日本の周辺国が装備する兵器のデータベース

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中国空軍は創設以降、永らくソ連製戦闘機を使い続けてきたが次第に独自開発の試みも行われる様になり、最初に大量配備が実現した機体が本稿で扱うQ-5攻撃機(中国語では強撃機)である。ただし、全く一からの開発ではなく、ライセンス生産を行っていたJ-6戦闘機(MiG-19)をベースにして航続距離と搭載量を増やした発展型として開発が行われた。開発を担当したのは江西省にある南昌飛機製造公司(後の洪都航空工業集団)で、1958年8月から開発作業が開始され、1965年に初飛行に漕ぎ着けた。当初は「雄鷹302強攻機」の開発名称が付与されており、1964年11月に空軍の軍用機命名基準の変更に伴って「強撃五型飛機」が正式名称とされた[9]。その後さらに実用化の為の改修が延々と続き、量産開始は1968年とされているが最初の量産機の配備が実際に始まったのは1970年に入ってからになった。

基本的には主翼・尾翼はMiG-19のものをそのまま使い、胴体を4mほど延長しサイドインテイク化するとともに胴体中央に爆弾倉を設け、250ないし500kg爆弾を搭載した。つづいて改良型のQ-5Iが登場となるが、この開発にも10年かかり初飛行は1980年になった。主翼のハードポイントを増やす代わりに爆弾倉を閉鎖し、燃料タンクとして航続力を増した他、ドップラーレーダーを装備してシースキミング・ミサイルの運用を可能にし、チャフ・ディスペンサーなどの防御装備も追加された。

各サブタイプを合わせると、1000機ほどが中国空軍・海軍で使用されたほか、北朝鮮やバングラデシュ、ミャンマー、スーダンなどへも輸出されている。Q-5IIIはマーチンベーカーMk10射出座席を装備し、AIM-9空対空ミサイル運用能力も付与され、パキスタン向けに50機以上が製造された。フランスやイタリアとの共同アップグレード計画もあったが、さすがに原設計の古さは隠せず計画は消滅した。

Q-5は21世紀に入っても中国空軍と海軍航空隊での運用が行われたが旧式化は否めなかった。そのため、精密誘導爆弾の運用能力を付与したQ-5E/Fや、練習任務に従事する複座型Q-5Jといった派生型が登場した。2012年10月25日、洪都航空工業集団公司でQ-5の最後の生産機の引渡し式典が行われた。Q-5の生産は1968年の量産開始から実に44年間に渡って行われてきた事になる。最後の生産機は複座型のQ-5Jであったと伝えられている[7]。

【Q-5の退役に至る経緯】
Q-5は長年にわたり、中国空軍と海軍航空隊の対地・対艦攻撃機として運用されてきた。ただし、開発時期からその主兵装は通常爆弾と無誘導ロケットを中心としたもので、後年になってレーザー誘導爆弾の運用能力が付与されて精密打撃能力を有するようになった[10]。

Q-5の任務の中で、対地攻撃と対艦攻撃は、航続距離とペイロードで優位に立ちスタンドオフ兵器の運用能力を備えたJH-7戦闘爆撃機やSu-30MKK戦闘攻撃機、J-10戦闘機などがその地位を引き継ぐことになった[11]。地上部隊への支援攻撃任務については、武装ヘリコプターの登場後もペイロードと航続距離においてジェット攻撃機の方が有利であったためQ-5の存在意義は存続したものの、陸軍航空隊における武装・攻撃ヘリコプター戦力の充実と、21世紀に入って大きく進歩した無人攻撃機の登場により、この分野についても代替が可能となった[10]。

Q-5は2010年代に入ると徐々に第一線を退くようになり、2017年には最後の機体が退役となり即応保管機として保存されるに至った[10][11]。

【2011年6月27日追記】
2011年4月、パキスタン空軍で最後までA-5Cを装備していた空軍第16中隊がJF-17戦闘機に装備改変を行った[5]。これにより28年間に渡る同国空軍でのA-5Cの運用が終了したことになる。

