴァールが見ていると、その視線にも怒りが向いた。
「じ、じっと見ていることはないだろう!! 行儀が悪いぞっ!!」
「これは、失礼をした。では、私は外に出ていようか?」
至極真面目に言葉を返すと、今度は一気にステラの表情が沈む。
「……そ、外に出ていることは…だが、じっと見つめられても食べにくい」
「―――なるほど、では私は本でも読んでいることにしよう」
懐から取り出した分厚い書物に、『わざわざ用意していたのか――』と抗議をしたそうに一瞬口を開いて、ステラは慌てて食事に戻る。
また言い負かされるに違いないと読んでの事だろう、書物の影で、ナヴァールは口元の笑いを隠すのに苦労した。
「―――そろそろ済んだかな?」
ステラがあらかたの食事を終えたところで、いかにも一区切りつきましたという風情でナヴァールは栞を挟む。
「う、うむ。大変に美味しかった。宿のものには礼を言わねばな」
「そこまでせずともよいさ。それと、キミには話しておかねばならないことがある」
「私に――?」
居住まいを正したステラに、ナヴァールは簡略化した事情を語って聞かせる。ピアニィが手にしたのが真実の竜輝石であった事、それゆえにピアニィが狙われ、赤竜白竜両国の侵攻もそれが原因であった事。
「そして――ゆえあって、我らは陛下と合流し次第エストネル王国に赴くことになる。せわしい事で申し訳ないが、キミには留守を任せたい」
「し、しかし、亡命者の私が――」
「亡命者といえど、キミはピアニィ陛下のたった一人の姉君だ。不安のないよう、内情に通じたものを補佐において置くし、キミには騎士団も率いて欲しいのでな」
「――――っ」
矢継ぎ早の指示に、ステラの目が丸く見開かれる。…もとより、第一の騎士が騎士団長を拝命しそうにないがゆえの人事であるが、そこまではまだステラに明かす必要はないとナヴァールは判断した。
「これらはまだ私の独断だが――きっと陛下もご賛成くださるだろう。キミはフェリタニアに必要な人材なのだ、ステラ」
微笑んで見せると――予想に反して、ステラの表情に暗い影が宿る。
「…すまない、ナヴァール―――気を使わせてしまっているな」
「そんなことはないさ。何故、そう思う?」
「だって、私は―――」
声の調子が跳ね上がり、膝に置いた手が拳を握り震える。泣きそうなのを堪えているのが、顔を見なくてもわかった。
「私は、自分のわがままでお前を危険にさらして――そのうえで、今度はピィにまで迷惑をかけようとしている…」
…ピアニィがフェリタニアを建国する直前、レイウォールへと連れ戻す為にステラはバーランドに進軍してきた経緯がある。そのことを思えば、破格過ぎる対応を疑うのも無理のない事だった。
すっかり俯いてしまったステラの手に、ナヴァールは自分の長い指を重ねる。
「―――顔を上げてくれないか、ステラ。確かに破格に過ぎるだろうが、それは名実ともに揃った人材がキミしかいないということなのだ。気に病むことはない」
「だけど、ナヴァールを―――」
「私の事は心配要らない。むしろ感謝をしているくらいさ。ステラ――」
涙まじりになり始めた声を遮り、硬く握られた拳を包み込んで――微かに竜眼を開き、ナヴァールは優しい声で囁いた。
「―――――ありがとう。俺にキミを、助けさせてくれて」
微笑むと、一瞬呆けたようになったステラの顔が―――赤く染まる。
「――――――っ、ナ、ナヴァール…っ、俺、って…」
「………あぁ、すまない。ステラが相手だと思って、気を許しすぎたな」
つっかえつっかえになったステラに軽く微笑むと、瞼を元のように閉じ――ぽんぽんと、宥めるように握った手を叩く。
「約束した事を違えるのが、何より嫌いという男が周りにいてな。私もずいぶん影響されているようだ」
きっとステラも、良い友人になれるだろう―――そう言って言葉を切ると。
「――――ナヴァール…その、私は……何も返せなくて…」
「約束をかなえるのに代償は要らないさ。そういうものだろう?」
かすかに潤んだ目を伏せるステラの肩に、ナヴァールは静かに手を置いた。――僅かに、ふたりの距離が近寄って。
「……………ところでカテナ殿は、何の御用事かな?」
ぴたりと動きを止めたナヴァールが、体ごと扉のほうを振り向く(ステラは慌てて身を引いた)。
「―――野暮をするつもりはなかったんだがな、許して欲しい。……私とゼパは、今夜中にここを発つ」
扉の向こうから、若干くぐもった魔導師の声が聞こえる。いつと限定しないのは、尾行や間者を恐れての用心だろう。
「もう――ですか。いささか性急ですな」
「かといって、長居をする理由もあるまい? そちらの女王陛下にはよろしく伝えておいてくれ、迷惑をかけたとね」
こつりと、ヒールの足音が離れていく。
「うむ。お伝えしよう。貴殿らも、何かあったら遠慮なく尋ねてきてくだされ」
「そんな事態になるかどうか――だな。せいぜい長生きしろよ、軍師殿」
こつこつと、足音とともにシニカルな声が離れていく。それが完全に聞こえなくなってから、ステラは大きく溜息をついた。
「行ってしまったか―――強い、人だな」
「同じ敵を追うもの同士、協力できるかとも思ったのだがな――仕方あるまい」
レイウォール貴族であったことを捨て、傭兵隊も捨て――自分の信念にのみしたがって生きる様を、ナヴァールはただ見送るしか出来ないでいた。
小さく溜息をついた後で、竜人は今度はベッドに向き直る。
「―――ステラ。今日は私も疲れているのでな、添い寝はしてやれないが――大丈夫かな?」
「―――――っ、なっ、そ、そんな事したことなどないだろうっ!?」
「ああ、そうだな。そういう事で――」
激昂するステラの声にあわせるように静かに立ち上がり、廊下側の壁際に下がって―――音もなく扉を引きあける。内開きの扉と一緒に、人影が倒れこんできた。
「―――ぶべらっ!? な、なんでやんす……!?」
床に鼻をぶつけて慌てて起き上がった狼娘に、ナヴァールは静かで冷たい笑顔を向ける。
「…………ベネット殿。ご期待には添えないが、せっかくだ。アルディオンの歴史についてとっくりと語って聞かせようではないか」
「―――ぇ、あ、いや、あっしそこらへんは自分で勉強…」
「なぁに、遠慮することはない。――ではステラ、ゆっくり休むのだぞ」
顔を引きつらせたベネットのマフラーをつかんで引きずり出し、ナヴァールはステラの部屋の扉を閉めた。
―――――ナヴァールの説教は、八時間に及んだという。…合掌。
※ ※ ※
Al〜天上の宝石 (無印4巻エンディング)
※ ※ ※
Piany〜ホシアカリ (無印4巻エンディング、アルの続き)
その後の発表により矛盾のある箇所もあるかと思いますが、臨場感を優先してそのまま掲載しておりますことをご了承ください。
また、奇跡的に本文とかぶっている箇所については電波の賜物です(笑)
各章タイトルに使用しているキャラクター名のつづりは適当です。(ピアニィ様のみ判明したので直しました)
そのままだと大変長いので、各章タイトルの下の『+』マークをクリックして開いて御覧下さい。
Dyne〜少年の影 (アクロス3〜4巻、道中)
「…人と人との縁は異なものと言いますが、ここはやはり神の思し召しともいうべきものでしょう。そもそも我々が出会うことは…聞いていますか、ツヴァイ?」
私がことばを切って同行者の青年に注意を向けると、青年――ツヴァイはうんざりした様子で振り返った。
「…いちいち聞いてらんないっての。ホント、ダインは話が長いんだからなぁ」
「これは失礼。―――しかし、ツヴァイもずいぶん成長しましたね」
「はぁ? なんだよ急に」
しみじみと呟く私に、ツヴァイは素っ頓狂な声を上げる。既に二十歳を超えているはずだが、彼のこういった反応は少年の頃と変わりない。
「出会った頃の貴方なら、もっと早くに怒って遮るか、逃げ出していたでしょうからね。人は成長するものです」
―――そう。出会った頃のツヴァイはなんと言うか…尖っていた。
いっそ幼いほどの体格で、自分が傭兵としてきちんと戦えることを示すために懸命になって。
無鉄砲に飛び出しては怪我を負い、それでも我武者羅に前に出ていた。私が身体を張ってそれを止めたことも、一度や二度ではない。
ユンガー隊長(当時はまだ、その役職にはなかったが)をはじめとする年かさの傭兵達は、そんなツヴァイを
「無謀な突撃の末に、すぐに死ぬ新兵」
と断じて軽んじているものも多かった。しかし、私はそうは思わなかった。
確かに無謀ではあるが、その戦術的な着眼点は非凡であり、それを押し通す決断力もかなりものだ。
思慮や経験という、時間をかける事でしか身につかない物があれば、彼はかなり優秀な戦士となるだろう――そんな自説を展開しても、大方の意見は
「それを身につける間もなく彼は天に召されるだろう」
というものだった。私もそれには異存はなかったが、だからこそ彼を護り成長させねばならないと、感じていた。
そして、私と同じ事を感じていた者は他にもいた。他ならぬ、“黄金の狼”隊長のカテナ殿である。
カテナ隊長はまず、ツヴァイに自分の魔導銃(キャリバー)を与えその扱いを教えた。
『闇雲に前に飛び出すより、一歩引いた方が銃は当たりやすい』
そう教え、無謀な突撃を防ぐつもりだったが…残念なことに、ツヴァイは魔導銃での白兵戦を選んでしまい、この目論見は失敗した。
しかし隊長は、すかさず次の策を実行した。ツヴァイを、同年代のミリアと共に自分の従者に指名したのである。
そうそう前線に出ることもない(召喚魔法が主体だったので当然だ)自分のそばにおくことで突撃癖を抑え、戦場に連れて出ることで経験を積ませる。
こちらの作戦は功を奏し、ツヴァイは無鉄砲な少年から一人前の戦士へと成長していった。
「…………なに黙っちゃってんだよダイン、寝てるのか?」
「いやいや、記憶を読み返していたのです。…大きくなりましたねえ、ツヴァイ」
私のしみじみとした呟きに、赤毛の青年はどこか照れくさそうに鼻の横を掻いた。
「――――そ、そりゃ、僕だって年をとってんだから…」
「全くです。出会った頃はこんなに小さかったのに」
両手を子猫を抱くような大きさに開いてみせると、ツヴァイがすかさず噛み付いてくる。
「…って、そんなに小さいわけないだろっ!? 猫かなんかかっ!?」
「これは失礼、小鳥でしたか」
「誰が小鳥だ――――っ!?」
…背が伸びたといえど、喚く顔の位置は私の肩口辺りで。私は軽く笑いながら、それを受け流し空を見た。
「ああ、いい天気です。心が洗われますね」
「人の話を聞けよっ!?」
…全て世は、事もなし。
私がことばを切って同行者の青年に注意を向けると、青年――ツヴァイはうんざりした様子で振り返った。
「…いちいち聞いてらんないっての。ホント、ダインは話が長いんだからなぁ」
「これは失礼。―――しかし、ツヴァイもずいぶん成長しましたね」
「はぁ? なんだよ急に」
しみじみと呟く私に、ツヴァイは素っ頓狂な声を上げる。既に二十歳を超えているはずだが、彼のこういった反応は少年の頃と変わりない。
「出会った頃の貴方なら、もっと早くに怒って遮るか、逃げ出していたでしょうからね。人は成長するものです」
―――そう。出会った頃のツヴァイはなんと言うか…尖っていた。
いっそ幼いほどの体格で、自分が傭兵としてきちんと戦えることを示すために懸命になって。
無鉄砲に飛び出しては怪我を負い、それでも我武者羅に前に出ていた。私が身体を張ってそれを止めたことも、一度や二度ではない。
ユンガー隊長(当時はまだ、その役職にはなかったが)をはじめとする年かさの傭兵達は、そんなツヴァイを
「無謀な突撃の末に、すぐに死ぬ新兵」
と断じて軽んじているものも多かった。しかし、私はそうは思わなかった。
確かに無謀ではあるが、その戦術的な着眼点は非凡であり、それを押し通す決断力もかなりものだ。
思慮や経験という、時間をかける事でしか身につかない物があれば、彼はかなり優秀な戦士となるだろう――そんな自説を展開しても、大方の意見は
「それを身につける間もなく彼は天に召されるだろう」
というものだった。私もそれには異存はなかったが、だからこそ彼を護り成長させねばならないと、感じていた。
そして、私と同じ事を感じていた者は他にもいた。他ならぬ、“黄金の狼”隊長のカテナ殿である。
カテナ隊長はまず、ツヴァイに自分の魔導銃(キャリバー)を与えその扱いを教えた。
『闇雲に前に飛び出すより、一歩引いた方が銃は当たりやすい』
そう教え、無謀な突撃を防ぐつもりだったが…残念なことに、ツヴァイは魔導銃での白兵戦を選んでしまい、この目論見は失敗した。
しかし隊長は、すかさず次の策を実行した。ツヴァイを、同年代のミリアと共に自分の従者に指名したのである。
そうそう前線に出ることもない(召喚魔法が主体だったので当然だ)自分のそばにおくことで突撃癖を抑え、戦場に連れて出ることで経験を積ませる。
こちらの作戦は功を奏し、ツヴァイは無鉄砲な少年から一人前の戦士へと成長していった。
「…………なに黙っちゃってんだよダイン、寝てるのか?」
「いやいや、記憶を読み返していたのです。…大きくなりましたねえ、ツヴァイ」
私のしみじみとした呟きに、赤毛の青年はどこか照れくさそうに鼻の横を掻いた。
「――――そ、そりゃ、僕だって年をとってんだから…」
「全くです。出会った頃はこんなに小さかったのに」
両手を子猫を抱くような大きさに開いてみせると、ツヴァイがすかさず噛み付いてくる。
「…って、そんなに小さいわけないだろっ!? 猫かなんかかっ!?」
「これは失礼、小鳥でしたか」
「誰が小鳥だ――――っ!?」
…背が伸びたといえど、喚く顔の位置は私の肩口辺りで。私は軽く笑いながら、それを受け流し空を見た。
「ああ、いい天気です。心が洗われますね」
「人の話を聞けよっ!?」
…全て世は、事もなし。
※ ※ ※
Zwei〜翼の記憶 (アクロス2巻、クライマックス直後)
アヴェルシア王妃マリアを保護した“黄金の狼”一行は、ラドフォード伯の別荘にて追っ手たる“(アーバレスト)”グレゴリー・バクスターを退けた。
別荘番のグラハム夫妻の温かな計らいで、夕食まで休んでいられるようにと各自に部屋を与えられる。
その一室で――――ツヴァイは、大きな姿見に向かい合っていた。
「…………」
当然ながら、鏡の中には見慣れた自分の顔がある。だが、今はその上に幻影が重なる。
―――“三叉槍(トライデント)”のドライ、そう名乗った自分と同じ顔の三人の少年達。
―――“火焔剣(フランベルジュ)”のアイン、そう名乗り謎を残して去った赤い翼の少年。
その出自も、同じ顔をしている訳も、何も明かさぬまま去って行った彼らの事を考えると、胸のうちにふつふつと怒りが湧き上がってくる。
……鏡に向き合ったまま、おもむろにツヴァイは上半身の鎧と衣服を脱ぎ去る。
軽く背中に意識を集中すると、白い翼が大きく音もなく開いた。
戦の神グランアインの眷属である“剛なる人”ドゥアン、その一派“天翼族(オルニス)”の証たる翼。
母はヒューリンだから、この翼は父親かその祖先から受け継いだものだろう。幼い頃は、何故自分は他の子供と違うのかと聞いては母を困らせたものだ。
………知らず、握り締めたツヴァイの手に力がこもる。強く唇を噛み締めている。
何故、どうしてといくら考えても答えは出ない。それでも心に湧き上がる思いは止まらなかった。
―――不意に予告なく、扉が開く。
「ツヴァイくーん、もうすぐご飯ができるからって……きゃっ!?」
元気良く顔を覗かせたミリアが、上半身裸のツヴァイに驚いて顔を引っ込めた。
「うわっ!? な、なんだよミリア、ノックぐらいしろよっ!?」
「ご、ごめんっ、忘れてたっ!!」
慌てたツヴァイが翼をしまい、脱ぎ捨てたシャツを拾い上げる。扉に向かって叫ぶと、声だけが返ってきた。
―――…ったく…ミリアらしいや…
口の中で呟きながら、シャツを着込む。ミリアはもう顔を出さなかったが、気配だけは感じ取れた。
「…………ね、ツヴァイ君……羽根出してたのって、ひょっとして、アイツの事、考えて……?」
「…………あぁ」
遠慮がちに尋ねる声に、ツヴァイは鏡を睨みながら答える。知りたければ母親に聞けと、冷笑するアインの顔がそこに重なった。
「………ドライって言う、あいつらも…羽根は違うけど、ツヴァイ君と同じ顔していたもんね……」
「――――」
…そう。ドライ達はツヴァイの――ツヴァイと、アインのものとは違う、竜のような羽根を持っていた。
自分と同じ顔でありながら、翼が違う――それは、どういうことなのか。深く考えようとすると、その奥にいるおぞましいものを呼び覚ましてしまいそうで。
暗い考えに沈みかけたツヴァイを引き戻したのは―――ミリアの声だった。
「……ねぇ。ツヴァイ君は、自分の羽根、好き?」
「――――えっ?」
「ボクは好きだよ、ツヴァイ君の羽根。どこか遠くへ、飛んで行けそうじゃない? うらやましいなぁ」
どこか無理をした、明るい声。妙にのんびりとしたその言い草に、こちらを慰めようとしている意図を感じて――ツヴァイは小さく笑った。
「………そんなに、遠くまでは飛べないって。結構疲れるしさ、走るのと変わらないよ」
「そうなんだ? でもさ、やっぱり感じが違うじゃない? 自分の力で飛ぶのって」
「そうかな――」
背中合わせで、顔が見えないからだろうか。突っかかることなく素直にミリアと話すのが、なんだか心地良い。
明日には、“黄金の狼”は一旦解散となり――ツヴァイはダインと共に、ノルウィッチへと旅立つつもりでいる。だから、こんな会話もしばらくはお預けで――
「………ね、いつかさ、ボクを連れて飛んでよね」
ふんわりと、柔らかな微笑を――見えないけれど、言葉に載せてミリアが囁く。素直に頷いてしまうのが気恥ずかしくて、ツヴァイはつい軽口を叩いてしまう。
「…………い、いいけど…だったらさ、連れて飛べるくらいの重さ維持しろよな」
「―――――っ、な、なによっ、ツヴァイ君さいてーっ!!」
ツヴァイが軽口のつもりで発した言葉は、(当然だが)ミリアの怒りを誘い――捨て台詞と共に、大きな足音が廊下を駆け去っていく。
正面から顔を合わせていたら、確実に三発は殴られていただろう。このときのツヴァイは、正しく幸運であった――のだが。
「…………なんなんだよ、ミリアのやつ…」
人気の消えた廊下を覗き込んで、ツヴァイは状況のわかっていないぼやきをこぼす。
翌朝、別れの時までミリアが不機嫌だったことは言うまでもなく。それについてぼやいたツヴァイが、誰からも同情されなかったことは――言うまでもない。
別荘番のグラハム夫妻の温かな計らいで、夕食まで休んでいられるようにと各自に部屋を与えられる。
その一室で――――ツヴァイは、大きな姿見に向かい合っていた。
「…………」
当然ながら、鏡の中には見慣れた自分の顔がある。だが、今はその上に幻影が重なる。
―――“三叉槍(トライデント)”のドライ、そう名乗った自分と同じ顔の三人の少年達。
―――“火焔剣(フランベルジュ)”のアイン、そう名乗り謎を残して去った赤い翼の少年。
その出自も、同じ顔をしている訳も、何も明かさぬまま去って行った彼らの事を考えると、胸のうちにふつふつと怒りが湧き上がってくる。
……鏡に向き合ったまま、おもむろにツヴァイは上半身の鎧と衣服を脱ぎ去る。
軽く背中に意識を集中すると、白い翼が大きく音もなく開いた。
戦の神グランアインの眷属である“剛なる人”ドゥアン、その一派“天翼族(オルニス)”の証たる翼。
母はヒューリンだから、この翼は父親かその祖先から受け継いだものだろう。幼い頃は、何故自分は他の子供と違うのかと聞いては母を困らせたものだ。
………知らず、握り締めたツヴァイの手に力がこもる。強く唇を噛み締めている。
何故、どうしてといくら考えても答えは出ない。それでも心に湧き上がる思いは止まらなかった。
―――不意に予告なく、扉が開く。
「ツヴァイくーん、もうすぐご飯ができるからって……きゃっ!?」
元気良く顔を覗かせたミリアが、上半身裸のツヴァイに驚いて顔を引っ込めた。
「うわっ!? な、なんだよミリア、ノックぐらいしろよっ!?」
「ご、ごめんっ、忘れてたっ!!」
慌てたツヴァイが翼をしまい、脱ぎ捨てたシャツを拾い上げる。扉に向かって叫ぶと、声だけが返ってきた。
―――…ったく…ミリアらしいや…
口の中で呟きながら、シャツを着込む。ミリアはもう顔を出さなかったが、気配だけは感じ取れた。
「…………ね、ツヴァイ君……羽根出してたのって、ひょっとして、アイツの事、考えて……?」
「…………あぁ」
