668 三人のクロノ・ハラオウンと納豆 sage 2008/03/07(金) 19:49:33 ID:WOG+wxlw
669 三人のクロノ・ハラオウンと納豆 sage 2008/03/07(金) 19:50:56 ID:WOG+wxlw
670 三人のクロノ・ハラオウンと納豆 sage 2008/03/07(金) 19:52:55 ID:WOG+wxlw
671 三人のクロノ・ハラオウンと納豆 sage 2008/03/07(金) 19:54:22 ID:WOG+wxlw

 朝食には引き割り納豆を出した。
 昼食は納豆チャーハン。
 そして夕食の揚げ納豆の準備をエイミィがしていると、流石のクロノも不審そうな顔をした。
「今日は納豆ばっかりだな」
「うん、リエラの納豆嫌いを直そうと思って。あの子、毎朝カレルに押し付けてるんだから。今日だって
お昼はほとんど残してたんだよ」
「だからって、朝昼晩と納豆尽くしなのはどうなんだ」
「味に慣れさせないとどうしようもないでしょ」
「けど、まだ小さいんだし時間をかけて直していった方が……」
 やたら娘の肩を持つクロノ。その理由はエイミィには分かっている。
「……ついでにクロノ君の納豆嫌いも直さないとね」
「うっ……」
 露骨にたじろぐクロノ。ばれていないとでも思ったらしい。
 残すようなことはしないが、眉間に皺を寄せてたいそう不味そうに食べている。娘の納豆嫌いは、間違
いなくあの嫌そうな顔が原因の一つだ。
 お父さんだって嫌いなんだから私が嫌いでもしょうがない、と屁理屈こねられる前にクロノをなんとか
しなければならない。
「というわけで、明日からお弁当に納豆入れるし」
「せ、制服や息に匂いが付くんだが」
「はい、ファブリーズとキスミント」
「計画犯か!?」
「味はなるべく出さないようにするし、バリエーションもつけるから」
「それでも……」
 往生際の悪いクロノに溜息ついて、エイミィは向き直った。
「……だいたい格好悪いじゃない。いい年した旦那さんに子供みたいに苦手なものがあるなんて」
 数cm上にあるクロノの目を、上目遣いにじっと覗きこむ。これにクロノは弱い。
 案の定、十数秒でクロノは陥落した。
「……分かった。弁当に入れてくれていいし、子供達の前ではなるべく顔に出さないようにもする」
「よろしい。まあ、毎日ってわけじゃないし。納豆入れた日の夜は、クロノ君の好物にするからね」
 口笛吹きながら、エイミィは納豆に衣を着ける作業に戻った。


 夕食までの繋ぎに煎餅をかじりながら、アルフは隣のリンディに訊ねた。
「あれは尻に敷かれてるのかいちゃついてるのかどっちなんだろうね」
 緑茶にいつもどおりミルクを投入しながら、リンディは言った。
「そんなの、二人の顔を見れば分かるでしょ」



           ※



 フェイトもクロノも納豆が特に嫌いというわけではないが、好きでもない。それでも、和風の朝食には
欠かせない一品だと思っている。
 ただ和食は日本で材料を買ってこないといけないため、なかなか食卓に上げれない。だから久しぶりに
出した今日は、ほんのちょっとだけ豪華にすることにした。
 物自体は日本のスーパーで売ってるパック納豆。しかし一緒に付いている醤油と辛子は使わず、別に用
意した出汁醤油と練り辛子を混ぜる。辛子はちょっと多め。
 そこに刻みたての葱と浅葱を加えてよく混ぜ、丼に浅く盛った炊き立ての白米に乗せる。
 最後に鶉玉子を落として完成。
 丼物というほど大げさな物ではないが、薬味の緑と玉子の黄色が食欲をそそる出来栄えだ。
「はい、クロノ」
「ありがとう」
 受け取ったクロノはぐちゃぐちゃに混ぜるような行儀の悪いことはせず、一口ずつ箸でご飯と納豆を口
に運んでいく。
 いつもよりゆっくりと動く顎が、味を語っている。それでもフェイトはあえて訊ねた。
「美味しい?」
「ああ、辛子も葱もちょうどいい量だ。出汁醤油は手製か?」
「そうだよ。クロノがこの間美味しいって言ってたうどんに使った物。ほんのちょっとだけ味を変えてる
けどね」
「そんなこと言ったかな……」
「クロノが食事で言ってくれたことは全部覚えてるよ。……だって私は一生クロノのご飯作ってあげるん
だから」
 フェイトの言葉にクロノは少し面食らった顔をしたが、すぐに微笑んでくれた。
「……フェイト、これからもずっと僕の食事をよろしく頼む」
「うん、任せて」
 フェイトもにこにこしながら、自分のご飯にも納豆をかけた。


