―――ファリストル城の地下にある、大き目の部屋――その片隅で。
「…………え〜っと、じょ、女王陛下の御口に合いますかどうか…お、お茶をお持ちしましたっ」
緊張のあまりギクシャクしながらアタシが差し出したお茶を、女王陛下は慌てたような顔で受け取った。
「そ、そんな緊張しないで…っ。あたしの事は、ピアニィで良いですからっ。えと、ミネアちゃん…?」
「は、はいっ―――この姿のときは、ミネアでけっこーですっ」
背筋を伸ばしたアタシに、女王様――ピアニィ様はふんわりと笑いかけた。
「じゃあ……お友達になってくださいね、ミネアちゃん♪」
「―――はいっ、喜んで!」
元気よく挨拶したアタシを見て、ピアニィ様が嬉しそうに笑う。その隣に寄り添うように座ってる赤毛の剣士さんが、小さい溜息を吐いた。
「……二百年落ちたことのない城、ってだけでも充分とんでもねえが…生きてる城、とはなぁ…」
―――先ほど、この部屋――地下牢を改造した、ナーシアたちのための部屋に移動したアタシ達は、ナーシアを中心にお互いの事情を説明しあった。
グラスウェルズの王様が暗殺されかけて、その犯人がバルムンクって組織で。その首領がピアニィ――もとい、ピアニィ様らしいって事は国を出る前にナーシアから聞いてたけど。
…それが実は謀略で、ピアニィ様たちもバルムンクを追っていること。そして、ナーシアの弟を助け出そうとしてること。
「―――二百年城やってるけど、敵国の首都に軍も連れずに乗り込む女王様は、アタシよりもっととんでもないんじゃないかなぁ…」
「――――――――」
「………あ、あぅぅ……」
苦笑しながらアタシが返すと、剣士さんは黙り込み、ピアニィ様は恥ずかしそうに縮こまった。
「……お見事、ミネア」
ふっと笑いながら、ナーシアがあたしにサムズアップをしてみせる。同じ動作を返すと、剣士さんが眉間に深くしわを寄せた。
「―――で? どうするんだ、これから。グラスウェルズ本国に入ったわけだが――」
若干、誤魔化すような響きの声で――だけど至極まともなことを言った剣士さんに、ナーシアは静かな頷きを返した。
「…前にも言ったけど、伝手がある。――ミネア、私宛てに着いた荷物はある?」
突然話をふられて、アタシは驚きながら首を横に振る。…ナーシア宛てと言っても、特殊部隊だったり密偵だったりだから、特殊な符丁を使って届くんだけど…。
「―――ううん、何もないよ。荷物も手紙も」
「…そう。今日着いていないなら、恐らく明日――動くのは、明後日からになる。それまでは休んでいて」
言いながら、ナーシアの表情にかすかに焦りが混じる。それはそうだろう、誰より早く出発してロッシュを助けたいのは、ナーシアだもの。だけど――
「―――そんな悠長なことでいいのかい、ナーシア? こうしている間にも、ロッシュの身が危ないかもしれないのに…」
アンソンの言葉に、アタシを含めその場にいた全員の視線が集中する。
「そんな事言っちゃダメですよ、アンソンさんっ。ナーシアさんが一番、ロッシュさんを心配してるんですよ!?」
「アンソン、状況見えてる? 空気読めてる? 大丈夫??」
「………兄さんよ、アンタ、本っ当に人の神経逆撫でるのは上手いな…」
三人分の非難を受けて、アンソンがたじろぎ――がっくりと肩を落としてナーシアに向き直った。
「………うぅ…ご、ごめん、ナーシア…」
その謝罪を、うざったそうに手を振るだけで退けて――ナーシアは女王様と騎士さんの目を見て、真剣な話を続ける。
「――その伝手からの『手段』が届けば、ベルクシーレまでは最短距離で移動できると思う。その分消耗もあるから、そのための休息だと思って」
「…はい、わかりました」
同じく真剣に、ピアニィ様が頷き返す。その隣の剣士さんは、何度目か分からない仏頂面でナーシアを睨みつけた。
「…………手段って言うけどな、一体どんな方法だ? 姫さんに危険が及ぶようなら――」
「それはないから、大丈夫。……ついでに言うと、捕まったふりをして潜入する方法でもない」
軽くナーシアが請け負うと、ピアニィ様がほっと息をつく。
「…良かったあ。さすがに、他所の国でやるのは危ないですもんねっ」
…………それはつまり、地元ではやったって事なんだろうか。何となく追求するのが怖いので、聞き流して――アタシは右手を大きくあげた。
「じゃあ、今日は普通にごちそうにしちゃっても大丈夫ってことだよねっ。ゲイリーさんから分けてもらった、とっときの果実酒があるんだ♪」
「お、いいなあ! じゃあ、今日は酒盛りって事で――いいよね? ナーシア」
「……勝手にしたら? ミネアの料理は楽しみだけど」
ひとり喜ぶアンソンと、素っ気無いナーシアの横で――フェリタニアからの客人ふたりは、なんとも言えない微妙な顔で硬直していた。