遠慮がちに尋ねる声に、ツヴァイは鏡を睨みながら答える。知りたければ母親に聞けと、冷笑するアインの顔がそこに重なった。
「………ドライって言う、あいつらも…羽根は違うけど、ツヴァイ君と同じ顔していたもんね……」
「――――」
…そう。ドライ達はツヴァイの――ツヴァイと、アインのものとは違う、竜のような羽根を持っていた。
自分と同じ顔でありながら、翼が違う――それは、どういうことなのか。深く考えようとすると、その奥にいるおぞましいものを呼び覚ましてしまいそうで。
暗い考えに沈みかけたツヴァイを引き戻したのは―――ミリアの声だった。
「……ねぇ。ツヴァイ君は、自分の羽根、好き?」
「――――えっ?」
「ボクは好きだよ、ツヴァイ君の羽根。どこか遠くへ、飛んで行けそうじゃない? うらやましいなぁ」
どこか無理をした、明るい声。妙にのんびりとしたその言い草に、こちらを慰めようとしている意図を感じて――ツヴァイは小さく笑った。
「………そんなに、遠くまでは飛べないって。結構疲れるしさ、走るのと変わらないよ」
「そうなんだ? でもさ、やっぱり感じが違うじゃない? 自分の力で飛ぶのって」
「そうかな――」
背中合わせで、顔が見えないからだろうか。突っかかることなく素直にミリアと話すのが、なんだか心地良い。
明日には、“黄金の狼”は一旦解散となり――ツヴァイはダインと共に、ノルウィッチへと旅立つつもりでいる。だから、こんな会話もしばらくはお預けで――
「………ね、いつかさ、ボクを連れて飛んでよね」
ふんわりと、柔らかな微笑を――見えないけれど、言葉に載せてミリアが囁く。素直に頷いてしまうのが気恥ずかしくて、ツヴァイはつい軽口を叩いてしまう。
「…………い、いいけど…だったらさ、連れて飛べるくらいの重さ維持しろよな」
「―――――っ、な、なによっ、ツヴァイ君さいてーっ!!」
ツヴァイが軽口のつもりで発した言葉は、(当然だが)ミリアの怒りを誘い――捨て台詞と共に、大きな足音が廊下を駆け去っていく。
正面から顔を合わせていたら、確実に三発は殴られていただろう。このときのツヴァイは、正しく幸運であった――のだが。
「…………なんなんだよ、ミリアのやつ…」
人気の消えた廊下を覗き込んで、ツヴァイは状況のわかっていないぼやきをこぼす。
翌朝、別れの時までミリアが不機嫌だったことは言うまでもなく。それについてぼやいたツヴァイが、誰からも同情されなかったことは――言うまでもない。
※ ※ ※
Miria〜気に食わないアイツ (アクロス2巻、クライマックス直後)
初めて会ったとき、ボクは――なんて気に食わないヤツだろうって、思ったんだ。
アヴェルシア王国の傭兵隊、“黄金の狼”に入ってすぐ、ボクはカテナ隊長の従者を言いつけられた。
訓練はしてきているけど、まだまだ傭兵としては駆け出しで。しかも女の子だからってことで。…それに不満が、ないわけじゃなかったけど。
それでも、カテナ隊長のそばで戦うことで学ぶものは多かったし、エルザさんは優しくて一緒にいると楽しかった。
……だけど、たったひとつ。
同じ頃に、カテナ隊長の従者になった、ツヴァイという男の子。
それまでは前線に出ていたけど、無茶なことばっかりして怒られて、それで隊長が直々に目をかけることに決まったって聞いた。
そんな話だけでもイヤな感じだったのに、実際に会ったツヴァイ君はもっとイヤな感じだった―――
「…なんだよ。お前と一緒なのかよ」
ボクと――同じ年頃の女と一緒にされるのが不満なのか、ずっとむすっとした顔で、自己紹介らしいことも言わずに。
そんなだから第一印象が最悪で、こんなヤツとはぜ―――ったい仲良くなったりしない!! って、ボクも思った。
…………だけど。
ボクが重たいものを持っていれば、なんだかんだと文句をつけては代わってくれたり。
何か失敗をしたというと「全く、ミリアはドジだなぁ」と言いながら後始末を手伝ってくれたり。
…口は悪いけど、嫌なやつじゃないって―――ホントは、とってもいい人だって、わかってきて。
――――いつの間にか、いつでもツヴァイ君の事を探すようになっていて。
でも、ツヴァイ君が探しているのはいつも、カテナ隊長の姿で。
戦い方や、魔導銃(キャリバー)の使い方を教わるから、それはしょうがないけど……だけどだけど、そっちばっかりで。
――――だから、つい、言ってしまった。
貴族が嫌いだって言うツヴァイ君に、『カテナ隊長は貴族だ』って――――
……ボクだって、ツヴァイ君には黙ってるけど貴族で…だけど言わずにはいられなくって、言ってから物凄く後悔して。
しかも、ツヴァイ君は―――
『今は貴族じゃないなら、関係ない。立派な人だよ』『エルザ姉ちゃんだっていい人だよ。貴族じゃないしね』
――――言ってしまったたボクの方がずっと、辛くて。
ツヴァイ君とはもう、今までみたいに話せないかも知れないって、思ったんだ。
…………だから、クロフトの街で助けに来てくれた時はとても嬉しかったし、素直に頼りにする事ができた。
フェリストルでは、ツヴァイ君と同じ顔の“バルムンク”って敵が3人も出て来て。
何がなんだか、訳がわからないって――ツヴァイ君はずっと苛立っていた。そのうえ、もっとそっくりなアインって言うやつまで現れて。
ボクが依頼して、巻き込んでしまったから――だから、少しでも元気になって欲しくて、
「……ねぇ。ツヴァイ君は、自分の羽根、好き?」
ツヴァイ君の部屋の前で、壁に背中を預けて――天井を見上げながら、ボクはそっと呟いた。
「――――えっ?」
「ボクは好きだよ、ツヴァイ君の羽根。どこか遠くへ、飛んで行けそうじゃない? うらやましいなぁ」
………言っちゃった。震えそうな声を励ましながら、なんとか言いきった僕の耳に――ツヴァイ君の小さな笑い声が響く。
「………そんなに、遠くまでは飛べないって。結構疲れるしさ、走るのと変わらないよ」
「そうなんだ? でもさ、やっぱり感じが違うじゃない? 自分の力で飛ぶのって」
「そうかな――」
できるだけ普通に、素直に。ツヴァイ君とこんな風に話すのは初めてかもしれない。だけど、明日には――
ユンガー隊長は“黄金の狼”は一旦解散するって言って。――ツヴァイ君とダイン君は、ノルウィッチに行ってしまう。
お姉さまと共にここに残るボクとは、しばらく――いつになるかはわからないけれど、お別れで。
「………ね、いつかさ、ボクを連れて飛んでよね」
微笑を言葉に―――声に乗せて、ボクはそっと囁いた。ほんの少しだけ間があって―――
「…………い、いいけど…だったらさ、連れて飛べるくらいの重さ維持しろよな」
「―――――っ、な、なによっ、ツヴァイ君さいてーっ!!」
アタマにかあっと血が昇って、気がついたらそう言って廊下を走り出していた。
……多分、いや絶対、ツヴァイ君は軽口のつもりで言ったんだと思う。ボク、そんなに重たくなんかないし! …たぶん…。
だけど、だけどあんな時にそんな事言うなんて…………っ!!
ツヴァイ君なんか―――やっぱり気に食わないんだからっ!!
アヴェルシア王国の傭兵隊、“黄金の狼”に入ってすぐ、ボクはカテナ隊長の従者を言いつけられた。
訓練はしてきているけど、まだまだ傭兵としては駆け出しで。しかも女の子だからってことで。…それに不満が、ないわけじゃなかったけど。
それでも、カテナ隊長のそばで戦うことで学ぶものは多かったし、エルザさんは優しくて一緒にいると楽しかった。
……だけど、たったひとつ。
同じ頃に、カテナ隊長の従者になった、ツヴァイという男の子。
それまでは前線に出ていたけど、無茶なことばっかりして怒られて、それで隊長が直々に目をかけることに決まったって聞いた。
そんな話だけでもイヤな感じだったのに、実際に会ったツヴァイ君はもっとイヤな感じだった―――
「…なんだよ。お前と一緒なのかよ」
ボクと――同じ年頃の女と一緒にされるのが不満なのか、ずっとむすっとした顔で、自己紹介らしいことも言わずに。
そんなだから第一印象が最悪で、こんなヤツとはぜ―――ったい仲良くなったりしない!! って、ボクも思った。
…………だけど。
ボクが重たいものを持っていれば、なんだかんだと文句をつけては代わってくれたり。
何か失敗をしたというと「全く、ミリアはドジだなぁ」と言いながら後始末を手伝ってくれたり。
…口は悪いけど、嫌なやつじゃないって―――ホントは、とってもいい人だって、わかってきて。
――――いつの間にか、いつでもツヴァイ君の事を探すようになっていて。
でも、ツヴァイ君が探しているのはいつも、カテナ隊長の姿で。
戦い方や、魔導銃(キャリバー)の使い方を教わるから、それはしょうがないけど……だけどだけど、そっちばっかりで。
――――だから、つい、言ってしまった。
貴族が嫌いだって言うツヴァイ君に、『カテナ隊長は貴族だ』って――――
……ボクだって、ツヴァイ君には黙ってるけど貴族で…だけど言わずにはいられなくって、言ってから物凄く後悔して。
しかも、ツヴァイ君は―――
『今は貴族じゃないなら、関係ない。立派な人だよ』『エルザ姉ちゃんだっていい人だよ。貴族じゃないしね』
――――言ってしまったたボクの方がずっと、辛くて。
ツヴァイ君とはもう、今までみたいに話せないかも知れないって、思ったんだ。
…………だから、クロフトの街で助けに来てくれた時はとても嬉しかったし、素直に頼りにする事ができた。
フェリストルでは、ツヴァイ君と同じ顔の“バルムンク”って敵が3人も出て来て。
何がなんだか、訳がわからないって――ツヴァイ君はずっと苛立っていた。そのうえ、もっとそっくりなアインって言うやつまで現れて。
ボクが依頼して、巻き込んでしまったから――だから、少しでも元気になって欲しくて、
「……ねぇ。ツヴァイ君は、自分の羽根、好き?」
ツヴァイ君の部屋の前で、壁に背中を預けて――天井を見上げながら、ボクはそっと呟いた。
「――――えっ?」
「ボクは好きだよ、ツヴァイ君の羽根。どこか遠くへ、飛んで行けそうじゃない? うらやましいなぁ」
………言っちゃった。震えそうな声を励ましながら、なんとか言いきった僕の耳に――ツヴァイ君の小さな笑い声が響く。
「………そんなに、遠くまでは飛べないって。結構疲れるしさ、走るのと変わらないよ」
「そうなんだ? でもさ、やっぱり感じが違うじゃない? 自分の力で飛ぶのって」
「そうかな――」
できるだけ普通に、素直に。ツヴァイ君とこんな風に話すのは初めてかもしれない。だけど、明日には――
ユンガー隊長は“黄金の狼”は一旦解散するって言って。――ツヴァイ君とダイン君は、ノルウィッチに行ってしまう。
お姉さまと共にここに残るボクとは、しばらく――いつになるかはわからないけれど、お別れで。
「………ね、いつかさ、ボクを連れて飛んでよね」
微笑を言葉に―――声に乗せて、ボクはそっと囁いた。ほんの少しだけ間があって―――
「…………い、いいけど…だったらさ、連れて飛べるくらいの重さ維持しろよな」
「―――――っ、な、なによっ、ツヴァイ君さいてーっ!!」
アタマにかあっと血が昇って、気がついたらそう言って廊下を走り出していた。
……多分、いや絶対、ツヴァイ君は軽口のつもりで言ったんだと思う。ボク、そんなに重たくなんかないし! …たぶん…。
だけど、だけどあんな時にそんな事言うなんて…………っ!!
ツヴァイ君なんか―――やっぱり気に食わないんだからっ!!
※ ※ ※
Elza〜笑顔の記憶 (アクロス3巻、エンディング後)
「……じゃ、ちょーっとここで待っててねー。今、いろいろと話しつけてきちゃうから…出店場所とか?」
軽く苦笑しながらそう言ったサイラスが、扉の向こうへ消えてゆく。
―――ここは、エストネルのさる神殿の中。
国王直属の密偵『ノーデンス』となる事を承知したユンガーと、シェルドニアン学園に教師として赴任することになったエルザが共に残された。
「…………良かったのか、エルザ」
神に仕える神殿とはいえ、それなりに豪奢な内装をしげしげと眺めていたエルザに、ユンガーが重い声で話し掛ける。
「よかった、って? 何がですか、隊長?」
首を傾げてエルザが覗き込むと、眼鏡の奥のやぶ睨みな目と――近眼のためなのだが、誤解されやすい――視線が合った。
「学園への赴任が、だ。―――普通の人でありたいというのからは、いささか外れていないか」
銀髪のエルダナーンは、冷静沈着な顔に心配そうな色を浮かべてこちらを見ている。アイスブルーの瞳に向かって、エルザはにっこりと微笑んで見せた。
「大丈夫ですよ〜、そんなに気にしないで下さい。わたし、これでも小さい子の面倒を見るのは得意なんですよ?」
確かに、エルザは下に弟妹がいるとは聞いているし、部隊でもツヴァイやミリアの面倒を見ることも多い。しかし…
「…………ただの子供とは、訳が違うだろう」
眉をしかめ、大きく息をつくユンガーに、エルザはにっこりと笑って見せた。
「はい、貴族とか大きなお店の商人の子とか、中には王族の子もいるんですよね。…だから、いいんです」
権威を価値基準にした事のない(金銭が関わる事はままあるが)エルザの珍しい発言に、ユンガーはゆっくりと瞬きをする。
その表情を見て、大きな帽子を取りながら――エルザはまた、微笑を浮かべた。
「だって、そういう子ども達はいずれ――政治に関わることになるでしょう」
そもそも、シェルドニアン学園は――戦乱の中で、『自国を基準に歪められた歴史』が更なる泥沼を生むことを危惧したエストネルが、『裁定者の目から見た事実のみの歴史』を指導者となる王族・貴族の子に教える場として造られた施設でもある。
「わたしは傭兵で、実家は武器商人ですけど――そういう子ども達に、教えたいんです。少しでも戦争が短くなるように、傷つく人が少なくなるように考えてみて欲しいって。
そうすれば、気の長い話かもしれないけど、いつかは戦争が少なくなって…バルムンクも、見えにくいところから姿を現すかもしれませんし」
カテナが追い、ユンガーも追うと決めた敵の名から先を、エルザは息をひそめるようにして囁く。
「―――確かに、気の長い話かも知れんな。…だが、無益ではない」
ふ、と笑って。ユンガーはエルザが外した帽子を取り上げる。
「………むしろ、それこそがいちばん必要なことだろうな。余計な気遣いをしたようだ」
「いいえ、嬉しいですよ♪」
にこにこと笑うエルザに、帽子を持ったまま顔を寄せて――
「…………え――――っと、お邪魔だったー…?」
ドアを開けて入って来たサイラスが、帽子の影になった二人に声をかける。
「…何のことだ?」
「そうそう。帽子を直してもらってただけですよ?」
「あ――――――………ま、いいけどー。一応、これシェルドニアン学園の資料ねー」
全く何ともないような表情で離れたエルザとユンガーに、サイラスは苦笑を返しながら書類をテーブルに置く。
「あ、はいっ、読んどきますね〜」
「お願いしますー。で、ユンガーはちょっとこっちー」
「………ああ、わかった」
軽く手招きするサイラスに応じ、ユンガーは豪奢なソファから身を起こす。資料をめくり始めたエルザが顔を上げ、小さく手を振り――
「―――行ってらっしゃい、ユンガーさん」
「―――ああ、行ってくる」
かすかな微笑だけをかわす、それだけで。笑顔のままの記憶だけを留めて。
――――三十分後、説明に訪れたシェルドニアン学園の関係者は、瞼の腫れた魔法使いに仰天したという。
軽く苦笑しながらそう言ったサイラスが、扉の向こうへ消えてゆく。
―――ここは、エストネルのさる神殿の中。
国王直属の密偵『ノーデンス』となる事を承知したユンガーと、シェルドニアン学園に教師として赴任することになったエルザが共に残された。
「…………良かったのか、エルザ」
神に仕える神殿とはいえ、それなりに豪奢な内装をしげしげと眺めていたエルザに、ユンガーが重い声で話し掛ける。
「よかった、って? 何がですか、隊長?」
首を傾げてエルザが覗き込むと、眼鏡の奥のやぶ睨みな目と――近眼のためなのだが、誤解されやすい――視線が合った。
「学園への赴任が、だ。―――普通の人でありたいというのからは、いささか外れていないか」
銀髪のエルダナーンは、冷静沈着な顔に心配そうな色を浮かべてこちらを見ている。アイスブルーの瞳に向かって、エルザはにっこりと微笑んで見せた。
「大丈夫ですよ〜、そんなに気にしないで下さい。わたし、これでも小さい子の面倒を見るのは得意なんですよ?」
確かに、エルザは下に弟妹がいるとは聞いているし、部隊でもツヴァイやミリアの面倒を見ることも多い。しかし…
「…………ただの子供とは、訳が違うだろう」
眉をしかめ、大きく息をつくユンガーに、エルザはにっこりと笑って見せた。
「はい、貴族とか大きなお店の商人の子とか、中には王族の子もいるんですよね。…だから、いいんです」
権威を価値基準にした事のない(金銭が関わる事はままあるが)エルザの珍しい発言に、ユンガーはゆっくりと瞬きをする。
その表情を見て、大きな帽子を取りながら――エルザはまた、微笑を浮かべた。
「だって、そういう子ども達はいずれ――政治に関わることになるでしょう」
そもそも、シェルドニアン学園は――戦乱の中で、『自国を基準に歪められた歴史』が更なる泥沼を生むことを危惧したエストネルが、『裁定者の目から見た事実のみの歴史』を指導者となる王族・貴族の子に教える場として造られた施設でもある。
「わたしは傭兵で、実家は武器商人ですけど――そういう子ども達に、教えたいんです。少しでも戦争が短くなるように、傷つく人が少なくなるように考えてみて欲しいって。
そうすれば、気の長い話かもしれないけど、いつかは戦争が少なくなって…バルムンクも、見えにくいところから姿を現すかもしれませんし」
カテナが追い、ユンガーも追うと決めた敵の名から先を、エルザは息をひそめるようにして囁く。
「―――確かに、気の長い話かも知れんな。…だが、無益ではない」
ふ、と笑って。ユンガーはエルザが外した帽子を取り上げる。
「………むしろ、それこそがいちばん必要なことだろうな。余計な気遣いをしたようだ」
「いいえ、嬉しいですよ♪」
にこにこと笑うエルザに、帽子を持ったまま顔を寄せて――
「…………え――――っと、お邪魔だったー…?」
ドアを開けて入って来たサイラスが、帽子の影になった二人に声をかける。
「…何のことだ?」
「そうそう。帽子を直してもらってただけですよ?」
「あ――――――………ま、いいけどー。一応、これシェルドニアン学園の資料ねー」
全く何ともないような表情で離れたエルザとユンガーに、サイラスは苦笑を返しながら書類をテーブルに置く。
「あ、はいっ、読んどきますね〜」
「お願いしますー。で、ユンガーはちょっとこっちー」
「………ああ、わかった」
軽く手招きするサイラスに応じ、ユンガーは豪奢なソファから身を起こす。資料をめくり始めたエルザが顔を上げ、小さく手を振り――
「―――行ってらっしゃい、ユンガーさん」
「―――ああ、行ってくる」
かすかな微笑だけをかわす、それだけで。笑顔のままの記憶だけを留めて。
――――三十分後、説明に訪れたシェルドニアン学園の関係者は、瞼の腫れた魔法使いに仰天したという。
※ ※ ※
Junger〜消えない微笑 (無印4巻、舞台裏)
『…同じ髪の色とは、な。並ぶとまるで、姉弟みたいじゃないか?』
守護役として初めて引き合わされた時。今よりも少年めいた声で、彼女は自分の髪を摘み上げて不敵に笑った。
『………私は、私である事を止めたいとは思わないんだ』
家を出ると、静かに決意したその日。背中越しに彼女は、そう笑っていった。
そして――――
「………さん。ユンガーさん、大丈夫ですか?」
柔らかな声に揺り起こされて、ユンガーは目を開く。
「―――――あぁ、エルザか…すまない、眠ってしまっていたか」
ノーデンスの潜伏用に使われる宿のひとつ。壁際に置かれた安楽椅子の中で、うたた寝していたらしい。
姿勢を変えようと身動きすると、エルザが眼鏡にかかる前髪を避けながら首を横に振った。
「仕方がないですよ。調査中はそれこそ、不眠不休だったんですから」
「――――自己管理の不行き届きだ…情報は渡してくれたか?」
めがねをはずし、両瞼を抑える。黒い視界の中で、エルザがうなずいた気配がした。
「はい、お元気そうでした。フェリタニアの軍師様にもお会いできましたよ」
「あぁ…弟が仕えているんだったな」
「相変わらず、何にも音沙汰ないんですけどね。実家の話はしてないみたいですし」
ぼやけた視界の中でも、黒い帽子と鮮やかな金髪はよくわかる。その下の顔が苦笑しているのも。