 久々に来た息子宅で、自分のことなどアウトオブ眼中でいちゃつかれたリンディは、すっかり食欲を無
くしていた。
 隣に座るアルフはと見れば、平然と丼飯をかっこんでいる。
「…………よく平気ね」
 アルフは炊飯器から二杯目をよそいつつ、無表情で言った。
「もう慣れた」



           ※



 クロノが聖王教会に泊まっていくなどということは、知り合ってから初めてのことだった。
 小娘でもあるまいにと自嘲しつつも心が浮き立つのはどうしようもなく、客間はどこにするか、彼の寝
巻きはどうしようか、とあれこれ悩んだカリムが最後にぶちあたった難題は、朝食だった。
 自分の朝食メニュー一覧を紙に書き出して半時間眺めてから、丸めてゴミ箱に捨てたカリムはシャッハ
を呼んだ。
「地球の日本料理の材料を集めてちょうだい」


「……日本料理ですか」
 テーブルに並んだ米、味噌汁、焼き魚、納豆を目にしたクロノの反応は、それだけだった。
 ただ黙々と口に運んでいく。給仕も下がらせて食堂に二人っきりだというのに、会話はほとんどない。
なんで和食なのかも、カリムが器用に箸を使っていることに関しても、疑問を抱かないらしい。
 昨夜あんなに情熱的だったのは幻かと思いたくなるほど素っ気ない。
(…………一緒のベッドで朝を迎えられただけで良しとすべきかしら)
 それにしても尽くし甲斐のない男だと思いつつ、カリムはさんざん味見した味噌汁を飲み干し、納豆に
箸を伸ばした。
 彼が好物だというから最高級の物を取り寄せたのだが、どこが美味いのかさっぱり分からない。
 匂いはひどいし、口の中で噛めばねちゃねちゃと糸がまとわりついて気持ち悪い。味も形容し難い妙な
味だ。たぶん納豆味というものだろう。
 緑茶でなんとか流し込みながらカリムが悪戦苦闘していると、クロノがひょいと顔を上げた。
「騎士カリム、その納豆ですが」
「はい」
 ようやく来たか、とカリムは心なしか居住まいを正す。
「そうやって一粒ずつ食べるのではなく、かき混ぜて何粒かまとめて食べるものですよ。醤油も、もう少
し入れた方がいい」
 それだけだった。後はまた、無言で米粒を噛む作業にクロノは戻ってしまった。
 カリムは仏頂面で、言われた通りにした納豆を口に運ぶ。
 納豆味が醤油味になっていた。


 無言のままに朝食は終わり、クロノが席を立つ。
 玄関口まで送ってやる気分には到底なれなかったので、座ったままカリムは別れの挨拶をした。
(次があったら、パンと水だけにしましょう)
 クロノも挨拶を返して今回の逢瀬は終わりのはずだった。
 だが食堂を出て行こうとドアを開けたクロノが、思い出したように振り返った。
「わざわざ日本料理を用意してくれてありがとう。久しぶりに美味しい納豆が食べられましたよ。お礼に
今度、どこか食事に招待させてもらいます。それではこれで」
 言うだけ言うと、ドアは閉まった。


 珍しく、カリムがクロノの見送りに出なかった。
 どうしたのだろうとシャッハが食堂を覗くと、主は顔の前で手を組んでうつむいていた。
 慣れぬ食事に気持ち悪くなったのかもしれない。だから郷土料理とはいえ腐った豆を出すのは反対した
のだ、と思いながらシャッハは小走りに駆け寄る。
「お加減が悪いのですか?」
「大丈夫。なんでもないわ」
 ようやく上げられた顔は、よっぽど嬉しいことがあったのか満面の笑みだった。
 頬を緩ませたまま、カリムは言った。
「私がけっこう安っぽい女だと気づいただけ」



          終わり



著者:サイヒ

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