※「すれ違う翼」の直後のお話です※



「あ……ん…っ、気持ちいい、です……っ」

ベッドに横たわるピアニィの、可憐な唇が吐息を漏らす。
「ん………そこ…っ、もっと、強く……っ」
肌の上を滑る指の、焦らすような動きに、甘い声が切ない響きを帯びた。
「―――あぁぁっ…、ふぁ、凄い、いい…ぃ…っ」
一際高く、甘く響いた声を――アルは隣のベッドに腰掛け、顔を背けて…決してそちらに意識を向かせないようにして聞いていた。
アルの隣ではアンソンが、硬く目を閉じて必死に祈りの言葉を唱えている。―――正直なところ、自分と相手の精神安定の為にぶん殴って気絶させてやろうかとも思うが、そうもいかない。
目の前のベッドで再び、ピアニィが大きく息を吐いた。

「あぁ……んっ、はぁ……ッ、―――ナーシアさん…凄い、マッサージ…じょうず…ですぅ…っ」
「―――そう。ありがとう」

ベッドの上に横たわるピアニィの、脚と腰に手を滑らせ揉み上げながら――ナーシアは簡潔に答える。
その口元には、どこか嗜虐的な薄い微笑が浮かんでいた。

※    ※    ※

…夕食後、自力で何とか回復したアンソンを含めて全員が集まった部屋で、ナーシアが突然ピアニィにマッサージをしよう、と申し出た。
「えと、でも、あたし野外は慣れてますから――そんな疲れてないですし、マッサージは必要ないと」
「―――慣れていても、疲れはどうしても溜まっていく。今回のように何日もかけて移動する場合は特に、蓄積しすぎないうちに疲労を取っておくのが最良」
一度は拒否しかけたピアニィも、ナーシアの説明になるほどと頷く。
それにこれは、ナーシアなりのさりげない礼なのかもしれない――そう思って、ピアニィはにっこりと笑った。
「わかりました! じゃあ、ナーシアさん、お願いします♪」
軽く頭を下げたピアニィに、こくりと頷き返して――ナーシアは立ち上がり、自分の腰掛けていたベッドを手で示す。
「じゃあ、靴をぬいでこっちに横になって」
「あ、はいっ」
呼ばれたピアニィは素直にベッドに座り、ブーツに手を掛ける。テキパキと、その場でマッサージを始めそうな勢いのナーシアに、アルは慌てて立ち上がった。
「―――ああ、じゃあ…俺らは外に出てるから、終わったら呼びに来てくれ。―――な」
目配せ―――というよりは半ば睨みつけるようにアンソンを見ると、こちらも慌てて立ち上がる。
「そ、そうだね、じゃあ僕ら先に風呂に――」
「………どうして、出て行くの? 別にマッサージするだけで、何もやましいことはないけど? …それともそっちにやましい事が?」
にっこりと、優しく微笑むナーシアに…アンソンは硬直し、アルは返す言葉をなくす。
「そうですよ、別に出て行かなくても――それにこの時間はお風呂混んでるからあとにしようって言ったの、アルですよ?」
ベッドの上のピアニィが、大きな瞳を瞬かせて疑問を口にする。さらに言葉に詰まるアルを、ナーシアが捕食者の目で眺めていた。
「いいから二人とも、おとなしくそこに座ってなさい? ――ピアニィ女王、うつぶせになって」
まるで母親か姉のような、大人びた口調で男たちをたしなめ、ピアニィをベッドに伏せさせる。―――その目に、獲物を捕らえた喜びを光らせて。
もはや逆らうことも出来ず、男二人がベッドに座るのを確認してから、ナーシアは細い脚の上に手を滑らせた。

※    ※    ※

「ふ…ぅん、あぁっ……気持ち、い…っ――寝ちゃいそう……」
甘い吐息とともに喜びの声をもらすピアニィの足を、きゅっと強く揉みあげて――ナーシアはすっと手を引いた。
「―――はい、おしまい」
あっさりとしたその言葉に、男2人が同時に安堵の吐息をこぼす。―――しかし。

「……えぅ、もうおしまいなんですかぁ? もうちょっと、して欲しいです…」

ナーシアの思惑も、男どもの苦悩も気付かないピアニィが、唇を尖らせ可憐な声で続きをねだる。
……完全に、トドメである。アルは頭の芯がぐらりと揺れるような感覚を覚え、隣のアンソンは耐えきれなくなったようにベッドに突っ伏した。
「あまり揉みすぎると、あとで揉み返しで痛くなるから、もう少しってところで止めるのがちょうどいい。―――また、疲れが溜まる前にしてあげるから」
「ほんとですか? ありがとうございますっ!」
うつ伏せから起き上がったピアニィが、ぺこりと頭を下げる。すっかり楽になった脚を下ろしてブーツを履き――
「…………アル、どうかしたんですか? アンソンさんも――」
向かいのベッドに座るアルの顔を覗き込むと、のどが詰まったような呻き声をもらして顔を逸らす。
その態度に不審を感じ、近寄ってもう一度聞こうと腰を浮かせたピアニィに、ナーシアが声をかけた。
「そろそろ空いてくる頃だから、浴室に。準備をしてきて」
「あ、はいっ」
ぱたぱたとその場を離れたピアニィに聞こえないよう、低い声で――ナーシアを睨みつけて、アルは鋭く囁いた。
「ナーシア………なんで、俺まで…」
アンソンへの制裁に巻き込まれたもの、と思って声をかけると、ナーシアはかすかに眉を寄せた。
「――――ピアニィ女王から話を聞いた。あなたが、彼女に『何もかも護ろうとするな』って説教した事を」
「…うっ」
思わず言葉に詰まるアルに、ナーシアは小さく溜息を落とす。
「……アンソンといい、自分の事を棚に上げすぎ。―――私が怒っている理由、理解した?」
「―――あぁ、良くわかった」
小さく頷いたアルに、どこか満足げな視線を送って、ナーシアは軽く肩をすくめた。
「…そういうわけだから、しばらく反省すること。それから、くれぐれも部屋は汚さないように」
「―――」
身も蓋もない物言いにアルが眉をしかめたそのとき、準備を終えたピアニィが戻ってきた。
「ナーシアさん、準備できましたっ」
「じゃあ、下へ」
「はい♪ アル、行って来ますね♪」
少女二人が扉の向こうへ消え、ぱたぱたと軽い足音が――ナーシアはほとんど足音をさせない――階下へと降りてゆく。
それを確かめてから――アルは大きく深い溜息をついた。
「―――とりあえず、庭にでも行くか…おい、いつまでも寝てんなって」
ベッドに突っ伏したままのアンソンを小突いて、アルは注意深く立ち上がる。
「…………え、と…庭行って、何を」
のろのろと顔を起こしたアンソンに、アルは大きく肩をすくめる。
「エモノありの模擬戦でもすりゃ、気も晴れるだろ。魔法ナシで頼む」
その言葉に――アンソンの顔が軽く青ざめた。
「………って、それ、僕が一方的に当てられる展開しかないと思うんだけどっ!?」
「安心しろ、死なない程度には加減してやるから。―――さっきのを一切思い出せなくなるくらいにな」
アルの口元には笑みが浮かぶが――琥珀色の目は一切笑っていなかった。


―――アンソン君、不幸。





〜後記〜
…………15禁に入れてみました(笑)
いや、これ、説明しろと言われると色々と困るなあと思ったんで。
基本、ナーシアさんは鬼。

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