エルザの弟――名前は確か、アルといった――には、ユンガーも一度会っている。色々と耐えかねて、剣聖に付き家を出たというあの少年が、新王国の騎士となったときにはさすがに驚いた。
―――そう。時間は経ち、ユンガー達を取り巻く環境は大きく変わっていた。
フェリタニアという新しい王国の出現も、その最たるひとつだろう。眼鏡をかけ直したまま、いくらか呆然としていると――エルザが心配そうに覗き込んできた。
「…………大丈夫ですか? やっぱり、お疲れなんじゃ―――」
「いや。―――ずいぶんと懐かしい夢を見ていた」
「夢………?」
椅子の中で身を起こし、自分の膝に肘をつく。丸めた背中に、エルザが優しく手を乗せた。
「ああ、カテナ隊長の――まだ、アナスタシア様と呼んでいた頃の夢だ。初めて会った時、家を出る時――それに」
―――耳にまだ残る声を、無意識にユンガーは反芻していた。
「…………指示はない、か」
「え?」
「夢の中で、隊長が言った。――『私からの指示はもう、お前たちには必要ない』と」
それは、いつとも知れぬ夢。“黄金の狼”――傭兵部隊だった頃の、共に戦った仲間とユンガーは焚き火を囲んでいた。
エルザはもちろん、ツヴァイやダイン、ミリアにノルベルト――そして、霧の向こうから。
「………カテナ隊長が現れて、皆が呼ぶんだ。だが隊長は、笑顔で――」
「指示はないって、そう――言うんですね」
後を引き取ったエルザに、ユンガーは小さく笑顔を向ける。どこかにつかえていたものが落ちたような、そんな気分で。
「自分には自分の、お前たちにはお前達の道がある――とな。夢に過ぎないとは思うが、どうしてか安心できる夢だった」
鮮やかなサファイアブルーの瞳を細めて、エルザも柔らかく微笑んだ。
「―――夢じゃ、ないかもしれませんよ。隊長がどこかで、そう言ったのが聞こえたのかも」
「かもしれんな。夢にしては、できすぎている」
椅子から立ち上がると、ユンガーは静かに頷いて――椅子の背にかけていた黒いマントを手に取った。
「―――さぁ。私の道を行くとしようか」
守護役として初めて引き合わされた時。今よりも少年めいた声で、彼女は自分の髪を摘み上げて不敵に笑った。
『………私は、私である事を止めたいとは思わないんだ』
家を出ると、静かに決意したその日。背中越しに彼女は、そう笑っていった。
そして――――
「………さん。ユンガーさん、大丈夫ですか?」
柔らかな声に揺り起こされて、ユンガーは目を開く。
「―――――あぁ、エルザか…すまない、眠ってしまっていたか」
ノーデンスの潜伏用に使われる宿のひとつ。壁際に置かれた安楽椅子の中で、うたた寝していたらしい。
姿勢を変えようと身動きすると、エルザが眼鏡にかかる前髪を避けながら首を横に振った。
「仕方がないですよ。調査中はそれこそ、不眠不休だったんですから」
「――――自己管理の不行き届きだ…情報は渡してくれたか?」
めがねをはずし、両瞼を抑える。黒い視界の中で、エルザがうなずいた気配がした。
「はい、お元気そうでした。フェリタニアの軍師様にもお会いできましたよ」
「あぁ…弟が仕えているんだったな」
「相変わらず、何にも音沙汰ないんですけどね。実家の話はしてないみたいですし」
ぼやけた視界の中でも、黒い帽子と鮮やかな金髪はよくわかる。その下の顔が苦笑しているのも。
エルザの弟――名前は確か、アルといった――には、ユンガーも一度会っている。色々と耐えかねて、剣聖に付き家を出たというあの少年が、新王国の騎士となったときにはさすがに驚いた。
―――そう。時間は経ち、ユンガー達を取り巻く環境は大きく変わっていた。
フェリタニアという新しい王国の出現も、その最たるひとつだろう。眼鏡をかけ直したまま、いくらか呆然としていると――エルザが心配そうに覗き込んできた。
「…………大丈夫ですか? やっぱり、お疲れなんじゃ―――」
「いや。―――ずいぶんと懐かしい夢を見ていた」
「夢………?」
椅子の中で身を起こし、自分の膝に肘をつく。丸めた背中に、エルザが優しく手を乗せた。
「ああ、カテナ隊長の――まだ、アナスタシア様と呼んでいた頃の夢だ。初めて会った時、家を出る時――それに」
―――耳にまだ残る声を、無意識にユンガーは反芻していた。
「…………指示はない、か」
「え?」
「夢の中で、隊長が言った。――『私からの指示はもう、お前たちには必要ない』と」
それは、いつとも知れぬ夢。“黄金の狼”――傭兵部隊だった頃の、共に戦った仲間とユンガーは焚き火を囲んでいた。
エルザはもちろん、ツヴァイやダイン、ミリアにノルベルト――そして、霧の向こうから。
「………カテナ隊長が現れて、皆が呼ぶんだ。だが隊長は、笑顔で――」
「指示はないって、そう――言うんですね」
後を引き取ったエルザに、ユンガーは小さく笑顔を向ける。どこかにつかえていたものが落ちたような、そんな気分で。
「自分には自分の、お前たちにはお前達の道がある――とな。夢に過ぎないとは思うが、どうしてか安心できる夢だった」
鮮やかなサファイアブルーの瞳を細めて、エルザも柔らかく微笑んだ。
「―――夢じゃ、ないかもしれませんよ。隊長がどこかで、そう言ったのが聞こえたのかも」
「かもしれんな。夢にしては、できすぎている」
椅子から立ち上がると、ユンガーは静かに頷いて――椅子の背にかけていた黒いマントを手に取った。
「―――さぁ。私の道を行くとしようか」
※ ※ ※
Cathena〜運命の連鎖 (無印4巻7話、エンディング後)
―――揺れる焚き火。その向こうで、誰かが手を振っている―――
「…カテナ殿? どうかしたかのう」
懐かしい声ではなく、聞き慣れた声に――カテナは自分のいる場所を思い出した。
「いや、なんでもない。寝が足りてないようだ」
野営の焚き火に薪をくべると、向かいに座っていたネヴァーフ――ゼパがほっほっと笑う。
「カテナ殿は、気力の消費が激しいからのう。後はワシに任せて、早く休みなされ」
「もう少し起きているさ。じいさんこそ早く休め」
――見た目こそ若々しいが、実際のところカテナの年齢はゼパとほとんど変わらない。嫌味のような、自虐のような物言いを、ゼパは再び笑って受け流す。
「やはり、お疲れのようじゃのう。―――捨ててきた故郷というのは、つらいものかの」
…グラスウェルズに来る際に口を利いてもらった関係で、ゼパはカテナが元々レイウォールにいた事を知っている。
遠まわしでなくシンプルな言葉に――カテナは力ない笑いを返した。
「そこまで感傷的ではないよ。――それに、帰る所はもうない。それを実感したのが、きついといえばきついな」
カテナの家族はバルムンクによって殺され、出奔して作り上げた傭兵隊も壊滅している。自分の帰れる場所はもう、永遠に喪われたのだと――まざまざと見せ付けられる旅だった。
「そうじゃのう…おまけに、幻竜騎士団にも帰れんとは」
皮肉めいた軽口に真面目に反応し、ゼパはしょんぼりと髭をたらす。
カテナ達の所属する、幻竜騎士団――その隠密部隊であるファントムレイダーズ。
隊長たるナーシアが、上司ゴーダ伯の手からロッシュを取り返した――という情報だけは、すでに別れたフェリタニア軍師ナヴァールから受け取っている。
それは、とりもなおさず――幻竜騎士団への、グラスウェルズへの反逆行為。
「まぁ、なるようにしかならんさ。私は構わんがね、どこにいたってバルムンクは追える」
「隊長殿が、弟さんを取り戻したのはいい事なんじゃがのう……ま、成り行きに任せる他無いかの」
立てた片膝を抱えるカテナの横で、ゼパは溜息をつき天を仰ぐ。
「―――家を出奔した呪いか、あるいは報いかな。身を寄せた場所が次々消えていくというのは」
思わず愚痴った言葉を、冗談と受取ったのか――ゼパは再び、ほっほっと笑う。
「ま、そうならそうで、また新しい居場所を作ればいい事じゃろ。所属がなくても人は生きていけるからの」
何しろ先は長い――と付け加えられた言葉に、カテナの顔にも笑みが戻る。
「……そうだな。『私である事を止めたいとは思わない』から」
「おや、それは何かの?」
「なぁに、昔の言葉だ。自分のね」
聞きとがめたゼパを適当にかわして、カテナは焚き火に手元の枝を投げ入れる。―――白い煙が、降るような星に向かって消えていった。
「…カテナ殿? どうかしたかのう」
懐かしい声ではなく、聞き慣れた声に――カテナは自分のいる場所を思い出した。
「いや、なんでもない。寝が足りてないようだ」
野営の焚き火に薪をくべると、向かいに座っていたネヴァーフ――ゼパがほっほっと笑う。
「カテナ殿は、気力の消費が激しいからのう。後はワシに任せて、早く休みなされ」
「もう少し起きているさ。じいさんこそ早く休め」
――見た目こそ若々しいが、実際のところカテナの年齢はゼパとほとんど変わらない。嫌味のような、自虐のような物言いを、ゼパは再び笑って受け流す。
「やはり、お疲れのようじゃのう。―――捨ててきた故郷というのは、つらいものかの」
…グラスウェルズに来る際に口を利いてもらった関係で、ゼパはカテナが元々レイウォールにいた事を知っている。
遠まわしでなくシンプルな言葉に――カテナは力ない笑いを返した。
「そこまで感傷的ではないよ。――それに、帰る所はもうない。それを実感したのが、きついといえばきついな」
カテナの家族はバルムンクによって殺され、出奔して作り上げた傭兵隊も壊滅している。自分の帰れる場所はもう、永遠に喪われたのだと――まざまざと見せ付けられる旅だった。
「そうじゃのう…おまけに、幻竜騎士団にも帰れんとは」
皮肉めいた軽口に真面目に反応し、ゼパはしょんぼりと髭をたらす。
カテナ達の所属する、幻竜騎士団――その隠密部隊であるファントムレイダーズ。
隊長たるナーシアが、上司ゴーダ伯の手からロッシュを取り返した――という情報だけは、すでに別れたフェリタニア軍師ナヴァールから受け取っている。
それは、とりもなおさず――幻竜騎士団への、グラスウェルズへの反逆行為。
「まぁ、なるようにしかならんさ。私は構わんがね、どこにいたってバルムンクは追える」
「隊長殿が、弟さんを取り戻したのはいい事なんじゃがのう……ま、成り行きに任せる他無いかの」
立てた片膝を抱えるカテナの横で、ゼパは溜息をつき天を仰ぐ。
「―――家を出奔した呪いか、あるいは報いかな。身を寄せた場所が次々消えていくというのは」
思わず愚痴った言葉を、冗談と受取ったのか――ゼパは再び、ほっほっと笑う。
「ま、そうならそうで、また新しい居場所を作ればいい事じゃろ。所属がなくても人は生きていけるからの」
何しろ先は長い――と付け加えられた言葉に、カテナの顔にも笑みが戻る。
「……そうだな。『私である事を止めたいとは思わない』から」
「おや、それは何かの?」
「なぁに、昔の言葉だ。自分のね」
聞きとがめたゼパを適当にかわして、カテナは焚き火に手元の枝を投げ入れる。―――白い煙が、降るような星に向かって消えていった。
※ ※ ※
Zepa〜記憶のカケラ (無印4巻7話、エンディング後。カテナの続き)
「…そういうゼパは、どうだったんだ?」
立ち上る煙を追うように白皙の顔を空に向けて、カテナは小さく聞いた。
「どう、とは? 何の話かの」
ゼパが聞くと、しゃらりと音がしそうな銀髪が流れ、皮肉げだが美しい微笑がこちらを向く。
「あの霧の中さ。私はお察しの通り、捨ててきた過去を見た。―――では、あんたは何を見た? 確か、記憶がないんだろう」
立てた片膝に肘を置く伝法な姿勢でも、カテナの所作にはどこか気品が漂う。思わず感心しながら、ゼパはつるり、と禿頭を撫でた。
「そうじゃのう。まあ、なんと説明したものか―――何も見なかったわい」
「何も―――?」
「なんというかの、“なんにもない”を見た。虚無とかいうものがあるなら、ああいう感じじゃったろうな」
気楽に言うと――カテナが、なんともいえない表情で硬直している。
「……………それは、また。大変なものを見たな」
「まあ、大変は大変だの。しかし、何とかなったわい。記憶も、帰る場所も、何にもなくても――ワシには、愛があるからの」
にっ、と髭を上げると、硬直した表情が和らいだ。
「お得意のフレーズが出たな。あんたらしいが――で? 他の試練もそれで乗り越えたのか?」
「とーぜんじゃ。…といいたいところじゃが、まあ何とかじゃのう。何しろベルフト王子に、グラスウェルズの燃える姿じゃった」
―――目の前に迫る“悪鬼魔人”、耳につく見知ったものたちの怨嗟の声。それは確かに、心を削る光景だった。
それでも、ゼパは打ち勝った。ただひたすらに前に向かって、足を動かした。
「………後に戻っても、何もないのは変わらんからのう。だったら、前にしか道はあるまいて」
「――――――常々思っていたことだが…思い切りが良いな、じいさん」
呆れているのか、感心しているのか。判断に迷う表情で、カテナは同僚に感服した視線を向ける。
「いやあ、何しろ思い出せんからの。悩んで出なけりゃ、生きてるうちに出るじゃろ」
「記憶を何か別のものと勘違いしてないか」
「いやいやそんなことは。―――しかしまぁ、帰れんとなると気にはなるかの」
カテナの鋭い突っ込みに首を横に振り、ゼパは焚き火に薪を足す。枯れ木の爆ぜる音が、大きく響いた。
薄暗く火の揺れる幻竜騎士団の詰め所、決して仲がよいとは言いがたい面々。それでも、慣れ親しんだ者達と離れることには寂しさもあった。
「お前さんは、クレセントとは仲もよかったしな。最も、ゴーダ伯はもうあそこにはいないようだが」
「いやいやいや、まぁ―――うむ、サボテンも気になるしのう」
「サボテンから離れろって」
からかう口調のカテナから慌てて目を逸らし、天を仰いでゼパは漂々と笑う。
凍てついた空気に、降るような星が映る。焚き火の煙が立ち上る空から視線を下ろして、ゼパは再びつるりと禿頭を撫でた。
「―――いざとなったら、ピアニィ陛下に倣って新しい国でも立ち上げるかのう。ナーシア隊長を女王にして」
「本人は、死ぬほど嫌がるだろうがな。アンソンは意外に張り切るかも知れんぞ」
軽口を叩きながら、長命種ふたりは若い二人に思いをはせる。
―――その先に待ち受けるものを、まだ誰も知らない。
立ち上る煙を追うように白皙の顔を空に向けて、カテナは小さく聞いた。
「どう、とは? 何の話かの」
ゼパが聞くと、しゃらりと音がしそうな銀髪が流れ、皮肉げだが美しい微笑がこちらを向く。
「あの霧の中さ。私はお察しの通り、捨ててきた過去を見た。―――では、あんたは何を見た? 確か、記憶がないんだろう」
立てた片膝に肘を置く伝法な姿勢でも、カテナの所作にはどこか気品が漂う。思わず感心しながら、ゼパはつるり、と禿頭を撫でた。
「そうじゃのう。まあ、なんと説明したものか―――何も見なかったわい」
「何も―――?」
「なんというかの、“なんにもない”を見た。虚無とかいうものがあるなら、ああいう感じじゃったろうな」
気楽に言うと――カテナが、なんともいえない表情で硬直している。
「……………それは、また。大変なものを見たな」
「まあ、大変は大変だの。しかし、何とかなったわい。記憶も、帰る場所も、何にもなくても――ワシには、愛があるからの」
にっ、と髭を上げると、硬直した表情が和らいだ。
「お得意のフレーズが出たな。あんたらしいが――で? 他の試練もそれで乗り越えたのか?」
「とーぜんじゃ。…といいたいところじゃが、まあ何とかじゃのう。何しろベルフト王子に、グラスウェルズの燃える姿じゃった」
―――目の前に迫る“悪鬼魔人”、耳につく見知ったものたちの怨嗟の声。それは確かに、心を削る光景だった。
それでも、ゼパは打ち勝った。ただひたすらに前に向かって、足を動かした。
「………後に戻っても、何もないのは変わらんからのう。だったら、前にしか道はあるまいて」
「――――――常々思っていたことだが…思い切りが良いな、じいさん」
呆れているのか、感心しているのか。判断に迷う表情で、カテナは同僚に感服した視線を向ける。
「いやあ、何しろ思い出せんからの。悩んで出なけりゃ、生きてるうちに出るじゃろ」
「記憶を何か別のものと勘違いしてないか」
「いやいやそんなことは。―――しかしまぁ、帰れんとなると気にはなるかの」
カテナの鋭い突っ込みに首を横に振り、ゼパは焚き火に薪を足す。枯れ木の爆ぜる音が、大きく響いた。
薄暗く火の揺れる幻竜騎士団の詰め所、決して仲がよいとは言いがたい面々。それでも、慣れ親しんだ者達と離れることには寂しさもあった。
「お前さんは、クレセントとは仲もよかったしな。最も、ゴーダ伯はもうあそこにはいないようだが」
「いやいやいや、まぁ―――うむ、サボテンも気になるしのう」
「サボテンから離れろって」
からかう口調のカテナから慌てて目を逸らし、天を仰いでゼパは漂々と笑う。
凍てついた空気に、降るような星が映る。焚き火の煙が立ち上る空から視線を下ろして、ゼパは再びつるりと禿頭を撫でた。
「―――いざとなったら、ピアニィ陛下に倣って新しい国でも立ち上げるかのう。ナーシア隊長を女王にして」
「本人は、死ぬほど嫌がるだろうがな。アンソンは意外に張り切るかも知れんぞ」
軽口を叩きながら、長命種ふたりは若い二人に思いをはせる。
―――その先に待ち受けるものを、まだ誰も知らない。
※ ※ ※
Anson〜戸惑うばかり (無印4巻8話、エンディング後)
「ねえ、ナーシア、ここを開けてくれよ〜…」
情けない声で言いながら、買い出しから戻ったばかりのアンソンはこつこつと扉を叩く。その向こうからは、無言の拒否だけが伝わってきた。
「ナーシアってば、ねぇ、聞こえてるよね? 何をそんなに怒ってるのさ〜…」
「………………アンソン殿、どうされましたかな?」
扉に縋りつかんばかりに情けない声を上げるアンソンの背後に、五十手前程度の壮年の男が立った。
「あ、えぇと、オトガル……さん」
「少し時間がありましたのでな、ナーシア様とロッシュ様のご様子を見に来たのですが…お部屋の中ですかな」
この宿を用意した人物であり、元メルトランド王室に仕える騎士だったオトガルは、ナーシアに忠節をつくしている。
「はぁ、その………なにか怒らせてしまったみたいで…」
大柄な背中を丸め、頭を掻くアンソンの様子に―――オトガルは何か得心したように頷くと、若き聖騎士の背中をいたわるように叩いた。
「―――よければ、下で話を聞きましょう。ここは我々の支援者のひとつでも有りますが、普通の客もおりますからな…目立ちますぞ」
「あ……………」
慌てるアンソンを静かに誘導して、壮年の騎士は階下の食堂に下りた。
ここは、旧メルトランド領内のとある宿屋。フェリタニア女王ピアニィとその騎士アルとは、先日この宿で別れを告げたばかりだ。
心配のあまりロッシュのそばから離れず休息も取らないという状態は脱したが、そもそもナーシアも外を遊び歩くような性格ではない。
それゆえ、結局暇さえあればロッシュを見ていることになる(もちろん、休息はとりながら)ナーシアに代わり、買い出しなどはアンソンが一手に引き受けていた。
そのこと自体は、構わない。外に出るのも食べ歩くのも好きなアンソンにとっては、ちょうどいい仕事だった。
とりあえず他に動くこともできないし、所属も今は解かれている――というか、放棄している。今はともかく、ゼパたちの合流を待つしかない身だ。
…が。そうなると、二人きりの状態が息苦しくなるのも確かで。
ただ何もせず、そのままでいることもできるかもしれないが―――密偵の任を解かれ、支えとなるロッシュが倒れた今、ナーシアは酷く疲れているように見えた。
あまりに頼りない、年相応な表情さえ見せるナーシアを元気付けてやりたい。そう思ってはいても、何をするべきかわからなくて。
とりあえず、モノで釣るわけでもないが――買い出しのたびにナーシアに土産を買っていくことにした、のだが。
「――――なんか、お土産が気に入ってもらえなかったみたいで…怒られちゃったんです」
しょんぼりと席につくアンソンの前に、オトガルは温かな茶を差し出す。
「お土産、ですか。一体どのようなものを――?」
「最初は、お菓子だったんですが…食べられるかって突っ返されちゃって。それじゃあと思って、女の子の好きそうな、何ていうんでしょうか、動物の――」
「………ぬいぐるみですかな?」
言葉が出ずにつまっているアンソンに、苦笑しながら助け舟を出す。オトガルの声に、根の正直な聖騎士はぱっと明るい顔になった。
「そうですそうです。だけどそれもダメで――じゃあ何にしようと歩いてたら、服屋が店じまいするところに行き当たったんですよ」