「………酒盛り、か…」
「えぅ……えっと、その、お酒は……」
顔を見合わせ、かすかに顔を赤らめて。まごまごした態度を取るふたりに、もうお酒を飲んだみたいなテンションでアンソンが突っかかった。
「なんだよー、女王陛下はともかく、アル・イーズデイルは飲めるだろ!? 一人で飲むなんて味気ないから、付き合ってもらうからなっ!?」
「…ったく、うるせぇな……あー、少しだったら付き合ってやるよ。…いいな、姫さん」
「は、はいっ………」
「よーし、決まりっ!! さーぁ、飲むぞ――!!」
少し困ったような、だけど嫌がってはないような不思議な空気で視線を交し合う女王様と騎士さんを他所に、アンソンはひとりはしゃいで気炎を上げる。
「……すぐにできるわけじゃ無いんだから、もう少しおとなしくしてなさい。――ミネア、空いた部屋はある? こっちのふたりに割り当てるから」
呆れ果てたような――もうほとんどお母さんみたいな声でアンソンをたしなめて、ナーシアが振り返る。
「うん、このフロアで良いんだったら、すぐ使える部屋があるよ。アタシが案内しようか?」
「……そうね。じゃあ、お願い」
「りょーかいっ! じゃあ、ピアニィ様、と――アルさん、だよね。ついて来て」
少し疲れたようなナーシアの顔色が、少し気になったけど。今は、遠くから来た人を休ませてあげたくて――アタシは元気よく、ふたりを引き連れて歩き出した。

「…ココと、隣の部屋が空いてるから使ってね。さすがに女王様を泊めた事はないんで、普通の部屋だけど――」
「あ、そんな、気にしないでくださいっ。――ほんとに、ありがとうミネアちゃん」
「それこそ、気にしないでだよ。じゃ、アタシは夕食の準備してくるね♪」
ぱたぱたと小さな手を振って、恐縮した様子の女王様と剣士さんを置いて、アタシは廊下を駆ける。――厨房の手前まで来て、アタシは意識を少し飛ばした。
アタシ――『ミネア』はこの城の一部であり、この城そのものでもある。少し意識を向けるだけで、城の中の事はいながらにして全て知ることができる。
今、意識を向けるのは離れたばかりの客室――ピアニィ女王とその騎士がいるはずの部屋。
あの人たちは、今は仲間だけど、本来は敵対するフェリタニアの人間だ。ナーシアにも隠している情報が何か、あるかもしれない。
普段は勿論こんなことはしないし、ナーシアだってアタシにこんな事ができるとは知らない。ただ、あんなに疲れた友達を見て、何もしない事はアタシにはできなかった。
―――思ったとおり。二つ開けた部屋の片方で、ふたり分の話し声が聞こえる。アタシは『ミネア』の身体を壁にもたれさせ、全てをそちらに集中した。
「……………っと、ここまできましたね。あと一息ですっ」
…ピアニィ女王の声が聞こえる。位置が低いから、ベッドに腰掛けてでもいるんだろう。
「―――だけど、厳しいのはこっから先だ。さっきも言ったが、落ち着いて考えて行動しろよ。でないと――」
「……わかってます。ロッシュさんの命が、かかっているんですものね」
女王騎士アル・イーズデイルの真剣な声に、女王も神妙な声で答える。…ずっと思ってたけど、ずいぶん砕けた言葉遣いなんだなあ。
「ああ。――それに、自分が狙われてるって事も忘れるなよ。王宮に入れば、多分やつらも動く」
「はい。でも――護ってくれるんでしょう?」
「…当たり前だろ――」
やつら――恐らくバルムンク。この人たちも、同じ敵を追っているんだと思ったとき――声が不自然に途切れた。
……筆談でもしてるのか。それともこれは、もしや。アタシは意識を部屋全体から、壁にかかった鏡へ移す――これで、鏡に映るものがアタシにも見える。
(――――…………えーと、うん、まあ、やっぱり)
鏡に映るのは、寄り添ってベッドに座るフェリタニア女王様とその騎士。騎士さんの手は女王様の腰と肩にかかり、女王陛下の手も騎士様の背中にしっかりしがみついている。
うっとりと目を閉じ、唇はしっかりと重なり、まるで一枚の絵画みたい。―――まあ、大体予想はしてたんだけど。
これでも二百年も生きてる身としては、そういう場面に縁がないわけじゃない。城内恋愛だってあったし、凄いのになるとそういう仕事の――ってそれはともかく。
(……これは…さすがにお邪魔かな……)
アタシは鏡から意識を離し、入ってくる映像をカットする。音だけ軽く確認して、ご飯の時間になったら呼びに行こうかと、思ったとき――
「………だけど、ロッシュさんを助けただけじゃ終わらないですよね。ナーシアさんに、メルトランドに来てもらうように話さなくちゃ…」
―――聞こえてきた声に、アタシはもう一度意識を集中する。メルトランドに? ナーシアを? …どういうこと!?
