[520] 2人の執務官 sage 2007/10/14(日) 23:04:19 ID:7/Um/0Fi
[521] 2 sage 2007/10/14(日) 23:06:03 ID:7/Um/0Fi
[522] 人 sage 2007/10/14(日) 23:07:52 ID:7/Um/0Fi
[523] の sage 2007/10/14(日) 23:09:57 ID:7/Um/0Fi
[524] 執務官 sage 2007/10/14(日) 23:11:36 ID:7/Um/0Fi
[525] つづく sage 2007/10/14(日) 23:12:24 ID:7/Um/0Fi

「ありがとうございます」
店員の礼も気にせず、出口へ向かう。
深い帽子にサングラス、そして、マスク。
怪しいまでの変装を行っているフェイトは、店の外を確認して、誰もいないことを確信する
と、じっくりと外へ出た。
そこからは、光速の勢いで愛車に乗り込んだ。
ここは、クラナガンから大分離れた場所にある薬局。
そこで誰にも知られたくないものを購入したフェイトは、自分の家に向かって車を走らせた。

溜息を吐いて、買った物を見る。
使う為に買ったのに、使う勇気が少し足りない。

1度、生理の日に、強い痛みが来て、思わず触れてしまったキーボードのせいで、調べてい
た資料が全て消えてしまい、ティアナとシャーリーに手伝ってもらい、なんとか復元にした
が、そのせいで自分の周期が知られてしまうこととなった。
知られても不都合があるとは、思ってなかった。
今回のことも不都合なことでは、ない。
むしろ、ティアナが知っていたからこそ、気付いたのだ。
「少し遅れてるみたい」と咄嗟に言い訳したが、察しの良いティアナは、勘づいたかもしれ
ない。
ティアナは、気遣いもあるだけに周りに話すことなど絶対にしないだろう。

再び、箱を、買ってきた妊娠検査器の箱を見る。
動けない。
それとも、動かないのか。
進めることが出来るのは、自分だけだ。
手に取って、トイレに向かった。

「ちょっと、急だが、10日後に出発するよ、それで…」
クロノからの通信。
いつもは、嬉しいその言葉もなんだか聞きたくない言葉に思える。
クロノが帰ってくる時と同じように、出発前夜にも用意があると偽り、フェイトと2人であ
の部屋で過ごすのが、毎度のこととなっていた。
つまりは、9日後の夜を一緒に過ごそうということになる。
思い出す。
検査器に示された、あの陽性の証。
妊娠を示す証。
検査器が百発百中というわけではない。
だからこそ、9日後までにはっきりとさせなければならない。

沈黙して、医者の言葉を待つ。
心臓の鼓動が張り裂けそうなほど早い。
向かいあった医者に表情は無く、そこ読むことは出来なかった。
この医者は、免許を持っていない。
昔、この世界での任務が行われた際、知り合った医者。

この世界の法律でも医者を名乗るには、免許が必要であり、その点から言えば、この男は、
無免許医、犯罪者となるのだろう。
だが、フェイトは、この男をどうこうすることはなかった。
お金の無い者、わけありの者を無償で診察する様に何もすることが出来なかった。

「妊娠してるね。2ヵ月だ…」
感情を見せないまま、告げた。
聞かされてもそれほど動揺は無かった。
確証を持っただけ。
自分の中には、クロノとの命が宿っている。
「それで、どうする?」
産むのか、堕ろすのか。
そういう意味だろう。
わざわざ自分の元へやって来た理由を察し、問う。
うっすらと髭の生えた顎を触りながら、フェイトを見る。
「…」
言葉を返せない。
堕ろしたくなんかない。
自分に宿った命を、自分の勝手で殺すなんてこと出来やしない。
自分の境遇を考えれば、尚更だ。
だが、産んでどうする?
父であるクロノには、家庭がある。
「話すべきだ」
医者は、未だ表情を変えずに呟いた。
顔を下げて考えていたフェイトは、顔を上げる。
「深くは聞かないが、父である男に、話すべきだろう。あんたが、どう決断するにしても…」
「でも…」
話せば、きっとクロノは、自分を責める。
きっと、新しい命を消すことなんてさせはしない。
だが、それでは、エイミィは、2人の子供は…
「まぁ、あんたが決めることだ。産むにしても、産まないにしても、私がなんとかしよう」
医者は、引き出しを開けて、少し表紙の掠れた母子手帳をフェイトに渡した。