あまりに落ち込んだ様子だったのだろう、アンソンに声をかけてきた服屋に大体の事情――落ち込んでいる十七歳の女性にお土産を買いたい――を話したら。
「――――そうしたら、格安で女性物の服をたくさん売ってくれたんですよ。ナーシアも、着替えたいだろうし…と思ったら…」
「………突き返されてしまった訳ですな。一体、どのような…」
「え、いや、そんな変なのではないですよっ!? これなんですが―――」
足元に置いていた、崩れた布包みからアンソンは一着の服を取り出す。白やピンクを基調とした、淡い色彩が特徴らしかった。
「…………えぇと…これは…」
広げられたそれを眼にして、オトガルは思わず喉の奥でうめく。
そこにあるのは、多量のフリルとレース、リボン等で飾られた女性物の衣服。色彩と相まって、こってりと甘い生クリームを想起させる。
――――例えばこれを、年配のオトガルが親戚の十七歳の少女に贈ったとすれば、年齢差と関係性の薄さゆえに苦笑だけで勘弁してもらえるだろう。
だがこれを親しい―――そこそこに親しい間柄の、二十四歳の青年から贈られたとすれば。
「――――アンソン殿、これはなんというか、ナーシア様には………」
「え? でも―――」
言いよどむオトガルの態度に、アンソンが反論しかける。その背後に――
情けない声で言いながら、買い出しから戻ったばかりのアンソンはこつこつと扉を叩く。その向こうからは、無言の拒否だけが伝わってきた。
「ナーシアってば、ねぇ、聞こえてるよね? 何をそんなに怒ってるのさ〜…」
「………………アンソン殿、どうされましたかな?」
扉に縋りつかんばかりに情けない声を上げるアンソンの背後に、五十手前程度の壮年の男が立った。
「あ、えぇと、オトガル……さん」
「少し時間がありましたのでな、ナーシア様とロッシュ様のご様子を見に来たのですが…お部屋の中ですかな」
この宿を用意した人物であり、元メルトランド王室に仕える騎士だったオトガルは、ナーシアに忠節をつくしている。
「はぁ、その………なにか怒らせてしまったみたいで…」
大柄な背中を丸め、頭を掻くアンソンの様子に―――オトガルは何か得心したように頷くと、若き聖騎士の背中をいたわるように叩いた。
「―――よければ、下で話を聞きましょう。ここは我々の支援者のひとつでも有りますが、普通の客もおりますからな…目立ちますぞ」
「あ……………」
慌てるアンソンを静かに誘導して、壮年の騎士は階下の食堂に下りた。
ここは、旧メルトランド領内のとある宿屋。フェリタニア女王ピアニィとその騎士アルとは、先日この宿で別れを告げたばかりだ。
心配のあまりロッシュのそばから離れず休息も取らないという状態は脱したが、そもそもナーシアも外を遊び歩くような性格ではない。
それゆえ、結局暇さえあればロッシュを見ていることになる(もちろん、休息はとりながら)ナーシアに代わり、買い出しなどはアンソンが一手に引き受けていた。
そのこと自体は、構わない。外に出るのも食べ歩くのも好きなアンソンにとっては、ちょうどいい仕事だった。
とりあえず他に動くこともできないし、所属も今は解かれている――というか、放棄している。今はともかく、ゼパたちの合流を待つしかない身だ。
…が。そうなると、二人きりの状態が息苦しくなるのも確かで。
ただ何もせず、そのままでいることもできるかもしれないが―――密偵の任を解かれ、支えとなるロッシュが倒れた今、ナーシアは酷く疲れているように見えた。
あまりに頼りない、年相応な表情さえ見せるナーシアを元気付けてやりたい。そう思ってはいても、何をするべきかわからなくて。
とりあえず、モノで釣るわけでもないが――買い出しのたびにナーシアに土産を買っていくことにした、のだが。
「――――なんか、お土産が気に入ってもらえなかったみたいで…怒られちゃったんです」
しょんぼりと席につくアンソンの前に、オトガルは温かな茶を差し出す。
「お土産、ですか。一体どのようなものを――?」
「最初は、お菓子だったんですが…食べられるかって突っ返されちゃって。それじゃあと思って、女の子の好きそうな、何ていうんでしょうか、動物の――」
「………ぬいぐるみですかな?」
言葉が出ずにつまっているアンソンに、苦笑しながら助け舟を出す。オトガルの声に、根の正直な聖騎士はぱっと明るい顔になった。
「そうですそうです。だけどそれもダメで――じゃあ何にしようと歩いてたら、服屋が店じまいするところに行き当たったんですよ」
あまりに落ち込んだ様子だったのだろう、アンソンに声をかけてきた服屋に大体の事情――落ち込んでいる十七歳の女性にお土産を買いたい――を話したら。
「――――そうしたら、格安で女性物の服をたくさん売ってくれたんですよ。ナーシアも、着替えたいだろうし…と思ったら…」
「………突き返されてしまった訳ですな。一体、どのような…」
「え、いや、そんな変なのではないですよっ!? これなんですが―――」
足元に置いていた、崩れた布包みからアンソンは一着の服を取り出す。白やピンクを基調とした、淡い色彩が特徴らしかった。
「…………えぇと…これは…」
広げられたそれを眼にして、オトガルは思わず喉の奥でうめく。
そこにあるのは、多量のフリルとレース、リボン等で飾られた女性物の衣服。色彩と相まって、こってりと甘い生クリームを想起させる。
――――例えばこれを、年配のオトガルが親戚の十七歳の少女に贈ったとすれば、年齢差と関係性の薄さゆえに苦笑だけで勘弁してもらえるだろう。
だがこれを親しい―――そこそこに親しい間柄の、二十四歳の青年から贈られたとすれば。
「――――アンソン殿、これはなんというか、ナーシア様には………」
「え? でも―――」
言いよどむオトガルの態度に、アンソンが反論しかける。その背後に――
※ ※ ※
Naxia〜それでも、君は (無印4巻8話、エンディング後。アンソンの続き)
『…ナーシアってば、ねぇ、聞こえてるよね? 何をそんなに怒ってるのさ〜…』
扉の向こうで、アンソンの情けない声が揺れている。憤然と息を吐いて、ナーシアは足元に転がるピンクの布の塊を靴先で蹴った。
『…どうされましたかな?』
『あ、えぇと、オトガル――さん』
壮年の男性の声が近づき、アンソンと二言三言話すと、二つの足音が遠ざかる。メルトランドに仕えていた騎士のオトガルが、連れ出してくれたのだろう。
足音が完全に聞こえなくなったのを確認してから、ナーシアは胸の奥底から大きく息を吐き出した。
「…………まったく。何を考えてるのかしら…」
ロッシュのそばについていることは苦痛ではない。密偵以外の生き方をして来なかった少女にとってはむしろ、外に出ろと促されることのほうが苦痛だ。
だから、アンソンが買出しにいってくれることには感謝もしている。だが、あの土産には閉口した。
最初は、甘いお菓子だった。それ自体は、ナーシアだって嫌いじゃないからありがたい。――しかし、際限というものがある。
大食漢なアンソンが自分基準で買ってくるものだから、あまりに大量。それも生菓子ばかり。こんなに沢山食えるかと突き返したら、宿のデザートに回ったらしかった。
その次は、ぬいぐるみ――なのだろうが、一体何の動物を模したのかというほどに奇抜な色と形のしろもの。
ナーシアがそれを可愛がる趣味があるとかないとか以前に、『一体どこで売っていたのか』と問い返したいくらいの奇矯な品だった。置いておきたくはないので、これもつき返したが。
そして、今日は――
布の塊、そうとしか言えないようなそれを手にとり、広げてみる。目の前に、胸焼けしそうに甘ったるい生クリームみたいなミニドレスが垂れ下がった。
密偵として育てられ、目立たないことを身上としたナーシアからは対極にありそうな服。数え切れないフリルとレースとリボンは、潜伏などすればそこら中に引っかかるだろう。
見る人が見れば、そして着る人が着れば大層可愛らしくなるのだろう。だが、ナーシアのセンスからすれば論外だ。
加えて自分の顔はよくわかっている。こういうのは、絶対に似合わない。こんな服が似合うのは―――薄紅色の髪が、ふわりと視界に翻った。
「………何で、私に――」
呟き、ナーシアは服を放り出して、一息入れようと紅茶のポットを取り上げる。―――が、どこかに動揺が走ったのか。
「―――っ!」
手元が狂い、カップから溢れた紅茶がスカートの裾を濡らす。――ほぼ着の身着のままだから当然、替えは持っていない。
慌ててめぐらせた視線の先に、放り出したばかりのピンクの塊が映った。
――――階段を下りていくと、まず先にオトガルと目があった。
「ナーシア…様」
見開いた目に、驚きはあっても嫌悪や笑いがないことに安心しながら、ナーシアは一階の床に下りた。
「――――え、ナーシア、それ…っ」
「服が汚れたから、乾くまでの繋ぎ。…着たくて着てるわけじゃないから」
振り返ったアンソンにも、しっかり釘を刺す。青い目が、こちらの上から下まで眺めているのに黙って耐え――
「………うん、でも、何ていうか思ったより印象変わんないね!」
あっけらかんとそんな感想――と呼べるのかどうか――を口にするアンソンを、ナーシアは思いっきり睨みつける。オトガルをはじめ、宿の食堂にいた者が一斉に目を伏せた。
今、この場にいる全員の心は、『もうちょっとまともな感想言え、ていうか空気読め』という思いで一杯になっていることだろう。
「――――――――迷惑をかけるわね、オトガル。アンソン、ちょっと上の階で話をしましょうか」
ピキピキとこめかみに隠し切れない青筋を立てつつ、にこやかに宣言したナーシアに――アンソンは冷や汗をかきつつも同道する。
「…えっと、ねえ、聞いていいかな…ナーシア?」
階段を先に上がるナーシアの背後から、そう遠慮がちな声が降って来る。それをさらりと無視すると、ナーシアはまず自分の疑問をぶつけた。
「こっちから質問。何かの嫌味? ―――ピアニィ女王にでも贈ればよかったんじゃない、こんな服は」
最も、ピアニィの服装とも著しくセンスがずれているが。ナーシアが振り向くと、本気で悩んだ顔のアンソンが首をひねっていた。
「………いや、どうしてそこでピアニィ女王が? っていうか、女の子なら大体この服は好きだからって言われたんだけど――違うの?」
思わずぽかんと口を開いて、ナーシアは大方の事情を理解した――アンソンが、店の商人などに薦められるままに買って来た結果が、これだと。
「………好みって物があるでしょう、個人差があるんだから。大体あなた、贈る相手が私じゃなくリシャール卿でも勧められたものをホイホイ買うの?」
「いや、それはもちろん先輩の好みを吟味して身長にっ」
「……………でしょうね」
失礼極まりない物言いに、ナーシアはなぜか満面の笑みになる。それを見たアンソンが、慌てて両手を顔の前で振った。
「えぇっ…いや、そうじゃなくて!! 先輩の好みならわかってるけど、女の子が好きそうなものなんで想像がつかなくてっ…!!」
―――つまりは。どうしていいかわからないから丸投げして、それで一番だろうと信じ込んでいるわけだ。毒気を抜かれた気分で、ナーシアは大きく息を吐いた。
「…………だったら、聞いてくれればいいでしょう。なにが欲しいとか、量とか。目の前にいるんだから」
少しだけ表情を和らげると、アンソンも釣られたように笑う。
「や、そーなんだけどさ、サプライズにならないっていうか…それにうっかり聞いたら余計なものまで買わされそうで――――」
「――――――――――あらそう。あなたにとって私は、そういう扱いなのね、アンソン」
一拍の間を置いて、ナーシアは穏やかで優しい笑顔を浮かべた。
―――――アンソンが失言に気づくのは、二階の廊下の隅であったという。
扉の向こうで、アンソンの情けない声が揺れている。憤然と息を吐いて、ナーシアは足元に転がるピンクの布の塊を靴先で蹴った。
『…どうされましたかな?』
『あ、えぇと、オトガル――さん』
壮年の男性の声が近づき、アンソンと二言三言話すと、二つの足音が遠ざかる。メルトランドに仕えていた騎士のオトガルが、連れ出してくれたのだろう。
足音が完全に聞こえなくなったのを確認してから、ナーシアは胸の奥底から大きく息を吐き出した。
「…………まったく。何を考えてるのかしら…」
ロッシュのそばについていることは苦痛ではない。密偵以外の生き方をして来なかった少女にとってはむしろ、外に出ろと促されることのほうが苦痛だ。
だから、アンソンが買出しにいってくれることには感謝もしている。だが、あの土産には閉口した。
最初は、甘いお菓子だった。それ自体は、ナーシアだって嫌いじゃないからありがたい。――しかし、際限というものがある。
大食漢なアンソンが自分基準で買ってくるものだから、あまりに大量。それも生菓子ばかり。こんなに沢山食えるかと突き返したら、宿のデザートに回ったらしかった。
その次は、ぬいぐるみ――なのだろうが、一体何の動物を模したのかというほどに奇抜な色と形のしろもの。
ナーシアがそれを可愛がる趣味があるとかないとか以前に、『一体どこで売っていたのか』と問い返したいくらいの奇矯な品だった。置いておきたくはないので、これもつき返したが。
そして、今日は――
布の塊、そうとしか言えないようなそれを手にとり、広げてみる。目の前に、胸焼けしそうに甘ったるい生クリームみたいなミニドレスが垂れ下がった。
密偵として育てられ、目立たないことを身上としたナーシアからは対極にありそうな服。数え切れないフリルとレースとリボンは、潜伏などすればそこら中に引っかかるだろう。
見る人が見れば、そして着る人が着れば大層可愛らしくなるのだろう。だが、ナーシアのセンスからすれば論外だ。
加えて自分の顔はよくわかっている。こういうのは、絶対に似合わない。こんな服が似合うのは―――薄紅色の髪が、ふわりと視界に翻った。
「………何で、私に――」
呟き、ナーシアは服を放り出して、一息入れようと紅茶のポットを取り上げる。―――が、どこかに動揺が走ったのか。
「―――っ!」
手元が狂い、カップから溢れた紅茶がスカートの裾を濡らす。――ほぼ着の身着のままだから当然、替えは持っていない。
慌ててめぐらせた視線の先に、放り出したばかりのピンクの塊が映った。
――――階段を下りていくと、まず先にオトガルと目があった。
「ナーシア…様」
見開いた目に、驚きはあっても嫌悪や笑いがないことに安心しながら、ナーシアは一階の床に下りた。
「――――え、ナーシア、それ…っ」
「服が汚れたから、乾くまでの繋ぎ。…着たくて着てるわけじゃないから」
振り返ったアンソンにも、しっかり釘を刺す。青い目が、こちらの上から下まで眺めているのに黙って耐え――
「………うん、でも、何ていうか思ったより印象変わんないね!」
あっけらかんとそんな感想――と呼べるのかどうか――を口にするアンソンを、ナーシアは思いっきり睨みつける。オトガルをはじめ、宿の食堂にいた者が一斉に目を伏せた。
今、この場にいる全員の心は、『もうちょっとまともな感想言え、ていうか空気読め』という思いで一杯になっていることだろう。
「――――――――迷惑をかけるわね、オトガル。アンソン、ちょっと上の階で話をしましょうか」
ピキピキとこめかみに隠し切れない青筋を立てつつ、にこやかに宣言したナーシアに――アンソンは冷や汗をかきつつも同道する。
「…えっと、ねえ、聞いていいかな…ナーシア?」
階段を先に上がるナーシアの背後から、そう遠慮がちな声が降って来る。それをさらりと無視すると、ナーシアはまず自分の疑問をぶつけた。
「こっちから質問。何かの嫌味? ―――ピアニィ女王にでも贈ればよかったんじゃない、こんな服は」
最も、ピアニィの服装とも著しくセンスがずれているが。ナーシアが振り向くと、本気で悩んだ顔のアンソンが首をひねっていた。
「………いや、どうしてそこでピアニィ女王が? っていうか、女の子なら大体この服は好きだからって言われたんだけど――違うの?」
思わずぽかんと口を開いて、ナーシアは大方の事情を理解した――アンソンが、店の商人などに薦められるままに買って来た結果が、これだと。
「………好みって物があるでしょう、個人差があるんだから。大体あなた、贈る相手が私じゃなくリシャール卿でも勧められたものをホイホイ買うの?」
「いや、それはもちろん先輩の好みを吟味して身長にっ」
「……………でしょうね」
失礼極まりない物言いに、ナーシアはなぜか満面の笑みになる。それを見たアンソンが、慌てて両手を顔の前で振った。
「えぇっ…いや、そうじゃなくて!! 先輩の好みならわかってるけど、女の子が好きそうなものなんで想像がつかなくてっ…!!」
―――つまりは。どうしていいかわからないから丸投げして、それで一番だろうと信じ込んでいるわけだ。毒気を抜かれた気分で、ナーシアは大きく息を吐いた。
「…………だったら、聞いてくれればいいでしょう。なにが欲しいとか、量とか。目の前にいるんだから」
少しだけ表情を和らげると、アンソンも釣られたように笑う。
「や、そーなんだけどさ、サプライズにならないっていうか…それにうっかり聞いたら余計なものまで買わされそうで――――」
「――――――――――あらそう。あなたにとって私は、そういう扱いなのね、アンソン」
一拍の間を置いて、ナーシアは穏やかで優しい笑顔を浮かべた。
―――――アンソンが失言に気づくのは、二階の廊下の隅であったという。
※ ※ ※
Gui〜竜の尾を踏むなかれ (デスマーチ2巻)
(―――しかしまあ、あっという間にでかくなっちまうもんだ…)
ノルウィッチ城――フェリタニア王国の新しい王宮の廊下を歩きながら、ギィは思わず一人ごちた。
やってきた時は、小さな女王の出来立ての国だったものが――今や大陸中原を支配する新興勢力。どこかで偉い学者先生が、『国は生き物だ』と言ったらしいが、あながち嘘でもないのかもしれない。
(まあ、だからこそ――盗んだ時には当たりがでかいってもんだがな)
ひとりうそぶき、ギィは口の端をにやりと歪める。『国盗り』を公言してやってきた盗賊であるギィにしてみれば、リスクは大きいほどやる気が出るのだ。
「…………に、しても。とんでもねえ城だな、こりゃ」
思わず口に出してしまうほどに、ノルウィッチ城は堅牢だった。そこいら中の壁には武器や罠が隠され、外壁のあちこちには銃や弓矢で狙いをつけるための挟間窓が隠されている。
盗賊が狙いそうな場所にはもれなく忍び返しや罠が仕掛けられており、侵入は困難を極めるだろう。などと考えながら歩いていると――
(―――ありゃあ、確か…)
廊下の隅に座り込んだ人物の長い緑の髪と、ふさふさした尻尾には見覚えがあった。静かに近寄り、声をかける。
「―――女王陛下のギル面が、こんな所でなにやってんだよ」
「…おひょうっ!? き、急に脅かすなでやんす!?」
「………いや、アンタのほうがレベル高ぇだろうが…何で驚くんだよ」
確か名前はベネットという狼娘は、本気で驚き飛び跳ねた。思わず突っ込みを入れると、布地の少ない豊かな胸を偉そうに反らす。
「ふふん、なにを隠そう、あっしは戦闘特化なので隠密系スキルはからっきしなのでやんす!!」
「そりゃ、いばる所かよ…で、なに見てんだ?」
ひょいと覗き込めば案の定、その壁にも見張り様の挟間窓があった。中庭を見下ろすそこには――
「…女王様と、第一の騎士、か?」
薄紅の長い髪に真紅のローブの少女と、赤銅の髪にその肩書きには相応しくない枯葉色のマントの青年。
仲睦まじく話している様子なのを眺めていると、我に帰ったらしいベネットが脇から覗き込んできた。
「おっと、忘れるところだったでやんす! 記録記録…」
なにやら熱心にメモ用紙とペンを構える様に、ギィは若干引きぎみながらツッコミを入れる。
「なんだ、覗きの上に観察記録かい? アンタずいぶん趣味悪いな」
「違うでやんすよ、これは―――おぉっと!」
「………ほっほう」
眼下の中庭で、誰の目もないと踏んで大胆になったか、青年が少女を抱きしめて口付けを交わしている。ベネットがそれを見て、さらさらとペンを走らせた。
「ハグ一回、キス一回、と……や〜、これで今日のおやつのランクが上がるでやんす…」
「―――で、さっきも聞いたがなんなんだそりゃ」
更に大胆な振る舞いに及びそうな情熱的な口付けから視線を離し、ギィは再び狼娘に問いかけた。
「これはいわば、あっしの生命線でやんす! ピアニィ様とアルがナニをしていたか記録して報告すると、おいしいものが食べられるでやんすよ!」