「―――まあ、一筋縄じゃいかねえだろうけどな。いくらあいつが、ヒースに選ばれてるからって…」
「でも、ロッシュさんを助けたら、もう一度話をしようって…約束ですから。メルトランドの人たちのために――」
―――フェリタニア女王が、ロッシュを助ける理由。それは、ナーシアをメルトランドに連れて行くため。
…ナーシアが、メルトランド王家の血を引くことはアタシも知ってる。ヒースに選ばれたことも。そして、ロッシュの存在が彼女を繋ぎとめていることも。
ロッシュの身の安全が確保されたら、ナーシアは遠くへ行ってしまうの? アタシが捨ててきたメルトランドへ?
―――混乱してきて。アタシはとにかくナーシアと話がしたくなって、客室から意識を引き剥がす。
『ミネア』の身体に意識を戻し、ナーシアの居場所を探る。―――いた。さっきの広間だ。
壁にもたれた体を離し、アタシは大事な友達に――ナーシアに向かって力いっぱい駆け出した。

「――ナーシアっ!」
「………ミネア。どうしたの? 食事の支度じゃなかった?」
駆け込んだアタシを、ナーシアは怪訝な表情で迎えた。その膝に飛びついて、アタシは一番聞きたかったことを聞いた。
「ロッシュを助けたら、メルトランドに行くって、本当なの!?」
「――――誰から聞いたの?」
アタシの言葉に、ナーシアの瞳が厳しく眇められる。一瞬、なんて答えるかためらって――結局、全部素直に答えた。アタシの機能も、それで部屋を見ていたことも。
「…ごめんね、今まで黙ってて」
「――それは別に…この城自体があなたなんだから、その中の事が判るのは当たり前でしょう。それよりも」
しょんぼりと俯くアタシに、ナーシアは少しだけ厳しい顔をする。
「…情報を得るためとか――そんな事、ミネアはしなくていい。それは、私の仕事なんだから。あなたのするべきことじゃない」
「…………うん………」
「――――私のために、って考えてくれたこと自体は、とても嬉しい。………ありがとう」
さらさらと、ナーシアの手がアタシの頭を撫でる。優しいのに、何故だかアタシはとても悲しくなった。
「…ナーシア。本当に、メルトランドに行っちゃうの? ……アタシの事、置いていくの?」
どうしよう、泣きそうだ。だけどナーシアも、困ったような顔で――アタシを隣に座らせてくれた。
「…………正直に言うと、わからない。確かに、あの二人とはロッシュを助けたらもう一度話をする、と言ってあるけど」
「……女王に、なるの?」
「――そのつもりはない、けど…このままグラスウェルズにいることはできないのは確かだし、もしもロッシュを安全に保護する事ができるなら…」
いつものナーシアとは違う、迷うような表情に――アタシはようやく思い出す。彼女がまだ、十七才の女の子だって事を。
たった一人の弟の身に危険が迫って、自分の立場も危うい状態で。――きっと、ナーシアだって誰かに支えてもらいたい気持ちがあるんだ。
白い手袋を外してもなお白い、小さな手をアタシは握り締める。
「………ナーシア。ずっと、友達だよ」
どこにいても、遠く離れても。姿じゃない、心があれば友達になれるって、教えてくれた大事な友達。
アタシの言葉に、ナーシアが一瞬驚いたような顔をして――ぎゅっと、握り返してくれた。
「――ありがとう、ミネア」
無表情に見える彼女の、かすかだけど確かな微笑み。それが嬉しくて、アタシはにっこり笑い返した。
「――――でも、驚いちゃったよ。女王様と騎士さんのあんなところ見ちゃったのは」
軽い口調で、誤魔化すように別の話題を振ると、ナーシアも呆れたような顔で肩をすくめた。
「あのふたりはまあ、割って入るのが馬鹿らしいから。よほどの野暮でない限り、関わらない方が精神衛生上一番いい」
「なるほど、りょーかい。でも、騎士さんのほうはナーシアの古い馴染みじゃなかったっけ?」
「だから諦めてるのよ」
軽口をたたいては、けらけらと笑う。まるで普通の女の子みたいに。
こんな時間をくれた、大切な友達を――アタシは改めて、なくしたくないと思った。




ミネアちゃん一人称は、今に至るまでまだ見たことがないです(笑)楽しかった! 
ミネアちゃんのイメージは『ファリストル城のDAK』でした。

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