自室のベッドに体を預け、目を閉じる。
誰かが答えをくれるはずもないことは、分かっている。
堕ろすことは、絶対にしない。
だが、産んでどうする?
2人で遠い世界へ、誰も来ないような、誰も自分を知らないよう
な場所へ行くのか。
それでも、クロノの家族に迷惑を掛けるだろう。
分からない。
どうすればいいのか。
全ては自分の責任。
目頭が熱くなり、涙が流れ出た。
本当にどうすればいいのか分からなかった。

ティアナは、仕事をしながら溜息を吐いた。
向かいで自分と同じように仕事をしているシャーリーは、気が付いていない。
視線を左に流すと、誰も座っていないフェイトのデスクが見えた。
いよいよ、本当に自分の予想が的中したように思える。
だとしたら、相手は誰なのか。

「ティア、ティア」
すっかり思考に沈んでいた頭に自分を呼ぶ声が入ってくる。
声の方向を見ると、通信を行っているシャーリーが、指を指していた。
その先を見て、漸く鳴り響いている通信の呼び出し音に気付いた。
「はい、こちら、ティアナ・ランスター執務補佐です」
焦って取ったが、なんとか噛まずに言えた。
『私、なのはだけど』
「なのはさん?どうしたんですか」
聞こえたのは、昔の上司の声。
『ちょっとフェイトちゃんに用事があったんだけど、フェイトちゃんに通じなくて』
自分では、どうすればいいのか分からない。
だが、この人ならば。
視線をシャーリーに向け、まだ通信を行っていることを確認した。
「フェイトさんのことで少しお話が…」

「わ、フェ、フェイト!」
泣き出した腕の中いる赤ん坊に汗をかくクロノが、自分の名前を呼ぶ。
それに苦笑しながら、2人の元へ向かう。
「どうしたのかな?おむつはさっき変えたから…お腹が減ったのかな?」
クロノの腕から赤ん坊を持ち上げる。
涙を流す愛しい我が子の為に、服のボタンを外し、胸を露出させる。
「クロノ、見ないでよ」
その様子をじっと見ていたクロノの視線から逃げるように、後ろを向く。
何度も見られたが、こういう状況だと、恥ずかしいものだ。
「え、あ、いや、その」
背後のクロノの声を無視して、赤ん坊に食事を与える。
口いっぱいに頬張り、吸い込む赤ん坊に微笑む。
ふと、後ろを振り返る。
クロノは、そこにいない。
周りを見渡す。
自分のずっと先、エイミィと2人の子供と楽しそうに歩くクロノの姿が見えた。
これが当然の結末。
飲み込むしかない。
それでも、涙が流れた。

目が覚める。
夢。
現実ではない、だが、現実に有り得る夢。
時計を見ようと、体を起こして周りを見渡すと、人の姿があった。
「なのは」
そこにいた幼馴染みの親友の名前を呼ぶ。
なのはは、何も言わず、悲しそうな笑顔でフェイトに寄る。
「フェイトちゃん」
何の意味も無く名前を呼び、フェイトの顔に指で優しく触れる。
瞳の端から続く涙の跡がなのはの心も悲しくさせる。
「ティアナから話、聞いたよ」

フェイトのことで話があると、ティアナに呼び出された喫茶店に入る。
出て来た店員を柔らかく断り、奥にいたティアナの元へ行く。
「久し振り、ティアナ」
「あ、久し振りです、なのはさん」
立ち上がって礼をするティアナを見る。
それほど長い間、会わなかったわけではないが、随分と立派になった気がする。
2つに纏めていた髪を今は降ろしていることぐらいしか、見た目で変わったところはない。
それでも、顔や体全体から漲っているものがある。
微笑んでティアナの向かいに座った。
「フェイトちゃんがどうかしたの?」
紅茶を頼んで、聞く。
ティアナは、周りをキョロキョロと見た後、真剣な目でなのはを見る。
「フェイトさん、あの、生理が来てないみたいで…」
「…遅れてるだけじゃないの?」
ティアナの言葉が意味することを理解しつつ、問う。
「そう、かもしれないんですけど…なんだが、仕事中も集中してないっていうか…今日も部
屋に閉じこもってて…」
フェイトと同じ部屋で過ごして、フェイトの周期がかなり定期的でズレたことがないのを知
っているなのはは、黙って聞いている。
黙ったまま、運ばれきた紅茶に口をつける。
動揺したせいか、そのまま飲んだ為、熱く、舌を軽く火傷した。
「フェイトちゃんには、私がお話聞いてみるから。少しの間、お仕事の方、任せていいかな?」
そう言って再び、口をつける。
「はい」
しっかりと返事をして、ティアナは、自分の飲み物に口をつけた。