「いや、そこまでは今聞いたからわかるが…アンタ一体、誰に報告してんだ。軍師サマかい?」
「違うでやんすよ―――」
そう言ってベネットが挙げた名前は、城内を走り回っているメイドの一人。バーランドにいた頃から、王宮内には彼女を首魁とする秘密結社が暗躍し、女王と騎士を見守りつづけているのだという。
「で、そのメンバーに厨房担当のメイドもいるので、報告をするとあっしはおいしいものが食べれるのでやんす」
「なるほど、よくわかった。ところで―――」
言葉を切り、ギィは口の端を歪めて笑う。
「…その話。寝室事情まで報告したら、どんだけ美味いもんが出てくるんだろうな?」
「ぬぐっ!? い、いやしかし、あっしはそこまでのスキルは――」
「だが、俺ならいけるぜ。この城で一番厳しい警備に忍び込むなんてわくわくする―――」
「……………何の、お話をしてるんですか? ギィさんにベネットちゃん」
鈴を振るように可憐な、愛らしくも高い声が突然響く。
「――――ぁ…」
「ピ、ピアニィ…様っ…!」
ギィとベネットが振り向いた先に、輝くばかりの笑顔を浮かべた若き女王が立っている。その手には、波を模した意匠の杖。
「中庭にいたら、頭の上から声がするんで探しにきちゃいました♪ ね、アル―――」
廊下の反対側に向かって、笑顔のピアニィが呼びかける。こつ、こつと、石床を固いブーツがゆっくりと踏みしめる音が聞こえた。
――あぁ…そういえば、うまい話には高いリスクがつきものだったよなあ…
ベネットと二人並んで、悟ったようにイイ笑顔のまま氷漬けにされながら、ギィはしみじみとそう思った―――
(ちなみに隊長は、そこまで頼んでないと申し開きすることでリザキル3回でお許しいただけました)
ノルウィッチ城――フェリタニア王国の新しい王宮の廊下を歩きながら、ギィは思わず一人ごちた。
やってきた時は、小さな女王の出来立ての国だったものが――今や大陸中原を支配する新興勢力。どこかで偉い学者先生が、『国は生き物だ』と言ったらしいが、あながち嘘でもないのかもしれない。
(まあ、だからこそ――盗んだ時には当たりがでかいってもんだがな)
ひとりうそぶき、ギィは口の端をにやりと歪める。『国盗り』を公言してやってきた盗賊であるギィにしてみれば、リスクは大きいほどやる気が出るのだ。
「…………に、しても。とんでもねえ城だな、こりゃ」
思わず口に出してしまうほどに、ノルウィッチ城は堅牢だった。そこいら中の壁には武器や罠が隠され、外壁のあちこちには銃や弓矢で狙いをつけるための挟間窓が隠されている。
盗賊が狙いそうな場所にはもれなく忍び返しや罠が仕掛けられており、侵入は困難を極めるだろう。などと考えながら歩いていると――
(―――ありゃあ、確か…)
廊下の隅に座り込んだ人物の長い緑の髪と、ふさふさした尻尾には見覚えがあった。静かに近寄り、声をかける。
「―――女王陛下のギル面が、こんな所でなにやってんだよ」
「…おひょうっ!? き、急に脅かすなでやんす!?」
「………いや、アンタのほうがレベル高ぇだろうが…何で驚くんだよ」
確か名前はベネットという狼娘は、本気で驚き飛び跳ねた。思わず突っ込みを入れると、布地の少ない豊かな胸を偉そうに反らす。
「ふふん、なにを隠そう、あっしは戦闘特化なので隠密系スキルはからっきしなのでやんす!!」
「そりゃ、いばる所かよ…で、なに見てんだ?」
ひょいと覗き込めば案の定、その壁にも見張り様の挟間窓があった。中庭を見下ろすそこには――
「…女王様と、第一の騎士、か?」
薄紅の長い髪に真紅のローブの少女と、赤銅の髪にその肩書きには相応しくない枯葉色のマントの青年。
仲睦まじく話している様子なのを眺めていると、我に帰ったらしいベネットが脇から覗き込んできた。
「おっと、忘れるところだったでやんす! 記録記録…」
なにやら熱心にメモ用紙とペンを構える様に、ギィは若干引きぎみながらツッコミを入れる。
「なんだ、覗きの上に観察記録かい? アンタずいぶん趣味悪いな」
「違うでやんすよ、これは―――おぉっと!」
「………ほっほう」
眼下の中庭で、誰の目もないと踏んで大胆になったか、青年が少女を抱きしめて口付けを交わしている。ベネットがそれを見て、さらさらとペンを走らせた。
「ハグ一回、キス一回、と……や〜、これで今日のおやつのランクが上がるでやんす…」
「―――で、さっきも聞いたがなんなんだそりゃ」
更に大胆な振る舞いに及びそうな情熱的な口付けから視線を離し、ギィは再び狼娘に問いかけた。
「これはいわば、あっしの生命線でやんす! ピアニィ様とアルがナニをしていたか記録して報告すると、おいしいものが食べられるでやんすよ!」
「いや、そこまでは今聞いたからわかるが…アンタ一体、誰に報告してんだ。軍師サマかい?」
「違うでやんすよ―――」
そう言ってベネットが挙げた名前は、城内を走り回っているメイドの一人。バーランドにいた頃から、王宮内には彼女を首魁とする秘密結社が暗躍し、女王と騎士を見守りつづけているのだという。
「で、そのメンバーに厨房担当のメイドもいるので、報告をするとあっしはおいしいものが食べれるのでやんす」
「なるほど、よくわかった。ところで―――」
言葉を切り、ギィは口の端を歪めて笑う。
「…その話。寝室事情まで報告したら、どんだけ美味いもんが出てくるんだろうな?」
「ぬぐっ!? い、いやしかし、あっしはそこまでのスキルは――」
「だが、俺ならいけるぜ。この城で一番厳しい警備に忍び込むなんてわくわくする―――」
「……………何の、お話をしてるんですか? ギィさんにベネットちゃん」
鈴を振るように可憐な、愛らしくも高い声が突然響く。
「――――ぁ…」
「ピ、ピアニィ…様っ…!」
ギィとベネットが振り向いた先に、輝くばかりの笑顔を浮かべた若き女王が立っている。その手には、波を模した意匠の杖。
「中庭にいたら、頭の上から声がするんで探しにきちゃいました♪ ね、アル―――」
廊下の反対側に向かって、笑顔のピアニィが呼びかける。こつ、こつと、石床を固いブーツがゆっくりと踏みしめる音が聞こえた。
――あぁ…そういえば、うまい話には高いリスクがつきものだったよなあ…
ベネットと二人並んで、悟ったようにイイ笑顔のまま氷漬けにされながら、ギィはしみじみとそう思った―――
(ちなみに隊長は、そこまで頼んでないと申し開きすることでリザキル3回でお許しいただけました)
※ ※ ※
Doran〜遥かなメモリー (デスマーチ2巻)
『ドラン・ベレレン。わたくしの騎士――あなたの忠節に感謝を…』
輝きに満ちた部屋の中、彼の前に立つたおやかな女性はそう言った。
両サイドを軽く結っただけで、さらさらと流れ落ちる髪は薄紅。
白絹の肌に映える翡翠の瞳には、限りない慈愛と優しさがたたえられ、薔薇の唇は柔らかく微笑んでいる。
女神もかくやという麗しき姿に、敬愛と忠誠心の全てを捧げ、彼は跪き頭を垂れた。
『もったいなきお言葉に御座います、ティナ王女殿下…』
だが、彼の女神とも言うべきひとは、穏やかな安らぎをもたらす声で命じた。
『顔をおあげになって、ドラン。わたくしを護るため、日々技を磨いていると聞きます。目覚ましい成果を上げていることも』
自分のような、末端の騎士の動向にまで、ティナ王女が目を配ってくれている…しかも、その結果を褒め称えている。歓喜にうち震えながら、ドランは王女の求めに応え顔を上げた。
『だから、わたくし…確かめたいのです』
浮かべているのは先ほどと変わらぬ、穏やかで慈愛に満ちた微笑。その手にあるのは―――
『あなたのその、忠義で磨かれた技の強さを』
魔術の触媒たる杖に、王女の微笑みとは対極にある凍てついた輝きが灯る。
『大丈夫♪ しっかり鍛えていれば、期待値で二回は耐えられるはずですわ♪』
心なしか弾む声で断言した王女殿下は、慈愛に満ちた微笑のまま杖を振り上げて…
視界が白み、全てが遠のいていく。――――そこでドランは目を覚ました。
「…夢、ナリか」
それはおそらく、エクスマキナである今の自分には相応しくない言葉だろう。休眠状態の記憶回路によぎった、単なる記録のフラッシュバックに過ぎない。
―――それでもドランは、それを夢と呼びたかった。懐かしくも輝かしい、今はもうない光景を。
寝床から身を起こし、ドランは自分の姿を確認する。機能美に溢れる円筒形、シンプルの極みながら多用途なマニピュレイター、輝くモノアイにお茶目なハット…どっからどう見ても手足のついたドラム缶である。
「よし、外装に異常なし…ナリな」
かつての、騎士だった頃の頑強な肉体の面影はそこにはない。
それでもドランのなすべきことは変わらない。
自身の持てる全ての力を使い、大切なものを護るため奮闘すること。
敬愛するティナ王女の愛したアヴェルシアを、そしてその血を継ぐピアニィ女王とフェリタニアを。
明るい未来を信じて、ドランは部屋の外へと踏み出す。
「…あ、ドランさん、良かった! 探したんですよ」
廊下の角から現れたのは、件のピアニィ女王であった。母の面影を色濃く残すその笑顔に、ドランも相好をくずしモノアイを細めた。
「コレはピアニィ陛下、ワタシに何か御用ナリか?」
「はい、ギィさんからお話を聞いて、どうしてもドランさんに確かめたいことがあって…」
輝くばかりの、慈愛に満ちた微笑。そこに確かにティナ王女の血筋を感じ――ドランは微かに戦慄した。
「…ワタシに? それは一体…」
「はい、これについて―――」
微笑み、そう言いながらピアニィが差し出したものは―――モップ。
…静かな沈黙が、その場に満ちる。
「……ドランさん? 何か、言い残すことはありますか?」
優しい声、穏やかで慈愛に満ちた微笑…そして、手にあるのは波を模した意匠の杖。
その先端に灯る凍てついた輝きに―――
…あぁ、エクスマキナでも正夢を見るナリなぁ…
ドランは悟ったような気持ちでモノアイを細めた。
輝きに満ちた部屋の中、彼の前に立つたおやかな女性はそう言った。
両サイドを軽く結っただけで、さらさらと流れ落ちる髪は薄紅。
白絹の肌に映える翡翠の瞳には、限りない慈愛と優しさがたたえられ、薔薇の唇は柔らかく微笑んでいる。
女神もかくやという麗しき姿に、敬愛と忠誠心の全てを捧げ、彼は跪き頭を垂れた。
『もったいなきお言葉に御座います、ティナ王女殿下…』
だが、彼の女神とも言うべきひとは、穏やかな安らぎをもたらす声で命じた。
『顔をおあげになって、ドラン。わたくしを護るため、日々技を磨いていると聞きます。目覚ましい成果を上げていることも』
自分のような、末端の騎士の動向にまで、ティナ王女が目を配ってくれている…しかも、その結果を褒め称えている。歓喜にうち震えながら、ドランは王女の求めに応え顔を上げた。
『だから、わたくし…確かめたいのです』
浮かべているのは先ほどと変わらぬ、穏やかで慈愛に満ちた微笑。その手にあるのは―――
『あなたのその、忠義で磨かれた技の強さを』
魔術の触媒たる杖に、王女の微笑みとは対極にある凍てついた輝きが灯る。
『大丈夫♪ しっかり鍛えていれば、期待値で二回は耐えられるはずですわ♪』
心なしか弾む声で断言した王女殿下は、慈愛に満ちた微笑のまま杖を振り上げて…
視界が白み、全てが遠のいていく。――――そこでドランは目を覚ました。
「…夢、ナリか」
それはおそらく、エクスマキナである今の自分には相応しくない言葉だろう。休眠状態の記憶回路によぎった、単なる記録のフラッシュバックに過ぎない。
―――それでもドランは、それを夢と呼びたかった。懐かしくも輝かしい、今はもうない光景を。
寝床から身を起こし、ドランは自分の姿を確認する。機能美に溢れる円筒形、シンプルの極みながら多用途なマニピュレイター、輝くモノアイにお茶目なハット…どっからどう見ても手足のついたドラム缶である。
「よし、外装に異常なし…ナリな」
かつての、騎士だった頃の頑強な肉体の面影はそこにはない。
それでもドランのなすべきことは変わらない。
自身の持てる全ての力を使い、大切なものを護るため奮闘すること。
敬愛するティナ王女の愛したアヴェルシアを、そしてその血を継ぐピアニィ女王とフェリタニアを。
明るい未来を信じて、ドランは部屋の外へと踏み出す。
「…あ、ドランさん、良かった! 探したんですよ」
廊下の角から現れたのは、件のピアニィ女王であった。母の面影を色濃く残すその笑顔に、ドランも相好をくずしモノアイを細めた。
「コレはピアニィ陛下、ワタシに何か御用ナリか?」
「はい、ギィさんからお話を聞いて、どうしてもドランさんに確かめたいことがあって…」
輝くばかりの、慈愛に満ちた微笑。そこに確かにティナ王女の血筋を感じ――ドランは微かに戦慄した。
「…ワタシに? それは一体…」
「はい、これについて―――」
微笑み、そう言いながらピアニィが差し出したものは―――モップ。
…静かな沈黙が、その場に満ちる。
「……ドランさん? 何か、言い残すことはありますか?」
優しい声、穏やかで慈愛に満ちた微笑…そして、手にあるのは波を模した意匠の杖。
その先端に灯る凍てついた輝きに―――
…あぁ、エクスマキナでも正夢を見るナリなぁ…
ドランは悟ったような気持ちでモノアイを細めた。
※ ※ ※
Marcel〜小休止 (デスマーチ2巻)
厄介な書類の処理を終えて、マルセルは凝り固まった眉間を指でほぐした。
フェリタニア王都がノルウィッチに遷されるのに従い、生じる様々なトラブルや事務処理―――それらを、優秀な軍師である自分に割り振られることは構わない。
だが、割り振られた書類がどうにも、厄介なものばかりなのだ。
過去の判例をいくつも遡らなければならないものや特殊な状況での法の適用など、持ち込んだ人間の底意地の悪さが透けて見えるような案件ばかりで。
マルセルはひたすら、この仕事を回してきた張本人――ナヴァールを呪いながら、資料の山と取っ組み合いを続けてきた。
おかげで、マルセルのために作られた臨時の執務室には資料が溢れ返って、酷い有様となっていた。
しかしマルセルは―――立場上、そして性格上、回ってきた書類に文句を言うことは絶対に出来ない。そんなことをすればあの男は―――
『……おや、マルセル卿ならばと思ったが…これは申し訳ないことをした。貴殿のよいように、もっとわかりやすく、単純なものを処理して頂くとしよう…』
そう言うに違いないのだ、それも、優しく気遣わしげに――マルセルの神経をおもいっきり逆撫でした態度で。
(………もちろん、全てはマルセルの想像である。ナヴァールは単に、適材適所に仕事を割り振っているに過ぎない。
しかし、マルセルの性格ならばこう考え、その上でどんな厄介な書類でも文句を言わず完璧に処理するだろう――と読んでいたのも、確かである。)
ともかくも、出来上がった書類を再度見直して確認すると――マルセルはそれを、執務室へ届けるべく立ち上がった。長いこと座っていたから、腰が痛い。
廊下へ出ると、そこにいたのは――
「あ、こんにちは、マルセルさん―――」
角を曲がって現れた薄紅色の髪の少女――ピアニィの姿に、マルセルはすかさず跪く。
「ピアニィ陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう――」
レイウォールに生まれ育ち、王家に使えてきた彼にとって、ピアニィはそのように接するべき主君である。しかし、ピアニィのほうは―――
「ま、ま、マルセルさんっ、そんな、顔を上げて…あたし、困ってしまいますっ」
「陛下の仰せなれば……」
べつに困らせるつもりはなかったのだが――慌てた様子のピアニィの命に応じ、マルセルは顔を上げ立ち上がる。
「――えと、マルセルさんはお仕事終わったところですか?」
明らかにほっとした表情のピアニィが、マルセルの手の中の書類を見て尋ねる。そういうピアニィは、全くの手ぶらだ。
「はい、先ほど。陛下はご休憩ですか?」
「はいっ、ちょっとだけお外で息抜きしてきました! 今日はいいお天気ですよ♪」
執務室に行くならと促され、並んで歩き出す。大柄ではないマルセルより、若き女王の肩は更に低い位置にあった。
「――――マルセルさんが来てくれて、本当に助かるって…ナヴァールとも、ステラ姉様とも言ってるんですよ。本当にありがとうございます」
にこにこと微笑むピアニィの感謝の言葉を、マルセルは深く礼をして受ける。ナヴァールの名前が入っているのが業腹だが、嬉しい言葉ではあった。
廊下の先に執務室の扉が見えたので、一歩前に出てピアニィのために扉を開く。恐縮した様子でぺこりと頭を下げながら、ピアニィは部屋の中に向かって声をかけた。
「ただいま戻りました、ナヴァール! 今そこで、マルセルさんと会ったんですよ」
「お帰りなさいませ陛下。おお、マルセル卿、書類を持って来てくれたか――」
静かに一礼するナヴァールの隣から、剣呑極まりない視線が飛んでくる――顔を出しに来ていたらしい、第一の騎士アル・イーズデイルから。
―――バカバカしい、とマルセルはそれを半目で睨み返す。そんなに所有権を主張したいなら、正式に名乗りをあげて婚約でもなんでもすればいいのだ。
「アル、来てくれてたんですね! ごめんなさい、出かけちゃってて――」
「……いや、休憩にいってたんだろ。べつに謝る事じゃねえよ、俺が勝手に来ただけだ」
ピアニィに声をかけられて、一瞬前の藪睨みが嘘のようにアルは優しい笑顔を浮かべる。音高く舌打ちしそうになったその時、マルセルの前にステラが立った。
「マルセル、すまないな。書類をこちらへ…」
「は、こちらにございます、ステラ様」
ぎこちない動きでマルセルの差し出した書類を、ステラは満足げに受取る。そしてくるりと背を向け――
「…ナヴァール、こちらはどこにおけばよい?」
「処理済の書類はそこの棚に置いてくれるかな、ステラ。出来上がった順になっているから、そのままでいい」
――――ちょっと本気で世の中を呪いたくなったマルセルが、視線を床に向けて――ふと気づく。
何故今まで気づかなかったのかというほど、目の前にある白い塔。床から立ち上がったそれは、広い執務室を埋め尽くすようで。
自分の背丈ほどもあるそれを、ピアニィは幾本もするりとすり抜けて机につく。そして――
「では、ナヴァール。お願いします!」
「かしこまりました。では、こちらから――」
そういったナヴァールが、目の前の柱を半分ほど持ち上げてピアニィの執務机に置く。…ようやく、マルセルはその正体に気づいた。
「―――――これは…書類、か……?」
「……ああ。この部屋にあるのはみんな、姫さんが目を通さねえといけない書類だ」
呟きに、苦々しい顔のアルが答える。確かにそれは、きっちりそろえて積み重ねられた書類の山だった。マルセルの部屋にある物の、何倍だろうか――
「でも、バーランドにいた最初の頃よりずいぶん減りましたよ? マルセルさんや文官の皆さんのおかげですっ♪」
それらを凄まじい速さでめくって目を通し、署名を入れながら――ピアニィはにっこりと笑って見せる。そこに、一切の悲壮感はなかった。
「まぁ、確かに……あの頃は、不眠不休で朝六時から夜十二時まで、とかが普通だったからな…」
「そうですよね〜、今は、休憩も出来るし……あ、ナヴァール? これ、日程重なっちゃってませんか?」
ピアニィが手を止め、一枚の書類を軍師に見せる。受け取ったナヴァールはゆっくりと頷き―――。
「……左様でございますな。ではこれは再調整を致しましょう。――ところで、マルセル殿」
「…………な、なんだ?」
書類の山に気圧されていたマルセルが引き気味に問い返すと、竜人の軍師はにこりと笑みを浮かべた。
「貴殿に回した書類は、期日が迫っているものが多くてなー――差し支えなければ、早めに次のものをお願いしたいのだが」
「わ、わかった、すぐにかかる――陛下、これにて失礼致します」
すっかり毒気を抜かれてしまい、思わず素直に返事をしてしまう。主君に礼をして立ち去ろうとすると、若き女王は手を止め顔を上げた。
「はいっ、お疲れ様です! マルセルさんも頑張ってくださいね♪」
――――間違いなく誰よりも頑張っている人に言われては、是非もない。
なぜか胸を敗北感で一杯にしながら―――マルセルは廊下へ出ると、一目散に自分の執務室に向かって駆け出した。
その後、マルセルが書類に付いて文句をいう素振りは、一切なかったという。
フェリタニア王都がノルウィッチに遷されるのに従い、生じる様々なトラブルや事務処理―――それらを、優秀な軍師である自分に割り振られることは構わない。
だが、割り振られた書類がどうにも、厄介なものばかりなのだ。