Q-51965年6月初飛行最初の量産型。爆弾倉に250/500kg爆弾を2発搭載退役済
Q-5全天候戦闘機(案) Q-5を645型レーダーを搭載した全天候戦闘機とする開発案。機体の軽量化、照準器をJ-6戦闘機と同じものに変更。対空ミサイルとしてPL-2赤外線誘導空対空ミサイル二発を搭載。J-6に645型レーダーを搭載したJ-6新甲が採用されたことにより計画のみに終わる[9]計画のみ
317甲型レーダー試験機1970年代末期に試作されたレーダーテストベッド機。Q-5基本型の機首に317甲/317A型火器管制用レーダーを搭載。1980年末まで空中試験を実施するが計画打ち切りにより開発は終了。317A型レーダーの技術はJ-7III(J-7C)のレーダー開発に継承される[9]試作のみ
Q-5レーザー測距試験機 レーザー測距システムの開発テストベッド機。1981年3月に開発に着手、1982年4月にテスト機の改造作業終了、1982年末まで各種試験を実施。中国におけるレーザー測距離技術の基礎作りに貢献[9]試作のみ
複合材料構造試験機1990年12月27日初飛行南昌が自社機として保有していたQ-5(144号機)を改造して製造される。航空機への複合材使用の技術実証機として運用[9]試作のみ
Q-5ACT技術実証機 フライ・バイ・ワイヤ技術の試験機として提案。1982年に瀋陽飛工業集団公司のJ-8ACT案が採用され提案段階で終了[9]計画のみ
Q-5エンジン換装案 WP-13ターボジェットエンジン一基、もしくは英仏共同開発の「アドーア」ターボファンエンジン二基に換装するプラン。機体の大幅な設計変更が必要なため計画のみで終わる[9]計画のみ
Q-5A1970年8月初飛行核搭載型。胴体内部の半埋め込み式爆弾倉にKB-1(狂飆1)戦術核一発を搭載。1970年代末の国際的核軍縮の流れ、改革開放に伴う国防費削減、Q-5Aの性能では1980年代の仮想敵防空網の突破は困難などの要因から1979年6月に開発中止が決定[9]試作のみ
Q-5I(A-5A) 正式量産型。爆弾倉を閉鎖し主翼下に2箇所ハードポイント増設退役済
ドップラー航法装置試験機Q-5Iをベースにしたドップラー航法装置試験機。1975年に開発に着手された205型ドップラー航法装置のテストベッド機として製造。空軍は、205型ドップラー航法装置、Q5HK-15型レーザー測距器などを搭載してQ-5に超低空侵攻能力を付与することを計画。テストベッド機は1985年6月から部隊での試験運用を行い、1987年には205型は制式採用され少数生産が実施。その後、205型はJ-10戦闘機(殲撃10/F-10)用の210型ドップラー航法装置に発展し、Q-5試験機を用いて実証テストを行い実用化に漕ぎつけた[9]試作のみ
火器管制システム試験機(CC工程)Q-5Iをベースにした火器管制システム試験機。JH-7攻撃機「飛豹」(殲轟7/FBC-1)の火器管制システム開発のテストベッド機として運用。開発された技術はQ-5Dの開発に活用されることになる[9]試作のみ
Q-5IA Q-5Iの改修型。主翼下のハードポイントが4箇所になった運用中
Q-5II(A-5B) Q-5IAにレーダー警戒装置を追加した型運用中
Q-5IIA(A-5B) Q-5IIのスーダン輸出型。価格低減のため新規製造ではなく既存のQ-5IIに所定の改造を施して提供された。1990年から合計9機が輸出[9]運用中
Q-5IIK(A-5M) Q-5IIのミャンマー輸出型。型式名のKはミャンマー輸出型を意味する。レーダー警戒装置を撤去、LIZ-6型警告装置に換装するなど装備変更を実施。36機を輸出運用中
Q-5B(強撃5乙)1970年9月初飛行海軍型。ドップラーレーダーを装備し魚雷2発を搭載できる。対艦ミサイルの実用化もあって配備には至らず1979年に開発中止[9]。試作のみ
Q-5空対艦ミサイル搭載型 Q-5Bをベースとして空対艦ミサイル搭載機に発展させる開発案。1970年代を通じて開発が継続されていたが、70年代末の国防予算削減に伴う開発機種整理により開発は終了。搭載予定のYJ-8空対艦ミサイルは、YJ-81空対艦ミサイルに発展しJH-7攻撃機「飛豹」(殲轟7/FBC-1)の主兵装として採用にこぎつけた[9]計画のみ
Q-5III(A-5C)1982年9月初飛行輸出型。Q-5Iをベースに西側アビオニクスを搭載。パキスタンで2011年まで運用される[9]パキスタンに輸出
Q-5IIIA(A-5C) Q-5IIIのバングラデシュ輸出型。16機を輸出[9]輸出のみ
Q-5M1988年8月初飛行イタリアのアビオニクスを装備したQ-5II改修型試作のみ
Q-5空中受油プローブ搭載型 Q-5M開発時に立案されたプラン。機首左側にJ-8D戦闘機に類似した空中受油用プローブを装着して航続距離の延伸を図ったもの[9]計画のみ
Q-5K1991年9月初飛行フランスのアビオニクスを装備したQ-5II改修型試作のみ
ステルス技術実証機 ステルス機開発に必要な要素研究機として計画。試作機製造には至らず[9]計画のみ
Q-5D 全天候攻撃型。新型ドップラーレーダーを搭載し、機体は緑色迷彩現役
Q-5E/F LT-2レーザー誘導爆弾(雷霆2型)開発のために製造。E型はLT-2レーザー誘導弾2発を搭載、F型は目標照射用のレーザー捜索/照準ポッドを搭載し、E型が投下した爆弾に対して目標指示を行う運用中
Q-5G胴体下部に固定式の増加燃料タンクを搭載。 
Q-5LQ-5Gにレーザー誘導爆弾の運用能力を付与したタイプ。増加燃料タンクは搭載/未搭載を選択可能 
Q-5NQ-5Dの発展型。2005年10月に初飛行。改良項目はQ-5Lと共通点が多いが航法装置に相違あり 
QZ-5(強偵5)1970年代にQ-5の偵察機型として開発。1977年から量産化されたJ-6の偵察機型JZ-6との差別化が出来ず開発は中止[9] 
QD-5(強電5)Q-5Iをベースにして開発された電子戦機。湾岸戦争の戦訓から開発に着手。主翼パイロンに電子戦ポッド、胴体内部にチャフ・フレア発射装置を搭載するなどの改造が施された。近距離攻撃を行うQ-5編隊に電子支援を実施することを想定した[9]試作/少数生産?
QJ-5(強教5)複座の練習型。J-5の複座型JJ-5を代替する目的で1967年から開発に着手。J-6の複座型JJ-6への一本化が決まり1968年に開発中止[9]開発中止
Q-5J2005年2月初飛行複座の練習型。JJ-6を代替する予定。中国のほかミャンマーでの運用が確認されている[8]現役
KLJ-7PDパルスドップラーレーダー搭載型 2008年4月に南京電子技術研究所が模型を公開したQ-5の改良型。KLJ-7PDパルスドップラーレーダーを搭載しているほか、翼端にAAM用パイロンが新たに設置されている。PL-12 BVR-AAMの運用が可能。開発経過については不明計画中