涙の跡がティアナの予想が当たったことを予感させる。
フェイトのお腹には、新しい命が宿っているのだと。
「あ…」
思わず声を漏らすが、何も続かない。
「いるんだね?」
なのはの言葉を聞いて、お腹に手をやる。
「うん」
「そっか…」
これを聞いてどうすれば、いいのか分からなかった。
誰にも言えていないということ、言えない人との子供なのだろう。
聞くべきなのか。
聞くとしたらどういう風に?
「クロノとの子供なんだ…」
フェイトの方から話す。
力無く呟いたフェイトの顔を見ることが出来ない。
「どうしたらいいかな…」
弱々しい声に何も返せない。
苦楽を共にした親友が苦しんでいるのに何も出来ない自分に苛立つ。
産んだ方がいい、と言うのは簡単だ。
だが、そんなことを言えるのは当事者ではないから。
家庭を持つ兄との愛の結果。
それに対して述べるには、なのははまだ若い。
「どうしたらいいのかな…」
再び、呟いたフェイトの瞳からは涙が零れている。
なのはは、フェイトを抱きしめる。
あの日、フェイトが自分を抱きしめてくれたように。
ただ、それしか出来なかった。
「私はフェイトちゃんの味方だから」
ただ、それしか言えなかった。
「フェイトちゃんが産むのなら、誰にも邪魔させない。フェイトがもし、どこか遠くに行く
って言うのなら、私も一緒に行くから」
思ったことをそのまま口にする。
「私がフェイトちゃんもその子供の幸せも護るから…だから…泣かないで」
素直な言葉が心に染みる。
「ありがとう…」
小さく囁いた。

「落ち着いた?」
コーヒーをフェイトに渡して、横に座る。
中心だけでなく、周りまで赤くなってしまった瞳が痛々しいが、表情には、それほど悲しさ
はない。
「うん、ありがとう」
甘く温かい味に癒される。
なんだか2人でまったりするのも久し振りに感じる。
「なのは…クロノを責めないでね…」
ギクっとなのはの体が硬直する。
この後、クロノの元へ行き、全力全開でお説教をしようと思っていたなのはだった。

送られてきたメールに首を傾げる。
『いつもの場所で待ってるから』
クロノのからのメール。
いつもなら電話で直接の筈だが、今回はメールだったことを不思議に思ったが、そんなに気
にすることもなく用意を続けた。
なのはのおかけで決心がついた。
産むという気持ちは変わらないが、クロノにきちんと話そうと決めた。
まだ、先のことは決めていないけど、後悔しないように自分の気持ちに従おう。
愛車に乗り込む。
不思議な高揚感と緊張感が体に溢れている。
キーを捻って、エンジンをかける。
今日がクロノとの最後の逢瀬になるかもしれない。
だけど、もう後悔しないと、泣かないと決めたから。

到着し、クロノが先に着いている証拠のクロノの車を発見する。
母子手帳が入っているバックを持ってエレベーターに乗り込む。
上に上がるに連れ、緊張が増え、手に汗が流れてくる。
逃げ出したくなりもするが、ここで臆しても何も変わらない。

指定の階に着いたエレベーターから降りて、部屋に向かう。
いつもなら軽い足取りだが今日は違う。
部屋の前で1度深呼吸をして、お腹に手をやる。
どんな結果になろうと、この子は幸せにさせる。
扉をゆっくりと開く。
扉の音に気付いたクロノのが玄関まで迎えに来るだろう。
そう考えながら、耳に入った声は
「お邪魔してます、フェイトちゃん」
義理の姉のものだった。


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目次:2人の執務官
著者:33スレ473

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