過去の判例をいくつも遡らなければならないものや特殊な状況での法の適用など、持ち込んだ人間の底意地の悪さが透けて見えるような案件ばかりで。
マルセルはひたすら、この仕事を回してきた張本人――ナヴァールを呪いながら、資料の山と取っ組み合いを続けてきた。
おかげで、マルセルのために作られた臨時の執務室には資料が溢れ返って、酷い有様となっていた。
しかしマルセルは―――立場上、そして性格上、回ってきた書類に文句を言うことは絶対に出来ない。そんなことをすればあの男は―――
『……おや、マルセル卿ならばと思ったが…これは申し訳ないことをした。貴殿のよいように、もっとわかりやすく、単純なものを処理して頂くとしよう…』
そう言うに違いないのだ、それも、優しく気遣わしげに――マルセルの神経をおもいっきり逆撫でした態度で。
(………もちろん、全てはマルセルの想像である。ナヴァールは単に、適材適所に仕事を割り振っているに過ぎない。
しかし、マルセルの性格ならばこう考え、その上でどんな厄介な書類でも文句を言わず完璧に処理するだろう――と読んでいたのも、確かである。)
ともかくも、出来上がった書類を再度見直して確認すると――マルセルはそれを、執務室へ届けるべく立ち上がった。長いこと座っていたから、腰が痛い。
廊下へ出ると、そこにいたのは――
「あ、こんにちは、マルセルさん―――」
角を曲がって現れた薄紅色の髪の少女――ピアニィの姿に、マルセルはすかさず跪く。
「ピアニィ陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう――」
レイウォールに生まれ育ち、王家に使えてきた彼にとって、ピアニィはそのように接するべき主君である。しかし、ピアニィのほうは―――
「ま、ま、マルセルさんっ、そんな、顔を上げて…あたし、困ってしまいますっ」
「陛下の仰せなれば……」
べつに困らせるつもりはなかったのだが――慌てた様子のピアニィの命に応じ、マルセルは顔を上げ立ち上がる。
「――えと、マルセルさんはお仕事終わったところですか?」
明らかにほっとした表情のピアニィが、マルセルの手の中の書類を見て尋ねる。そういうピアニィは、全くの手ぶらだ。
「はい、先ほど。陛下はご休憩ですか?」
「はいっ、ちょっとだけお外で息抜きしてきました! 今日はいいお天気ですよ♪」
執務室に行くならと促され、並んで歩き出す。大柄ではないマルセルより、若き女王の肩は更に低い位置にあった。
「――――マルセルさんが来てくれて、本当に助かるって…ナヴァールとも、ステラ姉様とも言ってるんですよ。本当にありがとうございます」
にこにこと微笑むピアニィの感謝の言葉を、マルセルは深く礼をして受ける。ナヴァールの名前が入っているのが業腹だが、嬉しい言葉ではあった。
廊下の先に執務室の扉が見えたので、一歩前に出てピアニィのために扉を開く。恐縮した様子でぺこりと頭を下げながら、ピアニィは部屋の中に向かって声をかけた。
「ただいま戻りました、ナヴァール! 今そこで、マルセルさんと会ったんですよ」
「お帰りなさいませ陛下。おお、マルセル卿、書類を持って来てくれたか――」
静かに一礼するナヴァールの隣から、剣呑極まりない視線が飛んでくる――顔を出しに来ていたらしい、第一の騎士アル・イーズデイルから。
―――バカバカしい、とマルセルはそれを半目で睨み返す。そんなに所有権を主張したいなら、正式に名乗りをあげて婚約でもなんでもすればいいのだ。
「アル、来てくれてたんですね! ごめんなさい、出かけちゃってて――」
「……いや、休憩にいってたんだろ。べつに謝る事じゃねえよ、俺が勝手に来ただけだ」
ピアニィに声をかけられて、一瞬前の藪睨みが嘘のようにアルは優しい笑顔を浮かべる。音高く舌打ちしそうになったその時、マルセルの前にステラが立った。
「マルセル、すまないな。書類をこちらへ…」
「は、こちらにございます、ステラ様」
ぎこちない動きでマルセルの差し出した書類を、ステラは満足げに受取る。そしてくるりと背を向け――
「…ナヴァール、こちらはどこにおけばよい?」
「処理済の書類はそこの棚に置いてくれるかな、ステラ。出来上がった順になっているから、そのままでいい」
――――ちょっと本気で世の中を呪いたくなったマルセルが、視線を床に向けて――ふと気づく。
何故今まで気づかなかったのかというほど、目の前にある白い塔。床から立ち上がったそれは、広い執務室を埋め尽くすようで。
自分の背丈ほどもあるそれを、ピアニィは幾本もするりとすり抜けて机につく。そして――
「では、ナヴァール。お願いします!」
「かしこまりました。では、こちらから――」
そういったナヴァールが、目の前の柱を半分ほど持ち上げてピアニィの執務机に置く。…ようやく、マルセルはその正体に気づいた。
「―――――これは…書類、か……?」
「……ああ。この部屋にあるのはみんな、姫さんが目を通さねえといけない書類だ」
呟きに、苦々しい顔のアルが答える。確かにそれは、きっちりそろえて積み重ねられた書類の山だった。マルセルの部屋にある物の、何倍だろうか――
「でも、バーランドにいた最初の頃よりずいぶん減りましたよ? マルセルさんや文官の皆さんのおかげですっ♪」
それらを凄まじい速さでめくって目を通し、署名を入れながら――ピアニィはにっこりと笑って見せる。そこに、一切の悲壮感はなかった。
「まぁ、確かに……あの頃は、不眠不休で朝六時から夜十二時まで、とかが普通だったからな…」
「そうですよね〜、今は、休憩も出来るし……あ、ナヴァール? これ、日程重なっちゃってませんか?」
ピアニィが手を止め、一枚の書類を軍師に見せる。受け取ったナヴァールはゆっくりと頷き―――。
「……左様でございますな。ではこれは再調整を致しましょう。――ところで、マルセル殿」
「…………な、なんだ?」
書類の山に気圧されていたマルセルが引き気味に問い返すと、竜人の軍師はにこりと笑みを浮かべた。
「貴殿に回した書類は、期日が迫っているものが多くてなー――差し支えなければ、早めに次のものをお願いしたいのだが」
「わ、わかった、すぐにかかる――陛下、これにて失礼致します」
すっかり毒気を抜かれてしまい、思わず素直に返事をしてしまう。主君に礼をして立ち去ろうとすると、若き女王は手を止め顔を上げた。
「はいっ、お疲れ様です! マルセルさんも頑張ってくださいね♪」
――――間違いなく誰よりも頑張っている人に言われては、是非もない。
なぜか胸を敗北感で一杯にしながら―――マルセルは廊下へ出ると、一目散に自分の執務室に向かって駆け出した。
その後、マルセルが書類に付いて文句をいう素振りは、一切なかったという。
※ ※ ※
Akina〜ポニーテールとリボン (デスマーチ2巻)
「やっ!! とぉ、はぁっ!!」
身の丈ほどもある大剣を振るい、アキナは気合の声を上げる。
ノルウィッチ城の中庭での鍛錬は、既に日課。出来れば、大好きなアル兄様と一緒に――と思うが、なぜかいつも時間が合わず叶わないままだ。
「えいっ! ―――やぁあっ!!」
ぶんと大剣を振り回すと、視界の端に自分の髪が翻るのが見える。長い髪をまとめる黄色いリボンも。
「――――前々から思っていたが……邪魔にはならないのか、それは」
鍛錬に付き合い、離れたところで見守っていてくれているマルセルが、ふと声を上げた。
「ほぇ? それ、って?」
「それだ。――お前の髪だ、アキナ」
指までさして指摘されて、アキナはぷうっと頬を膨らませた。
「ひっどぉい、マルセル。女の子に向かって髪が邪魔だなんて!」
「――だ、だがな、視界に入るのは確かだろう。もう少し邪魔にならないように束ねるとかすればいいだろうが」
「だったら、そうならないようにもっと練習すればいいんだよ!」
真っ直ぐに大剣を構えなおし、アキナは練習用の型をひとつずつなぞる。
「…………よほど気に入っているのか、その髪型は」
「うんっ! だってこのリボンは、大切な人からの、贈り物だもん―――」
「――――また、お前の義兄殿か?」
型をなぞりながら答えると、マルセルの声が呆れた響きを帯びる。手は止めないままくすりと笑うと、アキナはそれを否定した。
「違うよぉ。これくれたのは、エルザ姉様だもん」
「…エルザ? 確か、傭兵をしていたとかいう―――」
「うん、今は学校の先生だけどね。…あたし、小さい頃、男の子になりたかったんだ」
……それは、今から十年ほども前の事。アルによって救われ、ブルックス家に引き取られたアキナは、すぐに見様見真似で剣術の稽古を始めた。
アルに憧れて、アルの様になりたくて。その思いが強すぎて――アキナはいつしか、アルになりたい、男の子になりたいと願うようになっていった。
その頃既に背中まであった髪は無造作に括っただけで、着るものは簡素な男物。木剣を振り回し少年のように喋るアキナは、誰の説得も受け入れなかった。
そんなある日――ひょっこりと実家に顔を出したエルザが、その状況を変えてしまった。
『―――なるほど。アキナちゃんは、アルくんが大好きなのね』
剣の修業をしていたアキナに近寄ってきたエルザは、不思議と警戒心を抱かせず、アキナは自分の事情と夢をすらすらと語っていた。
すべての事情を聞きそう言って頷いた初対面の義姉に、アキナは百万の味方を得た思いだった。
『うんっ! オレ、アル兄様になるんだ!!』
一人称まで真似るアキナに、エルザはパチパチと手を叩く。
『そっか、凄いねぇ。でも、じゃあ、ならなきゃいけないものが二つもあるのね?』
『え? ふたつ………?』
首を傾げるアキナに、視線を合わせるためにしゃがみこんで――エルザは指を一本立てた。
『うん、ふたつ。アルくんは、すっごく強い剣士になるって飛び出したから、まずは剣士でしょ?』
『だから毎日練習―――』
言いかけたアキナを遮るように、エルザはもう一本指を立てる。
『もうひとつは――男の子。アルくんは男だもんね。…アキナちゃん、なれる?』
『……なるもん!! アル兄様みたいな、かっこいい剣士に―――』
―――自分でももう、うっすらとはわかっていた。どんなに練習しても真似をしても、アルにはなれない。男には、なれないと。
自分に言い聞かせるように木剣を握りこみ俯くアキナに、エルザは――
『…なりたいよね。だけど、いっぺんに二つになるのはまだ、難しいよね? だから――』
ボロボロの紐をほどき、櫛もろくに通していない赤毛を梳いて。何かをきゅっと結びつけると、エルザは懐から鏡を取り出した。
『まずは、女の子になってみようよ。それから、すっごく強い剣士に。男の子になるのは大変だし、まだやり方がわからないから、そこから考えてみたらいいわ』
小さな手鏡の中に、朱い髪をポニーテールに結んだ少女が映っている。鮮やかな黄色いリボンが、髪の房と一緒に揺れていた。
思わず鏡に手を伸ばしながら、アキナはぼんやりとつぶやいた。
『これ…リボン、かわいい』
『そう? 気に入ってくれたなら、それはアキナちゃんにあげるね。―――女の子も、悪くないでしょ?』
にっこりと笑顔を浮かべたエルザに、アキナは大きく頷いた――
その日以来、ポニーテールとリボンはアキナのトレードマークになった。
剣士を目指して剣を振るい、アルと肩を並べられるように――いつしか夢は、少しずつ形を変えていた。
「……で? 今もなりたいと思っているのか?」
話を聞き終えたマルセルが、なぜか仏頂面で聞く。
「剣士に? うん、なりたいよ! アル兄様くらい強くなって、今度はあたしが守ってあげるの!!」
「そっちじゃない。男に――だ」
…一瞬、きょとんとして。アキナは思わず笑い出してしまった。
「そ、そっちはもうないよぉ! だって――リボンが結べないでしょっ」
「…………なら、いいがな…」
なぜか、安心したような声で――そっぽを向いて、マルセルはそう呟いた。
身の丈ほどもある大剣を振るい、アキナは気合の声を上げる。
ノルウィッチ城の中庭での鍛錬は、既に日課。出来れば、大好きなアル兄様と一緒に――と思うが、なぜかいつも時間が合わず叶わないままだ。
「えいっ! ―――やぁあっ!!」
ぶんと大剣を振り回すと、視界の端に自分の髪が翻るのが見える。長い髪をまとめる黄色いリボンも。
「――――前々から思っていたが……邪魔にはならないのか、それは」
鍛錬に付き合い、離れたところで見守っていてくれているマルセルが、ふと声を上げた。
「ほぇ? それ、って?」
「それだ。――お前の髪だ、アキナ」
指までさして指摘されて、アキナはぷうっと頬を膨らませた。
「ひっどぉい、マルセル。女の子に向かって髪が邪魔だなんて!」
「――だ、だがな、視界に入るのは確かだろう。もう少し邪魔にならないように束ねるとかすればいいだろうが」
「だったら、そうならないようにもっと練習すればいいんだよ!」
真っ直ぐに大剣を構えなおし、アキナは練習用の型をひとつずつなぞる。
「…………よほど気に入っているのか、その髪型は」
「うんっ! だってこのリボンは、大切な人からの、贈り物だもん―――」
「――――また、お前の義兄殿か?」
型をなぞりながら答えると、マルセルの声が呆れた響きを帯びる。手は止めないままくすりと笑うと、アキナはそれを否定した。
「違うよぉ。これくれたのは、エルザ姉様だもん」
「…エルザ? 確か、傭兵をしていたとかいう―――」
「うん、今は学校の先生だけどね。…あたし、小さい頃、男の子になりたかったんだ」
……それは、今から十年ほども前の事。アルによって救われ、ブルックス家に引き取られたアキナは、すぐに見様見真似で剣術の稽古を始めた。
アルに憧れて、アルの様になりたくて。その思いが強すぎて――アキナはいつしか、アルになりたい、男の子になりたいと願うようになっていった。
その頃既に背中まであった髪は無造作に括っただけで、着るものは簡素な男物。木剣を振り回し少年のように喋るアキナは、誰の説得も受け入れなかった。
そんなある日――ひょっこりと実家に顔を出したエルザが、その状況を変えてしまった。
『―――なるほど。アキナちゃんは、アルくんが大好きなのね』
剣の修業をしていたアキナに近寄ってきたエルザは、不思議と警戒心を抱かせず、アキナは自分の事情と夢をすらすらと語っていた。
すべての事情を聞きそう言って頷いた初対面の義姉に、アキナは百万の味方を得た思いだった。
『うんっ! オレ、アル兄様になるんだ!!』
一人称まで真似るアキナに、エルザはパチパチと手を叩く。
『そっか、凄いねぇ。でも、じゃあ、ならなきゃいけないものが二つもあるのね?』
『え? ふたつ………?』
首を傾げるアキナに、視線を合わせるためにしゃがみこんで――エルザは指を一本立てた。
『うん、ふたつ。アルくんは、すっごく強い剣士になるって飛び出したから、まずは剣士でしょ?』
『だから毎日練習―――』
言いかけたアキナを遮るように、エルザはもう一本指を立てる。
『もうひとつは――男の子。アルくんは男だもんね。…アキナちゃん、なれる?』
『……なるもん!! アル兄様みたいな、かっこいい剣士に―――』
―――自分でももう、うっすらとはわかっていた。どんなに練習しても真似をしても、アルにはなれない。男には、なれないと。
自分に言い聞かせるように木剣を握りこみ俯くアキナに、エルザは――
『…なりたいよね。だけど、いっぺんに二つになるのはまだ、難しいよね? だから――』
ボロボロの紐をほどき、櫛もろくに通していない赤毛を梳いて。何かをきゅっと結びつけると、エルザは懐から鏡を取り出した。
『まずは、女の子になってみようよ。それから、すっごく強い剣士に。男の子になるのは大変だし、まだやり方がわからないから、そこから考えてみたらいいわ』
小さな手鏡の中に、朱い髪をポニーテールに結んだ少女が映っている。鮮やかな黄色いリボンが、髪の房と一緒に揺れていた。
思わず鏡に手を伸ばしながら、アキナはぼんやりとつぶやいた。
『これ…リボン、かわいい』
『そう? 気に入ってくれたなら、それはアキナちゃんにあげるね。―――女の子も、悪くないでしょ?』
にっこりと笑顔を浮かべたエルザに、アキナは大きく頷いた――
その日以来、ポニーテールとリボンはアキナのトレードマークになった。
剣士を目指して剣を振るい、アルと肩を並べられるように――いつしか夢は、少しずつ形を変えていた。
「……で? 今もなりたいと思っているのか?」
話を聞き終えたマルセルが、なぜか仏頂面で聞く。
「剣士に? うん、なりたいよ! アル兄様くらい強くなって、今度はあたしが守ってあげるの!!」
「そっちじゃない。男に――だ」
…一瞬、きょとんとして。アキナは思わず笑い出してしまった。
「そ、そっちはもうないよぉ! だって――リボンが結べないでしょっ」
「…………なら、いいがな…」
なぜか、安心したような声で――そっぽを向いて、マルセルはそう呟いた。
※ ※ ※
Etude〜賑わしき子供たち
ユファ「なんですってっ!? わ、私たちはまとめてですのっ!?」
ルーチェ「ユファさんっ、これも神の試練です! 共に乗り越えましょうっ!!」
パル「いや、ただ単にさいころままのミスだろーがよ」
ユーキリス「まぁまぁ、落ち着いてドラ〜…あ、僕はシーフ/アルケミストでドラゴネットのユーキリスドラ〜」
「ちょっ!? ゆ、ユーキリス、ギルドマスターを差し置いて自己紹介だなんてっ!!」
「落ち着いてくださいユファさん。ちなみに私はアコライト/ウォーリアでネヴァーフのルーチェ・ルベドです。はいパルさんどうぞ」
「あ〜…ウォーリア/シーフでヴァーナのパルだ。猫だからって舐めんじゃねえぞ」
「ささユファさん、トリをどうぞドラ」
「ぇ……あ、そ、そうね! 最後のほうが、ギルドマスターが満を持してって感じよね!!
改めて、ギルドマスターでメイジ/アコライトのユファ・プリムナード・コネリーですわっ!! 皆さん、《私たちの名前を覚えさせてあげてもよくってよ!!》」
「はいギルド名変更入りましたー」
「はいよ…ったく、毎回めんどくせえなあ」
「ええと、僕たちはGF別冊『アリアンロッド・サガ演義』収録の『アリアンロッド・サガ・リプレイ・エチュード』のPCドラ」
「シェルドニアン学園新入生のトップチームですわ!! 当然、知っていますわよね!!」
「………いや、リプレイは文庫だけでGFってなーに、って人もいらっしゃいますから…」
「GF本誌は買っても別冊まで集めてねぇ、ってのもいるからな(実際、さいころままはそうでした)」
「けど、サガシリーズリプレイには変わりないドラよ〜。で、このカウントダウン企画が…」
「仮にも『サガシリーズ全PCでSSを』ですのよ!? 私たちがこの扱いなのは、納得がいきませんわっ!?」
「そうはいっても、リプレイ一本分+αしか出番ありませんからねえ。このくらいで相場では」
「まあ、ここの作者の勢いであんまり気合入れられても困るし」
「それもそうドラねえ」
「そんなことはありませんわっ!! 私と、憧れの王子様との思い出でロマンス小説が三冊は書けるはずでしてよ!!」
「「「いやいやいや」」」
「そこまで妄想力ないでしょう、いくらさいころままでも」
「まあ、ないこともないか…ゴンちゃんとか」
「それはやめろぉ――――――っ!?」
「あぁっ、ユーキリス落ち着いて―――っ!? と、ともかくっ、私たちは………え?(カンペを見る)」
「(同じく)えー…『尺埋まったからここで終わりです。後は宣伝で』って書いてありますね…」
「…えー、GF別冊『アリアンロッド・サガ演義』はアマゾンなどの各種通販他、ゲームフィールドのウェブショップでもお買い求めいただけます」
「メタが入ってます社長っ!?」
「あなたもですわっ、ユーキリス! …も、もうっ、このままですむとは思わないことですわ――っ!?」
「ユファさん、それ悪役のセリフです」
ルーチェ「ユファさんっ、これも神の試練です! 共に乗り越えましょうっ!!」
パル「いや、ただ単にさいころままのミスだろーがよ」
ユーキリス「まぁまぁ、落ち着いてドラ〜…あ、僕はシーフ/アルケミストでドラゴネットのユーキリスドラ〜」
「ちょっ!? ゆ、ユーキリス、ギルドマスターを差し置いて自己紹介だなんてっ!!」
「落ち着いてくださいユファさん。ちなみに私はアコライト/ウォーリアでネヴァーフのルーチェ・ルベドです。はいパルさんどうぞ」
「あ〜…ウォーリア/シーフでヴァーナのパルだ。猫だからって舐めんじゃねえぞ」
「ささユファさん、トリをどうぞドラ」
「ぇ……あ、そ、そうね! 最後のほうが、ギルドマスターが満を持してって感じよね!!