性能緒元
重量6,500kg
全長16.77m
全幅9.70m
全高4.51m
エンジン渦噴6(WP6/RD-9B改) A/B 3,250kg ×2
最大速度M1.12
戦闘行動半径600km
上昇限度15,800m
武装23IIK型23mm機関砲×2
 PL-7赤外線誘導空対空ミサイル(霹靂7/R550マジック)
 PL-5赤外線誘導空対空ミサイル(霹靂5)
 Kh-29テレビ誘導短距離空対地ミサイル(AS-14ケッジ)
 LT-2レーザー誘導爆弾(雷霆2型)
 爆弾等2トン
乗員1名


▼複座型のQ-5J


【参考資料】
[1]Jウイング特別編集 戦闘機年鑑2005-2006(青木謙知/イカロス出版)
[2]別冊航空情報 世界航空機年鑑2005(酣燈社)
[3]Chinese Defence Today
[4]空軍世界「強5超音速攻撃機」
[5]大旗網「强-5C正式宣布退役,原部队全部换装“枭龙”」
[6]网易军事「最后一架强5交付部队 结束44年生产历史」(2012年10月27日)
[7]China Defense Blog「End of an era -- Nanchang ends its production of Q-5 ground-attack aircraft after 44 years.」(2012年10月27日)
[8]新浪網-新浪論壇「缅甸空军双座强五」(2013年2月14日)
[9]老毕 刘明 編著『东风乍起 中国强-5强击机传记』(≪海陆空天惯性世界≫杂志社、2014)
[10]捜狐「中国强-5已全部退役!美俄A-10、苏-25,为何还有200多架在服役?」(作者:乐乐/2022年12月9日)https://www.sohu.com/a/615508983_120542825
[11]腾讯网-腾讯新闻「中国最后的强击机强5退役后,留下200架编制空缺,谁能够来弥补?」(雷姐的机械空间/2021年12月6日)https://news.qq.com/rain/a/20211206A0487000

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