改めて、ギルドマスターでメイジ/アコライトのユファ・プリムナード・コネリーですわっ!! 皆さん、《私たちの名前を覚えさせてあげてもよくってよ!!》」
「はいギルド名変更入りましたー」
「はいよ…ったく、毎回めんどくせえなあ」
「ええと、僕たちはGF別冊『アリアンロッド・サガ演義』収録の『アリアンロッド・サガ・リプレイ・エチュード』のPCドラ」
「シェルドニアン学園新入生のトップチームですわ!! 当然、知っていますわよね!!」
「………いや、リプレイは文庫だけでGFってなーに、って人もいらっしゃいますから…」
「GF本誌は買っても別冊まで集めてねぇ、ってのもいるからな(実際、さいころままはそうでした)」
「けど、サガシリーズリプレイには変わりないドラよ〜。で、このカウントダウン企画が…」
「仮にも『サガシリーズ全PCでSSを』ですのよ!? 私たちがこの扱いなのは、納得がいきませんわっ!?」
「そうはいっても、リプレイ一本分+αしか出番ありませんからねえ。このくらいで相場では」
「まあ、ここの作者の勢いであんまり気合入れられても困るし」
「それもそうドラねえ」
「そんなことはありませんわっ!! 私と、憧れの王子様との思い出でロマンス小説が三冊は書けるはずでしてよ!!」
「「「いやいやいや」」」
「そこまで妄想力ないでしょう、いくらさいころままでも」
「まあ、ないこともないか…ゴンちゃんとか」
「それはやめろぉ――――――っ!?」
「あぁっ、ユーキリス落ち着いて―――っ!? と、ともかくっ、私たちは………え?(カンペを見る)」
「(同じく)えー…『尺埋まったからここで終わりです。後は宣伝で』って書いてありますね…」
「…えー、GF別冊『アリアンロッド・サガ演義』はアマゾンなどの各種通販他、ゲームフィールドのウェブショップでもお買い求めいただけます」
「メタが入ってます社長っ!?」
「あなたもですわっ、ユーキリス! …も、もうっ、このままですむとは思わないことですわ――っ!?」
「ユファさん、それ悪役のセリフです」
※ ※ ※
Benette〜竜輝石 (無印4巻エンディング後)
「ふ――――――――ん……」
ノルウィッチ城にほど近い草地に、ゴロリと転がって。ベネットは、空に向かって手を――手の中のものをかざした。
それは小さなクリスタル。陽光にかざしてもきらきらしく輝くでもなく、ただぼんやりと曇った光を通すだけ。
天にかざしていた手を握りこむと――強い、力の脈動が伝わる。
「…これが―――竜輝石でやんすか」
あいにくベネットには、魔術の素養はない。けれど、石から伝わる清冽で、静謐な――気配は、ただの石でないことを伝えていた。
…彷徨の竜輝石。旅人の石と呼ばれることもあると、ナヴァールからはそう聞いている。神々から、古代の英雄に与えられた力の欠片だと。
エリンディルに遺されたそれを、アルディオンより奪いにきたモンドーラを追って、ベネットはここまでやってきた。
……再び開いた手の中の石に、長い銀の髪に帽子を目深にかぶった少女の姿が重なる。
「―――フェルシア様……」
ベネットは幻影の少女の名を、小さく囁いた。
神竜王の治める地、アルディオン。王の石と呼ばれる竜輝石を集める事で、その覇者たる『統一帝(アルドワルダ)』を名乗る事ができる――
まるで、国盗りゲームを推奨するようなそのシステムは、相変わらずベネットには馴染めない。
大昔、戦争が王家の人間の一騎打ちで済んでいた頃ならともかく、今の世のそれは戦乱を長引かせる為にしか見えなかった。
はっきりいえば―――気に食わない。竜輝石も神竜王も、それを支援するエストネルも。
『…旅人の石があれば、大海の亀裂に悩まされることもなく――ほんの一瞬でエリンディルに帰る事ができるだろうな』
石について尋ねたベネットに、ナヴァールはそう苦笑混じりに言った。
ベネットの目的でもあり、帰る手段ともなる竜輝石――それを手にした今、帰るも自由だと、そう言われている気がした。
………実際、ベネットの使命はこれでもう終わっているのだ。エリンディルに帰れば、再び英雄として奉られるだろう。
けれど。
―――船から放り出され遭難していた自分を本気で案じ、同行を申し出たピアニィの姿。
―――信用出来ないだの何だのと言いながらも、世話を焼く手を止めることのなかったアルの背中。
―――異邦の英雄と看破し、その名を認めてくれたナヴァールの笑顔。
―――大陸を駆けずり回るうちに知り合い、ともに戦いたいと申し出てくれたもの達(一部動物)。
…軽く、瞼を閉じてから――ベネットは両手を拳に握り、振り上げた反動で半身を起こす。
「………しょ――がないでやんすなぁ! 人気者は辛いところでやんす!!」
カラ元気を振りぼるように言って、彼女は天に向かってにやりと笑う。
「“クラン=ベルの四英雄”が、アルディオンをも救って凱旋――ストーリーとしては悪くないでやんすなぁ」
使命は、『石を取り返して戻ること』――いつでも戻れるのならば、戻る前にもう一度世界を救うのも悪くない。
それに―――そのまま戻っても、部下達を置きっぱなしのままでは、誰かにつっこまれて痛い目に合いそうだ。
草を払いながら立ち上がり、竜輝石を握りこんだ拳を突き上げる。
「まずは、ピアニィ様を助けてアルディオンに平和を! それから部下を見つけて船で帰れば、文句なしの大勝利、でやんす!!」
――ジェネラル・ベネットの伝説は、まだまだ始まったばかり。
ノルウィッチ城にほど近い草地に、ゴロリと転がって。ベネットは、空に向かって手を――手の中のものをかざした。
それは小さなクリスタル。陽光にかざしてもきらきらしく輝くでもなく、ただぼんやりと曇った光を通すだけ。
天にかざしていた手を握りこむと――強い、力の脈動が伝わる。
「…これが―――竜輝石でやんすか」
あいにくベネットには、魔術の素養はない。けれど、石から伝わる清冽で、静謐な――気配は、ただの石でないことを伝えていた。
…彷徨の竜輝石。旅人の石と呼ばれることもあると、ナヴァールからはそう聞いている。神々から、古代の英雄に与えられた力の欠片だと。
エリンディルに遺されたそれを、アルディオンより奪いにきたモンドーラを追って、ベネットはここまでやってきた。
……再び開いた手の中の石に、長い銀の髪に帽子を目深にかぶった少女の姿が重なる。
「―――フェルシア様……」
ベネットは幻影の少女の名を、小さく囁いた。
神竜王の治める地、アルディオン。王の石と呼ばれる竜輝石を集める事で、その覇者たる『統一帝(アルドワルダ)』を名乗る事ができる――
まるで、国盗りゲームを推奨するようなそのシステムは、相変わらずベネットには馴染めない。
大昔、戦争が王家の人間の一騎打ちで済んでいた頃ならともかく、今の世のそれは戦乱を長引かせる為にしか見えなかった。
はっきりいえば―――気に食わない。竜輝石も神竜王も、それを支援するエストネルも。
『…旅人の石があれば、大海の亀裂に悩まされることもなく――ほんの一瞬でエリンディルに帰る事ができるだろうな』
石について尋ねたベネットに、ナヴァールはそう苦笑混じりに言った。
ベネットの目的でもあり、帰る手段ともなる竜輝石――それを手にした今、帰るも自由だと、そう言われている気がした。
………実際、ベネットの使命はこれでもう終わっているのだ。エリンディルに帰れば、再び英雄として奉られるだろう。
けれど。
―――船から放り出され遭難していた自分を本気で案じ、同行を申し出たピアニィの姿。
―――信用出来ないだの何だのと言いながらも、世話を焼く手を止めることのなかったアルの背中。
―――異邦の英雄と看破し、その名を認めてくれたナヴァールの笑顔。
―――大陸を駆けずり回るうちに知り合い、ともに戦いたいと申し出てくれたもの達(一部動物)。
…軽く、瞼を閉じてから――ベネットは両手を拳に握り、振り上げた反動で半身を起こす。
「………しょ――がないでやんすなぁ! 人気者は辛いところでやんす!!」
カラ元気を振りぼるように言って、彼女は天に向かってにやりと笑う。
「“クラン=ベルの四英雄”が、アルディオンをも救って凱旋――ストーリーとしては悪くないでやんすなぁ」
使命は、『石を取り返して戻ること』――いつでも戻れるのならば、戻る前にもう一度世界を救うのも悪くない。
それに―――そのまま戻っても、部下達を置きっぱなしのままでは、誰かにつっこまれて痛い目に合いそうだ。
草を払いながら立ち上がり、竜輝石を握りこんだ拳を突き上げる。
「まずは、ピアニィ様を助けてアルディオンに平和を! それから部下を見つけて船で帰れば、文句なしの大勝利、でやんす!!」
――ジェネラル・ベネットの伝説は、まだまだ始まったばかり。
※ ※ ※
Navar〜果たされた約束 (無印4巻7話、エンディング後)
レイウォールを脱出したナヴァール一行は、追っ手を避けるため一昼夜不眠不休で行軍した後に、旧メルトランド領内で宿を取った。
女性三人・男性二人という構成上、男女に別れて一室づつ部屋を取る。王族であるステラには、窮屈ではあるが堪えて欲しいと言い含めての事だった――のだが。
「………起きない?」
「そーでやんす。宿とって、部屋に入ってから、すぐベッドに横になって――それっきり、目を覚まさないんでやんすよ」
夕食の席に、ステラの姿がないことを不審に思って問い掛けたナヴァールに、ベネットはそう答えた。
ちなみに、宿に入ったのは朝の事である。長い睡眠時間に、何かの後遺症かと一瞬考えるが―――
「まあ、状況が状況だからな。緊張が切れたんだろう。ざっと見ただけだが、体に異常があって目を覚まさないわけではないようだ」
特に心配した様子もなく――さっさと席につき、自分の分の食事を始めていたカテナは、そう請け負う。傭兵隊の隊長を務め、侍祭位も持つ彼女の見立てならばまちがいないと、ナヴァールも思うが――。
「……あとで、食事を持って起こしに行くとしますか。話して置きたい事もあるからな」
「うんうん、そうされると良いのじゃあ」
僅かに苦笑しながらのナヴァールの言葉に、ゼパが満足げに頷く。愛なのじゃ、と呟きながら、禿頭のネヴァーフはジョッキを傾けた。
和やかな歓談とともに夕食を終えると、ナヴァールは宿の者に頼んで食事の持ち込みを用意してもらう。
まだ飲み足りないと言うカテナとゼパ、それに『お邪魔はしないでやんす』と笑うベネットを階下に置いて、ナヴァールは食事の盆を提げて部屋の扉を叩いた。
「ステラ、食事を持って来たが…起きているかね?」
しばらく気配を探っても、動きはない。寝ているものと解釈して、ナヴァールは静かに部屋に入った。
…奥のベッドに、胸まで毛布をかけたステラがしっかりと熟睡している。
「…おやおや」
苦笑しながら近づいても、寝返りひとつする気配もない。
…彼の主君たるピアニィとステラは、あまり面差しに似たところのない姉妹だが、無防備な寝顔はよく似ていると思えた。ちなみにナヴァールが知るピアニィの寝顔は、激務に耐えかねての執務室でのうたた寝であるが。
とりあえずは、しばらく様子を見ることにして―――サイドテーブルに盆を置き、一歩離れたところに椅子を引いてそこにかける。
「ん………」
小さく声をあげたステラが、身じろぎする。匂いのもとを探したのか、ころりと顔が横を向き――
「………起きたようだな、ステラ」
「――――ナ、ナヴァールッ…!?」
ぼんやりとしていた翠玉の瞳が見開かれ、ステラは慌てた様子でベッドに半身を起こす。
「宿に着くなり、眠ってしまったそうだ。そろそろ食事が必要な頃かと思ってな――」
くすくすと笑うナヴァールに、食べ物の匂いで目を覚ますという子供のような失態を恥じて――ステラは毛布を口元まで引き上げた。
「い、意地が悪いな、ナヴァール…!!」
「なに、時間がたてば腹が空くのは、人として当然の道理だろう。まだ冷めてはいないはずだから、スープからゆっくり食べるといい」
ステラの抗議を気にすることもなく。ナヴァールは座っていた椅子を引き寄せ、ベッドの脇に据えた。
「……わかった、いただく…が、何故ナヴァールはそこにいるのだ」
「何故といわれれば、食べさせてやろうかと思って――かな」
「じ、自分で食べられる…ッ!!」
真っ赤になったステラがナヴァールの手から食事の盆を奪い取り、猛然と食べ始める。からかい甲斐のある人だ――などとナヴァールが見ていると、その視線にも怒りが向いた。
「じ、じっと見ていることはないだろう!! 行儀が悪いぞっ!!」
「これは、失礼をした。では、私は外に出ていようか?」
至極真面目に言葉を返すと、今度は一気にステラの表情が沈む。
「……そ、外に出ていることは…だが、じっと見つめられても食べにくい」
「―――なるほど、では私は本でも読んでいることにしよう」
懐から取り出した分厚い書物に、『わざわざ用意していたのか――』と抗議をしたそうに一瞬口を開いて、ステラは慌てて食事に戻る。
また言い負かされるに違いないと読んでの事だろう、書物の影で、ナヴァールは口元の笑いを隠すのに苦労した。
「―――そろそろ済んだかな?」
ステラがあらかたの食事を終えたところで、いかにも一区切りつきましたという風情でナヴァールは栞を挟む。
「う、うむ。大変に美味しかった。宿のものには礼を言わねばな」
「そこまでせずともよいさ。それと、キミには話しておかねばならないことがある」
「私に――?」
居住まいを正したステラに、ナヴァールは簡略化した事情を語って聞かせる。ピアニィが手にしたのが真実の竜輝石であった事、それゆえにピアニィが狙われ、赤竜白竜両国の侵攻もそれが原因であった事。
「そして――ゆえあって、我らは陛下と合流し次第エストネル王国に赴くことになる。せわしい事で申し訳ないが、キミには留守を任せたい」
「し、しかし、亡命者の私が――」
「亡命者といえど、キミはピアニィ陛下のたった一人の姉君だ。不安のないよう、内情に通じたものを補佐において置くし、キミには騎士団も率いて欲しいのでな」
「――――っ」
矢継ぎ早の指示に、ステラの目が丸く見開かれる。…もとより、第一の騎士が騎士団長を拝命しそうにないがゆえの人事であるが、そこまではまだステラに明かす必要はないとナヴァールは判断した。
「これらはまだ私の独断だが――きっと陛下もご賛成くださるだろう。キミはフェリタニアに必要な人材なのだ、ステラ」
微笑んで見せると――予想に反して、ステラの表情に暗い影が宿る。
「…すまない、ナヴァール―――気を使わせてしまっているな」
「そんなことはないさ。何故、そう思う?」
「だって、私は―――」
声の調子が跳ね上がり、膝に置いた手が拳を握り震える。泣きそうなのを堪えているのが、顔を見なくてもわかった。
「私は、自分のわがままでお前を危険にさらして――そのうえで、今度はピィにまで迷惑をかけようとしている…」
…ピアニィがフェリタニアを建国する直前、レイウォールへと連れ戻す為にステラはバーランドに進軍してきた経緯がある。そのことを思えば、破格過ぎる対応を疑うのも無理のない事だった。
すっかり俯いてしまったステラの手に、ナヴァールは自分の長い指を重ねる。
「―――顔を上げてくれないか、ステラ。確かに破格に過ぎるだろうが、それは名実ともに揃った人材がキミしかいないということなのだ。気に病むことはない」
「だけど、ナヴァールを―――」
「私の事は心配要らない。むしろ感謝をしているくらいさ。ステラ――」
涙まじりになり始めた声を遮り、硬く握られた拳を包み込んで――微かに竜眼を開き、ナヴァールは優しい声で囁いた。
「―――――ありがとう。俺にキミを、助けさせてくれて」
微笑むと、一瞬呆けたようになったステラの顔が―――赤く染まる。
「――――――っ、ナ、ナヴァール…っ、俺、って…」
「………あぁ、すまない。ステラが相手だと思って、気を許しすぎたな」
つっかえつっかえになったステラに軽く微笑むと、瞼を元のように閉じ――ぽんぽんと、宥めるように握った手を叩く。
「約束した事を違えるのが、何より嫌いという男が周りにいてな。私もずいぶん影響されているようだ」
きっとステラも、良い友人になれるだろう―――そう言って言葉を切ると。
「――――ナヴァール…その、私は……何も返せなくて…」
「約束をかなえるのに代償は要らないさ。そういうものだろう?」
かすかに潤んだ目を伏せるステラの肩に、ナヴァールは静かに手を置いた。――僅かに、ふたりの距離が近寄って。
「……………ところでカテナ殿は、何の御用事かな?」
ぴたりと動きを止めたナヴァールが、体ごと扉のほうを振り向く(ステラは慌てて身を引いた)。
「―――野暮をするつもりはなかったんだがな、許して欲しい。……私とゼパは、今夜中にここを発つ」
扉の向こうから、若干くぐもった魔導師の声が聞こえる。いつと限定しないのは、尾行や間者を恐れての用心だろう。
「もう――ですか。いささか性急ですな」
「かといって、長居をする理由もあるまい? そちらの女王陛下にはよろしく伝えておいてくれ、迷惑をかけたとね」
こつりと、ヒールの足音が離れていく。
「うむ。お伝えしよう。貴殿らも、何かあったら遠慮なく尋ねてきてくだされ」
「そんな事態になるかどうか――だな。せいぜい長生きしろよ、軍師殿」
こつこつと、足音とともにシニカルな声が離れていく。それが完全に聞こえなくなってから、ステラは大きく溜息をついた。
「行ってしまったか―――強い、人だな」
「同じ敵を追うもの同士、協力できるかとも思ったのだがな――仕方あるまい」
レイウォール貴族であったことを捨て、傭兵隊も捨て――自分の信念にのみしたがって生きる様を、ナヴァールはただ見送るしか出来ないでいた。
小さく溜息をついた後で、竜人は今度はベッドに向き直る。
「―――ステラ。今日は私も疲れているのでな、添い寝はしてやれないが――大丈夫かな?」
「―――――っ、なっ、そ、そんな事したことなどないだろうっ!?」
「ああ、そうだな。そういう事で――」
激昂するステラの声にあわせるように静かに立ち上がり、廊下側の壁際に下がって―――音もなく扉を引きあける。内開きの扉と一緒に、人影が倒れこんできた。
「―――ぶべらっ!? な、なんでやんす……!?」
床に鼻をぶつけて慌てて起き上がった狼娘に、ナヴァールは静かで冷たい笑顔を向ける。
「…………ベネット殿。ご期待には添えないが、せっかくだ。アルディオンの歴史についてとっくりと語って聞かせようではないか」
「―――ぇ、あ、いや、あっしそこらへんは自分で勉強…」
「なぁに、遠慮することはない。――ではステラ、ゆっくり休むのだぞ」
顔を引きつらせたベネットのマフラーをつかんで引きずり出し、ナヴァールはステラの部屋の扉を閉めた。
―――――ナヴァールの説教は、八時間に及んだという。…合掌。
※ ※ ※
Al〜天上の宝石 (無印4巻エンディング)
エストネルにて。宿泊用に用意された部屋は、どういうわけだか――ピアニィの隣だった。
「…………この間っから、こんなんばっかりだな…」
「ど、どうしましょう…」
困惑するピアニィに、小さく溜息をついて――アルは状況を受け入れることにした。
「――ま、なんかあったときには姫さんを護れるって事で…構わねえよな?」
「は、はいっ……でも、ちょっと嬉しい…です」
はにかむように微笑むピアニィの前髪をかきあげ、優しくキスを落として。お休みと告げて、扉を閉じる。
それから、割り当てられた部屋――隣の、恐らくはピアニィの部屋と同等に広い部屋に入る。
場所がエストネルだけに、古く立派ではあっても、華美ではないのが救いだが――居心地の悪さに変わりはない。溜息をついたアルの耳に―――
「……………あの、アル……こ、これ…っ」
さっき隣の部屋に入ったはずの、ピアニィの声が――明瞭に聞こえる。声のする方を見ると、落ち着いた模様の壁紙と……立派な扉。
「あの、この部屋………続き部屋みたい、です…」
――今度こそ、アルは眉をしかめて頭を抱えた。扉をくぐり入ってきたピアニィも、どこか途方に暮れた表情をしている。
「―――この部屋割り…ナヴァールが何か、言ったんでしょうか…」
「それか、おかんの流した噂のせいか、だな…全く、厄介な…」
………実際はどちらとも関係はなく、つまりはどこからどう見ても『恋人同士』なのでこの部屋割りな訳だが――当の本人達ばかりは未だに隠しているつもりでいる。
「ともかく――まあ、決まっちまってるものはどうしようもねえ。明日からは会議漬けになるんだろ、姫さんは早く寝ろ」
くしゃくしゃと、ピアニィの薄紅の前髪をかき回して笑うアルを、ピアニィは不満げな上目遣いで見つめた。
「え〜…せっかくですから、もう少しお話していたいです…」
「………んな事言って、明日寝坊しても知らねえぞ? 姫さんが来ないと始まらないフェリタニアとは、訳が違うんだからな」
子供のような言い草と、膨らませた頬に噴き出しながらも、アルはしっかりと釘を刺す。
「ね、寝坊なんかしませんっ!! 子供じゃないんですよっ!?」
「どうだかな。俺より先に起きたことねえだろうが」
「そ、それは、だって………っ」
アルの指摘に、ピアニィは顔を真っ赤にして――微かに潤んだ瞳を伏せる。薄い笑いを口元に刷いたアルが、一歩近づきかけた時。
―――廊下に面した扉が、三回ほど大きくノックされた。
「もっしもーし、アルー? 起きてるー?」
続いて響いた少々軽すぎる声に、慌ててアルとピアニィは互いの間に距離をとる。
「―――サイラス、か」
「あの、じゃああたし、あっちの部屋に行ってますね……」
囁くようにそう言って、ピアニィは小走りに続き間の扉へ消える。それを見届けてから、アルは廊下に面した扉を開いた。
「―――ああ、起きてるぞ。何の用だ、サイラス」
「何の用だはないよねー、親友に向かってさー……」
唇を尖らせ、不満げに入ってきたサイラスは、相変わらずの神官姿だった。
アルにとっては、サイラスはだらしのないところはあっても、頼りになる相棒で――エストネル国王の密使・ノーデンスだと言われても、にわかには信じがたい。
「………親友っても、信用できないか。ずーっと黙ってたんだもんなー?」
こちらの思考を読んだかのように、サイラスは自嘲気味の笑顔を浮かべる。だが、アルはゆっくりと首を横に振った。
「お前はお前だろ、変わりはねえよ。それに、なにやってるかわかんねえのはいつもの事だしな」
「えー、なんかそれって褒められてないよ―な…」
造作だけなら整った顔が、今度はしょんぼりと俯く。黙っていればもう少しマトモなのに、こういうところには変わりがないらしい。
「………で、何しにきたんだよ。まさか、ただ俺相手にクダまきにきたわけじゃねえよな」
「えぇ〜、愛する人のココロを確かめに?」
「ほほう。俺にぶん殴られたいと」
「ちょ、じょーだん、じょーだんだって…その拳引っ込めてっ!?」
自分の過ぎた冗談のせいで冷や汗をかきながら、サイラスはソファの影に隠れる。冗談に付き合わされた形のアルは、大きく溜息をついて見せた。
「で、ほんとに何しにきたんだよ。遊びに来ただけっつったら、たたき出すぞ」
「いや〜…アルは、どのくらいノーデンスについて知ってるのかなって、思ってー?」
ソファの影から出てきたサイラスの顔に、ふざけた雰囲気はない。釣られたように顔を引き締めて、アルは知っている限りの事を幾つか述べた。
「黒マントで角笛を持っていて、顔は見えない。統一帝に関する戦争を取り仕切る、裁定の国エストネルの密使――逆らった王家には、眠りの呪いをかけていくんだったか?」
「ま、大体そんな感じだねー。ここで気をつけて欲しいのは、オレ達が護ってるのは統一帝というシステムであって、アルディオンの平和の為とかじゃないってことなんだ。つまり――」
アルの言葉にへらっと頷いたサイラスが、一瞬で表情を消して――恐ろしいほどに冷たい声音で告げる。
「…………ピアニィ陛下の目指すものが統一帝を破壊するならば、エストネルとノーデンスはフェリタニアを敵と見なす。そうなった時に、アル。お前はオレに、剣を向けられるかい?」
試すような言葉に、挑発するような視線に――アルは迷うことなく頷いた。
「ああ。できるな」
「……うっわ、即答したよー。親友より女を選んだ瞬間って感じ? お兄さん悲しー」
よよと泣き崩れて見せるサイラスを、軽く肘で小突いて。アルは憮然とした表情で、言葉を紡いだ。
「そんなんじゃねえっての。―――俺は、姫さんの剣となる事を誓った。お前にだって、譲れない理由があるなら――そうなる事を避けるわけにはいかねえだろ」
「それってさー、お得意の約束ってことー?」
表情をくるくると変え、ニヤニヤと笑いながらサイラスはアルの脇腹を突付く。その手を払ってから、アルは肩を竦めた。
「そうでもあるし、それだけでもねえ。―――俺は、自分で決めたんだ。あいつを護ると」
もうひとつの、アルの得意なフレーズ――『自分で決めろ』が出たことに、楽しげに笑いながら。サイラスはぽんと、親友の肩を叩いた。
「そんなら、安心かもねー。………ところで、お前んとこの陛下がベランダに出てるみたいだけど?」
「―――――っ!?」
サイラスの指摘に、アルは慌てて窓を振り返る。続き間だけにベランダも共通する部屋の造りとなっており、アルの部屋の窓からは外に佇む赤い服の少女がはっきりと見えていた。
「何やってんだよ、あいつは…っ」
慌てて窓に近寄ろうとするアルの背中に、サイラスは苦笑しながら手を振った。
「…んじゃー、話も終わったしオレは帰るねー。――ちなみにアル、もしホントに戦うことになったら、手加減してくれよー?」
…その言葉に、アルも足を止めて苦笑を返す。
「…そりゃ、無理な相談だな。ウチの姫さんの母親の教えを知ってるか? 『神官は最初に倒せ』だぞ」
「あー、ティナ王女殿下…アヴェルシアの…そりゃ無理だねー」
力なく笑ったサイラスが、ひらりと手を振って扉の向こうに消える。それを見送ってから、アルはベランダに通じる大窓を開けた。
「………姫さん、勝手に外に出るなよ。寒いんだからこっちに来い」
ベランダの手すりに手を置き、空を見上げていたピアニィの背中が――微かに震えた。
「―――――見て、アル。星が凄くきれい」
振り返ったピアニィは、笑顔で――しかし、その瞳の端には、涙のあとが薄く星明りを照り返していた。
…恐らく、ピアニィは先ほどのサイラスとの会話を聞いていたのだろう。無言のまま近づいて、アルは細い肩に手を置き、軽く引き寄せた。
薄紅色の小さな頭が肩にもたれ、淡い花の香りが鼻腔をくすぐる。―――言葉もないまま、アルはただ愛しい少女を抱く腕に力を込める。
ややあって。ピアニィは顔を上げ、正面からアルを見据えて――微かに笑みを浮かべる。
「――――アル、……ありがとう」
何か別の―――恐らくは、謝罪の言葉を口にしかけて。それを感謝の言葉に変えたピアニィに、アルは息を吐くように笑った。
「……何だよ、急に。別に、礼を言われるようなことはしてねえぞ」
「うん、でも――言いたかったんです。ここまで来れたのは、やっぱりアルのおかげだから」
微笑むピアニィの髪を指に絡めて、アルはその感触を楽しむ。星の光が、薄紅の髪を淡く輝かせていた。
「―――――前にも言ったな。約束だからってだけじゃない、俺がそうしたいから…お前を護るんだって」
改めて口にした言葉に、ピアニィは深く頷き―――翡翠の瞳に微かに光が揺れる。
「アル……側に、いて下さい。あたしの――――愛しい人」
「ああ、ここにいるよ。―――ピアニィ」
囁く声に答えて、華奢な体を抱きしめ――唇を重ねる。
ふたりの口付けを、天上に瞬く宝石のような星だけが見ていた。
「…………この間っから、こんなんばっかりだな…」
「ど、どうしましょう…」
困惑するピアニィに、小さく溜息をついて――アルは状況を受け入れることにした。
「――ま、なんかあったときには姫さんを護れるって事で…構わねえよな?」
「は、はいっ……でも、ちょっと嬉しい…です」
はにかむように微笑むピアニィの前髪をかきあげ、優しくキスを落として。お休みと告げて、扉を閉じる。
それから、割り当てられた部屋――隣の、恐らくはピアニィの部屋と同等に広い部屋に入る。
場所がエストネルだけに、古く立派ではあっても、華美ではないのが救いだが――居心地の悪さに変わりはない。溜息をついたアルの耳に―――
「……………あの、アル……こ、これ…っ」
さっき隣の部屋に入ったはずの、ピアニィの声が――明瞭に聞こえる。声のする方を見ると、落ち着いた模様の壁紙と……立派な扉。
「あの、この部屋………続き部屋みたい、です…」
――今度こそ、アルは眉をしかめて頭を抱えた。扉をくぐり入ってきたピアニィも、どこか途方に暮れた表情をしている。
「―――この部屋割り…ナヴァールが何か、言ったんでしょうか…」
「それか、おかんの流した噂のせいか、だな…全く、厄介な…」
………実際はどちらとも関係はなく、つまりはどこからどう見ても『恋人同士』なのでこの部屋割りな訳だが――当の本人達ばかりは未だに隠しているつもりでいる。
「ともかく――まあ、決まっちまってるものはどうしようもねえ。明日からは会議漬けになるんだろ、姫さんは早く寝ろ」
くしゃくしゃと、ピアニィの薄紅の前髪をかき回して笑うアルを、ピアニィは不満げな上目遣いで見つめた。
「え〜…せっかくですから、もう少しお話していたいです…」
「………んな事言って、明日寝坊しても知らねえぞ? 姫さんが来ないと始まらないフェリタニアとは、訳が違うんだからな」
子供のような言い草と、膨らませた頬に噴き出しながらも、アルはしっかりと釘を刺す。
「ね、寝坊なんかしませんっ!! 子供じゃないんですよっ!?」
「どうだかな。俺より先に起きたことねえだろうが」
「そ、それは、だって………っ」
アルの指摘に、ピアニィは顔を真っ赤にして――微かに潤んだ瞳を伏せる。薄い笑いを口元に刷いたアルが、一歩近づきかけた時。
―――廊下に面した扉が、三回ほど大きくノックされた。
「もっしもーし、アルー? 起きてるー?」
続いて響いた少々軽すぎる声に、慌ててアルとピアニィは互いの間に距離をとる。
「―――サイラス、か」
「あの、じゃああたし、あっちの部屋に行ってますね……」
囁くようにそう言って、ピアニィは小走りに続き間の扉へ消える。それを見届けてから、アルは廊下に面した扉を開いた。
「―――ああ、起きてるぞ。何の用だ、サイラス」
「何の用だはないよねー、親友に向かってさー……」
唇を尖らせ、不満げに入ってきたサイラスは、相変わらずの神官姿だった。
アルにとっては、サイラスはだらしのないところはあっても、頼りになる相棒で――エストネル国王の密使・ノーデンスだと言われても、にわかには信じがたい。
「………親友っても、信用できないか。ずーっと黙ってたんだもんなー?」
こちらの思考を読んだかのように、サイラスは自嘲気味の笑顔を浮かべる。だが、アルはゆっくりと首を横に振った。
「お前はお前だろ、変わりはねえよ。それに、なにやってるかわかんねえのはいつもの事だしな」
「えー、なんかそれって褒められてないよ―な…」
造作だけなら整った顔が、今度はしょんぼりと俯く。黙っていればもう少しマトモなのに、こういうところには変わりがないらしい。
「………で、何しにきたんだよ。まさか、ただ俺相手にクダまきにきたわけじゃねえよな」
「えぇ〜、愛する人のココロを確かめに?」
「ほほう。俺にぶん殴られたいと」
「ちょ、じょーだん、じょーだんだって…その拳引っ込めてっ!?」
自分の過ぎた冗談のせいで冷や汗をかきながら、サイラスはソファの影に隠れる。冗談に付き合わされた形のアルは、大きく溜息をついて見せた。
「で、ほんとに何しにきたんだよ。遊びに来ただけっつったら、たたき出すぞ」
「いや〜…アルは、どのくらいノーデンスについて知ってるのかなって、思ってー?」
ソファの影から出てきたサイラスの顔に、ふざけた雰囲気はない。釣られたように顔を引き締めて、アルは知っている限りの事を幾つか述べた。
「黒マントで角笛を持っていて、顔は見えない。統一帝に関する戦争を取り仕切る、裁定の国エストネルの密使――逆らった王家には、眠りの呪いをかけていくんだったか?」
「ま、大体そんな感じだねー。ここで気をつけて欲しいのは、オレ達が護ってるのは統一帝というシステムであって、アルディオンの平和の為とかじゃないってことなんだ。つまり――」
アルの言葉にへらっと頷いたサイラスが、一瞬で表情を消して――恐ろしいほどに冷たい声音で告げる。
「…………ピアニィ陛下の目指すものが統一帝を破壊するならば、エストネルとノーデンスはフェリタニアを敵と見なす。そうなった時に、アル。お前はオレに、剣を向けられるかい?」
試すような言葉に、挑発するような視線に――アルは迷うことなく頷いた。
「ああ。できるな」
「……うっわ、即答したよー。親友より女を選んだ瞬間って感じ? お兄さん悲しー」
よよと泣き崩れて見せるサイラスを、軽く肘で小突いて。アルは憮然とした表情で、言葉を紡いだ。
「そんなんじゃねえっての。―――俺は、姫さんの剣となる事を誓った。お前にだって、譲れない理由があるなら――そうなる事を避けるわけにはいかねえだろ」
「それってさー、お得意の約束ってことー?」
表情をくるくると変え、ニヤニヤと笑いながらサイラスはアルの脇腹を突付く。その手を払ってから、アルは肩を竦めた。
「そうでもあるし、それだけでもねえ。―――俺は、自分で決めたんだ。あいつを護ると」
もうひとつの、アルの得意なフレーズ――『自分で決めろ』が出たことに、楽しげに笑いながら。サイラスはぽんと、親友の肩を叩いた。
「そんなら、安心かもねー。………ところで、お前んとこの陛下がベランダに出てるみたいだけど?」
「―――――っ!?」
サイラスの指摘に、アルは慌てて窓を振り返る。続き間だけにベランダも共通する部屋の造りとなっており、アルの部屋の窓からは外に佇む赤い服の少女がはっきりと見えていた。
「何やってんだよ、あいつは…っ」
慌てて窓に近寄ろうとするアルの背中に、サイラスは苦笑しながら手を振った。
「…んじゃー、話も終わったしオレは帰るねー。――ちなみにアル、もしホントに戦うことになったら、手加減してくれよー?」
…その言葉に、アルも足を止めて苦笑を返す。
「…そりゃ、無理な相談だな。ウチの姫さんの母親の教えを知ってるか? 『神官は最初に倒せ』だぞ」
「あー、ティナ王女殿下…アヴェルシアの…そりゃ無理だねー」
力なく笑ったサイラスが、ひらりと手を振って扉の向こうに消える。それを見送ってから、アルはベランダに通じる大窓を開けた。
「………姫さん、勝手に外に出るなよ。寒いんだからこっちに来い」
ベランダの手すりに手を置き、空を見上げていたピアニィの背中が――微かに震えた。
「―――――見て、アル。星が凄くきれい」
振り返ったピアニィは、笑顔で――しかし、その瞳の端には、涙のあとが薄く星明りを照り返していた。
…恐らく、ピアニィは先ほどのサイラスとの会話を聞いていたのだろう。無言のまま近づいて、アルは細い肩に手を置き、軽く引き寄せた。
薄紅色の小さな頭が肩にもたれ、淡い花の香りが鼻腔をくすぐる。―――言葉もないまま、アルはただ愛しい少女を抱く腕に力を込める。
ややあって。ピアニィは顔を上げ、正面からアルを見据えて――微かに笑みを浮かべる。
「――――アル、……ありがとう」
何か別の―――恐らくは、謝罪の言葉を口にしかけて。それを感謝の言葉に変えたピアニィに、アルは息を吐くように笑った。
「……何だよ、急に。別に、礼を言われるようなことはしてねえぞ」
「うん、でも――言いたかったんです。ここまで来れたのは、やっぱりアルのおかげだから」
微笑むピアニィの髪を指に絡めて、アルはその感触を楽しむ。星の光が、薄紅の髪を淡く輝かせていた。
「―――――前にも言ったな。約束だからってだけじゃない、俺がそうしたいから…お前を護るんだって」
改めて口にした言葉に、ピアニィは深く頷き―――翡翠の瞳に微かに光が揺れる。
「アル……側に、いて下さい。あたしの――――愛しい人」
「ああ、ここにいるよ。―――ピアニィ」
囁く声に答えて、華奢な体を抱きしめ――唇を重ねる。
ふたりの口付けを、天上に瞬く宝石のような星だけが見ていた。
※ ※ ※
Piany〜ホシアカリ (無印4巻エンディング、アルの続き)
―――どうしたら、いいんだろう。
思い悩むうちに――あたしは、大きな窓からベランダに出ていた。
……閉めたと思っていた続き間の扉から、アルとサイラスさんの会話が聞こえてきた。
あたしの望む国―――誰もがみんな、幸せに暮らせる世界。みんなが笑い合える、優しい国。誰からも何も奪わず、何も奪われることのない世界。
戦争が起こるたびに、家族や兄弟、大切に思い合うもの同士が――傷つけ合うことのない、そんな世界を作りたくて、あたしはフェリタニアを創った。
なのに、そのあたしのために闘ってくれるアルが、友達のサイラスさんと戦うかもしれないとしたら――。
そんなことはさせたくない。だけど、あたしの望みを曲げることはできない。
あたしの願いは――――もう、あたしだけの願いではないのだから。
あたしの、大切な人。大好きなアルに、辛い思いをさせたくはない。だけど―――
ベランダに出たあたしは、途方に暮れた思いで空を見上げた。そこには、満天の星。
今にも降ってきそうな星を見ながら――あたしの目には、涙が滲んできた。ベランダの手すりに置いた両手に、力がこもる。
「………姫さん、勝手に外に出るなよ。寒いんだからこっちに来い」
背後の窓が開く音がして、アルの優しい声が聞こえた。―――あたしは、涙を引っ込めようとひとつ大きく息をして、笑顔を作ってから振り向いた。
「―――――見て、アル。星が凄くきれい」
……だけど、アルは気づいたんだろう、一瞬辛そうな顔をして――何も言わないままであたしの隣に立ち、肩に手を置いて引きよせられた。
あたしも逆らわず、アルの肩に頭をもたせかける。暖かい鼓動が、胸に響いた。
―――少し力の入ったアルの腕に抱かれながら、あたしは言うべき言葉を探しつづけている。
ごめんなさいと、言うことは簡単だ。だけどそれは――アルが自分で選んだ事を無視することになる。なら、あたしから送る言葉は――
「――――アル、……ありがとう」
――微かに笑みを浮かべ、顔をあげて正面からアルを見て。そう言ったあたしに、アルは息を吐くように笑った。
その笑顔が愛おしいと、心から思う。誰よりも大切な、あたしの騎士。
「……何だよ、急に。別に、礼を言われるようなことはしてねえぞ」
「うん、でも――言いたかったんです。ここまで来れたのは、やっぱりアルのおかげだから」
微笑むあたしの髪を、アルは自分の指に絡めている。そうしている時の優しい指の感触は、あたしの何より大好きなもので。
「―――――前にも言ったな。約束だからってだけじゃない、俺がそうしたいから…お前を護るんだって」
改まった調子でそう言ったアルに、あたしは深く静かに頷く。幾度も交わされた誓いは、そのたびに――あたしを優しく包んでいくようで。
「アル……側に、いて下さい。あたしの――――愛しい人」
すこしだけ泣きそうになりながら、あたしも何度目かの願いを口にする。たった一つ、この願いだけが、あたしの最初の約束。
「ああ、ここにいるよ。―――ピアニィ」
優しくそう言ったアルの腕が、あたしの体を抱きしめる。その背中に腕を回して、あたしはそっと瞼を閉じた。
………星明りだけが、あたしたちを包んでいた。
思い悩むうちに――あたしは、大きな窓からベランダに出ていた。
……閉めたと思っていた続き間の扉から、アルとサイラスさんの会話が聞こえてきた。
あたしの望む国―――誰もがみんな、幸せに暮らせる世界。みんなが笑い合える、優しい国。誰からも何も奪わず、何も奪われることのない世界。
戦争が起こるたびに、家族や兄弟、大切に思い合うもの同士が――傷つけ合うことのない、そんな世界を作りたくて、あたしはフェリタニアを創った。
なのに、そのあたしのために闘ってくれるアルが、友達のサイラスさんと戦うかもしれないとしたら――。
そんなことはさせたくない。だけど、あたしの望みを曲げることはできない。
あたしの願いは――――もう、あたしだけの願いではないのだから。
あたしの、大切な人。大好きなアルに、辛い思いをさせたくはない。だけど―――
ベランダに出たあたしは、途方に暮れた思いで空を見上げた。そこには、満天の星。
今にも降ってきそうな星を見ながら――あたしの目には、涙が滲んできた。ベランダの手すりに置いた両手に、力がこもる。
「………姫さん、勝手に外に出るなよ。寒いんだからこっちに来い」
背後の窓が開く音がして、アルの優しい声が聞こえた。―――あたしは、涙を引っ込めようとひとつ大きく息をして、笑顔を作ってから振り向いた。
「―――――見て、アル。星が凄くきれい」
……だけど、アルは気づいたんだろう、一瞬辛そうな顔をして――何も言わないままであたしの隣に立ち、肩に手を置いて引きよせられた。
あたしも逆らわず、アルの肩に頭をもたせかける。暖かい鼓動が、胸に響いた。
―――少し力の入ったアルの腕に抱かれながら、あたしは言うべき言葉を探しつづけている。
ごめんなさいと、言うことは簡単だ。だけどそれは――アルが自分で選んだ事を無視することになる。なら、あたしから送る言葉は――
「――――アル、……ありがとう」
――微かに笑みを浮かべ、顔をあげて正面からアルを見て。そう言ったあたしに、アルは息を吐くように笑った。
その笑顔が愛おしいと、心から思う。誰よりも大切な、あたしの騎士。
「……何だよ、急に。別に、礼を言われるようなことはしてねえぞ」
「うん、でも――言いたかったんです。ここまで来れたのは、やっぱりアルのおかげだから」
微笑むあたしの髪を、アルは自分の指に絡めている。そうしている時の優しい指の感触は、あたしの何より大好きなもので。
「―――――前にも言ったな。約束だからってだけじゃない、俺がそうしたいから…お前を護るんだって」
改まった調子でそう言ったアルに、あたしは深く静かに頷く。幾度も交わされた誓いは、そのたびに――あたしを優しく包んでいくようで。
「アル……側に、いて下さい。あたしの――――愛しい人」
すこしだけ泣きそうになりながら、あたしも何度目かの願いを口にする。たった一つ、この願いだけが、あたしの最初の約束。
「ああ、ここにいるよ。―――ピアニィ」
優しくそう言ったアルの腕が、あたしの体を抱きしめる。その背中に腕を回して、あたしはそっと瞼を閉じた。
………星明りだけが、あたしたちを包んでいた。
![](https://image02.seesaawiki.jp/k/i/kuttuketai/381ec859f7415b61.jpg)
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